「その理由は簡単じゃった。お前がそもそも《シンセサイズの秘儀》の原点に当たる術で誕生した存在であり、お前自身が《クィネラという女》の身体に無理矢理入り込んでいる全く別の人格……言うなれば、《アドミニストレータという名の悪霊》だったというわけじゃ」
「最高司祭様自身が、《シンセサイズの秘儀》で誕生した……!?」
アリスが驚きの表情で尋ねる。彼女達整合騎士団を作った最高司祭もまた、同じ奇術によって誕生した存在であると教えられれば、そんな反応をして当然だ。
目を見開く彼女にカーディナルは
「しかし、その術は原点であるが故に不完全だった。だから《クィネラ本人》の魂と人格は封じ切られず、《お前》は時折《クィネラ本人》の抵抗に
アドミニストレータは「ぐぅぅ……」と言って
《なるほどな。お前は何一つ上手くいっていなかったという事か。ダークテリトリーの侵攻に対抗できる兵器として開発した整合騎士団は
アドミニストレータは更に後退りした。リランの言った事は全て真実だからだ。一見完全に人界を
人界の人々が、クィネラが、こんな欠陥だらけの独裁者に支配されていただなんて。世界の実情の間抜けさを知ってしまったような気がしてきて、キリトは呆れを
だが、それはすぐさま怒りに変わって燃え出す。
時折アドミニストレータと強制交替するような形でクィネラが出てきていたという事は、クィネラはずっとアドミニストレータの蛮行を、その支配によって巻き起こる惨状を見せつけられ続けてきたに違いない。《MHHP》という人々の心身を癒す事を使命とする存在であるクィネラにとって、それがどれほど耐えがたい苦痛であったのかは、容易に想像できる。
クィネラの身体を乗っ取って好き放題し、苦痛を与え続け、あまつさえ人界の人々を縛り付けて自由を奪い、最終的に機械人間やソードゴーレムの素材にして消費してしまおうとしていたアドミニストレータという身体無き女への、尋常じゃないくらいの嫌悪が
その時、
「……この世界は私のもの。支配者たる私の真実を知る者は、誰一人としてその存在を許されはしない……消されるべき者だ。この私の手によって」
アドミニストレータは完全に開き直っていた。自身がクィネラという一人の女性の身体を乗っ取ったうえで存在しているものであると認めたのだ。
そして、その真実を知った自分達を消すつもりでいる。当然だろう。アドミニストレータの真実は、彼女の支配体制を根元から完全に壊してしまうものなのだから。
その証拠に、彼女は翼を思わせる複雑な装飾の施された剣を手に持ち、刃先をこちらに向けてきていた。剣と同様に瞳も向いてきているが、本紫色のそこには、明らかに焦燥の闇が浮かんでいた。言動は何とか抑え込んでいるが、本心では真実を知った者を何とかして消さねばと焦っているのだ。
そんなアドミニストレータに身体を乗っ取られているクィネラは、今もなお苦しみ続けているに違いない。だからこそキリトは、アドミニストレータを解析して真実を告げたカーディナルに問いかけた。
「カーディナル、クィネラを助ける方法はないか。あの
シノンが続いてくる。
「アドミニストレータがクィネラを乗っ取ってるっていう事は、クィネラからアドミニストレータを切り離してあげたりできるって事なんじゃないかしら」
二人の問いかけを受けて、カーディナルは不敵な笑みを浮かべた。彼女にしては珍しい反応の仕方である。
「できるぞ。アドミニストレータに解析をかける事に成功したおかげで、その仕組みを完全に割る事ができたからな」
カーディナルは早口でアドミニストレータの仕組みを話してくれた。
アドミニストレータの内部には箱のような形状の物体があり、その箱の中に強引に入り込んで同化しているモノがあるのだという。その箱のような物体こそが、あの身体の本来の持ち主であるクィネラであり、入り込んでいるモノがアドミニストレータであるらしい。
このうち箱のような物体はクィネラの《アニマボックス》であると、キリトは理解した。なるほど、アドミニストレータはクィネラの《アニマボックス》の中に入り込む事によって、その身体を支配しているという事らしい。なんとも強引な同化だ。
