キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ――くだらないネタ――

 後半推奨BGM『Burning Out the Blue』



11:守りの最高司祭 ―化身態との戦い―

 

 

          □□□

 

 

 

 央都セントリア内、対策本部の母屋の一室の昼下がり。

 

 このアンダーワールドの人界そのものの守護と管理を担う者として送り込まれ、今は最高司祭という役職を得るに至っているクィネラは、なかなか落ち着く事ができずにいた。

 

 先程から椅子に座れたかと思えば、すぐさま胸中に気になる事が湧き上がり、居てもたってもいられなくなって立ち上がり、窓の外を見る。一分ほどでそんな事をしていても仕方がないと思い、また椅子に座る。けれどまた気になって窓の外を見に向かう――そんな往復を何回も繰り返していた。

 

 

「クィネラ、珍しく何もする事がない時間だぞ。もう少し落ち着いたらどうじゃ」

 

 

 いつも自分を傍で支えてくれる賢人が、呆れたような声で言ってくる。この世界の根幹システムであるカーディナルと同じ名を持つ彼女は、頬杖をついてクィネラを見ていた。声色同様に(あき)れたような顔をしている。

 

 

「カーディナル様……そうですけれども……」

 

「気持ちはわかる。確かにキリト達は心配じゃ。メディナを無事に見つける事ができたとか、何か起きていないかとか、気になるじゃろう」

 

 

 カーディナルは今まさにクィネラが思っている事をぴたりと当ててきていた。

 

 この世界に来る前の幼かったクィネラを育ててくれた人達であり、このアンダーワールドで危機に陥って抜け出せなくなっていたところを助けに来てくれた人達であるキリト達は、西帝国へ赴いていた。突如として行方を眩ましたメディナ・オルティナノスを探しに行くのと、カラントの討伐のためだ。

 

 それだけならば、恐らくそこまで心配はしなかったかもしれない。だが、出発から一時間くらい経った頃に、彼らは急に戻ってきた。《真正公理教会》なるメディナが作ったとされる組織に利用され、生贄(いけにえ)にされた人々と、《真正公理教会》を構成する《冒険者達》を連れて。

 

 彼らが運んできた人々への対応が完了した頃から、クィネラの中の心配はもっと大きなものになってしまった。《真正公理教会》なんていうものまで作り、無辜(むこ)の民を生贄や道具のように使っているメディナは、凶悪な存在へ変わってしまっているのではないか。

 

 キリト達はそうなったメディナと交戦するのではないか。そして――負けてしまうのではないか。キリト達ならば大丈夫と思う反面、そういう良くない考えも湧いてしまい、落ち着けなかった。

 

 

「……はい」

 

「だが、お前は人界を統率する存在であり、再編された公理教会の最高司祭じゃ。そんなお前が慌ただしくしていたら、それを見た衛兵も民も同じように慌ただしくしてしまうし、彼らの場合は恐慌(パニック)(おちい)る危険性だってある」

 

「そうですけれども……」

 

「キリト達ならば大丈夫じゃ。あの者達が如何なる困難にぶつかろうとも乗り越えられるというのは、お前が誰よりも理解している事じゃろう?」

 

 

 カーディナルの言う通りだ。キリト達は強い。彼らが来てくれたおかげで、自分は自分の身体に取り憑く《あの人》の支配から解き放たれた。

 

 それだけじゃなく、彼らのおかげで、《あの人》が作り出そうとしていた恐ろしい兵器の数々の製造を止める事ができた。その後も彼らは幾多の異変や困難に立ち向かい、それら全てを叩き伏せて帰ってきてくれている。

 

 だから、キリト達の事は何も心配しなくていいのだ。今日も異変を解決させて人界を平穏に一歩近付け、凱旋してくる。

 

 キリトにいさま達なら大丈夫。

 

 わたくしを救ってくださった彼らは、いつも通り帰ってきてくれる――彼らが出発してから、何度もそう思おうとはしていた。

 

 

「はい。キリトにいさま達はお強い方々です。だから大丈夫だとは思っているんです。ですが……相手となっているメディナ様が、わたくし達に対抗するための組織を作り上げるような事までして、戦うつもりでいると聞いた辺りから、急に胸の中がざわめいてきてしまいまして……。

