キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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05:騎士団長との対談

 アインクラッド 第55層 血盟騎士団本部

 

 俺達はユピテルを連れて、問題のヒースクリフのいる血盟騎士団本部に赴いた。

 血盟騎士団の本部のある街、グランザム市は鋼鉄の尖塔で囲まれた、まさしく要塞都市そのもので、緑や動物達がほとんど確認できない、地上の寒空と言っていいほどの雰囲気の場所だった。

 

 他の街では感じられる息吹や、生物がいるという感覚をほとんど感じる事の出来ない鋼鉄の要塞都市の空気を吸い込むや否、リランが《何かの用事に赴くならいいが、絶対に暮らしたいとは思えない場所だ》とぼやいた。

 

 そしてそれは、俺の隣を歩くシノンも感じていたらしく、「かつて自分の感じていた「冷たい世界」にすごく似ているような気がして嫌だ」と呟いた。もうシノンにそんな思いをさせたくないと思っていた俺は、振り払われる事を前提にシノンの手をそっと握ったが、意外な事にシノンは俺の手を振り払わず、寧ろ少し強めに握り返してきた。

 

 人前では恋人らしい事をしたくないと思っていて、人前では手を握る事すらもしないシノンが、手を握り返してきた事で、シノンが本気でのこの街にいるせいで昔の事を思い出してしまっている事に気が付いた俺は、そそくさと目的を済ませて戻るべきだと判断し、足を速めた。勿論、街の外観などは一切気にせずに。

 

 そうしているうちに、あっという間に俺達は血盟騎士団の本部に辿り着いたのだが、そこで驚いた構成員達から注目を得た。構成員達が見て驚いたものとは、勿論アスナが連れているユピテルだ。

 構成員達はユピテルがMHHPである事を知らないがために、アスナが第1層の教会に居そうな子供を連れているようにしか見えず、「アスナ様が子供を連れて来た」「あの子はまさか、アスナ様の子供なのか」「おいおい、このゲームって子供まで作れるのか、っていうか、相手は誰だおい」と声を上げて騒ぎ始めたが、アスナは「後で事情を話しておくから、今は気にしないで歩いて」と俺達に指示し、それに従って俺達はただただ歩き続けた。

 

 鋼鉄の城のような、本部の廊下を歩き続けて、慌て(ひし)めく団員達を抜けていくと、それまでユピテルの手を握りながら歩いていたアスナが立ち止った。その目の前には、ボス部屋のそれによく似た、大きな戸があった。

 

「ここがヒースクリフの部屋か」

 

「正確には会議室だけどね。今のところはヒースクリフ団長しかいないはずだから、話がスムーズに進むはず」

 

 シノンが小さな声で呟く。

 

「団員達を見はしたけど、随分少ないような気がするわ。他の連中はどうしたの」

 

「私とユウキ、キリト君とシノのんとリランが抜けてる間、他の重役の人達が攻略に赴いてるのよ。今日出てくる前に「ボス戦に向かう」とか言ってたから、今頃は74層のボス戦が行われてると思う。

 まぁでも、あまり強いボスでもないみたいだから、リランやキリト君が居なくても大丈夫みたいよ。というか、ディアベルさんとエギルさん、クラインさん達のギルドも一緒になって行ってるから」

 

 これは攻略が70層付近に届いた時にわかった事なのだが、ディアベル、クライン、エギル達の実力というのは、血盟騎士団の中でも指折りの連中に届くくらいのものにまで成長して、アインクラッド攻略を支える事となって、俺やリランの力が無くとも、普通にボスを倒したりできるようになったのだ。

 

 まぁ、70層というか、この74層まで来るのに、俺とリランは戦いっぱなしだったのだが、俺達の力が無くても十分に戦えるというのが、皆の戦いぶりを見て理解できた。だから今回のボス戦も他の人達だけで十二分と言えるだろうな。

 

「ボス戦かぁ。ヒースクリフは……というかシノンとリーファに、止められたんだっけか、俺のボス戦への参加」

 

 俺にノーリランウィークを言い渡した張本人であるシノンが言う。

 

