キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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06:凶暴なる黒晶 ―番人との戦い―

「う、うぐぐう……」

 

 変な臭いと嫌な生温かさを感じながら目を開けると、そこは真っ暗だった。どこを見回しても何も見えず、自分が今どこにいるかすらも、把握する事が出来ない。ただ、何かの液体に胸元まで浸かっていて、その液体が非常に生暖かく、気持ちの悪いものだという事だけがわかった。

 

「ここ……どこ」

 

 フィリアは身体を動かしたが、その時に触った壁に思わず背筋を凍らせた。まるでゴムのようにブヨブヨとした柔らかさを持っていて、粘液に包まれていてベタベタとしている。それこそまるで、怪獣の腹の中のように。

 

「確か、わたし……」

 

 ここに来る前の事を思い出して、フィリアは意識をはっきりさせた。そうだ、ここに来る前、自分は《黒晶鉄》の結晶を見つけて、それを叩いたのだ。そしたら、それは巨大な恐竜型モンスターの身体の一部だったことがわかって、下が足に絡みついてきて、まるで提灯鮟鱇(チョウチンアンコウ)の疑似餌のように振り回された挙句に、引き上げられて、そのまま……恐竜の口の中に放り込まれたのだった。

 

「って事は、ここは……」

 

 あの恐竜の腹の中という事になる。今までモンスターに捕食されてしまった事など無かったので、まさかモンスターの腹の中までしっかりと作り込まれているとは思ってもみなかった。しかし、フィリアはすぐさま、どうやればこの中から出る事が出来るかわかったような気がした。

 

 ここはあの恐竜の腹の中、即ち身体の中だ。如何なる大きくて強い生物も、身体を内側から攻撃されれば、たちまち生理現象に襲われて、腹の中の食べ物などを吐き出してしまう。それを利用すれば、ここから容易く出る事が出来るだろう。

 

 そう思って、フィリアはウインドウを呼び出した。周りが真っ暗でも、ウインドウだけは一定の光を保って出てくるため、見えなくても操作する事が出来る。そして、自分がいつも使っている武器を呼び出そうとしたが――直後に目を見開く事になってしまった。愛用している短剣、《アーマーブレイカー》は既に呼び出されている事になっており、この場に呼び出す事が出来なくなっているのだ。

 

「な、なんで!?」

 

 その時、ここに放り込まれる寸前の事を、フィリアは思い出した。あの恐竜の舌に掴まれて振り回された時に、懐が妙に軽くなったような感覚があった。あれは恐らく、すぐさま取り出せるようにと懐に忍ばせておいた短剣が落ちてしまったのだろう。

 

 慌てて他の武器を探すが、愛刀以外使う気を起こさなかったフィリアは、落してきた武器を全て売却し、金に換えてしまっていたので、どんなに武器を探しても出てこない。腹の中を攻撃して外に出るという事を、自らできない状態にしてしまっていた。

 

「そ、そうだ!」

 

 転移結晶だ。転移結晶を使えば、たちまち街へと退散できる。ここからだって出られるはずだ――フィリアは最後の望みを賭けるようにアイテムウインドウを操作して、5つある転移結晶のうち1つを呼び出して、大きな声で、75層の街の名前を叫んだ。

 

 しかし、フィリアの声は恐竜の腹の中になんとなく響いただけで、肝心な転移結晶はうんともすんとも言わなかった。いざとなった時は助けてくれる転移結晶が動かないという出来事に、フィリアは顔を真っ青にする。

 

「嘘、なんで、なんで動かないの!?」

 

 フィリアは慌て(ひし)めきながら、転移結晶を仕舞い込んで、回復結晶や回廊結晶などを呼び出して、起動させようとしてみた。しかし、何度回復や転移を唱えても、結晶達は眠ってしまったかのように動かず、やがてフィリアは、恐竜の中が結晶無効エリアとなっている事に気付いた。

 

 しかし、フィリアが気付いた事は、一つではなかった。時間が経つ毎に、肌が直接液体に触れているかのような感覚が走り始め、肌寒くなり始めた。まるで、防具がどんどんなくなってきているかのように。

 違和感の元を探るように、フィリアは真っ暗の中、自らの身体に手を伸ばした。――明らかに、ここに来る前よりも、肌に触れる頻度が増えている。

 

「まさか……ぼ、防具が……!?」

 

