キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

521 / 565
17:アドミニストレータⅡ ―剣の巨人との戦い―

 

          □□□

 

 

 黄金の刀身を持つ三十の剣で構成された自動人形との戦いは熾烈(しれつ)を極めていた。追い込まれていたのはキリト達の方だ。

 

 先程から攻撃の手を緩めずにいるつもりだが、いくら斬り付けても、ソードゴーレムなるクィネラの切り札兵器はびくともしなかった。決して朽ちる事がない永劫不朽(えいごうふきゅう)の性質を持つというアリスの金木犀(きんもくせい)の剣も、絶対零度を宿すユージオの青薔薇(あおばら)の剣も弾かれるばかりで、ソードゴーレムに全くと言っていいほど有効打を与えられていなかった。

 

 キリトの持つ黒き剣もシノンの弓矢もそうだった。どちらも攻撃もまるでソードゴーレムには通っていかない。ソードゴーレムと同等の質量を持っているであろうリランと冬追(ふゆおい)による打撃や火炎、凍結ブレス攻撃も加えられ続けているが、やはりソードゴーレムは傷らしい傷を負っていない。

 

 一方でソードゴーレムから繰り出される斬撃は重すぎるなんていうレベルを超えており、防御して受ければ後方にびゅんと吹っ飛ばされてしまうくらいのものだった。まともに喰らうような事があれば上半身と下半身を切り離されてしまうのは目に見えているし、防御しても受け方が悪ければぺしゃんこにされてしまう事だろう。

 

 なので、回避に専念するしかないというのが唯一わかっている対処方法であり、今現在する事のできる足掻きだった。攻撃は効かないのでできず、ただただ飛んでくる巨大斬撃を避けるしかない。

 

 ソードゴーレムの右腕が放つ薙ぎ払いを後方にダイブして避け、キリトは口を開けた。

 

 

「何なんだよこいつは。どれだけ硬いんだ!?」

 

「駄目……矢も全然通ってないわ。撃っても撃っても弾かれてる」

 

 

 シノンが弓を下げながら答えてきた。彼女は肩で息をしかけている。ソードゴーレムの広範囲攻撃を避けるために大きく動き回っているうえ、前衛のこちらよりも高頻度で攻撃を仕掛けているため、当然だった。

 

 疲れてきているのはアリスとユージオも同じだ。攻撃しても弾かれるといっても、攻撃しなければ活路は開けないので、それぞれの神器でソードゴーレムを斬り付けつつ、返ってくる広範囲の斬撃を避けるを繰り返している。そんな流れを三十分ほど続けているのだから、疲労してきて当たり前であった。

 

 リランと冬追は人間よりもスタミナがあるため、まだ疲れている様子はないが、身体中にソードゴーレムによる切り傷が多く見られるようになっている。重傷を負わされてはいないものの、天命を減らされているのは確かだった。

 

 そして終始優勢を貫いているソードゴーレムは、どしんどしんという重い音と耳障りな金属音を発しながら、重々しくも機敏に動き回っていた。疲れという概念などないに違いない。疲れも感情もなく、ただ目の前の敵を殲滅(せんめつ)するだけの最高の攻撃力というクィネラの主張は、誇張表現ではなかった。

 

 本当にその通りに動いてくれているのだから、クィネラは満足そうに笑っていた。

 

 

「どうかしら、私のソードゴーレムは。素晴らしいでしょう?」

 

 

 そう述べるクィネラの様子は、自身の作品を誇らしげに公表している芸術家のようだった。彼女からすれば、自信作を美術館に飾り、大勢の観客の注目を集めているような気持ちなのだろう。実際その通りだから腹が立ってくる。

 

 あの純粋で可愛らしく、礼儀正しくてお(しと)やかな女の子だったクィネラが、冷酷で残忍な暴君となっているというのもそれに拍車をかけていた。どうしてクィネラがこんな事をする。どうして自分達にあんな恐ろしいものをぶつけてきて笑っているというのだ。

 

 何が彼女をあんなふうにしたというのだ。それがわからないからこそ、余計に腹が立って仕方がなかった。かつて現実世界にも存在したという暴虐な君主の雰囲気を漂わせながら、クィネラは続けた。