 そもそもメディナ様がそのような事をし始めてしまったのも、メディナ様がこれまでずっと苦しんでおられたのも、最高司祭がオルティナノス家に欠陥品なんていう蔑称(べっしょう)を与えて央都から追放してしまったせいであって、元を正せば……」

 

 

 カーディナルは溜息を吐いて立ち上がった。しかしその顔は呆れたものではなくなっている。

 

 

「ならば、今一度大図書館にオルティナノス家の話があるかどうか探しに行くか? このままここでキリト達を待っていても、お前は悶々とし続けているだけになりそうじゃしな」

 

「え? ですが、大図書館の書物からは、オルティナノス家について書かれたものは見つからなかったはずじゃ……」

 

「……お前、大分認識が甘くなっておらぬか? 毎日わしらに任されてくる大量の仕事の合間にしか探しに入れんから、まだ全体の十パーセントくらいしか探せておらんぞ。残りの九十パーセントの中に、オルティナノス家とアドミニストレータの間に何があったか記された書物があってもおかしくはない。そうじゃろう?」

 

 

 えっ。まだそんなしか探せていなかったの。クィネラは思わずびっくりしていた。今のような隙間の時間を見つけては大図書館に潜り、人界の歴史――主にオルティナノス家と公理教会の関係性について書かれたものを探すようにはしていた。

 

 しかし、どんなに気を張り巡らせて探しても、それらしき本は一向に見つからず、あちらの本棚の本の群れを探し、こちらの本棚を探し、そして呼び出しを受けて大図書館を出るを繰り返す一方だった。それでも既に大図書館の半分は探しきったと思っていた。

 

 まさか五十パーセントどころか、十パーセント程度しか探せていなかったなんて。完全に数え間違えていた。

 

 

「そんな、まだそんなにあったのですか……わたくしはてっきり、もう半分以上は探したとばかり……」

 

「あの大図書館はそんなに狭くはないぞ。大丈夫かクィネラ。お前やリラン、ユピテルはわしらと違う特別性のAIのはずで、物事を記憶したり、特定の作業をミスなく反復するのが何よりも得意だと伺っておったが……」

 

「……」

 

「アドミニストレータが憑依していた時の後遺症みたいなものか、(ある)いは疲労によるものか。……後者の可能性の方が高そうじゃな」

 

 

 カーディナルは納得したように言ってから、続けてくる。

 

 

「クィネラ。せっかくの空き時間なのじゃ、少し横になった方が良い。お前には休息が必要じゃ」

 

「えっ、ですが……」

 

「今言ったじゃろう。お前は最高司祭という人界の頂点に立つ役職に就いておるのじゃ。お前が不調になってしまえば、下の者達はお前を大いに心配し、いつものような動きは取れなくなってしまう。気になる事も多いじゃろうが、今はひとまず休むべきじゃ。オルティナノス家の情報についてはわしが――」

 

 

 カーディナルが優しげに言いかけたその時、窓の外から大きな音が聞こえてくるようになった。カンカンカンカンという、大きくて平たい金属が叩かれる音がその正体だった。

 

 央都に危機が迫ってきた事を知らせる警鐘の音だ。思わず驚いて、再度窓の外の方を見る。

 

 すぐさま、部屋の出入口の戸が乱暴に開けられた。同時に大きな声が飛び込んできた。

 

 

猊下(げいか)、非常事態です!」

 

 

 怒号のような声を出してやってきたのは、薄紫の鎧を纏う若い男性の騎士。三一番目に加えられた整合騎士であるエルドリエだ。彼はひどく焦り、肩で息をしていた。かなり慌ててここまでやってきたのだろう。

 

 

「何事ですか、エルドリエ様!?」

 

「《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》です! これまで確認された事のない《EGO化身態》が、西の空から襲来し、央都へ侵入してきました!」

 

 

 その報告にクィネラとカーディナルは同時に驚いた。

 

 

「なんじゃと!? 外壁には大砲や床弩(しょうど)が多数配置されていたはず。それらで撃退できなかったのか!?」

 

 

 これまで央都に魔獣や《EGO化身態》が近付いてくる事は幾度となくあった。だが、それらは周辺を守る対策本部の皆の奮闘と、クィネラが作成して大量に配置した大砲と床弩による攻撃で全て撃破され、央都に侵入して被害を出すような事はなかった。だから、今の設備と人員配置による守りがあれば十分だと、誰もが思っていた。

 

