銀河英雄伝説 エル・ファシルの逃亡者(新版)   作:甘蜜柑

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※修正点
前半部分は人物紹介に多少加筆
パエッタとアッテンボローの議論に加筆
会議後の会話に加筆
会議後の会話後に、一つの新エピソードを加筆
最終エピソードを次回使う予定だったものと差し替え
削除した二つのエピソードは修正のうえで次回に回す



第102話:戦士と軍人 802年9月10日~9月15日 イゼルローン総軍司令部庁舎~惑星ラハム~イゼルローン総軍司令部庁舎

 九月一〇日、国防委員会は「ヤン・ウェンリー元帥に特別休暇を与えた」と発表した。活躍した軍人に特別休暇が与えられることは珍しくない。ヤン元帥は昨年春から前線に留まってきた。過労を心配する声があるほどだ。このような事情があったので、怪しむ者はいなかった。

 

 イゼルローン総軍幹部に対しては、「極秘の相談をするために呼び出した」と説明した。怪しむ者もいたが、「軍事機密だ」と言われると引き下がるしかない。

 

 ヤン元帥のハイネセン行きも「軍事機密」となった。テロや暗殺の危険があるので、高級司令官の所在は隠さなければならない。高級司令官が公の場に姿を見せる時は、厳重な警護体制が敷かれる。査問会は機密ではないが、ヤン元帥の所在は機密なのだ。

 

 同盟軍の規則は、前線勤務中の軍人が任地から離れることを禁じている。休暇中であっても、四八時間以内に戻れる場所にいなければならない。市民はヤン元帥が回廊周辺で休暇を楽しんでいると考えた。

 

 ヤン・ウェンリー元帥は三つの肩書きを持っていた。一つは「イゼルローン総軍総司令官」、一つは「対帝国戦線総司令官」、一つは「国外派遣軍総司令官」である。イゼルローン総軍と対帝国戦線はイコールといっていい。国外派遣軍は書類上にしか存在しない部隊で、政府が帝国との対決姿勢をアピールするための小道具だ。

 

 ヤン元帥が召還された後、俺は対帝国戦線と国外派遣軍の指揮権を握った。イゼルローン総軍司令官代行イム大将も俺の指揮下に入った。指揮系統の上では、対帝国戦線総司令官代行たる俺が二つの総軍を統括する形になる。

 

 査問会が終わるまでイゼルローン回廊を預かる。とても面倒な任務だった。部下にも真実を明かすことはできないのだ。

 

 俺がイゼルローン総軍総司令部庁舎に入ると、険悪な空気が漂った。優等生集団のチーム・フィリップスと個性派集団のヤン・ファミリーの相性は最悪だ。

 

 庁舎の中ではヤン・ファミリーが待ち構えていた。有害図書愛好会グループのブラッドジョー少将、ヤン元帥の養子ミンツ准尉らは、敵意を隠そうとしない。キャゼルヌ派のハンフリーズ中将らは顔をしかめた。「ついていけない」と言って俺の下を離れたカンダガワ少将は気まずそうだ。逃亡者断罪論者のヴァルケ准将は、俺の前に来て「まだ諦めてませんよ」と笑う。

 

 チーム・フィリップスは俺の後から入ってきた。ワイドボーン参謀長、アブダラ副参謀長、バウン准将らはヤン・ファミリーを睨みつける。イレーシュ人事部長、首席副官ハラボフ大佐らは、俺をガードするように立ちふさがった。ラオ作戦部長、メッサースミス准将らは困り顔だ。ベッカー情報部長は皮肉っぽい目を向けた。「差別発言」を理由にヤン・ファミリーから追い出されたウノ後方部長は、みんなの背中に隠れた。チュン・ウー・チェン副参謀長はのほほんとしている。

 

 見えない火花が飛び交う中、俺は悠然と歩いた。もちろん、内心では震え上がっている。敵意はトゥールハンマーよりずっと恐ろしい。

 

 ヤン・ファミリーの総参謀長パトリチェフ大将が歩いてきた。身長は俺より頭一つ高い。胴回りはでっぷりと太っている。腕や足や首は丸太のように太い。丸々とした顔と長いもみあげが親しみやすさを醸し出す。

 

 俺はパトリチェフ大将の前で立ち止まり、三〇センチほど上方を見上げた。そして、気さくな口調で呼びかける。

 

「やあ、パトリチェフ提督。これから世話になるよ」

「喜んでお手伝いさせていただきます」

 

 パトリチェフ大将は笑顔で応じた。プライベートで会話をかわしたことはないのに、俺の意図を察してくれた。

 

「一緒に仕事するのはエル・ファシル以来だね」

「時がたつのは早いですなあ。いつの間にか、もみあげがこんなに伸びました」

「六年前から長いじゃないか」

「おや、そうでしたか」

「君の身長は二メートルだ。もみあげが五センチでも一〇センチでも同じなんじゃないか?」

「図体がでかいせいで、大雑把になってしまいます」

「俺はチビだから細かいんだ」

 

