キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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12:アーデント・ハート

          □□□

 

 

 

「………………リ……ズ…………リズ………………!!」

 

 

 誰かの呼ぶ声に導かれるようにして、篠崎(しのざき)里香(りか)/リズベットは(まぶた)を開いた。広がっていたのは、どこもかしこも石で覆われている薄暗い空間。その天然の岩で構成された天井だった。

 

 

「あ……れ……」

 

 

 思わず声が漏れてしまうくらいに、リズベットの意識はぼんやりとしていた。まるで濃霧がかかってしまって視界が全く得られていないような状態だ。ここがどこで、どうして自分がここにいるのか、何だかよくわからない。目覚めるより前、自分がどうなっていたかさえも朧気(おぼろげ)だ。

 

 ここはどこだったっけ。あたしは何をしていて――。

 

 

「リズ!」

 

 

 もう一度声が耳に届いてきた。水の中の深くに沈んでいるようだった彼女を引き上げ、覚醒にまで導いた声と同じ声色のものだった。今回は、それがどこから聞こえてきたのかもわかる。自分から見て、右の方角だった。

 

 また誘われるようにリズベットはそちらに顔を向ける。その時ようやく、リズベットは自分が仰向(あおむ)けになって寝ている事に気が付いた。しかし、その気付きはすぐにリズベットの頭の中から消えた。

 

 こちらを(のぞ)き込んできている顔がそこにあったからだ。栗色の長い髪の毛で、琥珀(こはく)色の瞳をした少女。その目に涙を(たた)え、今にも泣き出してしまいそうな顔をしたその少女の名前が頭の中に浮かび上がり、リズベットは口にする。

 

 

「アス……ナ……?」

 

 

 そう呼ばれた少女の瞳から涙が零れた。すぐさま泣き顔と笑顔が混ざった表情になる。

 

 

「よかった……リズ……元に戻ってくれたんだね……」

 

 

 アスナはそう言うと、その手を横たわるリズベットの背中に廻してきた。その手を借りてリズベットは上半身を起こす。その時ようやく、周りの状況を確認する事ができた。

 

 ここは遺跡だ。あちこちが大きく崩落しているものの、大昔の人々によって作られたであろう石壁や、石柱などが見受けられる。そのどこかの一角にいるであろう自分のすぐ(そば)に、黒髪の少年――もう青年か――と白水色の髪の毛が目に付く少女、肩から大きな翼を生やした白い毛並みの巨大な狼が居て、アスナと同じように寄り添ってくれているのがわかった。

 

 

「リズ……!」

 

「リズ……ちゃんと戻れたのね……よかった……」

 

 

 黒髪の少年と白水色髪の少女が深く安堵(あんど)した様子で言うと、二人の名前が思い浮かんできた。アスナの時と同じように、リズベットは口にする。

 

 

「キリト……シノンも……」

 

《全く、我がいない間にこのような事が起きてしまうとは。何と間の悪い事よ……》

 

 

 ぼんやりしている頭の中に《声》が響く。初老の女性の声色だ。その持ち主の名前も浮かび上がり、リズベットは(つぶや)く。

 

 

「リラン……?」

 

《うむ、我だぞリズ。わかるようで安心した》

 

「あれ……あんたって……っていうか、あたし、今まで何してて……」

 

 

 自分じゃどうしてここに居て、それで何をしていたのか。思い出そうとしたリズベットの後ろの方から、またしても声がしてきた。

 

 

「アスナ――!」

 

 

 小さい方に入る女の子の声と、可愛らしい足音がする。音はすぐさま大きくなり、アスナの右隣にその発生源はやってきた。その大きな耳を覆い隠すための白い帽子を被った、黒い髪の小さな女の子。確か名前はルコといった。

 

 

「ルコちゃん、ユピテルは!?」

 

 

 びっくりしたようにルコに応じるアスナ。ルコは頷きを返す。

 

 

「ユピテル、無事。クィネラと、カーディナルが、治してくれた」

 

