キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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03:嘲笑の末路

 

 

 

           □□□

 

 

「ここで、皆で住んでいたのですか……」

 

「うん。って言っても、二年くらい前だけどね。埃被ってないといいんだけど……」

 

 

 アリスがユージオの案内を受けながら入ったところは、古びた一軒家だった。

 

 ザッカリアから少し離れた草原地帯の一角にあるその家は、キリト、シノン、リラン、ユージオ、ルコの五人が修剣学院に入学するまで使っていたという話だ。

 

 北にある果ての山脈の内部洞窟に侵入していた《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》を退治した後、どこかで二人きりになれる場所はないかとユージオに尋ねたところ、一応良さそうな場所があると聞かされてやってきたのが、この家だった。

 

 第一印象は、「暗い」だった。それもそうだ。時間はもう夜が深まりつつあるくらいであり、光をくれる太陽(ソルス)はとっくに沈んだ後だ。

 

 そして家自体もキリト達という利用者を失って久しく、新たな利用者も現れなかったので、夜になっても光が灯る事もない日々を続けていた。家に感情があるならば、きっと「人がまた来てくれた」と喜んだだろう。

 

 そんな事を考えているうちに、ユージオが家に備え付けられている燭台に灯りをともした。二年ぶりに家の中が明るくなった瞬間だろう。

 

 しかし不思議な事に、二年も放置されていたというのに埃らしい埃が積もっている様子が見られない。歩き回っても全く舞い上がったりしない。

 

 

「なんだか妙に綺麗ですね……二年間ずっと使われていなかったのでしょう」

 

「多分、出ていく時に皆で大掃除をしたのが効いてたんじゃないかな。いつ帰ってくる事になっても大丈夫なようにって、皆でできる限りの掃除をしたんだ」

 

「そうだったのですか。そうであるならば、納得です」

 

「それでアリス。ここに来た理由って? とりあえず君が言ったように二人きりにはなれたけれど……」

 

 

 あぁ、そうだ。こうしてわざわざ彼に案内してもらったからには、本題に入らなければいけない。そのための準備の一段階として、アリスは自身の身を包む黄金の鎧を脱ぎ始めた。

 

 最高司祭様に作っていただいた、非常に頑丈な割にとても軽くて着こなしやすい鎧。戦いに赴く時の良き味方であるそれを、身体から外して床に置いていった。ユージオの言葉通り、埃が積もったりしてないらしく、鎧を置いても舞い上がったりしなかった。

 

 

「アリス?」

 

 

 声だけで、彼が首を(かし)げているのがわかった。こちらの言動が読めないのだろう。別に今はそれで構わなかった。

 

 全ての鎧を脱いで身軽になったのを確認してから、アリスは問うた。彼には背中を向けたままなので、顔は見えない。

 

 

「ユージオ」

 

「え?」

 

「あなたに聞きたい事があります」

 

 

 一瞬言葉が喉で詰まりそうになった。こんな事を言ってしまってもいいのだろうか。いや、それを言うために、問うためにここに来たのだ。全ては、私自身の勝手な我儘(わがまま)のために。

 

 アリスは口を開けた。

 

 

「あなたは、私の事が好きなのですか」

 

「えっ……?」

 

 

 唐突な問いかけに彼が戸惑っているのは間違いなかった。アリスは続ける。

 

 

「教えてください。あなたは私の事が、アリス・ツーベルクの事が好きなのでしょう。あなたは整合騎士になる事を目指して央都にやってきて、普通ではない入り方ではあったものの、セントラル・カセドラルの頂上にまで登り詰めました。アリス・ツーベルクにもう一度会いたいから――アリスの事が好きだったから。愛していたから。そうなのでしょう」

 

 

 セントラル・カセドラルで《あの悪霊》の作る公理教会の真実を知り、家族の存在を思い出した時の事が脳裏に蘇る。この時にこそ、交戦したユージオがとても大切な人であるという事を、アリスは思い出したのだった。

 

 自分にはユージオという大切な人がいるんだ――それがわかって、涙が止まらなくなったのを今でも鮮明に思い出せる。

 

 でも、それだけだった。

 

 だから、苦しかった。

 

 ユージオは自身の命が危険に晒されるような場所にまで会いに来てくれて、アリスがユージオの知るアリスでなくなっていると知っても尚、アリスの(そば)に居てくれて、一緒に戦ってくれて、そして命を救ってくれた。

 

 アリスを愛してくれているからこそ。

 

