キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:神聖剣と双剣 ―騎士団長との戦い―

 二刀流黒剣士キリトvs聖騎士ヒースクリフ。まるで一昔前の怪獣映画のタイトルのようなお題目が張られた75層コロシアムは多くの見物客で盛り上がっていた。

 

 コロシアムの前には多くの出店が出ており、焼きイカや焼きそばのようなもの、わたあめのようなもの、クレープのようなものが屋台の店主からプレイヤー達へ振る舞われており、まるで祭のようになっていた。それほどまでに、アインクラッドのプレイヤー達にとって、俺とヒースクリフの戦いは見ものなのだろう。

 

 アスナとユピテル、シノンとリランと共に、俺は今コロシアムの控室にいた。このコロシアムは見ての通り闘技場、デュエルを行う場所という風貌だが、多くの観客を収容できて、中心部ががら空きだから、演劇やバンドのライブも行えそうだと、俺は思っていた。そもそも、イタリアの首都ローマにあるコロッセオも、闘技だけではなく演劇などにも使われていたみたいな説がある事を聞いた事があるから、やはりそんな使い方もあるだろう。

 

「まさか本当に古代ローマみたいな街だとは……遺跡が好きな人とかには溜まらない構造だろうな」

 

「確かに、この街はかなり興味深い構造になっているわね。本で見た古代ローマ都市の復元図にそっくり……まるでタイムスリップして来たみたいだわ」

 

 アスナの言葉に頷く。ネットの画像検索で調べると、古代ローマ都市の復元図が出てくる事もあるけれど、この街の構造と雰囲気はかなりそれに酷似している。まるで古代ローマ都市に飛んできてしまったと言っても、間違ってはいない。

 

《そして古代都市のようなここで、お前とヒースクリフは戦うのだな》

 

 シノンの肩に乗っているリランに頷く。

 

「あぁそうさ。どんな事になるか想像が付かないけれど、どんな事になっても俺は負けるつもりはないよ。……出来れば人竜一体で戦ってみたかったけれど、ヒースクリフはあくまで二刀流で戦えっていうからな」

 

《元の姿を取り戻した我ならば、確かに《神聖剣》の防御を打ち破る事も可能かもしれぬ。だがそれではヒースクリフがあまりに理不尽な戦いをする事になる。我もヒースクリフと戦えなくて歯痒いが、しっかり戦うのだぞ、キリト》

 

 アスナの近くにいるユピテルが、俺に近付いてきた。

 

「キリトにいちゃん、がんばって」

 

 少し舌足らずなユピテルから応援を受けると、心の中が暖かくなって、自信が出て来た。ユイもそうだけど、子供に応援されるとすごくやる気になるのだが、それが子供の持つ力なのだとすれば、本当にすごいなと思う。

 舌足らずながらも応援してくれるユピテルの頭を、アスナのようにそっと撫でる。

 

「ありがとうユピテル。お前に応援されたらすごくやる気が出て来た。負ける気がしないよ」

 

 ユピテルはえへへと笑った。直後に、シノンがか細い声で言ってきた。

 

「キリト……あなた……」

 

 顔を向けると、シノンの顔には不安そうな表情が浮かんでいた。恐らく、今日の深夜の時の事をまだ引きずっているのだろう。

 

「大丈夫さシノン。俺はそんな簡単にやられるつもりはないし、死ぬつもりもない。ボス戦を行うわけじゃないから、安心してみててくれよ」

 

 シノンは表情を変えぬまま頷いた。シノンの不安を取り除くためにも、早いところ戦って決着をつけて、血盟騎士団から逃れてやらないと。

 

「それじゃあ、行って来るよ」

 

 そう言って俺は、ここに集まっている皆に見送られながら、コロシアムの最下部へと歩み出た。

 

 闘技者を取り囲むように客席が展開されている、文字通りの円形闘技場。暑い日の光を浴びながらその中心部へ出てみれば、観客席の方から大きな歓声が上がり、一瞬耳の中が痛くなったが、リランの音無し声と比べたらどうって事ないくらいだったので、すぐに慣れた。

 

