キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 『As One』⇒『一つになりて』の意味。

 そして多分、恒例行事。




19:As One ―死銃との戦い―

 

 

「シノンッ!!!」

 

 

 キリトの悲鳴に近しい呼びかけに反応したように、シノンの顔に苦悶の表情が浮かび上がった。《HPバー》がかなり減っていくのが見える。間一髪で致命傷を避けられたようだが、急所に近いところを的確に貫かれたようだった。

 

 激しい怒りが胸の内から湧いてきて、怒声が出そうになったが、それより先にステルベンの身体に動きがあった。表情が仮面のせいで見えないが、少し驚いているらしい。

 

 

「……お前の全てを奪い尽くす……あんた、そう言ってたわね。あんたみたいなのの事よ、きっとキリトの全てを奪ってやるつもりでいる。その最初の標的(ターゲット)として私を奪おうとしたんでしょ」

 

「……!」

 

 

 ステルベンの小さな喉の音とキリトのそれは重なった。シノンはステルベンのロッド――エストックか――に刺されたまま懐に手を入れ、力強く引き抜いた。現れたのはサブウェポンとして携行しているマシンピストル、《グロック18C》。その銃口はエストックを突き刺しているステルベンへと真っ直ぐに向けられる。

 

 

「悪いけど私は誰にも奪われない。私はキリトのもの……そしてキリトの事も、誰にも渡さない!!」

 

 

 そう叫んでシノンは引き金を強く引いた。ほぼ同時に《グロック18C》の銃口より破裂音が鳴りまくり、かなりの数の弾丸が放たれた。ほとんど零距離射撃に近しい距離での発砲だった。

 

 しかしステルベンは事前にそれを感知していたのか、シノンの発砲と合わせるようにして側面に移動していた。いや、カメレオン型戦機がいち早くリランを離し、こちらの側面に跳んだのだ。主の危機を感じ取った際に取るというビークルオートマタ特有の動きだった。

 

 こんな奴でもビークルオートマタは守ろうとするというのか。違う。ビークルオートマタは良くも悪くも無差別で、主が善人であろうと悪人であろうと守るのだろう。それはこの《GGO》のビークルオートマタが搭載するAIに、ある程度の心が存在する証拠であろうが、自分自身で本当に思考できているのかと言われるとそうではないだろう。つまりリラン達《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》には(かな)わないという事だ。

 

 それは今キリトにとっては救いのように感じられた。《死銃(デス・ガン)》――ステルベンとヘカテーというだけで厄介なのに、ここにリラン達並みのAIを搭載したビークルオートマタが加わろうものならば、本当に手に負えなかっただろう。そうならなかったのはある意味救いだ。

 

 そう思いながらキリトは退()いていくカメレオン型戦機を見てから、シノンへ声を掛けた。

 

 

「シノン、大丈夫か!?」

 

「えぇ、サトライザーにやられた時よりずっと何ともないわ。寧ろ、あいつみたいなスキルを持ってないってわかって安心したかも」

 

 

 シノンは強気にそう言って、注射に似た回復アイテムを自身の左胸付近に刺した。ステルベンの一撃によって減らされていたHPが回復し、ダメージエフェクトが消えるのが確認された。少々危ぶまれていたものの、シノンの精神状態は良い方に入るらしい。彼女は問題ないと言えるだろう。

 

 それに、危惧していた部分がそうではないとわかって安心した。ステルベン、ギフト、ヘカテー、ハンニバルの四人は、サトライザーの時のように痛覚抑制機構(ペインアブソーバ)を無視するスキルを装備しており、本当の痛みを与える攻撃をしてくると思っていた。《死銃》と呼ばれる奴らの事だ、それくらいのものを持っていても不思議ではない。だから攻撃を喰らえば本当の痛みが来てしまう。そして奴らはその隙を突いてこちらを殺してくる。キリトはそう思っていた。

 

 だが、現実はキリトに味方した。あいつらにそんなスキルは搭載されていない。採用していたのはあの《闇の皇帝》だけで、死銃は例外だった。いや、もしくはパイソン以外の運営スタッフ、開発スタッフがそのスキルがあまりに凶悪すぎるという事に気が付き、廃止してくれたのかもしれない。どう考えてもあのスキルはプレイヤーに苦痛しか与えない最悪のものだ。

 