しかし、その同化はクィネラの抵抗によるものなのか、あまり強くないらしく、クラッキングを仕掛ければ、箱の外にアドミニストレータを追い出してしまう事ができるのだという。そのための方法を、カーディナルは話してくれた。
「アドミニストレータを弱らせて
クラッキングという言葉を聞いたキリトは、
クラッキングをやらせれば右に出る者はいないし、クラッキングを開始した彼女を止められる者もいない。リランにクラッキングの狙いを定められたならば、諦めて降参するしかないのだ。
そのリランはというと、カーディナル同様に不敵な笑みを浮かべていた。
《ならば我がクラッキングを担うとしよう。相手は我と同じ《MHHP》……《アニマボックス》の改変や
「よし、そっちは任せたぞ」
キリトに言われたリランは頷き、身体を光に包み込ませた。シルエットになったその姿は縮みながら変形していく。やがて光が弾けると、中から長い金髪で赤い目の少女が出てきた。
本来の姿に戻ったリランは、両手を前に出して
「その組み上げ、わしも手伝うぞ」
更にカーディナルがリランの背中に手を当て、目を閉じる。自身を接続する事でリランの作業を高速化及び精鋭化させようとしてくれているのだ。
確認したキリトは左手に黒き剣、右手に白き剣を構えてクィネラ/アドミニストレータに向き直った。だが、その直後に真横から声がしてきた。弓を構えたシノンがその主だった。
「一緒に行くわ、キリト。私もあの娘を助け出したい」
思えば、《ALO》でまだ小さかった頃のクィネラがキリトのナビゲートピクシーをやってくれていた時、シノンも一緒にいたし、何ならクィネラのナビを受けながらボス戦を一緒に攻略したものだ。
それに彼女達ならば、自分がいない時に何かしら交流をしていたりもしただろう。彼女にとってもクィネラは大切な存在であるのは間違いない。キリトは頷きを返した。
「あぁ、一緒に戦おう。クィネラを救い出すぞ」
シノンは「ええ!」と力強く言い放ち、弓に矢を番えた。そして彼女同様に目線をアドミニストレータに向けたところ、支配者の余裕を何とか保とうとしている彼の女が白銀の剣の先端をこちらに向けてきていた。
「目障りな奴らめ……私は支配者よ。膝を付いて首を差し出せ。恭順せよ!」
キリトは白き剣をアドミニストレータに向け返した。どちらも白色の刃が、それなりに広い空間を挟んで交差する。
「違うな。お前はただの
「愛は支配なり! 私は全てを愛して、全てを支配する! 邪魔だてするな!」
力強く言い放つアドミニストレータに、シノンが冷静な声で答えた。
「……もう可哀想なくらいね。二百年以上も生きてきたくせに、本当の愛がどういうものなのかを知らないなんて」
そしてシノンは、顔をキリトに向けて見つめる。
「十八年程度しか生きてない私でさえ、本当の愛を知ってるっていうのに」
それは俺も同じだ――キリトはそう思っていた。シノンと、リランと出会った事で、自分もまた本当の愛というものを知った。それよりも前から、母親である翠、妹である直葉からも家族としての愛情を受けていたが、その真相の姿を理解できるようになったのは、やはりシノンとリランに出会ったのが切っ掛けだった。
あぁ言っているアドミニストレータだって、彼女達のような人々に多く接してきたはずだ。それなのに、本当の愛がどういうものかを微塵も理解せず、支配して時に虐げる事が愛であるなどと抜かしている。履き違えも
いや、愛の本質を理解するつもり自体ないのだろう。何せクィネラという一人の女性の身体を、そこにあったであろう力を無理矢理乗っ取って自分の物にしてしまっているくらいだ。そして一つの器に存在し合うアドミニストレータとクィネラは、互いを尊重し合い、共存し合っている様子は欠片もない。
もしかしたらクィネラが過去にアプローチをしている可能性もあるが、アドミニストレータの事だ、差し伸べられてきたその手を払い除けるどころか、クィネラの事を散々踏みにじったに違いない。そんなアドミニストレータは――。
「更生の余地なし、だな」
「同感……っと!」
シノンが冷たい声で言い放つと、その指で支えられていた矢がアドミニストレータへと飛んだ。放たれれば、対象に深く突き刺さる性質を持つ矢は真っ直ぐアドミニストレータの胸に向かって突進していったが、そこに突き刺さる直前で何かに弾かれたような挙動を起こし、床に落ちてしまった。
