キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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悲劇後のキリシノ回。


10:強大過ぎた力

「よし、ボスを追い詰めたぞ!」

 

 ディアベルの声に、一同が完成に近い声を上げる。俺はいつの間にか両手に剣を持って、ボス戦に挑んでいた。いつボス戦会議を行って、ボス部屋に入り込み、ボス戦を開始したのかはわからないけれど、確かに俺は今ボス戦をしている。

 

 だって目の前には、大剣を持った、青色の毛に身を包み、ヤギのような角を生やして、蛇の尻尾を持った、悪魔のようなボスモンスターが身構えているのだから。その体力は既に警戒を示す――モンスターで言うならば、あと少しで倒せる事を意味する黄色になっている。既に戦いが進んでいて、ボスは追い詰められている。

 

 ここまで来る過程をほとんど覚えていないけれど、ボス戦はすでに終盤に入り込んでいた。

 

 そこで俺は自分の<HPバー>下部に表示されている切り札、人竜一体ゲージに着目した。その色は既に真っ青に染まっており、人竜一体を発動できる状態になっていた。人竜一体は俺達攻略組の切り札だ、それを使えばあのボスの体力を一気に減少させて、瞬く間にあのボスを一撃で倒せる状態に持って行けるだろう。ここで使えば、誰も死なさずに、ボスに最後の抵抗すらさせないでクリアできる。

 

「リラン――――――――!!」

 

 腹の底から力を込めて叫ぶと、俺の後方で大きな光が発生し、すぐさま後方から横方向に巨躯のドラゴンが走り出してきた。俺達攻略組がある日突然手に入れて、ボス戦を有利に進めてさせてくれたドラゴン。その名は、再起動を示す英単語が由来の「Rerun(リラン)」。

 

 金色の甲殻と白金色の毛に身を包んだ、狼の輪郭を持つ竜の、その背中に跨り、俺はボスの方に顔を向けた。真下からは本当にドラゴンの背中に乗っているかのような、生物の持つ温もりと、敵を目の前にして攻撃態勢に入っている証拠である逆立った毛が身体に当たっているのを感じられる。逆に敵の方は、いきなり自分と同等の存在が躍り出てきた事に驚いて、大剣を両手で持ち、身構えている。

 

「このままボスを倒す。行くぞリラン!」

 

 しかし、リランは動き出そうとしない。いつもならば《わかった! しっかり掴まっておれ!》などと威勢よく言って、敵に突っ込んで行くのに、全く動こうとしてくれなかった。そればかりか、非常に興奮しているかのような吐息を、俺の耳元に届かせて来ている。

 

「リラン、どうした。ボスは目の前にいるぞ。リラン?」

 

 その時、リランの毛が一気に逆立って、俺の身体にチクチクと当たり始めたのを感じた。リランの吐息もまた、一層激しいものに変貌を遂げる。ボス戦になってもこんなに興奮したりする事はないと言うのに。

 

「リラン!?」

 

 次の瞬間、リランは突然地面を蹴り上げて走り出し、ボスに突進した。車に乗っている際、他の車と激突したような衝撃がリランの身体を廻って俺の元へ到達、吹っ飛ばされそうになるのを、リランの身体にしがみ付いてなんとか耐える。普段こんな事をしないはずのリランの行為に、胸の中が一気に冷たくなる。

 

「どうしたんだよリラン! 俺のいう事聞けって――」

 

 俺が指示を下す前に、リランは額の剣を光らせながら翼を羽ばたかせて宙を舞い、俺の事を振り回しながら、己だけが持つソードスキルを発動、竜の姿に慄いて動けないでいる悪魔を切り刻んだ。

 

 光を走らせながら剣舞を踊るリランの背中はまるでジェットコースターのように激しく動き、俺の身体を何度も宙に浮かせて、浮遊感に包み込ませてくる。そしてリランが舞を終えて地面に勢いよく着地すると、目の前にいた悪魔はその身体をバラバラに崩壊させて、大量のポリゴン片となって爆散した。

 

「あ、あれ」

 

 おかしい。確か今までは、リランの攻撃では、ボスを倒す事は出来なかったはず。今、リランは自分の攻撃だけで、ボスを倒して見せた。リランが成長して、ボスを倒せるようになったのか――。

 

「ぐ、ぐああああ!!?」

 

 考えを回そうとした次の瞬間、リランはまたいきなり走り出して、その刹那に、悲鳴が俺の耳に届いてきた。何事かと目の前に死線を向けたところで、俺は凍り付いたようになった。そこにあったのは、リランの角に串刺しにされた聖竜連合の皆と……リランが「聡明な賢人である」と高く評価していた、ディアベルの姿。