「当たり前でしょ。あなたは1カ月の間に何度も戦って、結果的にボスを10体も倒してしまった。このゲームが普通のゲームだったらよくやるわですますけれど、このゲームはデスゲーム。死んだら文字通り死ぬゲームなんだから、やりすぎれば死につながるわ」

 

「わかってますシノンさん。ノーリランウィークを定めてくれて、ありがとうございます」

 

「わかってるならいいのよ。さぁ、早くヒースクリフにユピテルの事を話しましょう」

 

 アスナは頷き、目の前に広がっている大きな扉を叩いた。

 

「団長居ますか、アスナです」

 

 中から入りたまえと言う男性の声が聞こえてきた。俺達は見合った後に頷いて、扉を開き、部屋の中に入り込んだ。本部の上部にあり、背後に窓のある会議室のような団長室。その中央にある大きな椅子に、銀色の長い髪の毛を生やして、赤と白を基調とした服を身に纏った、アインクラッド最強のギルド血盟騎士団を治める者であり、ユニークスキルである《神聖剣》を使いこなし、アインクラッド最強のプレイヤーの二つ名をほしいままにしている威厳のある男性、ヒースクリフは座っていた。

 

「……っておや、君は確か黒の竜剣士のキリト君とその相棒リラン君、相方のシノンさんではないか。アスナ君一人ではなかったのだね」

 

 入ってきた俺達の姿を見て、ヒースクリフは少し意外そうな顔をした後に、強気な笑みを顔に浮かべた。読んできた小説やプレイしたゲームの中に出てくるこういうキャラは、必ずと言っていいほど、腹に一物を抱えた人間だった。ヒースクリフもまたその1人であるという事を、俺の経験が物語る。

 

「今日はあんたに相談があって来たんだ、ヒースクリフ団長」

 

「ふむ、きちんと君と顔を合わせるのは初めてじゃないかな、キリト君」

 

「いいえ、《笑う棺桶》討伐戦の時にご一緒させてもらいました」

 

 ヒースクリフはまたふふんと笑った。

 

「そうだったね。あの時は本当にまいったよ。もしかしたら私も君の竜の餌食になっていたかもしれないからね。でもまぁ、あの時は《笑う棺桶》を真の意味で殲滅する事が出来たからいいじゃないか」

 

「……」

 

「まぁそれはどうでもいいとして、アスナ君、どうしたというんだね」

 

 アスナが頷き、口を開いた。

 

「私の……一時退団を申請します」

 

ヒースクリフは一切表情を変えずに、答える。

 

「ほぅ、それは何故かね」

 

「私のところに、小さな男の子が一人やってきました。それを私が保護する事となったのです。その子との時間を作るために」

 

「その子と過ごすのは、攻略よりも大切な事なのかい」

 

 それまで黙りっぱなしだったシノンがようやく口を開いた。

 

「当然です。ヒースクリフ団長はどこまで知っているかわかりませんけれど、大切な人と過ごす時間というのは、時に攻略よりも大事なものです。貴方はそんなふうに思った事はないのですか」

 

 ヒースクリフはフッと笑った。

 

「ないね。私は基本的に攻略の事と、ギルドの管轄の事くらいと、孤独な食事の事しか考えていない。大切な人と過ごす時間の事など、考えた事もないし、過ごした事もないよ」

 

 ヒースクリフは一瞬、何かを思い出したような顔になった。

 

「いや……あったかもしれないが、それでもそれは攻略よりも大事な事ではなかったし、今となってはどうでもよい事だ」

 

 ヒースクリフはそのまま、俺の方へと目を向けてきた。

 

「君はどうやら、シノンさんと過ごしている時が多いようだが、やはり君も、大切な人と過ごす時間の方が大事だと思っているのかね」

 

 俺は一瞬目を閉じた。頭の中にシノンやユイ、そしてリランと過ごしてきた思い出の数々がフラッシュバックする。

 俺もこの人と同じように、ある時まで攻略の事しか考えずに生きて来たけれど、今となっては攻略よりもこの3人と過ごす時間の方が心地よく、大切であると思える。

 