その展開は予想できていなかったのだろう、シノンは「えっ!?」と言って驚く。矢を突き立てられるはずだったアドミニストレータは口角を上げる。
「ざーんねーん……!」
アドミニストレータはこれ以上ないくらいにこちらを見下し、嘲笑しているような声で言った。よく見れば、矢を弾いたところの周辺に、紫色に光る薄膜みたいなものが見える。
「今の私の肌は、全ての金属オブジェクトが傷を付けられないようになっているの。だから、剣で斬りかかろうが矢を射かけようが、全部無駄よ」
アドミニストレータは得意げに笑いながら、自身の胸元を撫で廻している。「ほぉら見なさい」と言わんばかりに性的に挑発しているようだが、キリトは全く何も感じていない。いや、胸中の彼の女に対する嫌悪感が強くなっていっていた。
どうやらアドミニストレータは、暗殺対策として金属が効かないようにバリアを張ったという事のようだ。人界の人々を全く信頼していないからこそできる所業である。アドミニストレータが先程見せていた余裕と自信はそういったところから来ていたのだろう。
……今となってはクィネラの身体を乗っ取っているという真実を見せつける事になったために崩れたも同然だが。
「ズルい事をするものね……矢が効かないなら、どうやって戦えば……」
「どう戦えばいいかって? 戦う必要はないわ。私に殺されればいいのよ!」
そう言ってアドミニストレータが剣を掲げた次の瞬間、その刀身に黒い稲妻が
それを隙と見たのか、アドミニストレータが白銀の剣を構えて向かってきた。彼の女が辿り着いたのは――シノンのところだった。横切るアドミニストレータが見えて、キリトははっとしてシノンに声掛けする。
「シノン!」
キリトの声は鋭い金属音で遮られていた。アドミニストレータが振り下ろした剣を、シノンが大弓で受け止めた事によって
「あははっ。金属でできた弓で私を撃っていたなんてね。それじゃあ尚更私を傷付ける事なんてできないわよ」
アドミニストレータは
シノンは歯を食い縛り、顔に汗を浮かべて、負けないように弓で押し返そうとしているが、彼女の方がどんどん後退させられていっていた。力の差が歴然なのだ。キリトはすぐさま助けに入ろうとしたが、その直前でアドミニストレータはシノンを押し切り、その弓を空中へと弾き飛ばした。
「あははははははッ! はあああッ!!」
アドミニストレータは笑いながら、白銀の剣で突きを放った。長剣や片手剣と思われていたその剣は、どうやら細剣であったらしい。しかし細剣にしては刀身がかなり大きくて太く、刺されれば重傷を負わされるのは目に見えた。そんな刃が禍々しい黒紫の闇を
「ッ!!」
だが、そこで串刺しにされるシノンではなかった。彼女はアドミニストレータの剣が突き刺さるほんの手前で態勢を立て直し、腰を落とした。銀の剣は
これまで何度も危機に陥っては乗り越えてきた彼女の瞬発力は決して伊達ではなかった。そして危機を脱したシノンは懐から短剣を引き抜き、アドミニストレータの下腹部に突き刺そうとした。
今となってはずっと昔の事だが、アインクラッドに来たばかりの頃、シノンは初期装備であった短剣を使っている期間があった。弓が使えるようになってからは使用する事はなくなったものの、近接戦闘が必要になった時のためにと、弓と一緒に短剣の扱いの鍛錬もしていたのだった。
それは《ALO》に行った後も同じであり、弓と一緒に短剣を持ち歩くようにしており、近接戦闘が全く役立たない《GGO》に行った後も、懐にコンバットナイフを仕舞って、いつでも斬り付けられるようにしていた。
そしてこのアンダーワールドに来て、《SAO》と《ALO》の時同様に弓で戦うようになってからも、やはり短剣を懐に忍ばせていた。そして今はアドミニストレータがすぐ近くにいる状態。短剣で斬り付けるか、突いてやるのには絶好の機会だ。恐らくは反射的に短剣を使う機会だと判断したのだろう。
だが、その攻撃が効くのはアドミニストレータが相手でなかった場合だ。アドミニストレータの肌に施された術によって、シノンの短剣は彼の女に辿り着く寸前で止められてしまった。