 誰――ハンニバルの言う事をよく聞いていたパイソン以外――がどう見ても余計なものにしか思えない代物。パイソンがどれだけの権力を持っていたのかは不明瞭だが、他スタッフの多数決には勝てなかったはずだ。そんな感じであの凶悪スキルを実装している現状に反対する意見が多数となり、廃止に至ったのだろうか。

 

 それならば僥倖(ぎょうこう)だ。《GGO》はハンニバルに完全に乗っ取られているわけではなかったのだ。

 

 

「アレがないなら、戦いやすいな」

 

「アレを使っていないだけでも、あいつらにはマシな部分があると言えそうね。まぁ、許す気には全然なれないけど!」

 

 

 キリトの言い分に答え、シノンは《ヘカートⅡ》を発砲する。強烈な破裂音と同時に放たれた大口径狙撃銃弾はカメレオン型戦機の(もと)へ飛び、その機関銃部に直撃した。リランが攻撃を受けた時のようにぶおんっという音が鳴ったかと思うと、機関銃はカメレオン型戦機からもげ落ちた。そのまま地面へ激突し、赤い光を纏うポリゴンの破片となって消滅する。攻撃能力の一つを潰す事に成功した。

 

 だが、まだあいつには狙撃砲が残っているから油断できないし、そもそもカメレオン型戦機はリランに匹敵するくらいの大きさなので、その機体そのものがある種の質量武器となっていると言えるだろう。

 

 そして何より、背中に乗っているステルベンとヘカテー自身もこの《GGO》で上位に食い込めるほどの実力者。あのカメレオン型戦機だけが脅威なのではなく、全部だ。全部が恐るべき脅威と言えるだろう。

 

 どこまで気を張り巡らせたらいいか。それもまた全部だ。キリトは自問自答を即座に行い、カメレオン型戦機とその背中に(またが)る二人の敵を見た。その時に、ヘカテーが《PSG-1》を構えてこちらを狙っているのが確認できた。《弾道予測線(バレット・ライン)》が真っ直ぐシノンを(とら)えている。

 

 しかもそれはただの《弾道予測線》ではない。怒りと憎悪を混ぜた執着心にも似た感情が混ざっている。向けられているわけでもないのに、キリトにはそれがわかった。シノンが一番の敵をヘカテーとしているように、ヘカテーもシノンを一番の敵だと思っているようだ。それが《弾道予測線》に込められて飛んできている。

 

 ヘカテーの元になっているシノンは、他の仲間達から見ると、感情が薄いような雰囲気で、クールに振る舞っているように見えるという。しかし本来の彼女はとても澄んだ、真っ直ぐな感情を抱く心を持っていて、その事を時にちゃんと見せてくれる少女であるというのを、キリトは知っている。

 

 その心があのヘカテーにも出ているようだが、結局それは機械的に真似しているだけに過ぎない。あらゆる部分をただ真似をして、シノンになりきっているつもりなだけなのだ。その証拠に、ヘカテーの向けてきている感情の混ざる《弾道予測線》には、奥底の心というものが感じられなかった。

 

 間もなく弾丸が発射され、《弾道予測線》を通って狙撃弾が飛来する。目的はシノン。感じ取ったリランが回避するためにバーニアを吹かすが、間に合いそうにない。しかし抵抗をするだけの余裕はある。

 

 瞬時に判断を下したキリトは咄嗟に光剣を引き抜き、一閃を放った。シノンの急所を貫こうとしていた弾丸は光の刃に吸い込まれ、真っ二つに両断されて消えた。

 

 

「ッ!」

 

 

 その瞬間を目にしたヘカテーの顔に驚きが浮かぶのが見えた。今のを初めて見たかのような反応だ。なるほど、アレはシノンの記憶を(もと)に作り出されているAIであるが、どうやら最新のシノンの記憶をも持っているというわけではないらしい。幾分か過去のシノンが基になっているようだ。

 

 もし自分の背後にいるシノンと完全に同じ記憶を持っているというのであれば、今の自分の防御に驚いたりはしなかったはずである。そうではないという事は、やはりアレはただの偽者だ。シノンの顔と過去の記憶を持っているだけの模造品。そんなものを壊すのに迷いも躊躇(ためら)いもいるものか。

 

 キリトがそう思った直後、対象となっているヘカテーはまたしても急に驚いたような顔になった。何かを感じ取ったようにも見える。それが背中から感じられたのか、ステルベンが声を掛けた。

 

 

「おいヘカテー、どうした」

 

