第70層東部 深夜12時。
俺達以外のプレイヤーが一切おらず、NPCすらも眠ってしまっている、ほぼ完全な静寂に包まれた村。外に村人の姿はおらず、木と草が風に吹かれる事によって鳴る音だけが、響き渡っている。
しかし、そこの宿屋の一室で唯一、自然物ではない俺達が音を立てている。この一室にしか響かず、この一室に広がって消える音を、頻りに立てていた。
「ぁぅ、ふぁ、あぁぁうっ」
普段一切出す事のない、高くて甘い、艶やかな声。約6000人の中のたった1人である俺にだけ聞かせてくれる声を、彼女は一糸まとわぬ姿で放つ。
その表情もまた俺にだけ見せてくれる、艶やかで魅力を感じざるを得ないものだ。
「詩乃」
彼女の名を呼び、彼女の白く柔らかい肌を傷付けないように手を滑らせながら、彼女が反応を示す部分に触れると、彼女はびっくりしたようにその身体を一瞬跳ねさせる。まさか皮膚を傷付けてしまったかと思ってしまうが、彼女の声でそうではない事に気付く。
「キリト、きぃと、ひぁぅ」
彼女は既に俺の事を受けて入れてくれていた。しかしそれでも、こうして手を滑らせたり、触れたりすると、彼女に極度の不快感や――ないはずの痛みなどを与えてしまっているのではないかと思って不安になってしまう。
その不安は彼女の声を聞いていても消す事が出来ず、一旦手を休めて、息を荒げる彼女に声をかける。
「詩乃、大丈夫なのか」
彼女はそっと目を開けて、黒色の瞳の中に俺の姿を映した。
「へいき……だってキリト、やさしいもの……」
彼女は俺の頬に手を伸ばして、そのまま笑んだ。頬に柔らかさと暖かさが感じられる。
「でも……ちょっとおっかなびっくりだね……そんな簡単に、私傷付かないよ……もうちょっと、肩の力抜いて……」
彼女に頷き、俺は肩の力を少しだけ抜いて、もう一度彼女の肌に触れた。彼女はピクリと身体を動かしたが、やがて穏やかで落ち着いたような顔をして、俺に手を伸ばす。
「キリト、抱き締めて」
「わかった」
俺はそっと彼女の身体に手を回して、そのまま抱き締めた。その際に彼女は口を閉じながら声を出しつつ、俺の背中の方へ手を回してきた。掌全体で彼女の柔らかい肌を触って、その温もりを感じていると、彼女は息を少しだけ荒げながら、声をかけてきた。
「キリト、話すね、夢で見た事」
「夢って、昨日の?」
「うん。あの時、私、現実世界に帰ってたの。目を覚ましたらアインクラッドの家じゃなくて、現実世界で、東京で暮らしてる時の家だった。そこで私はキリトを探したの……どこ、どこって」
彼女の声が弱弱しくなる。
「でも、街中に出ても、路地裏に行っても、建物の中に入っても、どこを探してもあなたの姿は無くて、そうして気が付いたの。「キリトなんていなかったんだ」って……気付いた瞬間、もう叫ばずにいられなくて……夢の中で叫んだところで、目が覚めた」
彼女の抱き締める手の力が強くなる。
「あの時起きても、あなたの姿はなかった。私、怖くなって、しばらく布団の中で震える事しか出来なかった。でも、外からあなたの声が聞こえてきて……飛び出さずにはいられなくなって……そこで、あなたを見つけた……でも、あなたに対する不安は全然消えなくて……こうしてもらう事を、あなたの頼んだの……」
俺は思わず彼女の方へ顔を向けた。彼女もまた、俺の方に顔を向けてきていたが、その目尻には涙が浮かんでいた。
「そうすれば、キリトが生きてるって実感と、温もりをもらう事が出来るから……」
目尻に涙を浮かべたまま、彼女は苦笑いする。
「駄目ね、私は……強くなりたいって思ってたのに、全然強くなる事なんか出来てなくて、寧ろ、あなたに甘えてばっかりになってる……あなたが居なくなった時の事を考えたら、怖くてたまらなくなる……」