「思っています。ですからアスナにも、大切な人と過ごす時間を、大事にしてもらいたいと思います。それこそ、攻略が遅れる事になったとしても、後からなんとかすればいいはずです」

 

 ヒースクリフは「ふむ」と言って、目を閉じた。

 

「しかしだね、我々としてもアスナ君が離脱すると言うのは、はいそうですかと言って呑み込む事の出来ない要求だよ。この血盟騎士団も、アインクラッド最強のギルドなどと言われているが、いつも戦力はギリギリだ。それこそ、次のクォーターポイントのボス戦はどうなってしまう事か」

 

 クォーターポイント、即ち節目。この100からなるアインクラッドの層を4で割った際に出される数字のポイントであり、1層、25層、50層……そして75層を指し示す。

 今ディアベル達、クライン達、血盟騎士団の連中が挑んでいるダンジョンは74層の迷宮区であり、ここでボスが無事に倒されたのであれば、次に俺達が挑む事になるのは75層。――強いボスがいると思われる、クォーターポイントだ。

 

 クォーターポイントのボス戦は、ヒースクリフ、アスナ、ディアベル、クライン、エギル、そして俺とリランと言った、攻略組が総攻撃を仕掛けなければ倒せないような相手となるだろう。そんなボス戦を控えているのというのに、重要な戦力であるアスナが抜けてしまうのを呑み込むのは、血盟騎士団でも、ヒースクリフでも容易ではないだろう。

 

「ですがそれは、ギルド全体でアスナに依存してるって言えるのではないでしょうか」

 

「依存?」

 

 シノンが頷く。

 

「同意見です。アスナはこれまで血盟騎士団の副団長として戦ってきて、血盟騎士団を、攻略組の希望と言われていました。しかしアスナが居なくなった途端血盟騎士団が上手く機能しなくなるなんて、ギルド全体がアスナに依存していると言えます」

 

 直後に、頭にリランの《声》が響く。

 

《皆アスナに依存して、自分達一人一人が強くなる事を、アスナのようになるのを怠っていると言えるぞ》

 

 ヒースクリフは少し驚いたような顔になって、周囲を見回した。

 

「なんだい、今の《声》は」

 

「俺の肩に乗っているリランの《声》です。リランは喋れます」

 

 ヒースクリフは意外そうな顔をして、リランを見つめた。

 

「驚いたな。まさか《使い魔》が《ビーストテイマー》と喋る事が出来るなんて。だがなるほど、だから君達はとても仲が良く、意思疎通がうまく言っているという事か」

 

 ヒースクリフはまた強気に笑む。

 

「そしてその《使い魔》さんが、私に意見するか。随分と面白い事になったものだ。

 その意見だが、確かに、否定はできないな。我々一人一人がアスナ君のようになれば、確かにギルドそのものの戦力は大幅に向上し、アスナ君が無理に戦う必要もなくなり、長期休暇をアスナ君に取らせる事も可能になるだろう。それが出来ていないという事は、まさしくアスナ君に依存していると言えるが……」

 

 ヒースクリフは手を組んだ。

 

「誰もがアスナ君のように強くはないし、強くなれるわけでもない。悪いが、君達の説得に応じるつもりはないよ。だが、それでも君達は引き下がるつもりはないのだろう?」

 

「ありませんね。俺はアスナに、大切な人と過ごす時間を実感してもらいたいです」

 

「そうかね。ではアスナ君……」

 

「なんでしょうか」

 

「その子を見せてくれないか。君の保護した子供がどんな子なのかを判断したうえで、結論を出してあげよう」

 

 アスナは頷き、周囲を見回したが、すぐさま驚いたような顔になった。

 

「あれ、ユピテル」

 

「どうした、アスナ」

 

 アスナの顔が蒼くなって、焦りの表情が浮かび上がった。

 

「ユピテルがいない!」

 

「なんだって」

 

 そう言いかけたその時、俺はコートの後ろの裾を何かに掴まれているような違和感を覚えた。一体何者だ――そう思いながら首を軽くねじって背後を確認したところ、その原因を見つけた。いつの間にか、ユピテルが俺の背後に隠れていたのだ。

 

「アスナ、ユピテルここ」

 