 なんだか肌寒くなってきたのは、防具が下着共々、徐々に破壊されていっているのが原因だった。今、触れている液体は強酸性の体液であり、防具などを簡単に腐食させ、崩壊させる悍ましいものだったのだ。そして今、それに浸っている自分の防具は、やがてすべてなくなり、守ってくれるものを失った裸身が放り出される。

 

「い、いやぁ……」

 

 このような場所で裸身にされようとしているフィリアの中には羞恥はなく、恐怖があった。普通に考えれば、この液体は消化液に該当するものであり、生き物の身体を溶かしてしまう液体だ。防具が溶かされて、守るものを失えば、次に溶かされるのは自分の身体そのものだ。

 

 じわじわとHPが減り、防具のように皮膚が溶かされ、次に筋肉が溶かされ、身体の中身がどんどん溶かされていって、最終的には命が溶かされて消える。その様子がとても簡単かつ鮮明に頭の中で描かれて、フィリアはがちがちと歯を鳴らし、身体を震えさせ、やがて身体の恐怖を吐き出すように、叫んだ。

 

「いやああああッ」

 

 逃れなければ、逃げなければ、逃げなきゃ、逃げなきゃ。

 必死になってフィリアは闇の中を暴れ回るが、あちこちが粘液に包まれているうえに、ぶよぶよの肉壁であるために触っても滑ってしまう。しかもこの中はかなり狭く作られているらしく、暴れようとしてもほとんど身動きが取れない。

 

 そればかりか、暴れ回る度にバシャバシャと音を鳴らしながら液体が跳ね、身体に付着してしまい、防具の解かされる速度が速くなる。しかしフィリアは既に冷静な判断という事が出来なくなっており、暴れる事をやめる事が出来なかった。そしてそれを繰り返すうちに――フィリアは気付いた。

 

 <HPバー>の中身が、ピー、ピーという警告音と共に少しずつ減り始めた。暴れ回っているうちに防具が全て溶けて消滅させられ、防具の次と言わんばかりに、身体(いのち)が溶かされ始めたのだ。喉の奥からか細い声が漏れ始める。

 

「あ……あ、あ、ぁ、あ」

 

 フィリアは裸身にされた自分の身体を抱き締めて、座り込んだ。ごぽぽという、液体に重いものが沈むような嫌な音が鳴り、身体中に火傷した時の痛みに近い不快感が走り始める。いよいよ、思い描いた事が現実になろうとしている。しかし、まさかこんなに早くその時が来てしまうなんて、思ってみなかった。

 

 手に入れた武器を片っ端から売るような事さえしていなければ。

 このダンジョンに入る時に、もっと気を付けていれば。それこそ、宝を掘り起こす事に夢中になってさえいなければ、こんな事にならなかったかもしれない。

 

「いやだ……いや……いやぁぁ……」

 

 ぼろぼろと涙が零れ出てきて、頬を伝う。目の前は真っ暗で歪んだりはしていない。

 まるで死後の世界のような黒以外の色が存在しない空間。いや、ひょっとしたらこれが、この黒こそが死後の世界に繋がるところなのかもしれない。その中に自分はいるのだから、死後の世界に行くしかない。

 

 フィリアは三角座りに近しい姿勢になって目を閉じ、俯いた。頭の中に、ここに来る寸前まで一緒に探索していた少年の姿が浮かび上がった。

 リズベットのところのお得意さまで、血盟騎士団の団長を務めている、細いけれど凄まじい実力を持っているであろう剣士、キリト。まだ出会って1日も経っていないのに、自らの身の事よりも、自分の事を守ろうとしてくれたキリト。

 

「キ、リト」

 

 フィリアはイメージの中のキリトに、手を伸ばした。

 

「たすけ、て」

 

 

 

 

 

           ◇◇◇

 

 

「畜生、どうすれば!」

 

 俺とリランはフィリアを助けるべく、結晶恐竜との戦いを繰り広げていた。ボス戦と同じように人竜一体して、結晶恐竜の攻撃に備えていたが、攻撃はあまり出来ずにいた。

 

 あの結晶恐竜はフィリアを捕食して、腹の中に入れてしまった。これまでモンスターはプレイヤーを捕食する前に倒していたため、プレイヤーを捕食したモンスターとの戦いに巡り合う事はなかった事から、どう対処すればいいのか全く理解できないのだ。もし、プレイヤーを捕食したモンスターを倒した場合、腹の中のプレイヤーも一緒に死ぬ仕組みだったら、俺達の攻撃でフィリアは死ぬ事になる。

