深夜十一時四十分頃。
俺達オカルト研究部部員達は旧校舎の部室に集まっていた。
それぞれ、一番リラックス出来る方法で待機している。基本的にアーシア以外の者は何時もの学生服だ。破れたりしても新しいものをすぐに用意してくれるらしい。
木場は手甲と脛当てを装備して、剣は壁に立てかけている。
小猫ちゃんは椅子に座り、本を読んでいた。手にはオープンフィンガーグローブ。格闘家がつけているようなものだ。小猫ちゃんがつけていると妙に迫力がある。
朱乃さんと部長はソファに座り、優雅にお茶を口にしていた。お姉様と称されるだけあって、こういう時でも落ち着いているなぁ。俺とアーシアなんてずっと待ってるくらいしか出来ないのに。智代も智代で普通に小説読んでるし、ただ本の表紙は漫画みたいなやつでタイトルは『聖剣使いの禁呪詠唱』とかかれているから世間一般で呼ばれるライトノベルと呼ばれるものだと思う。そういえば智代の持っている小説は九割がライトノベルだったような気がしなくもない。それに影響されて俺もライトノベルを読むようになったっけ。
そんなこんなでゲーム開始前に落ち着いてはいるものの、実のところ、ほんの二十分前まで大変だった。
理由は言わずもがな、俺の左腕の事だ。
部室に着くや否や、部長に何故神器を出しているのかと問われ、理由を説明したところ、案の定怒られてしまった。俺の独断でした事もそうだが、差し出した左腕は返ってこない。それに勝てそうにないから、なんて理由でこんな事をすれば、皆を信頼していないと取られてもおかしくはない。だから俺は素直に謝罪した。そしてその上で後悔はしていないとはっきり伝えた。後悔なんてない。寧ろ、たかだか左腕一本惜しさにこのゲームに負けて、部長も智代も取られた方がよっぽど後悔する。
開始十分前となった頃、部室の魔法陣が光り出し、グレイフィアさんが現れる。
「皆さん、準備はお済みになられましたか?開始十分前です」
それを聞いて俺達は立ち上がるとグレイフィアさんは説明を始める。
「開始時間になりましたら、ここの魔法陣から戦闘フィールドへ転送されます。場所は異空間に作られた戦闘用の世界。其処ではどんなに派手な事をしても構いません。使い捨ての空間なので思う存分どうぞ」
成る程。戦闘用のフィールドか。悪魔はそんなものも用意できるんだな。
『好都合だな。これならどれだけ大暴れしても問題にはならんだろうさ』
其処まで凄いのか?禁手ってやつは?
『ああ、名前の通り、この世の均衡を破壊しかねないものだ。でなければ目覚めるのに封印など施されてはいないだろうさ』
そう言われればそうだよな………ていうか、そんな力制御しきれるのかよ、俺。
『十中八九無理だろうさ。だが、強大な力というものはその残滓すら凶器となり得る。一発でもあたれば無事では済まん。其処に悪魔の弱点を足せば尚更な』
一発当てないことには始まらないか………まあ、そこは何とかしないとな。でないと左腕をくれてやった意味がない。
「今回のレーティングゲームは両家の皆様も他の場所から中継でフィールドでの戦闘をご覧になります。さらに魔王ルシファー様も今回の一戦を拝見されておられます。それを忘れなきように」
魔王様も⁉︎御家騒動じゃないのか、これ⁉︎何で非公式のレーティングゲームに悪魔のトップが来てるんだ?
「お兄様が?……そう、お兄様が直接見られるのね」
部長の言葉に我が耳を疑った。今、部長はなんて言った?お、お兄様?
「あ、あの、今部長が魔王様の事をお兄様って、言ったのは……」
「うん。部長のお兄様は魔王様だよ」
おずおずと手を挙げて質問すると木場がさらりと答えた。
え、えええええええ⁉︎部長のお兄様、魔王様なの⁉︎でも、部長のファミリーネームはグレモリーなのに、何でお兄様であるはずの魔王様はルシファーなんだ?
