キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

509 / 565
05:初めての家

 

 

          □□□

 

 

 ルーリッドの村を出て、メディナという剣士の少女と出会い、共に野営をした翌日に、キリト達はザッカリアの街へと辿り着いた。

 

 ルーリッドの村の家々とほとんど変わらないような建物の群れで構成されているものの、その規模はやはりルーリッドの村よりも大きく、街と平原地帯の間を塞ぐように、煉瓦(れんが)造りの門まで建てられている。中で暮らしている人々の数も、子供から老人までかなり多い。流石は北帝国の中で一番大きな街だと、その様子を見たユージオが言っていた。

 

 その門の前で、メディナと別れた。今朝から彼女はどこか思い詰めているような、何かあったような顔をしていたが、余計な詮索(せんさく)をしないという約束の通り、聞く事はできなかった。

 

 そもそも彼女自身、出会った時からそんな感じだった。何かしらの事情を抱え、それを何とかするために旅をしているというのはすぐにわかったし、その抱えている事情について思い悩んでいるのもよくわかって仕方がないくらいだった。

 

 可能であればそれを聞き出して、解決へ助力をしたいとも思ったが、彼女は一向に聞き入れてくれなかったので、結局どうにもならなかった。

 

 そんなメディナはザッカリアの街に着いてすぐに、「料理を食べさせてもらったが、美味かったぞとセルカに伝えてくれ」と言って立ち去っていった。結局何も教えてもらえないまま消えられてしまったが、キリトはそれでいいと思った。

 

 彼女とはこれで完全に別れるわけではない、近いうちにまた出会える――そんな不思議な確信を胸の内に抱いていたからだ。あまり遠くないうちに再会し、事情を聞く事ができるだろう。確証などないはずなのに、キリトは何故かそう思えて仕方がなかった。

 

 そうして、キリト、シノン、リラン、ユージオ、ルコという五人パーティに戻ったキリト達はザッカリアの街の中へ進み、見つけた衛兵に尋ねた。衛兵隊に入りたいのだが、どうすればいい。衛兵は答えた。

 

 何でも、今から三ヵ月後ぐらいに、衛兵隊への入隊審査を兼ねた剣術大会が行われ、その大会の東西南北ブロックを勝ち抜いた四名が、衛兵隊へ入隊できるのだという。

 

 衛兵隊への志望者がどれくらいいるのかは定かではないものの、それらを退(しりぞ)けて勝ち残れば、自分達三人――リランは《使い魔》、ルコは連れの子だからカウントしない――は衛兵隊に入り、やがて央都の帝立修剣学院へ入学するための推薦状を得て、央都へ入る事ができる。

 

 そしてそこでも戦い続ければ、やがては整合騎士となり、アリスが待っているセントラル・カセドラルへ正面から堂々と入れるようになるわけだ。

 

 そうなった時、ユージオはついに幼馴染である――恋人でもあるであろう――アリスとの再会を果たす事ができるし、自分達は外部との通信ができるかもしれない。

 

 そうなるためにも、衛兵隊入隊審査を兼ねた剣術大会で勝ち残らなければ。キリトは四人にそう話して、今後の方向性を確かなものにした。

 

 だが、問題が残った。この剣術大会に参加するまでにどこで暮らしていくべきかだ。今現在のザッカリアの街の中には空き家がないらしく、住めそうな家はない。

 

 宿に泊まるにしても三か月もの間泊まり続けられるほどの資金もないので、これも駄目だ。アリスの父親である村長、彼女の妹であるセルカにもあれだけ強く言ってきたので、ルーリッドの村に戻るというわけにもいかない。

 

 この三か月間どこで暮らすべきなのだろう。どこかに空き家はないのだろうか。その話を衛兵にしてみたところ、意外な答えが返ってきた。ザッカリア周辺の平原の一角に、とある貴族が別荘として使用していた簡素な家があるそうで、そこが空き家になっているのだという。