「ユピテル……! 吃驚させないでよ……」

 

 アスナは腰を落として、ユピテルの手を繋いで、そのまま俺の背後から離れさせた。そしてヒースクリフに目を向け直したその時に、俺は思わず驚いてしまった。ヒースクリフが衝撃的な存在を目の当たりにしたような唖然とした表情を浮かべたまま、固まっていたからだ。逸れにはアスナとシノン、リランも驚いたらしく、三人して同じ顔をして、ヒースクリフを眺めていたが、やがてアスナが口を開いた。

 

「この子が、私が保護する事になった子なんですが……どうしたんですか、団長」

 

 次の瞬間、ヒースクリフは我に返ったように身体をぴくっと言わせて、咳払いをした。

 

「……えっと、君達の話を聞く限りではユピテルかな。確かに子供のようだが……本当にアスナ君が保護する必要のある子なのかね」

 

「あります。この子はこんな感じですが、小さな子と変わりないくらいに心が退行していて、そのうえ記憶を失ってしまっています。誰かに保護されなければ、生きていく事が不可能な状態です」

 

「ふむ、何かしらのショックを受けてしまったのかな。まぁそれはいいとして、問題は必ずしも君がその子を保護する必要があるのかという点だ」

 

「あります。この子は私に懐いていて、私を親のように思っています」

 

 次の瞬間、ヒースクリフの顔はどこか憂鬱なものになって「なるほど、そうなのか……」と小さく言った。一瞬、アスナが血盟騎士団を一時的に退団せざる得ないような状況になっている事を憂いたと思ったが、どうやらそうではないという事をすぐさま理解できた。ヒースクリフはまるで、ユピテルがこんな状態になっている事を憂いたような気がする。だけど、ユピテルはプレイヤーが知っているような存在ではないはず……。

 

「……この中で最も強いのは、確かキリト君だったね。」

 

「そのはずですが」

 

「キリト君、もし君が大切な人と過ごす時間の大事さを知っている人間として、アスナ君にユピテル君との時間を与えてやりたいと考えているのであれば、アスナ君を私から、剣で、《二刀流》で奪い取りたまえ。私と戦い、勝利を収める事が出来たのであれば、彼女の一時退団を許そう」

 

 ヒースクリフはアスナに目を向ける。

 

「……そう思ったが、私もアスナ君には休みが必要だと思っていた頃合いだったのでね、キリト君が勝っても、私が勝っても、アスナ君の一時退団を認めよう」

 

「なんだって」

 

「ただし、私がキリト君に勝ったその時は……君が血盟騎士団の一員となって、これから戦うのだ。君だけではない、君の相方のシノンさんも、リラン君もだ」

 

 シノンが腕組みをする。

 

「なるほど……アスナに長期休暇を与えるから、私達にアスナの代わりをやれって意味ですね」

 

「建前上はそういう事だが、実のところ、私はキリト君とシノンさんに、ずっと注目していて、目が離せない状態だったのだ」

 

 ヒースクリフは俺に目を向ける。

 

「強力な力を持つ竜を操り、その上《二刀流》スキルを使いこなす《黒の竜剣士》キリト君」

 

 続けて、ヒースクリフは顔をシノンへ向ける。

 

「アインクラッドでただ一人、遠距離攻撃を専門とするスキル、《射撃》を取得したシノンさん。どちらも、完全なフリーにしておくには惜しい人材だし、最高のプレイヤーだ」

 

 ヒースクリフは強気な笑みを浮かべて俺の事を睨んでいた。その真鍮色の瞳は、見る者を圧倒させる威圧感を放っているが、普段それよりも強い威圧感を放つリランの傍にいるせいか、どうって事なく感じられた。今ならこの人と戦ったとしても、十分健闘できそうな気がする。

 

 そして何より、俺はこれまでの経験から、アスナにはユピテルとの時間を過ごしてもらいたい。それが、ヒースクリフを打ち破る事でアスナとユピテルに与える事が出来るのであれば……。

 

「いいでしょう。剣で語れと言うのであれば、望むところです。デュエルで決着を付けましょう、ヒースクリフ団長」

 

 


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