キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ※アリシゼーションリコリス01は、原作におけるシナリオライトモードを更にライトにした形で進んでいきます。


03:赤髪の剣士 ―旅路での戦い―

 

 

          □□□

 

 

「それじゃあ、行ってくるからね!」

 

 

 ユージオが振り向いて一言言ったのを皮切りに、キリト達の旅が始まった。

 

 ユージオとルコと出会った日は、比較的上手くいった日だった。ルーリッドの村にて、シスター・アザリヤという人物が経営している教会の一室に泊めてもらったのだが、その時に同行したルコについて怪しまれるような事はなかった。

 

 アザリヤも含め、村人の全員が、ルコの事をただの変わった帽子を被った小さな女の子としか思わなかったらしい。おかげでルコが存在してはならぬ亜人だとバレる事なく、一夜を過ごす事ができた。

 

 次の日、ユージオの話に出てくる彼の想い人と思われるアリスの妹であるセルカが、ルーリッドの村の北方向にある洞窟に行ったまま帰って来ないという事件が起きた。あそこは果ての山脈の内部にあり、最奥部は闇の国に繋がっている。下手すれば闇の国の者達と遭遇する危険性がある。もしかしたらセルカは闇の国の者達に襲われているのではないか。危険視するユージオの意見に従い、キリトはシノンとリランとルコを連れて、北の洞窟に向かった。

 

 最奥部に辿り着くと、そこにセルカはいたが、彼女は闇の国の民であるゴブリンの群れに囲まれている状態だった。ゴブリン達はまだセルカを殺さずにいたが、殺すのも時間の問題としか思えないように見えたし、何よりゴブリン達はキリト達を見つけるなり、獲物を見つけたと思ったようで、それぞれの武器を持って襲い掛かって来た。

 

 リランという大型の狼竜がいるというのに、挑むのは命知らずにも程があるのではないか――キリトがそう思ってしまうくらいに、ゴブリン達はある意味では勇敢だった。そんな勇敢で無謀なゴブリン達とキリト達は戦ったが、決着はすぐについた。照射はキリト達だ。

 

 キリトとユージオの剣技、シノンの弓矢による遠距離攻撃、そしてリランの巨躯(きょく)から繰り出される近接攻撃と、この世界でも健在だった自慢の火炎ブレスによって、ゴブリン達はあっという間に沈んでいった。

 

 しかし、自らを《蜥蜴殺(とかげごろ)しのウガチ》と名乗った、ゴブリン隊隊長の大柄ゴブリンだけはそれら攻撃に耐えて見せ、ユージオに一撃を入れてきた。やはり大柄という事だけあってか、ユージオは致命傷を負って倒れた。だが、そこで怯まずにキリトとシノンとリランの三人で戦闘を続行し、シノンとリランの波状に等しい攻撃でウガチを追い込み、最後にキリトの斬撃でその首を切り落とした。隊長の死によって、ようやくゴブリン達は自身らの劣勢だと理解し、セルカを解放して逃げていった。

 

 そこでセルカの救出に成功したが、新たな問題が起きた。重傷のユージオである。彼に入れられた攻撃は非常に重かったようで、彼の天命は尽きつつあった。彼を死なせてはならない、死なせてたまるものか。使命感にも似た気持ちに駆られたキリトは、意識を取り戻したセルカに、神聖術による治療を頼み込んだ。

 

 しかしユージオの状態は非常に悪く、普通の治癒術ではどうにもならない、治すには誰かの天命を流し入れる事で回復させる神聖術を使う必要があると、彼女は話してきた。これを使えば、最悪誰かが命を落とす代わりにユージオが助かる事になる。そういう事だった。

 

 だが、それでもキリトは止まるつもりはなかった。俺の天命を使ってもいいから、ユージオを治してくれ。その頼みをセルカは受け入れ、キリトの天命を使ってユージオを回復させる神聖術を使用し始めた。

 

 しかし、天命を使うのはキリトだけではなくなった。あなただけにやらせたりしない――そう言ってシノンとリラン、戦いを物陰から隠れて見るしかなかったルコも加わって来たのだ。四人の天命を使えば、誰かを重体にさせずにユージオを回復させられる。セルカはとても強気な顔になって、神聖術を使った。

 

 その時だった。キリトを誰かが肩に手を載せてきているような感覚に包んだ。間もなくして、脳裏に《声》が響いた。

 

 

《キリト……ユージオ……待ってるわ。セントラル・カセドラルの頂上で、あなた達が来るのを待っているわ》

 

 

