キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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08:禍花の執念

          □□□

 

 

 断末魔まではいかないものの、絶叫してメディナは地面に倒れた。あれだけ痛みを感じないと言っていたというのに、今のメディナは傷口からどす黒い血を流しながら、仰向けに倒れて軽く痙攣(けいれん)していた。紛れもなく、キリトの《EGO(イージーオー)》による一撃が極めて効果的であった証拠だった。

 

 

「救世主様!!」

 

「メディナ様!!」

 

 

 倒れた救世主の元へ、従者たる《冒険者達》が駆け寄ってくる。すぐ傍まで近付いて腰を落とし、その名を呼ぶ。主が答えないとわかるや否や、術者達が仲間の群れを掻き分けて近寄り、神聖術を使用する。

 

 回復の神聖術が二十人近くに及ぶ術者によって唱えられると、あまりの強さ故に身体が見えなくなるくらいの回復の光がメディナを覆った。

 

 回復させたらメディナが再び立ち上がり、また殺意と怒りの(おもむ)くままに襲ってくる。だから止めさせなければならない――とはキリトは思わなかった。倒れているメディナから、あの鋭く凍てついた殺気も、全てを燃やし尽くさんとする怒気も感じられなかったからだ。

 

 

「キリト……」

 

 

 《リメインズ・ハート》を鞘へ、《EGO》を胸へ戻したキリトの元へとシノンを先頭にした仲間達が駆け寄ってきた。どすんという大きな音を立てて、リランも戻ってくる。

 

 見てみたところ、メディナ――もしくはハァシリアン――が使役していたと思われる《雷鳴の人造龍》は地面に倒れ、動かなくなった身体から絶命の光を出していた。キリトがメディナを打ち負かしたのに合わせて、リランも決着をつけたらしい。冬追(フユオイ)の弟か妹とされるそれは、この西帝国に雷を落とし続けていた元凶であったが、その最期は随分(ずいぶん)と呆気ないものだった。

 

 「メディナは止まったようだ」と(うなづ)きで伝えると、皆は《冒険者達》に囲まれるメディナに視線を向けた。

 

 

「ごふっ、ごほっ、ごほッ……」

 

 

 メディナの(むせ)る声がした。皆が驚き、そのうちの一人であるグラジオが声を出す。

 

 

「メディナ先輩……!」

 

「……来る……な……」

 

 

 メディナの声がするとの同時に、グラジオは足を止めた。メディナは異形のそれとなった右腕で、目元を覆い隠していた。何も見たくないと主張しているかのようだった。

 

 

「……今はお前の顔なんて見たくないんだ。さっさと消えろ……」

 

 

 絶え絶えになりそうな声でメディナは伝えてきていた。戦意が喪失しているのは間違いない。姿こそそのままであるが、《EGO化身態》のなりかけになる前の彼女に戻っているようにも感じられた。ある程度進行したから収まったのか、それとも自分に負けたから収まったのか。

 

 

「《冒険者達》よ……この者達に道を開けてやれ……」

 

 

 メディナの小さな声による命令が届けられると、それまで道を塞いでいた《冒険者達》が動き出し、通行止めを解除した。これで《西の峡谷》の奥地へ向かう事ができるようになったが、果たしてこの場にいる誰も、そちらへ向かおうとはしていなかった。全員がメディナから目を離せなかったのだ。

 

 

「行け……《カラント・コア》はこの先にある。それを切り倒すのがお前達のやるべき事なのだろう……」

 

「メディナ、君は……」

 

 

 キリトのかけた声に、メディナはうるさそうに答えた。

 

 

「敗北者の事を気にしている場合じゃないだろう……さっさと行けと言っているんだ……」

 

 

 メディナはそれ以上何も言わないし、こちらを見ようともしていなかった。自分に負けた事を悔しがっているようにも、虚しいと思っているようにも見える。いずれにしても、このまま話しかけ続けたところで、彼女はそのすべてを拒絶するだけだろう。

 

 

「先を急ごうぜ、キリト」

 

 

 それをいち早く掴んだのだろう、ベルクーリが言葉をかけてきた。

 

 