金属由来の鋭い音が鳴り響き、短剣の刃が削れていく。シノンも「しまった」と言わんばかりの顔をしていた。今は攻撃をすべきではなかったと思ったのだろう。そんなシノンの腹を、アドミニストレータは力強く蹴り上げた。
「かはッ……」
シノンは息を強引に吐き出され、しゃがみ体勢から立ち姿勢に強引に直された。勿論アドミニストレータはその隙を逃さない。白銀の細剣に緑色の光を宿らせて、高速の突きを放つ。一回刺して終わりではなく、四回も続けられ、シノンの腕と脚と腹から血が噴き出される。
細剣四連続突攻撃ソードスキル《カドラプル・ペイン》。
このアンダーワールドでは秘奥義として、主に貴族達の間で伝承されている技。それがアドミニストレータの手によって放たれた事にキリトは瞠目する。こいつはソードスキルなんてものまでも使う事ができるのか。
「さっさと終わりなさい」
アドミニストレータは冷徹な笑みを浮かべて細剣に力を載せて、再び突きの一撃を放った。
細剣単発攻撃ソードスキル《リニアー》。
――かと思われたその技が放たれる直前で、アドミニストレータの剣が変形し、片手直剣になったのを、キリトは見逃さなかった。武器が変形するなどという
片手剣単発重突攻撃ソードスキル《ヴォーパル・ストライク》。
《リニアー》よりも重い一撃をその身に受け、シノンは後方へ吹っ飛ばされた。空中に血が舞い、その根源であるシノンは床へ激突して転がっていく。その過程で、小さな血だまりが足跡のように続いた。
シノンがやられた。クィネラの身体を支配するアドミニストレータの手によって。嫌味な笑みをやめない女への怒りが胸から全身へ広がり、視界の隅が赤に染まりかける。燃えるような熱さを原動力にして、キリトはアドミニストレータへ駆けた。
「このぉぉぉぉぉッ!!」
左手の黒き剣、右手の白き炎剣に力を込めてぐるんと一回転しながら、キリトは忌まわしき支配者に斬りかかる。支配者ははっとしたような反応をしてからキリトに向き直り、回転斬りをその剣で受け止めた。先程は細剣、シノンを吹っ飛ばした時には片手直剣に姿を変えていたその剣は今、刀のような形状になっていた。
白銀の可変剣、白と黒の剣という三つの刃が衝突し合い、闇が外に広がる部屋の中が昼間のように照らされて、暗くなった。
「今のが何か、わかるわよね?」
腹立たしい事に余裕を取り戻しつつある美貌の支配者の問いかけに、キリトは答える。
「ヴォーパル・ストライク……強力な突きを放つソードスキル」
「そうよ。どうしてそんなものを私が使えると思う?」
アドミニストレータの剣に押し負けないように力を込めながら、キリトは思考を巡らす。
アドミニストレータの宿主はクィネラ。《MHHP》という、人々の心と精神を癒すために産まれた彼女は、元々《
プレイヤー達を癒すためには同じ知識を共有している必要があるので、《SAO》のあらゆる知識や情報が詰め込まれる。その中にはソードスキルも当然あるだろう。そういった知識と情報の貯蔵庫でもあるクィネラに取り憑いて支配しているのがアドミニストレータならば――。
「クィネラの記憶から強引に引っ張り出してる。そうだろ」
「正解よ。この《器》にはアンダーワールドにいるだけじゃ知りえない情報が沢山入っていてね。アンダーワールドの貴族達の間で継承される秘奥義の事も、それがソードスキルと呼ばれる技であるという事もみんなわかったの。まさに支配者が手にするべき器よねぇ」
つまりアドミニストレータは剣技と秘奥義の宝庫というわけだ。全てのソードスキルの知識を持ち、武器を変形させる事で即座に繰り出す事ができる。ソードスキルの実装されているゲームにて、恐らくすべてのプレイヤーが
そういうものを何と言うか。
そんなズルい力を持つズルい支配者は、傲慢な笑みを顔に浮かべた。
「だからねぇ、坊やじゃ私に勝てないのよ。金属も効かないうえ、私は坊やの知らないソードスキルをいくつも知っているのだから! 大人しくやられなさい!」
そう言ってアドミニストレータが力を込めるような姿勢を取った途端、その手に握られる白銀の剣が巨大化した。刀から両手剣サイズになる。だが、その中でキリトはある事に気が付いていた。アドミニストレータが発した言葉の中にあった一言だ。
(ソードスキルを知らない、だと?)