 俺はパトリチェフ大将の頭に向かって右手を伸ばし、身長を比べるような仕草をした。二人の間には大人と小学生ほどの身長差がある。

 

 上官が笑い合っているのに、部下がいがみ合うのは馬鹿らしい。張り詰めた空気はみつみるうちにほぐれていった。

 

「じゃあ、始めましょうか」

「時間がないしね」

 

 俺とパトリチェフ大将が室内を見回すと、全員がうなずいた。プロフェッショナルは切り替えが早い。チーム・フィリップスとヤン・ファミリーは、協力しながら作業を進めた。

 

 話し合いが終わると、チュン・ウー・チェン副参謀長が大きな紙袋からパンを取り出した。潰れていないパンだ。

 

「そろそろ腹ごしらえをしましょうか」

 

 この提案に異議を唱える者はいなかった。のんびりしたチュン・ウー・チェン中将の前では、ひねくれたヤン・ファミリーですら毒気を抜かれてしまう。全員がパンを受け取った。ミンツ准尉が紅茶をいれ、当番兵がコーヒーをいれた。みんなで一服してからオフィスを後にした。

 

 俺はイゼルローン総軍司令官代理イム・ソンジン地上軍大将を訪ね、協力を求めた。トリューニヒト議長とヤン元帥の双方を嫌う気難しい人物だが、イゼルローン総軍の指揮権を持っている。ヤン・ファミリー以外では最大のキーパーソンだ。

 

「軍人として力を尽くしましょう」

 

 イム大将は「軍人」という言葉を強調した。軍務には協力するが、政治的に協力するつもりはないと言いたいのだろう。

 

「ありがとう」

 

 俺は頭を下げた。相手が好き嫌いを仕事に持ち込まない人なのは知っている。それでも礼を言った。当たり前のことを当たり前にやる。それは何よりも尊いことだ。

 

 イゼルローン総軍副司令官ヨハネス・オイラー大将は、露骨なまでに媚を売ってきた。おだてに弱い俺ですら引いてしまう。

 

「わざわざ足をお運びいただけるとは! 光栄の至りであります!」

「喜んでもらえてうれしいよ」

「フィリップス提督のためなら、小官は何でもいたしますぞ!」

「それはありがたい」

 

 俺は笑顔が引きつらないように努力した。相手はトリューニヒト議長が重用する亡命者提督である。平民出身でありながら二〇代で帝国軍提督となった。ラインハルトが元帥府を開くと、ミッタ―マイヤー提督やロイエンタール提督とともに副査閲監を務めた。前の世界では無名だったが、戦記の基準なら超有能なはずだ。おざなりな対応はできない。

 

「なんでもお申しつけください! 自殺を命じていただいても結構です! あなたのために命を捧げるのなら、死んでも悔いはありません!」

 

 オイラー大将の唇は歯の浮くようなセリフを次々と吐き出す。

 

「副司令官としての仕事をこなしてほしい。それで十分だ」

「おまかせください! あなたに逆らう者は徹底的に潰してみせます!」

「君はわかってないな」

 

 俺が大げさに顔をしかめると、オイラー大将はうろたえた。

 

「どういうことでしょう?」

「ウィー・アー・ユナイテッドの精神をわかってない」

「申し訳ありません……」

「潰したら戦力が減るだろうが。仲たがいは同盟軍の伝統だ。リン元帥もトパロウル元帥もアッシュビー元帥も仲間と喧嘩した。それでも、戦う時だけは団結した。市民軍ではトリューニヒト派も反トリューニヒト派も一緒に戦った。仲が悪くても共存できる。仲が悪くても協力できる。それがウィー・アー・ユナイテッドの精神なんだ」

「なるほど……」

「喧嘩をしてもいいが、潰しあいはするな。わかったか?」

「かしこまりました」

 

 オイラー大将は恐縮しながら答える。

 

「期待してるよ」

 

 俺は優しそうな笑顔を作った。媚を売ってくる人間には、「俺の機嫌を取りたいならこうしろ」とはっきり教えてやればいい。そうすれば、望みどおりに動いてくれる。これはトリューニヒト議長から学んだ一〇八の人心掌握術の一つだ。

 

 二人の重鎮から協力を取り付けると、ヘリコプターに乗って各地に点在する艦隊基地や地上軍基地を訪ねた。実戦部隊司令官からも協力を取り付けておきたい。

 

 第一三艦隊司令部は、イゼルローン総軍総司令部から五〇キロ離れた場所にある。ヤン元帥が直率する艦隊なので、旧第一三艦隊のカラーが最も強い。

 

 廊下で艦隊副司令官サイラス・フェーガン中将とすれ違った。丁寧に敬礼してくれたが、視線は冷ややかだった。

 

 フェーガン中将はエル・ファシル海賊討伐の時に、俺の旗艦「グランド・カナル」の艦長を務めた人だ。ヤン・ファミリーでは旗艦ヒューベリオンの初代艦長を務め、提督としても活躍した。清廉な人なので俺とは相性が悪く、ヤン元帥とは相性がいい。