 その正体はわからなかった。だが、聞き覚えのある少女の《声》だという事が、その少女はセントラル・カセドラルの頂上という場所で自分達を待っているという事は、何よりも鮮明にわかった。

 

 

 四人の天命を分け与えた事によって、ユージオの傷は治り、翌々日にはすっかり回復した。北の洞窟に向かった五人でまたギガスシダーの許へ行ったそこで、ルコが何かに気付いたように「ユージオ、今なら、あれ、使いこなせる」と言った。

 

 あれとは何の事なのかキリトは掴めなかったが、ユージオはわかったようで、一人どこかへと向かっていった。五分後、彼は向かっていった方向から往復してきた。その手に、全体的に氷にも金属にも似た質感で、青い薔薇(ばら)の意匠がされている、業物(わざもの)だと一目でわかる一本の剣を持って。

 

 ユージオによると、その剣は《青薔薇の剣》というそうで、何でも、北の洞窟の竜の化石の近くに落ちていたのだという。それを手に入れたかったユージオは、とても重いその剣を、少しずつ洞窟から外へと引きずっていたそうなのだが、今はすっかり手に馴染むくらいの重さになっていたので、ここまで普通に持って来られたらしい。

 

 そんな青薔薇の剣を持っていたユージオの姿だが、とても見事だった。まるでユージオと青薔薇の剣は、どちらも最初からともにあるべき存在であり、両者が揃った事によって真の姿を取り戻したかのようだ。

 

 その姿に数秒見惚れた後に、キリトは思い付いた事があった。もしかしたら今の彼ならば、ウガチ戦で使ったような自分の剣技や剣術――それこそソードスキルを使いこなす事もできるのではないか。

 

 思い立ったキリトはウガチ戦で使った剣で、ユージオにソードスキルを、《アインクラッド流剣術》として教えてみた。すると彼はたった一回の指導でそれを呑み込む事に成功したようで、次の瞬間にはキリトの教えた動きと完全に同じ動きをして、ソードスキル《ホリゾンタル・スクエア》を放ってみせた。対象を、黒き巨木であるギガスシダーにして。

 

 その瞬間だった。あれだけ斧で叩いてもびくともせず、ユージオの代でもまだ表面を軽く削れた程度であったギガスシダーの傷は一気に深さを増し、反対側にまで届いた。そこから数秒も立たないうちに、《悪魔の樹》の別名を持つギガスシダーは轟音と衝撃をまき散らしながら倒れ、ユージオの《天職》は終わりを告げる事になった。

 

 あのギガスシダーが倒された。その事は瞬く間にルーリッドの村全体に伝わり、夜にはお祭り騒ぎのようになったが、《天職》の完了を成し遂げたユージオは「これからどうするべきなんだろう」とキリトに尋ねてきた。そこでキリトは迷わず、重傷を負った彼を復活させる際に聞こえた声の事を話した。

 

 ユージオは驚いたかと思えば、即座に「その声の主はアリスかもしれない。アリスがセントラル・カセドラルの頂上で待っているんだ」と言い出した。アリスはユージオの幼馴染であり、恐らくは恋人であり、キリトも何らかの関係を持っている可能性が高い人物。ユージオはそのアリスを探しに行く気満々になっていた。

 

 そのユージオに、キリトはシノンとリラン、そして保護したルコと行動を共にしたいと申し出た。セントラル・カセドラルはこの世界の中央部に位置する白亜の塔なのだそうだが、そこならば外部――現実世界と接触するためのコンソールや装置などがあるのではないかと思ったからだ。セントラル・カセドラルに行けば、自分達は現実世界に帰る事ができるかもしれない。キリトはそう(にら)んだ。

 

 流石にその事はユージオには話さず、彼にはただ「ここまで深く関わったお前を放っておけない。アリスを探す協力をさせてくれ」とだけ頼んだ。彼はキリトの申し出を(こころよ)く受け入れ、共に向かおうと言ってくれた。

 

 翌日、キリトはシノンとリラン、ルコと共に旅に必要な荷物をまとめ、ユージオと共に旅に出て――現在に至っているのだった。ユージオによると、まずはルーリッドの村の南方に位置するザッカリアの街で開催される剣術大会で優勝し、衛兵隊に入る事が先決だという。

 

 衛兵隊に入って鍛錬を重ねれば、央都の帝立修剣学院に入るための推薦状を得る事ができ、そこで好成績を出し続ける事ができれば、最終的に整合騎士になれる資格を得て、セントラルカセドラルに入る事ができる。それがユージオからの今後の簡易的な説明だった。なので、今するべき事はザッカリアの街に辿り着く事だ。