「メディナの嬢ちゃんはひとまず収まった。お前さんが負わせた傷の方は、《冒険者達》のおかげで治ってる。そんでもってこう言ってる以上は、そっとしておいてやるべきだぜ」

 

「……ベルクーリさん」

 

 

 キリトの(つぶや)きにも似た言葉に、ベルクーリは首を横に振った。

 

 

「メディナの嬢ちゃんはもうお前さんやオレ達と戦う気がねえんだ。もしまだ戦う気があるなら、とっくに立ち上がって剣をぶん回してきてるだろうよ。傷は治ってるんだからな」

 

「……」

 

「メディナの嬢ちゃんをどうするかは、《カラント・コア》を斬って戻ってきてから考えようや。メディナの嬢ちゃんを一旦止めたからって、《カラント・コア》が一緒に潰れてるわけでもなきゃ、シェータの危機が去ってくれてるわけでもねえ」

 

 

 そうだ。西帝国へ赴いてきた目的は、行方不明となったメディナを探す事と、《西の峡谷》に行ったきり戻ってこないシェータの捜索だ。そしてひとまずではあるものの、メディナを見つける事には成功した。次はシェータを探さなければいけない。

 

 この探索を始めた時から、シェータが《カラント・コア》に吞み込まれて、《EGO化身態》になってしまっているかもしれないと危惧(きぐ)されていた。本当にそうなのか、そうでないかを手遅れになる前に確認しなければならないし、そうなっていた場合は素早く鎮圧しなければならない。

 

 ここで足を止めている暇などないのだ――思い出したキリトは迷いを振り払うために首を横に振り、皆に号令した。

 

 

「皆、奥に進もう。《カラント・コア》を斬って、西帝国のカラントを全滅させよう」

 

 

 皆メディナが気になって仕方がなかったようだったが、キリトの号令を聞き入れてくれて、進み出したキリトの後に付いてこようとしてくれた。だが、やはりメディナの《傍付き練士》という立場があるのか、グラジオは動こうとしていなかった。

 

 

「グラジオ、来てくれないか」

 

 

 グラジオは振り返ってきた。その顔はとても悲しそうなものになっている。当然だろう。慕っている先輩が今まさに《EGO化身態》になりかけながら、この場に倒れているのだから。気をしっかり持っていられる《傍付き練士》などいないだろう。

 

 

「キリト先輩……おれは……おれ……」

 

 

 メディナの傍を離れたくない――そう言いたがっているのがわかった。しかし、それを許さない存在がすぐそこにいた。他でもない、メディナだった。

 

 

「グラジオ……聞こえなかったのか。さっさとキリト達と一緒に消えろと言っているんだ……」

 

「メディナ先輩……だけど、おれ……」

 

 

 メディナは目を隠したまま、口を大きく開けた。

 

 

「消えろと言っているんだよ! 消えないならお前を斬って無理やりにでも消えさせるぞ!」

 

「……!」

 

 

 グラジオは身体をびくりと言わせた。メディナはきっと本気だろう。グラジオがこのまま去らずに残り続けていたら、大薙刀を拾って叩き斬るつもりだ。メディナはそれくらいにまで、グラジオに傍に居られる事が耐え難いのだ。

 

 キリトはグラジオのすぐ隣まで近付き、声をかける。

 

 

「ごめんグラジオ。一緒に来てくれ」

 

「……キリト先輩……」

 

「こう言っている以上、今はメディナの事は放っておいてやろう。ベルクーリさんが言っただろ。今はそっとしておいてやるべきだって」

 

「……そう……なんでしょうか……」

 

「あぁ。今は放っておいてやる事が、メディナにしてやれる事だ。すごく心配だろうけれど、メディナのさせたいようにさせておいてやろう」

 

 

 グラジオはじっとメディナを見つめていたが、メディナは全てを拒絶するように目を塞いでいた。双方の瞳は決して交わらない――やがてその事を理解したのだろう、グラジオは一旦閉じていた口を再度開ける。

 

 

「メディナ先輩……おれ、行きますけど……すぐに戻ってきますからね」

 

「……もう戻ってこなくていい……」

 

 

 メディナは吐き捨てるように言い、そして目をグラジオに向ける事はなかった。その後キリトが「行こう」と言うと、グラジオはキリトの後に続く仲間達の中に混ざり、共に《西の峡谷》の奥地へと向かった。