 

 

「ソードゴーレムの身体の剣は全部神器クラスの優先度を持っているし、私の力で更に強化されているのよ。だからあなた達がどんなに斬りつけようが、叩こうが、びくともしないわ。逆にそっちの剣が折れてしまうわよ?」

 

 

 だから、すべての抵抗は無駄よ。大人しくソードゴーレムの剣の錆にでもなってしまいなさいな――皆まで言われなくても、クィネラが言いたい事がわかった。勿論そんな事になるつもりなどない。だが、ソードゴーレムに対して有効打が見つからないのは変わっていない。

 

 このままでは本当にクィネラの思惑通り、こちらが狩られて終わってしまう事だろう。ここでデッドエンドなどごめんだ。だが、どうすればいいか見当も付かない。機械人間を相手にした時とは訳が違いすぎている。

 

 

「ぐあああああッ」

 

「きゃあああああッ」

 

 

 絶叫が届いてきて、キリトはハッとした。ソードゴーレムが上半身だけを使って回転斬りを放ち、前衛にいたユージオとアリスが巻き込まれてしまったのが見えた。彼らは寸前で防御していたが、そんなものはソードゴーレムの圧倒的質量に容易に破られ、後方に吹き飛ばされていた。

 

 どごぉんという轟音を放ちながら部屋の柱に打ち付けられ、前のめりになって崩れ落ちる。

 

 

「ユージオ!!」

 

「アリス!!」

 

 

 キリトとシノンの二人で呼びかけても、彼らは答えなかった。床にうつ伏せになったまま動けないでいる。今ので天命をごっそり持っていかれてしまったのだろう。そしてソードゴーレムの狙いは二人に向けられていた。このままとどめを刺すつもりだろう。

 

 そうはさせるか――そう思ったそこで、キリトは気が付いた。ユージオの方から何かが飛んできて、キリトのすぐ近くの床に落ちた。銀色の短剣。危なくなった際に使えば駆け付けてくれると言っていたカーディナルから渡された代物だ。

 

 そうだ、この世界のあらゆる叡智(えいち)を持っているとされる彼女ならば、ソードゴーレムへの対処方法――今の状況の打開策を見つけ出せるのではないか。いや、最早彼女に頼るくらいしか、今の危機を乗り越える方法はないだろう。

 

 

「リラン、ソードゴーレムの注意を引け!」

 

 

 キリトはリランに指示を出した。受け取ったリランが火炎弾でソードゴーレムを爆撃する。更に冬追が加わって冷凍弾を放ってソードゴーレムに攻撃した。するとソードゴーレムの身体がリラン達の方に向き、ユージオとアリスの方から離れる。敵視を引く事ができたようだ。

 

 その隙を突いて、キリトはダッシュして短剣を回収。この部屋に入る際に使った昇降盤の許へ急ぎ、真上で(ひざまず)いた。頼むから力を貸してくれ――そう思いを込めて、キリトは昇降盤に短剣を突き刺した。

 

 直後、昇降盤に光の柱が立ち上った。やがてそれは扉の形となっていく。デュソルバートの追撃から逃げる際にカーディナルが用意してくれたものと同じそれだ。やがて扉が完全に開かれたかと思うと、中から猛烈な純白の雷光が飛び出した。いや、純白だけでなく、蒼白のものも混ざっている。

 

 それらは東洋の龍にも似た形になり、ソードゴーレムに襲い掛かった。雷龍の突撃をその身に受けたソードゴーレムは、皮肉にもユージオとアリスにしたように後方へ吹っ飛んでいき、壁に衝突した。

 

 彼らの時とは比べ物にならないほどの轟音を撒き散らし、分解するかと思われたその身体を保ちながら床に落ちた。どしぃんと音を立てて四本足で着地するが、目元の紫色の光はちかちかと明滅を繰り返している。機能不全に陥っているようだ。

 

 

「やれやれ、とんでもないものを出しおってからに」

 

 