 

 応接室で第一三艦隊司令官代理クリストファー・デッシュ宇宙軍大将と面会した。良くも悪くも無難な人という印象だ。もっとも、無難なだけではヤン元帥の腹心は務まらない。正規艦隊司令官代理を無難にこなせる時点で、相当な実力者だといえる。

 

 イゼルローン総軍総司令部から四〇〇キロ離れたセンナケリブに、第四艦隊司令部が置かれていた。旧第一三艦隊隊員が基幹となり、新兵と再招集された予備役がわきを固める。旧第四艦隊のカラーはほとんど残っていない。

 

 駐車場で第四艦隊D分艦隊司令官セシル・ラヴァンディエ中将を見かけたので、俺は次席副官ディッケル大尉の背中に隠れた。できることなら避けて通りたい人なのだ。

 

 ラヴァンディエ中将はエル・ファシル海賊を討伐した時に、俺の配下となった人物だ。歴戦の勇士だったが、あまりに無責任だったので更迭した。しかし、ヤン・ファミリーに加入した後は武勲を重ね、「ヤン・ウェンリー一二星将」の一人に数えられた。反フィリップス派は、俺が彼女を解任したことをフィリップス無能説の根拠にあげる。

 

 司令官室に足を踏み入れた瞬間、帰りたいと思った。部屋の奥から強烈な冷気が流れてくる。冷房ではない。人間が冷気を放っている。

 

 第四艦隊司令官スカーレット・ジャスパー宇宙軍大将は、「レクイエム・ジャスパー」の異名を持ち、一二星将最強の呼び声が高い勇将である。七三〇年マフィアの「マーチ・ジャスパー」の孫にあたり、祖父とは正反対の冷徹な用兵で勇名を馳せた。この世界ではダスティ・アッテンボローの加入が遅れたため、彼女がヤン・ファミリーの切り札になっている。

 

 彼女自身は「ヤン・ウェンリー随一の忠臣」を自称した。自分が一番の忠臣だと思っているので、ヤン元帥の忠臣を自負するグリーンヒル准将やミンツ准尉とは仲が悪いらしい。

 

 ジャスパー大将は敵意を隠そうとしなかった。刃のような眼差しが俺の全身を切り刻む。精悍な顔にはウラノス山脈よりも険しい表情が浮かんでいる。引き締まった長身から強烈な冷気が立ち上る。向かい合うだけで体温が下がりそうだ。

 

「どのようなご用件でしょう?」

「挨拶に来たんだ。一緒に頑張っていきたいと思ってね」

「わかりました」

 

 そっけなく答えると、ジャスパー大将は口を閉ざす。話を続けられる雰囲気ではない。俺は逃げるように退出した。

 

 南半球のアトラ・ハシース高原の中央部には、第六艦隊司令部がある。人員構成は第四艦隊と似ており、旧第一三艦隊隊員、新兵、再招集された予備役の混成部隊だ。

 

 第六艦隊司令官エリック・ムライ宇宙軍大将は、独創性に欠けるが堅実な艦隊運用が持ち味だ。前の世界では参謀だったが、この世界では指揮官として活躍した。ムライ大将の几帳面さとパトリチェフ大将の社交性が、個性派集団のヤン・ファミリーを組織として機能させている。

 

 ムライ大将は薄めの黒髪を七三分けにした中年男性で、見るからに生真面目な感じだ。「教頭先生」という異名がよく似合う。愛想は良くない。こちらの顔色をうかがう素振りもない。好意も悪意も交えず、事務的に話を進める。

 

「我々と協力したいとおっしゃるのですな?」

「その通りだ」

「異存はありません。できるかぎり協力いたしましょう」

「そういってもらえると助かる」

 

 俺はにっこりと笑った。ムライ大将には威厳がある。イゼルローンのひねくれ者を動かしやすくなるだろう。

 

「私からもお願いしたいことがあります」

「なんだい?」

「秩序を乱さないでいただきたい。軍務に差し支えますので」

 

 ムライ大将は釘を刺すように言った。

 

「心配はいらない。引っかき回すようなことはしないよ。俺の任務は平穏を保つことだからね」

 

 俺は本心からそう答えた。イゼルローン回廊は預かりものだ。平穏であれば、それに越したことはない。

 

 その他、第八地上軍司令官ランドン・フォーブズ地上軍大将、ティアマト星域軍司令官アリダ・アダーニ地上軍中将らとも面会した。二人とも協力要請を受け入れてくれた。

 

 ラハムから六・二光年離れたイゼルローン要塞の司令官二名は、ヤン・ファミリーでも屈指のひねくれ者だ。できることなら避けて通りたいが、彼らだけを無視するのは礼儀に反する。俺は憂鬱な気分で超光速通信を入れた。

 