 

 ユピテル。ふとその名前が気になった。確か、そんな名前の人と何かあった気がする。リズベットはアスナとルコが見ている方角に目をやった。

 

 少しだけ離れたところに、二人の女性がいて、そのうちの銀紫色の髪の毛の女性に、一人の男の子が抱えられているのが見えた。毛先が白銀色になっている事を除けば、アスナと同じような髪色、似た髪型をしている、法衣のような服を着ている男の子。

 

 あぁそうだ。あの子の名前が確か、ユピテルといって――。

 

 

「……あ」

 

 

 それを皮切りにして、一気に記憶が(よみがえ)ってきた。頭の中を覆っていた(もや)が消え去り、隠されていたものが姿を現わし――リズベットを襲った。ここで自分は何をしていたか。あの男の子と何があったか。全てが思い出されてきた。

 

 そうだ。あたしは怪物になって、ここにいる全員を殺そうとしていた。親友を、親友が誰よりも大切にしている子供の命を奪おうとした。

 

 ハンマーで、拳で何回も殴り付けて、殺そうとしたのだ。

 

 肉を潰して骨を叩く感覚が手先に広がり、手が血で真っ赤に染まっているような錯覚に襲われ、リズベットは叫んだ。

 

 

「いやああああああああああああああッ!!」

 

 

 急に大声を出したリズベットに、その場の全員が驚いたようだった。リズベットは血塗(ちまみ)れになった手で頭を抱えた。べちゃりと髪の毛にまで血が付着し、生暖かい感覚が皮膚に伝染する。

 

 

「「「リズ!」」」

 

「リズねえさま!」

 

 

 皆の声が聞こえたが、そちらにリズベットの意識は向かなかった。違う、こんな事を、あんな事をしたかったわけじゃない。

 

 

「違う、違う、あたしは、そんな事、したかったんじゃない。皆を、傷付けたいとか、殺したかったんじゃない、そんなつもりなんて、なかったッ」

 

 

 頭の中から無尽蔵に湧いて出てくる言葉を口にしながら、ぶんぶんと頭を振るしかなかった。さっきまで自分がやってしまった事、周りにいる皆にやってしまった事が信じられなかった。

 

 どうしてあんな事をしてしまったというのだろう。

 

 あたしは何がしたかったっていうんだろう。

 

 あれがあたしの望みだったの――?

 

 

「リズ!!」

 

 

 一際大きな声が耳に届いたその時、急に身動きが取れなくなった。顔に柔らかいようで硬い何かが当たった事で、リズベットを喰い尽くそうとしていた混乱が一時的に弱まった。顔だけじゃなく、背中にも何かが当てられている。感触は人間の手に似ていた。

 

 

「リズ……」

 

 

 もう一度声が耳に届いた。こうなる前に頭の中に響いていた《声》かと思ったが、そうではなかった。すっかり聞き慣れた声色。キリトのものだ。

 

 その声によって、リズベットはキリトに抱き締められている事、顔に当たっているのはキリトの胸だという事に気が付いた。そして、背中に回っているのはキリトの手だった。

 

 

「キリ……ト……あんた…………」

 

 

 不意打ちのような出来事のおかげなのか、滅茶苦茶になっていたリズベットの頭の中はある程度整理され、冷静さが取り戻されてきた。そこで気が付いた事を口にしようとした時、キリトの声が遮った。

 

 

「リズ、ごめん。辛い思いをさせた」

 

 

 リズベットはキリトの胸の中で目を丸くする。

 

 

「なんで……なんであんたがそんな事を言うのよ。あんたに、ううん、皆に辛い思いをさせたのはあたしの方じゃないのよ……」

 

 

 彼の胸に包み込まれたせいか、(せき)が切られたように言葉が出てきた。

 

 