 

 その事を確認し直したキリトは、他の四人と歩調を合わせて進んでいっていた。勿論、狼竜形態となっているリランの背中に四人で乗り込んでだ。現実世界における路線バスと同じくらいの全長であるリランは、見た目以上の力があり、キリト以外の仲間を載せて走ったり飛んだりしても楽勝だった。

 

 だが、そんなリランに試していない事があった。最大積載量はどれくらいなのかという事だ。路線バスと同じくらいの大きさがあっても、路線バスばりに沢山人をのせる事はできないのは簡単に想像できたが、具体的に何人まで可能なのかというのはわかっていなかった。それを確かめるのも兼ねて、旅立つ直前にキリト、シノン、ルコ、ユージオの四人でリランの背中に乗ってみた。

 

 これまで最大三人しか載せた事のなかったリランは、果たして四人を載せた状態でも余裕で立ち上がってみせた。間もなく彼女は《いつもより多少重い程度だ》と言って歩き出し、ついには走る事さえもできていた。リランはこんなにも力持ちで、頼もしかったなんて――《使い魔》がその身に宿す力の大きさへの嬉しさを噛み締めながら、キリトはリランをザッカリアの方角へと向かわせていたのだった。

 

 びゅうびゅうと吹き付けて来る風の中には、草木の匂いが混ざっていた。現実世界では都市部から離れた山里や、それを伴う観光地でしか嗅げないような、自然の匂いだ。こんな匂いを嗅いだのはいつだっただろうか。少なくとも、最近は嗅げてない。鋼鉄と荒野の世界であった《GGO》にいたせいだろう。

 

 いや、それよりも前に《SAO》、《ALO》、《SA:O》にダイブしていた時に、こんな匂いがしてきそうな光景を見てきたものだが、その時にこのような匂いを嗅げた記憶はなかった。この自然特有の匂いというものは、VRゲームで再現する事は難しかったのだろう。それをいとも容易(たやす)く再現できているこの世界には、本当に驚かされる一方だった。

 

 そんな匂いが満ちる林や森を近くにしている平原を駆け抜けていくと、川辺に入った。すぐそこに、小さくも大きくもないくらいの川があり、水がルーリッドの村の方から流れてきているのがわかった。

 

 ルーリッドの村は水で満たされた堀で囲われているのだが、ここはあの堀から流れる川であるらしい。ここから更に下流へ向かえば、ザッカリアまでいけるよ――というユージオの助言を受け、キリトはリランに下流を目指すよう言った。指示を受けたリランは走って川を下っていってくれた。

 

 だが、ある時リランは突然その足を止めた。急ブレーキではなかったので、背中から弾き飛ばされるような事はなかったものの、急な動きの変化であった事に変わりはない。キリトはリランに問いかける。

 

 

「リラン、どうした」

 

 

 リランは耳を(しき)りに動かしていた。音を聞き取っているらしい。

 

 

《音が聞こえてきている。これは……獣の声だな》

 

 

 獣の声ならば、ルーリッドの村の周囲にいればよく聞けたものだから、気にする必要はない。その事をシノンが伝える。

 

 

「獣の声がする? それがどうしたの」

 

《我らの進行方向から聞こえてくるのだ。声の性質から考えるに、これは獰猛な大型獣のようだが……》

 

「獣の声だけ、違う」

 

 

 背後から声が聞こえた。ルコだ。よく見ないとわからないが、彼女は帽子に覆われている頭側の耳を動かして、音を聞き取っているようだった。

 

 

「獣だけ、違う。人もいる。人と獣、一緒にいる。同じところ、いる」

 

 

 人の声と獰猛な大型獣の声がする。そこから想像できるシーンは、人が大型獣に襲われているか、戦っているかのどちらかだ。

 

 

「誰か襲われてるって事か?」

 

《その可能性は高いだろう。助けに行くか?》

 

 

 リランに言われた事については考えるまでもない。襲われているのであれば、助けるべきだろう。リランの足があれば寄り道しても対してタイムロスにはならないはずだ。キリトは出した答えをリランに伝える。

 

 

「助けに行こう」

 

《わかった。しっかり掴まっておれよ、四人とも》

 

 

 頭に響く《声》でそう伝えて、リランは走り出した。川に沿って、かなりの速度で地を駆けていく。《GGO》の時ほどの速度は出ていないが、気を付けていなければ振り落とされてしまいそうだった。

 