「……沢山、来てる」

 

 

 その(つぶや)きにも等しい応答がキリトにも聞こえた。沢山来ている? 何がそんなに沢山来ているというのだ。

 

 

「う、うおわあああッ!?」

 

 

 その直後に聞こえてきた悲鳴にキリトは振り向かされた。根源はギフトである。彼の者はレン達と戦っている真っ最中というのが前から見えてはいた。レン達、アルトリウス達全員の敵視(ターゲット)を一人で引き受けていて、尚且(なおか)つまともに戦えているという状況を作り出してこちらを驚かせていたが、そいつを今、無数の爆発と銃弾の飛来が襲っていた。それはレン達によるものでも、アルトリウス達によるものでもなかった。

 

 

「ユピテル! キリト君! シノのん!」

 

 

 間もなくして聞き覚えのある声がした。何度も聞いている少女の声であるが、今それが聞こえるというのがキリトは信じられなかった。更に続けて様々な声が聞こえてくる。

 

 

「そこまでだ、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》――!!」

 

「本当に化けて出てきやがって! いつまでもこの世にしがみ付こうとしてんじゃねえぞ!!」

 

「クソッタレ犯罪者共が! これ以上好き勝手なんてさせねえぞ!!」

 

 

 男性三名による声だった。それも聞き覚えがあるどころではない。キリトはついにそこへと振り向いた。音の源となる場所にいたのはやはり、クライン、エギル、バザルト・ジョーの三名だった。それぞれアサルトライフル、ミニガン、二丁持ち機関銃を手に持ち、簡易弾幕を展開してギフトを攻撃していた。だが、どうして彼らがここにいるのかは全くわからない。

 

 

「え、アスナ!?」

 

「かあさん!?」

 

 

 直後、後ろのシノンがびっくりしたような声を上げた。少し離れたところにいるユピテルも彼女と同じ方向を見て驚いている。誘われるままそこを見てみれば、確かにそこには栗色の長い髪の毛を揺らし、白いコンバットスーツを身に纏った少女――アスナの姿があった。

 

 彼女だけではなく、ホームでこの大会を見ている予定だった、シノンの友人達、自分の仲間達全員が揃ってこちらへ向かって来ているのが確認できた。《スクワッド・ジャム》の仕様と今回の作戦の関係で来れなかった皆。

 

 その者達がやってきている光景は、これ以上ないくらいに嬉しくて、頼もしくて仕方がないが、どうしてこうなっているのかが全くわからないから、混乱してしまう。それはリランも思っていたようで、《声》で問いかけを行っていた。

 

 

《お前達、どうしてここに。《スクワッド・ジャム》には飛び入り参加などという仕様はなかったのではないのか》

 

 

 すぐさま皆が近くまでやってきて、そのうちのリズベットが答えた。

 

 

「というか、あんた達こそ何も聞かされてないの。《スクワッド・ジャム》はとっくに中止になって、《GGO》自体ももうちょっとしたらメンテナンス入って、プレイヤーは全員締め出しになるのよ」

 

「なんだって? 《スクワッド・ジャム》は中止になってるのか」

 

 

 キリトの問いに皆が(うなづ)いた。そこで更に付け加えるようにカイムが言ってくる。

 

 

「そのはずなのに、キリト達はずっと戦い続けてるから、何かおかしな事になってるのは間違いないみたいなんだ。まぁ、どうせハンニバルのせいなんだろうけど」

 

「それでリエーブルがボクたちをここまで飛ばしてくれたんだ。おかげでようやくキリト達に合流する事ができた!」

 

 

 カイムに続いて言うユウキはどこか嬉しそうに見えた。白熱する戦いに参加できるのが嬉しいのだろう――と、普段の彼女を見ればそう思えたところだろうが、今の彼女はそうではなかった。戦いに参加できる事ではなく、自分達を助けに来れた事を嬉しいと思っているように見える。彼女はずっと自分達を助けたいと思ってくれていたようだ。

 

 そんな彼女達に手を貸してくれたという少女、リエーブルの姿をキリトは認めた。仲間達の後ろの方に混ざっている。

 

 

「リエーブル、君がやってくれたのか」

 

 

 リエーブルは素直に頷いた。これまで見てきた彼女と全く同じ容姿をしてはいるが、瞳にはこれまで見た事のない純粋な意志の光が見受けられていた。

 

 