彼女の瞳を見ながら、俺は心の中が思いきり熱くなり、身体全体が疼くのを感じた。
彼女は普段、とても大人っぽくて、落ち着き払っている。俺の助けとか、俺に守られる事とか、必要としていないくらいに。
でも本当は彼女は、俺の事を夢に見てしまうくらいに俺に依存してくれている。そう考えると、胸の鼓動が大きくなって身体が疼く。
彼女は俺と一緒に生きてくれるけれど、俺に依存してしまっている。悪い事のはずなのに、今はそれがとても心地よく感じられる。
けれど、それは俺も言える事だ。俺だって、彼女に依存される事を心地よく感じてしまうくらいに、心がまだ弱い。
「俺もなんだ、詩乃。俺も君が回線切断とか、メディキュボイドの不調で俺の目の前から消えてしまったらって考えると、怖くて仕方が無くなるんだ。俺も君と同じだ。強い、強いってみんなから言われてるし、強くなりたいって思ってるけれど、俺も君に甘えてる部分が多い……自分で乗り越えなきゃいけない壁を作っちゃってるよ。俺も、駄目だ……」
まさかの俺の言葉に、彼女は驚きを隠せないように、きょとんとしていた。
「でも、君に甘えっ放しなのは駄目だって思ってる。もし君が同じように思ってるなら……」
「今だけは、そのままで居たいかもしれない」
「えっ」
俺は彼女に向き直った。彼女は続ける。
「私達、現実世界に帰っても、一緒に居るって約束してるけれど、キリトがどこに住んでる人なのかわからないし、再会できるのはいつになるかわからない。それに、SAOで別れたが最後、もう会えなくなるかもしれない……だから私、甘えてたい。でも、そんなのは駄目よね、やっぱり……」
「駄目、だろうな……」
彼女は俺の耳元に口を近付けて、囁いた。
「だから、普段はよほどの事が無い限りは、あなたに甘えるのは、やめようと思ってる。夢で飛び起きて、あなたに抱き付いてしまった私が言っても、説得力はないかもしれないけれど……」
確かに彼女は、よほどのことがない限りは俺に甘えてきたりすることはないし、何事もなければ大人っぽくて心配をかけさせてくれない、しっかりものの彼女だ。
(……)
もしかしたら、甘えているのは俺の方だったのかもしれない。彼女が余りにしっかりもので、心の支えになってくれるものだから、ついつい甘えてしまっていたのだ。
「それでも、あなたに甘えたくないわけじゃない。今は、こうすれば、全てを忘れていられるの……私がかつて、銃で人を殺してしまったことも、ゲームに閉じ込められてしまったことも、あなたが失われてしまうかもしれないことを、全て忘れていられる……」
彼女は俺と顔を合わせた。
「私、普段からあなたに甘えないように、甘えすぎないようにする。でも、こうしている間だけは、この時間だけは、あなたの温もりを沢山感じさせてくれる時間だけは……いっぱい甘えさせてほしい……全て、忘れさせてほしい、この間だけは……」
そう言われた瞬間、俺もそうしたいと即座に思った。俺もこうして彼女に散々甘えてしまっているとわかったから、もう彼女には甘えないように、甘えすぎないように気を付けなければならない。
あまりに甘えてしまっては、きっと彼女に余計な負担をかけさせてしまう。この世界での負担は死に近付くという事――彼女を生き延びさせて、この城を脱するその時まで、彼女に負担をかけさせないように、彼女を守って行かなければ。彼女に告白した時に、俺は誓ったのだ。
だけど……。
「いいよ。この時間だけは例外だ。詩乃も思いっきり俺に甘えてくれ。言い方悪いかもだけど、憂さ晴らしをしてくれ。そして俺も、この時間だけは、甘えさせてもらいたいし、色んな事を忘れていたい。駄目か?」
「いいわよ。だって、あなただもの……」
彼女は息を少しだけ荒げながら、もう一度俺に囁いた。