 

 ならばフィリアを信じて、転移結晶などを使ってくれるのを待つかと思ったが、先程から一向にフィリアの気配が消滅しない事で、フィリアのいる場所が結晶無効エリアである事を理解した。そして、あの結晶恐竜の足元にはフィリアが呼び出していた短剣が落ちている。――フィリアがあれ以外の武器を持っているとは考えにくいため、フィリアはあの結晶恐竜の中に丸腰で放り込まれ、自分から出る事が出来ない状態に陥っている。

 

「どうすればいいんだ……」

 

《倒すしかあるまい》

 

「そんな事をして中のフィリアも死んだらどうする!」

 

《ならばどうするのだ! どこぞのお伽噺のように真っ二つにしてみるか!?》

 

「お前の剣でか!? フィリアまで一緒に真っ二つにするつもりか!?」

 

 リランがぐるると喉を鳴らす。

 

《フィリアの反応はどんどん微弱になって行っている。あれは間違いなく、命を削られているぞ!》

 

「時間制限付きか! なんとかして、フィリアの正確な位置を割り出せないのか!?」

 

《それが出来るのであればとっくにやっておるわ!》

 

 俺の方でも索敵スキルを使ってみるが、やはりフィリアの正確な位置を割り出す事は出来ない。フィリアの気配そのものは感知できているのだが、あの結晶恐竜の身体そのものから感じているようなもので、あの中のどこにいるのか全くわからない。俺よりも強い索敵スキルを持つリランも、同じような状態になっていて、迂闊にあの結晶恐竜を攻撃出来ないのだ。

 

「いつもならこんなやつすぐさま倒してしまえるのにッ」

 

《こんな奴、あの百足と比べたら雑魚だ。だのに、どう攻撃すべきかわからぬとは……!》

 

 次の瞬間、結晶恐竜は咆哮し、目の前の敵である俺達目掛けて走り出した。あんな体系のモンスターならば、繰り出してくる事が簡単に予想できる突進攻撃。筋肉隆々とした結晶恐竜は足元の黒晶鉄の欠片を踏み荒らし、散らかしながら俺達の元へと突っ込んでくる。

 

《ぬうぅッ!》

 

 そしてそれを、聖剣の竜となったリランが自在聖剣を6つ、目の前に広げて盾のようにし、受け止める。ドゴォンという重々しい音と共にリランの受けた衝撃が俺の身体にも走り、大きく後ずさりさせられる。結晶恐竜は防がれたのを理解したのか、大きく後方へジャンプして轟音と共に着地、地面の結晶を舞い上がらせてその雨を浴びる。あれだけどっしりとした身体をしているのに、身軽に動くものだから、流石の俺の息を呑んでしまう。

 

「思いの外、身のこなしはいいらしいな」

 

《デカいくせに早いとは》

 

 聖剣狼竜が喉を軽く鳴らすと、結晶恐竜は地面を蹴り上げて、結晶の欠片を纏いながら、俺達目掛けて飛びかかってきた。目の前が結晶恐竜の身体で埋め尽くされた次の瞬間、突然俺は横方向に強く揺すられて、リランの背中から落ちて、結晶に埋め尽くされた地面を転がった。

 

 そこからなんとか姿勢を戻して顔を上げると、リランと結晶恐竜が取っ組み合いを始めていた。しかも、リランの背中――俺の乗っていたところ――に結晶恐竜が噛み付いているが見えて、リランが俺を結晶恐竜から逃がすために振り落としたのだと自覚する。

 

「リランッ!」

 

 結晶恐竜の牙はかなり強靭な代物らしく、甲殻を貫かれて中の皮膚と筋肉に牙を食い込まされたリランは大きな悲鳴を上げる。いつもならばそのままあいつの身体に噛み付き返すのに、リランは噛まれながら腕で結晶恐竜を押さえつけているだけで、聖剣で攻撃するどころか牙で噛み付く事さえしない。

 

 リランの牙も聖剣も、あんな奴の身体なんか簡単に貫く。しかし今、あいつの身体を貫けば、中にいるフィリアも一緒に貫いてしまうかもしれないし、リランの聖剣はモンスターでさえも、喰らえば死ぬか悶え苦しむかのどちらかを迫られる威力を持った代物……それをプレイヤーのフィリアが喰らえば一溜りもないだろう。それに第一、今、あの結晶恐竜を倒して消滅させれば、中のフィリアも一緒に死ぬかもしれない。