 

 何故貴族の別荘なんてものが空き家になっているのかと尋ねてみたところ、その貴族はある時突然実家から姿をくらまし、別荘に現れる事もなく、そのまま()()()()になってしまったらしい。

 

 なので、今その貴族の別荘であった家は、その人が行方不明になったという経緯から気味悪がられ、誰にも買われる事も売られているような事もなく、所有者のいない空き家のまま、ただただ放置されているのだという。

 

 幸運だ。キリトはそう思った。持ち主の貴族が()()()()になったというのは少々解せない部分ではあるが、持ち主が行方不明になるような事など、この中世ぐらいの文明レベルの世界ならばよくありそうな事だ。気にする必要はない。不気味がられていようがいまいが、五人で暮らせそうな家が手に入るのであれば、利用しない手はない。最早四の五の言っていられるほどの余裕などないのだ。

 

 キリトは話を聞いてくれたザッカリアの衛兵にとりあえず礼を言いつつ、その家の場所を聞き出した後に、その地点へと向かった。

 

 穏やかな風が吹き、草花の匂いが運ばれていく草原地帯。本当にVRゲームの世界とは思えないような描写がさも当たり前のように行われている光景。その一角に、確かに木造の一軒家があった。ザッカリアの衛兵が教えてくれたルートを進み、辿(たど)り着いた末に見つけ出せたのだから、間違いない。

 

 話の通り、人の気配が感じられない。完全に空き家だ。持ち主が行方不明になったというだけで不気味がられるようになってしまっているが故に、人を寄せ付けなくなっているらしい。

 

 何が出てきても大丈夫なよう、武器を出せるようにしておこう――そうシノンとユージオに呼びかけ、彼女らと合わせるように警戒しつつ、キリトは(くだん)の空き家に近付いた。

 

 家の外装は質素だった。ザッカリアに来るまでに通ってきた草原地帯のところどころに建っていた農家の家などとほとんど変わりがないくらいだ。貴族の別荘だったというから、どれほど豪勢な造りになっているのだろうかと予想していたというのに、完全に裏切られた。

 

 これじゃあ貴族の別荘ではなく、ただの平民の家じゃあないか。行方不明になったとされる貴族は、着飾らない趣向の持ち主だったのだろうか。それとも別荘の外装に金を掛けようと思わなかったのか。

 

 そんな事を考えながら、キリトは二人と一緒に中に入った。剣をいつでも抜けるようにしつつ、《GGO》の時で言うクリアリングを行う。家は一階建てのようで、部屋の中央にダイニングテーブルと椅子があり、壁沿いに食器の入った棚が置かれている。その内の椅子の数は何故か六つほどあった。持ち主はここで一人で過ごしていたというわけではないらしい。

 

 奥の方に行けば、結構な広さのあるベッドが二つあり、暖炉まであった。生活に必要な家具は一通り揃えられている。いずれも(ほこり)が若干積もっているものの、綺麗に掃除すれば普通に使える。何だ、何も問題ないではないか――チビ竜形態になったリランがルコを連れて入ってくるなりそう言い、キリトもそれに(うなづ)いていた。この家は普通に住める。

 

 行方不明になってしまって不気味がられるようになってしまった持ち主には悪いかもしれないが、この家を使わせてもらい、ここを拠点としてザッカリアの衛兵隊入隊試験を兼ねた剣術大会に備えるとしよう。キリトは四人にそう伝えて、荷物を家の中に降ろした。その時ぼふっと埃が舞い上がったものだから、全員で思わず咳き込んでしまった。まずは掃除をしないと使おうにも使えそうにない。なので、多少面倒ではあるものの、家の中の掃除を始める事にした。

 