 でも、アリス・シンセシス・サーティはアリス・ツーベルクではない。アリス・ツーベルクと同じ見た目と声こそしているが、中身は全然違う。

 

 ユージオの事を何も(おぼ)えていないくせに、ユージオからの愛を受けて良いアリスの見た目をしている。

 

 いや、正確に言えばアリス・シンセシス・サーティは、アリス・ツーベルクの身体を乗っ取って、この場に存在している。本当の最高司祭様の身体を占拠して、身勝手と暴虐の限りを尽くしていた《あの悪霊》と同じように。

 

 そんな自分自身が、アリス・シンセシス・サーティは憎らしく感じてさえきていた。今しがたした問いかけにさえも嫌悪感が来ようとしていた。

 

 彼からの答えは、もう聞かなくていい。聞く資格自体ないのだから。アリスは彼からの答えを遮ろうと口を開く。

 

 

「……ごめんなさい。余計な事を聞こうとしてしまいました。今のは忘れてください、ユージオ。早く皆の待つ場所へ戻――」

 

 

 言いかけて鎧を拾い直そうとしたその時、がばっと背後から何かが絡み付いてきた。そのせいで身動きが取りにくくなる。

 

 背中から暖かさを感じた。耳元で息遣いが聞こえる。全て、ユージオのものだった。彼がアリスの身体を背後から抱き締めてきていた。

 

 

「……そうだよ。僕は君の事が好きだ、アリス」

 

 

 その言葉が耳の中で木霊(こだま)した気がした。更に続きが聞こえてくる。

 

 

「僕にとって、君は他の人と比べ物にならないくらいに大切な人だ。だから、君が連れ去られて処刑されたっていう事を認めたくなくて、君にもう一度会いたくて、僕はずっと君を追いかけたんだ。今、君の言った通りだよ」

 

「……では」

 

「うん。僕は君の事を愛しているって、自信を持って言える」

 

 

 そう言われて、ずきずきと胸の中が痛むのを感じた。その痛みは身体中に広がり、寒さによるそれとは異なる震えを起こさせた。

 

 

「……それを言うべきなのは、()()ではないでしょう。私はアリス・シンセシス・サーティ……アリス・ツーベルクではないのです。現に私は、これだけあなたに接しようと……あなたから思い出話を聞こうと……あなたの事を何も思い出す事ができないんです……! 私は……あなたからの愛を受け取って良いアリスでは、ありません……」

 

「そんな事ないよ。僕は今の君が好きだ」

 

 

 ユージオからの返答にアリスは目を見開く。まだそんな事を言うの――という言葉を、ユージオは(さえぎ)った。

 

 

「……君が僕やセルカ達の事が思い出せなくなっているって話を聞いた時は、確かに悲しかったし、寂しかったよ。だけど、それでも僕の気持ちは変わってない。君にまた会えて本当に嬉しかったし、今もこうして一緒に居られるようになって良かったって思ってる。これまで通り、君の事が誰よりも愛おしいって、思ってる」

 

 

 彼の言葉に嘘偽りがあるようには思えなかった。自分が偽りのアリスと言ってもいいようなモノなのに、一途な愛情を向けてくれているのが、深く聞かないでもわかってしまうくらいだった。

 

 そんな気持ちを向けてくれている彼への想い。大切な部分を引き抜かれて空っぽにされてしまった自分の中で、奇跡的に残ってくれていたのかもしれないそれを、彼の言葉の返答としてアリスは口にした。

 

 

「……私も同じです」

 

「え?」

 

 

 ユージオからすると意外な返答だったのだろう。アリスはユージオの腕を一旦引き離させると同時に振り返り、その身体を抱擁(ほうよう)し返した。

 

 

「私もあなたが好きです、ユージオ。あなたが私を愛してくれているのと同じように、私もまた、あなたを愛しています」

 

「……!」

 

 

 ユージオの息を呑む声が確かに聞こえた。恐らく、自分が彼の事を憶えていると錯覚してしまったのだろう。彼のそれが現実だったならば、どれだけ楽だっただろうか。

 

 

「だけど、わかるのはそれだけなのです。あなたを愛している、あなたを慕う想いが確かにあるというのだけがわかっていて、その他の事はなんにもわからないのです。きっとですが、《あの悪霊》がアリス・ツーベルクの記憶を引き抜いた際、ほんの少しだけこの身体に残留したものなのではないかと思います。あなたへの想いが、この身体に残り続けていたのだと……勝手に思っています」

 

「アリス……」

 