 カーディナルまでそう思っていたという事は、それだけ彼女が自分と自分の作った兵器を信頼してくれていたという事であるが、今はそれに嬉しさを感じている場合ではない。

 

 エルドリエが引き続き詳細を報告してくる。

 

 

「床弩隊、大砲隊共に迎撃に当たりました。しかし飛来した《EGO化身態》は床弩弾、大砲弾の命中を物ともせず、外壁を飛び越えて央都へ侵入してきたのです。今、デュソルバート殿が近衛兵達を連れて撃退に向かっている最中、レンリと修剣士達が住民達の避難誘導にあたっています!」

 

 

 カーディナルは焦燥を混ぜた険しい表情を顔に浮かべた。

 

 

(まず)いぞ。防衛兵器が配備されているのは外壁とその周辺だけで、央都内にはない。未然に食い止める事ばかりに集中しすぎて、いざ侵入された場合の内部の守りが手薄になってしまっていたか……!」

 

 

 エルドリエはクィネラに向き直る。

 

 

「猊下、私もデュソルバート殿に加勢します。猊下はカーディナル殿と共に避難を――」

 

「――民への被害は」

 

 

 エルドリエが言い切るより前にクィネラは尋ねた。あまり話している猶予はないが、それでも聞かずにはいられなかった。エルドリエはきょとんとしたような様子をしている。

 

 

「え?」

 

「民への被害は出ているのですか」

 

「はい。《EGO化身態》は央都に侵入するなり、衛兵や民を見境なく攻撃し、人家を薙ぎ倒し、破壊の限りを尽くそうとしています。報告はまだ出ておりませんが、少なくとも既に犠牲者が出ている可能性が高いかと……」

 

 

 クィネラは下を向いた。疲れによって回りにくくなっていた頭の中が一気に冴え渡り、急速回転を開始する。

 

 この街に暮らす人々はなんだ。

 

 自分が守るべき民だ。

 

 この円形の城壁に囲まれる街に暮らすのは、《あの人》の暴挙の数々を生き延び、この人界の明日(あす)を作っていく人々だ。

 

 この人達が暴力の限りを尽くす禍々しい存在に殺害され、全て滅び去るような事があれば、それは《あの人》が作ろうとしたものの、回避された未来がやってくる事を意味する。

 

 この人界はようやく《あの人》の支配から解放され、明るい未来へと向かっていこうとしている。それを邪魔し、元の滅びの未来へ強引にでも導こうとしてくる者が現れた時、自分のするべき事は何か。

 

 ――その答えを、クィネラは行動で示した。

 

 

「街へ出れば、その《EGO化身態》がどこにいるのかはわかりそうですね。今も暴れ回り、犠牲者を出そうとしているのですから」

 

「最高司祭猊下、何をされるつもりで……!?」

 

「皆様に最高司祭猊下と呼んでいただいている役職の中で、最も重要な仕事を実行しに行かせていただきます」

 

 

 そう言ってクィネラは床を蹴って走り出し、部屋を出た。再編されて生まれ変わった公理教会の最高司祭という役職に就いている自分が過ごすには、あまりにも質素でこじんまりし過ぎていると整合騎士達から口々に言われる母屋から外に出ると、爆発音が出迎えてきた。

 

 振り向いてみたところ、西の区画の方角だった。火の粉の混ざった黒煙が空へと昇っているのが見える。耳を澄ませてみたところ、人々の喧噪のような音が聞こえてきたが、それは普段この街で何気なく暮らしている人々が出すものではなく、恐慌による悲鳴だった。

 

 誰もが理不尽に支配される事もなければ、そんな声を上げずに居る事のできる街を作り、それをいつか人界の全ての村や街の当たり前の姿にしよう。この央都セントリアはその始まりの街となる。

 

 もう央都セントリアが悲鳴と恐慌に塗れる事はない――そう心に決めて色々手を尽くしていたつもりだったが、全然足りていなかった。

 

 今、央都で人々が悲鳴を上げて恐慌に陥り、そして理不尽な暴力によって蹂躙されているのは、自分の手の廻し方が足りなかったから。その責任を取らなければならない。

 

 

「最高司祭猊下――」

 

 

 追ってきたエルドリエの声が聞こえたのと、クィネラが再度走り出したのはほぼ同時だった。彼としては自身の所属する組織の頂点職者が最も危険な現場に走り出しているという状態なので、顔面蒼白になってしまっている事だろう。しかしクィネラはそれすら気にせずに、西区画へと駆けた。

