キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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09:湧き出した利己

 

           □□□

 

 

 

「こんなところかな、あった事は」

 

「意外とここ最近くらいにしか、大きな出来事とかはなかったかもしれないわね」

 

 

 それを最後にしてキリトとシノンの話は終わった。

 

 《カラント・コア》が破壊されて南帝国のカラント全ての駆逐が確認されたため、一旦魔獣討伐隊と対策本部は他の《カラント・コア》の捜索に専念する事になり、キリト達は一時の休暇をもらう事となった。

 

 その一人の中に、リーファは含まれていた。特にやる事も見つけられなかったリーファは、兄と義姉の夫婦の家に向かい、話を聞いていた。

 

 前から聞きたかった、このアンダーワールドに来てから二人がどんなふうに過ごしていたかの話を。

 

 二人が自分の目の前から消えた後に起きていた事の全てを教えてほしい――そんなリーファの願いを、二人は容易に承諾してくれて、色々と話してくれた。

 

 アンダーワールドに来たら、その時既にキリト、シノン、リランの三人でいて、すぐにユージオとルコに出会った。

 

 それからすぐに冒険みたいなものが始まって、やがて暮らせそうな空き家を見つけて、そこで五人で暮らしていた。

 

 それからは剣技の大会に出て衛兵隊に所属して、そして今の央都に来て、修剣士として過ごしていた――といった話が、二人から出てきたものだった。

 

 

「そうだったんだ。おにいちゃんもシノンさんも、色々経験してたんだね」

 

「あぁ。散々な目に遭った事も多々あったけど、やっぱりシノンとリランがいてくれたのがでかかったな。特にリランだ。リランがいてくれたおかげで、あんまり移動にも困らなかったし、戦いになってもほとんど蹴散らしてくれたんだ」

 

 

 キリトの左横に居るリランが、林檎ジュースと思われる飲み物を飲んだ後に答える。その姿は狼耳と尻尾がなくなっている事以外はリーファの知る少女のそれであった。

 

 

「まぁ、我もキリトとシノンが最初に一緒に居てくれたのが幸運だったと思っておるよ。我一人だけであったならば、どうすればいいかわからなかっただろうし、来た時点でアンダーワールドの者達に魔獣か何かと勘違いされて捕獲され……殺されていたかもしれぬ」

 

「いや、リランなら逆に神獣とかに思われて、崇め奉られたりしてたんじゃないか?」

 

 

 キリトのコメントにリーファは少しの同意を抱いた。

 

 確かに狼竜形態となったリランの姿は、まさしく神話に登場する神獣や霊獣のそれである。恐れられこそするだろうが、狩られはしないだろう。

 

 

「というかリランなら、殺そうとしてきた連中なんて返り討ちにしそうなものだけれど? あんたって結構容赦ないし」

 

 

 シノンの言った事にリーファは首を(かし)げた。

 

 リランはそんなふうだっただろうか。リランは時折《使い魔》らしい凶暴な面を見せるところもありはするが、そこまでの事をしてしまうような娘ではないはずだ。

 

 しかし言われたリランはというと、腕組して納得しているようだった。

 

 

「まぁ、傍若無人な狩人がやってきたならば、その時はそうするかもしれぬな。だが、人間を喰おうとは思わぬよ。せいぜい薙ぎ払うか焼き払うかする程度だ」

 

「それだけでも十分に死ねると思うが」

 

 

 キリトのツッコミにリランは「あぁー!」とうるさそうにする。そしてキリトの言い分には、リーファは深く同意していた。リランの巨躯(きょく)から繰り出される一撃を受けようものならば、この世界の住民は一溜りもなかっただろう。

 

 その時の光景を想像するリーファの前方で、リランが答えた。

 

 

「とにかく、そんなふうにならずに済んだのはキリトとシノンが一緒に居てくれたおかげだ。それだけは認める」

 

「俺も同意見だ。やっぱりリランが来てくれてたっていうのは、本当に幸運だった」

 

 

 キリトは素直に言って、相棒であるリランを見つめていた。かなり強い信頼を感じられる。

 

 キリトがリランの事を強く信頼しているというのは、前から知っていた事ではあるが、どうやらこのアンダーワールドで過ごした二年間によって、より深いものとなったらしい。

 

 それはきっと、シノンもそうだろう。キリトとシノンは自分の知らない二年を過ごし、絆というものを深めたに違いない。

 

 

 ――こっちの気持ちなんて何も知らないでね。

 

 

 どこからともなく声が聞こえた気がした。若干意識がぼやけたような気持ちになったせいで、それがどこから聞こえた声なのか、リーファは探れなかった。

 