 キリトは扉の方から聞こえてきた声に向き直った。ローブに身を包んで帽子を被った巻き毛の少女が杖を前方に構えてゆっくりと扉の中から出てきた。その後ろから、黒い長髪で、頭部に獣の耳が、(ひたい)から角が飛び出している少女が両手を前に突き出した姿勢で続いてくる。

 

 前者はカーディナル。二百年前にアドミニストレータから分裂した、もう一人の最高司祭と呼ぶべき存在だ。そして後者は、カーディナルのところを訪れた際に預けてきたはずのルコだった。

 

 カーディナルの登場は予想していたが、ルコまで出てくるとは思ってもみず、キリトは驚いてしまった。

 

 

「「ルコ!?」」

 

 

 キリトとシノンの声は重なった。気が付いたルコが駆け寄ってきて、こちらを見上げてきた。

 

 

「キリト、シノン」

 

「あんた、どうして。危ないから図書館から出るなって言ったでしょう」

 

 

 シノンの問いかけに答えたのはカーディナルだった。

 

 

「その()はとんでもない逸材じゃったぞ。神聖術を教えてみたら、上位のものまで容易に習得しおった。お主達の力になりたいと言って聞かぬかったから、連れてきたのじゃ」

 

 

 キリトは目を見開いた。今ソードゴーレムに打撃を与えた神聖術はカーディナルだけではなく、ルコのものでもあったというのか。

 

 確かにこれまでルコの自然回復力や身体の丈夫さ、天命が死の直前まで減らされても踏ん張る強さには驚かされてきたものだが、まさか強力な神聖術を使いこなせる才能まであったとは。様々な知識を記した書物で溢れる図書館に置いてきたのは正解だったのかもしれない。

 

 そんな事を思っていると、ユージオとアリスがこちらに歩み寄ってきた。何とか立ち直る事ができたらしい。二人のうちのユージオは、やはりというべきか、ルコの登場に目を丸くしていた。

 

 

「ルコ……僕達のところに来ちゃ駄目って言ってたのに……」

 

 

 ルコは首を横に振り、両手をユージオとアリスの方に向けた。その手に黄金の暖かい光が宿り、ユージオとアリスの全身が同じ光に包み込まれる。それから二秒足らずで、ユージオとアリスの体表に確認できていた傷の数々が綺麗に消えていった。天命と傷を回復させる治癒術を使ったのだ。

 

 ルコはそのままの姿勢で、今度は手をキリトとシノンの方に向けた。二人の時と同じように両方の身体を黄金の光が包んでくる。負わされていた傷と痛みが消えていき、疲労によって重くなっていた身体が軽さを取り戻した。更にルコは振り返ってリランと冬追の方へ向き、彼女らの傷も治癒した。

 

 これで全員が振り出しの状態に戻る事ができた。戻っていないのはカーディナルとルコの神聖術でぶっ飛ばされたソードゴーレムだけだった。戦況は劣勢から若干優勢へと作り変えられたのだった。

 

 その状態を作り上げてから、ルコは振り返って来た。強気な表情が顔に浮かんでいる。

 

 

「キリト達、怖いところ、行ってる。だから、ルコも、同じところ行く。行かなきゃ、《お役目》、終わらせられない。ルコも、一緒に戦う!」

 

 

 危険を(おか)さなければ《はじまりの姫巫女(ひめみこ)》も《(まもり)(かんなぎ)》も見つける事はできない。だから戦わなきゃいけなくなるような危ないところにも行く――全部言われなくてもルコの気持ちはわかった。

 

 ルコは自分の力で《お役目》を果たすつもりでいる。自分達に頼んでいるだけではなく、そこに自身も加わると決めたのだ。そのために、カーディナルのところで神聖術の猛勉強をしたのだろう。

 

 そこに至ったのは彼女自身の意志なのか、カーディナルに(さと)された結果なのかはわからないが、前者である可能性は高そうだった。何故なら、ルコの身体と脚は小刻みに震えていた。本心は怖くて仕方がないのだろう。

 

 だが、自分達のために勇気を出して、戦おうとしてくれている。そして本当にこの戦いに勝利するつもりでいる。

 

 そんなルコを横目で見てから、カーディナルは杖の先端をクィネラへ向けた。

 

 