 

 

 

          □□□

 

 

 ――斬って、斬って、斬り続けなさい。

 

 

 頭の中に《声》が木霊する。自分以外の何者の姿も確認できないような黒い空間の中に、シェータ・シンセシス・トゥエルブは立っていた。誰もいない。どこを見ても、何もない。ただ無だけがずっと広がり続けていた。なのに、頭の中に《声》は届けられてきていた。

 

 

 ――斬って、斬り続けて。その血塗られた道の果てにのみ、あなたの呪いを解く鍵があるかもしれないわ。

 

 

 随分と適当な事を言っている――シェータはそう思った。《声》は律儀に答えてくる。その声色には覚えがあった。自分達をまとめる存在、最高司祭様のものとよく似ていた。

 

 

 ――私が適当な事を言っているかどうかは、あなたが確かめるしかないんじゃないの?

 

 

 そこでようやく、シェータは《声》が頭の中に響いてきているものではなく、背後からしている事に気が付いた。振り返ってみたところ、そこにいたのはやはり最高司祭様だった。本紫色の瞳に、紫がかった銀色の長髪。やはり最高司祭様で間違いなかった。

 

 

「最高司祭様……?」

 

 ――久しぶりね。ずっと眠っていて、起きた感想はどう?

 

 

 最高司祭様がその口を開けて言葉を(つむ)ぐと、それは頭の中に《声》が響いてきた。シェータは素直にその言葉に答える。

 

 

「未だに慣れない。でも悪くはない」

 

 

 そこでシェータはとある事を思い出した。ずっと聞きたかった事だ。

 

 

「貴女に質問がある。何故私に《黒百合の剣》を与えて、あんな言葉を残したの。私の中にある斬りたい欲求は、敵を斬り続ければなくなって、私は解き放たれるって。私はあの言葉について考え続ける事になった。今もなお、ひたすら敵を斬りながら考えている」

 

 

 シェータの持っている神器は《黒百合の剣》といった。最高司祭様がそれをシェータに与える時、

 

「この剣はあなたの魂に刻まれた呪いを形にしたものよ。性質遺伝変動数値の揺らぎが生み出した、殺人衝動という名の呪いをね。これで斬って、斬って、斬り続けなさい。その血塗られた道の果てにのみ、あなたの呪いを解く鍵があるかもしれないわ」

 

 と言っていた。

 

 シェータには元々、何よりも強い欲求が存在していた。強いものを斬りたい、強き者を斬り殺したいという欲求だ。

 

 その欲求に駆られる事は嫌ではなかったが、いついかなる時にもあるものだから、邪魔に思う事も多々あった。だから、いつかこの呪いから解き放たれる日が来る事を願い、今まで敵を斬り倒してきた。

 

 でも、それはいつまで経っても叶わない。欲求はずっと消えなかった。

 

 

 ――あなたはある期待を抱き続けているわね。殺人衝動という呪いを解く事ができるという期待。

 

 

「ええ。そうかもしれない」

 

 

 ――私の言葉が真実だ。そう思いたいんでしょう? お馬鹿さんね。私は最高司祭よ。そんな優しい言葉かけるかしら?

 

 

 最高司祭様は笑っていた。その笑みを見ていたそこで、シェータは頭の中にぼんやりと浮かぶ言葉を見つけた。

 

 

 斬りたい。

 

 

 この人の事を、斬りたい。

 

 この人は最高司祭様なのに、何故だか、斬りたい。

 

 最高司祭様は斬ってはいけないのに、どうして――。

 

 

 ――シェータ様。

 

 

 また頭の中に《声》が響いた。最高司祭様の《声》で間違いなかったが、目の前にいる最高司祭様のそれとは似ているようで似ていなかった。

 

 

 ――シェータ様。殺人衝動にいつも駆られていて、お辛いでしょう。わたくしが本当になせるかどうかはわかりませんが、その殺人衝動を克服する方法を探しましょう。シェータ様を、殺人衝動から解放したい気持ちはわたくしにもあるのです。

 

 

 その《声》と一緒に、一人の女性の姿が思い浮かんできた。目の前にいる最高司祭様と瓜二つの顔と身体と声色をしている。

 

 とても弱々しくて、斬ったところで何の手ごたえもなさそうな人。その人が、自分を起こしてくれた最高司祭様で、真実の最高司祭様だという話だった。

 

 目の前にいるのは最高司祭様だ。だけど、この人はこんなにも斬りたい欲求に駆られる。なら、ここにいる最高司祭様は――。

 

 

「そんな事しないと思う。だって、あなたは違う」

 

 ――え?

