キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ラスト・リコレクション、クリアしました。

 最後の作品というのに相応しいエンディングで、マジで良かったです。

 さて、この作品がそこに辿り居ついた時には、どのような改変が起きるでしょうかねえ。

 


05:忠義の炎 ―化身態との戦い―

 

 

 

           □□□

 

 

「キリト、助けてッ!」

 

「師匠が、師匠がぁ!」

 

 

 周りを延焼させながら燃え盛る山の城の入口に着いて早々、二人の少女が飛び込むように駆け付けてきた。絶え間なく飛んでくる火の粉と煙で見えにくかったが、リネルとフィゼルだった。

 

 

「リネルにフィゼル! どうしてここに!?」

 

 

 慌てた二人はキリトの質問に答えた。

 

 何でも、彼女達は正騎士に最短の道のりでなるために師匠になってもらったデュソルバートと共に、この近隣の魔獣と《EGO化身態》の捜索と討伐に当たっていたそうだ。

 

 その中で自分達同様に子供達が行方不明になっている事件の話を聞き、その捜査に乗り出したのだという。

 

 調べを進めていったところ、この元北帝国皇帝が住んでいた古城に子供達が集められているという話に辿り着き、真実を確認するべく入り込んだ。

 

 そして古城の地下室に進んでみたところで、倒れて意識を失っている子供達を実際に見つけられたのだが、同時に巨大なカラントと、頭巾を被った男に遭遇。男は三人を見つけるなり、何かしらの術を唱えてきた。

 

 彼の者の術が及ぼうとした時、咄嗟にデュソルバートが二人を(かば)い、直撃をその身に受けた。するとカラントの蔓らしきものが伸び、動けなくなったデュソルバートを捕えて、そのまま取り込んでしまった。

 

 男はそこで姿を消し、残されたリネルとフィゼルはというと、ひとまず子供達を外の安全なところに運び出した。デュソルバートを捕えた術の解除方法がわからず、いくら短剣で斬り付けても彼の身体を縛り上げる蔓を切断できなかったからだ。

 

 だからこそ、一旦件の子供達を人里付近に運び出し、運びきったところで大規模な神聖術を唱えでもして、デュソルバートの拘束を解こうとしていたとの事だ。

 

 

「それで、子供達を運び終えて、戻ってきたら……師匠がいなくなってて」

 

 

 フィゼルがそこまで説明したところで、リネルが古城の奥を指差す。

 

 

「代わりに、師匠の弓と同じのを持った怪物が現れてて、城に火を放ちながら、よくわからない女の人と戦っていたんです」

 

「デュソルバート殿の物と同じ弓を持った怪物……!?」

 

 

 アリスの言葉を聞いて、キリトはすぐに結論を導き出せた気になった。先程からのリネルとフィゼルの話と似たパターンの状況を、既に一度経験している。

 

 それは忘れもしない、エルドリエが《EGO化身態》になった時の事だ。あの時も、巨大なカラントが咲いていて、《EGO化身態》という怪物になったエルドリエがカラントから湧いてくるジャイアント族を虐殺していた。

 

 その時を体験したユージオが、気付いたように声を出す。

 

 

「まさか、デュソルバートさんも《EGO化身態》に!?」

 

「その可能性はすごく高そうね。でも、よくわからない女の人っていうのは?」

 

 

 シノンの問いに、リネルとフィゼルはお互いに顔を合わせてから答えた。

 

 

「とにかくそう言うしかない人です。なんか土みたいな顔色してて、現世の人じゃないみたいな人が、いつの間にか現れてたんです」

 

「そしたら、その人鞭をぶん回して怪物と戦い始めちゃって……多分も何も、今も()り合ってる!」

 

 

 リネルとフィゼルの順で言い、そして最後にフィゼルが問いかけてくる。

 

 

「……ねぇ待って。その怪物が師匠って、本当なの?」

 

「わからない。だが、その可能性はかなり高いかもしれないんだ。それで、怪物と女の人はどこで見たって話だった?」

 

 

 キリトの問いかけを受け、リネルが城の奥を指差す。

 

 

「王座の間の方です。だけど、かなり火の手が回ってて、今はもう入る事も難しいです」

 

 

