マジでどこで感染するかわからないので、皆様注意です。
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キリトは皆を連れて南帝国から央都へと戻った。その頃の央都では、クィネラが自身の力を使う事で製造される
クィネラに取り憑いて主導権を奪い、人界の支配者となっていた悪霊アドミニストレータは、人々に技術などをもたらす事は一切なかった。そうすれば自分に楯突く存在が出てくると危惧していたからだ。
その
クィネラ曰く「やろうと思えば蒸気機関、発電機関も作れます」だそうだが、流石に技術が短期間で飛びすぎるので、もっと時間をかけて人々に技術を行き渡らせてから、更なる技術を広めるべきだと言っておいた。
そんなクィネラと、ある意味では彼女の相棒に近しいカーディナルに、キリトは南帝国で起きた事の全てを報告し、あの巨大なカラントの事についても話した。その際に巨大カラントから採取した欠片をカーディナルに渡し、二人に解析を頼んだ。
結果は予想通りだった。あの巨大カラントこそ、《カラミティ・プラント・コア》ともいうべき存在であり、あれが南帝国中の地下に根を張り、そこからカラントを生やしている元凶だった。
《カラミティ・プラント・コア》――略して《カラント・コア》が、カラントを発生させて魔獣を生み出している大元であり、尚且つカラントを制御している中央端末みたいなものというのが明らかになった。
このカラント・コアが伐採された事により、魔獣やカラントが新たに発生する危険に南帝国が晒される事はなくなった。今後は、魔獣やカラントが発見された場合はこのカラント・コアを探すべき――というのが、クィネラとカーディナルの解析でわかった事だった。
更にキリトは、カラント・コアを伐採した後に見つかった《種》もクィネラとカーディナルに渡し、解析を依頼する事にした。
こちらについては時間がかかりそうで、結果は追々知らせる事になりそうだという。別に急いでほしいわけではないので、ゆっくり着実にやってほしいと頼んだ。
それらの報告と依頼の後、キリトはベルクーリの元に向かい、南帝国で起きた事の報告を改めて行った。その際に、キリトが最も気になっていた部分に、ベルクーリも喰い付いたようだった。
「メディナを救世主呼ばわりして、急に従うようになった者達……」
「しかも戦闘力獲得と同時に勇気も出すようになり、《EGO化身態》にも果敢に立ち向かった……何なの、これは。本当の話なのかしら」
報告書を眺めるベルクーリの横から覗き込み、副騎士長ファナティオが呟いた。確かに信じられない話だろう。自分もこの人達と同じ立場に居たならば確実に同じ事を言っている自信がある。しかし、事実だからどうにもならない。
「本当の事です。《ベクタの迷子》と言われる人達と同じ特徴を持っている人達が、私に触れた途端、急に協力的になりました」
話の中心にいるメディナが言うと、ベルクーリは顎元に手を添えた。
「《ベクタの迷子》……これまでの記憶を失って突然見知らぬ場所に現れた連中って事だな」
「近頃、各地で急増しているという話は聞きましたが……それと何か関係が?」
ファナティオの問いかけにメディナは首を横に振る。
「それはわかりません。ですが、《ベクタの迷子》に関して、私には不思議な力が宿っているようなのです」
「力とは?」
ファナティオの問いかけは続く。メディナも変わらず答える。
「理屈はよくわからないのですが、《ベクタの迷子》に触れる事で、彼らに忠誠心のようなものを芽生えさせる事ができるようなのです」
「忠誠心? だから君の事を救世主様なんて呼ぶのか」
キリトの問いかけにメディナは「そうだと思う」と答え、続けた。
「しかし、《ベクタの迷子》全員に効果があるかは、まだ確認できていません。なので騎士長ベルクーリ様、私は《ベクタの迷子》を探しに行きたいと考えております。彼らに接触する事で、南帝国で起きたような事が再度起こるかどうかを確かめたいのです」
