「ほら、走れ。デイウォーカーなら日中でも走られるはずだ」
「ヒィィィィッ!デュランダルを振り回しながら追いかけて来ないでぇぇぇぇぇっ!」
夕方に差し掛かった時間帯、旧校舎近くて吸血鬼が聖剣使いに追っかけられていた。
傍目から見たら美少女のリアル鬼ごっこ。裏の世界に精通してる人なら吸血鬼狩りに見える。
デュランダルも「ブゥゥゥンッ!」という危険な音を立てながら聖なるオーラを放ち続けている。
ギャスパーも逃げるのに必死だ。そりゃ、追いつかれたら一瞬で滅ぼされるからな。
いくら、ゼノヴィアが剣の扱いに長けていて、当たりそうになれば寸止めできても、怖いだろう。
「今から剣で斬るから死に物狂いで避けてね。あたりそうなら寸止めするから」なんて普通信じられるはずがない。
ゼノヴィア曰く、「健全な精神は健全な肉体から」だそうで、ギャスパーの体力から鍛える事にした。
神器の性質上、体力は確かに必要だし、これから先ゲームに参加していくともなれば体力が全くないのは致命的だもんな。引きこもり体質もかなり問題だ。
「ギャスパー、頑張れよ。あと五分だ。それが終わったら撫でてやるから」
「はいぃぃぃ!が、頑張りますぅぅぅぅっ!」
ギャスパーはふらふらとしていた足取りを持ち直し、逃げる足を進める。
相変わらず、智代の激励はギャスパーにとってエネルギーとなっているらしい。
今のやり取りで元気を出すとなると、これはもうギャスパーは智代に惚れているのだと考えてもいいのだが、本人的にはどうにも違うらしい。ギャスパー曰く、「棺桶の中にいるときみたい」だとか。何とも智代に失礼な気もするが、吸血鬼が棺桶の中にいるときって結構精神的に安定していると思う。それを考えればギャスパーの安心感は半端ないんだろうな。
因みに激励した智代は今現在俺の左半身にもたれかかっている状態なので、こちらもこちらで他の生徒が見れば、噂は本当だったのだと校内に撒き散らす可能性がある。だって、傍目から見たら、智代が嬉々として俺に抱きついているようにしか見えないし。
「……ギャーくん。ニンニクを食べれば健康になれる」
「いやぁぁぁぁぁぁん!小猫ちゃんが僕をいじめるぅぅぅぅ!」
あ。あれは仲が良いと捉えてもいいのだろうか?唯一、小猫ちゃんがいじれるキャラだとも聞いていたが……
「おーおー、やってんなぁ」
とそこへ、生徒会メンバーの匙が現れた。
「ったく、昼間っから美少女のリアル鬼ごっこにそれを見る仲睦まじいカップルと来たもんだ。お前らホントに付き合ってねえの?」
「付き合ってねえよ。俺も智代も、必要だからこうしてるだけだ」
「ふーん。その割には満更でもなさそうだな、お前」
だ、だって、仕方ないだろ?抱きついてるって事は智代の素晴らしいスタイルからして柔らかいアレが当たるんだぞ?鼻の下を伸ばさない方がおかしいだろ。
「ま、それは置いとくて。ありゃなんだ?ゼノヴィアの嬢ちゃん。デュランダル振り回してるが」
「あれがうちのもう一人の僧侶なんだ。脱ひきこもり計画中でな。因みにああ見えて、男だ」
智代がそう言うと匙は「あれが?」と驚きつつ、指を指す。
それに頷くと頭が痛そうに額に手を当てた。
「随分とまあ、なよっとした奴だな。よしっ、俺が一発気合い入れてやるか」
「やめておけ。気合いを入れるどころか、心が折れる」
「………だな。自分で言ってなんだが、闘魂注入したら、精魂つきそうななりしてるし」
「つーか、匙は生徒会の仕事か?」
やれやれと言った様子の匙の手には軍手に花壇用のシャベルを持っていた。
「見ての通り。花壇の手入れだよ。一週間前から会長サマの命令でな。ほら、ここ最近学園の行事が多かっただろ?それに今度ここに魔王サマ以外にも堕天使の総督に天使長と来たもんだ。そう言う方々に限って、色んな所は見てるもんだよ。だから、下っ端の俺が下地を整えないといけないわけだ。…………あ〜、マジでメンドクセェ……」
「本音出てるぞ、本音」
「まぁ、ガラじゃないもんな」
肉体労働こそ匙らしい感じはするが、花壇の手入れをする匙というのはなんかシュールだ。多分、匙の弟分辺りが見たら全力でその根源の元へと向かうところだろう。そしてそれを匙が一喝して止める。まぁ、止めなくてもソーナ会長はそこいらの不良なんて瞬殺だろうけど。
と、そんな話をしていたら、ここへ誰かの気配が近づいてきた。
俺達がそちらへ視線を向けたとき……我が目を疑った。
「へぇ。魔王眷属の悪魔さん方はここで集まってお遊戯してるわけか」
「アザゼル……ッ!」
浴衣を着た悪そうな男性ーーアザゼルに全員怪訝そうな表情をしていたものの、俺の一言で空気が一変した。
ゼノヴィアは剣を構え、偶々アザゼルと同じタイミングで現れてしまったアーシアは空気を察したのか、ゼノヴィアの後ろに隠れた。俺もブーステッド・ギアを出現させて、智代を後ろに下がらせる。今の智代はただの女の子だ。俺が守らないと!