「見てみよ。こんな幼子までも、大切な者達のために戦おうとしておる。大切な者達への愛情が、突き動かすのじゃ。貴様には到底理解できまいて、アドミニストレータ。虚ろなる者よ」

 

 

 凛とした声を向けられた最高司祭アドミニストレータ事クィネラは、くすくすと笑っていた。カーディナルの言葉が吹いてきた微風(そよかぜ)程度にしか感じていないかのようだ。

 

 

「来ると思ったわ。その坊や達を苛めていれば、いつか黴臭い穴倉から出てくるとは思っていた。それがお前の限界ね、おちびさん。私に対抗するための手駒を仕立てておきながら、それを駒として使い捨てる事もできないなんて。なんとも度し難いわね、人間というものは」

 

 

 度し難いのはどちらだ――キリトは即座にそう思った。そしてそんな暴言に等しき言葉の数々があのクィネラの口から飛び出してきているというのは信じがたい現象だった。

 

 言葉を向けられたカーディナルはぎっとクィネラを睨む。

 

 

「しばらく見ぬうちに、随分と人間の真似が上手くなったようじゃな。二百年間、鏡相手に笑ったり、仕草を見せつけたりして、練習してたのではないか?」

 

「あらまぁ。そういうおちびさんこそ、そのおかしな喋り方は何のつもりかしら。二百年前は私の前で心細そうにぶるぶる震えてたくせにね、リセリスちゃん」

 

「わしをその名前で呼ぶでないぞ、()()()()。わしの名前はカーディナル。貴様を消し去るためだけに存在しているプログラムじゃ」

 

 

 まただ。またクィネラの左腕がぴくぴくと動いている。先程から数回程度見る事ができている事象だが、詳細はわからない。その事に気付いていないかのように、クィネラは答えた。

 

 

「そうだったわね。そして私はアドミニストレータ。全てのプログラムを管理し、世界を統治する者……!」

 

 

 そう言ってクィネラ/アドミニストレータはぶんと右腕で前方を薙ぎ払った。直後、大いなる異変が周囲に起きた。がっしゃああんという大きな破砕音が鳴ったかと思えば、部屋を取り囲むように設置されていた硝子窓が破壊された。

 

 そこから外が見えるようになったが、窓の外は黒と紫がうねる奇妙な空間になっていた。本来ならば無数の星々で彩られた夜空があるはずなのに。

 

 まるでこの部屋が異次元に隔離されてしまったかのようだ。いや、世界全体がこうなってしまったのか――というキリトの恐怖を含んだ疑念を打ち払ったのは、カーディナルだった。

 

 

「貴様、この部屋のアドレスを切り離したな。わしらをもう逃がさんために」

 

 

 クィネラが得意げな顔をする。

 

 

「二百年前、あと一息で殺せるっていうところでしくじったのは、確かに私の失点だったわ。あの黴臭(かびくさ)い穴倉を非連続アドレスに設置したのは私自身だものね。だからね、私もその失敗から学んだのよ。いつかお前をここに誘い出せたなら、今度はこっち側に閉じ込めてあげようってね。鼠を狩るのが得意な猫のいる檻にね」

 

「つまり貴様自身もここに完全に閉じ込められたというわけか。だが、この状況ではどちらが鼠で、どちらが猫なのかは確定しておらぬと思うが。何せ貴様は一人で、こちらは七人と一匹。この若者達を侮っているのであれば、それは大いなる過ちというものじゃぞ」

 

 

 クィネラはまたくすくすと笑った。余裕が全く崩れていない。

 

 

「その計算はちょっとだけ間違っているわ。正確には……八人対三百人よ。私を加えなくてもね」

 

 

 クィネラがそう告げるなり、ソードゴーレムが再起動した。壁際からジャンプして部屋の中央、クィネラの前方に着地して立ち塞がる。カーディナルとルコの雷撃をその身に受けて焦げていたはずなのに、いつの間にやら再生して元通りになっている。

 

 あいつには再生力まで備わっているというのか。しかしその起源はなんだ。あの鋼鉄の剣の塊に何故そんな再生力があるというのだ。

 

 考えを巡らせようとするキリトより遥かに早く結論を出したであろうカーディナルが、驚きと怒りを混ぜた声を放った。

 

