キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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07:《種》

 

           □□□

 

 

 

「エルドリエ!」

 

 

 解放されたと思われるエルドリエにアリスが向かっていった。

 

 問題はここからだ。エルドリエが自分が《EGO(イージーオー)化身態(けしんたい)》になってしまった事、倒されて元に戻ったという事、そしてそれほどの利己(エゴ)を抱くに至ってしまっていた事を受け入れられるかどうか。

 

 もし受け入れられたならば、エルドリエは強い力を得られる。受け入れられなかったならば、《進想力》の働きによってその身を焼かれて灰になってしまう。エルドリエを待っているのはどちらか。前者である事を祈るしかない。

 

 

「エルドリエ」

 

 

 すぐ近くに寄り添うアリスがもう一度声をかけたところ、エルドリエの身体が一瞬ぴくりと動いた。やがてその腕が動き、上半身が持ち上げられた。閉じられていた(まぶた)が開き、エルドリエの紫色の瞳が姿を見せた。

 

 

「……アリス様?」

 

「……はい。わかるのですね、エルドリエ……」

 

「えぇ。師の顔を忘れるはずがございません」

 

 

 エルドリエはそう言って起き上がった。どこかに障害が残ったりしているわけではないらしい。流石は整合騎士と言うべきか。

 

 

「エルドリエ。何があったですか。貴方は何故、このような事に」

 

 

 アリスが早速問いかける。もっと時間を置いてもよいのではないか。いや、エルドリエの顔色は思ったよりも良い。もう質問にも答えられる状態であろう。それを証明するかのようにエルドリエが答えた。

 

 

「はい。ご存じの通り、私は報告を受けて、この南の回廊へと向かいました。暗黒界からの侵攻を受けているかもしれないという事の調査をするために」

 

「それで、南帝国にはジャイアント族がいたな。でも、そいつらはカラントから生まれてきてるっていう異様な状態だった」

 

 

 キリトの(つぶや)きにエルドリエは(うなづ)いた。目線はアリスに向いたままだ。

 

 

「その通り。南の回廊は破られておりません。ここにいたジャイアント族はあくまで、カラントから生まれてきた者達なのです。信じがたい話ではありますが……」

 

「それで、貴方はどうしたのです」

 

「ジャイアント族を引き付け、隙を突いて南の回廊を崩落させて、閉じ込めようと思っておりました。しかし、その時に何者かが私の目の前に現れたのです」

 

「何者かが? その人は何なのです?」

 

 

 アリスの引き続きの問いかけに、エルドリエは首を横に振る。悔しそうな顔をしていた。

 

 

「わかりません。頭巾を被って顔を隠していたものですから……ですが、そいつは間違いなく敵でした。私に剣を、いえ、杖らしきものを振るってきたのです。私はそいつとジャイアント族を同時に相手にしていました」

 

 

 杖――と言っても様々な種類がある。どんなものを振るっていたのかは想像するのが難しい。アリスが更に問う。

 

 

「その実力のほどは」

 

「整合騎士に匹敵する剣術でした。そして、奇妙な防護術を用いました。まるで、見えない壁を(まと)っているかのような……その壁のようなものに剣も鞭も弾かれ、結局私はそいつに一撃も加える事ができなかったのです」

 

 

 また厄介なものが出てきたものだ。

 

 見えない壁を作り、攻撃を全て弾いてくるなど、前代未聞の能力だ。もしかしたらクィネラやカーディナル辺りならば知っているかもしれないが、逆に言えば彼女達くらいしかそんな術は得ていないはず。

 

 それを得ているのが敵だなんて、頭痛がしそうだった。

 

 

「そして私はジャイアント族とそいつとの戦いの最中で、意識を失ったのです。まるで身体を石に変えられてしまったかのようでした……」

 

「身体を石に……恐らくは《ディープ・フリーズ》ですね。セントラル・カセドラルで小父様が受けたものと同じ物です。しかしそれを使えるのは元老長であったチュデルキンと、最高司祭様のみだったはず……その者は元老長と最高司祭様と同じくらいの術者であったという事でしょうか」

 

「その意識を閉ざされた後……あ、ああああああッ!」

 

 

 エルドリエが突然頭を抱えて大声を出したものだから、キリトは驚いた。周りの者達も同じように驚いていた。その一人であるアリスが声をかけた。

 

 

「どうしたのです、エルドリエ」

 

 

 エルドリエは顔を上げた。ひどく怯えているような表情になっている。

 

 

