「私の処女をもらってちょうだい。至急頼むわ」
部屋に来るなり、そう告げる部長に俺は思考を停止させていた。
「ほら、ベッドへお行きなさい。私と支度をするから」
と部長に急かされて俺はベッドへ向かう。何が何だかよくわからないぞ。一体どういうことだ?部長は悩みがあるんじゃなかったのか?なんで俺の部屋に来て、いきなり「性交しよう」だなんて。わからん、部長の考えがまったくわからんぞ!
既に下着姿となった部長は、息を整え、俺へ近寄る。
「ちょっ⁉︎部長!隠してください!これでも思春期の男子高校生なんですよ⁉︎」
「わかっているわ。だからお願いするの」
はいぃ⁉︎一体全体何を言ってらっしゃいますですか、このお方は⁉︎
「イッセー、やはり私ではダメかしら?」
「は、はい?」
やはりとはどういう意味だろうか。俺には思い当たる節が全くないんだが………
「わかっているわ、本当は貴方に頼むべきではない事は。けれど、これしか方法がなかったの。許してちょうだい」
何を許せばいいのか皆目検討もつかないが、取り敢えず今は乱心されている部長を元に戻さないと!
「落ち着いてください、部長。理由を話してください」
「ごめんなさい。今はそんな事をしている暇はないの」
そんなに急な事なんですか⁉︎そもそも何故早いうちに貞操を散らそうとするのか、やはり何かの為に俺と合体せざるを得なくなったということか。なら、尚更部長を止めなきゃ!
「駄目です」
「イッセー?」
「部長の貞操は部長が本当に好きだと心の底から思える人に捧げてください。その時の勢いだけで好きでもない誰かに貞操を捧げるなんて絶対に後で後悔します!そうせざるを得ないというのであれば、せめて理由を聞かせてください!俺、まだ碌に魔力の使い方も知らない下級悪魔ですけど、部長の眷属ですから、力になりたいんです!」
貞操なんてそう簡単に散らしていいものじゃない。本当に好きな相手と互いに愛し合ってこそのものだ。ロマンチストだなんて言われるかもしれないが、それが俺の考えだ。
「………わかったわ。イッセー、ごめんなさい。貴方の言うとおりだわ」
良かった。納得してくれたらしい。
部長が納得して、脱いでいた服を手に取った時、部屋の床が再び光り輝きだした。
またグレモリー眷属?一体誰が………、と思っていると魔法陣から現れたのは銀色の髪の見知らぬ若い女性。メイド服を着てるからメイドさん?
「こんな事をして破談に持ち込もうというわけですか?」
メイドさんは呆れた口調で淡々と言う。それを聞いた部長は眉を吊り上げるが、すぐに何時もの様子に戻る。
「そのつもりだったのだけれど…………残念ながら失敗したわ。ある意味では祐斗よりもイッセーの方が難易度が高かったみたい。逆に諭されてしまったわ」
「流石はリアス様の眷属。聡明な方でらっしゃいますね」
褒められた?うーん、俺は勝手に自分の価値観で話してしまっただけだから、あまり賢い選択じゃないと思うんだけどな。智代にも考え方を押し付けるのは良くないって言われたし。特にドラグ・ソボール関連で。
「何はともあれ、貴方はグレモリー家次期当主。無闇に殿方へ肌を晒すのはおやめください。ただでさえ、事の前なのですから」
と、メイドさんは部長に言う。
事の前?どういうことだ?
女性の視線が俺へ移る。途端に頭を下げた。
「初めまして。私は、グレモリー家に仕える者です。グレイフィアと申します。以後、お見知り置きを」
丁寧な挨拶に俺もお辞儀を返す。一挙手一投足の洗練された動き、このメイドさん………只者じゃない。熟練のメイドさんだ!
「グレイフィア、貴方がここへ来たのは貴方の意志?それとも家の総意?………それとも、お兄様のご意志かしら?」
「全部です」
「そう。兄の『女王』である貴方が直々人間界へ来るのだもの。そういう事よね。わかったわ」
話しながらも服を着直した部長は俺の方に向き直る。
「ごめんなさい、イッセー。私も少し冷静ではなかったわ、さっきはありがとう。私の身を案じてくれて、少しだけときめいてしまったわ」
「そ、そうですか……」
としか言えなかった。だってどう返していいかわからないじゃん!
「イッセー?まさか、この方が?」
グレイフィアさんが俺の事を驚愕した表情で見てくる。クールな方がここまで驚くなんて、俺何かしたか?