 キリトはその方角を見た。確かに真っ赤な炎があちこちで燃え盛っており、足の踏み場もあるかさえ怪しい。城は基本は石造りのようだが、ところどころが木造なのだろう、どす黒い煙がもくもくと上がっていて、城の中を既に満たしつつある。

 

 デュソルバートの事が心配だが、これでは進みようがない。

 

 水の神聖術を唱えて消火していくか。いや、駄目だ。これだけ大規模な火災を相手にして、小規模な水の神聖術を唱えて放ったところで、焼け石に水というものだ。

 

 この場には神聖術のエキスパートとなっているルコがいるが、いくら彼女でも、城を丸ごと燃やしている火炎を消せるだけの水を出す神聖術の行使は無理だ。

 

 神聖術の使い手としては人界一であるクィネラやカーディナルならばいけるかもしれないが、勿論彼女達はここにはいないし、そもそもこんな危険地帯に来てもらうわけにはいかない。

 

 万策尽きたまでとはいかないが、打つ手はなかった。キリトはリネルに答える。

 

 

「確かに、城の中がこの有様じゃ入れそうにないな。一旦ここから離れよう」

 

「えぇっ! 師匠を置いてけっていうの!? 師匠が怪物になってるっていうんなら、放っておくのが一番駄目なんでしょ。あたし、最高司祭様から確かにそう聞いたよ!」

 

「《EGO化身態》は一刻も早く鎮圧しなければならない……最高司祭様から承った(めい)です……」

 

 

 フィゼルが驚き、リネルが(つぶや)いた。

 

 彼女達整合騎士にとって、最高司祭クィネラの命は絶対だ。

 

 アドミニストレータの時のように、「自らの生命を脅かすような事態に遭遇しても遵守せよ」といった拘束力はないのだが、それでも自身の生命よりも命令の遵守を優先してしまう。アドミニストレータに使役されていた頃が、未だに染みになって残ってしまっているのだ。

 

 だが、あの悪霊はもういない。いるのは本来の最高司祭クィネラだ。そしてクィネラは、「例え死んでも命令を遵守せよ」とは言わない。

 

 

「クィネラが言ったのは、「《EGO化身態》を鎮圧してほしいが、命を散らす危険を冒してまでやる必要はない」だ。まず君達は命の安全を確保しろ」

 

 

 フィゼルもリネルも「うう……」と言って俯いた。

 

 彼女達のいるところの奥から黒煙が奔流のように流れ込んできている。まともに吸える空気もないだろう。ここに長居をしていても、煙と炎と崩落で命が危険に晒されるだけだ。

 

 この場にクィネラがいて、ここにいる一同をまとめていたのであれば、きっと「ここから一刻も早く離れ、安全が確保でき次第鎮圧に向かいましょう」と言っていただろう。その時をイメージして、キリトは号令する。

 

 

「全員、回れ右! この城から離れ――」

 

 

 言いかけたその時、突然爆発のような轟音が耳に飛び込んできた。一瞬世界が無音になり、地面から突き上げるような衝撃が来る。城の奥で大爆発が起きたようだった。恐らくフィゼルとリネルの言っている玉座の間があると思わしきところが発生源だ。

 

 吹き飛ばされた屋根が瓦礫となって飛び散り、解放されたように黒煙が外に逃げていくのが見えた。

 

 

「今のって!?」

 

 

 リーファが言うなり、フィゼルとリネルのコンビが呟く。

 

 

「煙が外に逃げた!」

 

「今なら、行っても大丈夫!」

 

 

 おい待て、まさか――キリトが言うより先に、恐れていた出来事が起きた。フィゼルとリネルの二名が、城の中に戻っていってしまった。師匠であるデュソルバートを確認するためというのは、最早考えなくてもわかる。

 

 

「フィゼルちゃん、リネルちゃん!」

 

 

 アスナの呼びかけは、既に彼女達には届いていなかった。本当は先程から言っているように、この場を離れて、炎の勢いが弱まるまで待ってからデュソルバートの身の確認へ向かうべきなのだが、二人が飛び込んでしまった以上、そうはしていられない。

 

 

「全員、二人を連れ戻す! 炎の中に突っ込むぞ!」

 

 

 キリトはそう仲間達に告げて、燃え盛る炎で満たされる城の中へ飛び込んだ。城の中は外から見てもわかる通り、あちこちが燃えていた。

 