「それは構わないぜ。《ベクタの迷子》は各地で目撃されているし、既に結構な人数が最高司祭殿の指示によって央都に保護されている。試しに彼らにも接触してみるといい。保護されてる《ベクタの迷子》はあっちにいるぞ」
「はっ。行ってまいります!」
そう言ってメディナは回れ右し、ベルクーリの指す方向へ行ってしまった。彼女も自身の力が本物かどうかを確かめたくて仕方がないのだろう。強い武器を手に入れた時の自分と似たようなものだ。
しかし、こちらは少し意地悪な事をしてしまったかもしれない。何故ならば、メディナの能力と思わしきものの事も、クィネラとカーディナルに頼んでいたからだ。
そしてメディナの姿が完全に見えなくなった今、ベルクーリ達の話を横で聞いていた彼女達が話しかけてきた。
「メディナ様の能力についての解析結果が出ましたよ、キリトにいさま」
「本当か。それで、どんな感じだったんだ」
答えたのはカーディナルだった。目線がしっかりとキリトだけを捉えていた。
「それについてはまず、お主とだけ話がしたい」
「俺と?」
今度はクィネラが交替する。
「はい。こちらの情報は、
「そうか。じゃあ、ちょっと場所を変えよう」
そう言った後に、キリトはベルクーリ達に「席を外す」と伝え、クィネラ、カーディナルと共にその場を離れた。幕内の
「それで、メディナの能力はどんなものなんだ。どういう仕組みだ?」
「モジュールじゃな。メディナの中にはモジュールが存在しておる」
早速アンダーワールド人では把握困難な単語が登場してきた。二人が事前に自分にだけ話そうと言っていたのがこの時点でよくわかる。
そしてモジュールというのは、この場合はソフトウェアを構成するシステムの一部を指しているのだろう。しかし、それが搭載されるのは本物のソフトウェアだとか、強いて言えばリランやクィネラ達が該当する《
「なんでそんなものがメディナに?」
「詳しい事は、まだわかっておりません。しかし、このモジュールがどのような作用をするかどうかは突き止めております」
そこからクィネラが話してくれた。
何でも、このモジュールは、持ち主が触れた者のIDを識別し、特定の番号を持つ者にだけ反応し、作用するようになっているのだという。
この特定の番号を持つ者というのが《ベクタの迷子》かと思ったが、正確には一部の記憶のみを持ってアンダーワールドで目覚めたNPCの事を指すのだという。
「NPCだって? あの時メディナを救世主と呼んで戦ってた人達は、NPCだったのか」
しかし、このアンダーワールドに生きる人々は、その全てがフラクトライトを搭載している人工知能――もしかしたら次世代型電脳生命体というべきかもしれない存在――であり、そこによくあるゲームのNPCと呼べる存在などいないはずである。
「こちらも原因不明ですが、今、アンダーワールドには多数のNPCが突如として出現しております。こんな事はこれまで起こりえなかった事です」
「そうだろうな。《ベクタの迷子》の人達は、てっきり俺達と同じ現実世界人だと思っていただけど、まさかNPCだったなんてな……だけど、それならSTLを使わないから、大勢現れたっていう怪奇現象にも説明が付くな」
しかし疑問は多く残る。そのうちの一つをキリトは尋ねた。
「そのNPCっていうのは、アンダーワールド用に元々設定されていたものなんだよな」
「NPCを呼び出す機能というものは元々備わっていたものじゃが、そのAIについては、どうやら外から引っ張ってきているもののようじゃな」
「外って……現実世界か?」
「うむ。つまり現実世界の情報を基にしたAIが、突発的に増えたNPCに搭載されておる」
「ですが、その人格を構成する記憶が不完全なため、《ベクタの迷子》という扱いを受ける事になったようですね」
カーディナルとクィネラの説明を受けても、はっきりしない部分が多かった。その部分をキリトは口にする。
「どうしてわざわざ、現実世界の情報でNPCの人格を作ったっていうんだ? それで、メディナにそんな特殊なモジュールが組み込まれている理由はなんだ」
