キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 九年目。

 ヒントは投稿日。


05:元凶の正体と脱走者

          □□□

 

 

 雷の問題は意外とすんなりと解決に導く事ができた。

 

 ユピテルとルコの立てた作戦の通り、ユピテルの全力放電攻撃を黒雲にぶつけたところ、膨大すぎる雷属性エネルギーが黒雲に貯蔵され、すぐさま許容量を超えて暴走。轟音と猛烈な光を伴う大爆発を引き起こした。

 

 落雷のそれを超えるくらいの音と光の暴走が止んだ時、西帝国の空を覆う闇の雲は姿を消し、快晴の青空が取り戻された。

 

 雷雲を利用し、西帝国の人々に嘘を吹き込んで《カラント》を守らせていた《真正公理教会》の目論見が一つ潰れたのを確認してすぐに、キリトは仲間達と共に《西の峡谷》へ飛び込んだ。ベルクーリの言っていた、《カラント》の種を植えて増やしていた頭巾の男が、そこにいる。

 

 きっとそいつこそが――そう思ってリランの背中に引き続き乗り、岩山の間を飛び続けたところ、広間のような空間に出た。そこに姿を現しているモノに驚かされる。《カラント》だ。しかも一つや二つではなく、二十以上は確認できる。それら全部が光を放っているものだから、ここら辺一帯が紫色に染め上げられてしまっている。

 

 《カラント》という存在そのものを見知った時から想像したくないと思っていた、《カラント》の群生地がそこだった。

 

 その入り口付近でリランに一旦止まってもらい、ホバリング姿勢になってもらったところで、キリトの背後にいるシノンが声を出した。

 

 

「《カラント》がこんなに沢山……一体どうなっているっていうの!?」

 

 

 リランの隣を同じくホバリングしている専用の飛竜の背にいるベルクーリが答えてきた。その顔は先程と同じように若干険しいものになっている。

 

 

「だから言ったろう、《カラント》の種を植えて廻ってる奴がいるってよ」

 

 

 リランの背中からベルクーリの飛竜の背中へ乗り換えたファナティオも、目の前の光景に驚いているようだった。

 

 

「差し詰め、《カラント》の花畑って言ったところかしら……まさか閣下の仰っている頭巾の者が、短時間の内にこれだけ植えたというの?」

 

 

 ここまで結構な数の《カラント》を斬ってきたものだが、その《カラント》の発育過程というのは未だにわかっていなかった。唯一わかっている事と言えば、つい先程ベルクーリが教えてくれた、「《カラント》の種が存在している」という事くらいだ。

 

 しかしその種もどういうものなのかは把握できていないし、そこから何時間かけてよく知る《カラント》の姿になるのかもわかっていない。だが不気味な事に、種を植えて数分で発芽して急成長し、あの《カラント》になる光景が容易に想像できて止まなかった。

 

 そもそも魔獣を生み出したり《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》を呼び寄せたり、挙句その地で果てた過去の存在を現代に(よみがえ)らせるなんて能力まで持っている禍花(まがばな)だ、普通ではありえない速度で急成長する性質を持っていたとしても、何ら不思議な事はないだろう。

 

 そんな得体の知れない《カラント》が花畑を作っている目の前の光景は、まさしく風邪を引いた時に見る悪夢だ。極めて特徴的なものなので、見方を変えれば変わりものの観光地みたいに見えなくもない。魔獣を生み出し、《EGO化身態》を呼び寄せる能力と、人界を良いように支配していた独裁者アドミニストレータを蘇らせるためのモノである可能性がないならば、(ある)いは本当にそうなるのかもしれない。

 

 ……そんなふうな、言ったら「笑えない冗談(ジョーク)だ」と言い返されるような話がしたくなるくらいに、《カラント畑》というのは酷い光景だった。そんな事を考えていたところ、頭の中に《声》が響いてきた。リランのものだった。

 

 

《キリト、お前頭巾の奴が誰なのか、わかっているようだな》

 

 

 流石は自分の《使い魔》、主人の事を本当によく見てくれているようだ。そこに少し嬉しさを感じながら、キリトは頷いた。

 

 

「あぁ、エルドリエとデュソルバートに接触して《EGO化身態》に変えさせ、《カラント》の種を植えて廻っている奴は、きっと――」

 

「脱走者を捕らえろ――!!」

 

「待て脱走者――!!」

 

 

 キリトの言いたかった事は、途中で飛び込んできた大声に(さえぎ)られた。《カラント》の花畑のどこかから、ここまで聞こえるくらいの声が確かに聞こえてきた気がする。今のはなんだ。