 要塞艦隊司令官ダスティ・アッテンボロー宇宙軍大将は、やや不機嫌そうであったが、対話には応じてくれた。反抗を生きがいにしていても、仕事に関してはきっちりしている。

 

「仕事なら協力しますがね」

「よろしく頼む」

 

 俺は安堵の笑みを浮かべた。最大の山を越えた気分だった。

 

「あまりお役に立てないかもしれませんが」

「謙遜することはない。君は俺よりずっと有能だろう」

「ごみ箱漁りは下手なんですよ」

 

 アッテンボロー大将は皮肉っぽい口調で答えた。

 

「君は宇宙のことに専念してくれ。ごみ箱漁りは俺がやるから」

 

 俺は全力で笑顔を作った。隙を見せてはならない。動揺したら追い打ちを食らう。アッテンボロー大将との会話は戦争なのだ。

 

 要塞軍集団司令官ワルター・フォン・シェーンコップ宇宙軍大将は、愛想良く対応してくれた。もっとも、笑顔の中に刃を隠す人なので油断はできない。

 

「私とあなたの仲です。何なりとお申し付けください」

「ありがとうございます」

「ヴァンフリートのような状況になったら、お助けいたしますよ」

「なんでヴァンフリートなんです?」

 

 俺は首を傾げた。なぜ、ここでヴァンフリートを持ち出すのだろう?

 

「状況が似ていると思いましてね」

「共通点がないですよ」

「一つだけあります。あなたの動きが怪しいということです」

 

 シェーンコップ大将は意地の悪い笑いを浮かべる。

 

「何か隠しているんじゃないですか?」

「隠していませんよ」

 

 俺は笑顔で否定したが、内心では寒気を覚えた。シェーンコップ大将はさすがに鋭い。何かあると感じたようだ。

 

「八年前、あなたは部下を欺きながら何かをやった。今回も同じではないかと思いましてね」

「見たまんまです」

「あれから私なりに調べました。ヴァンフリートの数か月後、将官数十名が不自然な理由で退役した。同じ時期、数百個部隊が根こそぎ改編された。これほど大きな再編成がニュースになっていない。不自然でしょう? 当局は『たまたま重なった』と言っていますがね。偶然にしてはできすぎです」

「妙な話ですけど、俺には関係ありません」

 

 俺は必死になって否定した。シェーンコップ大将が指摘した件は、サイオキシンマフィアの粛清だった。ヴァンフリートでやった任務とは明確な因果関係がある。決して表には出せないが。

 

「そこまでおっしゃるのなら、関係ないことにしておきましょう。調べたところで軍事機密の壁にぶち当たる。あなたは何を聞かれても否定する。お手上げです」

「本当に関係ないですけどね」

「妙な真似はしないでいただきたい」

 

 シェーンコップ大将が真顔になった。六・二光年の彼方から放たれた眼光が突き刺さる。

 

「しませんよ」

 

 俺は笑顔で答えた。味方を騙すのは心苦しい。大義のあったヴァンフリートですら、大きなストレスを感じた。今回の任務には大義がない。ストレスに耐えきれるだろうか? 正直言って自信がなかった。

 

 

 

 第一辺境総軍の部隊は、各地のイゼルローン総軍基地に仮住まいした。異質な者同士が同居しているのだ。軋轢が生じるのは自然な成り行きであった。

 

 九月一六日、第一辺境総軍とイゼルローン総軍の合同会議が開かれた。上級大将一名、大将一二名、独立部隊司令官たる中将五名が参加した。南半球やイゼルローンにいる者はホログラム通信を使っている。

 

 打ち合わせが一通り終わった後、第一辺境総軍のパエッタ副司令官が立ち上がった。一言言いたいと言わんばかりの表情だ。

 

「イゼルローン総軍にお願いしたいことがある。髪型指導を強化していただきたい」

「理由をお聞かせいただけますか?」

 

 質問したのはアッテンボロー大将である。彼の髪は長髪だった。

 

「髪型の乱れは風紀の乱れにつながる」

「乱れたら困るんですか?」

「イゼルローンに来てからというもの、我が総軍では髪型違反が増えている。君たちの影響なのは明らかだ」

 

 パエッタ副司令官は苦々しげに言った。第一辺境総軍は髪型規定を厳格に守る部隊だ。隣に髪型自由な部隊がいたら、何かとやりづらい。

 

 国防委員会は「望ましい髪型」を定めた。男性は短髪か坊主頭、女性はショートカット・ポニーテール・ハーフアップが良いとされた。髪を染める場合も地味な色しか認められない。もっとも、髪型規定が厳密に適用されるかどうかは、指揮官の裁量に委ねられる。前線部隊は「散髪する余裕がない」との理由で緩くなりがちだ。リベラルな指揮官が率いる部隊も緩い傾向がある。

 

 ヤン元帥は自分の髪を伸ばし、髪型規定を無視する姿勢を見せた。トップが無視した規定を部下が守る理由はない。イゼルローン総軍の隊員は好きな髪型を選んだ。男女ともに流行りの髪型にする人が目立つ。アフロ、ドレッド、モヒカン、紫髪、青髪、緑髪、桃髪などもわずかだがいた。