その部分がキリトの力を若干抜けさせた。いや、どちらかと言えば再び呆れが沸き上がって来たと言った方が正しいのかもしれない。
この女はクィネラの情報を全て掴んでいるかと思いきや、ソードスキルやシステム関連のものばかりを取捨選択していたのではないだろうか。
もしクィネラの記憶をも全部掌握していたのであれば――今のような言葉は出てこないはずだ。そう、「キリトが知らないソードスキルをいくつも知っているのだから」などという言葉は。
「あら、力が抜けたわよ。隙有りねッ!!」
一瞬呆然としたキリトを隙だらけと判断したのか、アドミニストレータは同じように力を抜いて強引に鍔迫り合いを解除し、後方へステップ。両手剣と化した白銀の剣に黒と赤のオーラを纏わせて振り上げ、突撃してきた。
両手剣単発ソードスキル《アバランシュ》。
「やああああああッ!!」
アドミニストレータは調子に乗ったような声で大いなる刃を振り下ろしてきた。だが、その闇を思わせるオーラを着る刀身にかち割られる寸前で、キリトは側面にダイブして回避した。何もなくなった空間を両手剣が怒涛のように落ち、床を割った。
「なッ……?」
アドミニストレータは目を丸くして、両手剣を振り下ろしきった姿勢で固まる。どうやら今のソードスキルが空振りで終わるとは思っていなかったらしい。キリトは挑発するように言う。さっきからの挑発のお返しだった。
「今のは両手剣単発攻撃ソードスキルの《アバランシュ》だ。両手剣にはもっといいソードスキルが沢山あるぜ」
「このッ……!!」
アドミニストレータは激怒したような表情になって、また剣を変形させる。今度は刀だ。両手剣にする前の状態に戻したらしい。
冷静さ、余裕を取り戻したかと思われていたが、どうやらちょっとの事で激怒するくらいに頭に血が上っているようだ。それほどまでに、自身がクィネラに憑依する悪霊のような存在である事を知られたのが腹立たしいのだろう。
そのアドミニストレータは腰元にある鞘に刀を戻すような仕草をした。勿論そこに鞘などないが、納刀の姿勢を取っている。そうしてから放つソードスキルが何なのか、キリトは知っていたが、アドミニストレータは知らないと思い込んでいるらしい。
これならば――そう胸中で思ったキリトは両腕を開く姿勢を作った。間もなくアドミニストレータが床を蹴って飛んでくる。こちらに辿り着く寸前で抜刀し、横一文字に斬り払おうとしてきた。
刀単発攻撃ソードスキル《絶空》。居合の要領で一閃を放つ技。
その技が繰り出されてくるというキリトの予想は、当たった。
「はッ!」
腹の辺りを切り裂くべく、水平方向に迫りくる刀身を、キリトは右手の白き剣で薙ぎ払った。ぎいぃん! という鋭い金属音と、辺りを真っ白に染める程の火花が散ったかと思うと、アドミニストレータは後方へ弾かれる刀に引っ張られる姿勢となった。先程彼女が言った隙だらけの状態だ。
「だああああああッ!!」
すかさずそこへ、キリトは両手の剣による連撃を放った。水平斬り、縦方向斬り、そして突きの三連撃。
一糸纏わぬが、システムの障壁に守られているアドミニストレータの胸部、腹部、腕部に大きな傷が付き、鮮血が飛び散った。
三連続
「があっ、あッ」
アドミニストレータは信じられないものを見ているような顔をしながら大きく後退した。キリトの突きによる衝撃を何とか抑え込み、倒れないようにその場に踏みとどまる。だが、その時の足取りは千鳥足のようになっていた。
「まさか……どちらの剣も金属ではないとはね……それに……ソードスキルの知識があるだなんて……」
