「人竜一体!」
号令のような声を出しながら、俺は本来の姿に戻っているリランの背に飛び乗った。乗り慣れた感覚が全身に走り、世界が一気に高い位置に変わる。リランの持つ特有の温もりが身体を包み込んでくるが、やはり何も起きない。良くも悪くもいつも通り、特に変わった事は何もない。
「リラン、大丈夫か」
《何がだ》
「お前の調子だよ。また頭の中が真っ白になるとか、そういう症状は出ないのか」
《確認出来ぬな。いつもどおり、我の心は正常なはずだぞ。お前がどう受け取るかによるがな》
「本当に、大丈夫なんだな。次ボス戦の時でも、《笑う棺桶》の時みたいにならないんだな」
《あの時は少し異常だったのだ。もうあのような異常が来るような事はないであろう》
「そうか……ならいいんだ。じゃあ、一発ソードスキル放ってみろ」
リランは《承知》と言って額と尻尾の剣を光らせて、そのまま全身を高速で二回転させた。
リランだけが使えるソードスキルである、二連続範囲攻撃ソードスキル《オービタルギア》。その発動に合わせて、世界が二度回転したが、リランに振り回されるのが人竜一体の日常茶飯事になっているせいか、全く目が回らなかった。
「調子はどうだ、リラン」
《問題ない。お前こそ調子が悪いとか、そういうのはないのか》
「ないね。お前が大丈夫なら、俺も基本的に大丈夫だ」
そう言って、俺はリランの背中から飛び降り、隣に並んだ。そのまま一つ溜息を吐くと、リランは顔を俺に近付け、《声》を送ってきた。
《キリト、いきなり人竜一体がしたいなどと言って、どうしたというのだ。人竜一体ならば、いつもやっているから問題ないはずだぞ。それに、どこか顔色が悪いような気がするが》
多分、俺は今憂鬱な顔をしているのだろう。
「……お前、この前の戦いの時を忘れたのか」
《《笑う棺桶》との戦いの時、か……?》
「そう。俺はあれ以来、お前に乗るのが怖かったんだよ。お前の力を解放したら、みんなの事を殺してしまうんじゃないかって思って、怖くて、夢にまで見てた」
《我の暴走……か。確かにあの時、我も自分の中で何が起きたのか、わからなかった。何故あのような事をしてしまったのか、殺さなくてもよい者達を殺してしまったのか……未だに理解できぬのだ》
「だからだよ。お前もわからないし、俺もわからない。あんな事がいつ起きてもわからないような状態だ。俺が憂鬱な顔をしている理由が少しでもわかったかな」
リランがどこかすまなそうな表情を浮かべた。
《余計な不安を抱かせてすまなかった》
やはりリランも、俺達に不安を抱かせた事を申し訳なく思っているようだ。何も思っていなかったら、怒りたくなったところだけど、そうではないから、怒りたいという気持ちは沸いてこない。
「なぁリラン、俺は……あの時お前を滅多刺しにしたわけだけど……俺の事、怒ってるか」
リランは驚いたような顔をして、首を横に振った。
《そんな事はない。寧ろ我は、お前に感謝しているよキリト。あの時お前に止められなければ、我はきっと、シノンやアスナを殺してしまっていた事だろうし、我でなくなっていたかもしれぬ。それらを防ぐ事が出来たのは、全てお前のおかげだ》
「…………」
何も言いだせなかった。リランは俺が暴走を止めてくれたと言ってくれているが、俺はあんな方法でしかリランを止める事が出来なかった。もし俺がもっといい方法を思い付けば、リランをひどい目に遭わせる事もなかったかもしれない。
「リラン。俺は、お前の事を滅多刺しにして、殺す寸前にまで傷つけてしまったし、そんな方法でしか、お前を止める事が出来なかった。それでもお前は、俺の事を主人として、《ビーストテイマー》である俺の《使い魔》として、俺の事を信じてくれるのか」
リランは微笑んだ。
《何を言っておるか。我は最初からお前の事を何よりも信頼しておるよ。お前がこの城を突破する最後の時まで、我はお前の《使い魔》であり続けようと、言ったではないか》