「あたし……役立たずでいたくなかった。この世界にキリトとシノンが……和人と詩乃が居て、二人とも危ないって聞かされて……明日奈達と一緒に飛び込んだ後……和人と詩乃が無事だってわかった時、本当に安心した。飛び込んでよかったって思った。その後、和人がこれまでみたいにこの世界で起きてる問題に立ち向かっていってるって聞いて、和人の役に立ちたいって思った。和人の力になりたいって。だから、これまでと同じように剣を作ったりして、和人の力になろうと思ってた。

 だけど、この世界じゃ全然上手くいかなかった。これまでみたいに剣や防具を作ったりできなかった。戦いだってそう。今までみたいに戦えてる気が全然しなくて、皆の足を引っ張ってばっかりいるような気がしてきて。それに和人は《EGO》をいつでも使って、いつもその後反動を受けて疲れてて……《EGO》が効かない敵が出てきたら、上手く戦えなくなって……」

 

 

 これまで見てきたキリト/和人の情景が思い出され、リズベット/里香の更なる言葉となる。

 

 

「だからあたし、和人に剣を作ってあげようと思った。いつも大きな問題に立ち向かって、酷い目に遭ってる和人の助けに、少しでもなろうって思った。だけど、全然上手くいかなかったのよ。どんなにインゴットを叩いても、腕が痛くて動かせなくなるくらいまでハンマーを振っても、剣はできなかった。どんなに和人の役に立ちたいって思っても、上手くいかなかった。

 そしたら、《声》が聞こえてきた……どこにも姿が見えないのに、《声》が聞こえてきて……周りのせいだって言ったの。和人の周りにいる人達が、あたしの友達の皆が邪魔をしてるから、和人の役に立てないんだ、役に立っても和人は気が付かないんだって言って……。

 そんなの違うって思った。だけど、《声》は鳴り止まなくて……あたし、そのうち《声》の言う通りだって、思うようになって……大切な皆を、邪魔だって思うようになって……止められなくなって……!」

 

 

 嗚咽(おえつ)になりかけながら、里香は己の身に起きた事を話した。身体の震えと涙が止まらない。どうしてあたしはあんな事を思ってしまったのだろう。

 

 

「リズベット、自分を責めるでないぞ。お主は《進想力》に当てられて、想いを違う方向に捻じ曲げられてしまったのじゃ」

 

 

 ふと聞こえてきた声に里香はびっくりし、泣き止んだ。和人の胸から顔を離し、声のした方を見る。最高司祭クィネラの補佐である賢人カーディナルが、こちらを見つめていた。横にはクィネラ本人もいるが、とても悲しそうな顔をしていた。

 

 すぐさま、頭の中に《声》が響いた。恐ろしい自分の《声》ではなく、リランのものだった。

 

 

《……リーファの時と同じだな》

 

「左様じゃ。リズベット、お主の中にはキリトへの想いがあったのじゃろう。いつも難題に首を突っ込んでは無理をするキリトの役に立ちたい、力になりたいという想いが、お主の中に確かに存在していた。そうじゃろう」

 

 

 カーディナルの問いかけに、里香は素直に頷いた。カーディナルは今のクィネラのそれに似た、少し悲しげな顔をする。

 

 

「清く正しい心掛けじゃ。しかし、お主はどこかでその想いを抱いたまま、焦燥に駆られたりした時があったのじゃろう。そこに《進想力》が付け込んできたのじゃ。《進想力》は想いを増大化させ、やがて物理的な力に変える作用を持つが、《正》の想いを容易に《負》へ傾けさせさえもする。お主のキリトへの想いが、キリトの力になりたいという願いが《進想力》によってあらぬ方向に捻じ曲がり、キリトの周りにいる者達のせいでその願いが叶わないと思うようになってしまい、最終的にお主は《EGO化身態》となったのじゃ」

 

 

 カーディナルからの説明に里香は(まばた)きを繰り返していた。自分は《進想力》に当てられて、あんなふうになってしまっていた。それは本当なのだろうか。本当にそれだけで、あんな事になってしまうというのだろうか。

 

 にわかに信じられずにいる里香を抱き続けている和人に、カーディナルは問いかけた。

 

 