 しかし不思議な事に、全焼しているようなところはそこまでなく、足の踏み場はしかとあった。燃えている壁もそんなになく、気を付ければ火傷せずに進む事ができるくらいだった。

 

 それでも炎が道を塞いでいる事もあったので、そこにはルコやシリカの水の神聖術で消火してもらい、切り開いていった。そんな調子で進んでいくと、一際大きな空間に出た。先程天井が爆発して吹き飛んだ部屋だ。

 

 フィゼルとリネルから聞いた通り、元々皇帝が来客等と話をする時に使う、玉座の間で間違いなさそうだった。しかしそれを証明する装飾品や道具はどこにもない。全部燃えてしまったか、先程の爆発で吹き飛んだか。

 

 その空っぽに近しい玉座の間に、フィゼルとリネルの二人の姿があった。

 

 

「二人とも!」

 

 

 キリトの声に反応したのはフィゼルだった。軽く振り向き、前方を指差す。

 

 

「あれだよキリト! あれがこの城に火を放った怪物!」

 

「確かに、師匠に似ている気が……」

 

 

 リネルの呟きの後に、キリトは示されている場所を見た。そこで戦闘が繰り広げられていた。片方は二人からの報告があった通り、見た事のない女性だ。

 

 炎の中に居てもわかるくらいの濃い赤桃色で、ウェーブのかかった髪の毛をポニーテールにしていて、少し派手な黒いドレスを身に(まと)っている。しかしそこから(のぞ)く素肌と顔の色は土のようだ。

 

 まるで生気を感じられず、生きていないのではないかと思いそうになるが、果たしてその身体は素早く動き、右手に持った鞭を華麗に振るっていると来ている。

 

 だから死んでいないようなのだが、しかし単純にそういう色の肌をしているとも思えない。何だ、アレは。

 

 その得体の知れない肌色をした女性と戦っているのは、不死鳥だった。いや、正確には不死鳥そのものではなく、その名前から連想される存在の翼と頭部と脚部を持った、大柄な鳥人間だった。

 

 脚部周辺はもう見慣れた黒い装甲を纏っており、その手には同じく、一目見れば憶えてしまうくらいに豪勢な見た目をした赤い弓を携えている。

 

 それらの特徴から考えて、《EGO化身態》で間違いなかった。ゆらゆらと揺らめく炎の中に(たたず)んでいるせいなのか、禍々しさよりも神々しさが強く感じられる。

 

 

「あれは《熾焔弓》……! デュソルバート殿の神器です」

 

 

 その姿を確認したであろうアリスの言葉に皆が驚くが、キリトは既に事態を把握できた気になっていた。

 

 やはり、南帝国でのエルドリエの時と同じだ。あの怪物がデュソルバートの弓を持っているならば、デュソルバートが《EGO化身態》になってしまったと考えるしかない。

 

 《EGO化身態》へと変異してしまった者を見るのは、これで何度目だろうか。ライオスから始まって、エルドリエ、リーファ、そしてデュソルバート。四回目だ。

 

 流石に三度を超えると何事も慣れてくるものなのか。当初の時のような衝撃みたいなものは既に感じにくくなっていた。

 

 いや、リーファが《EGO化身態》になってしまったのが一番の衝撃であったと記憶に強く残っている。彼女の変異があまりに予想外過ぎたものだから、デュソルバートが変異したという出来事からは、そんなに意外性を感じない。

 

 エルドリエの一件によって、整合騎士は全員が《EGO化身態》に変異させられる危険性を持っていると理解していたからだろうか。エルドリエは「整合騎士はアドミニストレータの呪いを受けている」と言っていたが、的を得ていた。

 

 

「これも《アドミニストレータの呪い》……って事なのか」

 

「アドミニストレータ……どこまで整合騎士の人達を苦しめれば気が済むんだ」

 

 

 ユージオの呟きの直後、《EGO化身態》となったデュソルバート――不死鳥騎士が一際強く羽ばたいた。暴風が巻き起こり、周囲の炎が吹き消されていく。

 

 皆が後退りを余儀なくされるところで、奇妙な女性は一人、不死鳥騎士に鞭を振るっていた。

 

 

「あぁ、(わらわ)の愛しきアロードよ、どこにいるのだ。この妾に、母にその姿を見せておくれ! 母はここにいるのだ!」

 

 

 奇妙な女性はそう口走っていた。アロード? 母に姿を?