 そして、中央部まで移動すると、奥の方から、赤と白の鎧に身を包んで、十字を模した盾と剣を装備した、銀色の髪の毛の男性騎士が一人、歩んできた。

 

「ヒースクリフ……」

 

 今から俺の対戦相手となる、血盟騎士団を纏める長、ヒースクリフ。アインクラッド最強の男と謳われ、ユニークスキルである《神聖剣》を使いこなす攻略組最後の切り札であり、血盟騎士団の最後の要塞ともいえる存在。その異名に恥じず眼光は鋭く、瞳の中で強い光が波打っていて、背中からオーラのような威圧感が放出されているように錯覚する。

 ヒースクリフは俺の目の前までやってくると、周りを眺めて、呟いた。

 

「すまなかったなキリト君。こんな大騒ぎになっているとは、私も想定していなかったよ」

 

「これだけの騒ぎになってるんですから、ギャラはもらいますよ」

 

 ヒースクリフは首を横に振った。

 

「いいや、君は試合後、我がギルドの一員となる。任務扱いにさせてもらうよ」

 

 どうやらヒースクリフは俺とのデュエルを勝つつもりでいるらしい。まぁヒースクリフはこれまで<HPバー>を黄色のところまで減らした事が無いくらいの実力者だから、俺との戦いなんて本当にゲームをやるようなものなのだろう。それでも俺は負ける気なんかないし、ここまで挑発されれば、負けるわけにはいかない。

 

「では、始めようか」

 

 直後、ヒースクリフはウインドウを操作して、OKボタンをクリックした。その刹那ともいえる時間で、俺の元にウインドウが出現する。デュエルを承諾するかどうかの選択ウインドウ。俺はそのOKボタンをクリックし、初撃決着モードを選択した。

 

「デュエルに乗ってくれてありがとう」、そう言わんばかりにヒースクリフが得意気に笑むと、俺は背中にかけているエリュシデータとダークリパルサーの柄を掴み、引き抜き、構えた。同時に、俺達の近くでデュエル「キリトvsヒースクリフ」の文字と、カウントダウンウインドウが出現し、数字が少しずつ減って行き始める。

 

 そしてその数字がゼロになり、試合開始のアラームが鳴った瞬間に、俺は地面を蹴り上げて、空を駆けるリラン達ドラゴンの如く、ヒースクリフに右手の剣を振るった。空気を切り裂く刃がヒースクリフに激突しようとした次の瞬間に、ヒースクリフは鞘と一体化している盾から長剣を引き抜き、俺の右手の剣を盾で防いで見せた。

 

 がきんっという金属音と共に火花が散り、二人の顔が赤く照らされる。初撃決着ならず、勝負はどちらかのHPが黄色に突入するまで続くようになったのを確認した俺は、頭の中をフル回転させて、昨日のイメージトレーニングを思い出した。

 

 《神聖剣》の最大の特徴は盾の恐るべき防御力。まるで要塞の壁を彷彿とさせるそれは、どんな攻撃を叩き付けられたとしても、全くびくともしない。分厚い壁の内側にいる本体にダメージを与えるには、側面に回り込んで、壁のないところから叩くしかないのだ。ならば、有効と言える攻撃方法は、側面からありったけの攻撃を仕掛ける事!

 

「どぉらぁっ!!」

 

 頭の中がスパークしそうなくらいに、腕が折れてしまいそうになるくらいの速度を出して、俺はヒースクリフの側面へ回り込み、そこから攻撃を再開した。が、ヒースクリフに剣がぶつかろうとした瞬間に、俺とヒースクリフの間に盾が入り込んできて、剣を防いだ。やはり、側面から攻撃される事は相手も読めていたらしい。

 

 流石、《HPバー》を黄色まで減らした事のない実力を持つ騎士団長、俺に攻撃されようとも、全く恐れの表情も、焦りの表情も見せない。

 

「――ッ!!」

 

 俺がもう一度地面を蹴り上げてサイドステップし、ヒースクリフの側面へと回り込むと、ヒースクリフはその動きについてきて、俺に盾を突き出してきた。

 

(来た!)

