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「南帝国でジャイアント族と《ベクタの迷子》が同時に確認された?」
「どういう事なんですか。ジャイアント族はダークテリトリーに居るはずではないのですか!?」
キリトにその報告を持ってきたのはアリスとユージオだった。すぐ傍で色々と話をしていたメディナもかなり驚いたような声を出している。
「私も最初は耳を疑いました。しかし、南帝国の商人達
そう話すアリスも信じ難そうな顔をしていた。このアンダーワールドは人間が暮らす人界と、亜人族が暮らすダークテリトリーに分かたれており、双方の領域は果ての山脈内に設置されている回廊と、東の大門によって
そこを突破して、ダークテリトリーの者達が人界に入り込んできたのであれば、それは《最終負荷実験》の開始を意味するが、こんなに早いものだっただろうか。
いや、それならば東の大門が突然消えたなんて言う話が出てくるはずだが、そんな話は聞いた事がない。つまり最終負荷実験が始まったわけではないと考えてよさそうだが、そうなるとジャイアント族が突然現れたなんて話が、より訳のわからないものとなってしまう。
「何かの見間違いっていう説はないか。例えば魔獣とか《
キリトの問いかけにユージオが首を横に振った。
「ううん。周りの魔獣とかは皆倒されていたみたいなんだ。そのジャイアント族にしか見えない巨人によって……」
「って事は、本当に人界にジャイアント族が侵入してきたって事なのか。こういうのは前にもあった事か?」
今度はアリスが首を横に振る。
「いいえ、そんな事は今までにありませんでした。この話が本当であるならば、真相の調査に向かわないといけません。カラントと魔獣の討伐があるというのに、次から次へと……」
ただでさえやる事が多くて手一杯なのに、これ以上やらなきゃいけない事を増やしてくるだなんて――アリスの顔には、そんな焦燥の色が浮かんでいた。
カラントは討伐によって数を減らしてきているが、反対に魔獣は今もなお増えているらしく、今では南帝国のあちこちに出没しているという話だ。それを聞いたベルクーリが、「このままじゃ南帝国が魔獣の国になるのも時間の問題だ」と述べたところも見たものだ。
この混乱に乗じて暗黒界の先兵が攻め込んできているのか。そうではないとしても、処理が追い付かなくなりそうなのは間違いなかった。
そこまで考えたところで、キリトはとある事を思い出した。
「そう言えば、エルドリエはどうした。確か彼が南の回廊の調査に向かっているって話だっただろう」
「彼はまだ戻ってきていません。異常が確認されなければ、すぐに戻ってくるよう言っておいたので――」
言いかけて、アリスは目を見開いた。何かに気付いたらしい。疑問そうな顔をしたメディナが問いかける。
「アリス様、どうされました」
「まさか、エルドリエがジャイアント族にやられて……《南の回廊》が突破された!?」
皆に驚きが広がる。エルドリエが実力者なのはよくわかっているが、それでも彼は一人で《南の回廊》に向かっていた。もしジャイアント族が現れていたのであれば、負けてしまう事も十分に考えられる。
「そんな! 整合騎士様が、やられてしまった……!?」
メディナの声にアリスははっとしたようになって、もう一度首を横に振った。
「……いいえ、彼は私が鍛えた整合騎士。ジャイアント族
「それに、ジャイアント族が発見されたところの近くには、《ベクタの迷子》もいたみたいなんだ。カラントが出て魔獣が出てきて、ジャイアント族と《ベクタの迷子》まで出てきた……これって偶然なのかな」
ユージオの言う《ベクタの迷子》とは、記憶を失って人界を
カラント、魔獣、ジャイアント族、そして《ベクタの迷子》。考えてみれば全てがカラントの出現を最初にして出現してきている。偶然と考える方が無理があるだろう。
「それは考えられない。もしかしたらジャイアント族も《ベクタの迷子》もカラントが関わっている可能性がある。探しに行くか」
「えぇ。丁度小父様からも依頼が来ています。共に向かいましょう」
アリスの言葉にキリトは