やっぱりイリスの言っていた通り、こいつは俺の事を誰よりも信頼してくれている。あんな事をしてしまえば、主人であっても、見限ってしまうのが普通なはずなのに、こいつは俺の事を主人であり、信用に足りると、言ってくれる。
そしてそれが真実であると告げているリランの紅い瞳を見つめていたら、涙が出そうになってきた。
「ありがとう。ありがとうなリラン。俺、お前に見限られたんじゃないかって、不安だったんだ」
《何を言うか。我はそんな簡単にお前を見限ったりなどせん。お前が望む限り、我はお前の力となって、戦い続けようぞ》
「あぁ……あぁ。頼んだぜ、相棒。最後の時まで、一緒に戦おう」
そう言って、俺はリランの頭を抱き締めた。
まるで毛布のように暖かくて、獣臭さと、風と炎が混ざったような独特の匂いがしたが、今はそれすらも心地よく感じられた。やっぱりこいつは信用に足りる奴だ。
わからない事が多くて、様々な謎を抱えてはいるものの、それでもこいつの事は信用できる。根拠が無くても、俺はこいつがもう暴走しないと思えた。
《……いきなり話を
「なんだよ急に。言ってみろ」
《既に死んだPoHだが……奴はあの時、奴だったのか?》
「え、どういう事だ。話が読めない」
《つまるところ、あいつはあの時正気だったのかと聞いておるのだ》
「まだわからないぞ。お前、あの時頭の中真っ白だったのに、何か感じてたのか」
リランは首を横に振った後に、目を上に向ける。
《いや、暴走した時は頭が真っ白だったが、その前にPoHと出くわした時に、思ったのだ。あいつは本当にあいつだったのか。いつものあいつが取る行動を取っていたのかと。なぁキリト、あの時のあいつは、本当にあいつだったのか》
リランの言葉がようやくわかって、俺は頭の中であの時の戦いの、PoHの事を思い出した。PoHと言えば、残虐非道で、人殺し専門家と言っても差し支えない
PoHが追い詰められたのはあの時だけじゃない。前にも数回、怒りを覚えた攻略組に攻撃されて、かなり危険な状況に追い詰められた事があったそうなのだが、その時PoHは周りの仲間達を見捨てて、自らは転移結晶を使って逃げ出したという。
この事から、自らの危機が迫ると、仲間の死などを気にしないで、逃げ出す臆病な面もあるというのが、攻略組と情報屋に広まっていった。まぁ実際は臆病じゃないみたいだったけれど。
あの時のPoHは絶体絶命の危機といえるくらいにまで追い詰められて、冷静に考えればリランからは逃げるべきだと思いつけたはずだ。
なのにPoHはあの時、異常なまでに興奮して、リランに立ち向かい、力を手に入れようとしたが、そのまま噛み裂かれ、命を落とす事になってしまった。
「確かに、あの時のPoHは何だか、いや、《笑う棺桶》全員が、おかしかったような気がするな。普通、暴れ狂うリランを見ればすぐさま逃げ出すはずだし、PoHも身の危険を真っ先に感じて、撤退するはずだ」
《しかし奴らは、我に怯えずに立ち向かったそうだが》
「そうなんだよ。……言われてみれば、PoHの行動は変だ。あいつらしくないくらいに興奮して、リランに襲い掛かって、そのまま死んだ……」
《一体奴らに何があったというのだ》
「いやわからないよ。たまたまあんな状態になっていたのか、リランの力を見て異常に興奮してしまったのか……それとも本当にまともな精神状態じゃなくなってたのか……」
正直、PoHに直接問いただしたい気持ちだけれど、PoHは現実にもアインクラッドにもおらず……恐らく地獄送りになってしまっただろうから、もう聞けない。
なら《笑う棺桶》の奴らはどうかとも思ったが、PoH同様全員リランに、天国または地獄送りにされたので、聞けない。
「なんであいつらはあんな行為を……いろいろ調べたい気持ちもあるけれど、あいつらは文字通り殲滅されてしまったから、もうどうしようもない」
《むぅぅ……》