「だから、とても……辛いんです。いくらあなたに愛されようと……あなたとの過去が、思い出が、何にも思い出せないのです……」

 

 

 アリスはユージオを抱き締める手に力を込めていた。無意識だった。

 

 

「……だから……あなたに聞いてもらいたい我儘があります……」

 

 

 そこから先がまたしても詰まった。だけど、ここでやめるという選択肢を取るわけにはいかなかった。前にも後ろにも進めない自分自身を、少しでも動かしたかった。

 

 

「私と、深く触れ合って……繋がってほしいのです」

 

「えっ」

 

 

 ユージオの身体がびくりと言ったのがわかった。こんな事を言われれば、誰であっても驚いて当然だろう。少し間を置いてから、ユージオの返答が耳に届いてくる。

 

 

「待ってアリス。その、深く触れ合って繋がるっていうのは、つまり、その……そういう事だよね……?」

 

「そういう事……です……そうすればきっと、もしかしたら、私の中にわずかに残っているあなたへの想いが強くなって、あなたとの記憶だけでも取り戻す事ができるかもしれないんです……」

 

 

 いや、違う。私は――。

 

 

「いいえ、私はあなたの事を思い出したいんです。私を愛してくれるあなたの事を、忘れたままで居る事に、もう、耐えられないんです……」

 

 

 それが一番の正直な思いだった。果たしてそれは、ユージオに伝わってくれたようだったが、返ってきたのは戸惑いを含んだ声だった。

 

 

「ええっと……アリス。その、君の気持ちはわかったよ。だけど、本当にする事になっちゃうとさ、君は……」

 

「大丈夫です」

 

「え?」

 

 

 アリスは片手で自らの懐を摩った。そこに、そういう時のためのものを用意してある。

 

 

「……最高司祭様に言って、そのための道具を作ってもらいました。だから、大丈夫です」

 

「……そう……なんだ」

 

「ただ、勿論無理にとは言いません。いいえ、無理強いなどできません。だってこれは私のただの我儘ですから――」

 

 

 それは最後まで言えなかった。途中でユージオがぎゅうと強く、抱き締めてきたからだ。驚くアリスの耳元で、彼の声がした。

 

 

「……本当の事を言うと、僕もアリスに忘れられっぱなしにされてて、寂しいんだ。それに、君が僕の事を思い出せない事に苦しんでいるっていうのも、放っておけない話だよ」

 

 

 アリスはユージオの胸の中で呆然としていた。自分で頼んでおきながら、頭の中が現状に追い付くのが難しくなっているかのようだった。

 

 そんなアリスを導いたのもまた、ユージオの声だった。

 

 

「僕で良いんなら……やれるだけやってみる」

 

「……ごめんなさい、ユージオ。でも、ありがとう……」

 

 

 アリスはそう答えて、彼と顔を合わせた。濃い緑色の瞳と、アリスの青い瞳が交差し、互いの姿を映し出していた。

 

 

 

 

           □□□

 

 

 

「オルティ……ナノス…………欠陥…………品…………が…………」

 

 

 黒い炎に包まれて燃える男を、メディナは見下ろしていた。周りの《冒険者達》は怯え、男から上がる黒い煙を見ている。

 

 つい先程まで、戦闘があった。メディナとグラジオ、そして《冒険者達》が一斉にかかる事でようやく倒せるくらいの強さを持った怪物との戦闘だった。

 

 

「メディナ先輩、気にしないでください。堕落した貴族の妥当な末路って奴ですよ」

 

 

 メディナの隣にいる赤茶色の髪、飴色の瞳が特徴的な少年グラジオが吐き捨てるように言った。彼もまた怪物の鎮圧に手を貸してくれた戦士の一人だった。

 

 

「認め……んぞ…………《欠陥品》……ごと……きに…………」

 

 

 黒い炎に燃やされる男の言葉はそれ以降発せられる事はなくなった。喉が焼けて声が出せなくなったのだ。そこから一気に燃え広まり、男は黒い炎の塊に変わった。

 

 

「これが、末路か……」

 

 

 メディナは無意識のうちに(こぼ)すように言った。

 

 先程メディナ達が力を合わせる事で鎮圧した怪物の正体は、この男だった。

 

 男は北帝国に住まう貴族の一人であり、央都の対策本部の命令によって、近衛兵としてここら一帯を守る事になっていたようだった。

 

 しかし、この男も貴族達の例に漏れず、腐敗したような性根の持ち主だった。央都の整合騎士と、彼らをまとめる最高司祭猊下から(めい)を受けているというのに、それをさも当然のように放棄していた。