 

「リランだけじゃないわよ、私達の助けになってくれてたのは」

 

 

 そう言ったシノンの視線の先を、リーファも同じように見た。リーファから見て右隣の椅子に座っているのは、現実世界に居るキリトとシノンの娘であるユイの背格好に近しい容姿をした少女だ。

 

 獣のそれと人間のそれという合計四つの耳を持ち、額から小さな赤い宝石のような角が生えている。オレンジ色と茶色の中間くらいの色の瞳をした、少し白目の面積が広いのが特徴的な、全体的に可愛らしいその娘の名前は、ルコといった。

 

 ルコは首を傾げて、キリトとシノンを交互に見ていた。

 

 

「助け? ルコ、何か、助けた?」

 

 

 初めて話した時にわかった事だが、ルコは随分と話し方がたどたどしい。

 

 背格好を見る限りでは十歳から十一歳程度に思えるのに、言葉だけは幼児くらいで止まっている。

 

 いや、発音自体はしっかりしているので、幼児ほどではないが、言葉をきちんと繋げて話す事ができないらしい。このルコも変わっているものだ。

 

 

「ルコは私達と一緒にいてくれて、色々してくれてたじゃない」

 

 

 シノンに言われても、ルコは首を傾げたままだ。やがてキリトが声をかける。

 

 

「あんまり自覚してないかもだけど、ルコが作ってくれた料理の材料には助けられたものだよ。ルコが配合した香辛料で作った料理は本当に美味かった」

 

「もう、キリトってば。そんな事しかないのかしら」

 

「だって、俺にとっては一番印象的なんだよ、ルコが意外と料理上手だって事。特にルコの作った干し肉はマジで美味かったなあ」

 

 

 干し肉。現実でいうビーフジャーキーなどの事だが、作るのは結構手間であるという話を聞いた事があるような気がする。それをルコは容易(たやす)く作るという事なのだろうか。

 

 そんな話に喰い付いてきたのはリランだった。

 

 

「それは我も認める。ルコが何気なく買ってきた牛肉に下味を付けて、干すと言い出したのだったな。干し肉を作ろうとしているというのはその時にわかったのだが、その出来上がったものが素晴らしかった。肉の臭みをこれでもかと抜き切り、純粋な旨味を凝縮する事に成功していて、しかもそれを下味で更に芳醇にさせていると来た。ここまでのものができるのかと仰天したものだったな」

 

 

 リランはかなり早口でルコの干し肉の出来栄えを話していた。そのおかげなのか、リーファは頭の中でその時の事を想像する事ができていた。

 

 さぞかし美味しい干し肉ができていた事だろう。なんだか興味が湧いてきてしまった気がする。

 

 今度で良いから、ルコに干し肉を頼んでみようかな――リーファは想像する頭の片隅でそんな事を考えていた。そこでようやく話が脱線している事に気が付いて、リーファははっとした。

 

 

「だけど何よりも、ルコが私達と一緒に居てくれた事が一番良かったわ」

 

 

 そう言ってシノンはルコの頭に手を伸ばし、その頭頂部を優しく撫でる。

 

 普段その頭を覆っている帽子はそこになく、ルコは頭にある一対の耳と(ひたい)の赤い宝石の角を(さら)していた。

 

 ルコは家にいる間だけはこうしているのだと、キリトから聞いた。そんなルコはというと、「ふかぁ……」と言って心地よさそうにしている。シノンに撫でられているのが嬉しいのだろう。

 

 

「そうだな。ユイの代わりとか、そういうふうには思ってないけれど、ルコはユイみたいで可愛くて、俺達にもよく懐いてくれてるんだ。だから、ルコがいてくれただけで毎日楽しかったし、支えられてたな」

 

「そうよ。ルコと一緒に居ると、なんだかユイの事を思い出して、暖かい気持ちになるっていうか……ユイが近くに居てくれているような気がして」

 

 

 リーファは瞬きを少し繰り返していた。この人はユイが今どこにいるのか、どんな気持ちをしているのかわかっているのだろうか。

 

 両親と長姉を見失って、ユイがどれだけ心配していて、不安になっているか。アンダーワールドに来るまでずっと見ていたせいもあって、リーファは今でもユイの様子を思い出す事ができる。

 

 パパとママは大丈夫でしょうか。おねえさんは無事なのでしょうか。ユイは自分達がアンダーワールドに向かうまで、ずっとそう言っていた。

 

 色んな解析をしたり、両親がどこへ向かった可能性があるかを、自分達と共にやってきたユピテルと力を合わせて、模索していたものの、あの娘は不安や心配に押し潰されそうになっていた。

 

 あの娘の事を、この人がわかっているようには思えない。

 

 

 ――身勝手過ぎるよねぇ?