「俺が全部のソードスキルを知らないだなんていつ言った? 俺はこの世界みたいにゲームオーバーが死に直結する世界で大規模ギルドのリーダーをやった時があってな。様々な武器を使う多くの団員達の鍛錬に付き合う事も沢山あったんだ。おかげで今のところ確認できる全部の武器のソードスキルが、頭の中に入っちゃってるんだよ」
アドミニストレータは悔しそうな表情を浮かべた。剣を持ったまま、人差し指を突き付ける。
「この事はクィネラにも話してたんだ。そのクィネラを乗っ取って、色んな情報や知識を得てるくせに知らないだなんて、情報の取り方が偏り過ぎてたな、アドミニストレータ」
「
キリトの指摘に再び激怒したアドミニストレータが刀を細剣に戻したその時。突然その胸から何かが飛び出してきた。
矢だ。その言葉から想像されるそれより何倍も大きく、最早槍と何ら変わらないほどの、青白い光で構成された巨大な矢の先端が、アドミニストレータの胸を突き破って出てきていた。
「があ、ふッ」
アドミニストレータが大量の血を吐き出す。何が起きているのかわからないような顔なのは先程と変わらないが、その表情をしていたのはキリトもだった。
今のは一体なんだ。矢がアドミニストレータの胸を貫通して出てきたという事は、矢は背中から飛来したという事になる。原因を掴もうとして、キリトはアドミニストレータの背後を見た。
そこにいたのはシノンだった。後方に吹っ飛ばされたはずのシノンが立ち上がり、弓で矢を放った後の姿勢を取っていた。その手に握られているのはアドミニストレータに弾き飛ばされた弓ではなく、矢と同じ青白い光で作り出された巨大弓だった。
「シノン!?」
驚くキリトに、シノンは不敵な笑みを返した。よく見たところ、そのすぐ近くにルコがいるのがわかった。そう、カーディナルによって神聖術のエキスパートになったルコが。
「ルコが教えてくれたわ。普通の矢が通らないアドミニストレータに矢を通す方法をね」
「シノン、教えたら、すぐにやってくれた」
なるほど、光で弓矢を作って放つ神聖術を即席で教わって使ったのか。飛び道具の事になると天才的になるシノンならば、そんな芸当だって不可能ではないが、予想外過ぎてキリトは驚きを隠せなかった。
その二人の攻撃を立て続けに受けたアドミニストレータは、先程よりもひどい千鳥足になっていた。口と、胸に空いた穴から血を流し、幽鬼のような顔になっている。もう立っているので精一杯のようだ。
「貴……様……ら……おの……れ…………」
血の溢れる口を開けて言葉を発するが、声もかすれ気味になっていた。完全に弱り切った状態である事に気が付き、キリトはある方向を見た。
そこはリランのいる方角だったが――彼女は右手に光の珠を持って既に走り出していた。向かうところ先にいるのはアドミニストレータ。
そう、彼女の妹であるクィネラのところだ。到達の直前でリランは叫ぶ。
「クィネラ!!」
アドミニストレータががっと顔を向けたその時、リランの右手がその頭部を掴んでいた。
光の珠がアドミニストレータの頭部に吸い込まれ――両名の動きが凍結したように停止した。
――原作との相違点――
・キリトもアドミニストレータも五体満足。
・キリトが全てのソードスキルを知っているので、アドミニストレータに対処可能。血盟騎士団二代目団長をやって団員達の鍛錬をした事と、《SA:O》で様々な武器を使う仲間達と一緒に戦い続けたのが理由。
・アドミニストレータをクラッキングで倒す。
――くだらない事――
・推奨BGM『美シキ歌』