 

 瞬時に考えたところ、あの女性にはアロードという子供――名前的に多分、息子だろう――が居て、その子を求めているのだとわかった。だが、それ以外の事は何一つ理解できそうにない。

 

 この人界で二年ほど生きてきているが、あんな肌色をした人間を見たのは初めてだ。実はダークテリトリーに生きる亜人の一種だと言われても納得しかねない見た目である。アレは一体何なのだ。

 

 

「何なのよ、あれは。何言っちゃってるのよ!?」

 

 

 リズベットの言葉にキリトは(うなづ)くしかなかった。この場であの女性が何者なのかを理解できる者はいないか。いや、いるはずない。全員「何だあれ」としか思えていないような顔をしているのだから。

 

 その中で、動きを見せたのは不死鳥騎士だった。どこからともなく矢を取り出して弓に番えたかと思うと、目にも留まらぬ速度で弦を引いて放った。行き先は土色肌の女性だ。

 

 彼女は手元の鞭を振るって、迫り来た矢を払った。弾き飛ばされた矢は離れた壁や床に墜落して爆発した。

 

 どうやら不死鳥騎士の放つ矢はそれ自体が炎属性エネルギーで出来ているものらしい。瞬時に炎素系神聖術を唱えて炎で矢を作っているようなものだろうか。いずれにしても喰らえば重傷は免れそうにない。

 

 

「おい、あんた――」

 

 

 キリトが女性に声掛けたその時だった。不死鳥騎士が強く羽ばたいて飛び上がったかと思うと、次の瞬間にドリルのように回転しながら女性に突進した。

 

 近接攻撃をしてくるとは思っていなかったのか、女性は飛んできた不死鳥騎士の身体を諸に受ける。不死鳥騎士は女性を巻き込みながら上昇し、やがて破られた天井から女性を吹っ飛ばす。女性の身体は既に燃え、炎の塊にしか見えなくなっていた。

 

 空中で体勢を立て直した不死鳥騎士は、もう一度素早く弓を引き絞った。狙いの先に居るのは、燃える女性。その光景を見た皆が何かを言うより先に、不死鳥騎士が矢を放った。

 

 

「アロード――ッッ」

 

 

 その声を断末魔にして、女性は爆発の中に消えた。肉も血液も一瞬にして焼き尽くされ、蒸発していった。結局彼女の事も、彼女の息子であると思われるアロードの事も、わからず仕舞いだった。

 

 

「デュソルバートさん……!」

 

 

 女性にとどめを刺した不死鳥騎士の名をシリカが呼ぶと、彼の者は城の中へと舞い降りてきた。ゆっくりと翼を動かす様はまるで天使のようだが、しかしその見た目は天使のそれとはかけ離れている。

 

 そして、その狙いは当然のようにこちらに向いたようだった。あの女性のように、ここにいる全員を焼き尽くすつもりだろう。

 

 その後はこの近隣の村と街を燃やし、ルーリッドの村も灰燼(かいじん)に帰らせるだろう。

 

 そんな事を許さなかった二人がいた。フィゼルとリネルだった。

 

 

「師匠……あたし達が元に戻してあげるよ!」

 

「これも師匠の弟子がやらなきゃいけない事です!」

 

 

 彼女達は短剣を構えて不死鳥騎士に向き直っていた。その刀身には自分達も一度やられた麻痺毒が纏われているのだが、あの不死鳥騎士に効くかどうかは予想もつかない。

 

 それでも彼女達は戦うのだろう。本人が認めてくれていないものの、師匠となってくれた人を救うために。だが、彼女達だけではきっと力不足だ。

 

 

「待て二人とも。君達だけで鎮圧しきれそうな相手なのか」

 

 

 キリトの問いかけに答えたのはフィゼルだった。苦笑いが声に染み出ていた。

 

 

「うーん、無理っぽい。だからキリト、一番最初に言った通りだよ。助けて!」

 

「よし来た。皆、やるぞ!」

 

 

 キリトは集まる一同に声掛けして、《夜空の剣》と《白き炎剣》を引き抜いた。最近、《白き炎剣》の熱量は操作できる事が判明した。

 