 

「貴様……何という事を! 貴様は統治者だろうに。守るべき民を、剣人形を構成する剣に変えるなどという暴挙を、していいはずがないじゃろう!!」

 

 

 守るべき民を剣人形を構成する剣に変えた――その言葉が全員の声を奪い取る。そしてそこで、最悪の合点がいったのをキリトは感じ取り、背筋を凍らせた。傷を負ってぼろぼろになっていたはずのソードゴーレムが再起動したうえ、無傷になっているのは何故か。

 

 その答えは、ソードゴーレムが人間を素材にした剣でできており、人間の天命と回復力、意志を持っているからである。

 

 その事に気付いたのだろう、ユージオとアリスがか細い声で言った。

 

 

「民……? 民って、人間……?」

 

「まさか、あのソードゴーレムの剣は皆、人間でできていると……?」

 

 

 クィネラが笑い、場違いな拍手を送ってきた。

 

 

「ご名答。やーっと気が付いてくれたわね。私は支配者よ? 私の意志のままに支配されるべきモノが下界に存在していればそれでいいのよ。例えその形が人であろうが剣であろうが、大した問題じゃないのよ」

 

 

 キリトは思わず喉を鳴らしていた。途轍(とてつ)もない嫌悪と恐怖からなる寒気が背筋を這い廻って止まない。やはりというべきか、クィネラは人界の人々を守ろうだとか、街を作り国を作ってくれている大切なものであるという認識はないようだ。

 

 自身の支配する国は、自分一人だけいればいい。まさしく最悪の独裁者の思想が、彼女の中を満たしていた。これ以上ない敵意を剥き出しにして、カーディナルが杖をクィネラに向ける。

 

 

「貴様……」

 

「あらあら、急に静かになってどうしちゃったのかしら。大体ね、これはあくまで試作品(プロトタイプ)なのよ。(いや)ったらしい《最終負荷実験》に対抗するための完成品は、ざっと半分くらいは必要かなって感じだわ」

 

 

 クィネラにキリトは問いかけた。答えは想像できているが、聞かずにいられなかった。

 

 

「半分ってのはなんだ。人界に暮らす人々の生命か?」

 

「そうよ。人界に存在する約八万のヒューマン・ユニットの半分の四万ユニットあれば足りるんじゃないかしら。ダークテリトリーの侵攻を退けたうえで、向こう側に攻め込むには。勿論、残った四万ユニットは全部《ガーダー》に改造してね」

 

 

 ガーダーというのは、きっとあの機械人間の事だ。八万人のうち四万人をソードゴーレムにし、残った四万は全部機械人間にする。そうすれば確かに、ダークテリトリーを蹂躙(じゅうりん)するなど容易(たやす)い事だろう。

 

 クィネラは得意げに笑っていた。

 

 

「どう? これで満足したかしら、アリスちゃん。あなたの大事な人界は、ちゃあんと守られるわ」

 

 

 明らかに挑発されたであろうアリスは、最高司祭に答えた。

 

 

「最高司祭アドミニストレータ猊下(げいか)最早(もはや)あなたには神聖術師として(たず)ねるとします。その剣人形を作っている三十本の剣……その所有者は一体どこにいるのです。

 ソードゴーレムを構成する一本一本の剣が記憶解放によって動いているのであれば、剣とその主の間に強固な絆が必要になります。私とこの金木犀の剣、他の騎士達とその神器……(ある)いはキリトとユージオと彼らの剣のように、主は剣を愛し、剣から愛されなければならないはずです」

 

 

 そうだ。ソードゴーレムの身体を作る三十本の剣は、記憶解放によって動いている。所有者がいない限り、そんな事は起こせないはずだ。キリトも思っていた疑問に、クィネラは部屋を見上げて答える。

 

 

「答えなら坊や達の目の前にあるわ。特にユージオにはもうわかっているはずよ」

 

 

 キリトは咄嗟にユージオに振り向いた。彼は呆然としたような表情になっていた。何か重大な事に気が付いたのは間違いない。

 

 

「そう、か……そうだったのか……」

 

「ユージオ?」

 

 