 

 イメージの中で想定した盾によるソードスキルを、今、ヒースクリフは現実のものとしてきた。恐らく盾による攻撃を俺が読んでいないとでも思ったのだろう、顔には強気な笑みが浮かべられているのが見える。

 

「効くかッ!!」

 

 盾が腹に触れる一歩手前で側面に回り込みながらしゃがみ込み、頭の上に盾を通過させると、そのままぐるんっと足を回して、ヒースクリフの足を蹴り上げた。ヒースクリフの盾は如何なる攻撃も防いでしまうものだが、要塞の壁とは違って足元までは伸びていない。いざとなった時、がら空きになるのは側面だけではなく、足元もだ!

 

「……ッ!!?」

 

 ヒースクリフも足を突かれるとは思っていなかったらしく、大きくバランスを崩してそのまま地面に転び込もうとしたが、咄嗟に俺は剣を隙だらけになったヒースクリフに叩き付けた。だが、その瞬間にヒースクリフは片足を前方へ突き出して転倒を防ぎ、自分と剣の間に盾を持ってきて、迫り来た剣による攻撃を防いだ。

 

 ここまでの速さが出せるなんて――ヒースクリフのあまりの反応速度に思わず目を見開くと、ヒースクリフは盾をもう一度突き出してきたが、迫り来た鉄の盾を目にしたところで俺は正気に戻り、咄嗟に両足で飛び上がってヒースクリフの盾に足を付け、そのまま蹴り上げて後方へ大きくジャンプした。着地と同時にヒースクリフが俺に声を送る。

 

「素晴らしい反応速度じゃないか、キリト君。君のようなプレイヤーは初めて見るよ」

 

「あんたこそ素晴らしい防御力だぜ。個人要塞の名は伊達じゃないらしいな」

 

 次の瞬間ヒースクリフが地面を蹴り上げて走り出したが、同時に俺もヒースクリフに向かって走り出す。互いの距離が大きく縮まった瞬間、ヒースクリフは長剣を振るい、ダッシュの勢いを込めた攻撃を仕掛けてきたが、俺は咄嗟に2本の剣を交差させて防御の姿勢を取り、ヒースクリフの長剣を受け止めた後に、剣に力を乗せてそのまま押し返し、黒紫色の光を宿らせ、放った。

 

「はぁぁっ!!」

 

 悪夢のような光とともに敵を切り裂く16連撃ソードスキル、《ナイトメア・レイン》。しかし、その最初の一撃が当たる寸前でヒースクリフは体勢を立て直し、盾を移動させて俺の攻撃を次々防いで見せた。反応速度がいいって褒めてくれたけれど、こいつもまた、《ナイトメア・レイン》すらも防ぎ切ってしまうくらいの恐るべき反応速度を持っているのだ。

 

(まだ足りないッ!!)

 

 16連撃を終わらせると、俺は咄嗟に防御の姿勢を取ったが、そこに再度ヒースクリフの長剣の刃が飛んできた。受け止めた瞬間、剣を通じて両手、身体に痺れが来て、さっきよりもヒースクリフの込める力が上がっている事を理解する。

 よく見てみれば、ヒースクリフの頬の辺りに小さなひっかき傷のような赤い模様が浮かび上がっているのが確認できた。どうやら、俺の放った16連撃のうちの一つが、僅かながらヒースクリフの身体に当たっていたらしい。そしてヒースクリフのHPは、少しだけだけど減っている――減らす事が出来ている!

 

(もっと早く!)

 

 頭の中がスパークしそうになるくらいに高速回転して、目の前が紅く染まり始める。文字通りのヒートアップ。だがそれくらいの事をやらなければ、この個人要塞を倒す事は出来ない。

 

 俺は咆哮しながら、再度剣に光を宿らせて、超高速でヒースクリフへ斬りかかった。二刀流の上位スキル、《ナイトメア・レイン》と同じ16連撃だが、その威力はけた違いになっている、剣に蒼い光を纏わせて、最初の一撃が当たった直後に次の攻撃が当たり、休ませる暇など一切与えない、16回怒涛の攻撃が続くソードスキル《スターバースト・ストリーム》。

