幼い頃、ずっと仄暗い地下にいた。
好き好んでいたわけではない。ただ、とある計画の為だけに物心がついた時からずっとそこにいた。
周囲には歳は違えど、同じ境遇の者がいた。国籍なんてわからない、どこから来たのかもわからない。わかるのは性別と名前………そして刷り込まれるように覚えていた聖歌だけ。
計画の為、神の与えた試練と称して行われる人体実験は想像を絶するものだった。
過剰な薬物投与。秘密裏に捕獲されている悪魔との命を懸けた模擬戦。即死と致命傷以外の傷はすぐに治され、その地獄から逃げ出す事は叶わない。
けれど、夢もあった。
学校に行きたい。先生になりたい。サッカー選手になりたい。お花屋さんになりたい。綺麗なお嫁さんになりたい。
そのどれもが叶わぬ夢であった事は皆知っていた。だが、夢を語っているその瞬間だけが唯一幸せな時間だった。叶わないとわかっていても、その夢に想いを馳せる事が至福の時だった。
互いに励まし合い、助け合い、語り合い、生きて夢を叶えようとその言葉を支えにして生き続けた…………あの瞬間までは。
適正が無かった。残念だが聖剣を扱う事が出来ない。
それを聞いた時は悲しみよりも嬉しさが溢れた。やっと解放される。普通の人間として生きていくことが出来ると。
だが、それを告げに来た者達は皆ガスマスクを着用し、何をしようとしているのか理解する間も無く、毒ガスを浴びせてきた。
逃げ惑う仲間達。それを教会の者達は『アーメン』と言いながら確実に死に絶えるまで毒ガスを浴びせた。
逃げおおせたのはただ一人だけだった。
雨の中、僕は傘もささずに一人歩いていた。
やってしまった。あの人に逆らってしまった。自分を救ってくれた主に対して。
これでは『木場祐斗』として失格だ。求められているのはこんな醜い姿を晒している『騎士』ではない。
けれど、これは………これだけは絶対に忘れてはならない。否、忘れたことなんてなかった。
仲間もできて、生活も得て、名前も与えられた。生き甲斐も主であるリアス・グレモリーに与えられた。これ以上の幸せを願うのは悪いことだ。悪いに決まっている。
僕を逃がしてくれた同志の為にも………聖剣は………エクスカリバーだけはこの手で破壊しなければならない。
その時、前から人が歩いてくるのが見えた。
僕と同じように傘もささず、雨に打たれながら何かを引きずるようにこちらに歩いてくる…………と、途中で引きずっていたナニカをこちらに放り投げてくる。
受け止めるとそのナニカは人間だった。それも教会の者。
四肢を切り裂かれ、心臓を一突きにされ絶命していた。
「………おんやぁ~?ウザったい教会の
人を小馬鹿にしたような口調。聞き覚えのある声。目の前に立っていたのはイッセーくんを助けに行った折、そのイッセーくんを殺そうとしていたはぐれ
「まだこの町に潜伏していたとはね。僕は今機嫌が悪いんだ。今すぐ消え失せろ」
「………生憎様、俺っちもすこぶる機嫌の悪さでねっ!人や悪魔の一匹や二匹殺った程度じゃ収まらない訳でござんす。っつーけで、死ねやクソ悪魔!」
ギィィィイインッ!
いつかの白髪の神父は手にしていた長剣を振り下ろしてくる。僕はそれを魔剣で受け止めた。
とてつもない殺気。先程まで熱の上がっていた頭を一瞬で冷やし切ってしまうほどのそんな殺意だ。
「さて、ストレス解消に付き合ってもらいましょうかねぇ、悪魔くん!そろそろ神父狩りも飽きてきたしさ!お前さんの魔剣と俺っちのエクスカリバー。どちらが上か試させてもらいましょうかね!」
彼の振るう長剣が聖なるオーラを発し始めた。忘れもしない、あの輝きはっ!
「まさかこんなにも早くに出会えるとはね。君には感謝したいくらいだ」
僕の元にエクスカリバーをわざわざ持ってきてくれるんだからね。憎くて、壊したくて仕方のなかった聖剣を。
もう片方の手に魔剣を創り、狭い住宅街を『騎士』の速さを生かして縦横無尽に駆け巡る。
こんな狭い住宅街でも、僕の長所は存分に発揮できる。例え相手が伝説の聖剣を使っていたとしても、僕の意志のこもった魔剣が負けるはずがないっ!
「おおーっ、悪魔くんは『騎士』だったってわけですかい。悪魔の分際で高貴な役職でござんすねぇ。でもでも〜」
神父の姿が消えた!
そして次の瞬間、目の前に神父の姿があった!
「幾ら速度で誤魔化しても、そんなに殺気がビンビンじゃ、ここにいますって言ってるようなもんですぜぃ?それにおいらのもつ聖剣。『
クッ!これが聖剣の力か!