 

 

《キリトにいちゃん、一番手前にある《カラント》の辺りを見てください!》

 

 

 またしても《声》が頭の中に響いてきたが、今度はリランではなくてユピテルのものだった。彼はアスナ達を乗せて地上にいるので、ここから確認できないものでも見つけたりできる。

 

 そのユピテルの《声》に従って、キリトは自分達から見て一番近いところにある《カラント》に目をやった。花弁を天に向けて広げている禍花の下を通って、何かがこちらに向かってやってきている。人影だった。その正体はすぐに割れて、キリトは思わず大きな声を出した。

 

 

「グラジオ!?」

 

 

 背中に両手剣を背負い、灰色の修剣学院の制服を身に(まと)っている、赤茶色の髪の毛の少年。メディナの《傍付き練士》をしているグラジオ・ロレンディアと、走っている人の特徴は合致していた。彼もまた、メディナと共に行方を(くら)ませており、メディナ同様に対策本部の捜索対象となっていた。

 

 ようやく見つける事ができた――という達成感や喜びはキリトには湧かなかった。グラジオが右足を引きずりながら走っているのを認めたからだ。傷を負っているらしい。そしてその背後から、大勢の人影が走ってきているのもわかった。

 

 

「グラジオ、どうして!?」

 

 

 リランの右隣にいる冬追(フユオイ)に乗るユージオが声を上げたところで、グラジオの背後方向からこちらの方向へと走ってきている大勢の人影の正体も割れた。《冒険者達》だ。フルフェイスヘルムを被って灰色の鎧を着た十数人の《冒険者達》が、武器を持って走ってきている。

 

 

「救世主様の命令だ! 脱走者を捕らえろ!!」

 

「待てええッ!!」

 

 

 《冒険者達》は怒号を飛ばしていた。恐らくも何も、彼らの怒号の的はグラジオであろう。そして彼らが構えている武器も、恐らくはグラジオを襲うためのものだ。

 

 

「グラジオ、《冒険者達》に追われているの!? なんでそんな事が!?」

 

 

 キリトの肩越しに地上を見ているシノンも驚いているようだった。いや、この場にいる全員がさっきから驚きっぱなしだし、驚かされっぱなしだ。

 

 《カラント》を植えている張本人を見つけた話と言い、《カラント》の花畑と言い、メディナ同様に行方不明だったグラジオが《冒険者達》に追われて自分達の前に姿を現した事と言い、衝撃的な出来事が続き過ぎているのだから。

 

 ここまで来ると、次に何が起きても驚かないのではないかとも思えてくるが、そんな事を考えている場合ではない。

 

 

「多分グラジオは今危ないんだ。とにかく助けるぞ!」

 

 

 キリトは皆に号令を放ち、リランを急降下させた。彼女に地面に降り立たせ、すぐさまその背中から飛び降りてグラジオに駆け寄る。グラジオは丁度後ろの《冒険者達》を見ていて、こちらに気付いていないようだった。

 

 

「グラジオ!!」

 

 

 キリトが呼びかけるなり、グラジオは顔を向けて、驚きと安堵が混ざったような表情になる。

 

 

「キリト、先輩……!」

 

 

 グラジオが言ったその時には、キリトと仲間達はすぐ傍にまで近付けていた。本当にすぐ近くまでキリトが近付いたところで、グラジオは身体をぐらりと言わせ、前方向に倒れ込もうとした。そのまま地面に衝突しようとした彼を、咄嗟(とっさ)にユージオとアリスが受け止めて支える。

 

 

「グラジオ!」

 

「大丈夫ですか。何があったのです」

 

 

 アリスの問いに、グラジオは答えなかった。玉の汗で顔を濡らしながら、再度キリトに顔を向けてくる。

 

 

「……助けて……ください、キリト先輩、シノ……ン先輩、ユー……ジオ先輩……」

 

「あぁ、助けてやる。だけど、その前に何があったか教えてくれないか」

 

「はい……うぐぅッッ」

 

 

 グラジオは苦悶で顔を(ゆが)ませ、(うめ)いた。よく見たところ、顔から血の気が抜けかけていて、右足を包むズボンと靴が血で真っ赤に染まっているうえ、通ってきたところには血の跡ができていた。近寄る前から右足を引きずっていたのは確認できていたが、思いのほか重傷を負っていたらしい。

 

 

「酷い怪我です……今、治療しますね!」

 

 