「あれ、どうした」
《いや……普段あいつらは、あのような行動を取る事はなかったのだろう。ならばあの時だって、普段のままであったならば、あんな事にはならなかったはずなのだ。あいつらはあの時、普段のあいつらではなかった……》
「何が言いたいんだ?」
《もしかしたら……誰かがそうさせるように仕向けたのではないかと、思えてきてしまってな……》
思わず目を見開く。
「あいつらが、誰かに利用されてあぁなったっていうのか」
《我もそんなものはあり得ないと思いたいのだが、何だかそんな気がしてきてしまってな……だが、あくまで我の憶測に過ぎない。忘れてくれ》
「……わかった。その線はない事にしておこう」
とりあえず、リランの暴走の可能性はないようだ。イリスの言葉を信じてよかったと、俺は初めて思った。
「そういえばリラン、お前この前、新たな力を手に入れたみたいな事を言ってたけれど、何なんだそれ」
リランは何かに気付いたような、または思い出したような顔をした。
《そうだ、我は新たな力を得たぞ、キリト》
「いや、それはわかるから。問題は、どんな力を得たかって事だよ」
《お前の《HPバー》の下に表示されているであろう人竜一体ゲージ。どうやらそれが満タンになっても、二本目に突入するようになったようなのだ》
「なんだって?」
俺は咄嗟に人竜一体ゲージに着目した。これはほとんどボス戦でのみ効果を発揮するモノだから、変化には気付かなかった。
「一体何が変わったんだよ。というか、満タンになってもまだ溜まり続けるって事は、人竜一体に段階みたいなものが出来たって事か?」
リランは頷いた。
《そういう事だ》
「じゃあその二段階目が溜まりきると、何が起きるんだ」
《それはボス戦で発揮してみてのお楽しみというものだ。だが、とにかく大きな変化が起きた事は間違いないから、ゲージが溜まりきっても尚、攻撃を続けてみるといい》
人竜一体の二段階目と聞いても、なかなかその正体が掴めなかった。
普通、RPGやアクションゲームなどで、二段階溜める事の出来るゲージがあると、二段階目まで溜めきって解放した際には、対象が著しく強化されたり、姿が変わったりした。
このゲームの二段階ゲージも同じ物ならば、リランが著しく強化されたりするのだろうか。まさか暴走するなんて事はないだろうけれど。
でも、リランが強化されるのであれば、この先のボス戦も、更に安定したものになりそうだ。
「わかった。ひとまず期待しておくぜ。よし、これで人竜一体ゲージの実験は終了だ。あとは家に戻ってゆっくりして」
言いかけたその時、後方の、遠くから声が聞こえてきた。
「おーい、キリトー!」
聞き慣れた男性の声色。咄嗟に振り返ってみれば、草原の遥か彼方のところに、こっちに向かってきている男性プレイヤーの姿が確認できた。
索敵スキルを展開して、姿を察知してみたところ、赤いバンダナを撒いた赤茶髪の、武者のような鎧を身に纏った剣士――クラインである事が理解できた。
「あれ、クライン」
クラインはそそくさと走って来て、すぐさま俺達のところにまで辿り着いた。運動能力が高いおかげなのか、あれだけの距離を高速で走っても、クラインは全くつかれている様子を見せない。
「どうしたんだよ、クライン」
「あぁ、お前らにちょっとした用事が出来てよ。っていうか、シノンさんとユイちゃんはどうした」
「ショッピングモールみたいな感じで有名な、第20層の街にてショッピング中だ。俺は一応留守番。それで、俺に用件って」
クラインは話し始めてくれた。
なんでも、第60層フィールドの、森林エリアの一角で、クラインのギルドである風林火山の者達が、《妖精》を発見したらしい。
《妖精》は敵のいないエリアに倒れていて、プレイヤーまたはクエスト用のNPCだと思って声をかけてみたところ、よくわからない名前を沢山口にしたという。