「……《あいつ》です、アリス様。閉ざされていた私の意識の中で、あいつが……最高司祭(さいこうしさい)猊下(げいか)に取り憑き、人界のあり(よう)(ゆが)め、我々を支配していた悪霊が……(ささや)いてきたのです……」

 

 

 キリトは思わず目を見開く。悪霊とはアドミニストレータの事だ。

 

 《カセドラル・シダー》に姿を変えたと思われていたあいつが、エルドリエの閉ざされた意識の中で出てきただって? 本格的に悪霊じみてきている。成仏という言葉からは程遠いという事か。

 

 

「アドミニストレータが? 奴は何と?」

 

 

 冷静さを何とか保っているアリスにエルドリエは答える。

 

 

「……私の母親は既に死んでいて、()ったのは私で……今の私は空っぽなのだと……だから、私には自分を守る使命しか残っていないのだと……奴はそう告げました……その言葉を最後まで聞いてしまった時、私は私を抑える事ができなくなり……そこからは記憶がありません」

 

 

 つまり、アドミニストレータの言葉を受けた直後に、彼は《EGO化身態》になってしまったという事であるらしい。

 

 聞いている限りでは、アドミニストレータがエルドリエを《EGO化身態》にさせたように思える。整合騎士達の中には未だにアドミニストレータが植え付けた《敬神(パイエティ)モジュール》が存在しているが、それが《EGO化身態》にしてしまうという事なのだろうか。

 

 真偽は導き出せそうにない。こればかりはクィネラやカーディナルに調査してもらうしかないだろう。

 

 だが、だとすれば相当に(まず)い。整合騎士達は《敬神モジュール》の作用によって《EGO化身態》になってしまう危険性を埋め込まれているという事になる。条件付きの爆弾を抱え込んでいるのと同じだ。

 

 場合によっては誰かを巻き込んで爆発するかもしれないし、自分一人だけ巻き込んで爆発するかもしれない。

 

 爆発した場合に生き残れるかどうかも不明瞭。(たち)が悪いったらありゃしない。

 

 

「そこから、貴方は《EGO化身態》という怪物になっていたんです」

 

 

 ユージオが真実を告げ、エルドリエは「え?」と顔を向けた。

 

 裁定の時間が来た。ここでエルドリエが受け入れられなければ、身体を黒い炎に包み込まれるかなどして消え、受け入れられればエルドリエ自身が強くなる。どちらが彼の運命だ。

 

 

「《EGO化身態》……そう言えば、本物の最高司祭猊下から、そのようなモノの話を聞かされたな……」

 

「はい。貴方はきっと、貴方の中に残る《敬神モジュール》からの影響を受けて、ご自分の中にある使命を暴走させられて、《EGO化身態》になってしまったんだと思います。けれどそれは《敬神モジュール》……埋め込んだアドミニストレータが悪いのであって、貴方が悪いわけではありません」

 

 

 ユージオの言葉には説得力があった。彼も一度アドミニストレータに操られ、整合騎士として良いように使われてしまった時がある。

 

 アドミニストレータという悪霊の邪悪さと残酷さに直接的に触れる機会があったからこそ、出てくる言葉であろう。

 

 

「私が《EGO化身態》に……怪物になり、暴れていたというのか」

 

 

 エルドリエの問いかけに、アリスは頷いた。

 

 

「はい。私達の手で、暴れ狂う怪物となった貴方を鎮圧しました。あのまま放っておけば、貴方は貴方ではなくなり、無辜の民にも危害を出していた事でしょう」

 

「そうでしたか……礼を言います、師よ。そして、《EGO化身態》などという怪物になってしまった至らぬ弟子をどうか、お許しください」

 

 

 キリトは「えぇっ」と内心思った。

 

 エルドリエはかなりプライドの高い整合騎士だったから、《EGO化身態》になった事、鎮圧された事を認められなくて危なくなるんじゃないかと思っていた。

 

 だが、エルドリエはすんなりと《EGO化身態》になった事を認めた。意外だ。聞き分けは良い方なのだろうか。

 

 

「認めるのね。あんたが《EGO化身態》になったっていう事実を」

 

 

 シノンの問いかけにエルドリエは頷いた。どこか渋々しているように見える。

 

 

「あぁ。こうしてお前達と師が居る事、ジャイアント族がいなくなっている事とカラントが消滅している事をこの目で見てしまったからな。認めるしかない。私は《EGO化身態》になり……二度もお前達に救われた」

 

「二度?」

 

 

 キリトの質問にエルドリエは答える。

 

 