「えぇ、犯人はわたしですよ。わたしも自分の家族を含めた不特定多数の人々に多大な迷惑をかけてしまったわけですから、その償いをしないとと思いまして。できそうな事を探した結果、今回のこれに至ったわけです」

 

 

 そう言った後に、リエーブルは不安そうな顔をした。

 

 

「……これでよかったでしょうか。ご満足いただけました?」

 

 

 キリトは即座に答えを用意した。これで満足かどうか、これでよかったかどうかなど、簡単だ。

 

 

「最高だよ。皆をここに連れてきてくれて、俺達を助けてくれたのは、最高だ」

 

 

 しかし、仲間達を連れてきてくれただけでは、まだ足りない部分がある。そこをキリトは話した。

 

 

「最高だけど、一緒に戦ってくれて、あいつらを倒してくれたなら、もっと最高だぞ」

 

 

 リエーブルは「ふふん」と言った。嫌そうな顔ではない。

 

 

「まだ欲しいときますか。いいでしょう。そのお願いを聞いて差し上げようではありませんか」

 

 

 リエーブルの顔には強気な笑みが浮かんでいた。敵対していた時にも見ていたが、今はその時のような邪悪さは微塵(みじん)も見られない。あるのは本当に自分のやるべき事を見つけ出し、それに精いっぱい取り組もうとしている、真っ直ぐな意志の光だった。そんなリエーブルと目を合わせているキリトの横から聞こえる声があった。フィリアとレインの声だ。

 

 

「ちょっと、何あれ!? シノンがもう一人いるよ!?」

 

「シノンちゃんにしては、わたし達が知ってるシノンちゃんより小さいね。それになんだか雰囲気も全然違うよ。アレ、シノンちゃんじゃない!」

 

 

 他の皆ももう一人のシノン――正確にはシノンを模して作った機械――であるヘカテーの存在に驚き、怪訝(けげん)な顔をし、そして交戦態勢に入った。ずっとシノンと一緒に過ごしているのが皆だ、アレがシノンではない事、シノンと同じ姿をしているだけの邪悪な存在であるという事をすぐに理解したのだろう。

 

 

《なるほどねぇ。大方シノンのエネミーアファシスと採取したデータを混ぜ合わせて作った嵌合体(キマイラ)ってところか》

 

 

 不意に聞こえた声にキリトは驚いた。仲間達のそれと同じように何度も聞いているその声の主は、この場にいるはずのない者だった。その名前をキリトは思わず口にする。

 

 

「その声、イリスさん!?」

 

「イリス先生!?」

 

《イリスなのか!?》

 

 

 シノンとリランもほぼ同時に言っていた。やがて周りの皆も同じような反応をしたので、彼女達も今の声が聞こえていたらしい。スマートフォンの通話の際に使用できるスピーカーモードのように、声がある程度広く飛んでいっている。そのままの形で更に声が届けられてきた。

 

 

《そうだよ、イリスだよ。急に会話を飛ばしてきてすまない》

 

「あんた、どうして。《GGO》にはログインしていないんじゃなかったのか」

 

 

 キリトの問いかけに、どこにいるのかわからないイリスは答えてきた。

 

 

勿論(もちろん)。今は現実世界(リアル)で自分のパソコンの前にいて、セブンも使っているVR通信ツールを使って君達と話をしているよ。そんでもって我が子達の視覚情報と聴覚情報を共有させてもらって、そこで起きている事の大体を拾わせてもらっているよ》

 

《何? イリス、我らの視覚と聴覚を共有できているというのか。それを許可したのはユイとストレアだけのはずだったのだが》

 

 

 尋ねてきた長女に母親は素直に答える。

 

 

《そのユイが私に送ってきたのさ。「パパとママが大変なんです、助けてください」って言って、今君達が見ている映像をね。私がVRにいない時に危ない事が起きた時は、遠慮せずに助けを求めてくれって前から言っておいたんだけど、そうしておいてよかったと本当に思った》

 

 

 リランは「ぬぅ」と言った。確かにユイは以前から「本当に危ない時にはイリスさんを呼びます!」と言っており、イリスもそれを承認しているようだった。なのでこういう事が起きても不思議な事はなかったわけだが、イリスまでもリラン達の視覚情報、聴覚情報を共有していたというのは、あまり聞いて気持ちがいいものではないのだろう。

 

 実際のところキリトも、実はイリスがこの場の事を共有していたという話は事前に知っておきたかったと思ったところだった。

 