 そこでキリトは他の三人が心配になり、咄嗟に背後を振り向いてみたが、シノンは勿論、ユージオとルコもしっかりとリランの毛を掴み、背中から振り落とされずに済んでいた。リランに乗るのは初めてのはずだが、どこか手馴れているような気がして、キリトは不思議な気持ちになっていた。だが、そんな気持ちに浸っていられる余裕をリランと状況が与えてくれなかった。大きな黒い影と人影が見えてきたからだ。

 

 大きな黒い影の正体は、そこら辺の獣より一回りも大きな体躯をした獣。その近くの人影は、一人の少女だった。片刃にも両刃にも見える剣を構えて、獣と対峙をしていた。

 

 

          □□□

 

 

 

 《オルティナノス家》の汚名返上のための旅を始めて早々、彼女の道を塞ぐモノが現れた。山猫を人くらいにまで大型化させて、鋭い牙と獰猛(どうもう)な顔を持たせ、全身を黒と黄色の毛で覆わせたようなそれは、ここいらに生息している比較的大型の獣、《トビサキヤマネコ》だった。

 

 だが、彼女の目の前に立ち塞がっているそれは、ただのトビサキヤマネコではない。一般的なトビサキヤマネコと比べて明らかに身体が大きく、どっしりとした体型をしているものだった。

 

 それだけならば、ただ単に身体の大きなトビサキヤマネコであるというだけなので、大した事がないのだが、眼前のそいつは、顔の半分、右後ろ脚、左前脚といった身体の一部が黒い装甲のようなもので覆われているという、これまで目にした事がないような特徴を持っていた。しかも、その装甲らしき部位の隙間からは、皮膚が見受けられない赤黒い筋肉らしきものが確認できるとまで来ている。

 

 ここまでおかしな特徴を持った獣が生息しているなどという話は、誰からも聞かされた事がなかったし、本にも書かれていた事はなかった。しかし、そんなものが相手になろうとしている状況に、彼女は(ひる)む事はなかった。

 

 こんな場所で立ち止まっているようならば、どんなに月日が流れようと、オルティナノス家の汚名を返上するという悲願を達成する事などできやしない。

 

 

「随分とおかしな姿をした獣に出会ったものだな。だが、私の進む道を塞ぐというのであれば、容赦はしない」

 

 

 そう言って彼女は、自らの家に代々受け継がれ続けている剣を構え、刃先を黒い装甲の獣に向ける。

 

 

「異様な姿であろうと怯むものか。オルティナノスの剣戟、如何なるものかを知るがいい!」

 

 

 彼女の言葉を皮切りにしたのか、黒い装甲の獣は彼女へと飛び込む攻撃を仕掛けてきた。地面を軽く蹴って跳び、彼女は迫り来る黒い装甲の獣の身体を回避する。その隙を見計らって一閃を放ったが、獣の装甲に当たってしまったのか、かぁんという金属で金属を叩いた時のような音と衝撃が返ってきた。勿論手応えはない。今の攻撃で傷を付ける事はできなかったようだ。

 

 初めて目にした時から予想していた事であったが、あの黒い装甲は刃を防ぐ鎧であるらしい。だが、ただの獣が鎧を纏って防御を固めるなどという知恵を働かせられるとは思えない。

 

 となると誰かがあの獣に鎧を着せたという事になり、同時にあの獣は誰かに飼われているという事になるが、あんなものを飼っている人間がいるなどという話も聞いた事がないし、あんな獣を飼い、鎧を着せたりするほど悪趣味な奴は貴族にもいない。

 

 いや、割と趣味の悪い者が多いのが貴族だから、探せばいるかもしれないが、少なくとも彼女の知る中で凶暴な獣を飼い、更にそれらを武装させる趣味を持つ貴族はいなかった。それにもし貴族が武装させているのであれば、あの鎧のどこかに貴族の紋章があるはずだが、それも確認できない。やはりアレは誰かに飼われているというわけではなさそうだ。

 

 ならば余計に危険だ。野生と変わらぬ凶暴さを持ち、傷付くのを鎧を着込む事で防ぐ特徴を持つ獣など、野放しにしておけば並みの獣とは比較にならない被害を出してしまうだろう。こいつはここで倒さなければならない。

 

 

「誰かに武装させてもらったのか、それともお前自身、悪知恵が働く奴なのか……いずれにしても、狩らせてもらうぞ」

 

 

 黒の装甲の獣に呼びかけ、彼女はもう一度斬りかかる。だが、その時だった。

 

 

「はあああああああッ!!」

 

 