 

 轟音と人々の悲鳴が聞こえてくる方を目指して、クィネラの向かう方と逆方向に逃げ出す人々の間を()うように走り続ける。意外だったのは、その途中で「最高司祭様!?」と言って足を止めたりする人が居なかったという事だ。

 

 きっと誰もが逃げる事を最優先していて、人の群れに最高権力者が紛れている事も、それが一人危険な場所に向かっている事に気が付かなかったのだろうし、気に留めている余裕もなかったのだろう。人々は迅速に避難場所へと流れていってくれた。

 

 そのおかげで、クィネラは足を止める事なく進み続けられ、予想よりもずっと早く(くだん)の怪物が暴れる現場に辿り着く事ができた。

 

 キリト達が《あの人》に支配された自分と人界を救うために《セントラル・カセドラル》を昇っている最中に交戦した機械人間(ガーダー)が放った砲撃が直撃した時のように薙ぎ倒されたか、吹き飛ばされたかした建物の残骸が炎に包まれて黒煙を上げており、あちこちから黄金色の光が立ち上っていた。

 

 人々や動物が天命を全て失った際に出す絶命の光。その濃さと範囲の広さは惨劇が起きた証拠だった。きっと多くの人々が何が起きたのかを理解できないまま、一瞬のうちに絶命したのだろう。

 

 そして、それを振りまいた元凶がクィネラの眼前で暴れ回っていた。

 

 身体のあちこちが人工的で禍々しい黒い装甲に包み込まれていて、そうではない生体部位は燃えるような赤色の体毛に包まれている。その言葉から想像されるそれよりもずっと大きく、ずっと凶悪な姿をしている猫だった。

 

 その毛色には見覚えがあるような気がするが、追ってきたエルドリエの時同様に気にはしなかった。赤黒い巨大猫――エルドリエの報告にあった《EGO化身態》は、既に十分すぎるほどの破壊を央都に振りまいていたからだ。

 

 西の空から飛来して侵入してからどれくらいの時間が経っているのかは定かではない。きっとそんな長時間でもないだろう。

 

 だが、それでもこの央都セントリアの西部の一角は見るも無残な姿に変えられてしまっている。このまま巨大猫を放置すれば、央都全体の風景がこの惨劇の現場となるのだろう。

 

 自分が守りたい、守って未来へと連れていきたいと思った人々の暮らす街が、人々そのものが蹂躙(じゅうりん)されて、《あの人》の支配が続いた場合の最悪の未来が到来する。それはきっと高笑いしながらやって来る事だろう。

 

 「どうせこうなる運命なんだよ。お前のやった事は無駄だったんだ」と言って。

 

 そんな事許すものか。《あの人》の圧政から解放された人界にやってくるべきなのは、明るくて平穏な未来だ。

 

 

「止まりなさい!」

 

 

 ほとんど出した事がない怒声を出して、クィネラは《EGO化身態》を挑発した。《EGO化身態》は見事にそれに乗り、その顔をこちらに向けてきた。禍々しい顔つきだ。輪郭は猫ではあるものの、どちらかと言えば獅子や虎に近い。殺意と敵意で満ちたその目は、濃い青緑色をしていた。

 

 燃える炎のような赤の毛に、濃い青緑の瞳――やはりどこかで見た事がある気がするが、留めていられるほどの余裕はなかった。

 

 それら特徴を持つ《EGO化身態》は(あぎと)を開いて咆吼し、直後にあろう事か二本足で直立した。その手に持たされているのは彼の者の身を包む黒い装甲と同じ材質であちこちが覆われている巨剣。どうやらあの赤黒の巨大猫は獣人型の《EGO化身態》であるらしい。

 

 大きな獣の身体だけではなく、道具や武器を使う事のできる人間のような知性を併せ持っている――なるほど確かに、それならば短時間でこれだけの破壊を振りまく事ができても不思議ではない。

 

 恐らくこの者は、央都に近付いてきた魔獣や《EGO化身態》の中で最も強いそれであろう。大砲隊や床弩隊では手に負えなくて当然だ。

 

 エルドリエの話によれば、デュソルバートが勇敢な近衛兵達を連れて迎撃に当たっているらしいが、彼らの姿は見えない。やられてしまったとは思えないので、恐らく彼らよりも先に自分がこの《EGO化身態》の暴れる現場に辿り着いたのだろう。