「それはわからん。恐らくこのモジュールは、現実世界からの操作によって入れられたものじゃろう。アンダーワールド内で、術式のみによる調査には限界があるから、これ以上の調査は難しい」
肝心なところはわからず仕舞いか。これより深いところに行くとするならば、リランなら行けるだろうか。だが、それもそれで何か問題が起きそうな気がする。あまり深くまで触れるべきではないのだろうか。
「救世主様!」
「救世主様ー!」
と思っていると、急に複数人の声が聞こえてきた。幕の奥の方から飛んできたもののようだ。
そこで何よりも気になったのは、そこに含まれている「救世主様」という非常に聞き覚えのある単語。続けて更に声が飛んでくる。
「やはりそうだ……やはりそうなんだ!!」
かなり上ずった少女の声。メディナのものに間違いなかった。
どうやら無意識のうちに彼女と同じ方向に行き、彼女の近くで話をしていたらしい。そしてメディナの方も何か良い方向での進展があったようだ。
足音が聞こえてきた。メディナがベルクーリ達のところに戻ったのだろう。だが、それで終わらない。メディナの足音に続く複数の足音もあり、ぞろぞろとかなり大きな音になっている。
まさかこれが全部メディナに付いて行く《ベクタの迷子》の足音なのだろうか。だとすれば、かなりの数に昇っている事になる。これほどの数の《ベクタの迷子》――NPCがやってきていたというのは流石に予想外だった。
キリトはクィネラ、カーディナルと共にベルクーリ達のところへ戻った。
その時に驚かされた。先程まではそこにいなかった多くの人が、いつの間にかベルクーリ達の前に集まっていたからだ。
先頭に居るのはメディナ。そして人々の顔を見てみれば、誰もがメディナに視線を向け、親愛を思わせる感情を抱いた表情を浮かべていた。
南帝国で出会った《ベクタの迷子》達の時と同じだ。メディナに触れた事によって急に様子が変わったあの者達の光景が再現されている。
彼らを従えているようにしか見えないメディナが、喜びを隠せない顔をしてベルクーリに言う。
「やはりそうです、ベルクーリ様。私には《ベクタの迷子》を動かす力があるんです。この者達に触れた途端、全員が私を救世主と呼び、従うようになりました。この者達がそうです」
「……そうらしいな。というか、あそこに集まってた《ベクタの迷子》全員に試したのか……」
ベルクーリも苦笑いしているような顔になっていた。急にメディナが《ベクタの迷子》全員を引き連れてやってくれば、こんな顔になりもするだろう。その顔のまま、ベルクーリはクィネラに問いかけた。
「それで最高司祭殿。メディナの力の解析はできてるのか」
「はい。メディナ様のお力ですが――」
そこからクィネラは、メディナの力の事と、《ベクタの迷子》の者達についての説明を行った。アンダーワールドの者達にとっても理解しやすい単語に直されて話された事により、割とすんなりと話が通ったようだった。クィネラはこういう部分もリランやユピテルよりも秀でているらしい。
いや、だからこそクィネラに最高司祭は務まっているのかもしれない。
「やはり、私が触れる事によって、《ベクタの迷子》達に変化が起きるのですね」
メディナの
「いいえ、正確には《ベクタの迷子》とは異なります。記憶を失いつつも、積極的に魔獣や《EGO化身態》との戦いや、探索に挑む方達です」
「ならば、《冒険者》という呼び方はいかがでしょうか。先程の南帝国での戦いの最中に、彼らは自らをそう呼んでいた気がします」
「うむ。その呼び方でよさそうじゃな」
メディナの進言にカーディナルが答えるなり、メディナは自身の右掌を見つめた。その中にある何かを確認しようとしているように見える。
「別の世界からやってきた冒険者……彼らが私のために戦ってくれる。この力があれば……オルティナノス家は……!」
メディナの表情が柔らかくなった。ようやく大切な何かを掴めたかのようで、とにもかくにも嬉しそうだった。
こんなふうに喜んだメディナを見たのは初めてかもしれない。彼女はこんなにも純粋に喜ぶ事ができるのだ。いや、ようやくそうなれるくらいの出来事に会う事ができたという事か。