 その操作の結果、今の《白き炎剣》から放たれる熱は、周囲を焼いてしまうほどのモノではなくなっており、皆に影響が及ぶ事もなくなっていた。

 

 

「デュソルバートさん……貴方程の信念の持ち主が《EGO化身態》になるだなんて……!」

 

 

 《青薔薇の剣》を構えたユージオの身体が震えている事に、キリトは気が付いた。ユージオの中には、デュソルバートはあの日小さい少女だったアリスを連れ去った誘拐犯であるというようなイメージが残ってしまっているのだろう。

 

 彼がアドミニストレータという悪霊の命令に従わされていただけとわかった後でも、それは中々拭い切れずにいるようで、現にあまり二人が話しているところを見た事がない。

 

 恐らくユージオには、デュソルバートへの憎しみがあるのだ。それが爆発してしまわないか不安なのかもしれない。キリトはユージオに声を掛ける。

 

 

「ユージオ、大丈夫か」

 

「大丈夫じゃないかも。僕のフロストコアは冷気を司るものだから、炎と熱を司ってるデュソルバートさんとは相性が悪いんだ」

 

 

 いや、違う。キリトはもう一度問いかけた。

 

 

「そうじゃないよ。お前、デュソルバートがまだ憎かったりするんじゃないのか。アリスをセントラル・カセドラルに連れ去ったのは、デュソルバートだったって話だろ」

 

 

 ユージオは下を向いた。やはり思うところはあるのだろう。だが、その顔はすぐさま上がってきた。

 

 

「正直言って、デュソルバートさんについては複雑に思ってるところだよ。確かにあの時、僕のところからアリスを連れ去ったのはデュソルバートさんだ。だけど、彼にそんな事をやらせて、僕とアリスを引き裂く原因を作ったのは、《あいつ》だ。そしてデュソルバートさんは今、《あいつ》の呪いに苦しめられてる」

 

 

 ユージオは《青薔薇の剣》を力強く握り締めた。

 

 

「だから一刻も早く、デュソルバートさんを《あいつ》の呪いから解き放ってあげたいんだ。もう、《あいつ》に縛られるデュソルバートさんを見るのはごめんなんだよ」

 

 

 キリトはユージオに深く頷いた。デュソルバートは――推測でしかないが――整合騎士の中で最も正義感の強い男であり、尚且つ不義から最も遠い者だ。

 

 そんな彼が死したはずのアドミニストレータの呪いによって不義を働かさせられているのだ、苦しくないわけがない。

 

 

「そうだな。さっさと鎮圧して、デュソルバートを元に戻してやろう。だけどユージオ、本当に無理するんじゃないぞ。お前は炎にすっかり弱くなっちまったみたいだから」

 

「……うん。お願い」

 

 

 ユージオはそう言って少し引き下がった。その更に後ろには冬追の姿もあったが、今の彼はかなり弱気になっているように見えた。

 

 ここまで炎で満ち溢れるような空間は、彼にとっては最悪の場所なのだろうし、《EGO化身態》となったデュソルバートの操る炎も怖くて仕方がないのだろう。

 

 リランの放つ炎くらいならば平気のようだが、それよりも遥かに大規模な火災になると、途端に怖くなってしまうのだ。何事にも限度はある。いつもは頼れる冬追は多分頼れない。

 

 ユージオは辛うじて頼れる程度だが、無理に攻撃をやらせ、逆に反撃を受けた場合、どれほど天命が消し飛ばされるかわかったものではない。

 

 ある種の護衛戦だ。ユージオと冬追を守りつつ、デュソルバートを元に戻す。中々に難易度の高い戦いになりそうなのは目に見えていた。

 

 だが、この場には彼らを除いたとしても十分な戦力を持った者達が集まっている。何とでもなるはずだ。キリトはそう思いつつ、床に降りた不死鳥騎士に駆け付けた。

 

 

「せぇあッ!」

 

 

 掛け声を入れつつ《夜空の剣》と《白き炎剣》で斬りかかった。不死鳥騎士の上半身は鎧を纏っておらず、赤と橙の羽毛に包まれているだけで、硬そうに見えない。剣で斬り付ければ効くはずだ。

 