 

 つまり今、自分が迎撃の要というわけだ。クィネラは《EGO化身態》に声をかける。

 

 

「貴方がどなた様なのかは存じ上げません。ですが、央都とそこに住まう人々への無差別攻撃は、許せるものではございません」

 

 

 言ったところで通じるとは思っていない。きっと何を言っても無視して襲い掛かってくるのだろう。その予想の通り、猫獣人は巨剣を振り上げて突進してきた。木の燃え滓の残った建物の瓦礫を轟音を立てて踏み壊して、迫ってくる。

 

 

「システムコール・物体(オブジェクト)生成(ジェネレート)――」

 

 

 クィネラは右手を前方に突き出し、自分に与えられた力を発動させるための呪文を唱えた。この《EGO化身態》の動きを止めるのに必要なものは――。

 

 

鋼鉄壁(スチールウォール)!」

 

 

 唱えた直後に、無数の白い光の粒子がクィネラと《EGO化身態》の間の地面に発生し、そこから一瞬にして分厚い鋼鉄の壁が(そびえ)え立った。高さが《EGO化身態》の身長をも大きく超えているものであるため、隠れて姿が見えなくなる。

 

 どごぉんという轟音が鳴り響き、足元から衝撃が伝わってきた。鋼鉄壁が《EGO化身態》の突進を受け止めたのだ。

 

 これがこの世界に来る際に自分に与えられた、あらゆる物体を自由自在に作り出す能力だ。憑依してきた《あの人》に一度奪われ、《あの人》を討ち(はら)ったキリト達の手によって再び取り返されたそれは、()()()()()()()素材なしで何でも作り出せるというモノ。

 

 このような鋼鉄の壁も勿論、兵士達が使う武器や盾、整合騎士達の身を包む鎧、豪勢な建物、床弩や大砲、高速回転する杭を射出する強力な兵器、果ては岩や草木、水場などといった自然物。ありとあらゆるものを呪文一つでその場に生成できる。

 

 あまりに便利なものだから、周りの人達に頼られすぎる事がないように、これまではなるべく直接戦闘には使わないようにしてきた。だが、守るべき央都に大敵が侵入してきてしまった今となっては、そんな事は言っていられない。

 

 鋼鉄壁が叩かれる轟音が何度も鳴り響き、併せて衝撃が足から腹へと流れ込んでくる。《EGO化身態》が破ろうとしているのだ。あの《EGO化身態》はこれまで央都付近で確認されてきたそれの中で最も強い力を持っているモノだ、この程度の鋼鉄壁だけで動きを止められるはずがない。

 

 クィネラは次の策を行使するべく、右手を突き出した姿勢のまま、呪文を再度唱える。

 

 

「物体生成、速射式(ガトリング)床弩砲(バリスタ)七門(セブン)設置(インストレーション)!」

 

 

 クィネラと鋼鉄壁の間の空間に光の粒子が集まり、物々しい兵器の姿を形作った。八つの砲身を円形に束ね、それを回転させる事で弾丸を高速連射できる性能を持つ、現実世界(リアルワールド)に存在する兵器であるガトリング砲だ。

 

 弾丸ではなく床弩砲弾を装填して発射する、電気を使わず取っ手(ハンドル)を廻して発射するなど、この世界の現在の技術レベルに落とし込まれた形となったそれを、七つ並べて連結したものが召喚されてきた。クィネラが空いた左手を伸ばすと、速射式床弩砲の取っ手がひとりでにゆっくりと回転を開始し、束ねられた砲身が空転する。

 

 直後、鋼鉄壁が真ん中から真っ二つにかち割られるような形で破壊された。《EGO化身態》が巨剣を垂直に振り下ろし、叩き割ったのだ。《EGO化身態》は巨剣を振り上げ直し、クィネラを(にら)み付ける。

 

 

一斉掃射開始(ファイア)!!」

 

 

 禍々しい闇の(うごめ)くそれと目が合った瞬間に、クィネラは左腕を振り下ろした。高らかな号令を受けた速射式床弩砲は一斉に火を噴き、内部に装填された床弩砲弾を《EGO化身態》へ雨のように浴びせる。

 

 大型の鋼鉄の弾丸ではなく、巨大な矢に等しい形と性質の床弩砲弾を放っているため、現実世界にある本物のガトリング砲のような威力は出せないが、それでも十分な傷を負わせる事はできるはずだ。