「私は当初、お前達が最高司祭猊下と公理教会に反旗(はんき)(ひるがえ)し、人界を混乱に(おとしい)れようとしている反逆者だと思っていた。お前達から最高司祭猊下を守るために、私は鞭を振るっていた。

 しかし、私は騙されていた。それまで最高司祭猊下だと思っていたのは、取り憑いていた悪霊だった。悪霊は最高司祭猊下に成りすまし、人界の人々を機械人間などという(おぞ)ましい兵器に変えようとしていた。その蛮行を止めるためにお前達はやってきて、悪霊を滅ぼし、操られていた私達を救ってくれたのだ」

 

 

 確かに、整合騎士はクィネラの立場を奪ったアドミニストレータによって作り出され、最終的に機械人間にされるかもしれなかった者達だった。

 

 アドミニストレータを倒したというのは、人界の人々は勿論、整合騎士達も救ったという事だと、今更ながらキリトは気が付いていた。

 

 

「そしてお前達は、あの悪霊の呪いによって怪物となった私を、こうして人の身に戻してくれた。この事に関しては深く礼を言う。騎士としても、人間としても……」

 

 

 エルドリエは深々と頭を下げてきた。あのプライドの高いエルドリエに頭を下げられているという光景は、中々呑み込みにくい。南帝国に出発する時は「なんでこいつらまで一緒なんだ!」とさぞかし気に食わない様子で、こちらへの見下し全開だったというのに。

 

 アドミニストレータの呪いとかいうものを受けた事で考え直してくれたのだろうか。だとすれば良い薬になったとも言えなくもないか。

 

 

「しかし!」

 

 

 かと思ったその時、エルドリエはくいっと顔を上げて、ある方向を(にら)み付けた。その先に居るのはユージオだ。表情が蛇に睨まれた蛙みたいになる。

 

 

「お前に助けられたという事だけは気に食わんな!」

 

「えぇっ、僕!?」

 

「いやいやいや、なんでユージオだけ駄目なんだよ!?」

 

 

 流石にキリトもツッコミを入れるしかなかった。エルドリエが答えてくる。

 

 

「お前は何かとアリス様の(そば)に居て、挙句仲睦(なかむつ)まじくしているようではないか! 何様のつもりなのだお前は!」

 

 

 あぁそうか。エルドリエはユージオとアリスが事実上の恋人同士であるというのを知らないのだ。

 

 アリスはエルドリエにとっての剣の師匠。その偉大なる師匠に、自分よりも結構年下の青少年が付きまとっているというのは、確かに気持ちのいい光景ではないだろう。

 

 だが、この堅物頭に事実を話していいのだろうか。「ユージオとアリスは付き合っているから一緒に居るんだよ」なんていう真実を伝えた瞬間、エルドリエが「貴様なんざアリス様に相応しくない男だぁッ!!」などと言ってユージオをマグマの海に放り込みかねない。

 

 ……この場にルコがいなくてよかった。ルコがいたら確実にエルドリエに本当の事を話してしまって、やはりユージオをマグマダイブの刑にさせていた事だろう。

 

 いやいや、そんな事を考えている場合ではない。こいつをどうやって鎮める?

 

 

「あぁ、そうですね。エルドリエには友達がいませんもんね」

 

 

 その時、アリスが口から零れさせたように言った。皆が「えっ」と言って向き直る。アリスはどこか涼しい顔をしていた。

 

 だが、それが作りものであるという事を、キリトは瞬時に見抜けた。

 

 アリスはユージオと恋人同士である事を自覚し、尚且つそれが周りにバレそうになっている事に焦っている。どうやらアリスもシノンと同じタイプの女の子のようだ。

 

 その焦りと紅潮を隠した涼しい顔で、アリスは続けた。

 

 

「ユージオは私の友達であり、この作戦の協力者です。友達はよく一緒にいるものです。そうでしょう?」

 

「えっ、ええと、確かに、そうですが……」

 

「貴方も友達を作りなさい。そうすればわかりますから」

 

 

 エルドリエは「友達……」と言ってがっくりと肩を落とした。

 

 整合騎士達はアドミニストレータに作り出され、尽くす事だけを強いられてきた。友達を作っていい権限みたいなものはなかっただろうから、所謂(いわゆる)ぼっち状態を強制させられてきただろう。

 

 エルドリエはそれがどれ程異常な事であったかに気が付いてくれたようだが、何か他の事にも気付いたように見えた。

 