 シリカがルコを連れて駆け寄り、膝を下ろしてグラジオに回復神聖術をかける。そうしている間に、グラジオの背後から迫ってきていた《冒険者達》が、キリト達のすぐ近くにまで走ってきた。

 

 

「貴様ら、対策本部の奴らだな!」

 

 

 先頭にいる冒険者が威嚇(いかく)するように言ってきた。《冒険者達》はどいつもこいつもヘルムで頭を覆っているせいで顔が見えないが、声のように威圧的な表情をしている事だろう。その者達に威嚇し返したのはアスナだった。

 

 

「貴方達こそ、メディナさんに従ってる《冒険者達》だよね。グラジオ君のこの大怪我は何?」

 

「どうせ、あんた達がやったんでしょうけど、グラジオはメディナの《傍付き錬士》で、あんた達の同志ってやつでしょうに。なんでそんな事ができるのよ!」

 

 

 リズベットが敵意を向けつつ尋ねると、先頭の奴の隣の冒険者がグラジオを指差して答えた。

 

 

「そいつは救世主様から、我ら《真正公理教会》から逃げ出した脱走者だ。我々はそいつを捕らえて連れ戻すよう、救世主様から(めい)を受けている」

 

「これもメディナさんの指示だっていうの? だけど、グラジオ君の怪我はかなり酷いよ。もう少し傷が深かったり大きかったりしたら、グラジオ君死んじゃってたかもしれないんだよ。メディナさんは、グラジオ君を殺していいって言ってたの?」

 

 

 悲しげな顔をしたリーファの問いかけに、《冒険者達》は「ふん」と言った。まるで悪びれていないのがわかる。いよいよ、腐敗した根性の貴族共のシルエットと重なり始めていた。

 

 

「深手を負わせた方が逃げられにくくなり、捕まえやすくなるだろう? オレ達は救世主様の命を少しでも良く遂行できるよう、工夫しただけだ」

 

 

 アリスが深い溜息を吐いた。怒りと呆れが半々に混ざっているようなものだ。

 

 

「やはり、この者達もですか。ここ最近、《冒険者達》は《EGO化身態》へ堕ちやすい貴族達のような事を口走っている傾向にありますね」

 

「これもメディナがやった事だっていうのか……そんな事、あるわけないのに……」

 

 

 ユージオが悔しそうな表情を顔に浮かべている。

 

 アリスの言う通り、《冒険者達》はメディナの命令を上手くこなすために、貴族達がやりそうな外道な手段も躊躇(ためら)いなくやるようになっている。そんな事はメディナが許すわけがないと思えるが、しかし《冒険者達》がそういった事を平気でやっているからには、メディナが許可しているという事に他ならない。

 

 あの正義感の強いメディナが、外道な行いを許している。

 

 

「こう、なんですよ……」

 

 

 キリトははっとして、ユージオとアリスに支えられているグラジオに向き直る。シリカとルコから回復神聖術を受けている事により天命が回復し、顔色が少しマシになってきていた。

 

 

「冒険者の皆さん……西帝国に来てから、こうなんです……《真正公理教会》とかいう組織を名乗るようになってから……西帝国の人々を……生贄とか、囮とかに利用するような事をやるようになって……必要な犠牲だからとか言って、酷い事も平気でするようになって……メディナ先輩も結果が出てるなら良いとか言うようになって……止めようとしても、聞き入れてもらえなくて……もう、滅茶滅茶(めちゃめちゃ)なんです……」

 

 

 グラジオはただ一人、《真正公理教会》の中でメディナ達を止めるべく奮闘していた。上級修剣士ですらない、ロニエやティーゼと同い年の少年なのが彼だ。メディナが、《冒険者達》がどれほど恐ろしくてたまらなかったか、皆まで言われなくてもわかった。

 

 

「グラジオ、お前はたった一人でメディナ達を止めようとしてくれたんだな……よくやったよ」

 

 

 キリトは素直な気持ちを伝えた。受け取ったグラジオはというと、首を横に振った。

 

 

「全然駄目ですよ……だっておれ、冒険者の人達を一人も止められなくて……メディナ先輩が怪物になっていくのを止められなくて……結局、メディナ先輩のところから逃げ出して、キリト先輩達に(すが)るしかなかったんですから……」

 

 

 その言葉に含まれていた事柄に、その場の全員が瞠目(どうもく)した。メディナが怪物になっていく――グラジオは確かにそう言ったようだった。キリトの傍で話を聞いていたシノンが尋ねる。

 

 