 

「え……」

 

 頭の中が痺れたようになって思考が止まりかけたその時に、串刺しにされた者達は先程のボスのようにポリゴン片となって消滅した。――ディアベルが、リランに殺された。

 

「リラン……リラン!!?」

 

 リランは獣のような声を上げると、そのまま周りにいる攻略組に攻撃を仕掛け始めた。口の中に炎を滾らせて、仲間達のすぐそばを火炎ブレスで爆撃し、その鋭い爪で引き裂き、八つ裂きにし、次々俺の仲間達を殺し尽くしていく。

 

「やめろリラン、やめろ、やめろ!!!」

 

 やめろと言っても、リランは極度の興奮状態に陥っているせいで耳が聞こえなくなっているように、暴れ続ける。もはや、俺の声など聞いてくれない。

 

 聖竜連合を全滅させた後、リランは血盟騎士団に襲い掛かった。アインクラッドの精鋭達も、暴れ狂うリランには対処しきれず、次々その身体を爆散させていった。そして――。

 

「あっ……あぁ……」

 

 俺は目の前が真っ白になりそうになった。リランの角が、リランに懐いていて、リラン自身も気に入っていた人である、アスナの身体を貫いていた。

 

「アスナ、アスナ――――――ッ!!!」

 

 手を伸ばした次の瞬間に、アスナの身体は空しくポリゴン片に変わった。リランが、アスナさえも殺したという現実に気が狂いそうになる。

 

「リラン、お願いだ、リラン、やめてくれ!!!」

 

 何度言ってもリランは聞かず、その力で、大きな力と怒りを周囲のプレイヤー達、俺の仲間達に振るい、消し飛ばしていく。まるで世界そのものを消し去ろうと、いや、世界に蔓延るプレイヤー達全てを殺し尽くさないと止まる気が無いように。

 

 俺は自分のカーソルを見ようとしたが、色はグリーンのままだった。普通、他のプレイヤーを殺害したりすれば、カーソルは犯罪者を示すオレンジ色に変化するものだが、プレイヤー達は《ビーストテイマー》の俺ではなく、《使い魔》であるリランが殺しているため、俺がオレンジになる事はないのだ。

 

 それでも、暴れているのはリランだから、その飼い主である俺はオレンジと言っても差し支えが無い。リランは俺をオレンジにすることなく、殺戮を繰り返した。

 

 そんなリランに振り回されて、目が回ってきたが、その中で唯一、目が回っていてもわかるプレイヤーの姿があった。――シノンだった。シノンは弓を構えたまま、リランを見つめて硬直してしまっていて、リランはというと、シノン目掛けて走り出していた。このままでは、リランの角がシノンを貫き、アスナと同じように、死ぬ。

 

「リランやめろ、リラン、リラン、リラン!!!」

 

 リランは息を荒げて走り、角の剣に光を宿し、そのままシノンへと突っ込んだ。その最中で、俺は腹の奥底から思い切り叫んでいた。

 

「やめろぉぉ――――――――――――――ッ!!!」

 

「キリトッ!!」

 

 いきなり誰かに呼ばれたような気がすると、目の前に広がる景色が一気に豹変した。明るかったボス部屋ではなく、いつも使っている寝室の天井が目の前に広がっていて、夜のように暗くなっていた。いや、夜になっているのだろう。

 

「ッ!」

 

 吃驚しながら上半身を起こして、周囲を見回すと、やはりそこは大理石で形成されているボス部屋ではなく、22層にある俺達の家、その寝室だった。石はほとんど使われておらず、良質な木材の身で形成されている、木の匂いが薄らと香る部屋に、俺は戻って来ていた。

 

「あ、あれ……」

 

 いったいどうしたと言うのだろう。俺は今までボス戦をしていて、リランと人竜一体をして、そのまま……。

 

「キリト、大丈夫?」

 

 聞き慣れた声に俺はもう一度驚き、その方へ顔を向けた。そこにいたのは、たった今リランに貫かれようとしていた――俺に刺殺されそうになっていたシノンだった。服装は戦闘服ではなく、薄い寝間着で、顔にはこちらを心配しているような表情が浮かべられている。

 

「し、シノン……」

 

 シノンは表情を変えないまま、首を傾げてきた。

 

「すごく(うな)されていたわよ。そんなに怖い夢を見たの?」

 

「ゆ、夢……?」

 