 

「はぁッ、せぇッ、だぁッ!!!」

 

 技の後の硬直が長い事から、俺は止めを刺す時以外には使わないようにしていたが、このデュエルはどちらかのHPが黄色になった時点で終了するもので、《スターバースト・ストリーム》ならば基本どんなプレイヤーでもHPを黄色にまで追い詰める事が出来る。そして、俺の剣とレベルならば、十分にヒースクリフのHPを黄色のところにまで持って行く事が出来るだろう。

 

 このアインクラッドの全てが出来なかった事を、聖騎士ヒースクリフのHPを黄色にまで減らすと言う快挙を成すべく、俺はヒートアップした視界のまま、攻撃を叩き込み続ける。

 

「ぬぅっ!!」

 

 ――そんな俺の考えと思いに反抗するように、ヒースクリフは盾を突き出して、俺からの絶え間のない攻撃を盾に吸い込ませていくが、攻撃を盾が吸い込むたびに、まるで盾が悲鳴を上げているかのような金属音を鳴らし、ヒースクリフはどんどん後ろへ押し返されていく。「あのヒースクリフが押されている!?」と言っているかのように、観客席の方で驚きの声が上がる。多分俺は、もうこの時点でこれまでどんなプレイヤーやモンスターもなしえなかった快挙を達成しているのだろう。

 

 そして、最後から1回前の攻撃、15回目の切り払いが直撃したその時、とうとうヒースクリフの盾は大きく弾かれて、守るべき対象を俺の前に晒した。

 

「これで最後だッ!!」

 

 最後の一撃である、青い光を伴う突きが、ヒースクリフの額に直撃する。――これまで誰もなしえなかった快挙を達成しようとしたその時に――ヒースクリフは姿を消した。そしてその刹那ともいえる時間で、俺の隣に――剣の攻撃範囲から離れた位置に姿を現した。

 

「えっ……!?」

 

 あまりに頭を回転させすぎて、イメージと現実のヒースクリフがごちゃ混ぜになってしまったのだろうか。いや違う、ヒースクリフに時間を奪われたのだろうか。この男は俺の時間を奪って剣の攻撃範囲から外れたのか――?

 

 そう思って身体を動かそうとしても、ソードスキルの硬直のせいで動けない。何もできないまま、瞬間移動したヒースクリフを見つめていたその時に、ヒースクリフは突きの構えを取り、長剣に白い光を纏わせ――放った。

 

 恐らく《神聖剣》のソードスキルなのだろうが、名前はわからない。だがその一撃は、まるで巨大な槍の衝突を思わせる重さと威力を持っており、それを諸に受けた俺の身体は、風の前に置かれた塵のように容易く吹っ飛ばされ、やがて地面に衝突したが、勢いはまだ余っていて、何度もごろごろと転がり、闘技場の中心部まで行ったところでようやく止まって、仰向けになった。

 

 全く何が起きたのか理解できなかった。いや今放たれたのがヒースクリフのソードスキルというのはわかるが、ソードスキルを放つ寸前のヒースクリフの行為がわからなかった。明らかに瞬間移動だ。

 

 だけど、アインクラッドの中でそんなスキルがあるなんて聞いた事が無いし、どんなにAGIを上げたとしても、あれくらいの速度を出すのは不可能だと思う。まるでプレイヤーを超越したかのような動き。常識破りのスキルのようなもの。

 

 今のは一体何なんだ、ヒースクリフは一体、何をしたんだ。そう考えていると、近くからわぁっという大きな歓声が聞こえてきて、俺は我に返った。――俺のHPは黄色に突入していて、いつの間にかデュエルに敗北していた。

 

「あ、あれ……?」

 

 立ち上がり、ヒースクリフの方へ顔を向けてみると、ヒースクリフは顔を片手で覆っていたが、すぐさま俺の方へ顔を向けて、厳格な表情を見せつけた後に、何も言わないまま去って行った。一体何が起きたのか、どうして負けたのかよくわからないまま、俺はしばらくの間、闘技場の中心から動けなかった。

 

 




キリト、敗北。

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