メディナはかっと顔を上げ、ベルクーリに向き直る。
「ベルクーリ様! この私、メディナ・オルティナノスは、この力を対策本部のために使う所存です。より多くの冒険者達と接触し、仲間として引き入れつつ、彼らを魔獣と《EGO化身態》討伐の人員へとあてます。そうすれば、対策本部の人手不足も解消できるのではないでしょうか?」
「まぁ、単純に戦える連中が増えれば、状況もよくなるだろうが……最高司祭殿が作る武器や兵器もあるからな……」
何か引っかかる部分がベルクーリにはあるらしい。それをメディナが尋ねる。
「何か気にかかる点があるのですか。実際に私は、冒険者達と共に《EGO化身態》との戦いも行いました。勝利こそ私達単独で得られたものではありませんでしたが、その有用性はわかっていただけると思います」
「そうだな。有用性はあるのはわかっている。だがな……」
ベルクーリは頭を掻いた。何かどうしても引っ掛かって仕方がない部分があるといった感じだ。決して喉に魚の小骨が引っ掛かっているとか、規模の小さな事ではない。
「小父様が気になっているのは、冒険者達の意思なのではないでしょうか」
アリスが尋ねると、メディナが更に尋ねる。
「どういう事ですか」
「仲間にすると言ってしまえば聞こえは良いですが、見たところ貴方の力は、冒険者達の意思を無視して、強制的に従わせているものです」
アリスの発言が余程驚くべきものだったのか、メディナの表情が一気に焦燥に変わった。
「そんな! 私は冒険者達に無理強いをしようというつもりはありません! ただ、力を貸してくれる者に《お願い》をするだけであって、《命令》しているわけではない!」
「あ、あの、メディナ先輩……」
声を荒げるメディナに混ざって聞こえた声によって、キリトはメディナのすぐ後ろに彼女の《傍付き練士》であるグラジオがいる事に気が付いた。冒険者達に混ざっていたせいで見えづらくなっていたようだ。
いや、そもそもグラジオが冒険者達に似ているのか、逆なのか。
「そう……ですね……」
アリスが静かな声で言うと、メディナははっとしたようになった。我に返ったようだ。アリスのもあるだろうが、グラジオの呼びかけも効いたらしい。
「失礼な態度を取ってしまって、申し訳ございません。しかし私はただ、この力があれば、役に立てるのではと思っただけなのです。与えられた力を対策本部のために使う事こそが、私の使命なのではないかと……そう思っただけなのです」
メディナはキリトへ急に視線を向けてきた。
「キリト、お前もそう思うだろう。この力があれば私の悲願は果たされる。オルティナノス家の汚名を雪ぎ、人界の人々の役に立てる。そうだろう?」
俺に振るのか――キリトはそう思った。そして考えを回す。確かにメディナが手に入れた力、モジュールがもたらす力というものは、人界の戦力を上げるには必要不可欠のものと言えるだろう。
あの力があれば、冒険者勢力を丸々取り込めるのだから、魔獣と《EGO化身態》討伐に大いに役立つに違いない。いや、それどころか人界のあらゆるところに向かわせる事で、様々な事柄に対応できる事だろう。
そんな力があるとわかったメディナが、いつにもなく興奮気味になっているのもよくわかる。だが――。
「おれは、少し心配です」
意見したのはグラジオだった。今のところ誰よりもメディナの近くにいると思われる彼は、その言葉の通りの表情をしていた。メディナは背後を向き直り、むっとする。
「どうしてだ」
「メディナ先輩の先程のご活躍の話は聞きました。だけど、《EGO化身態》はすごく危険な存在なんですよ。そんなのと何回も戦うような事になれば、例え冒険者達の力を借りれたとしても、危ない事になるんじゃないかって思います。
メディナ先輩が汚名を雪ぐために頑張るのには、おれも力を貸します。だけど、そのために頑張り過ぎて、大怪我をするような事になってしまったら、元も子もないじゃないですか。おれはメディナ先輩の頑張る姿を応援しますし、力も貸しますけど、無理してメディナ先輩が怪我をしたりするのは嫌です」