「部長のファミリーネームと魔王の名が違うのは、先の大戦で魔王が没した為に『ルシファー』が個人名ではなく、役職名となったからだ。例えばリアス部長が魔王に就任した場合、グレモリーがルシファーになる」
俺の心中を察したかのように智代がそっと教えてくれた。幼馴染みには俺の思考はお見通しらしい。
ていうか、魔王様死んでたのか……それは衝撃的だ。図書館とかにあるそういう類の本に載っている魔王はもうこの世にはいないらしい。
「サーゼクス・ルシファー。『
ーーーサーゼクス・ルシファー。
そうか。部長のお兄様がルシファーを継いだから、部長が家を継がないといけないのか。そりゃお兄さんが魔王になっちゃったら仕方ないな。それにしても部長はご本人もさることながら身内まで規格外なんだな……。
「そろそろ時間です。皆様、魔法陣の方へ」
グレイフィアさんに促され、俺達は魔法陣に集結する。
「なお、一度彼方へ移動しますと終了するまで魔法陣での転移は不可能となります」
帰ってくるときは勝敗が決した時か。なら、勝って帰ってこないとな。負けなんて死んでも許されない。
魔法陣がゲーム用のものであろう紋様に変わると発光し、俺達を包み込んだ。
………目を開けるとそこは先程と変わらぬ部室だった。
あれ?転移失敗か?と思ったが、グレイフィアさんがいないし、窓から見える外の景色は暗くなく、真っ白だった。という事はここがゲームの会場なのか?
『皆様、この度グレモリー家、フェニックス家の「レーティングゲーム」の審判役を担うことになりました。グレモリー家の使用人グレイフィアでございます。我が主、サーゼクス・ルシファーの名の下、ご両家の闘いを見守らせていただきます。どうぞ、よろしくお願い致します。早速ですが、今回のバトルフィールドはリアス様とライザー様のご意見を参考にし、リアス様が通う人間界の学び舎「駒王学園」のレプリカを異空間に用意しました』
異空間に駒王学園を再現って悪魔の力凄すぎだろ。壁の傷まで同じだし。
『両陣営、転移された先が「本陣」でございます。リアス様の本陣が旧校舎のオカルト研究部の部室。ライザー様の本陣は新校舎の生徒会室。「兵士」の方はプロモーションする際、相手の本陣周囲まで赴いてください』
俺の事だ。相手の本陣とやらに行かないと『プロモーション』出来ないのか。俺の駒の特性上、『プロモーション』は必須だからな。特にライザーと闘う時までには絶対にしておきたい。
『プロモーション』とは、チェスのルールと同様、『兵士』が相手陣地の最深部に駒を進めた時に発動出来る特殊なものだ。『王』以外の駒に変化が可能となる為、是が非でも俺は相手の本陣に突っ込まないといけない。生徒会室か。校舎の最上階の一番端っこだから、その周囲を目指す。
逆を言えば、『兵士』一人の俺に対し、ライザー側は八人。ここまで来るとライザーの『女王』も合わせて全員で九人の『女王』が存在する事になる。そうなると手がつけられなくなる。女王は最強の駒だ。昇格したら有利になるが、されると大変な目に遭うのは必定だ。
「全員、この通信機器を耳につけてください」
朱乃さんがイヤホンマイクタイプの通信機器を配る。それを耳につけながら部長がいう。
「戦場ではこれで味方同士やり取りするわ」
これで離れた場所から命令を受けたりするのか。大事なアイテムだから壊さないようにしないと。
『開始のお時間となりました。なお、このゲームの制限時間は人間界の夜明けまで。それではゲームスタートです』
キンコンカンコーン。
鳴り響く学校のチャイム。これが開始の合図か、なんか微妙な感じだ。
こうして俺達にとっての初『レーティングゲーム』の狼煙が上がった。
「さて、まずはライザーの『兵士』達を撃破しないといけないわね。八名全員が『女王』にプロモーションしたら厄介だわ」
「部長、落ち着いてますね」
「イッセー、戦いはまだ始まったばかりよ?もともと、『レーティングゲーム』は短時間で終わるものではないわ。もちろん、短期決戦もあるけれど、大概は長時間使うわ。実際のチェスと同じね。そして『レーティングゲーム』は戦場を使い込んでこそ意義がある。大抵の場合、両陣営の本陣は砦か城、または塔になるわ。本陣と本陣の間に森や山、川、湖を挟んで大掛かりな戦闘をするのよ。今回は学校が舞台の分、多少なり私達に地の利があるわね、祐斗」
「はい」
部長に促され、木場がテーブルの上に地図を広げた。マスで区切られ、縦と横に数字や英字が書き込まれている。多分、チェスのボードを模したのだろう。
部長は旧校舎、新校舎の端っこを赤ペンで囲う。
「私達の本陣近辺に森があるわ。これは私達の領土と思って構わない。逆に新校舎はライザーの陣地。入った瞬間、相手の巣の中に入ったと思ってちょうだい。校庭は新校舎から丸見え。ここをただ通るのは危険だわ」
新校舎に入るなら、裏の運動場が妥当だけど…………多分相手もそれは理解しているから、そうなると新校舎旧校舎と隣接している体育館を取りに行くべきか?