何だかよくわからない《妖精》の反応に風林火山の者達が戸惑っていると、《妖精》はここはどこだと尋ねてきた。
そこで一人が、ここは《ソードアート・オンライン》の中、アインクラッドの第60層であると説明を施すと、何やら驚いた様子を見せた後に戸惑い、そして、キリトはどこにいると言い出したそうだ。
「俺の名を知ってるのか、その《妖精》」
「あぁ。美人な女の子だったそうだから、周りの奴らはテンションあがりっぱなしでよ。でも、なんでキリトの名前を知ってるのかは、教えてくれなかったんだ。キリト、お前妖精と仲良くなった事とかないか。リランみたいに、《使い魔》にスカウトしたみたいな」
「いやいや、そんな事はしてないよ。けど、俺の名前を知っているのは気になるな」
「そうだろ。だからお前に会わせてみようと思ってさ。その《妖精》は今も60層の森の中の安全地帯に居て、動いてないみたいだ。俺の仲間がキリトを連れてくるから、ここを動かないでくれと言ってくれたみたいでな」
確かにそこならば、安全に話をする事も出来るだろう。クラインの仲間も、なかなか良い事をしてくれたと思う。
「よしわかった。行ってみよう」
「んーと、それでだなキリト」
「なんだ」
「出来れば、その《妖精》の写真を作って来てくれないか。俺、実のところ、見てみたくてよ」
クラインの下心丸出しの顔を見て、俺は思わず溜息を吐いた。こいつは時にプレイヤーだけじゃなく、NPCすらも口説こうとするものだから、困ったものだ。まぁそのせいで、俺みたいに彼女が出来たりしないようだが。
「わかったよ。忘れなかったら取って来てやる」
クラインは頼んだぞと笑顔で言った後に、これから作戦会議があるからと続けて言って、またまたそそくさと、俺のもとを去って行った。
《《妖精》か……誰かの《使い魔》ではないのか》
「その可能性は低いな。今のところ攻略中に《妖精》型のモンスターに出くわしたなんて情報は聞かないし、クラインの話によれば、そもそも敵じゃないみたいだしな。何がともあれ、行ってみるとしよう」
そう言って俺はリランの背中に飛び乗り、22層の街まで走れと指示した。リランは一気に走り出し、大きな音を立てつつ草原を超えて、あっという間に22層の街に到着し、肩に乗れるくらいのサイズに変わった。
ジェットコースターに乗った後のようにぼさぼさになった髪の毛を治しながら、その足でリランと共に転移門へ行き、問題の第60層へ転移。街へ辿り着くや否や、すぐに街を出て、安全地帯の存在する森へと向かった。
鳥の
《気を付けろよキリト。お前の名前を知っているからと言って、味方とは限らぬ》
「わかってる。お前こそやばくなったら、すぐに襲い掛かっていいからな」
クラインに曰く友好的な《妖精》だったそうだが、本当に味方であるとは限らない。わからないものには本当に用心して接するべきであるというのが、この世界の決め事だ。
一体何者なのだろうか、その妖精は――そんなふうに考えながら森の中をしばらく進み続け、一際大きな木の近くに来たところで、索敵スキルがプレイヤーの気配を察知した。
まさか俺達以外のプレイヤーが妖精みたさにやって来たのか――そう考えそうになったけれど、察知出来たのが一人だけだった事に気付き、妖精みたさにやって来たプレイヤーではないとわかった。
「近くからプレイヤーの気配がする。プレイヤーがいるらしいな」
《いるのは妖精であるという話のはずだったが……》
「妖精がプレイヤーなのか? 妖精みたいな装備をしていて、風林火山の連中に本物の妖精に間違われたのかな……」
《その可能性はありそうだ》
その時、近くの茂みが動いたような音を聞いて、俺は立ち止まった。直後にリランも立ち止まり、辺りを再度見回し始める。
《いるぞ》
「さて……鬼が出るか蛇が出るか……S級食材が出るか……」
妖精と言われても、全く見当も予想も付かない。一体どのような者が現れるのか、警戒しながら周囲を見回したその時。