 

 

 最高司祭様はきょとんとしたようにも、驚いているようにも見える顔になっていた。

 

 

「私を起こしてくれた最高司祭様は弱々しくて、斬っても何にもなさそうな人だった。気高い感じは何もないけど、優しくて、あなたみたいに冷たくないし、残酷でもない人だった。

 弱々しいだけじゃなく、甘い人だった。あなたみたいに私を突き放したりせず、寄り添うように言ってくれていた。そんなふうな、斬ったところで手ごたえも気持ちよさも何にもなさそうな人。それが私の知る最高司祭様。付いていこうって思える最高司祭様」

 

 

 目の前にいる最高司祭は目を見開いていた。動揺が見て取れる。

 

 

「でも、あなたはこんなにも斬りたい気持ちにさせてくる。あなたは斬ったらとても手ごたえがありそう。だから、あなたは違う。あなたは最高司祭様じゃない。あなたは……最高司祭様に取り憑く事でしか存在できない、可哀そうな人の方」

 

 ――そんな馬鹿な……入り込めない……!?

 

「私に何を期待していたのかは知らない。だけど、上手くいかないなら他を当たった方がいいと思う」

 

 

 偽物の最高司祭に冷たく言い放つと、シェータを包んでいた空間の色は反転し、全てが真っ白になった。何を企んでいたのかが、意識がなくなるまで気になった。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 メディナ達に開けてもらった道を進むと、行き止まりに着いた。峡谷の最奥部であり、《果ての山脈》へ通じる建物がすぐ近くにある岩山の広場であるそこに、キリト達の探し物である巨大な禍花の姿はあった。

 

 西帝国全域に根を張って、分身体であるカラントを生やしている元凶、《カラント・コア》だ。そしてその足元というべき場所に、一人の女性が倒れていた。紫を基調とした色合いの鎧を身に纏うその人は、この地の異変の調査のために派遣されていた整合騎士シェータで間違いなかった。

 

 

「「シェータ!」」

 

 

 キリトとベルクーリの声は重なり、二人を先頭にして皆で近付く。その時キリトは不思議に感じた。これまで《カラント・コア》に近付いた時には、《EGO化身態》にされた整合騎士が襲ってくる傾向にあった。なので今回もシェータが《EGO化身態》になった姿が襲ってくると思い、いつでも戦闘態勢に移行できるようにして、ここまで来たのだった。

 

 だが、シェータは今のところ自分達の知るシェータの姿をしていて、《EGO化身態》になっているようには見えない。襲ってくる事もなさそうに感じられる。これはどういう事なのだろう。

 

 胸に疑問を募らせ、キリトはシェータのすぐ傍でしゃがみ込む。

 

 

「シェータ。聞こえるか、シェータ」

 

 

 うつ伏せになって倒れているシェータの耳元に声を届けたところ、「う……」という小さな声が返ってきたのが聞こえてきた。皆の間に緊張が走り、一部の者はそれぞれの武器を引き抜こうとする。シェータがまだ安全なのか確認できていないので、キリトも止めはしなかった。

 

 その中でシェータはゆっくりと肘を地面に置き、上半身を少しだけ起こした。まるで猫や犬のやる香箱座りみたいな姿勢をして、シェータは顔を向けてきた。メディナのように《EGO化身態》の部位が出現していたりはしていない。寝起きみたいな表情をしているだけだ。

 

 

「キリト……それに騎士長も……」

 

「シェータ、オレ達がわかるか」

 

 

 騎士長ベルクーリの問いかけに、シェータ・シンセシス・トゥエルブは頷く。

 

 

「わかる。騎士長と副騎士長、キリト達がいる」

 

「よし、大丈夫そうだな」

 

 