「部長、旧校舎寄りの体育館。これを先に占拠しませんか?ここを取れば新校舎までのルートを確保できます。体育館は新校舎とも旧校舎とも隣接してますし、相手への牽制になります」
俺の思っていたことを木場が言ってくれた。それに部長も頷く。
「ええ、私もそう思っていたわ。まずは体育館を取る。場所的に相手が投入してくるのは『戦車』かもしれない。室内だから、機動力の『騎士』よりも破壊力の『戦車』の方が特性を活かせるわ。そうね……………祐斗と小猫はまず森にトラップを仕掛けてきてちょうだい。予備の地図も持って行って、トラップ設置場所に印をつけるように。後でそれをコピーして全員に配るわ」
「はい」
「………了解」
命令されるや否や、木場と小猫ちゃんは地図と怪しげなトラップグッズを手に持って部室を出て行った。
「トラップ設置が完了するまで他の皆は待機。あー、朱乃」
「はい」
「祐斗と小猫が帰ってきたら、森周辺、空も含めて霧と幻術をかけておいてくれるかしら。もちろん、ライザーの眷属にのみ反応する仕組みよ。序盤はこんな感じかしら。中盤に動きが激しくなりそうだけど、霧と幻術の件、お願いね、朱乃」
「わかりました、部長」
朱乃さんが了承する。
「あ、あの部長。俺はどうしたら良いんですか?」
「そうね。貴方の場合、ライザーと闘うまで体力は温存しつつ、プロモーションしないといけないわね。イッセー。此方に来なさい」
ちょんちょんと部長が隣を指差した。俺は言われるままに部長の隣に座ると、部長は俺の頭に手を置いた。
「………貴方に施した封印を少しだけ解くわ」
「え?封印?」
疑問を口にした時、俺の身体がドクンと大きく脈動した。それと同時に体の底から力が湧き上がってきた。赤龍帝の籠手とはまた別のパワーアップの感覚だ。あれは籠手から流れ込んでくる感じだが、今のこれは身体の奥底から湧き出してくるようなそんな感覚。
「覚えてる?貴方を下僕に転生させた時、『兵士』の駒を八つ全部使ったって話」
「はい」
「その時、イッセーは悪魔として未成熟だったから、『兵士』の力に制限をかけたの。ただの人間から転生したばかりの貴方では、八個分の『兵士』の力に耐えられないと思ったからよ。単純な話、朱乃の次に強力な力となるのだから、よほど力をつけないとイッセーの方が壊れてしまう。だから、何段階かに分けて封印をかけたのよ。それを今少しだけ解放させたの」
成る程、今俺の体に溢れているのは本来の力って事か。
「あの修行は、赤龍帝の籠手と『兵士』の力に対応するためのもの。まだ足りない部分もあるけれど、今はこれで十分なはずよ」
予想外のパワーアップだ。これならライザーもやれる!
『禁手の方も僅かに時間が延びた。これなら戦闘を一、二回した程度では支障も無いだろう』
うし!あの焼き鳥野郎は必ず俺がぶっ倒す!そんでもって部長を勝たせてみせる!あんな奴に二人を渡してたまるか!
「イッセー」
「どうした、智代?」
話が終わるまで待っていたのか、智代は話が終わると手招きしてきた。
「お前の闘う相手はライザーだけだ。それ以外は私が何とかしてみせる。眷属への譲渡も二回までにしておけ。リアス部長とイッセーさえいればライザーは打倒出来るんだからな………私の言いたいこと、わかるなイッセー」
「……わかってる」
例え自分がやられそうになっても見捨てろとそう言っている。勝つ為にはそういう事も大切だと。智代に限って、やられそうなんて事はないと思うのだが、実際にそういう場面になってみないとわからない。
「私が言いたいのはそれだけだ。このゲーム、勝つぞ。イッセー」
「おう!」
俺と智代は拳と拳を軽く当てて、互いの意志を確かめ合った。