 

「髪型なんてどうだっていいでしょう。大事なのは中身です」

「何事も型から入ることが大事だ。生まれながらの軍人はいない。軍人らしい格好をすることで、若者は『自分は軍人なのだ』と自覚する。外見が中身を作っていくのだ」

 

 パエッタ副司令官はスタンダードな軍隊教育論を説いた。軍隊には毎年一〇〇〇万人前後の若者が入隊してくる。「軍人らしさ」という鋳型に当てはめなければ、大勢の若者を軍人に仕立て上げることはできない。だからこそ、軍隊は形式にこだわる。

 

「馬鹿馬鹿しいですね」

 

 アッテンボロー大将は不快そうに吐き捨てた。

 

「画一化された『軍人らしさ』なんぞ、実戦では役に立ちません。戦争は喧嘩です。喧嘩できる奴を育てるべきです」

 

 彼の主張はスタンダードではないが、一定の支持を得ているものだ。形式主義は組織を堅固にするが、実戦に必要な闘争心・自立心・合理性を殺してしまう。自主性を重んじる教育を行い、実戦向きの資質を伸ばすのも一つの方法だ。

 

 同盟軍史を紐解けば、軍事能力と形式主義が相容れないことは一目でわかる。リン・パオ元帥、ユースフ・トパロウル元帥、ブルース・アッシュビー元帥をはじめとする過去の名将は、激烈な性格の持ち主だった。伝説的な勇者の多くは、伝説的な変人でもあった。ある軍事史学者は「同盟軍英雄列伝は同盟軍嫌な奴列伝だ」と述べた。ある意味では個性重視が同盟軍の伝統といえる。

 

「結束しなければ戦争には勝てん。強くても和を乱す奴など必要ない」

「強い人材を集めなければ、戦争には勝てません。歴史が証明しています」

 

 彼らの対立は軍人と戦士の対立であった。軍人は義務を果たすために戦うが、戦士は自分のために戦う。軍人は形式にこだわるが、戦士は形振り構わない。軍人は組織の力を頼るが、戦士は自分の力を頼る。勝つためには両者が必要だ。しかし、両者は本質的に相容れない。

 

「喧嘩と戦争を混同するな。個人が集まって軍隊になるのではない。軍隊という枠に個人を収めることが大事なのだ」

「じゃあ、あなたは百戦百勝なんでしょうな。完全に枠にはまっていますから」

 

 アッテンボロー大将はぶっきらぼうに言い放つ。

 

「小官は軍人らしくないので苦戦続きです。レグニツァでは危うく死にかけました」

「…………」

 

 パエッタ副司令官は何も言わずに座った。レグニツァの生き残りに「あんたのせいで死にかけたんだぞ」と言われたら、返す言葉がない。彼は恥を知る武人であった。

 

 第一辺境総軍幹部は不快な気分になったが、アッテンボロー大将の正論には反論できない。アッテンボロー嫌いで知られるワイドボーン参謀長も黙っていた。

 

 イゼルローン総軍幹部の反応は様々だ。ジャスパー大将はパエッタ副司令官に冷笑を浴びせ、ムライ大将はため息をつき、パトリチェフ大将は肩をすくめ、イム大将は顔をしかめ、シェーンコップ大将は「面白くなった」と言いたげに微笑む。

 

 困ったことになった。パエッタ副司令官は高圧的すぎる。アッテンボロー大将は容赦がなさすぎる。言いたいことを言わなければ、妥協点を探ることはできない。だが、言い方を選ばなければ、妥協は成立しない。

 

「まあ、どちらにも一理……」

 

 俺が無難な言葉で場を収めようとした時、第四艦隊司令官ジャスパー大将が立ち上がった。

 

「こちらからも言わせていただきたいことがあります。お聞きいただけますか?」

「言ってくれ」

「あなた方は残業が多すぎます。迷惑です」

 

 ジャスパー大将は咎めるような目つきだ。

 

「できるかぎり配慮したつもりだけど……。不十分だったかい?」

 

 俺は相手の顔色を伺うように問うた。

 

「不十分です。我が艦隊の基地だけで二〇万人が残業しています。残業が終わらないと、基地要員は帰れない。光熱費や警備費もかかります。残業をやめていただかないと、こちらが潰れます」

「わかった。残業時間を短縮しよう」

「どの程度短縮なさるおつもりですか?」

「即答はできない。現場の意見を聞かないと、正確な数字を出せないからね。一〇パーセントから一五パーセントになると思うけど」

 

 第一辺境総軍にとっては最大限の譲歩だったが、ジャスパー大将は首を横に振った。

 

「五〇パーセント短縮していただきたい。これは最低限の数字です」

「それは無理だ。仕事が回らなくなる」

「仕事を減らせばいいでしょう」

「代わりに人と金を出そう。光熱費と警備費はうちが負担する。基地業務隊に応援を派遣する。それでどうだ?」

「お断りします。余計な仕事を増やし、フォローのために余計な金を使う。エル・ファシルの時と同じです。あなたは全然進歩していない」

 