そしてこの混沌は、やがて人界の全土に広がろうとしているのではないか――キリトはそんな気がしてならなかった。
そのような気持ちを胸に抱きながら街中を進み、キリトはリランと合流した。彼女の他は、昨日南帝国に向かった者達でパーティを組んだ。
キリト、シノン、リランの三人、アスナ、リーファ、ユピテルの三人、そしてユージオ、アリス、メディナの三人。合計九人からなる三チームで、南帝国を目指す事にした。
ジャイアント族の目撃情報があったのは、昨日カラントが確認された熱帯雨林地帯を更に進んだ先にある砂漠地帯の、更に先にある岩山地帯であるという話だ。
岩山地帯は《南の回廊》から結構な距離があり、仮にジャイアント族が走ったとしても一日くらい要するくらいだ。そこまで迫り来ているのであれば、一刻も早く対処しなければならない――アリスから言われたキリトはリラン、ユピテル、
荒涼とした風を受けながら、どこまでも砂と岩の広がる大地を眼下に飛んでいると、その一点に黒いものが確認できた。リランにホバリングしてもらい、目を細めて見てみる。四つの人影だとわかったが、その一つの姿にキリトは驚かされた。
一つだけ、普通の人間の三倍くらいの大きさの
そう思っていたところ、地上をジャンプと疾走を駆使する事でこちらに追い付いてきていたユピテルが、頭の中に《声》を送ってきた。
《巨人です、キリトにいちゃん! 巨人が人々を襲っています!》
「って事は、あれがジャイアント族か!?」
ユージオの腹に手を回しているアリスが声をかけてきた。
「間違いありません。行きましょう、キリト!」
「わかった。リラン、降りろ。間違ってもブレスは撃つな!」
号令を受けたリランは一気に地面を目指して高度を下げた。アリス曰く強靭で巨大な体躯を持っているのがジャイアント族だ。人間型戦車とも例えられるそれには、リランの火炎弾ブレスが効果抜群だろうが、あのジャイアント族の周囲には逃げ惑う人々。ブレスを撃ち込めば、確実に人々も巻き込んでしまう。
なので、爆発を伴う攻撃を仕掛ける事は避けるしかなかった。その厄介な状況を作り出している張本人たる巨人に近付いていくと、その姿がはっきりとしてきた。
肌は墨を混ぜたように黒く、短い頭髪はもっと闇のようにどす黒い。鎧等は最低限のものしか身に着けておらず、上半身にはいくつかの黒き鎖が巻き付いていた。そして目は白目に当たる部分さえも黒く、瞳は禍々しい赤色。
人間らしい部分は全体的なシルエットのみであり、細部は何もかもが人間よりも凶悪な形になっている。ルコと同じ――かもしれない――でありつつも、毛色が完全に異なる亜人種であった。
「そこまでだ、デカブツ!」
勢いをほとんど殺さずに着地したリランから飛び出すように降り、キリトは剣を構えた。すぐさま一緒に乗っていたシノンが弓矢を抜いて隣に並び、アスナ達、ユージオ達も続いてくる。
皆でそれぞれの武器を構え、リラン、ユピテル、冬追という三匹の巨大な獣が並んだところで、黒き巨人はぎりっとキリトを
「なんだ、貴様らは!? また生意気な《イウム》共が集まって来たか!」
《イウム》。暗黒界の言葉で人間を意味する。そんな言葉を使った点と、その身体から
「た、助けてください! 急に現れたかと思えば、襲ってきて……」
巨人に襲われていた三人のうちの一人である少女が声をかけてきた。振り返ってみたところ、三人とも恐怖ですくみ上ったような顔をしていた。全員武器を携行しているようだが、ジャイアント族が相手では抜こうと思えなかっただろう。差があり過ぎるのだ。
確認したアリスが指示をする。
「下がっていてください。こいつは私達で止めます!」
三人は言葉通り後方へ退いていった。すかさず巨人が一歩踏み出す。
「おい待て! それはオレの獲物だぞ! 逃がしてなるものかぁ!」
巨人が走り出そうとすると、三人と巨人の間にリランが割って入った。ぐるぐると喉を鳴らし、鼻元に
巨人が足を止めたところで、キリトは巨人に声掛けをした。
「お前は何者だ。目的は何なんだ」
巨人は再びキリトを睨みつける。
「オレはザクザ。オレは力を誇示するために、兄弟と共にここへ来た!」
ザクザはぶんと棍棒で前方を薙ぎ払うような仕草をした。
「全てを倒し、オレ達が最強であると証明する!