 貴族が使っていたというだけあって、家具が揃っているというのは先程も確認していたが、幸運な事に、その中には掃除道具もあった。動物の毛と木でできている(ほうき)が三本、木製の塵取(ちりと)りが二つ、雑巾として使われていたもので間違いなさそうな古びたタオルが三つ。文明レベルが違い過ぎるので掃除機みたいな便利なものはない。面倒でもこれらを使って掃除をする事にしよう。キリトは皆に声掛けし、大掃除を開始した。

 

 これも貴族が使っていたが故なのか、それともこれがあったからこそ貴族が使っていたのか、家の外には井戸もあった。中を覗き込んでみたところ、水がしっかりと満たされていた。これから三か月の生活で枯れる心配もなさそうだ。試しにリランに匂いを確認させても、異臭や毒素は確認できないとの事だ。とりあえず水源の確保も完了。汲み上げた水を古びたタオルに含ませ、水拭きに使用する事にした。

 

 

「ルコ、あんたまで手伝わなくてもいいのよ」

 

 

 部屋のあちこちを拭いている最中、シノンの声がした。振り返ってみれば、彼女が部屋の片隅の方に目をやりつつ掃除をしているのが見えた。その視線の先にいたのはルコだ。残っていた三本目の箒を持って、床を掃除していた。

 

 彼女はキリトとシノンの娘であるユイと同じくらいに身体が小さく、置いてあった箒でさえも手に余るくらいだった。何もできそうな事がないので、そこら辺で待っていてくれと言っておいたのだが、彼女は掃除を手伝い始めたようだ。てっきり外で遊んでいるかと思っていたが、ルコはキリトの予想よりずっと献身的だった。

 

 

「ううん、手伝う。ルコも、掃除する」

 

 

 その意外さにびっくりさせられているキリトから離れた位置にいるユージオが答える。

 

 

「ルコにとっては危ないものも結構あるんだよ。外でリランと遊んでたら?」

 

 

 彼の言う通り、ルコよりも背丈の高い家具がこの家には多い。もし何らかのはずみで倒れかかってこようものならば、危ないどころではないだろう。そうならないためにもルコには外にいてもらいたいところだったが、残念ながら彼女は首を横に振ってみせた。

 

 

「ううん、手伝う。ルコも、掃除くらいできる。掃除くらい、手伝わなきゃ」

 

 

 そう言ってルコは箒で床の埃を払っていった。時折舞い上がった埃を吸い込んだのか、咳き込んだりするようなところもあったが、ルコは全体的に特に問題ない様子で掃除に取り掛かれていた。そこでキリトは改めてルコの姿を確認する。

 

 髪の毛は黒く長く、肌も自分達と同じように血色が良い。瞳はオレンジ色と茶色の中間くらいの色で、三白眼(さんぱくがん)という白目の方が面積が広い形になっている。

 

 そして一対のトンガリがある帽子の内側には、髪の毛と同じ色の毛で包まれた耳があり、更に額には美しい赤色の宝石に似た質感の角。

 

 他の世界に置いてきてしまっているユイや、その兄であるユピテルと同じくらいの身長しかなく、全体的に十歳くらいの見た目。

 

 しかし言葉がかなりたどたどしいうえ、ユイのような行動や言動を見せたりはしないので、精神年齢は見た目以下で間違いないだろう。

 

 だが、その精神年齢の低さに反して、やれる事は多いらしい。見た目と行動のちぐはぐさは笑えてくるくらいかもしれなかった。それくらいにルコは特徴だらけの娘と言えた。そんなルコにキリトは話しかける。

 

 

「ルコはえらいな。自分から掃除を手伝ってくれるなんてさ。やり方はやっぱり《おかあさん》から教えてもらったのか」

 

 

 ルコの動きが一瞬止まったかと思うと、顔が向けられてきた。今にも弾けてしまいそうな笑みが浮かんでいる。

 

 

「うん。おかあさんが、教えてくれた。大事な事、たくさん、教えてくれた」

 

「そっか。ルコのおかあさんは立派な人なんだな」

 