 なんだか、頭の中がこんがらがってきた。俺はさっきまでボス戦をしていたはずなのに、まるで瞬間移動をしてしまったかのように、22層の家に帰ってきた。いや、ここは本当に22層の家なのだろうか。

 

「シノン、今は、ここはどこだっけ」

 

「ここは22層の私達の家、日にちは5月1日、時間は深夜0時よ。本当に大丈夫なの?」

 

 シノンの言葉を聞いた事により、意識がようやくここへ戻ってきて、固定された気がした。そうだ、ここは22層、俺達の暮らす家、月日は5月1日。攻略は今、67層まで進んだんだった。――ボス戦には近頃参加していないけれど。

 

 そしてあれは……あのボス戦は、リランの暴走は、夢だったようだ。かなり生々しいものではあったけれど。

 

「そうか……あれは夢だったんだ……」

 

「すごく魘されて……色んな人の名前を呼んでたわよ。リランと、ディアベルと、アスナと、それから私って……一体どんな夢を見てたのよ」

 

 俺は顔半分を手で覆った。夢の事を思い出そうとすると、あの《笑う棺桶》との戦いの時が一緒に蘇ってきて、背中の辺りに悪寒が走った。あの夢はそれくらいにまでリアリティがあって、区別がつかなくなりそうになるものだった。

 

「ボス戦をしている夢だったんだ。でも、途中からリランが……暴走して……攻略組を、ディアベルやアスナ、そして君を、殺していったんだ。俺は何度も叫んだんだけど、聞いてくれなくて……」

 

「リランがみんなを……?」

 

 シノンが顔を向ける先に、同じように顔を向けてみれば、ユイが穏やかな寝息を立てて寝ており、その枕もとで、小さい竜が犬のように丸くなって眠っていた。

 

 そう、さっきの夢の中で皆を虐殺して、この前の戦いで、《笑う棺桶》を全滅させたリラン。

 

「すごく生々しい夢だった……俺は人竜一体をいつも通り発動させたのに、リランはボスを葬って、それから息を荒げながら、君達を……」

 

「しっかりしてキリト。あなたが見てたのは夢よ。リランは……確かに《笑う棺桶》に襲い掛かりはしたけれど、私達に襲い掛かったわけじゃないし、きっとこの先も、私達に襲い掛かったりする事なんかないわ。それはあなたも私も、よくわかっている事のはず」

 

 果たしてそう言えるのだろうか。あの時、リランは《笑う棺桶》全員を殺し尽くした後に、扉の方へ向かって行って、その向こうに隠れている攻略組の皆に襲い掛かろうとしていた。あの時のリランは、本気で攻略組も殺すつもりだったのだ。いや、プレイヤー全員を、殺そうと考えていたに違いない。

 

「リランの事はわからないんだ。どうしてあぁなったのか、俺でもわからないし、本人も理解してない。このままじゃ、いつかあの夢が現実になりそうで……怖いんだ」

 

 次の瞬間、俺の頭の中にまた、《笑う棺桶》との戦いのとき、リランの一方的な殺戮の映像がフラッシュバックしてきた。どんなに攻撃されようともその刃を弾き返し、火炎で焼き、牙と爪で八つ裂きに、額と尻尾の剣であのPoHすらも殺して……。

 

「……ッ?」

 

 その時、俺は身体の中で、何かが動き出したような疼きを感じた。

 

 あの時のリランは無敵だった。全ての攻撃を無力化して、攻撃してきた相手を一方的に攻撃し返し、そしてついにはアインクラッドで最も禍々しいギルドである《笑う棺桶》150人以上を、そのリーダーである、アインクラッド最凶のプレイヤーのPoHすらも殺して見せた。反撃を許さず、一方的に。

 

 あの時の事を思い出すと、身体の中が疼くのだ。暴走していたとはいえ、あの無敵のリランは俺の仲間であり、相棒であり、《使い魔》……本人には悪いけれど、俺の所有物と言っても差し支えない。俺がその気になれば、あの無敵の力で、どんなに凶悪なモンスターもプレイヤーも、倒して、叩きのめして……殺してしまえる。

 

(まさか、俺は……)

 

 あの時、《笑う棺桶》を一方的にリランの力で殺し尽くした時に、一種の気持ちよさ、快さを感じていたとでもいうのだろうか。

 

 いや……恐らくこの疼きの正体はこれだ。俺はあの時、《笑う棺桶》を、アインクラッド最凶ギルドを滅ぼして、快さを感じていたのだ。そして今もそうだ。

 

 今、あの無敵の力を振るうリランを、俺は自分の元に於いて、いつでも発動できるようになっている。リランにはもう、俺以外のプレイヤーは敵わないだろう。そう思ったその時に、死ぬ前のキバオウとPoHが言っていた言葉が頭の中に木霊した。