 ルコが()くと、ユージオはキリト達の方に向き直った。

 

 

「皆……この部屋の天井は、いくつも水晶が()め込まれて、きらきら(きら)めているだろう。あれはただの装飾品なんかじゃない。整合騎士や機械人間達から奪われた《記憶の欠片》なんだ」

 

 

 キリトは思わず「なっ」と言って天井を見上げた。確かに彼の言う通り、いくつもの紫の光がきらきらとしているのが見える。アレが全部人の頭から抜き取られた記憶の数々だというのか。施された装飾と思われたモノの真実の姿に言葉が喉で詰まる。

 

 

「で、では……あの中に私の記憶が……私の大切な人に関する記憶が……!?」

 

 

 アリスが信じがたそうな顔で天井を見ていた。そこでキリトははっとする。

 

 そうだ、あれが全部整合騎士や機械人間の記憶だというのであれば、あの中にアリスの記憶もあるはずである。そこまで考えたところで、ふと思い出す。二年前にユージオが北の洞窟で負傷した際、その治療に当たった時に聞こえてきた声。

 

 あれの正体がずっと気になっていたが、まさかあれは、ここにいるアリスの記憶の欠片によるものだったのではないだろうか。

 

 そう考えると、騎士や機械人間達から奪われた記憶それ自体も、独立した思考力を持っているという事になる。では、ソードゴーレムが動いている理由は――。

 

 

「おのれクィネラ……貴様はどこまで人を(もてあそ)べば気が済むのじゃ!!」

 

「あら、流石と言ってあげるべきかしらね。聞かせてもらえるかしら、あなたの解答を」

 

「……フラクトライトの共通パターンという事じゃろう。《シンセサイズの秘儀》で抜き取った記憶ピースを、新たな《ライトキューブ》にロードした精神原型に挿入すれば、それを疑似的な人間ユニットとして扱う事は可能じゃ。しかしその知性は極めて限定され、ほとんど本能的な衝動しか持たぬものとなる。とても武装完全支配術などという高度なコマンドを行使する事はできぬ。

 しかし、その制限にも抜け道がある。フラクトライト原型に挿入した記憶ピースとリンクする武器の構成情報が限りなく共通するパターンを持っている場合じゃ。お前は整合騎士や機械人間達から奪った記憶に刻まれた最愛の人間自身をリソースとして剣を作った。そういう事じゃろう、アドミニストレータ!」

 

 

 ソードゴーレムの身体を作る剣の所有者は、整合騎士や機械人間達から奪われた愛する誰かの記憶。そして剣は愛する誰か。つまりエルドリエの母親やデュソルバートの妻、そして彼女達と親しかった人々を素材にして剣にしたというのか。

 

 その愛する人々三百人でできたソードゴーレムを、整合騎士や機械人間から抽出した記憶が動かしている――そこまでしか考え付く事はできなかった。残りを教えてきたのは、クィネラだった。

 

 

「欲望よ。触りたい、抱き締めたい、自分のものにしたい。そういう醜い欲望が、この剣人形を動かしているの。天井に固定された整合騎士とガーダー達の記憶は、すぐ傍に愛する人達がいる事を感じているわ。でも触れないし一つにもなれない。狂おしいほどの飢えと渇きの中で、見えるのは敵の姿だけ。だから殲滅しようとする。そうすれば愛する人と一つになれるから。だから、どんなに傷を負っても、破壊されかけても、何度倒れるような事になっても、その都度立ち上がって永遠に戦い続けるの。どう? 素敵な仕組みでしょう。本当に素晴らしいわ、欲望の力っていうものはね」

 

 

 クィネラは先程の様子に戻っていた。自分の作品を自画自賛するアーティストの様子。その作品というのは、ソードゴーレムという狂気の塊。そんな作品と製作者の主張に向けての感想を、カーディナルが言い放った。

 

 

「違うぞ! 誰かにもう一度会いたい、手で触れたいという純粋な感情を、欲望などという言葉で(けが)すな。それは純粋なる愛……人間が持つ最大の力にして最後の奇跡じゃ! 決して貴様のような者が弄んでよいものではないッ!!」

 

 