 

 リランも俺も、どう攻撃をするべきなのか思い付かない。だけど、刻一刻とフィリアの反応が弱くなっていっているのがわかる。恐らく、あいつの中でHPを減らされて、もう黄色の域にまで行ってしまっているだろう。このまま何もしないでいたとしても、フィリアは死んでしまう。また、俺の目の前でプレイヤーが殺されてしまう。

 

「どうやれば、どうやれば……!」

 

 頭の中を回転させようとしたその時に、俺は自分の手元に気付いた。右手にあるのは《ダークリパルサー》、左手にあるのは《インセインルーラー》。強力な剣を、2本同時に装備出来ている。そして、あの結晶恐竜は一般的な恐竜の姿勢ではなく、人間のそれに近い姿勢をしている。

 

 その事を踏まえて、俺は頭の中を今度こそ回転させて、作戦を編み出した。もし、フィリアが自力であそこから出られないのであれば、俺が自らあそこに飛び込んでフィリアを助け出し、リランに攻撃させれば……。

 

 今はフィリアがモンスターの中に閉じ込められてしまったという非常事態。この非常事態を乗り越えるには、普通なやり方ではなく、奇をてらった、それこそ非常識な方法を取るしかない。ごくりと息を呑んで、俺は敵の気を引く時などに使う簡易ナイフを取出し、光を宿らせて、リランに噛み付く忌まわしき結晶恐竜の首元目掛けて投げ付けた。

 

 ひゅんっという風を切る音と共にナイフは洞窟の中を直進し、俺の指定した場所である結晶恐竜の首元に直撃したが、その鉄のように硬い筋肉に歯を立てる事は出来ずに、かきんっと言う音を立てて地面へ落ちて行った。が、攻撃された事だけはわかったのか、結晶恐竜は噛み付いていた狼竜を蹴り飛ばして、俺の方へと顔を向けた。

 

「来いよ! さっきみたいに俺を食ってみやがれ!!」

 

 俺の声が洞窟の中に木霊すると、結晶恐竜はがぁっと大きな口を開けて吼え、フィリアを捕まえたものと同じ舌を射出してきた。まるで投槍のような形状をした結晶恐竜の舌は瞬く間に俺の元へ到達し、ぐるんっと俺の胴体に巻き付いた。沢山の獲物を屠ってきた設定なのか、異様な臭いが鼻を突きぬけてくるが、俺はしっかりと剣を持った。その直後に、結晶恐竜は舌を引き始め、俺の身体も結晶恐竜の口内目掛けて引っ張られる。

 

《キリト!!?》

 

「リラン、攻撃するな! フィリアを、助けてくる!」

 

 主人の俺が食われそうになって混乱する狼竜の顔を見ようとしたが、俺はその前に結晶恐竜の口内へ突っ込み、そのままごくりと呑み込まれた。――目の前が突然、真っ暗になった。

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

 怪物の腹の中で、フィリアはずっと震えたまま、自分の肩を抱いている事しか出来なかった。

 

 どんなに助けを呼んでも答えは帰って来ず、何も起こらない。HPはじわじわと減っていき、つい先程黄色になって、今は赤色に変わっている。もうすぐ、自分の命が尽き果てようとしている。

 警告音すらも怖くなって、耳を塞いだが、頭の中に響いているものだから止まる事はない。どこを見ても真っ暗だから、自分の身体がどうなっているのかもわからない。もはや、自分がVRMMOの中にいるのか、現実にいるのかもわかっていない。実際、もうほとんどの皮膚が溶けてしまっていて、筋肉がむき出しになっているのだろうか。この液体は自分の血で真っ赤に染まっているのだろうか。いずれにせよ、想像したくない光景なのに、安易に想像出来てしまって、身体の震えが止められなくなった。

 

 死にたくない。助けて。助けて、助けて。

 

 助けに来るはずがない。こんなひどいところに、死後の世界の入り口に自ら飛び込んでくる人などいるわけがない。そのはずなのに、フィリアは口を開く度に呼んだ。

 

「たすけて……たす……けて……キリ……ト」

 

 小さな声で、囁くように何度も呼んだ――その時だった。

 

「フィリアッ!!!」

 

 突然答えが帰って来てフィリアがきょとんとした直後に、大きな水飛沫のような音が鳴って、顔に無数の液体が当たった。同時に、身体を浸している液体が大きく波打つ。

 フィリアは何が起きたのかよくわからないまま、目の前を見つけた。黒だけの世界に、緑色のアイコンが光っている。――目の前に、プレイヤーがいる。

 