 ジャスパー大将の声には深い嫌悪がこもっていた。

 

「慰謝料のつもりで受け取ってもらえないか」

 

 俺は腰を低くして説得した。他人を援助する時は、「援助させてください」とお願いするのがコツだ。偉そうに「援助してやる」と言えば、相手のプライドは傷つき、恨みを買うだろう。頭を下げて援助を差し出せば、相手は引け目を感じ、恩を返したいという気持ちになる。これはトリューニヒト議長から学んだ一〇八の人心掌握術の一つだ。

 

 それでも、ジャスパー大将は援助を受け取ろうとしなかった。彼女は手間とコストを徹底的に削るヤンイズムの信者だ。トリューニヒト派に借りを作りたくない気持ちもあるのだろう。

 

 俺が悩んでいると、オイラー大将が「任せてください」と目くばせを送ってきた。まずいと思ったが、止める暇はなかった。

 

「ジャスパー提督、善意は素直に受け取るべきですよ」

 

 オイラー大将は五歳年上のジャスパー大将に上から目線で語りかける。

 

「フィリップス提督はトリューニヒト議長が任用なさったお方。フィリップス提督の善意を拒否することは、トリューニヒト議長の意向に背くことと同義です。あえて拒否なさるのであれば、議長への不忠と受け取られてもおかしくないですよ」

「ちょっと待て!」

 

 俺はうろたえた。パエッタ副司令官らも呆然とした。オイラー大将がここまで滅茶苦茶なことを言うとは思わなかったのだ。

 

「なに勘違いしてるんですか?」

 

 心底から軽蔑するような声の主は、アッテンボロー大将であった。

 

「議長の名前を持ち出したら、恐れ入ると思ってるんですか? この国はあなたの祖国と違う論理で動いています。軍人も議長も市民に仕えている。議長はただの上官であって、主君ではない。そして、軍人には上官に意見を述べる義務がある。ジャスパー提督は必要ないものを必要ないと述べただけです。不忠などと言われる筋合いはないですね」

 

 アッテンボロー大将はオイラー大将を厳しく糾弾した。ジャスパー大将とは目も合わせない仲だが、権威を振りかざす輩が現れた時は別だ。

 

「貴方、私を誰だと思っているんですか……」

 

 オイラー大将は笑顔の仮面を脱ぎ捨て、アッテンボロー大将を睨みつけた。さらなる論戦が始まるかに思われた時、別方向から冷笑まじりの声が飛んできた。

 

「存じておりますよ」

 

 傍観を続けていたシェーンコップ大将が初めて口を開いた。

 

「ヨハネス・オイラー。帝国歴四六一年、惑星オーディン生まれ。両親ともに平民。四七七年に士官学校に入学し、四八一年に首席で卒業。四八四年に皇太子府に加入、四八六年に宇宙軍准将に昇進。四八七年春に宇宙軍少将に昇進。四八七年冬に宇宙軍中将に昇進し、ローエングラム元帥府副査閲監を拝命。四八八年にミュッケンベルガー元帥府に参画、副査閲監補を拝命。四八九年に同盟軍に参画」

 

 シェーンコップ大将はオイラー大将の経歴を並べ立てた。

 

「素晴らしい経歴ですなあ。アッテンボローなんぞよりはるかにご立派だ」

「…………」

 

 オイラー大将は真っ青になった。亡命後の彼は、帝国批判やラインハルト批判で有名になった。投げ捨てた経歴を褒められても有り難くない。

 

「アッテンボロー提督、オイラー提督に頭を下げるべきではないかね。貴官の一歳下なのに大将になった御仁だぞ。すばらしい武勲を立てたに違いない。敬意を払わずにはいられんだろう?」

 

 シェーンコップ大将の慇懃無礼は芸術の域に達している。亡命後のオイラー大将が武勲を立てていないのは周知の事実だ。

 

 完全に面目を失ったオイラー大将は、第一辺境総軍に救いを求めた。俺は困った顔をした。パエッタ副司令官はシェーンコップ嫌いだが、それ以上に追従が嫌いだった。アッテンボロー嫌いのワイドボーン参謀長は、理に傾くタイプなので、好き嫌いより道理を優先した。その他の第一辺境総軍幹部も黙っていた。

 

 会議が終わった後、俺はオイラー大将と二人きりで会い、言葉を尽くしてフォローした。こんな人物でも見捨てるわけにはいかない。それが凡人主義だ。

 

 オイラー大将の能力に対する幻想は消えた。一〇人登用して一〇人成功するなんてことはない。一〇人登用して五人成功すれば、賞賛に値する。彼は失敗した五人に属していたのだろう。

 

 フォローを終えた俺は、第一辺境総軍幹部を集めた。会議に出席しなかったチュン・ウー・チェン副参謀長らも加わり、今後について話し合う。

 