「待って、メディナが怪物になっていくのを止められなかったって、どういう事なの?」

 

 

 シノンの問いに答えず、グラジオは顔をキリトに向けてきた。瞳に涙が(たた)えられていて、今にも(こぼ)れそうになっていた。

 

 

「お願いです、キリト先輩……メディナ先輩を止めて、ハァシリアンを倒してください……メディナ先輩、あのハァシリアンって奴に良くない事を吹き込まれて、信じ込まされて、何かされたんです……全部あいつが来てからです……あいつがメディナ先輩の近くに現れるようになってから、メディナ先輩はおかしな事をするようになって、あいつの提案した通りに《真正公理教会》なんてものを作って、本当の最高司祭様を復活させるとか言って……冒険者の人達に、酷い事をさせるようになったんです……それで、メディナ先輩も、怪物の力を使うようになって……」

 

 

 やはりそうだったか――キリトは全てが()に落ちた気がした。やはりあの元老院統括代理を名乗る正体不明の男、ハァシリアンが元凶だった。メディナ達《真正公理教会》が起こした異変と悲劇の数々の根本には、あの男がいたのだ。

 

 グラジオからの話が終わったところで、キリトは皆をぐるりと見回した。

 

 

「皆。人界のあちこちに《カラント》の種を植えて魔獣を生み出させ、エルドリエとデュソルバートを《EGO化身態》に変えさせた頭巾の男の正体はハァシリアンだ。そしてあいつは、アドミニストレータの復活を企んでいる。あいつの行動は、全部そのためだ」

 

 

 皆の反応は驚く者と納得する者の半々だった。後者側の一人であるベルクーリが溜息交じりに答える。

 

 

「《アレ》の復活だって? 勘弁してくれ。オレは機械人間増産計画に加担させられるのは真っ平ごめんだぞ。当然、また《アレ》にこき使われるのもな。こき使われるんなら、今いる本当の最高司祭殿にがいい」

 

「私も同じ意見よ。正義のため人界のためとか嘘を言って私達に忠誠を誓わせて、人々を改造して兵器にしていた《あいつ》に使われるなんて、金輪際(こんりんざい)嫌よ。そして、《あいつ》がまた復活しようものならば、今度こそ人界は終わりだわ。皆あいつに好き勝手使われて、機械人間にされてね」

 

 

 ファナティオも険しい顔で答えていた。ここにはいないが、この話を持ち掛けた時、整合騎士達全員がファナティオとベルクーリの意見に賛成する事だろう。アドミニストレータの復活というハァシリアンの悲願の成就は、人界の滅亡と直結しているに違いない。

 

 やる事が多い対策本部だが、今この時を以て最優先事項ができた。メディナと《冒険者達》が構成する《真正公理教会》を、一刻も早く止めなくてはならない。

 

 

「貴様ら、何をごちゃごちゃと言っている。早くそいつをこちらに引き渡せ」

 

 

 《冒険者達》の内の一人が噛み付くように言ってきた。皆で睨み返すと、また一人が続けてきた。

 

 

「救世主様は、その脱走者を連れて帰って来いと仰っているのだ」

 

 

 キリトは眉を寄せた。グラジオが逃げてきたという事は、彼はメディナを裏切ってきたという事だ。《冒険者達》の話と聞き、その態度を見る限りでは、「来る者は拒まないが去る者は決して許さない、裏切り者は即座に抹殺」みたいに思える。

 

 そんな組織を率いるメディナが、果たして裏切り者を連れ戻せというのは何故だろうか。裏切り者を直々に処刑して、その末路を教えるつもりなのだろうか。以前の彼女ならば、絶対にしないであろうが、今の彼女の場合ではわからない。

 

 いずれにしても、《冒険者達》にグラジオを引き渡すなど、できない相談だ。

 

 

「申し訳ないが、お前さん達の話は聞き入れられん。リネルにフィゼル、やっちまえるか」

 

 

 騎士長ベルクーリの質問に、整合騎士リネルとフィゼルは行動で応えた。目にも留まらない速さで短剣を引き抜いたかと思えば、次の瞬間には冒険者の群れの中に飛び込んで、次々と一撃をお見舞いしていった。

 

 それなりの数がいた《冒険者達》はバタバタと倒れていき、三十秒後くらいには全員が地面に伏している光景が出来上がり、その場には静寂が取り戻された。そして二人は行動開始時と同様に素早くベルクーリのところへと戻ってくる。まるで意志を持ったブーメランか何かだ。

 

 

