はぐれ悪魔。
爵位持ちの悪魔に下僕として仕えていたものが、主人を裏切り、または殺す事で主なしとなる事件がごく稀に起こる。悪魔の力は強大だ。それこそ、人間とは比べるまでもない。
その力を自身の為に使いたくなるというのはわからないでもない。
そしてそれらの者達が、主の元を去って、各地で暴れまわる。
それが『はぐれ悪魔』。
つまりは野良犬。見つけ次第、主、まだは他の悪魔が滅する事になっているのだが、天使や堕天使がそれらを発見した場合にでも滅する事が暗黙の了解とされている。制約の無い存在ほど害をなすものなどいないということだ。
俺はオカルト研究部の面々と共に町外れの廃屋に来ていた。
毎晩、ここで「はぐれ悪魔」が人間を誘き寄せて、捕食しているのだそうだ。
それを「リアス・グレモリーの活動領域内に逃げ込んだ為、始末してほしい」と上級悪魔から依頼が届いたというわけだ。これも悪魔の仕事の一環なので、俺が参加する理由はないのだが、是非ともこれを機に人外との戦闘経験は積んでおきたい。それに俺の神器(名前不明)の威力も如何程のものか試しておきたい。
時間は深夜。暗黒に満ちた世界であるため、俺はあまり先を見通せないが、イッセーの手を掴んでいることではぐれることは無い。暗闇で目が効くってのは割と羨ましいな。
その時、イッセーが身体をびくりと震わせ、足を止めた。俺もわかる。今までの経験上からこういった気配にはかなり敏感になっているからな。
「………血の臭い」
小猫はそう言うと制服の袖で鼻を覆った。流石に臭いまではわからないが、この敵意と殺意はそれなりに応える。やはり人間と悪魔とでは比べるまでもないか。
「イッセー。良い機会だから悪魔としての戦いを経験しなさい」
「え?………流石にいきなり実戦は無理があるんじゃ……」
「そうね。無理ね。けれど悪魔の戦闘を見る事は出来るわ。今日は私達の戦闘をよく見ておきなさい。ついでに下僕の特性を教えてあげるわ」
「特性……ですか」
「主となる悪魔は下僕となる存在に特性を与えるの…………そうね。頃合いだし、悪魔の歴史を含めてその辺を教えてあげるわ」
そう言ってリアス部長は悪魔の現況について語り始めた。
「大昔、我々悪魔と堕天使、そして神率いる天使は三つ巴の大きな戦争をしていたの。大軍勢を率いて、どの勢力も永久とも思える期間、争いあったわ。その結果、どの勢力も酷く疲弊し、勝利する者もいないまま、戦争は数百年前に集結したわ」
リアス部長の言葉に祐斗が続く。
「悪魔側も甚大な被害を受けてしまった。二十、三十もの軍団を率いていた爵位持ちの大悪魔の方々も部下の大半を失い、最早軍団を保てなくなったんだ」
それに続いて朱乃先輩が口を開く。
「純粋な悪魔はその時に多く亡くなったと聞きます。しかし、戦争は終わっても、堕天使、神との睨みあいは現在でも続いています。いくら、堕天使側も神側も多くの同胞を失ったとはいえ、少しでも隙を見せれば危うくなります」
「其処で悪魔は少数精鋭の精度を取ることにしたの。それが『
「イーヴィル・ピース?」
「爵位を持った悪魔は人間界のボードゲーム『チェス』の特性を下僕悪魔に取り入れたの。下僕となる悪魔の大半が人間からの転生者だからという皮肉も込めてね。それ以前から悪魔の中でもチェスは流行っていたわけだけれど、それは置いておくとして。主となる悪魔が『王』。私達の間で言うなら私の事ね。そして、其処から『女王』、『騎士』、『戦車』、『僧侶』、『兵士』と五つの特性を作り出したわ。軍団を保てなくなった代わりに少数の下僕に強大な力を分け与えることにしたのよ。この制度が出来たのはここ数百年の事なのだけれど、これが爵位持ちの悪魔に好評なのよね」
「好評?なんで?」
「イッセー。チェスのルールを取り入れているという事は何も個人の軍団を作るためではないだろう。つまり、悪魔間で競うようになったということだな。優秀な下僕は持っているだけで主のステータスとなるわけだ」
それが同意の上であるなしに関わらず、有能な部下を持てばそれだけで上司は有能と見なされる。まあ、無理矢理下僕にされたものの多くは主殺しを働くと聞いたが。
「そういう事。結果、駒が生きて動く大掛かりなチェスーーー私達は『レーティングゲーム』と呼んでいるわ。それが悪魔の中でも大流行。大会も開かれているわ。駒の強さ、ゲームの強さか悪魔の地位、爵位に影響する程にね。『駒集め』と称して、優秀な人間を自分の手駒にするのも流行っているわ。優秀な下僕はステータスになるから」