匙はというと、予想外にも臨戦態勢を取らず、普通にアザゼルの方へと歩いていく。
「へぇ。あんたが堕天使の総督殿?なんつーか、見た目じゃわかんねえものなのな」
「なんだ?もっと筋骨隆々の脳筋みたいなのを想像してたか?期待を裏切って悪いが、俺は研究者気質でな。殴り合いするのは好きじゃない」
「ふーん、俺とは正反対のタイプだ……なっ!」
眼前まで歩いていった匙はまさかのアザゼルの顔面めがけて拳を放っていた⁉︎
おおい!マジか!有無を言わさず先手必勝ってか?ていうか、相手が堕天使の総督と分かった上で普通に殴りに行く匙の肝っ玉はヤバいな!
アザゼルはというと、その拳を表情一つ変えず、普通に手のひらで受け止めていた。
匙の拳は決して軽くはない。通常のパンチだけなら俺以上だし、並みの不良はぶっ飛ばされる。下級だって、そこらで痛さにのたうちまわってるだろう。やはり相手は堕天使の総督。比べるべくもないらしい。
「なんだよ。普通に鍛えてんじゃねーの」
「バーカ。こちとら戦争起こした時のトップだぞ?知略謀略しか能のない奴がリーダーで戦争生き残れるかよ。つーか、相手が堕天使の総督って分かった上で物は試しで殴りにくる奴なんざ初めて見たぜ」
「そいつは良かった。総督殿の初めてをいただけるなんてな」
まるで悪戯小僧のような匙の笑みには完全にしてやったりといった風が見て取れた。
その様子にアザゼルも匙の事が気に入ったらしく、同じ様に悪そうな笑みを浮かべていた。
二人のやりとりがあってか、幾分か空気も緩和している。言うなら今か?
「な、なぁ」
「あ?なんーー」
俺が話しかけるとアザゼルはものすごくつまらなさそうに返事をしてーーそして固まっていた。
な、なんなんだ?
と思っていると、アザゼルは俺の方に向かって歩いてきてーーその後ろにいた智代の肩を掴んだ。
「お、おい。あんた一体何して「何をやった?」はぁ?」
「何をやったかって聞いてるんだよ。お前、一体何をしでかしたら、こんな取り返しのつかない事になるんだ」
そういうアザゼルの表情はさっきとは打って変わって深刻そうな表情になっていた。
その口調からは全くふざけた様子が感じられず、問いかけているというよりも責めているような口調だ。
「お前、確か大神智代とか言ったな?赤龍帝と一緒にコカビエルを倒したそうだが、その時に何をした?」
「何をしたと言ってもな。赤龍帝と同じだ。何かしらの代価を払って一時的に禁手に至った。それだけだ」
「『永遠の氷姫』だったな。一時的な禁手に至るのに代価を支払っただって?そんな訳あるか」
「どういう事だよ。確かに智代は禁手だったぞ」
そうだ。あの時のプレッシャーや爆発的な力。あれは確実に禁手だったし、コカビエルもそう言っていた。
まさか勘違いだったのか?いや、それはないだろう。他でもない、智代自身があの状態を禁手と呼んでいたのだから。
「禁手の代償
「こんな身体とはどういう意味だ?」
「……本人に自覚なし……か。まぁ、奇跡的な確率だ。気づいてねえから、何てことはねえだろ」
「もったいぶってないで、とっとと言え」
「率直に言うとな。お前の生命力はもう
真剣な眼差しで智代を見据えたまま、アザゼルは言った。
え………生命力が尽きてるってどういうことだよ⁉︎それってつまり智代は………
「私は死んでいる……というのか?」
「本来ならな。詳しい事は俺にもわからんが、お前は生命力を喰わせて、神器から禁手以上の力を一時的に引き出したんだろうな。生命力の尽きたお前は神器に魂ごと喰われてもおかしくなかった………が」
アザゼルは自身の胸をトントンと指先で叩く。
「その様子だと瞳孔は開いてないし、心臓も動いてる。おそらくは尽きた生命力を他のナニカで補ってる様だが………心当たりはあるか?」
そう言われた時、俺の頭には何時ものドラゴンの気を散らす作業がよぎった。
他の生命力と言われれば、あれしかない。もしかしたら違うかもしれないけど、可能性はゼロじゃない。
それをアザゼルに説明すると、何処か納得のいかなさそうな表情をしていた。
「成る程な。赤龍帝のドラゴンの気を散らすんじゃなく、取り入れてるってわけか。空っぽなら受け入れは効くってのはわかるが……それじゃ足らないはずだ。全てを取り入れられるはずが………いや待てよ」
アザゼルは一人でぶつぶつと何かを言い出した。その様子を見ると、アザゼルが神器マニアで研究者気質というのがよくわかるが、もっとはっきり説明してほしい。もしさっきの話が本当なら智代の命がかかってるんだ。
「大神か…………そういうこともあるかもな。或いは………だが確証は…………イレギュラーか」
「なぁ、アザゼル。智代は助かるのか⁉︎生命力は戻るのか⁉︎」
「…………ん?そりゃ無理だ。神器に生命力を喰わせたんだ。帰ってくるはずねえよ」
「じゃあ智代は……」
もう助からないっていうのかよ……っ!俺が……俺が弱かったから……!