「こういう奴らには、睡眠麻痺毒を注いであげるのが一番です」

 

 

 リネルが得意げに言った後、フィゼルが疑問そうな顔をする。

 

 

「けど、ユピテルの電撃とかでも良かったんじゃない? 出力を調整すれば、人を気絶させる程度にもできるでしょ?」

 

 

 《使い魔》形態となっているユピテルが《声》を届けてきた。声色がなんだかぎこちない。

 

 

《力を極力抑えて放てば一応可能ではありますが、後遺症が残る心配があるので、やりたくないです》

 

「えぇー、そんなの気にしないでもいいでしょ。次からはビリビリーってやっちゃってよ、ビリビリーって!」

 

 

 フィゼルから言われても、ユピテルは首を横に振って《できません!》と《声》で答えた。先程ユピテルの全力放電を見たからこそ思えるが、出力が抑えられていたとしても、あの電撃を直に浴びようものならば、確実に身体に治らない傷が残るだろう。

 

 《冒険者達》は自分達と敵対しているものの、本当に殺していい敵というわけでもない。メディナを説得する事ができれば、無力化できるかもしれないし、再び対策本部の協力勢力になってくれる可能性だって残されている。今後に響くような攻撃は控えなければならないのだ。

 

 

「よし、ここまで治れば大丈夫……!」

 

「グラジオ、立てる?」

 

 

 シリカとルコが言うと、グラジオは「ありがとうございます」と答えて立ち上がった。ズボンと靴は相変わらず血で汚れているが、それ以上血に染まる気配はなくなっていた。傷が完全に塞がったようだ。

 

 

「グラジオ。メディナがどこにいるかはわかるな?」

 

 

 キリトの問いかけに、グラジオは頷いた。

 

 

「えぇ。メディナ先輩は、この峡谷の奥にある砦を拠点にしています。ここから結構近いところです」

 

 

 そう聞いて、ベルクーリが顎元に手を添えた。何か心当たりがある様子だ。

 

 

「《西の峡谷》の奥の砦……確か、すぐ近くにある《果ての山脈》を通ってきたダークテリトリーの軍団を迎撃するために作ったところだったな。けれど、そいつらが全然攻めて来ないうえ、そもそも攻めて来るんなら《東の大門》から来るだろって事で、今は放棄されてたんだ」

 

「そこの存在をハァシリアンが教えてきて、メディナ先輩はそこを拠点にするって言ったんです。今も沢山の冒険者の人達がいて、メディナ先輩を守っているはずです。それに、冒険者の人達だけじゃなくて……」

 

 

 言いかけたグラジオにキリトは首を(かし)げた。メディナを守っているのは《冒険者達》だけではないのだろうか。

 

 

「だけじゃなくて?」

 

「雷を操る龍がいます。整合騎士様達が使う飛竜とは全然違う姿をしていて……そいつが、ここら辺に雷雲を置いて、人々の生活圏に適度に雷が降るように、そして敵を寄せ付けないようにしていたんです」

 

 

 雷を操る龍――やはり西帝国の守護龍であろう。かつての守護龍が《カラント・コア》の力で蘇ってきているという推測は当たっていたらしい。キリトは答える。

 

 

「それは過去にこの地を守っていた、雷を司る守護龍だな。《カラント・コア》が南帝国のジャイアント族、北帝国のカヨーデみたいに蘇らせたんだ」

 

 

 そう言ったところ、グラジオは目を丸くして首を横に振った。

 

 

「いえ、その龍を連れてきたのはハァシリアンです。こいつを何なりとお使いくださいみたいな事を言って……」

 

「えっ、なんだって?」

 

 

 キリトの問いかけに続いたのはアリスだった。

 

 

「一体どういう事ですか。ハァシリアンが龍を連れてきたとは……まさか、彼は蘇った守護龍を使役する術さえも持っているというのですか。人の手では使役など絶対に不可能な存在を操る方法を」

 

「詳しい事はおれにも……ただ、その龍はメディナ先輩の命令も聞いているようでした。ハァシリアンがそういうふうに仕向けているのかもしれません」

 

 

 メディナを守る龍がいて、そいつがあの黒雲と雷の元凶だった。これは流石に予想外だし、とても厄介な事になったと言える。

 

 仮にメディナ達と戦う事になったのであれば、大勢の《冒険者達》を相手にする事になるため、ただでさえ困難だというのに、そこに雷を司る龍が加わってくるのではたまったものではない。行かないという選択肢を取る事は不可能である――というか取りたくない――が、自分達だけで本当に大丈夫かという気がしてきてしまった。