「うん、おかあさん、立派な人。これ以上ないくらい、立派な人。おかあさんより、立派な人、いない」

 

 

 キリトは「ほほー」と言った。ルコは随分(ずいぶん)と自身の母親に誇りを持っているらしい。ここまで子供に教えるという事は、ルコの母親はかなり身分が高いという事なのだろう。

 

 となればルコもどこかの名家の令嬢という事にもなるわけだが……奇妙な事に、そうなるとルコが自身の母親の事だけしか口にしない事、自分の身分を証明しない事に説明が付かなくなる。

 

 「自分の家の事は語るな」と教えられているのだろうか。それとも母親はそんなに身分が高いわけではないのか。詮索をしたいところだが、ルコが答えられそうな可能性は極めて低いどころではないだろう。何気なく保護し、何気なく行動を一緒にしているルコだが、その正体は謎の塊であるという事に改めて気付かされた。

 

 

          □□□

 

 

 家の掃除が済んだ時には、既に夕暮れだった。掃除が終わり次第、夕食作りの準備に取り掛かろうと思っていたが、家の中は思ったよりも広かったために、そこまで早く終わる事はできなかった。

 

 作るものにも困った。素材こそ道中で集めてきているため、どうにかなっているものの、セルカからもらった調味料は昨日の分で空になっていた。調味料無しで料理を作るのはあまりにも難しすぎる。これではザッカリアまで買いに行くしかないか。あまり金はないというのに。

 

 そう思ったその時に、掃除を一人早く終わらせて、リランと共に外に出かけていたルコが帰ってきた。満足の行く結果を出せたと言わんばかりの笑顔の彼女がその手に持っていたのは革袋だ。中を確認してみたところ、複数の植物がごちゃまぜになって入っていた。これは何なのかと尋ねてみたが、ルコは「こうするの」と一言だけ言って、すり鉢を取り出し、ごりごりと植物を擦り始めた。

 

 「何をしているんだろう」と思いながらその様子を見守り、彼女が完成を告げたその時、驚くべき事に、すり鉢の中の植物は調味料に姿を変えていた。ルコがやっていたのは、母親から教わったという調味料の調合だった。掃除だけではなく、まさか調味料の調合までやってのけるなんて。

 

 全員を驚かせたルコは得意げな顔をしていて、すぐさま「料理に使って」と言ってきた。言われるままキリトは、昨日皆で食べた煮込み料理を作ってみたが、その味と来たら。セルカの調味料に負けないくらいに美味い煮込み料理ができあがっていたのだった。

 

 まさかルコがここまでできるうえ、救いの手を差し伸べてくれるとは。キリト、シノン、ユージオ、リランの四人はルコに深々と感謝をし、できあがった煮込み料理を食べたのだった。その途中で、ユージオが呟くように言った。

 

 

「ねぇルコ。ルコのおかあさんってどんな人なの」

 

 

 ルコは料理にがっつくのをやめてユージオを見た。昨日と同じように口元に料理の破片が付いている。この娘は食べ物の破片を口にくっ付けやすいのだろうか。

 

 

「ルコの、おかあさん?」

 

「私もそれは気になってたわ。ルコのおかあさんって、どんな人なの?」

 

 

 ユージオに加わってシノンも問いかける。同じ疑問はキリトにもあった。ここまでの事があったとなると、ルコの母親がどのような人物なのか、気にならない方が変と言えるだろう。問われたルコは、料理の入った器をテーブルに置いた。

 

 

「ルコのおかあさんは、みんなのおかあさん」

 

 

 キリトは首を傾げた。他の三人も同じ動作をしている。ルコは続けた。

 

 

「ルコのおかあさんは、とっても、優しくて、いろんな事、知ってて、教えてくれる。ルコだけじゃなく、みんなに、教えてくれる。みんなに優しい」

 

 