ならば此方も他の魔剣を作るまでだ!
「吹き荒れろ!そして焼き焦がせ!『
幾数もの小さな穴の空いた魔剣を右手に雷を纏った魔剣を左手に創り出す。この土砂降りの雨の中なら雷の魔剣は有効打になりうる。こちらにもダメージはあるが、あちらよりはマシな筈だ。
「お、まさか複数の魔剣を創れるんですかい?そいつはレアな神器だこと」
「そうやって笑っていられるのも今のうちさ。はぁぁぁぁぁ‼︎」
風の魔剣に魔力を込めると凄まじい突風が神父の動きを固定する。一瞬でも動きが止まれば、こちらの勝ちだ!
魔力を込めた雷の魔剣を地面に投げつける。
コンクリートの道に突き刺さった雷の魔剣はその場で激しく放電する。
本来なら近くにいなければ大した効果は得られないが、この雨の中なら話は別だ。地面には大量の水がある為、ダメージを直接伝える事が出来る。
だが、これも本命ではない。あくまで此方もダメージを与えつつ、相手の動きを止めるのが目的だ。そしてそれは叶った。
「これで終わりだっ!」
動きの止まった神父をすれ違い様に斬り捨てる…………ッ⁉︎
斬った感覚がない?一体何が………
「実戦で動揺して動きを止めるのは三流のする事でございやすよ、悪魔くん」
振り向くとそこには無傷の神父が。そんなに馬鹿な!確かに僕の魔剣の攻撃は当たっていたはずなのに!
「『
またもや神父の姿が消えたかと思うと僕の視界はぐらりと揺らいだ。いつの間に………ッ!
「これが『
何処も痛くないと言うことは痛みを感知できない程の致命傷を与えられたか、はたまた斬られてはいないか。まだ消えていないということは多分この神父は切らずに柄の部分で脳を揺らしてきたのだろう。どちらにしても聖剣を持つ神父のーーーよりにもよって快楽殺人者にも等しいこの神父の前で無防備な姿を晒しているのだから死は免れないだろう。でも
「まだ……死ねない……っ!皆の仇を……討つまでは!」
「ほーん。悪魔の癖に殊勝な心掛けでこざんすね。ま、あっしの知った事じゃありませんけど。じゃ、ばいちゃ。悪魔くん!」
振り下ろされる聖剣。死の間際であるからか、それはものすごく遅く見えた。
「ごめん……ニーチェ、トスカ……ヨハン、仇を取れなくて」
命を刈り取るであろう凶刃を前に僕は無念の言葉を吐き出した。
僕は皆に救ってもらった命を………繋いでもらった希望をこんな所で失うというのが無念だった。
せめて聖剣を全て破壊した後ならば悔いなんてものはなかった。けれど、一本を破壊することが敵わず、剰えこんな神父に殺されることになろうとは。
だが何時まで経っても、聖剣の一撃が僕を襲うことは無かった。
視線を上げるとギリギリの場所で切っ先は止められており、神父も驚いた顔でこちらを見下ろしていた。
「何でお前が………いや、その顔見覚えが………」
固まったまま、神父はブツブツと独り言を言いだした。
先ほどまでの狂ったような態度とふざけた口調からまるで別人のように大人しくなっていた。
「………興醒めでござんす。もうちと憎たらしげに話すか、惨めに許しを乞うかと思えばそんな反応されちゃ、やろうとしてるこっちの身にもなってほしいもんですねぃ」
「情けをかけるというのか……ッ⁉︎はぐれとはいえ、神父の君が!」
「情け?バカ言っちゃいけませんなぁ。見逃してやるんですよ、その方が見てて面白いでざんしょう?神父を心底憎んでいる悪魔くんが神父に見逃してもらって生きてるなんて滑稽とは思いませんかぁ?」
ケタケタと笑いながら神父はそういう。クソ………確かに彼の言う通りだ。死なずに済んだのに、これ程屈辱的な事はない……!
「そんじゃま、また何処かで会うような事があったら、次は殺してやりますよ。もっともその時までにあっしが生きていればの話ですがね。二度と会わない事でも祈っておきますかねぇ…………じゃあな、イザイヤ」
激しく雨がコンクリートの道を叩きつける雨音の中で神父の口にしたその言葉は確かに僕の耳に届いた。
「待てっ!何故それを君が……」
僕が質問する前に神父は僕の前から姿を消した。
そういうわけで原作ではあまり掘り下げられなかった木場くんVSフリードのバトルでした。
掘り下げたのは今後の展開の為の伏線。少し短めでしたが、ご満足いただけましたでしょうか?
因みに木場くんの魔剣はオリジナル。文字のスペルがダサくてすみません。
次回あたりに教会コンビかな?作者の予想では今作の中で原作から最も変わっているのがこのストーリーになると思うので気合い入れて書いていきたいと思います!