 

 思わず「うーん」と言ってしまったキリトの前方、グラジオの隣にいるユージオが、急に自身の胸に手を当てた。

 

 

「……まさか……」

 

 

 気が付いたアリスが声をかける。

 

 

「何かわかったのですか、ユージオ」

 

 

 ユージオは顔を上げ、口を開いた。

 

 

「……この前、僕の胸に埋め込まれた《フロストコア》の事をクィネラ様に聞いてみたんだ。これはどういうもので、いつ、どこで製造されたものなのかって。そしたらクィネラ様は、わからないって言ってたんだ。アドミニストレータに乗っ取られていた時の自分の記憶は断片的になっていて、公理教会で作られたモノの中にも、わかるものとわからないものがあるって……」

 

 

 その話はクィネラ本人から既に聞いている。クィネラはアドミニストレータに身体を乗っ取られた時から、意識を封印されてしまっていた。

 

 けれども、その封印が一時的に弱くなるタイミングがあり、その際に意識を浮上させて、アドミニストレータの記憶を読み取って自分が封印されている間に起きた事を知ったり、時にアドミニストレータに妨害を仕掛けたりしていたらしい。

 

 しかし、この封印の弱まりというのはごく数秒から二十秒程度であったため、得られる記憶や情景はいつもほんの少しで不完全であった。しかも途中からアドミニストレータが記憶容量オーバーを起こしてしまったために、それ以降得られる記憶や情報が更に不完全化してしまった。

 

 結果、クィネラはアドミニストレータの悪行や行動を全て把握できておらず、《知らないもの》も多々あるのだという。ユージオの《フロストコア》の話は、この《知らないもの》という事なのだろう。

 

 ベルクーリが「ほぅ」と言い、続きを促す。

 

 

「それで?」

 

「さっき、冬追が生まれた経緯の話をしただろう。冬追はアドミニストレータが守護龍を基に作り出した龍で、最初で最後の人造龍だったって。だけど、もしかしたらクィネラ様が把握しきれてないところで、冬追に続く二体目の人造龍が作られていたんじゃないか、そしてそいつをハァシリアンが手に入れて、メディナのところに持って来たんじゃないか……って思えてきて……」

 

 

 その話に皆が驚く。人造龍は冬追が最初で最後――というのがクィネラの話だったが、彼女の記憶は曖昧な部分が多々ある。一匹目の冬追は把握できたが、二体目は把握できないでいたという事があったとしても、確かにおかしな事ではないだろう。

 

 

《冬追に弟か妹に当たる存在がいて、メディナを守っている……そう言いたいのか》

 

 

 リランの《声》にユージオは「うん」と頷いた。

 

 

「と言っても、あくまで僕の憶測にすぎないんだけど……」

 

 

 ユージオは自信がなさそうだったが、話を最後まで聞いていたベルクーリは否定的な顔はしていなかった。笑ってはいないが、ユージオの話を肯定しているようだ。

 

 

「《カラント》がこんなに沢山咲きまくってて、《アレ》が蘇ろうとしてるんだ。今更何が起きたところでおかしくはねえよ。もう何が起きても驚かないくらいの気持ちが必要だ――」

 

 

 ベルクーリは途中で言葉を止めた。《カラント》の花畑の方を見たまま、目を見開いている。何かを見つけたようだが、何を見つけて――。

 

 

 

「随分と私の話で盛り上がっているみたいじゃないか。全く気楽そうで、むかつくよ」

 

 

 

 耳にはっきりと届けられてきた鋭い声に、キリトは思わずはっとした。声の聞こえてきた方向は《カラント》の花畑の方。丁度ベルクーリが見ている方角だった。彼に続いて、そちらに目を向ける。

 

 こちらに向かって歩いてくる多数の人影が認められた。先頭にいるのは燃えるような赤い髪をしていて、胸元の上部が少し目立つ服を纏っている少女。遠くからでも、翡翠色の瞳に刃のような鋭い光が湛えられているのがわかった。それはまさしく――、

 

 

「メディ……ナ……!?」

 

 

 確かに彼女だった。だが、その右半身はところどころ赤い光が漏れ出している鎧のような黒い装甲に包み込まれていて、両足も装甲で構成された獣の足先のようになっているという、異様な姿をしていた。

 

 

「割と早い再会になりましたね、大罪人キリト」

 

 

 そして半異形となっているメディナの右隣の背後に、元凶ハァシリアンの姿もあった。

 


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