 

『《笑う棺桶》すらもこの有様にするあいつの力、あんなのがあれば、アインクラッド最強になれる』

 

『あいつの力を手に入れれば、殺し放題、邪魔する奴も皆殺しだ』

 

 あいつらが最強の力と評価したリラン。それは今、俺の物になっている。俺は……今のところ、アインクラッド最強の存在だ。そして邪魔する奴らを、攻略組を殺そうとしてきた《笑う棺桶》を全て殺した。

 

 そして……PoH達を殺す際には快さに似た疼きを感じていた。

 自分の持つ恐るべき力に。

 どんなプレイヤーも敵わないリランを所有できている事に。

 自らが、アインクラッド最強の存在になっている事に。

 

 まさか俺は、PoHやキバオウと変わりないのだろうか。PoHやキバオウと変わりがないから……こんなふうに……。

 

「しっかりして、しっかりしてキリト!」

 

 また、シノンの声で我に返った。目の前に、シノンの泣きそうな顔が見える。

 

「シノン、俺は……」

 

「え?」

 

「俺は、PoHやキバオウと一緒なのか……?」

 

 いきなり言われて戸惑ったのだろう。シノンの表情が慌てたような、おどおどしたようなものへと変わる。

 

「ちょっと、何を言ってるのよキリト。あなたがPoHやキバオウみたいな、狂人と同じわけがないじゃない」

 

「……俺、快さを感じてたんだよ。あいつらが、リランに刃向って死んでいく様を見てて、リランが無敵で、そしてそんなリランが、俺の《使い魔》だっていう事実を知って……俺は今まで人竜一体を使う事によって、ボスモンスターと互角の戦いを繰り広げてきた。どんなボスモンスターだって倒してきた。そして《笑う棺桶》すらも、ほとんど反撃させないで倒せてしまった。俺はキバオウが言った、アインクラッド最強の存在なんだ」

 

 思っていた事のほとんどを吐き出すと、シノンは少しだけ目を見開いた。

 

「じゃあ何よ、だからあなたはキバオウやPoHと同じだって言うの」

 

「だってそうだろ。俺は、あいつらが望んでいたアインクラッド最強のプレイヤーと言っても過言じゃない。もし、もしそんな俺が力を誤って使ったり、暴走させたりすれば、その時はみんなを、あの夢みたいに、《笑う棺桶》の時みたいに、殺してしまって……リランにこれ以上の殺人をやらせてしまって……」

 

 腹の底から震えが来て、全身がガタガタと震え始めたその時に、いきなりシノンが膝立ちの状態になり、そのまま震える俺の身体を抱き締めた。顔がシノンの胸に押し付けられて、一気に身体が暖かくなり、頭に手が当てられた。

 

「キリトは、アインクラッド最強の、みんなを守るプレイヤーよ」

 

「え?」

 

「思い出してほしいわ。あなたはどうやって、どんなふうにリランと一緒に戦ってきた? リランと力を合わせて、何をしてきたかしら?」

 

「俺は……」

 

 俺はリランと仲間になって、その力を知った時からずっと、サチ達のような犠牲を少しでも減らして、少しでも多くのプレイヤーが現実に帰れるように、戦闘になったら皆を守りながら戦いたいと思って来た。

 

「俺はずっと、皆の力に少しでもなりたくて、みんなを危険から守りながら、戦いたいって思って来た。みんなを、現実に帰せるように」

 

「ほらみなさい。あなたはPoHやキバオウとは全然違うわ」

 

「え?」

 

 シノンは少し力を込めて俺を抱き締める。

 

「PoHやキバオウはリランみたいな大きな力を手に入れて、この世界を支配するだとか、終わらせないだとか、殺し尽くすとか、そういう凶悪な事ばかり言ってた。でもキリトはリランの力を持って、今までみんなを守るために戦って、みんなを現実に帰せるように頑張ってきた。そして、あなたはいつしか攻略組最強のプレイヤーになって、みんなの希望になった。みんながキリトと一緒に戦って、キリトの力に支えられ、守られてきた」

 

 シノンの手が背中に回った。

 

「あなたは、PoHやキバオウとは全然違う。みんなを守るために戦おうと思って、それを実行に移して、みんなの希望になる事が出来てる最高のプレイヤーよ。だから、あなたはPoHやキバオウなんかとは全然違う。そして、もうリランを暴走させる事もないわ。だってあなたは、暴走するリランを途中で止める事が出来たのだから、もう大丈夫よ」