あまりリアス部長の前で悪魔の事を悪くは言えないが、早い話が『選別』だな。優秀な人間ばかりを選りすぐり、他の悪魔に自慢し、自身が優秀であることを示すためのものだ。全く、何処まで欲深い存在なんだ。そう考えるとリアス部長は悪魔の中でもかなり異端ではあるが、俺たちからしてみればとてもありがたい。
「私はまだ未成熟だから公式な大会などには出場出来ない。ゲームをするとしても色々な条件をクリアしないとプレイできないわ。つまり、当分はイッセーやここにいる私の下僕がゲームする事はないわ」
とは言っているが、そう遠くないうちに非公式だがレーティングゲームをする訳だが………まあ、本人はまだ知る由もないだろうな。
「部長。俺の駒の特性ってーーー」
イッセーは其処で言葉を止めて闇の奥に視線を向けた。俺にもわかる。殺気が濃くなった。本体が近づいてきている。
「不味そうな臭いがするぞ?でも美味そうな臭いもするぞ?甘いのかな?苦いのかな?」
地の底から聞こえるような低い声音。凄く不気味だが、あまり恐怖のようなものは感じない。それはおそらくだがこのはぐれ悪魔がレイナーレよりも弱いからだろう。イッセーもそれをわかっているのか警戒してはいるが、あの時のように身体が硬直したりはしていないようだ。まあ、イッセーの場合
「はぐれ悪魔バイサー。貴方を消滅しに来たわ」
リアス部長が一切臆せず言い渡す。するとケタケタという異様な笑い声が辺りに響く。とてもマトモな存在が発する声だとは思えない。
ぬぅっと暗がりから姿を見せたのは上半身裸の女性。だが、身体は宙に浮いている。
ずん。
重い足音と共に次に姿を現したのは巨大な獣の身体。女性の上半身と化け物の下半身を持った形容しがたい異形の存在だった。両手に槍らしき得物を一本ずつ持ち、下半身には四つの足がついている。全ての足は太く、爪も鋭い。尾は蛇で独立して動いていて、大きさはゆうに五メートルを超えている。
確か悪魔は欲に身を溺れさせるほど人の形から離れて行くと言っていたな。そう考えるとバイサーはそれなりに人を食ったという事になる。
「主人の元を逃げ、己の欲求を満たすためだけに暴れ回るのは万死に値するわ。グレモリー公爵の名において、貴方を消しとばしてあげる!」
「こざかしぃぃぃ!小娘ごときがぁぁぁ!その紅の髪のように、お前の身を鮮血で染めてあげてやるわぁぁ!」
「うわぁ………」
バイサーの全力雑魚発言にイッセーが軽く引いた。まあ実際雑魚なわけだし、仕方なくはあるが、ここまで露骨だといっそ清々しいな。
「雑魚ほど洒落のきいた台詞を吐くものね。祐斗!」
「はい!」
近くにいた祐斗がリアス部長の命を受けて飛び出す。速いうえに暗いので全く見えない。明るくても僅かにしか見えないとは思うが。
「イッセー。さっきの続きをレクチャーするわね。まず祐斗の役割は『騎士』、特性はスピード。『騎士』となった者は速度が増すの。そして祐斗最大の武器は剣」
木場は腰に携えていた剣を抜き放つ。次の瞬間、バイサーの悲鳴が木霊した。
「ぎゃぁぁぁぁぁああああ‼︎」
見ればバイサーの足元には槍と共に両腕が胴体とさよならしていた。
「これが祐斗の力。目では捉えきれない速さと、達人級の剣捌き。二つが合わさる事で、あの子は最速のナイトとなれるの。次は小猫よ。あの子は『戦車』。特性はーーー」
「小虫めぇぇぇぇ‼︎」
足元に歩み寄った小猫をバイサーが巨大な足で踏みつける………だが、バイサーの足は地面から少しだけ離れており、徐々に押し返されていた。
「『戦車』の特性はシンプル。バカげた力と屈強な防御力。あの程度の悪魔では小猫を潰す事は出来ないわ」
「……ふっ飛べ」
完全に小猫はバイサーの足元を持ち上げてどかすと空高くジャンプし、バイサーを殴り飛ばした。
大分暗いのに目が慣れてきたから普通に見えるが、ロリっ娘が五メートル越えの化け物を殴り飛ばすというのはなかなか異様な光景だ。まあ、地元の不良共を散々蹴り飛ばしてきた俺が言うのもなんだが。
「最後にーーー」
ちょうどその時、斬り落とされていた筈のバイサーの腕が突如動き出し、リアス部長目掛けて飛んでくる。俺やイッセーには見えているが、リアス部長からは死角になっている。そういえばアニメじゃこういう仕様があったな!