もう一度物音が聞こえてきて、俺達はほぼ同時にその方向へ顔を向けたが、そこで思わず驚いて、言葉を失ってしまった。
そこにいたのは、俺よりも若干背が低くて、緑と白を基調とした、背中の開いている衣服を身に纏い、少し短めのスカートを履き、金色の美しい髪の毛を長いポニーテールにしていて、エルフのような尖った耳、開いた背中から小さくて半透明の、緑色の翅を生やしているというSAOプレイヤーには見られない特徴を持った女性だった。
「背中の翅……尖った耳……!」
《まさしく、妖精ではないか……!》
二人で言葉を発すると、それを感じたように妖精の耳が小さく動き、咄嗟にこちらを振り返った。
その時に、俺は妖精がとても良い顔立ちをしていて、翠色の瞳を持ち、もみあげ付近の髪の毛を小さな三つ編みにして、花のようなリボンでポニーテールを作っており、そしてイリス程ではないが大きな胸をしている事に気付いた。
一方その妖精も、俺とリランを見て、さぞかし驚いたような顔をしていたが、どこか違和感のあるものだった。まるで、長らく会えなかった相手にようやく会えたような、驚きと喜びが混ざったような顔だ。
「あ……」
小さく声を漏らしたその時に、妖精もまた、同じように声を発した。
「お、おにいちゃん……?」
「え?」
妖精は飛び切りの笑顔をしてこっちに駆け寄り、俺の手をいきなり掴んできた。
「やっと会えたね、おにいちゃん!」
思わずリランと二人で目が点になった。そのうち、俺にだけチャンネルを合わせて、リランが《声》を送ってきた。
《何かクエストでも始まったのか》
今、この妖精は俺の事をおにいちゃんと呼んできたが、こんなものはゲームじゃよくあるイベントだ。
「多分そうじゃないかな。プレイヤーかと思ったけれど、こいつはどうやらイベントNPCだったらしい。突然現れた妖精が、兄として慕ってくるっていうパターンは結構よくあるしな」
というか、クラインの話によれば、妖精は俺の名前を口にしたそうだが、妖精は出会って早々俺の事をおにいちゃんと呼んできた。キリトという名前は、口にしていないので、嘘情報だったのだろうか。
その時、妖精は唐突に焦り出す。
「ち、違うよ! あたしだよ、おにいちゃん!」
「ふむ、NPCとは思えないくらいの熱演っぷりだな。リラン並みとはいかないが、かなり高度なAIを積んでいるらしい。こりゃ、イリスさんも目を点にするな」
そう言われて、妖精はどこかおどおどし始めるが、この子は別に俺の妹でもない。……確かに俺には妹が1人いるけれど、こんな人じゃない。
「残念だけど、俺は君のにいさんじゃない。確かに俺には妹がいるけれど、そいつはね――」
俺はこの人の最大の特徴である部分に着目した後に、それを言った。
「そんなに立派な胸をしていない」
次の瞬間、妖精は顔を紅潮させて、いきなり俺の顔面に拳をぶちかましてきた。一瞬で目の前が真っ暗になり、身体が後方へ引っ張られて、地面を数回転がった。
圏内なのでHPは減らないし、痛みは走らなかったが、それでもこの妖精がかなりの力を持っている事を、その場で理解する事になった。
痛くないはずなのに、痛みに近い感覚を感じながらぐっと立ち上がり、拳が直撃した鼻元を抑える。
「いってぇなおい!」
前方に顔を向けてみれば、顔を赤くして、胸元を腕で隠している妖精の姿があった。
「あたしだって、成長期なんだから2年も経てばいろいろ変わるよ! っていうか久々の会話がセクハラってどういう事なの、おにいちゃん!!?
それにね、これはアバターなんだから、現実とは全然違うの!」
妖精は何かに気付いたような顔になった。
「っと、そうじゃなくて、あたしだよあたし!
その名を聞いた瞬間、俺は目を見開いた。なんでこの子はその名前を知っているというのか。
驚いている俺に、リランが《声》を送ってくる。
《桐ケ谷直葉? それは一体……?》
「桐ケ谷直葉……俺の妹の名前だ」