「ええ、兵藤一誠。私の『兵士」よ。『赤龍帝の籠手』の使い手」
「………『赤龍帝の籠手』、龍の帝王に憑かれた者……」
憑かれたとか言わないでください。呪われてるみたいじゃないですか。
「グレイフィア、私の根城に行きましょう。話は其処で聞くわ。朱乃も同伴でいいわよね?」
「『雷の巫女』ですか?私は構いません。上級悪魔たる者、『女王』を傍らに置くのは常ですので」
「イッセー。迷惑をかけたわね。明日、また部室で会いましょう」
そう言って部長は俺の頬にキスをする…………ってキスゥゥゥゥゥッ⁉︎
「私を引き留めてくれたお礼よ」
別れを告げて、部長はグレイフィアさんと共に魔法陣の放つ光の中へ消えていった。
シャワーから上がってきたアーシアが俺の部屋を訪れるまでの間、俺はただただキスの感触の残る頬をさすっていた。
side out
「部長の悩み?」
旧校舎にある部室へ俺、イッセー、アーシアの三人で向かう途中、イッセーは俺に質問を投げかけてきた。
「何故私に聞く?」
「智代って結構なんでも知ってるし、同じ三大お姉様の一人だから、智代も経験した事のある事かもしれないって思ってさ。考えられそうな候補は一応潰しておきたいし」
成る程な。考えなしに俺を頼ってきたというわけではないということか。
確かにイッセーの言う通り、俺はリアス部長の悩みを知っている。そして昨日……いや、今日か。深夜にイッセーの家をリアス部長が訪れたという事は今日、その悩みの根源が来るはずだが………今は知らぬ存ぜぬで通すしかないな。
「私にはわからないが、朱乃先輩であれば何か知っているのではないか?リアス部長の懐刀だからな」
「やっぱりそうだよなぁ。でも朱乃さんって基本的に部長と一緒にいるから、こっそりってわけにもいかないし………ん?」
扉の前に来たところでイッセーが何かに気づいた。俺も扉の前に立って気づいたが、中からは抑えられてはいるが、凄まじい力の波動を感じる。これが超越者と称されている現魔王ルシファーの『女王』か。原作でもかなりの実力を有しているとは言っていたが、扉越しにこの波動………絶対に敵に回したくはないな。
「どうかされたんですか?お二人とも?」
「いや、何でもないよ、アーシア」
そう言ってイッセーは扉を開いた。
室内にはリアス部長、朱乃先輩、祐斗、小猫、そしてーーー銀髪のメイド、グレイフィア・ルキフグスがいた。
室内の空気は重く、会話のない張り詰めた空気が室内を支配している。
機嫌の悪い面持ちのリアス部長にいつも通りの笑顔であるが、冷たいオーラを感じさせる朱乃先輩。困ったような表情を浮かべて此方に手を上げる祐斗と出来るだけ関わりたくないという雰囲気の小猫。
普段からは考えられない様子にアーシアは困惑したようにキョロキョロとしていたので、「落ち着け」と言って頭を撫でる。
リアス部長がメンバーが揃った事を確認すると口を開いた。
「全員揃ったわね。では、部活をする前に少し話があるの」
「お嬢様、私がお話ししましょうか?」
リアス部長はグレイフィアさんの申し出をいらないと手を振っていなす。
「実はねーーー」
リアス部長が口を開いた瞬間、部室の床に描かれた魔法陣が光り出し、魔法陣に描かれていたグレモリーの紋様が見知らないものへと変化する。
見たことはないが知っている。これはーーー
「ーーーフェニックス」
ぽつりと俺の口からそんな言葉が漏れていた。だが、幸いにもイッセーやアーシアには聞こえていなかったらしく、視線は魔法陣に向けられたままだった。
室内を眩い光が覆い、魔法陣から人影が姿を現す。
ボワッ!
魔法陣から炎が巻き起こり、室内を熱気が包み込む。熱かったので神器を出して軽く温度調節をしてみたが、どうやら火の粉程度なら余裕で凍らせられるようだ。
炎の中で佇む男性のシルエット。そいつが腕を横に薙ぐと、周囲の炎が振り払われた。
「ふぅ、人間界は久しぶりだ」
そこにいたのは、赤いスーツを着た金髪の男。スーツを着崩しているせいで、ネクタイもせずに胸までシャツを開いていた。整った顔立ちだが、何処か悪そうな雰囲気がある。
こうして見てみると本当に三下臭が否めないなライザー・フェニックス。
ライザーは部室を見渡し、リアス部長を捉えると口元をにやけさせる。下卑た笑みだ。
「愛しのリアス。会いに来たぜ」
半眼で見つめるリアス部長など気にも留めず、ライザーは近づいていく。
「さて、リアス。早速だが、式の会場を見に行こう。日取りも決まっているんだ、早め早めがいいな」
「………離してちょうだい、ライザー」
低く迫力のある声でリアス部長はライザーの手を振り払ったが、ライザーは苦笑するばかり。成る程、リアス部長や原作のイッセーが気に入らないのも頷ける。同性としても異性としてもこの男はムカつく。
「リアス部長とどういった関係かは今のやり取りで大体察したが、幾ら何でも女性に対して失礼ではないか?」
「あ?誰………ほう…」
口を挟まれて、一瞬だけ不機嫌そうな表情をしたライザーだったが、こちらを見るなり、先程のように表情をにやけさせた。
「見たことのない顔だな。おまけに悪魔でもないようだ。君の名前は?」
「大神智代」
「智代か……いい名前だな。それにリアスに負けず劣らず美しい…………どうだ?リアスの眷属でないなら、俺の眷属になってみる気はあるか?悪いようにはしないさ」
…………は?
おいおいおいおいおい!何考えてんだ、このホスト崩れは!
すぐ近くに仮とはいえ、自分の婚約者がいる前で口説くなよ、馬鹿じゃねえの⁉︎だから種まき鳥って言われるんだよ、バァカ!誰がてめえの眷属になんてなってやるか!
「………生憎だが、先約が入っている。それに貴方の眷属になる気など毛頭ない」
「そういうなよ。俺の事を知れば、考え方も変わるだろうさ」
そう言ってライザーは俺の腕をぐいっと引っ張ってきた。流石にライザーが此処までするとは思っていなかったので、俺は抵抗出来ずに引き寄せられた。
あれ、これヤバくね?
そう思った時、目の前にいたライザーが横に吹っ飛び、誰かに抱き寄せられていた。
「よくわからないけど、智代に手を出す奴は誰だろうと許さねえ!」
驚く俺の視界に映ったのは赤龍帝の籠手を呼び出し、ライザーを殴り飛ばしていた我が幼馴染みの姿だった。