 

 

「だから早く、ルコとユイを会わせてあげたいわ。きっとお互いに仲良くなってくれると思うの」

 

「そうだな。そのためには現実世界に帰る方法を確立させないとなんだが……」

 

 

 シノンとキリトは互いに言い合った後、リーファに目を向けてきた。

 

 

「リーファ。現実世界に帰るには、やっぱりラースの人達による処理が必要なんだよな」

 

 

 そこでリーファははっと我に返ったような気になった。キリトの声が頭の奥底まで響いた気がする。しかし意識のぼやけた感じは治らない。

 

 

「えっ、ええっと……うん、そうだね。ラースの人達が処理してくれないと、現実世界に変える事はできないって話だよ。あたし達もラースから入ったけど、ラースの人達が処理できないから、帰れないわけだし……」

 

 

 ぼやけた頭のまま、わかっている事をただ話した。言葉がちゃんと出た事自体が驚きだったかもしれない。そんなリーファの気持ちも知らないようなキリトは、腕組をして「うーん」と言っていた。

 

 

「やっぱりそうか。あっちの問題が解決するまで、こっちはこのまま頑張り続けるしかないって事か」

 

「そういう事だな。まぁ、既に二年以上もこうしているのだ、慣れたものだがな」

 

 

 主人と同様に《使い魔》も腕組をしていた。得意げな顔もしている。この先、ずっとアンダーワールドで暮らし続ける事になっても平気そうに見えた。

 

 

 ――ここが本当の居場所じゃないのに、このままここで生き続けるつもりでいるらしいよ。

 

 

 どこからともなく響く声からは、もう違和感を覚えなくなっていた。その感覚のまま、リーファは兄に尋ねた。

 

 

「ねぇおにいちゃん。()()()()()()()、ずっとこの暮らしを続けるの。こうして、こっちでこの先何年暮らす事になったとしても、何とも思わないのかな」

 

 

 キリトは一瞬きょとんとしたような顔をしたが、すぐに元の表情に戻り、答えた。

 

 

「何とも思わないっていうか、そうするしかないだろ。クィネラやカーディナルにも相談したけれど、この世界には天命をゼロにする以外にログアウトコマンドは存在してないんだ。だから、今のところログアウトのためにできる事なんてないし……あんまり良い言い方じゃないけど、ログアウトのために足掻いたところで意味がない。

 それなら、この世界で起きている問題を解決に導きながら、正しい手段でログアウトできる瞬間を待っていた方がいい。そうじゃないか?」

 

 

 如何(いか)にも兄らしい言い分だった。内容は間違っていない。

 

 《SAO》の時とは違っているものの、この世界から脱出する方法は、天命をゼロにして死ぬか、ラースの者達によるログアウト処理をしてもらうしかない。

 

 そしてこの世界では大きな問題が今も尚、起き続けている。それを放棄して天命をゼロにし、勝手に世界から脱するという方法は、許されざるものだと思っているだろう。

 

 こうしてこの世界の問題に巻き込まれてしまったからには、無事に解決させてやってから、ログアウトしたい。そういうつもりなんだろう。やはり、兄らしい。

 

 だから、返す言葉が見つからない。

 

 

「そうだけど……そう、だけど……」

 

「だからさ、俺はこうして行くつもりだよ。今のところの目標は、他の皆と同じカラントの除去と、そこから出てくる魔獣の討伐。最終的にはカセドラル・シダーの伐採だ。そのために皆と力を合わせて戦っていく事が、今の俺のするべき事だと思っているよ」

 

「……そっか……」

 

 

 やはり兄はこの世界で生きていく事、この生活そのものを受け入れているようだ。元からVRMMOなどで環境適応力が高かったのが兄だが、その特徴は今も遺憾なく発揮されている。

 

 いつもは「おにいちゃんらしいな」と思って許せたものだが……今は何だかそれが嫌に思えていた。

 

 その原因――を見つめようとしたその時、何かの気配を感じた。ふとそちらに目を向けてみる。

 

 ルコだ。ルコが頭の方にある獣の耳を逆立てて、リーファを見つめていた。気のせいではないならば、その赤色の宝石のような角も逆立っているようにも思える。

 

 オレンジ色と茶色の中間色の瞳で、白目の面積が広いのが特徴のルコの目。それと自身の目が交差していた。

 