 

「本当に大丈夫かな。俺もあの時は死に物狂いだったし、次あんな事が起きたとしても、また止められるかどうか……」

 

「止められるわよ、あなたなら。それにあなたは一人なんかじゃない。いざとなれば私も一緒になってリランを止める」

 

「君は……あの時のリランを見ただろう。あれは凄く危険で、プレイヤーなんか簡単に殺すんだぞ。そんなのに君が……」

 

 シノンは俺の身体を強く抱きしめた。少し、痛みに似た感覚が走り始める。

 

「私は、あなたのなんだっけ」

 

「え、君は俺の妻。このゲームの中でだけど」

 

「愛する人がとんでもない事になってるのを黙ってみてるなんて、あなたは出来るの」

 

「出来ないかもしれない」

 

「それは私も同じ。あの時は逃げるような事になってしまったけれど、もう、あなたを、愛するあなたを見捨てて逃げるなんて事は、絶対にしたくないの。だから、もし今度リランが暴走するような事があったりしたら、その時は私もあなたと一緒になる」

 

 シノンの口から紡ぎ出される言葉は、どれも無茶ばかりなのに、とても暖かく、優しく感じられて、見る見るうちに俺の震えを取り除いていく。

 

「本当に、いいのか」

 

「いいから言うし、あなたがPoHやキバオウみたいじゃないから、言うのよ」

 

 シノンは俺の事を離して、両手を肩に乗せた。

 

「あなたは決して、PoHやキバオウ達みたいな人じゃない。確かに、あなたの持っている力はすごく強いものだし、下手をすれば暴走するものでもあるかもしれない。だけど、あなたはそれを今まで使いこなせてきたし、大勢の人を助けて、守ってきた。そしてこれからもずっと、私達を、他のプレイヤー達を守り続けていくわ。そうでしょう、キリト」

 

 確かに俺は今まで、リランの力を使いこなして、使いこなせるように努力して、何度もボス戦に望んで、周りの皆を死なせずに頑張ってきた。それに俺は、この人を、シノンをこの世界でも、現実に帰っても守り続けると約束したんだった。

 

「そう、だったな。俺は……皆を守りたいって、君を守りたいって思って、ずっと戦ってきた」

 

「じゃあこれからもそうしていけばいいのよ。それでこそ、あなたのはずよ」

 

 シノンはそっと両手を頬へ移し、静かに当てた。まるで温もりそのままに包み込まれているような心地よさ、先程感じたような嫌な快さとは正反対の快さが全身に広がる。

 

「……あなたは今、怖い夢を見て、恐ろしい体験をしたせいでびっくりしてるんだわ。だから、次に目を覚ました時には、よくなってる。そんなに不安に思う事も、無くなってるはずよ」

 

「そう……かもしれない」

 

「もう一度、眠りましょう。朝になれば、きっとよくなると思うから」

 

 俺は頷いたが、それでもまだ心の中には一抹の不安が残っていた。眠ったらまた、悪い夢を見てしまうんじゃないかと、考えてしまう。

 

「なぁシノン……同じベッドで、ユイとリランと、俺と君の4人で、寝させてくれないか。なんだか、また悪い夢を見そうな気がして」

 

「えぇ、いいわ」

 

 シノンは穏やかに微笑んだ。それを見た後に、俺はベッドから降りて、ユイとリランの寝ているベッドに乗って、寝具の中に身体をすべり込ませた。直後に、シノンが俺の目の前に身体をすべり込ませて来て、俺と、ユイとリラン、シノンで川の字になる。ユイの使っているベッドは、既にユイがいる事によってとても暖かく、安心できるものだった。

 

「ユイ、起きた時に驚かないといいんだけどな」

 

「驚かないわよ。寧ろ、いつの間にか私達と一緒に寝てて、嬉しいって思ってくれるかもしれないわ」

 

「そうだと、いいな……」

 

 ユイの愛らしい寝顔と、愛する人であるシノンの微笑みを目にしながら、暴走してしまったが、意識を取り戻した時には、真っ先に俺を心配してくれたリランの寝息を耳にして、3人の持つ温もりを感じていると、あっという間に意識が遠ざかって来て、瞼が一気に重くなった。

 

 俺の持つ力は、人やモンスターを殺すだけの力じゃない。この力を、みんなを守るため、無事に現実世界に返すために、使うんだ。

 

 そう心の中で思った直後に、俺の意識は眠りの中に転がり落ちていった。

 




キリトの傍には愛する人が常にいる。

しかし、次回は『今作のみあり得る』カップリング回。

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