グラジオの言っている事は、キリトも思っている事だった。それをほぼ後輩に言われてしまった事に呆気に取られていると、メディナが少しだけ目を見開いた。
「グラジオお前、私が冒険者達を引き連れている事ではなく、その事が心配だというのか」
「はい。そもそも、話してくださった最高司祭様だって、メディナ先輩の力の事はよくわかっていない部分が多いと仰っていたではないですか」
グラジオの指摘にメディナが驚く。「おい、最高司祭様になんて失礼な事を」と言わんばかりの様子だった。恐る恐る二人が向き直ったところで、クィネラは静かに頷いていた。
「その通りでございます。メディナ様のお力については、まだわかっていない部分がとても多く、確実性に欠けております。確かに強い力である事に違いはないのですが、使い方を誤れば、良くない事が起こりえます。ですからグラジオ様の仰る通り、ご無理をなさらないでください」
最高司祭という最高権力者であり、建物や構造物の建築、武器や道具の製造、更には力の解析までできるクィネラの言葉に、メディナは一時沈黙した。偉大なる存在の進言には流石に口答えできないのだろう。
と思いきや、メディナはほぼ即座に顔を上げて口を開けた。
「そう仰っていただけて光栄に思います。しかし、例え多少無理をしてでも、私は武功を立てます。それがオルティナノス家当主の務めです。最高司祭様。どうか私がこの力を使う事を認めてはくれませんか」
クィネラは「あ……」と言ってから答えた。
「力を使うなと申すつもりはございません。その力の使い方を間違えてほしくないのです。以前わたくしは、大いなる力を持ちながら、その力を強制的な支配という形でしか使えなかった《人》と共にいた事があります。メディナ様に《その人》のようになっていただきたくないのです」
その人。紛れもなくアドミニストレータの事だ。メディナの力も、冒険者達の潜在能力を目覚めさせて、従えるものであるが、使い方を誤るような事になれば、確実にアドミニストレータの二の舞になってしまう事だろう。
誰よりもあの暴君悪霊のすぐ傍で、その暴挙を見続けてきたからこそ、クィネラの言葉には深みがあった。それが通じたのか、メディナが深く頭を下げ、上げた。
「お心遣い、感謝いたします。この力、必ずや人界と平和のために使います」
メディナがそう言っても、クィネラの顔はどこか晴れないものだった。やはりアドミニストレータの前例があるから、どうしても慎重になってしまうのだろう。
もし、メディナがアドミニストレータのような恐怖の支配者となれば、それは確実に人界に被害をもたらす敵となり、クィネラはメディナを討たなければならなくなるかもしれない。現にアドミニストレータはそうだったのだから。
クィネラは絶対にそんな事になってもらいたくないだろうし、キリトも同じ事を思っていた。今更になって、アドミニストレータの残した影響というものがどれだけ大きなものだったのかを実感する事になった気がした。
「ひとまず話はついたみたいだな。オレとしてはメディナの力の使用には賛成だ。現にメディナの力のおかげで、《EGO化身態》になったエルドリエが助けられたみたいだからな。正しく使えるのであれば、これ以上ないくらいに頼もしい力だ」
「その通りです。メディナ殿。冒険者達も人です。彼らの意思も尊重し、その命を大事にしてくださいね。そうしてもらえるのであれば、私も力の使用については何も言いません」
ベルクーリとアリスがはっきり聞こえる声で言うと、メディナは「勿論です!」と力強く答えた。
「冒険者達と力を合わせ、必ずや更なる成果を上げてみせます」
「あぁ、期待してるぜ」
ベルクーリの答えを受けたメディナは振り返り、冒険者達とグラジオに呼びかけると、その場を去っていった。色々とやりたい事や話したい事があるのだろう。
彼女が連れる最後の冒険者の姿が見えなくなったところで、深い溜息を吐いた者がいた。それはこの場どころか、この人界そのもののリーダーであるクィネラだった。
「クィネラ、どうした」