「キリト。お主は《EGO化身態》となったデュソルバートと戦った時、《EGO》を使えなかったそうじゃな。その時リズベットに何か言ったのではないか?」

 

 

 和人は一瞬きょとんとしたかと思えば、何かを思い出している顔になる。

 

 

「そう言えば、《EGO》が効かないってわかった時、リズと話したな」

 

「その時なんと言った?」

 

「えっと、《EGO》が使えない時でも使える剣が必要だから、作ってもらおうかなって」

 

「……誰に作ってもらおうと言った?」

 

「クィネラに作ってもらおうと――」

 

 

 和人が最後まで言い切るより前、カーディナルはその手に持っている長杖を両手持ちし、先端部で思いきり和人の頭を殴り付けた。ぼごっという鈍い音が鳴ると同時に、衝撃が伝わってきた。里香の身体にまで来るくらいに強く殴ったらしい。

 

 

「痛ッ!!」

 

阿呆(アホ)が! それがリズベットが焦ってしまって《進想力》に当てられた原因じゃ! 何故そこでリズベットに頼むと言わなかったのじゃ!? この世界に来るまで、お主に剣という戦う力を与えてくれていたのはリズベットだったのじゃろう? お主がリズベットに剣を作ってもらってきたのは、リズベットに任せれば確実だと信頼していたからじゃろう? ならば、これまでのようにリズベットに頼めば良かったではないか! だというのに、お主という奴はリズベットの気持ちも考えないで無神経な事を言いおって!」

 

 

 カーディナルは杖を和人から遠ざけ、左手で顔を覆った。明らかに呆れている。

 

 

「アスナが《EGO》に目覚めてリズベットを倒していなければ、ユピテルとアスナが続けて死に、リズベットも元に戻れなくなっていたかもしれぬのだぞ。ルコが講義中に『リズベットを止めないと駄目』などと言い出したものだから、クィネラ諸共リランの背中に乗って向かって来てみれば、お主が原因じゃったとは……」

 

 

 カーディナルはここまで来た経緯(いきさつ)を話していた。どうやら先程までこの場に居なかった三人は、自分が《EGO化身態》となったのを感知したルコに連れられて来たらしい。

 

 そして《EGO化身態》になっていた自分は、《EGO》を目覚めさせたアスナ/明日奈によって倒された。真偽を確認すべく、里香は明日奈に向き直った。

 

 

「明日奈……あんたがあたしを倒してくれたの」

 

 

 明日奈は頷いたが、どこか苦い顔をしていた。

 

 

「うん。里香に殺されそうになってたユピテルを見た時に、わたしの頭の中にも《声》が聞こえてきたの。ユピテルを助けるために親友の里香を殺すのかって、お前はどれだけ身勝手で都合がいいのかって、わたしを責めてきた。それでもわたし、ユピテルを助けずにはいられなくって……そしたら、この剣がわたしの手元に現れてきて……」

 

 

 明日奈はそう言って、一本の剣を里香に見せてきた。長細剣だ。斬る事もできるものの突く事に特化している形状の白銀の刀身で、(ガード)の部分に紫色の宝玉らしきものが埋め込まれているのが特徴的だった。

 

 調べなくても、そこら辺にある剣を鼻で笑うくらいの性能と威力を持っている業物(わざもの)だとわかる。しかし、里香はついいつもの癖で《ステイシアの窓》を開き、性能を確認した。

 

 (めい)は《ラディアント・ライト》。オブジェクトクラス五十八。これまで里香が人界で見てきた武器の全てを超越している強さが、その剣にあった。

 

 

「《ラディアント・ライト》……すごい剣ね……こんなの見た事ないわ……こんな剣にやられれば……そりゃあ、何でも倒されるわよね……」

 

 

 その時に、里香ははっとした。そうだ。あたしが作りたかったのはこういう剣だ。

どんな敵にも負けず、絶対に勝利を掴み取る剣。そういうものを作って、和人に与えようと思ったのだ。

 

 