「キリト……もう一回お願い……ほんとうに、疲れ切っちゃうまで……」
「仰せのままに、俺だけの姫様」
少し調子に乗りながら、俺は彼女の桜色の唇を自らの唇で塞ぎ、そのまま再度、彼女に温もりを与え続けた。
今まで氷の世界で生きてきた彼女に温もりを与える時だけ、彼女を甘えさせて、同時に彼女に甘えよう。俺もまた、彼女に温もりを与えられているのだから。そう思いながら、俺は彼女に温もりを与え、温もりをもらい続けた。本当に、疲れてしまうまで。
◇◇◇
瞼に強い日差しを受けて、俺は目を覚ましたが、すぐさま瞼を閉じてしまった。あまりの日差しに目が文字通り目玉焼きになってしまいそうな錯覚を感じたのだ。
そのまま目が明るさに慣れるまで待ち、ようやくしっかり目を開けたところで、俺は目の前にいる存在に気付いた。
「……詩乃」
「おはようキリト。随分と遅く起きたわね」
「あぁ、おはよう」
彼女――詩乃は既に目を覚ましていたらしいが、ずっと動かずに俺の目の前に居続けたらしい。
「という事は、詩乃はかなり早く目を覚ましたのか」
「えぇ。あなたよりも15分くらい早く」
「なんだ、そのくらいか。てっきり1時間近く早く起きたんじゃないかと」
「そこまで早起きはしないわよ。今日はいつも通りの日じゃないしね」
そのまま右手を動かしてウインドウを呼び出してみれば、時刻は既に朝の8時30分を廻っていた。
いつもなら詩乃は1時間くらい早く起きるが、話によれば詩乃が起きたのは俺よりも15分前、即ち8時15分だ。いつもの詩乃と比べて、かなり寝坊している。
「確かに、いつもの詩乃だったら7時30分くらいに起きてるもんな。でも、今日は家にいるわけじゃないし、宿屋だし、寝る前にやってた事も、やってた事だしな」
「うん」
その時、俺は詩乃の身体の方に目を向けて、わかった。彼女は布団を被ってはいるものの、まだ何も着ていないらしい。これは恐らく、倫理コードも元に戻していないだろう。
「というか詩乃。まだ着替えてないのか」
「えぇ。あなたが離れるまで、あなたの温かさを感じていたかったから。それに、着替えた時の音で、あなたを起こしてもいけないと思ったから」
「そっか。じゃあ、もう着替えようか」
「そうするわ」
そう言って、俺達は布団から起き上がり、装備品を装備しなおして、倫理コードを戻し、俺も――普段の俺であるキリトに、詩乃もパーカーと半ズボンの姿である――シノンに戻った。
「さてとシノン。今日はどうする。まだこの層を楽しんでいくか」
シノンは腕組みをする。
「さて、どうしたものかしら。スプリングフィールドは粗方周っちゃったし、そろそろユイとリランも文句を言い始める頃だろうから、帰りましょうか?」
確かに、今は俺とシノンだけでこうした旅行を楽しんでいる状態。来れなかったユイとリランがアスナの家で文句を言い始めている頃だろう。
パパとママだけ旅行を楽しんでズルいと言って、膨れ面をしているユイの顔が頭の中に浮かんで、思わず吹き出しそうになる。
「そうだな。ユイもリランも、そろそろ俺達に文句を言い始めるだろうし、ユピテルに加えてユイとリランを預かってるアスナもくたくたになってるだろうから、そろそろ二人を迎えに行くとしよう」
シノンは頷いてくれた。
宿屋を出るという事は、シノンに甘える時間が終わり、シノンも俺に甘える時間を終わらせるという事。彼女に負担を与えないためにも、俺もしっかりして行かないと。
「よし、それじゃあユイとリランのところへ帰ろう」
「えぇ」
俺はシノンを連れて部屋を出て、下の階に行って朝食を済ませ、春のまま季節が止まっている、スプリングフィールドの桜並木道を歩き続けて脱し、70層の街まで行って、転移門を潜り抜けて、アスナの家のある56層に赴いた。