コカビエルを俺が一人で倒せることが出来たら、こんな事にはならなかったのに……!
「勘違いしてるとこ悪いがな。お前がこれからも定期的にドラゴンの気を分けてやりゃ死にはしないし、俺の憶測が正しけりゃ辛いのもあと数日だ。会談には大神智代も参加するんだろ?ソレを機に寧ろ今まで以上に元気になると思うぜ」
「え?でも生命力は戻らないんだろ?」
「戻りはしないが、足す事は出来る。寧ろ、他の生命力ならなんでも足せる分、都合は良いかもな」
そう言うとさっきの深刻そうな表情から一転、面白そうな笑みを浮かべた。
なんかこの手合いがこういう笑みを浮かべるって、嫌な予感しかしない。絶対に碌な事じゃない。
ていうか、具体的な解決案は何もないってことじゃないのか⁉︎
「おい、あんた。神器マニアなんだろ⁉︎なんとか普通に戻してあげられないのか⁉︎」
「無茶言うなよ。マニアって言っても、俺が知ってるのは精々四割程度。半分もねえし、神器創ったのは神だ。おまけにこんなイレギュラーじゃ神だってわからなかっただろうさ。…………ただまあ、お前さんのご先祖様には感謝したほうがいいと思うぜ」
そう言って、アザゼルは立ち去ろうとして………思い出したように振り返った。
「っと。うっかり本来の目的を忘れるところだった。聖魔剣使いはいるか?」
どうやらここにきた本来の目的は木場に会うことらしい。
匙の先制攻撃に始まり、智代の状態についての話になったもんだから、忘れていたらしい。
「木場ならいない。今は仕事中だ」
「そっか、聖魔剣使いはいないのか。はぁ……つまんねえの」
頭をぽりぽりと掻きながら、アザゼルは今度こそ立ち去ろうとしてーーまた振り返った。忙しい人だな。
「あー、それとそこのヴァンパイア」
木陰に隠れていたであろうギャスパーへアザゼルは指差す。
「『停止世界の邪眼』の持ち主なんだろう?そいつは使いこなせないと害悪になる代物だ。補助具で補ってやればいいと思うが………そういや、悪魔の神器研究はそこまで進んじゃいなかったな。五感から発動する神器は持ち主のキャパシティが足りないと自然に動きだして危険極まりない」
「あんたに言われなくても、わかってる。だから特訓してしてたんだ」
取り敢えず始めは脱ひきこもりから。其処から始めないことには意味がない。神器は完全に制御出来ます!でも対人恐怖症なのでうっかり味方にも使っちゃいますはダメだ。
「そういや、さっき殴りかかってきたやつ。お前、ヴリトラ系神器の持ち主だってな。そこのヴァンパイアの神器の特訓をするなら、『黒い龍脈』を使ってみろ。ヴァンパイアに接続して、神器の余分なパワーを吸い取りつつ発動すれば、暴走も少なく済むだろうさ」
「ふーん。とことん俺向きじゃねえ神器なのな。兵藤みたいな真っ向から殴り合いの能力とかねえの?ヴリトラさんはよ」
「ヴリトラは元々五大龍王の中で特殊な能力に秀でた龍王だ。その分、他のドラゴンより力くらべには劣る。何の奇跡か、お前さんの中にはヴリトラ系神器が揃ってるようだが………ったく、今代のドラゴン系神器の持ち主は特異な奴ばっかりだな」
溜息を吐くアザゼル。
その特異な奴の中にはひょっとして俺も入ってる?割と普通だと思うんだけど……
「まぁ、神器上達で一番手っ取り早いのは、赤龍帝を宿した者の血を飲ませることだな。ヴァンパイアには血でも飲ませておけば力がつくさ。ま、後は自分たちでやってみろ」
アザゼルはそう言うと一瞥してこの場を後にした。
うーん、相変わらず悪魔の宿敵のその親玉にしては全くと言っていいほどに敵意が感じられない。俺達が下級だからっていうのもあると思うが………コカビエルの言っていた通り、闘争に対して消極的なのかな?
取り残された俺達はアザゼルの言っていた通り、匙の『黒い龍脈』をギャスパーにつけて、神器の特訓に取り組むのだった。
久々の投稿に続いて、また色々それっぽい事も書いてみました!
イレギュラーに続くイレギュラーに流石のアザゼル先生もお手上げ状態です。仕方ありません、だって転生者だもの。