「そうだわ……あたしは……こういう剣を作りたかったのよ……こういう剣を作ろうって……」

 

 

 だが、既に皆に言った通り、上手くいかなかった。そんな中で《EGO化身態》となったデュソルバートと戦う事になって、和人の《EGO》が効かないとわかった時、和人に声をかけた。

 

 そこで和人から聞いたのだ、剣ならクィネラに作ってもらおうという言葉を。

 

 今ここにも居るクィネラは、なんでも作り出せる能力を持っている。無から素材を生成して、そして何の手間もなしに防具も剣も作り出すし、時には神器をも創造する。

 

 剣の製作をそのクィネラに任せようという言葉を和人から聞いてからだ、自分の中に焦りが生まれ、そしてあの《声》が頭に響いてくるようになったのは。

 

 

「リズ……ううん、里香」

 

「え?」

 

 

 呼ばれた声に里香は向き直った。先程からずっと抱き締めてくれている和人の、悲しそうな顔がそこにあった。

 

 

「最初から薄々そんな気はしてたんだけど、やっぱり原因は俺にあったんだな。さっきも言ったけれど、本当にごめん。里香に散々辛い思いをさせてた事に、これまでみたいに俺に武器を作ってくれようとしてくれてた事に、全然気付かないでいて……」

 

 

 和人の抱き締める手に力が入ったのがわかった。普段はシノン/詩乃を抱き締めているであろうその手は、里香の心に確かな温もりを与えてくれていた。

 

 

「考えてみれば、《SAO》の時からそうだったもんな。里香は俺のために武器を作ってくれたし、メンテナンスもしてくれたし、手に入った武器が気に入らない時は改造したりもしてくれた。里香が作る武器はいつだって強力で、それ以外使う気にならないくらいに使い心地もよかった。だから、武器に使える素材が手に入れば、すぐに君のところに持っていったんだった」

 

 

 そうだった。《SAO》をクリアした後に遊んだ《ALO》、《SA:O》、《GGO》では、いつも和人が何かしらの素材を手に入れてきては、武器にできないかと持ち掛けてきたものだ。それで、どういった武器が良さそうかとか、どのくらいの強さになりそうだとか、どんな要望があるかなど、色々とそれなりの時間をかけて話したりもした。

 

 そこで聞いた和人の要望に沿った武器を作るのもそうだったが、そう言った話をするのもまた、とても楽しかったものだ。

 

 

「君は誰よりも頼れるマスタースミスだった。その君が、このアンダーワールドに飛び込んできてくれて、傍に居てくれてたっていうのに、俺は君に剣を作ってもらおうって考えもしなかった。剣が欲しければ君に頼めば確実だっていうのに、全然思い付かないでいて……忘れてはいけない事を忘れてしまってたんだ。それで君を《EGO化身態》になるまで追い詰めてしまった。謝ったところで許してもらえないかもしれないけれど、本当にごめん、里香」

 

 

 そう言って和人は里香をもう一度強く抱き締めてきた。彼の肩口に顔の半分が埋まり、鼻腔に彼の匂いが流れ込んでくる。彼の正直な言葉を聞いて、尚且(なおか)つ抱き締められたせいなのか、止まっていた涙がもう一度溢れ出てきそうになる。

 

 その最初の一滴が流れ出そうとしたそこで、和人はもう一度行動を起こした。一旦里香の身体を離し、その手で里香の両肩を支えるようにして向き合う。

 

 

「……ここに強い剣を作るための素材になる鉱石があるって話だったよな。それを探し出したら、剣を作ってくれないか、里香。今更だけど、君の剣が欲しくて仕方ないんだ、俺」

 

 

 君の剣が欲しくて仕方がない――つまり、あたしの力を必要としてくれている。和人が、あたしの力を求めてくれている。

 

 あたしは、役立たずじゃない――その現実を認識した途端、一気に目の前が朧気になった。止まっていた事で溜め込まれていた涙が、ぼろぼろと流れ出してきた。同時に、大きな声を上げられずにいられなくなる。