「キ……リ……ト……?」

 

「その声、フィリア……アイコンがあるって事は、そこにいるんだな!?」

 

 答えが返ってきた。それも、助けを求めていたキリトの声だ。キリトは今、そこにいる――それがわかった瞬間、大きな涙が零れてきて、フィリアは目の前にいるであろうキリトに飛び付いた。少し重いものに飛びかかられたかのように、キリトはそのまま後方へと倒れたのがわかった。

 

「キリト、キリト、キリトぉ!!」

 

「うわわ、ちょっとフィリア……っていうかフィリア、君は俺の身体にしがみ付いているか?」

 

「キリト、やっぱりキリトなんだね……!!」

 

 思わず、フィリアはそのまま大きな声で泣きそうになったが、すぐさま、背中に暖かい何かが当たったような感覚があった。

 

「やっぱりこれ、フィリアの身体か! ならフィリア、そのまま俺の身体にしっかりしがみ付いていてくれ。いいか、絶対に離すんじゃないぞ」

 

 突然キリトの指示が飛んできたが、フィリアはすぐさま対応し、キリトの身体――もしくはキリトの防具にしっかりとしがみ付いた。手が液体のせいで滑るなんて事はなかった。

 

「行くぞフィリア、しっかり掴まってろよ!」

 

 キリトがそう言った直後に、突然身体が一気に上に引っ張られるような感覚が走った。が、すぐさまそれは壁か何かに引っかかったような感覚になり――かなりの速度で上に上がっていく感覚に変わった。まるで高速でロッククライミングでもしているかのような感覚が続いて、フィリアは手を離しそうになったが、まるで鉄棒で懸垂をするように腕に精一杯力を込めて、キリトの防具にしがみ付いていたが、やがて目の前に待ちわびた光が差し込んできた。直後に、キリトの声が耳に届く。

 

「出口だ!! フィリア、もっとしっかり掴まれ!!」

 

「うんっ!!」

 

 その声が聞こえてきた後すぐに、身体がどこかへ飛ばされるような感覚が走り――目の前が白飛びした。しかしすぐに、大きな獣の悲鳴のような音と、硬い地面に着地するような衝撃が身体に走って、目の前の白飛びが収まった。その時に、フィリアは自分の身体が所謂お姫様抱っこの形で抱かれていた事に気付き、ゆっくりと目を開けた。――目の前にあったのは、まだ1日も経っていないのに、もう何年も一緒に居たかのように感じる、キリトの顔があった。モンスターの体液で濡れて、びしょ濡れになっている。

 

「キリト……」

 

 弱弱しい声で呟くように言うと、キリトは表情を険しいものに変えてかっと顔を上げ、叫んだ。

 

「リラン、ぶっとばせ!!!」

 

 少ししかいう事を聞かない身体を何とか動かして、キリトの見ている方向に顔を向けると、そこにあったのは結晶恐竜と聖剣を操る狼竜が対峙している戦場だった。しかし、結晶恐竜の方はまるで血を吐いているかのように顔を下に垂らしており、狼竜の方は目の前に6つの巨大な聖剣を浮いていて、地面とそこに張り巡らされた結晶を削りながら円を描くように回っているという、まるで怪獣映画のクライマックスシーンのような状態だった。

 

 いったい何が始まるのかと思った瞬間に、狼竜はその口を大きく開けて、身体の奥から巨大な火球を伴う灼熱の光線を迸らせた。

 爆炎に包まれた大砲の弾のようなそれは、回転する聖剣達の中心を通り抜けて、周囲を強い橙色に染め上げながら直進し、すぐさま哀れな結晶恐竜の元へ着弾。その刹那ともいえる時間で、結晶恐竜の身体は凄まじい炎と爆発に呑み込まれ、その断末魔も凄まじい爆発音の中へと消えていった。

 

 その際に迫り来た、衝撃波と熱風に、フィリアはキリトの胸元へと顔を沈めて、身を縮ませたが、やがてそれらが過ぎた頃にもう一度そこへ目を向けてみれば、そこにあったのは狼竜ただ1匹が君臨している洞窟の中。対峙していた結晶恐竜は文字通りの木端微塵になって消滅。

 

 その背中に生やしていたと思われる大きな黒き結晶が、先程まで結晶恐竜のいた場所で瞬いていた。


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