 恐らく自分が高圧的で、友達ができにくいタイプであると自覚したのだろう。そういった事に集中してくれたおかげで、注意をユージオから外してくれたようだった。

 

 つい今の今まで矛先を向けられていたユージオは、後ろを向いて「助かった……」と言わんばかりの顔をしていた。よく見ればアリスもエルドリエから視線を外し、深く溜息を吐いていた。自分達の恋愛事情をバラさずに済んだ事に安堵(あんど)したらしい。

 

 しかしすぐさまエルドリエに向き直り、笑みを顔に浮かべた。

 

 

「ですが、貴方ならばすぐに友達ができそうですよ、エルドリエ。何故なら貴方は、強くなったようですから」

 

「え?」

 

 

 エルドリエ同様の反応をしたその時に、キリトは気が付いた。エルドリエが腰に携えている鞭が紫色の光を放っている。

 

 いや、正確には紫色に光る粒子を周囲に漂わせ、その中心で鞭そのものが光っているといった感じだった。なんにしても良さそうな異変が起きているように見える。

 

 

「私の神器が……これは一体?」

 

 

 エルドリエは鞭を掲げて様子を見ていた。形自体は変わっていない。しかし感じられる雰囲気というか力が、前よりもずっと強くなっているというのがわかる気がした。アリスはこの鞭が宿す力の強化をいち早く感じ取ったのだろう。

 

 そのアリスがエルドリエに伝える。

 

 

「最高司祭様とカーディナル様によると、《EGO化身態》になったものの、鎮圧されて元の姿に戻り、その結果を受け入れられた者は、《EGO》なる強大な力を宿す武器を得るそうです。貴方の場合は、その神器が《EGO》と同一化したという事なのでしょう」

 

「これが私の《EGO》……私はこの神器ともっと深く結び付いたのですね。確かに今、この霜麟鞭(そうりんべん)がまるで身体の一部になったかのような親しみと、力強さを感じます」

 

 

 エルドリエは鞭を腰に戻すと、またしてもアリスに深く頭を下げた。

 

 

「師よ、改めて感謝いたします。私は人界を守る整合騎士として成長できた気がします。これからは、この鞭を以て、人界と人々を守ると約束します」

 

「それは最高司祭様に言ってください。きっとお喜びになられますよ」

 

 

 エルドリエは「はい!」と答えた。その中でキリトはエルドリエの鞭を引き続き見る。

 

 なるほど、自分みたいに《EGO》そのものが生成される事もあれば、手元の武器が《EGO》となる事もあるのか。そうなると、生成された《EGO》と武器から《EGO》になったモノには、強さとか性能などに違いがあったりするのだろうか。

 

 これもクィネラやカーディナルに聞いてみる必要がありそうだ。彼女たちにはたくさん質問する事になりそうだが、どしどし聞いてくれみたいな事を言っていたので、遠慮なく質問させてもらう事にしよう。……その時エルドリエが何か言ってこないか心配になってきたが。

 

 

「ねぇ、おにいちゃん。あれは?」

 

 

 掛けられてきたリーファの声に振り向き、キリトは驚いた。エルドリエを止める事、止めた彼から話を聞く事に夢中になっていて気が付かなかったが、この円形闘技場の奥の方に、とてつもない存在感を放つものがあった。

 

 紫色の彼岸花に似た風貌でありながら、あちこちに茨のような蔓が巻き付き、大樹のように根差している巨大花。

 

 カラントだ。これまで南帝国で確認されてきたものよりも、ずっと大きなカラントが、禍々しく咲いていた。多分花だけでも十メートルは超えているだろう。最早(もはや)カラントというよりも、ミニサイズの《カセドラル・シダー》だ。

 

 お前、いつからそこにいたんだ。最初からいたのか? いたならば「ここにいる!」と高らかに叫んだらどうなんだ。植物だから声は出せないなんて常識はお前には通じてないんだろう。そんなふうに思えてきた。

 

 

「カラント!? こんなに大きいのまであるっていうの」

 

 

 カラントの正式名称カラミティ・プラントの名付け親であるアスナも随分と驚いていた。ただでさえデカいカラントが更に巨大化してるんだから、驚くのも当然だろう。逆に驚かないでいられる人がいるのか気になるところだ。

 

 

「何なのかしら、これは。まるでこの辺のカラントの親玉っていうか、根源みたいに見えるわね」

 

 

 シノンが冷静な分析を下す。それは正解だとすぐにわかった。

 