 

 周りの皆が驚き、中でも和人が焦って「里香!?」と呼びかけてきていた。その声に、里香は嗚咽を混じらせながら答えた。

 

 

「おぞい、遅いのよぉ……あたし、あ゛たしっ、ずっと、ずっど待ってたのに、今更、いまざらっ、おぞいの゛よぉ……なんでもっと、早く、気付いてくれな゛い゛の、たのん゛で、ぐれ゛なかったの゛よぉ」

 

「あぁ、そうだな。全部俺のせいだ。だから責任を取らせてくれないか。一緒に素材を見つけ出して……君が作れる最高の剣を作ってほしい」

 

 

 和人の言葉を耳に入れ、里香は溢れる涙を袖で拭いた。そうして一呼吸置いてから袖を目から離し、精一杯の笑みを、顔に浮かべて答えた。その時には、ちゃんと喋れるようになっていた。

 

 

「うんっ……作るわ。あんたのために、あんたの力になれる剣、作ってみせる」

 

 

 そこまで言ったところで、里香は笑みを強くして続けた。

 

 

「どんなものができたとしても、責任取って使って頂戴(ちょうだい)ね!」

 

「あぁ、よろしく頼むぜ、里香。どんな剣でも大切に使うからな」

 

 

 頷く和人の笑顔を見たその時だった。右手の辺りから急に光が差し込むようになった。何事かと思って確認してみたところ、右手に赤色の光の珠が現れていた。

 

 

「えっ、何これ……」

 

 

 里香が呟くなり、カーディナルが「おぉっ!」と、クィネラが「まぁ!」と言って反応した。最高司祭の補佐を務める賢人と、人界を守護し統率する最高司祭が反応しているという事は、何か特別な現象なのだろうか。

 

 不思議と柔らかくて暖かいと感じられる、赤い光の珠の姿に思わず見惚れていると、それは突如として姿を変え始めた。まるで見えない手でこねられているようだ。変形が終わると同時に光は弾けて、その真の姿を見せつけてきた。

 

 ハンマーだ。柄が長く、頭部が所謂先切り金鎚と言われる形で、赤い宝石のような質感でできており、その上から金色の金属でところどころが装飾されている。大きさ的に、普段里香が戦闘時に使っている戦鎚(ウォーハンマー)で間違いないようだった。

 

 

「これは……?」

 

「これってもしかして、里香の《EGO》なんじゃ?」

 

 

 シノン/詩乃が言うと、カーディナルが頷いた。

 

 

「左様じゃ。それまでリズベットを《EGO化身態》に変えていた《進想力》が昇華し、リズベットの新たな力となったのじゃ。言うなれば、想いの結晶といったところかの」

 

 

 里香はまじまじとハンマーを見つめた。

 

 これがあたしの新しい力。

 

 あたしの想いの結晶。

 

 そう言われてみると、確かにこのハンマーからは強い親近感を感じられた。やはり癖なのだろう、《ステイシアの窓》を展開して中身を確認する。

 

 《アーデント・ハート》。オブジェクトクラス六十。

 

 

「《アーデント・ハート》……何だか、すっごい……」

 

 

 もっと言える事があるはずなのに、そんな言葉しか出てこなかった。武器の強さはオブジェクトクラスに比例するという話だが、ここまで高いそれはこれまで見た事がなかった。恐らくこのハンマーは、人界で最強のハンマーなのだろう。

 

 それを使う事ができれば、きっと――。

 

 

「……()()()

 

「えっ?」

 

「すごく良い事思い付いたから、素材探ししましょうか」

 

 

 和人/キリトは首を(かし)げた。

 

 

「良い事って、なんだ?」

 

 

 里香/リズベットは顔を上げ、笑んだ。にんまりと笑う事ができた。

 

 

「この《アーデント・ハート》で、あんたの剣を作ってあげる!」

 

 

 周りの皆は一斉に「ええ――ッ!?」と驚いた。

 


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