 

《それにしてもハンニバルも、とんでもなく悪趣味な事をしてくるね。まさかシノンのエネミーアファシスに、過去採ったであろうデータで手を加えた奴を出してくるとは》

 

 

 イリスの言った事の中にキリトは引っかかりを感じた。過去に採ったデータとは何だ? 同じ事を思ったのか、アスナが問いかけた。

 

 

「え? 過去に採ったデータ?」

 

《本人の前で言いたくないけど、前にハンニバルにシノンが捕まった事があっただろう。その時はシノンに何も起きてなかったけれど、あいつの事だから、隠れてシノンに何かしたんじゃないかって思ってたんだ》

 

 

 確かにイリスの言う通り、《ALO》でシノンはハンニバルに捕まった事がある。自分もその時、ハンニバルがシノンに何かしらの事をしたのではないかと危惧していたが、帰ってきたシノンから異変と思わしきものは確認されなかった。

 

 リラン達の力も使って調べてみたが、結局何もなかったので、何もされずに済んだと思っていた。そう思っていたらしいイリスが続ける。

 

 

《その予感が的中してしまったようだ。多分だけど、あいつはシノンのエネミーアファシスに、シノンを捕まえた時に採ったデータを入れて、本人さながらの記憶や思考パターンを持てるように仕立て上げたAIだ》

 

「エネミーアファシスを改造したっていうのか」

 

 

 キリトの質問にイリスは即答してきた。

 

 

《あいつは《GGO》の運営開発と繋がってたんだろう? なら、そんな事だって余裕でできただろうさ。やろうと思えばキリト君、君のエネミーアファシスを更に改造して、本人さながらのすごいAIを作り出すこともできていたんじゃないかな》

 

 

 キリトは思わず「えぇ……」と返してしまった。自分のエネミーアファシスは自分に似た容姿をしながら、思考回路はまさに単純で下等な機械そのもので、ダサく感じられて仕方がなかった。

 

 いや、ダサいと感じていたのは「思考や行動が単純だから」という点のせいなのかもしれない。それがなくなれば多少はダサさがなくなるだろうが――そうなれば本格的なドッペルゲンガーになって、気持ち悪くて仕方がない状態になった事だろう。 いずれにしてもそんなものは想像もしたくない。

 

 だが、おかげでそんなドッペルゲンガーを目の前にしているシノンの気持ちがよくわかった気がした。やはり、こんな現状は即座に壊さなくてはならない。

 

 

「イリス先生……」

 

 

 シノンが少しか細い声でイリスに呼びかけた。先程からは感じられていなかった不安や恐怖が(にじ)んできているかのような声色だ。ヘカテーを倒すという決意を抱いていても、自分自身を相手にするというのが怖くないはずがない。それがわかる声色のシノンに、イリスは答えた。

 

 

《……詩乃、月並みの事しか言えないけれど、気をしっかり持って戦いなさい。アレはわたしが見てきた詩乃じゃないわ。あなたのふりをしているだけの機械にすぎない》

 

「……そう、ですよね」

 

《そう。自分自身と戦うということは、とても怖い事よ。けれど、その怖さを乗り越えられれば、きっとあなたはあなたが望んだようになれると思う。

 ……こんな時に傍に居てあげられなくて、本当にごめんなさい。でも、この形であなたの傍にはいるからね》

 

 

 シノンは小さく頷いた。続いてキリトへとイリスの呼びかけが来る。

 

 

《キリト、いえ、和人君。あなたに前言った通りよ。もし本当に詩乃を愛しているというのであれば、あのヘカテーを倒し、詩乃を守りなさい。それが今、あなたのやるべき事だっていうのは、あなたが一番よく理解していることのはず》

 

「言われなくても、俺は最初からそのつもりですよ」

 

《それなら心強いけれど……どうか、お願いね》

 

「任せてください」

 

 

 彼女には既に決意の事を話している。最早余計な事を言ったりする必要はない。ただ自分はやりたい事を、やるべきことをやるだけだ。その確認をするだけでいい。それは彼女もわかってくれていたようで、それ以上何も言ってこなかった。

 

 

「くそぉ! あの数相手じゃオレ達きついよ。おまけにシュヴァルツも動けなくなったし」

 

 