 アッテンボロー大将の無礼さを非難する声があがったが、パエッタ副司令官が「あれはレグニツァで戦った男だ」と言ったので、すぐに収まった。

 

 髪型については、これ以上の要求を行わないことになった。パエッタ副司令官の要求はアドバルーンに過ぎない。アッテンボロー大将の毒舌が目立ったものの、それよりも重要な事実がある。ムライ大将やイム大将ですら、譲歩を口にしなかった。相手が要求を受け入れる可能性はない。二か月以内に撤収することを考慮すると、我慢するのがベターだろう。

 

 残業問題は難航しそうだ。ジャスパー大将の主張は、イゼルローン総軍の総意であろう。だが、残業を減らすことはできない。隊員の面倒をきっちり見ようとすると、仕事が多くなる。

 

「どうしようかな」

「部隊の一部をイゼルローン要塞に移すという手もあります」

 

 ワイドボーン参謀長が新しい案を出した。

 

「悪くないな。イゼルローン要塞はスペースが余っていると聞く。光熱費は無料だ。いくら残業しても文句は言われない」

「問題は家主です。アッテンボローとシェーンコップがトップですからね」

「めんどくさそうだ」

「ポプランもいますよ」

「リンツとグリーンヒル准将が頼りだな」

 

 俺は苦笑いを浮かべた。要塞軍集団のカスパー・リンツとは、幹部候補生養成所時代からの付き合いだった。要塞艦隊のフレデリカ・グリーンヒル准将は、イゼルローン総軍と非公式に接触する際のパイプ役である。

 

「さっさと帰りたいですな。訓練もろくにできやしない」

 

 マリノ中将がぼやいた。イゼルローン総軍の基地に間借りしているため、好きなように訓練できないのだ。

 

「同感です。一分一秒でも無駄にしたくありません」

 

 第一一艦隊司令官ホーランド大将は静かに言い切った。彼に残された時間は少ない。

 

「イゼルローンに兵を置いたって、役に立ちません。最大の脅威はテロリストですから」

 

 ワイドボーン参謀長が難しい顔をする。トリューニヒト政権の強権政策は反同盟勢力を刺激し、テロの活発化を招いた。第一辺境総軍の管轄区域でもテロが発生している。

 

「帝国のテロ攻勢も激しくなっているね。はっきり言うと、艦隊より工作員の方が恐ろしい」

 

 俺は両腕を組んでため息をついた。移民や難民に紛れ込んだ帝国の工作員は、戦犯や亡命者の暗殺、政府施設の破壊、反体制組織の支援などさまざまな活動を繰り広げた。

 

「出兵の代わりにテロをやっているんです。忌々しいですが正しい戦略といえます」

「何とかしないとなあ」

「一日でも早くシャンプールに戻り、対テロ作戦に全力を注ぐべきです。イゼルローンで道草を食う余裕などありません」

 

 ワイドボーン参謀長の言葉に、全員がうなずいた。イゼルローン回廊に留まりたいと思う者は一人もいない。

 

 俺は心の中で「すまない」と頭を下げた。事情を知っている自分ですら、ひとかけらの意義も感じない任務だ。何も知らない彼らが不満を覚えるのは無理もない。本当に申し訳ないと思う。

 

 話し合いが終わると、チュン・ウー・チェン副参謀長がポケットからパンを取り出した。潰れたパンである。

 

「そろそろ腹ごしらえをしましょうか」

 

 この提案に異議を唱える者はいなかった。全員が潰れたパンを口にする。新参のパエッタ副司令官やワイドボーン参謀長も潰れたパンに慣れた。みんなで一服してから会議を終えた。

 

 一七時に課業時間が終了した。第一辺境総軍隊員は小休憩をとった後、残業を始める。一方、イゼルローン総軍隊員は帰っていった。この光景は二つの総軍の違いを象徴していた。

 

 第一辺境総軍は忙しい部隊だ。他の部隊よりも隊員を厳しく管理した。他の部隊よりも隊員の待遇改善に力を入れた。他の部隊よりも隊員の健康に気を使った。他の部隊よりも隊員の悩みに向き合った。他の部隊よりも研修や勉強会を多く開いた。他の部隊よりも隊員の再就職支援に力を入れた。他の部隊よりも広報活動に力を入れた。その結果、仕事が多くなった。

 

 一方、イゼルローン総軍は拘束時間が短いことで知られる。仕事が少ないので、残業する必要がないらしい。

 

 スタンダードに近いのは第一辺境総軍の方だろう。同盟軍はもともと残業が多い職場だ。有事の際の忙しさは言うまでもない。平時であっても、仕事は山ほどある。そして、部隊規模と仕事量は比例する。総軍でありながら残業しないイゼルローン総軍は例外中の例外だった。

 

「どうやったら、あんな部隊を作れるんだ?」

 

 俺は首を傾げた。常識的に考えたら、大部隊で残業禁止を徹底することは不可能だ。残業を嫌う提督は多いが、艦隊司令官になると部分的でも認めてしまう。大部隊の司令部はそれほど忙しい場所なのだ。