 ルコのおかあさんはみんなのおかあさん。つまりルコにはたくさんの兄弟がいるという事か。これもまた驚くべき事に思えた。同じ事を思ったであろうリランが《声》で尋ねる。

 

 

《お前にも兄弟がいるのか》

 

「うん。ルコには、沢山(たくさん)家族いる。みんなが、《御役目(おやくめ)》を持ってる。《御役目》が終われば、みんな、みんなのところに、帰れる。《御役目》を果たせば、おかあさんのところ、帰れるから、みんな《御役目》果たそうと頑張ってる」

 

 

 《御役目》。またしても気になるキーワードが飛び出してきた。だが、恐らくそれはユージオの言っている《天職》と同じものだろう。と思っていたら、ユージオが隣に並んで小声で話しかけてきた。

 

 

「《御役目》って《天職》の事だと思う?」

 

「そんなところじゃないか」

 

「そっか」

 

 

 ユージオは納得したようだった。シノンがルコに更に問いかける。

 

 

「《御役目》……もしかしてあんたの《御役目》っていうのが」

 

「うん。《はじまりの姫巫女》と《護の巫》、探す事。それ、ルコの《御役目》」

 

 

 やはりそうだったか――キリトはそう思った。ルコがずっと《はじまりの姫巫女》と《護の巫》を探していたのは、それがルコの《御役目》という、果たすべき使命のようなものだったからだ。ただ固執していたのではなく、本当に使命のようなもので、母親のところに帰れる絶対条件であるからこそ、最初からずっと《はじまりの姫巫女》と《護の巫》を見つけると言っていたのだ。

 

 ルコと出会った日、「そんなものを探すのはやめて母親のところに帰ればいい」と自分達は言ったが、そこでルコが首を横に振ったのは、ルコの《御役目》が家族全員と関係した《御役目》だからで、投げ出せるものではなかったから。ルコとその家族に《御役目》が課せられている理由は定かではないが、ルコが《御役目》を投げ出せば、その(ひずみ)は全体にまで及び、家族全員の《御役目》の不達成へ繋がってしまうから。

 

 仕組みが飲み込めてすっきりしたが、同時に苦いものを噛んだような気分になった。やはりこのルコという娘には、悪い意味で分不相応な《御役目》が課せられているとしか思えない。このどれくらい広いのかわからないくらいの世界で、《はじまりの姫巫女》と《護の巫》という、人か物かさえわからないものを、ルコという十歳くらいの少女が見つけ出さねばならないなど、理不尽にも程があるというものだ。

 

 

「《御役目》……ルコは、《はじまりの姫巫女》と《護の巫》を見つけるのにどれくらいかかりそうなのか、わかるの」

 

 

 ユージオの問いかけを受け、ルコは肩を落とした。人に見られていないという事で帽子が外されているために露出している獣の耳がぺたんと寝る。

 

 

「どれくらいかかるか、わからない。もしかしたら、終わらないかも、しれない。もう、おかあさんに、会えないかも、しれないっ……」

 

 

 ルコの肩が上下したかと思うと、手に持たれている料理の器に雫が落ちた。直後に隣に座っているシノンがルコを抱き締める。シノンの表情も、かなり悲しげなものになっていたが、自分の表情もまた同じようなものになっているのだと、キリトは自覚していた。シノンの胸の中に顔を入れたルコは、そのまま続けた。

 

 

「だけど、おかあさんに、会うには、《御役目》果たすしか、ない。ルコだけ、《御役目》果たさない、許されない。おかあさんも、みんなも、許してくれない。だから、《御役目》、続ける。でも、このままじゃ、おかあさんに、会えない……」

 

雁字搦(がんじがら)めだな……お前の《御役目》というものは……》

 

 

 リランが悲しげな《声》を送ってくる。ルコは《御役目》を果たして母親のところへ、家族のところへ帰ろうとしているが、《御役目》があまりにも重すぎて、潰されそうになっている。自分達にできそうな事は、何かないだろうか。戦闘中のように咄嗟に考えようとするが、答えは出てきそうになかった。胸の中に悔しさを抱いたその時、もう一度ルコの声がした。