野太い声のザクザは「グオオオオ!」と咆吼した。既にわかっていたが、完全にやる気に火が付いているらしい。こちらを全滅させるまで戦うつもりでいるのだろう。致し方あるまい。
「皆、来るぞ!」
キリトが呼びかけた直後に、ザクザは右肩を前に突き出す姿勢を作り、タックルを繰り出してきた。迫りくる三メートルくらいはあるであろう巨体から、皆は散開、退避する事で回避する。しかしその中で一人離脱しなかったのがユピテルだった。
ユピテルは肩から生える腕を身体の上で
一人と一匹の獣の肩がぶつかり合い、どぉんという轟音が鳴り響くと、ばちばちという電撃が
「ぐ、おお、おおおおおおおッ」
直後、ザクザが悲鳴を上げてその場で硬直、膝を付いた。雷撃エネルギーで構成されているユピテルの身体に触れた事により、感電したのだ。
ユピテルを詳しく調べたクィネラから聞いた話によると、《使い魔》形態になったユピテルの身体は、攻撃時には雷と同じくらいの電気を放つとされていて、人間が触れば確実に感電死してしまうという。
ザクザは巨体であるため、人間では耐えられないくらいの電気にも余裕で耐えられるだろうが、天から降り注ぐ雷レベルまでくれば、そうは言ってられないだろう。
しかもザクザの身体には鎖や簡素な鎧といった、金属のものが多数
「お、のれ、生意気なイウム、どもがあッ」
しかしザクザはすぐさま立ち上がり、体勢を立て直してユピテルに殴りかかった。もう一度電撃がザクザの身体を駆け巡り、青白い光に包まれたが、ザクザは構わんと言わんばかりにユピテルの胴体に埋めた拳をそのまま突き出し、アッパーした。雷を根性で耐えきったらしい。
「ユピテル!!」
母親であるアスナが声を上げるが、果たして息子ユピテルは空中で受け身を取り、くるりと回転しながら着地した。傷を負って弱っている様子はない。雷をその身に受けた事により、ザクザは思い通りに力を振るえなかったのだ。
それがザクザの怒りに火を点けたのか、ザクザは咆吼した後にキリト達を見下ろした。
「潰してやる、潰してやるぞイウムどもぉ!
そう言ってザクザが棍棒を振り上げたその時だった。突然その胸に何かが突き刺さった。ナイフだ。金属ではなく、氷でできているナイフが、何本もザクザの胸に突き立てられていた。
「な、にぃ……!?」
ザクザは信じられないようなものを見る目で自身の胸を見ていた。はっとしたキリトはとある方向に向き直る。そこにいたのはユージオだ。彼は今まさに、ナイフを
「ユージオお前、今何を……!?」
驚いた顔のメディナが問うと、ユージオは不敵な笑みを浮かべた。
そうだ、彼はアドミニストレータに引き込まれた時、冷気を自在に操る力を与えるとされる、《フロストコア》なるものを身体に埋め込まれたのだ。これによりユージオは、冷気と氷であらゆるものを作り出せる。
今ザクザに放ったような氷のナイフは勿論の事、青薔薇の剣を補強して両手剣にしたり、頑強な氷の盾を作ったり、はたまた氷で長剣を作って二刀流にしたりなど、その力は本当に自由自在であり、強いものだった。
それだけではない。ユージオが《フロストコア》の力で作り出した氷は、それ自体が常に絶対零度を放ち、傷付けた対象に凍傷を負わせたり、霜で覆わせて血そのものを凍らせたりなどもできる。
そして今、氷のナイフを複数本胸元に受けているザクザは、そこを中心にして白い霜に覆われ、氷漬けになろうとしていた。
「ぬっ、ぐあああッ! オレの身体が、血が、凍る……!? 身体が、動かん……」
ザクザは再び膝を付いた。霜に覆われてしまった手から棍棒が滑り、どすんという音を立てて地面に落ちた。その得物を、ザクザは手に取ろうとはしなかった。
「終わりだよ、ザクザ。お前の負けだ」
ユージオがまさに氷のように冷たい一言を述べると、ザクザは首を横に振った。
「おのれ、生意気なイウム共がぁ……最強であるオレ達が負けるなど、あり得ん」
キリトは目を細めた。オレ達? 何故複数形なのだ?