 ルコの目は(くも)りのない子供のそれそのものであり、見ていても特に何も感じないもの。しいて言えば特徴があって可愛いなと思えるもののはずだった。

 

 なのに、今のルコの目は何かが違っていた。まるでこちらの目から入り込み、身体の奥底、心の奥底までも見ようとしているかのようだ。

 

 いや、そうする事で何かを探り当てようとしているかのようにも思える。

 

 

「ルコちゃん? どうしたの」

 

 

 ルコは何も答えないで、ただリーファと視線を交差させ続けていた。やはり、こちらの中にある何かを探ろうとしているようにしか見えない。とても気分が良くない。

 

 ――やめてほしいよね、こういうの。気持ち悪いからやめてって言ったら?

 

 

「ルコちゃん、何? あたしの顔に何かついてたりする?」

 

 

 問いかけてみても、ルコはやはり答えない。いつまでこうやっているつもりなのだろう。いよいよ次の言葉が出てしまいそうになったその時。

 

 

「ルコ、やめなさい。リーファの顔には何もついてないわ。そんなふうに人の事をじろじろ見るのは良くないわよ」

 

 

 母親が悪い事をしている子供を叱るような声色の言葉が飛んできた。発したのはシノンだった。その声がリーファの意識をルコから引き離し、シノンへと向けさせてくれたが、その視線の先で軽く驚いた。

 

 シノンが、本当に母親の顔をしていたのだ。子を叱る母親の顔――丁度ルコくらいの年の時、悪い事をしてしまった自分達を叱っていた際の母と、同じ顔つきと表情がそこにあった。

 

 現実世界に居た時、シノンがこんな顔をする時などあっただろうか。いや、無かった気がする。シノンはこの二年間でここまでの進歩を遂げた。彼女は本当にルコの母親になっているのだ。

 

 そしてその(つがい)は勿論、キリトただ一人だけ。つまりこの二人は自分のいない二年の間で、本物の――。

 

 

「ごめんなさい。ルコ、悪い事、した」

 

 

 思いかけたリーファをルコが止めた。申し訳なさそうな表情が顔に浮かんでいて、頭を下げてくる。

 

 

「ルコも、じろじろ、見られるの、嫌い。耳と角があるの、気付かれたみたい、だから」

 

 

 リーファは唖然としかけながらルコを見ていた。ルコの言っている事が上手く頭に入ってこない感じがする。その中でシノンの声が再び耳に届いてきた。

 

 

「そうでしょう。いくら興味があるからと言って、人の事をじろじろと見るのは良くない事よ。これからはやっては駄目。わかったわね」

 

 

 娘を叱る母親のような口調と声色のシノンに、ルコは素直に(うなづ)いた。本当にシノンの娘であるかのような振舞いだった。

 

 

「わかった。もう、こんな事、しない。じろじろ見る、しない」

 

「わかったなら、それでいいのよ」

 

 

 そう言ってシノンは、ルコの頭に手を載せて、優しく撫でた。また「ふかぁ……」とルコが口元から漏らす。傍から見れば、本当の親子のように思えてしまいそうな光景であろう。

 

 母親はシノンで、娘がルコ。そして父親であり、シノンの夫であるのが――。

 

 ――おにいちゃんだよ。

 

 

「やっぱり、そうなの……?」

 

 

 思わず答えると、四人の視線が集まってきたのがわかった。急に何かを言い出した自分を不思議に思っているのだろう。

 

 しかしリーファはその事を気にしてなどいなかった。最早、外の音が頭に、心に届いてこなくなったような状態だった。どこからともなく聞こえてくる《声》だけが、今のところ頭と心に唯一届く音だった。

 

 

 ――そうだっていうのは、ずっとわかり切っている事じゃない。

 

 

「……うん……わかってる……」

 

 

 またしても口から返事が漏れた。四人がまた「え?」と言い出した気がする。

 

 不審に思っているのか、不思議に思っているのか、またはその両方か、どれでもないか。薄ら霧のかかっているような頭で考えながら、次の《声》を待ったその時だった。

 

 急に、ドアを強く開けるような音が飛び込んできた。続けて大きな声が届けられてくる。その声が少しだけ頭の中の霧を払ってくれた。

 

 

「キリト、いるな?」

 

「メディナ? 急にどうしたんだ」

 

 

 キリトの応対で、声の主がメディナであるとわかった。目を向けてみると、確かにそこにメディナがいた。何しに来たのだろう。

 

 

「ベルクーリ様からの依頼だ。南帝国に残存している魔獣を討伐しきってほしいとの事だ」

 