 ベルクーリに言われるなり、シェータは起き上がった。鎧に包まれているその身体には、やはり異変らしい異変は見受けられない。《カラント・コア》の近くにいたというのに無事だったというのが、少し信じられなかった。

 

 

「シェータ、何があったんだ」

 

 

 キリトの質問に、シェータはぼんやりした様子で答えた。――いや、いつもの彼女の様子だった。

 

 

「《最高司祭様の偽者》が、話しかけてきた」

 

「やはりそうでしたか……ですがシェータ殿、よくぞご無事でしたね。同じ目に遭ったエルドリエとデュソルバート殿は《あの悪霊》に付け入れられて、《EGO化身態》になってしまったのですが……」

 

 

 不思議そうな顔をしているアリスに、シェータはまた答える。

 

 

「最初は偽者か本物かの区別がつかなかった。だけど、話を聞いてる途中で偽者だってわかって、あなたは違うって言ったの。そしたら急に声が聞こえなくなって……あなた達にこうして囲まれていた」

 

 

 アリスの目が少し見開かれる。

 

 

「よく《あの悪霊》を見抜けましたね。エルドリエとデュソルバート殿は見抜けなかったらしいのですが」

 

「だって、本当の最高司祭様は全然斬りたくならない人なのだもの。斬ったところで何の手ごたえもなさそうな、弱々しい人。でも、偽者は手ごたえがすごそうで斬りたくなるような人だった。だから、わかった」

 

 

 シェータの答えに皆が一斉に「えぇー……」と言い、キリトも同じ事を言った。

 

 整合騎士達全員の特徴を把握しているクィネラによると、シェータは人も動物も植物も建物も斬りたくなる、特に人を斬って殺したくなる衝動を持っており、時にそれに駆られて斬ってしまう事があるらしい。

 

 脳裏にはこの人を斬ったらどうだろう、どんな手ごたえがあるんだろうという疑問が常にあるそうで、それを本当に確かめてしまわないか、クィネラは結構ひやひやしているのだそうだ。

 

 どうやらこの「斬ったらどうだろう」という疑問はクィネラにも向けられていたらしいが――シェータはクィネラを「弱そうだから」という理由で斬る対象から外していたらしい。まさかそれで本物と偽物を区別する事に成功するとは、誰も予想できていなかっただろう。

 

 

「なんというか、シェータさんらしい見破り方だね……」

 

「斬りたくならないのがクィネラで、斬りたくなるのがアドミニストレータって、どういう見破り方なのよ、それって……」

 

 

 ユージオとシノンが苦い顔をして言うが、シェータは首を(かし)げるだけだった。「何か問題でもあるの」と言いたそうだ。そんな彼女を見つめ、ファナティオが苦笑いする。

 

 

猊下(げいか)はシェータの殺人衝動の矯正と克服をお考えになっていたけれど……案外放っておいてもいいのかもしれないわね。口では何もかも斬りたいって言ってるけれど、目覚めてから魔獣と《EGO化身態》以外何も斬っていないから」

 

「だな。まぁ何にせよ、シェータが《アレ》に呑み込まれるような事がなくてよかったぜ」

 

 

 ベルクーリが安心したように言い、キリトに顔を向けてきた。

 

 

「それじゃあキリト、いつもの仕事を頼めるか」

 

「あぁ。《カラント・コア》の討伐だな。エルドリエやデュソルバートの時みたいに守ってる《EGO化身態》がいないから楽だ――」

 

 

 そう言いかけたその時だった。今まさに斬らんとしていた《カラント・コア》が突然動き出した。あちこちから伸びている根が地面や岩山から離れ、触手や蛇のようにしなる。

 

 

「なんだ!?」

 

「《カラント・コア》が動いてる!?」

 

 

 キリトとアスナが交互に言った直後、《カラント・コア》の触手のような根はあるところ目掛けて突進した。意思を持つ蛇のようにうねるそれが向かった先にいたのは――。

 

 

「あッ!?」

 

 

 ファナティオだった。あまりに突然の事に皆が驚く以外の事ができず、ファナティオ本人も、気付いた時には既に手足を根に絡まれて動けなくなっていた。

 

 

「ファナティオ!?」

 

 