声をかけてみたところ、先程と同じ曇り空みたいな顔をしてクィネラは答えてきた。重圧を感じていたような様子である。何もなかったはずなのに。
「《あの人》が遺したものは、とても大きいうえに多いと思ったのです。現にメディナ様も、《あの人》によって着せられたオルティナノス家の汚名を雪ぐため、無理をされるつもりでおられます。それに、もしそれに血眼になるような事があれば、その時はきっと、《あの人》と同じようになってしまうのではないかと……不安で仕方がないのです」
メディナの目的と行動はいつだって同じ、オルティナノス家の汚名返上のためである。
その汚名というのは、生前のアドミニストレータによって着せられたものであり、メディナのその返上のための奮闘は、結局のところアドミニストレータを原因とするものだ。
アドミニストレータの身勝手な言動によって汚名を着せられ、その返上のために奮闘したメディナが、彼の女を想起させる支配の力を手に入れ、かつてのそれのようになってしまう。そんな結末が待っているような事だけは、ごめんだ。
それを防ぐための一番の方法を、クィネラはできるのではないかと、キリトは当初思っていた。だが、現実はそうではなかった。
「クィネラ。やはり思い当たらぬか。メディナの一族が何故に《欠陥品》などと呼ばれるようになったかは」
カーディナルの問いかけに、クィネラは頷いた。
「はい。《あの人》に憑依されていたわたくしですが、《あの人》が見聞きし感じたモノの全てを把握できているわけではありません。《あの人》の暴挙は数えきれないほど見てきたつもりではありますが、メディナ様の一族の件は、その中に入っていないものだったようです」
アドミニストレータという名の悪霊に身体を乗っ取られていたクィネラは、自分の身体を好き勝手に使う事で引き起こされたアドミニストレータの身勝手の数々を全て見てきているものだと思っていた。
しかし、実際のところアドミニストレータはクィネラの完全封印というものに成功する時があり、クィネラが見聞きや感じ取りの一切ができない状態にして活動していた事もあったのだという。それによりクィネラがアドミニストレータに憑依されていた頃の記憶は、虫食いに遭ったかのように穴だらけらしい。
そしてメディナの一族の件は――その穴の中にあった。何故オルティナノス家が《欠陥品》など呼ばれるようになったのか。その時何があったのか。その全てを、最高司祭へ返り咲いたクィネラは把握できていない。
これのせいで、クィネラは最高司祭としてオルティナノス家の汚名は誤りだと、《欠陥品》などと呼ぶ必要はないと公言する事ができないでいる。
事情も知らないで公言したところで、そこに説得力を持たせる事はできないので、民を納得させる事は困難だろうし、何より散々最高司祭というものに振り回されてきたオルティナノス家の、今の当主であるメディナを更に振り回す事になってしまう。
過去では《欠陥品》と言ってしまったが、それは間違いだった。だから貴方達はもう《欠陥品》ではない。もう《欠陥品》呼ばわりはやめましょう――そんな事を言ったら、「自分達一族をそんな事のために貶してきたのか。自分達がこれまでどんな思いをして暮らしてきたか、わかっているのか。振り回すのもいい加減にしろ」とメディナが怒り狂いかねないし、より心を閉ざしてしまいかねない。
だからこそ、クィネラはメディナの事に関して、未だに何も公表できないでいた。そしてその理由不明の汚名のために、メディナは奮闘を続けている。
「可能であるならば、早くメディナ様の苦しみを取り除いて差し上げたいところなのですが……事情が何もわからないだなんて」
「こればかりは、探りを入れ続けていくしかなさそうじゃ」
クィネラに続いてカーディナルも深い溜息を吐いた。その後に、ベルクーリが腕組した。
「エルドリエが、オレ達整合騎士は《アレ》に呪われてるんじゃないかって言ってたが……オレ達だけじゃなく、メディナも同じって事なのか……?」
そう呟く整合騎士長の視線は、呪われし一族が立ち去った場所に向けられていた。