 

 魔獣が出ても、そしてそれによって村民、町民達が被害を受けても、全く何もしようとしていなかった。それどころか、「我々貴族と違って鼠のように沢山いるのだから、()()()()()死のうが問題にならぬ」などとまで抜かしていた。

 

 男は守るべき人々をそもそも人扱いしていなかったのだ。だから、人々が魔獣にやられて死のうがお構いなしだった。

 

 そしてその男は、最悪な事にメディナと面識があった。顔を合わせたのは父上の葬儀の時。男は父上の事を最後まで(さげす)んでいて、「貴族にあるまじき失態を犯して命を落とした愚者」と嘲笑していたから、悪い意味でよく記憶に残っていた。

 

 そんな思い出すだけで不快どころではない気持ちにさせてくるその男は、メディナと再会した際、ひどく苛立(いらだ)っているようだった。自身に課せられた命に強い不満を覚えているようで、その命を放棄している事を聞いてもいないのに喋ってきた。

 

 その話はメディナに強い怒りを募らせるのに十分すぎるものだった。隣で聞いていたグラジオもそうだったようで、二人でその男のやっている事を指摘した。

 

 すると、男は怒り狂った。「私という気高き貴族が、鼠のような者達を守る必要などない。奴らは死んでいい、ゴミだ」などと言い出した。

 

 男はそれで止まらなかった。メディナに「《欠陥品》が! 《ベクタの迷子》を(たぶら)かして連れているだけの屑めが! お前を心から信じる者などいない!」と罵ってきた。

 

 そして――男は怪物になった。

 

 突然どこからともなく湧いてきた赤黒い粒子に包み込まれたかと思うと、次の瞬間には、黒い装甲を身体のあちこちに纏った醜い犬にも似た怪物になって再度姿を現した。

 

 整合騎士達から「鎮圧せよ」と(おお)せつかっていた《EGO化身態》だった。その姿を認めたメディナはグラジオと《冒険者達》に呼びかけ、鎮圧戦へ臨んだ。そして勇猛なる《冒険者達》から複数の負傷者を出したうえでの勝利となり、今に至っている。

 

 

「それにしても、どうしておれ達以外の貴族の人達ってあぁなんですかね。仮にも最高司祭様から受けた命なのに、簡単に放棄して、被害を出させて……悪びれもしてなくて……」

 

 

 グラジオは悔しそうな顔をしている。思えば彼もロレンディア家という貴族の出身だ。

 

 自身と同じ《貴族》が、あんな事をしていたというのが中々呑み込めないのだろう。同じ貴族なのにどうして――そんな疑問が湧いて仕方がないに違いない。

 

 だが、メディナの中にそういった疑問は存在していなかった。この短時間のうちに、見ているものの形ががらりと変わってしまったようだった。

 

 

「……あの、助けていただいて、ありがとうございました」

 

 

 背後から聞こえた声にメディナは振り向く。そこにいたのもまた、《冒険者達》だった。いや、正確に言えば、まだ冒険者にはなっていない、《ベクタの迷子》達だった。

 

 男女混在の十五人ほどの彼らは、カラントが生み出したであろう魔獣と、今しがた燃え(かす)になった男が変じた《EGO化身態》に襲われていたところを、メディナ達に助けられたのだった。

 

 全員顔つきが異なるのは当然だが、やはりというべきか、メディナの連れている《冒険者達》と同じような雰囲気を漂わせている。それは《ベクタの迷子》の特徴だったが、メディナはいつの間にかそれを肌で感じられるようになっていた。

 

 これも《冒険者達》と共に過ごしていたからなのだろうか。だが、どうでもいい事だ。《ベクタの迷子》達の内の一人が口を開く。

 

 

「あんた達のおかげで命拾いしたよ。これで俺達は、仕事を探す事ができる」

 

「仕事を探す?」

 

 

 グラジオの問いかけに、《ベクタの迷子》の男が答えた。何でも、彼らにはそれぞれ得意な事と、やりたい事があるようなのだが、どこに行けばそれができるかわからず、ここら辺を彷徨(さまよ)ってしまっていたらしい。

 

 更に話を深く聞いてみると、ここにいる《ベクタの迷子》達の内、ある者は力仕事が得意だったり、ある者は裁縫が得意だったり、またある者は釣りがしたかったり、狩りをしたかったりなど、色々と思い思いの事をしたがっているともわかった。

 