 

「隊員が飛び抜けて有能だとは思えないしなあ」

 

 イゼルローン総軍と一緒に演習した時のことを思い出した。新兵と予備役が過半数を占める部隊と考えれば、練度は高いといえる。しかし、ラグナロック以前の正規艦隊とは比べ物にならない。定時以内に仕事を処理する能力はないだろう。

 

 俺は「わからない」と結論付けて、残業に取りかかった。トリューニヒト政権は残業代を満額支払ってくれる。相応の報酬がもらえるのならば、徒労感はない。リベラリストは「人気取りのためのばらまきだ」と批判するが、そうだとしてもありがたいことだ。

 

 二時間の残業をこなした後、官舎に戻った。独身者用の狭い部屋だ。仮住まいなので荷物はほとんどない。

 

「ただいま」

 

 俺はダーシャの写真に微笑みかけた。ダーシャは何も言わず、ほんわかした丸顔に微笑みを浮かべる。

 

 査問会をサポートする命令を受け入れた日、ダーシャの写真に布をかぶせようとした。汚いことをする自分を見せたくなかったからだ。しかし、叱られた方がずっとましだと思ったので、布をかぶせるのはやめた。

 

 俺はキッチンに行ってコーヒーとココアを作った。コーヒーには大量の砂糖とクリームを放り込む。ココアは煮えたぎるほどに熱くした。

 

「ココア持ってきたよ」

 

 ダーシャの写真の前に熱いココアを置いた。この世界にいた頃のダーシャは、熱いココアを冷まして飲むのが好きだった。

 

「君がこの世界にいたら、俺を叱るんだろうな」

 

 俺は糖分たっぷりのコーヒーを飲みながら、ダーシャに語り掛ける。

 

「君はヤン元帥を嫌っていたけど、それ以上にルール違反が嫌いだった。ヤン元帥を排除するためにルールを破るなんて許せないだろ」

 

 返事は返ってこないが、それでも構わない。ダーシャなら「許せないね」と答えるはずだ。その確信だけで十分だった。

 

 心に潤いが戻ったところで端末を開き、二冊の電子書籍を同時に開いた。一冊はリン・パオ元帥の回顧録、もう一冊はブルース・アッシュビー元帥の言行録だ。

 

 同盟軍史を代表する二人の名将は、対照的な考えを持っていた。リン元帥は個々の力を引き出すことがリーダーの仕事だと述べた。それに対し、アッシュビー元帥は統制されたチームを作ることがリーダーの仕事だと主張する。

 

 勝利をゴールと考えるならば、二人とも正しいといえるだろう。リン元帥は仲の悪い提督の力をうまく引き出し、ダゴン会戦で勝利した。アッシュビー元帥は同期生チーム「七三〇年マフィア」を最強のチームに育て上げ、第二次ティアマト会戦で大勝利を収めた。どちらのやり方でもゴールにたどり着ける。

 

「正解は一つじゃない」

 

 俺は二冊の本を見比べながら呟いた。一匹狼のリン元帥は自分のチームを持たなかったため、与えられた駒を活用せざるを得なかった。リーダー気質のアッシュビー元帥は、自分の周囲に集まった若者を手駒として育てる立場だ。二人の違いは立場の違いに過ぎなかった。

 

 立場が違えば正解も変わる。ヤン・ウェンリーにはヤン・ウェンリーの正解がある。エリヤ・フィリップスにはエリヤ・フィリップスの正解があるはずだ。

 

「正解は一つじゃないけど、そう言っても無意味なんだろうなあ……」

 

 俺はアッテンボロー大将とパエッタ大将のことを思い浮かべた。二人とも多大な実績を持つ名将だ。自分のやり方を信じるのも無理はない。

 

 一流の人物はプライドも一流だ。温厚に見えても、心の中には強烈な自信を秘めている。力量を認めた相手であっても、自分のやり方を否定することは許さない。そうでなければ、チャンスをものにできないし、逆境を乗り切ることもできない。だから、「どのやり方が正しいのか」という議論はこじれる。

 

 大抵の場合、実績と自信は比例する。成功経験は自分が正しいという確信を与えてくれる。自信家は自分を信じて突っ走ることができるし、逆境に陥っても挫けないので、さらに成功を重ねていく。成功と確信を積み重ねた結果、強烈な自信家が生まれる。天才なのに自分を疑うヤン・ウェンリーみたいな人物は例外中の例外だ。

 

「イゼルローン総軍を理解しないとな」

 

 俺は思い切り背伸びをした。相手の本質を知っていれば、第一辺境総軍の隊員は「ああいう連中だからしょうがない」と思うようになる。二つの総軍の関係は大きく前進するだろう。

 

 翌日、第一辺境総軍司令部はイゼルローン総軍の調査を開始した。ラハムへの移駐作業が一段落したところだ。調査を行うなら今がベストだった。


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