「オレ達は力を誇示するために、ここへ来た。オレは兄弟と共に、ここへ来たのだ」
「何を言ってるの。ここにいるのはあなただけで、他にジャイアント族はいないよ」
リーファが疑問を投げかけると、ザクザは「何?」と言った。
「オレ一人だと? そんな馬鹿な話があるものか。オレは兄と共にいたのだ。オレ達は離れた事は一度もない!」
どうやらこいつには兄弟がいるらしい。だがやはり、それらしきものの姿はこの近くにはない。ここにいるのはこいつだけだ。キリトは確認すべく問いかける。
「じゃあ、お前の兄弟の名前は?」
「我が兄の名はジクジ! ジクジよ、どこにいるのだ。共に倒そうぞ、ここにいる生意気なイウム共を! 我が最強の兄、ジクジよ!」
ザクザがきょろきょろと周囲を見回したそこで、リランが《声》で「ぬ?」と言った。何かに気付いたらしい。
《待て。お前はさっき、
リランの《声》を受け、ザクザは動かなくなった。《声》に驚いたのではない。リランの指摘を受けたせいだ。
「ジクジが最強……? 否、違うぞ。最強はオレだ! ジクジではない、オレだ、このオレこそが最強なのだ! ジャイアント族最強の戦士なのだぁ!」
ザクザは首を動かすのやめて下を向いた。
「そうか……オレは一人の力を求め……兄弟さえも支配しようと……だが、違う。オレ達は兄弟で最強だ。最強なのは、オレ達兄弟……いや違う、オレこそが最強で……」
おい、お前は何を言っているんだ。何で相反する事を言っている――キリトが目を見開くと、ザクザは両手で頭を抱えた。
「兄弟で最強、違う、オレだけが最強、違う、兄弟でさい強、オれだケが、最きょう……」
「な、何? どうしたの?」
アスナの問いにザクザは答えなかった。ノイズのような音が混ざった声が吐き出されてくる。
「きょきょきょきョ兄ダい、オ、オ、オ、おれ、オレオレおれオれ、オ、オ、おオ、オオレ、サイキョウ、さイ強、最きョウ、オレ、キョウダイ、おレ、キょウダい」
ザクザは大きく
「きょきょだイおレオれキょキょきョウだいオれおレキョうだイおレキょウだイおれきョウダいオレガキョうだいウギギリギギギオレガギギギギギぎぎぎぎキョウだいオれえうぎうぎぐがぎぐぎぐぎぎぎギギギぎぎぎぎギギぎぎぃイイぃぃイイいィィいいいぃぃぃぃぃぃ――」
一際耳障りな声を出したかと思うと、ザクザは何の音も発する事がなくなり、真後ろに倒れた。地面に衝突する轟音を出し、土煙を舞わせた後、ザクザは一切の身動きを取る事も、呼吸をする事もなかった。
「い、今のは……!?」
驚愕の表情を浮かべたアリスは倒れたザクザを見ていた。横で冬追が喉を鳴らしている。何が起きたのかわからず、警戒を止められないのだ。
「な、何なんだ。何が起きてこうなった?」
戸惑うメディナに、リランが答えた。
《魂が崩壊したのだ。精神に極度の負荷がかかると、今みたいになってしまう事がある。己の中にある確固たる観念などが、矛盾する状況や考えと衝突し合う事で起こる。こいつは自分が最強なのか、それとも兄弟と合わせる事で最強なのであって、自分一人だけでは強くないのかの考えの間で板挟みになり、そのまま押し潰されてしまったのだ。
人界の人間であれ暗黒界の亜人であれ、矛盾を内包するような事があれば容易に崩壊する危険性があるというクィネラの話は本当だったな……》
「そういう事か……」
キリトが
「僕、てっきりザクザもライオスみたいに《EGO化身態》になるんじゃないかって思ったよ……」
「俺もそう思ったが……ザクザはライオスみたいに利己が強かったわけじゃないんだろう。いや、利己よりも物凄く硬直した観念に縛られていたから、《EGO化身態》にならずに死んだのかもしれないな」
《硬直した観念、ですか》
頭の中に響くユピテルの《声》に頷く。
「あぁ。こいつはきっと、兄弟の事も大切に思っていたんだろう。だから兄弟合わせて最強だと思っていたが、自分一人でも最強だと思う部分もあったんだ。そんな矛盾した考えを抱いた結果、制御が効かなくなり、こうなってしまったんだろう」
「兄弟……このザクザも、おにいさんの事を大切に思ってて……」
リーファの悲しそうな声にキリトは答える。
「そうだな……もし、自分だけが最強だと一途に思っていたんなら、俺達に負けた事を認められなくて、《EGO化身態》になったんだろうけれど、兄弟への想いがあったから、そうはならず……矛盾した考えに潰されて死んだ。やるせないな」
リーファは「うん……」と小さく言った。暗黒界人とはいえ、彼もまた自分達と同じように魂を、そして家族を持つ人間なのだ。いずれにしてもこのザクザの身に起きた事は悲劇としか言いようがない。