 

 

「一緒に、いたい」

 

「え?」

 

 

 シノンが聞き返すと、ルコはシノンの胸から顔を離した。それからシノン、ユージオ、キリトの順で見つめてきた。

 

 

「ルコ、一人ぼっちだった。一人ぼっち、寂しくて嫌だった。だから、キリトと、シノンと、ユージオと、リランに会えて、寂しくなくなって、嬉しかった。だから、離れたくない。キリトと、シノンと、ユージオと、リランと、一緒がいい……」

 

 

 ルコはもう一度シノンの胸の中に顔を埋めた。シノンの服の背中をぎゅうと掴む。

 

 

「ルコを、置いて、いかないで……」

 

 

 キリトはじっとルコを見つめ、答えを脳内で見つけ出していた。いや、探す必要もないくらい、ルコへの返事など簡単なものだった。それをキリトは、ルコに告げる事にした。

 

 

「置いていくわけなんかないだろ。俺達はずっとルコと一緒だ」

 

 

 シノンの胸からもう一度顔を離し、ルコは泣き顔を見せてきた。しかし表情はきょとんとしたようなものとなっていた。その顔を見てユージオが言った。

 

 

「そうだよ。僕達はザッカリアの衛兵になって、央都の修剣学院に行くつもりだけど、そこでルコと別れたりなんかしない。ザッカリアの衛兵になった後も、修剣学院に入れた後も、ルコとはずっと一緒だよ。だから、不安にならないで」

 

 

 シノンが自身の胸の中で顔を上げているルコに、顔を向ける。

 

 

「そうよ。私達と一緒に、《御役目》を果たしましょう。それでね、ルコ……できたら、なんだけど」

 

 

 ルコは首を傾げた。シノンは一旦ルコから顔を(そら)し、キリトに目を向けてきた。

 

 

「私達、養子にしてる子がいるの。ここにはいないんだけど、もしかしたらこれから会えるかもしれないの」

 

 

 ここでユージオに驚かれると思っていたが、キリトの予想に反して、ユージオは静かにしていた。自分達が婚約をしているという事、リランという巨大な狼竜を連れているという事などを知ったせいか、自分達に養子までいるという話を聞いても驚かなくなったのかもしれなかった。

 

 しかし、ユージオの目は確かにシノンを見ている。完全に驚いていないというわけではないようだった。視線を集めたまま、シノンは続けた。

 

 

「そしたらね、ルコをその子に会わせてあげたい。丁度歳も同じくらいだから、きっと仲良くなれると思うの」

 

「ルコと、同じくらいの、子……?」

 

「ええ。それにその子は探しものが得意な子だから、きっとルコの探してる《はじまりの姫巫女》と《護の巫》を見つけ出してくれるかもしれないわ。ルコ、その子に会いたいって、思う?」

 

 

 シノンに問われたルコは、目を輝かせて笑んだ。

 

 

「一番会いたいのは、おかあさんだけど、その子にも、会いたい。友達、なりたい!」

 

「あぁ、きっとなれるよ。だから、ルコはこれからも一人ぼっちじゃない。そうだろ?」

 

 

 キリトに言われて、ルコは深く、自信ありげに「うん!」と頷いた。自分達の愛する養子――ユイは、ルコの事をすんなりと受け入れられるだろう。これまで一緒に暮らしてきて事によって、ユイがそういう子なのはよくわかっている。

 

 そんなユイとルコが会った時、どれだけ楽しい事になるか。キリトはそんな想像に胸を弾ませていた。

 






――原作との相違点――

・キリト達が牧場暮らしにならない。

・ザッカリアの衛兵試験が三ヶ月後。原作では五ヶ月後。

・ザッカリアの衛兵の採用人数が四名。原作では二名。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。