 随分と個性的な集団なのだな――メディナはそう思っていた。《ベクタの迷子》は全員が記憶喪失になっているため、総じて没個性的だと思い込んでいたが、そうではなかったらしい。彼らにも個性はある。

 

 考えてみれば、この場にもいる青髪の青年、赤茶髪の青年、灰色の長髪の少女もまた結構個性的な人物達だ。周りの者達だって、よく見れば没個性なんて言葉が似合わない者達であるとわかった。

 

 

「そうだったんですか。じゃあ、良かったですね。魔獣も怪物もいなくなりましたから、安心してお仕事探ししてくださいね!」

 

 

 グラジオが顔に笑みを浮かべて、送り出すように言った。確かに魔獣も怪物も退治されていなくなり、ここら一帯は安全になったと言えるだろう。

 

 だが、それは今この時だけだ。根本的な解決はしていない。今のまま何も手を討たないでいたら、何も変わる事はないのだ。

 

 

「待て。お前達にやってもらいたい仕事がある」

 

 

 立ち去ろうとした《ベクタの迷子》達を、メディナは呼び止めた。この者達には、やってもらわねばならない事がある。

 

 そのために、メディナは《ベクタの迷子》達に手を伸ばしたままの姿勢で近付いた。

 

 

「えっ!? ちょっと、待ってくださいよ、メディナ先輩!」

 

 

 驚いたグラジオが、伸ばされているメディナの右手を掴んだ。メディナはゆっくりとグラジオの顔を見る。焦りの表情がそこにあった。

 

 

「なんだ、グラジオ。なんで邪魔をするんだ」

 

「メディナ先輩、今《ベクタの迷子》の人達に接触して、《冒険者達》にしようとしてますよね!?」

 

「あぁ、そうだが。よくわかっているじゃないか」

 

「なんでですか。この人達、やりたい事があるって言ってたじゃないですか。《冒険者達》にしてしまったら、この人達はやりたい事できなくなって、メディナ先輩と一緒に戦うしかなくなるんですよ!?」

 

 

 メディナは溜息を吐いた。胸の奥深くから出てきたものだった。

 

 こいつもわかっていない。現状というものが、何にもわかっていない。

 

 あの光景と展開を見たというのに、どうしてわからないのだ。

 

 

「あぁそうだ。この者達に《冒険者達》になってもらい、ここら辺の防衛と探索を任せる事にする。丁度行方不明となっている子供達も見つかってないしな。何人かに分けて、情報を探ってきてもらうとしよう」

 

「だから、なんでですか。村や町の防衛は、近衛兵の人達がやるって話で……」

 

 

 こいつは本当にわかっていない。いや、アリス様もそうだ。恐らくは整合騎士団長閣下も、最高司祭猊下もわかっていないだろう。

 

 

「……アリス様に言おうと思っていたところだったが、お前に先に言おう。対策本部には現状人手が全く足りておらず、魔獣と《EGO化身態》討伐、カラント伐採は全然間に合っていない。

 貴族に近衛兵になってもらって村や町を守ってもらうだと? 最高司祭猊下の命でさえあっさり投げ出す挙句、場合によっては《EGO化身態》になって更に被害を出してくる貴族を、どう信頼しろっていうんだ」

 

 

 グラジオは喉から音を出した。言葉が出てこないようだ。メディナは更に続ける。

 

 

「仮にも最高司祭様から受けた命なのに、簡単に放棄して、被害を出させて、悪びれもしてない……お前が今言った言葉だ。お前だって、貴族達を信頼できてないだろ」

 

「……そうですけど……」

 

「はっきり言う。貴族達はもう頼れない。寧ろ《EGO化身態》になって被害を余計に広めるだけの害悪な連中だ。だから、《冒険者達》に守らせた方がよっぽど有意義だし、村や町の安全だって、対策本部の計画通りに守れる。そうだろう」

 

「……その、とおりです……」

 

 

 グラジオは小さく言って、メディナの手を離した。自由を取り戻したメディナは、一旦手を下げてから、《ベクタの迷子》達に歩み寄った。

 

 今夜、わかってしまった。

 

 貴族達はもう、役に立つ事などない。どこまでも傲り高ぶり、命を受けても投げ出し、咎められても反省せず、それどころか怪物になって余計に被害を出すだけだ。期待するだけ無駄だった。

 

 しかし、近衛兵として村や町の民を守る役目を担う者達が必要なのは変わらない。それを担う事になるのは――。

 

 

「お前達が必要だ。その力を貸してくれ」

 

 

 メディナはそう告げて、《ベクタの迷子》達に触れた。

 

 

 


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