「なるほど、残党狩りをしろって事か。確かに魔獣は一匹でも十分に脅威だから、狩り尽くした方がいいな」

 

 

 キリトの返事にメディナが頷く。

 

 

「理解が早いな。そういう事だ。カラントを全部潰しても、魔獣は残ったままだ。これらを駆逐しなければ、結局被害は出続ける。他の帝国にカラントが出る前に、南帝国の魔獣の生き残りを全てを排除せよというのが、ベルクーリ様からの通達だ」

 

「わかった。早速出るとしよう。皆、一緒に来てくれるよな」

 

 

 キリトの呼びかけに、シノン、リランは立ち上がった。そのうちのシノンが応じる。

 

 

「勿論よ。今日は特にする事もなかったしね」

 

「そう言えばカラントは刈り尽くしたが、魔獣を倒し損ねていたな。さっさと片付けるとしよう」

 

 

 二人ともやる気のようだ。相変わらずこの世界の異変に立ち向かうつもりでいるらしい。その眼差しは、どこか(まぶ)しいように思えるものに感じられた。どうしてなのかはわからない。

 

 

「リーファ、来てくれるか。お前の力も借りたいんだ。まぁ、無理にとは言わないけどさ」

 

 

 兄が一人立ち上がらないリーファに声をかけてきた。彼もまた相変わらず眩しい光を含む眼差しをしていた。いや、ただ眩しいのではない。強くて暖かい光だ。そんな光を含んだ眼差しを向けてきている。

 

 でもそれは、ちゃんと自分に向けてもらえているのだろうか。そういうふうに見えるだけではないのだろうか。

 

 ――あなたには向けてないよ。だって、おにいちゃんにはシノンさんがいるんだから。

 

 《声》の言った事に凍り付きそうになる。おにいちゃんは、もうあたしに本当に目を向けていたりしないの?

 

 ――そうだよ。だっておにいちゃんとシノンさんは夫婦なのよ。あなたはとっくの昔に除け者にされてるんだよ。それはわかっていた事でしょう? シノンさんはあなたからおにいちゃんを奪ってるんだよ。

 

 リーファは首を横に振ろうとした。だが、石みたいになってしまったかのように動かせない。それでも頭の中で反論する。

 

 

 そんなはずない。シノンさんがそんな事をするわけがないわ。だってシノンさんは……。

 

 ――そもそも最初からそうだったじゃない。

 

 え? 最初から……?

 

 ――いつの間にか現れて、いつの間にかおにいちゃんと一緒になっていて、いつの間にかおにいちゃんと結婚して、いつの間にか家族面をしてた。誰よりも近くにいたあなたを差し置いてね。

 

 そうだったけど……そうだったけど……!

 

 ――いい加減認めたら? おにいちゃんは奪われたの。あなたの大切なおにいちゃんは、奪われているのよ。家族でも何でもない、部外者のシノンにね。

 

 ……部外者……家族でも、何でもない……なのに……おにいちゃんに……。

 

 ――このままだと、あなたが苦しいだけだよ。現に今だって、もう爆発してしまいそうになっているじゃないの。

 

 ……ああ、苦しい……苦しい……。

 

 ――もう我慢しているのだって限界。そうじゃないの。苦しくて、苦しくて仕方がない。そうでしょう。

 

 ……もう……苦しいよぉ……助けて……。

 

 ――助けてほしいよね。「おにいちゃん、助けて!」って言いたいよね。でも、そう言ったところで届かないよ。

 

 なんで……?

 

 ――だってシノンが邪魔してるもの。おにいちゃんの目を、耳を、シノンが塞いでしまっていて、あなたの声は届かないようになっているんだよ。だから、あなたがどんなに苦しくても、おにいちゃんが気付く事はないよ。だから、あなたはもっと苦しくなってしまうの。どこまでも、苦しくなるの。

 

 ……嫌だ……こんなに苦しいの……嫌……。

 

 ――あなたの苦しみはね、シノンが作り出している苦しみなんだよ。あなたは、シノンに苦しめられているの。全部、全部全部、シノンのせいだよ。あなたが手にしていたものを奪って、奪い尽くして、代わりに苦しみを、苦痛を与えているの。

 

 ……それが……シノンさん……。

 

 ――もうわかるでしょう? 苦しくなくなるには、どうすればいいか。

 

 

「……わかる……」

 

 

 

 ――取り戻そうよ。おにいちゃんを。

 

 

 

 リーファは座っていた椅子から立ち上がった。

 

 

「……あたしも行くよ、おにいちゃん」

 


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