硬直した観念に縛られていれば、矛盾を抱えた際にそれを受け入れられず、精神が魂諸共破壊されるような事象に見舞われ、観念を
人界の人々も暗黒界の亜人達も、残酷な
「あの……」
考えを進めるキリトの横から聞こえる声があった。先程ザクザに襲われていた三人だ。今更になって確認してみたところ、三人のうち青年が二人、少女が一人という構成で、三人ともまだ若い人達であるというのがわかった。今の声は、そのうちの赤茶色の髪の青年によるものだった。
「大丈夫だったか」
キリトの声かけに三人はひとまず頷いた。だが、その顔に浮かぶ不安そうな表情は消えていない。三人のうち、青髪の青年が答えてくる。
「あいつは何だったんだ。どうして俺達を襲ったりしたんだ」
キリトは目を細めて眉を寄せた。ザクザが該当していたジャイアント族を中心に、暗黒界人は人界の人々を強く敵視している。だから会えば襲ってくるというのは、当たり前の常識のように知れ渡っているはずだ。
「あいつらは私達を襲うのが一般常識なんだ。それがわからないのか」
メディナの問いかけに、二人の青年は頷いた。
「あぁ。俺達、何も覚えていないんだ。気が付いたらこの場所にいて……どこに行くべきなのかわからなくて、迷っていたんだ」
「そしたら、あんなのが急に現れて、襲ってきて……怖かったよ、ほんと」
彼らを除く、その場にいる全員で驚いた。気が付いたらこの場所にいて、何も思い出す事ができない。それはまさしく、ジャイアント族と共に確認されたという《ベクタの迷子》の特徴だった。ついに自分達は実物に接触したらしい。
「何も覚えてないって……それは本当ですか」
尋ねるアリスに二人はまた頷く。嘘を吐いている様子はない。彼らは本当に記憶がない状態であるようだ。様子を見たユージオが呟く。
「これが。目撃例のあった《ベクタの迷子》……」
「らしいな。だけど、何でここに。いや、そもそも何で急に現れたっていうんだ」
キリトは顎に手を添え、考えを回してみた。が、すぐさま行き詰まった。ジャイアント族が現れた原因も掴めていないのに、《ベクタの迷子》がどうして急に現れたかなどわかるはずがない。いつものように考えようとした自分の愚かさが恥ずかしくなった気がした。
「とにかく、安全なところに避難させた方がいいんじゃないかしら。またジャイアント族が襲ってこない保証もないみたいだし」
シノンが進言したその時だった。アリスがはっと聞こえる声で言った。
「またジャイアント族が来る……そしてザクザが言っていた兄弟……
「拙いって、何が?」
ユージオの質問の後、アリスはこちらに向き直りつつ答えてきた。
「こうしてジャイアント族が確認されたという事は、南の回廊が突破されたという事に違いありません。そしてザクザが兄弟の事を言っていたという事は、南の回廊にジャイアント族の増援がいる可能性が高いという事です!」
キリトも「あ!」と言って気が付いた。
そうだ、ザクザは自身の兄弟の事を口にしていた。それはつまり、南の回廊から侵入したジャイアント族はザクザ一人だけではないという事だ。
ザクザ一人だけでも十分脅威だったというのに、あれと同種がぞろぞろと徒党を組んで来ようものならば、カラントと魔獣で
そして《南の回廊》の調査に向かったエルドリエは今、侵入してきたジャイアント族の群れと交戦している可能性が高いだろう。敗北してしまった可能性だってある。
「皆、《南の回廊》まで急ぐぞ。エルドリエが危ない!」
キリトの号令は、その場にいる一人を除く全員に伝わった。すぐさま、その一人が誰なのかにキリトは気が付いた。
メディナだ。彼女は今、座り込んでいた少女の手を引き、立ち上がらせようとしている真っ最中だった。
「メディナ、《南の回廊》へ急ぐぞ」
メディナは答える。
「聞こえた。だが、こいつらはどうするんだ。ここに置いていくわけにも行かないだろう」
キリトは軽く喉を鳴らした。そういえばそうだった。
現状が掴めた今、南の回廊に向かわねばならないのだが、この《ベクタの迷子》の三人を安全地帯へ送り届ける必要もある。しかも彼らは三人とも戦えないみたいなので、彼らの方を優先する必要がありそうだが……そうした場合、どれだけの
「――私達なら、大丈夫ですよ」
不意に少女の声が聞こえた。メディナに手を撮ってもらい、起き上がった少女が発生源だった。
彼女はメディナに笑みを向けていた。いや、彼女だけではなく、二人の青年も同じだ。三人揃ってメディナに顔を向け、笑んでいる。そして少女はもう一度口を開いた。
「一緒に行きます。救世主様」
メディナは「は?」と言って目を見開いた。