 彼女の後方上空から勢いよく何かが前方向へと飛んでいったのが見えたかと思えば、黒の装甲の獣が悲鳴を上げて後方によろめいた。飛んでいったものの正体は剣士だった。片手剣を持ち、何とも身軽な服装をした黒髪の剣士が彼女の後方から飛び上がり、彼女を乗り越え、黒の装甲の獣に一閃を浴びせたのだ。間を置かずに黒の装甲の獣の、装甲以外の部位に複数の矢が命中し、獣は更に悲鳴を上げて退()く。

 

 

「なんだ!?」

 

 

 思わず彼女が言ったその時に、背後から気配を感じた。振り向いてみれば、亜麻色(あまいろ)の髪をした、黒髪の剣士と似たような恰好の剣士がもう一人、こちらに駆け寄ってきた。その背後には弓矢を(たずさ)えた白水色の髪の少女、そして黒装甲の獣よりも一回り大きな身体をして、肩の辺りから一対の翼を生やした白い狼らしき獣が姿を見せていた。獣に至っては新手かと思ったが、どうにもそうではないらしかった。

 

 

「大丈夫かい!? 助けに入るよ!」

 

 

 亜麻色の髪の剣士が言うなり、彼女の隣に並んで剣を構えた。助太刀に来たつもりらしい。恐らくあの黒い髪の剣士もそうだろう。後方に跳んで退き、彼女の近くにやってくる。更に後方で弓を構えていた少女までもやってきた。こいつら全員が仲間らしいのは間違いなく――全員でこちらに手を貸そうとしていた。頼んでもいないというのに。

 

 

「助けなどいらない。こいつなど私一人で十分だ」

 

「君がどれくらい強いのかわからないけれど、こんな奴を一人で倒そうなんていうのは危険だぜ、お嬢さん」

 

 

 黒髪の剣士に言われ、彼女は胸の内に苛立ちを抱いた。お嬢さんだって? そんなふうに呼ぶんじゃない。それを伝えるより先に口を開いたのは、弓使いだった。

 

 

「ごめんね。この人は一度言い出すと、中々聞いてくれない部分があって」

 

 

 つまりこの三人は黒髪の剣士を中心とした集団であり、ここへやってきたのも彼が勝手に突っ走って来たからであるらしい。何とも気の抜けた集団だ。

 

 

「……好きにするといい。だが、そのお嬢さんとかいう呼び方は今すぐにやめろ」

 

「なら教えてくれ。君の名前はなんだ」

 

 

 黒髪の剣士にまた言われ、彼女は(みずか)らの名前を教えた。

 

 

「私の名はメディナ。遺志を継ぎ、戦う者だッ!!」

 

 

 メディナは言い放つと同時に、飛びかかってきた黒装甲の獣の身体を回避しつつ斬り裂いた。今度こそ装甲以外の部位を斬る事ができ、手応えを感じられた。更に黒装甲の獣は悲鳴を上げて体勢を崩す。やはり装甲のない部分が弱点のようだ。

 

 

「こいつ、鎧を着てる!? 獣が鎧を着るなんて、聞いた事がないよ!?」

 

 

 亜麻色の髪の剣士が今更気付いたように言った。この黒の装甲の獣のように、身体を装甲で包んだ獣の目撃例などないのだ。自分の思っていた事が間違いでなかった事に、メディナはある種の安心を覚えたが、すぐに弓使いが答える。

 

 

「いいえ、何かおかしいわ。鎧を着ているというよりも、装甲が身体から生えてるっていうか、身体の一部が装甲になってるみたいな……」

 

 

 装甲が身体から生えている? もしくは身体が一部装甲化しているだと? (いぶか)しんだメディナは黒装甲の獣をもう一度よく見た。驚くべき事に弓使いの指摘の通り、黒装甲の獣はただ装甲を着ているのではなく、身体の一部が装甲に変化しているようになっている。

 

 特に顔は半分が装甲化していて、もう半分が普通の獣のそれになっているという、異様極まりないものだった。顔については先程から確認しているというのに、弓使いに言われるまで全く気が付かなかった。注意力が足りていない気がしてきて、メディナは行き場のない怒りを強く抱いた。

 

 あの獣があそこまで異様だったという事に気付かずにいたなんて――。

 

 

「……むかつく」

 

 

 獣が、自分が、いつの間にか自分の協力者になっているこの者達が、むかつく。その気持ちを刃に載せて、メディナは黒装甲の獣の、装甲以外の部分へ斬りかかった。

 






――原作との相違点――

①キリト達が戦ったのがトビサキヤマネコの異変種になっている。原作ではトビサキヤマネコ×3。

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