そこで、俺達は装備を攻略用の――ヒースクリフから貰った装備を身に着けて、スプリングフィールドにはなかった人混みの中をかき分けるように歩く。一つ一つが宮殿のように豪華な家々が立ち並ぶ、貴族街のような56層の街。スプリングフィールドという人も人工物もほとんどない場所にこれまでいたせいか、まるで違う世界にやってきてしまったかのような気分になっていた。
「……なんだか、違う世界に来ちゃったみたい」
「シノンもそう思ってた?」
「えぇ。というか、あなたもそう思ってたの?」
「あぁ。あんな場所から、こんな貴族街みたいなところに来ると、まるで世界が変わってしまったように錯覚するよ。同じ世界の中のはずなのにな」
「それでも、私達はこの世界で生きているわ。その事実だけは、変わらない」
「違いない」
そんな他愛もない話をしながら歩いていると、湖の近くに差し掛かり、やがてその近くに構えられているアスナの家の前に辿り着いた。
現実世界ならば、家の中から若干声が聞こえてきたりするものだが、このゲームの建物には特殊な防音効果が付与されているため、中に居る子供達の声は聞こえてこない。
「アスナいるか、アスナ」
1日ぶりに会う娘と相棒の顔を楽しみにしながら、玄関の戸を軽くノックすると、数秒後に戸が開いた。てっきりアスナが出迎えてきてくれたと思いきや、それはアスナよりもはるかに背の小さい、銀髪で青色の瞳の子供――ユピテルだった。
「キリトにいちゃん、シノンねえちゃん」
嬉しそうな顔をしているユピテルの頭を、若干屈んで軽く撫でる。
「おぉユピテル、元気にしてたか」
ユピテルがうんと頷くと、その後ろの方から、何かが「ととと」という音を立てて俺達の元へ走ってきた。そしてそれは、俺が視認する前に、俺の隣のシノンの胸元に飛び込んだ。その時初めて、それの姿が視認で来たのだが、俺は即座に安心した。
「ママ、お帰りなさい」
シノンの胸に飛び込んだのは、アスナに預かられていて、今まさに迎えに来たユイだった。
「ただいまユイ。アスナに迷惑かけなかった?」
「大丈夫です。アスナさんとも、ユウキさんとも、ユピテルさんとも、リランとも何事もなく過ごせました」
ユイがこの様子ならば、何もなかったのだろう――そう思って家の中に目を向けてみれば、そこには、ユイと同じく迎えに行こうとしていたリランの姿があった。しかしリランは単独ではおらず、アスナの肩に乗っていた。そのアスナの隣にはユウキの姿もある。
「リラン、アスナ、ユウキ、今戻ったぞ」
アスナがにっと笑む。
「中々いいところだったでしょう?」
「中々じゃなくて、すごくいいところだったぜ。隠れ家スポットとしては最高の場所だ」
ユウキが笑みながら言う。
「人のいっぱいいる街もいいけれど、あぁいう人が全くない辺境の村って感じの場所も魅力的だよね。静かに過ごしたい時とかね」
「辺境の村ってのは、変な例えだな。まぁその通りっていえばその通りだけどさ」
アスナがユイの方に顔を向ける。
「ユイちゃんもいい子だったわよ。ユピテルと喧嘩するんじゃないかって思ってたんだけど、すごく仲良くしてくれて。まるでユピテルのお姉ちゃんって感じだったわ」
確かにユイとユピテルだったら、ユイの方が精神年齢が高いし、様々な事を知っている。イリスの話によれば、ユイの方が後に生まれていて、ユピテルがユイの兄と言える存在だが、今の二人を見るとユイの方がお姉ちゃんで、ユピテルの方が弟のように思える。
《それで、二人揃って我の毛を触り放題だったのだがな。おかげであちこちぼさぼさだ》
その時に、俺はリランの毛並みがいつもよりもひどく、まるで寝癖のようになってしまっている事に気付いた。確かにあんなに幼いユピテルが触れば、こんな事になってしまうのは当然だろう。帰ったらブラッシングしてやろうかな。