 その予想は――半分当たって半分外れた。左手の《夜空の剣》と右手の《白き炎剣》のうち、《夜空の剣》の方からは手応えがあったものの、《白き炎剣》からは手応えがなかった。

 

 思わず驚いて顔を上げると、なるほど確かに、《夜空の剣》で斬れたところには切り傷があったものの、《白き炎剣》の通り道には何もなかった。まるで《白き炎剣》だけが無効化されてしまったかのようだ。

 

 これまであらゆる障害を斬り伏せてきた《白き炎剣》が、ついに弾かれてしまった。いつかは来るだろうとは思っていたが、こんなにも早く来るのは予想外だった。

 

 

「そんな、キリト君の《EGO》が効かない……!?」

 

 

 アスナの驚く声が聞こえるのと、皆の戸惑いの声が聞こえたのはほぼ同時だった。《白き炎剣》が何でも焼き切る力を持つというのは皆の共通認識みたいなものだったのだろう。それが効かない相手が出てくれば驚くに決まっている。

 

 

《下がれ、キリト!》

 

 

 リランの《声》が頭に響き、キリトはバックステップを繰り返して後退する。更に後方から大砲を撃ったような轟音が複数回鳴り響き、キリトの上空を火炎弾がいくつか通り過ぎていった。リランのブレス攻撃だ。

 

 発射された火炎弾は空を裂いて真っ直ぐ進み、不死鳥騎士に着弾。大爆発を引き起こした。轟音と衝撃が空間を満たし、床が縦に若干揺れる。

 

 これまで基本的に耐えれるモノのいなかったリランの火炎ブレス。これならばどうだ。その爆炎が晴れたところでキリトは、目を見開いた。

 

 あれだけの爆炎を受けたはずの不死鳥騎士は、無傷だった。上半身の羽毛の乱れは一切なく、下半身の黒き装甲にも傷が付いていない。まさかリランのブレスさえも効かないとは思ってもみず、背筋に悪寒が走る。

 

 

「リランのブレスまで効かないなんて、どうなってるの!?」

 

 

 リーファが焦りを含んだ声を出したが、その中でキリトは思考を回した。不死鳥騎士の身体はあちこちが常に燃えており、事実上炎属性エネルギーを纏っているようなものだ。

 

 その点と、先程《白き炎剣》とリランのブレスが効かなかったところから推測するに、炎属性攻撃そのものを無効化するシールドに包まれているという事だろう。つまり炎以外しか不死鳥騎士にダメージを与える事ができないわけだ。

 

 

「多分だけど、あいつは炎による攻撃を遮断する力を持っているんだ。炎以外の属性を使って戦うぞ!」

 

 

 導き出した答えを口にし、キリトは《白き炎剣》を自らの胸に戻らせ、右手に《夜空の剣》を構えた。一番最初のスタイルである一刀流に逆戻りだ。

 

 そのキリトの姿を見て驚いたのは、意外にもリズベットだった。

 

 

「ちょっとキリト、あんた二刀流で戦わないわけ!?」

 

「《EGO》が効かないみたいだし、そもそも《EGO》は使い過ぎると後でどっと疲れるんだ。それに替えの剣もないから、一刀流でやるっきゃないだろ?」

 

 

 幸い一刀流スタイルは基礎中の基礎どころではないので、すっかり身体に染みついて取れないでくれている。十分に戦えるという自信が確かにあった。

 

 その事を証明するように軽く《夜空の剣》を振り回してみせても、リズベットの表情は晴れなかった。

 

 

「だけど、あんたは二刀流でこそ本気を出せるようなもんでしょうに」

 

「そうだな。後で()()()()()()()()()()()()()()()()()かな。《EGO》が効かない相手が出てきた時用に」

 

「えっ? クィネラに……?」

 

 

 キリトは「うん?」と言ってリズベットに向き直った。彼女はかなり目を丸くしている。まるで信じがたいものを見ているかのようだ。

 

 だが、彼女がそうなっている理由は、キリトは思いつかなかった。いや、考えている余裕もなかった。不死鳥騎士が再び宙に舞い上がり、弓を構えてきたからだ。

 

 

「来るぞ!」

 

 

 リズベットから不死鳥騎士に視線を向け直し、久しぶりの一刀流で身構えたそこで、不死鳥騎士の矢が放たれた。

 


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