 巨大なカラントから伸びる茨の根から、複数のカラントが生えていたのだ。更によく見てみれば、先程リランが焼き払ったカラントの真下にも、巨大カラントに繋がる根が巡っているのがわかった。

 

 

「どうやらそうらしいな。こいつがここら一帯……いや、南帝国全体のカラントの大本だったんだ」

 

「なんだって。このカラントが、南帝国にカラントを生やさせて、魔獣を生み出してたっていうのか」

 

 

 それまで黙っていたメディナが言ってきた。ここまで巨大ならば、そうであっても不思議ではないだろう。

 

 先程の戦いでカラントからジャイアント族が生まれてきていたのも、カラントが自分の身を守ろうとしていたからだ。色々繋がってきたぞ。

 

 

「カラントの大本……という事は、南帝国に飛竜を奪って飛んでいったとされる者は、この巨大カラントの種を植えていったという事でしょうか」

 

 

 アリスの推測に頷く。恐らくはその飛竜泥棒が、このカラントを植えて南帝国をカラントと魔獣の国に変えようとしていた黒幕であり、同時にエルドリエを襲った頭巾の者であると思ってよさそうだ。

 

 その事を伝えると、皆納得してくれたようだった。その中の一人であるエルドリエが疑問のある顔をする。

 

 

「あの頭巾の者が、このカラントを植えていったというのか。一体何のために……?」

 

「それはわからない。だが、ひとまずはこれを斬ってしまった方が良さそうだ」

 

「そうだね。だけど、この巨大なカラントの一部は持っていった方が良いんじゃないかな。クィネラ様とカーディナルさんに調べてもらおうよ」

 

 

 ユージオの提案にキリトは乗り、《夜空の剣》で巨大カラントの一部を切り取り、懐に突っ込んだ。流石に懐の中で根を生やしてくるなんて事はないだろう。

 

 そう思いながら、キリトは続けて胸から自身の《EGO》たる白き炎剣を抜いた。もしかしたらマグマにも勝るかもしれない熱量を持つ刀身に渾身の力を込めて、巨大カラントを横一文字に斬り払った。

 

 植物――であろう――を斬ったはずなのに肉を斬ったような手応えが来たのとほぼ同時に、純白の刀身はカラントを切り抜けた。

 

 上下真っ二つになった禍々しい花は、バキバキと音を立てて崩れ、真っ白な炎に包み込まれて炎上。数秒も立たないうちに燃えてなくなった。

 

 合わせるようにして、そこら中に伸ばされていた根も崩れ落ち、マグマの海へと消えていった。その時にようやく、周囲を満たしていた異様な空気が消えていくのがわかった。恐らくこれがカラントから漏れ出るアドミニストレータの心意だったのだろう。

 

 

「よし、これで多分南帝国からカラントは消えるだろう。一安心だな」

 

 

 思った事を呟いた直後だった。リランの《声》が急に頭の中に届けられてきた。

 

 

《キリト、足元に何か落ちているぞ》

 

「え?」

 

 

 キリトは言われるまま足元を見た。それまで巨大カラントの根が張り巡らされていたところに、小さい何かが転がっているのが確認できた。何かしらの植物の種のように思える見た目だ。

 

 

「何だこれ」

 

「ちょっと、不用意に触らない方が――」

 

 

 シノンの言葉を最後まで聞くより先に、キリトは種らしきものを拾い上げてしまった。皆が「あ……!」と言って、次に起こりそうな大事に備えるような姿勢を作った。

 

 その時点でようやく、キリトは気が付いた。

 

 もしかして拙い事をしてしまったか?

 

 こいつはあのカラントの種で、拾い上げた自分を苗床にして急成長するものか?

 

 だとすれば次の瞬間、自分の身体にカラントの根が巻き付いて――

 

 

「……!」

 

 

 ――来なかった。何も起こらない。種はキリトの手に持たれたまま、微動だにしなかった。本当にただの種のようだ。

 

 

「……何もないな。こいつはただの種だ」

 

 

 皆が一斉に脱力したように息を吐く。そのうちの一人であるシノンが声掛けしてきた。顔を見れば、大分呆れているようだった。

 

 

「もう、びっくりさせないで頂戴(ちょうだい)。あなたに何か起こるんじゃないかって思ったのよ」

 

「いやぁ、悪かった。だけど、これも巨大カラントの根と一緒に、クィネラとカーディナルに見せた方がよさそうだな。よし、対策本部へ戻るぞ」

 

 

 今回は色々と大変だったが、収穫もあった。キリトは皆に呼びかけ、再びリランの背中に飛び乗った。

 

 

 


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