「リランもユピテルとユイの御守をしてくれてありがとう」
《おぅおぅ、もっと礼を言うのだ。我はこの1日で戦闘よりもきつい出来事を体験させられたのだからな》
「それは、それは……」
リランがユイとユピテルの玩具にさせられている瞬間を想像して、思わず苦笑いすると、リランは穏やかな表情を浮かべた。
《ところでキリト。随分とすっきりとした表情を浮かべているが、さては何かいい事があったな?》
「うん。アスナが教えてくれたところは予想以上にいいところだったからさ。今度はお前もユイも連れていくよ」
《ほう、それは楽しみだ》
シノンがユイに声をかける。
「あそこはユイもリランも気に入ると思うわ。そのうち連れていくから、楽しみにしてて頂戴」
ユイは「はい」と言って、シノンの胸元に頬を擦り付けた。
さてと、いつまでもアスナの家の前で話をしているわけにもいかない。1日ぶりだけれど、我が家に帰らなければ。
「それじゃあアスナ、ユイとリランをありがとうな。世話になったよ」
「こっちこそ、楽しい時間をありがとうねキリト君。今度また、ユイちゃんを連れて来てね。ユピテルもすごく喜ぶから」
「あぁ。近いうちにまた……」
そう言って、リランを肩に乗せて、アスナとユウキに手を振りながらこの場を立ち去ろうとしたその時、突如としてメッセージが届いた告知が現れた。それはアスナにも送られていたらしく、思わず2人で顔を合わせる。
「なんだこれ、2人同時にメッセージ?」
俺は立ち止まってメッセージを展開、その中身を閲覧した。差出人はヒースクリフで、「ボス戦攻略会議を行うから、至急血盟騎士団の会議室へ向かってほしい」という内容だった。どうやらこの1日で、攻略組はボス部屋に進出し、ボスと鉢合わせしたらしい。
「ボス戦会議への招集か」
「キリト君のところにも同じものが届いたの?」
俺はアスナに向き直った。
「ヒースクリフからだ。アスナも名同じなのか?」
「うん。私のも団長からで、ボス戦攻略会議への参加依頼だったわ」
俺は顎に手を添えて考える。何度も考えて、他人にも言っているとおり、今の階層は75層、100を4分割した時の節目となる数。この節目には、他の階層のそれと比べて、とてつもなく強いボスが配置されており、文字通りの死闘を強いられる。
今回、俺とアスナが呼ばれたという事は……見つかったボスがとんでもなく強くて、手練れでないとどうする事も出来ないから、来てくれという事だろう。
「行ってみよう。きっと、とんでもなく強いボスが見つかったんだ」
「えぇ。そうに違いないわ」
話を聞いていたユウキが、表情を少し険しくして、俺に声をかけてきた。
「ボクも行くよ。キリトとアスナが呼ばれたって事は、ただならない事が起きたって事だろうから」
続けて、シノンもユウキと同じような表情をする。
「勿論私も付いていくわ。いい予感は全くしない」
「俺も同じだ。早く行って、何が起きたか聞こう。ユイ、ユピテルの事を頼めるか」
ユイはシノンの胸元から離れて俺に身体を向け、頷いた。
「任せてください」
アスナは咄嗟に振り返り、腰を落として、不安そうな顔をしているユピテルと目を合せた。
「ユピテル、かあさんちょっと出かけてくるけど、ユイちゃんと一緒にお留守番できる?」
ユピテルは弱弱しく頷く。
「だい、じょうぶ」
アスナは笑みを作ってユピテルの身体を抱き締めた。
「いい子にして待っててね。なるべく早く戻ってくるから……」
ユピテルが胸の中で頷いたのを確認すると、アスナはユピテルの身体を離し、立ち上がった。
「さぁ、行きましょう。血盟騎士団本部に」
アスナの言葉を皮切りに、ユイとユピテルを除いた全員が、街の転移門目掛けて走った。