「イッセー!」
「任せとけ!」
俺は飛んできたバイサーの両腕を凍らせる。そして続けざまにイッセーがその凍った両腕を籠手を着けた左腕で叩き砕いた。こんな時のために一応準備はしておいて正解だった。それにしても下級で腕だけとはいえ二メートルはありそうな腕を瞬時に凍らせるとは思わなかった。遅らせる程度が限界と思っていた。
「ありがとう……イッセー、智代」
「お礼なんて良いですよ。身体が勝手に反応しただけで……」
「私も力が試せたから礼は必要ない」
「あらあら、部長に手を出そうなんて悪い子ですわ」
朱乃先輩はうふふと笑いながら天に向けて手をかざす。刹那、天空が光り輝き、小猫の一撃で倒れているバイサーに向かって雷が落ちた。
「ガガガガガッガガガガガガッッ!」
「あらあら。まだ元気そうね?まだまだいけそうですわね」
「朱乃は『女王』。私の次に強い者。『兵士』、『騎士』、『僧侶』、『戦車』、全ての力を兼ね備えた無敵の副部長よ」
カッと再度天が光り、雷が丸焦げになったバイサーを襲う。
「ぎゃぁぁぁぁぁぁぁっ!」
既に断末魔に近い声を上げているバイサー。にもかかわらず、朱乃先輩は三発目の雷を繰り出していて、その表情は冷徹で怖いほどの嘲笑を作り出していると同時に恍惚の表情を浮かべていた。
「朱乃は魔力を使った攻撃が得意なの。雷や氷、炎などの自然現象を魔力で起こす力ね。そして何より彼女は究極のSよ」
究極のSと言われてもな………某アニメの将軍の方がえげつなかったとは口が裂けても言えない。張り合いを持たれると困る。
「うふふふふふふ。何処まで私の雷に耐えられるのかしらね。ねえ、化け物さん。まだ死んではダメよ?トドメは私の主なのですから。オホホホホ」
ここまで来ると最早どっちが正義なのかわからなくなってきたな。いや、両方悪魔だし、どっちも正義じゃないか。ただ味方っぽくないだけだな、うん。それから数分間、朱乃先輩の雷撃は続いた。
朱乃先輩が雷撃を終えて、一息ついた時、バイサーの元にリアス部長が歩み寄る。
「最後に言い残す事はあるかしら?」
「殺せ」
「そう。なら消し飛びなさい」
冷徹な一声と共にリアス部長の手のひらから巨大でドス黒い魔力のかたまりが撃ち出され、バイサーの身体を包み込むとバイサーは跡形もなく消え失せていた。文字通り、消し飛ばされたということだ。
「終わりね、皆、ご苦労様」
リアス部長がそう言うと張り詰めていた空気が何時もの陽気なものに戻る。これで今回のはぐれ悪魔討伐は終了だ。
「部長、聞きそびれてたんですけど、俺の駒……っていうか、下僕としての役割はなんですか?」
答えはわかっている。だが聞かずにはいられないという表情をしている。リアス部長もその問いに微笑みながらハッキリと答えた。
「『兵士』よ。私のたった一人の、ね」