 驚いたベルクーリが叫ぶのと同時に、ファナティオの身体に巻き付いた触手が《カラント・コア》の元へと戻り出した。ファナティオは抵抗しようとしていたが、触手は彼女の首元を締め付け、動きを麻痺させる。それでもファナティオは右手を懸命に伸ばした。その先にいたのはベルクーリだ。

 

 

「あうぐッ……」

 

「ファナティオ!!」

 

 

 《時穿剣(じせんけん)》を引き抜いたベルクーリはファナティオを追いかけて走った。だが触手の戻る速度はベルクーリの足の速さを容易に超えていた。触手はベルクーリを嘲笑うかのようにファナティオを《カラント・コア》のすぐ傍に連れていく。

 

 

「閣下……閣下……あ……なた……」

 

 

 首を絞められている事で絶え絶えになっている声で、ファナティオはベルクーリに助けを求めていた。応じるようにベルクーリは手を伸ばしながら走るが、その手が届く事はなかった。

 

 ベルクーリが《カラント・コア》のすぐ近くに着いた時、触手は《カラント・コア》の光る球体状の部位にファナティオを取り込んだ。ごぽん、という重い液体に何かが落ちたような嫌な音が、嚥下(えんげ)のように聞こえた。

 

 

「野郎ッ!!」

 

 

 《カラント・コア》に接敵したベルクーリは《時穿剣(じせんけん)》を振るう。《システムクロック》なる世界の時計を基に生成されたという神器の刃が球体を切り裂かんとしたその時、使い手は途中で片手で頭を抑えるようにして姿勢を崩し、攻撃を不発で終わらせた。《敬神モジュール》が働いて、ベルクーリの動きを強制停止させたのだ。

 

 

「ベルクーリさん!」

 

 

 キリトは仲間達と共にベルクーリに駆け寄った。彼は悔しさと怒りが混ぜ合わさった険しい表情をしていた。その対象は《カラント・コア》と根源である悪霊だ。

 

 

「くそっ、あくまでオレ達に攻撃はさせねえってか!」

 

 

 その顔のまま、ベルクーリはキリトに向き直る。

 

 

「キリト、すまねえがお前さんの《EGO》でこいつを斬ってくれ! ファナティオを助け出すんだ!」

 

 

 そうしたいところではあったものの、果たしてキリトは首を横に振った。

 

 《カラント・コア》はファナティオを取り込んだ。このまま《カラント・コア》を斬ったならば、ファナティオも一緒に斬り殺してしまうかもしれない。それに《カラント・コア》がファナティオを呑み込んだ事で、両者が融合してしまっている可能性も捨てきれない。その場合、結局《カラント・コア》の消滅に合わせてファナティオも死んでしまう。

 

 そうなってしまったら元も子もない――それを渋々話すと、ベルクーリは一段と表情を険しくした。

 

 

「畜生がッ! よりによってファナティオを取り込みやがって……!」

 

「まさか《カラント・コア》にこのような力があるだなんて……」

 

 

 臨戦態勢に入っているアリスが呟いた次の瞬間だった。《カラント・コア》の花状部位の下にある球体状部位が盛り上がった。明らかに中で何かが暴れている。まさかファナティオなのだろうか。キリトは《カラント・コア》から離れるよう皆に指示を出し、一緒になって距離を取る。

 

 激しく盛り上がったり凹んだりを繰り返す球体が破裂した。いや、中から何かが食い破るようにして勢いよく外に出てきたのだ。

 

 未だかつて見た事のない怪物だった。ほぼ全身を黒と紫の装甲の鎧で覆いつつ、一部が鏡面になっていて、周囲の岩山を映している。大きな細剣と思わしき武器を右手に持ち、左手に大きな籠手を装備し、流線形のフルフェイスの兜で頭を覆った巨躯の騎士。

 

 見方を変えれば大型自動人形にも見えるそれが、ファナティオが消えた場所から出現したモノだった。

 

 

「……まさかお前……ファナティオなのか……!?」

 

 

 あまりの光景に呆然としているベルクーリが呼びかけると、巨躯の騎士は右手の剣で前方を横薙ぎした。その剣の形状は――ファナティオの《天穿剣(てんせんけん)》の形に酷似していた。

 


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