 カーディナルの訴えをクィネラは一蹴した。だが、またその左腕がぴくぴくと動いている。いや、がたがた言い始めているように見えた。

 

 

「同じ事よ、おちびさん。愛は支配で愛は欲望。その実態はフラクトライトから出力される信号に過ぎないわ。私はただ、最大級の強度を持つその信号を効率よく利用しただけよ。お前が用いた手段よりもずっとスマートにね」

 

 

 クィネラはふふんと笑った。カーディナルを嘲笑している。

 

 

「お前ができた事と言えば、せいぜい無力な子供を五人くらい籠絡(ろうらく)する程度の事。でも私は違うわ。私が作った人形達には、記憶フラグメントも含めれば三百ユニット以上の欲望のエネルギーが満ち溢れている! そして何より重要なのは……」

 

 

 クィネラの邪悪な視線がこちらに向いた。

 

 

「この事実を知った以上、お前には決して人形達を破壊する事ができないという事よ。何故なら、人形の剣達は、形を変えただけの生きた人間どもなのだから! あははははははははははッ!!」

 

 

 高笑いするクィネラから、カーディナルは杖の先端を降ろした。悔しそうな表情が顔に(にじ)んでいる。彼女は人間を殺せないのだろう。だからこそ、ソードゴーレムも破壊する事ができない。クィネラとの戦いに敗北した気になっているのだろう。

 

 しかし、それでクィネラとソードゴーレムが赦してくれるわけがない。このままいけば、この場にいる全員が殺されるのも目に見えて仕方がなかった。

 

 ソードゴーレムの破壊とクィネラの討伐が、カーディナルにできないのであれば――。

 

 

「カーディナル、君は下がっていろ。俺達でソードゴーレムを破壊する」

 

 

 そう言って、キリトはカーディナルの前に出た。彼女に助けられた者達全員が、彼女と位置関係を入れ替える。驚いたカーディナルが声をかけてきた。

 

 

「お、お主ら……」

 

 

 キリトは振り向かずにソードゴーレムを(にら)んだ。

 

 現実世界への帰還方法を知る事、アリスに記憶を取り戻させてユージオと改めて再会させてやる事、ルコの《お役目》を達成させて母親のところに帰してやる事。やらねばならない事は盛りだくさんだ。それをあんな剣人形に止められてはたまったものではない。

 

 

「俺達にはやるべき事が沢山あるし、それを成すためには君の力も必要なんだ。誰一人死なせやしない。この場を全員で生きて切り抜けるぞ」

 

 

 カーディナルからの返答は数秒遅れてから来た。

 

 

「……全く、頑固者達めが。いいじゃろう、力を貸してやる。とはいえ、無策でどうにかできる相手ではないぞ」

 

 

 その通りだった。ソードゴーレムを破壊するとは言ったが、その破壊方法は見つけられていない。先程同様に戦ったところで進展しない事も明らかだ。だから、何らかの対象法を見つけなければならなかった。そこに辿り着けていない自分達を、クィネラが嘲笑してきた。

 

 

「あはははは! どうするのかしら。言っておくけど、お前達がどんなに力を合わせようが束になって掛かろうが、ソードゴーレムを倒す事はできな――」

 

 

 

「――温度…………で…………す…………」

 

 

 

 クィネラの言葉は最後まで続かなかった。途中で何かが(さえぎ)ったのだ。しかしそれはキリト達ではなく――あろう事か()()()()()()だった。

 

 クィネラは酷く驚いたような表情になって顔を凍らせた。直後、何かに苦しんでいるような表情に一瞬にして変わる。よく見れば、吊り目が逆の垂れ目になっているのがわかった。そのせいなのか、一気に雰囲気が弱弱しくも優しげなものとなる。

 

 あり得ない変化を起こしたクィネラの口が、動き出す。

 

 

「……………リランねえ…………さま…………キリトにい…………さま…………」

 

 

 漏れ出た言葉に、キリトは耳を疑った。今、クィネラがあり得ない事を言った。聞き間違いでないならば、今確かに――。

 

 キリトは、出せる声を精一杯出して訊ねた。

 

 

「クィ…………ネラ…………!?」

 

 


▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。