 

 クィネラの予想は当たったようで外れた。床弩砲弾の雨のような弾幕を浴びた《EGO化身態》は口元に巨剣を(くわ)え、二足歩行から四足歩行の態勢になって後退した。しかし床弩砲弾はその身体にほとんど刺さらず、弾かれて落ちてしまっていた。

 

 黒い装甲に包まれている部位を撃ったところで弾かれる事は予測できたので、生体部位を狙って撃っていたが、そこも何本か刺さる程度で、やはり過半数が弾かれていた。恐らくあの《EGO化身態》は、戦闘態勢になった時の姉のように、力む事で筋肉そのものを鋼鉄のように硬くする事ができるのだろう。

 

 このまま掃射を続けても、あまりダメージを与える事はできなさそうだ。クィネラが左手を遠ざけると、速射式床弩砲の取っ手の回転が止まり、床弩弾の雨も止んだ。

 

 弾幕に晒される事で――ダメージこそほとんど受けてないものの――動きが鈍くなっていた《EGO化身態》はその場に踏ん張る姿勢を解除し、反撃の態勢を取る。後ろ足に力を溜めている姿勢からするに、四足歩行のままこちらに突進してくるつもりだろう。

 

 

物体(オブジェクト)分解(ディスマントゥル)!」

 

 

 そう唱えると、七門の速射式床弩砲は一瞬にしてバラバラになり、木材や鉄材の山になってその場に落ちた。

 

 《EGO化身態》は後ろ足に力を溜め続けている。突進してくるのは間違いなさそうだ。高速でこちらに近付いて、口元の巨剣で横薙ぎ一閃する算段だろう。ならばタイミングを見計らってもう一度鋼鉄壁を張り、ぶつけさせるべきか。

 

 いや、鋼鉄壁では足止め程度にしかならないし、既にあの《EGO化身態》に見せているカードだ。あの身体付きと、猫型という特徴から察するに、《EGO化身態》は瞬発力にも優れているはず。鋼鉄壁を咄嗟に呼び出したら、咄嗟にジャンプして乗り越えてくる可能性も十分にある。

 

 ならばどうするべきか。大きなダメージを与える事で身動きを封じよう。それには速射式床弩砲よりも強い兵器が必要だ。クィネラは再度呪文を口にする。

 

 

「物体生成、連射式(ラピッド)回転(リボルビング)大砲(カノン)――」

 

 

 速射式床弩砲よりも破壊力に優れる兵器の生成を行おうとしたその時だった。突然《EGO化身態》が爆発した。それも一回ではなく、三回ほど連続で巻き起こり、爆炎で《EGO化身態》の姿が見えなくなる。

 

 その爆発の際に起きた炎の色に、クィネラは既視感があった。あれは確か――。

 

 

「クィネラ!!」

 

 

 西の空から声がして、クィネラは振り向いた。

 

 城壁の上空に狼竜の姿があった。白金色の体毛に全身を包み込み、肩からは天使のそれのような一対の純白の大きな翼、頭部には金色の(たてがみ)(ひたい)からは聖剣のような角が一本生えている。そしてその背には、黒衣を纏った黒髪の少年と、青の軽装に身を包んだ白水色の少女の姿。

 

 それら全てを認めた時、クィネラは思わず大声を出していた。

 

 

「リランねえさま、キリトにいさま、シノンねえさま!!」

 

 

 





 ――クィネラの能力の補足――

物体(オブジェクト)生成(ジェネレート)
 頭の中で思い描いたものを素材ごと生成する神聖術。日用雑貨から家具、剣や鎧、床弩や大砲といった兵器、建築物そのもの、果てはそこら辺の草原地帯にある岩や草木などの自然物まで、イメージさえできれば自由自在に生成可能。
 今現在の央都セントリアにある防衛兵器や修繕された建物、新築の便利施設、大浴場付き温浴施設は全部クィネラが人々の多数決の要望に応えた結果作ったものである。
 ただし素材ごと生成する関係上、物によっては生成完了まで時間がかかる場合がある。

物体(オブジェクト)分解(ディスマントゥル)
 物体生成で生成したものを《素材》へ分解する神聖術。この術で生じた《素材》を基に物体生成することで、生成にかかる時間を短縮することが可能。

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