 仲間達の集中砲火を浴びたギフトが愚痴るように言った。彼の者が《シュヴァルツ》と呼んだ黒豹型戦機は地面に横たわり、火花とスパークを散らしているだけになっている。戦闘不能に(おちい)ているようだ。あれだけの攻撃をその身に浴びたのだから無事なわけがないと思っていたが、予想通りだった。

 

 

「俺の、クラルハイトでも、あの数を、相手にするのは、難しい。仲間の、仇が、そこに、いるという、のに……」

 

 

 名を《クラルハイト》というらしいカメレオン型戦機に跨るステルベンが吐き捨てるように言った。こちらを見ている目には、仮面で隠れているはずなのに、人を恨む時のような闇がちらついていた。一方でクラルハイトは、カメレオンらしい何を考えているのかわからない顔をして目をぎょろぎょろとさせている。

 

 やがてステルベンの背中側に座っているヘカテーが口を開いた。

 

 

「ステルベン、ギフト。このまま戦ったところで、二人ともやられるだけ」

 

「そりゃあわかるよ。もしかして、アレを使っちゃう?」

 

 

 ギフトが何か期待を込めた声で言っている。あいつらにはまだ何かあるというのだろうか。最早何が来ても驚きに値しなくなりそうだ。殺人方法を残していたというのであれば驚くでは済まされないが、そうではなさそうでもある。

 

 ギフトの質問を受けたヘカテーが答えた。

 

 

「えぇ、使う。二人は戦い続けるなり、逃げるなり、好きにしていい」

 

「俺は、戦う。どんなに、数が、多くとも……!」

 

 

 ステルベンが言うなり、ヘカテーはクラルハイトの背中から突然ジャンプした。どこにそんな力が眠っていたのか、ヘカテーの身体は宙を舞い、やがてクラルハイトのいる位置から大分(だいぶ)離れた地点に降り立った。唐突な行動に皆が注目したところ、その視線をヘカテーは向け返してきた。

 

 

「……皆の事も、邪魔でしかないの。だから、徹底的に潰させてもらうわ」

 

 

 そう告げたヘカテーが右手をゆっくりと振り上げる。何か呪文を唱えようとしているかのようだが、そんなファンタジックな事は起こらない。よくある魔方陣などが描かれもしない。完全に的外れな行動のように見えるが、油断をさせてくれない雰囲気がヘカテーからは出ていた。

 

 

 

「――《エンプーサ》」

 

 

 

 ヘカテーが静かに言い放ち、その手を振り下げたその瞬間だった。突然キリト達の足元を縦揺れが襲ってきた。地震だ。いや、違う。地面の下に何かがいる。とても大きな何かが地面の中にいて、地表に出てこようとしているのだ。

 

 

「何か、何か来るぞ!」

 

 

 キリトが揺れに驚き戸惑う皆に呼びかける。そのすぐ後に更なる異変が襲ってきた。一際強い縦揺れが来たかと思えば、ヘカテーを中心とした地面が急激にせり上がった。まるで波打っているかのように盛り上がる地表を喰い破り、何かが姿を見せた。

 

 怪物だ。全身を光沢のある鋼鉄の装甲に包み込んだ、花蟷螂(ハナカマキリ)に似た容姿の、巨大な機械の怪物がその正体だった。

 

 

 




 ――登場戦機解説――

 ・豹型戦機シュヴァルツ
 ギフトのビークルオートマタであり、原作に登場しない戦機。機械で再現された、大きな黒豹のような姿だが、しなやかでありつつもどっしりしている。尻尾はブレード状になっており、ここからの斬撃は勿論の事、真空刃を飛ばして対象を切断するような芸当も可能。移動速度はかなり早いが、その分重い武装を積む事ができず、機関銃くらいしか積めない。
 名前の由来はドイツ語で黒を意味するSchwarz(シュヴァルツ)

カメレオン型戦機クラルハイト
 ステルベンのビークルオートマタであり、原作に登場しない戦機。黒い人工筋肉、黒緑の装甲で覆われた身体をしており、ぎょろりとした赤い光を放つ目とジャクソンカメレオンのような角が特徴的。更に口の中には舌状マニピュレータが搭載されていて、鞭のように振り回す、相手を掴む、縛り上げる、飛んできた弾丸を絡め取るなどの行動もできる。
 更にはステルス能力もあり、完全に姿を消した状態で相手に不意打ちを仕掛けるなどの暗殺のような攻撃も可能。ただしその分バッテリー消費が重く、稼働時間が短いのが弱点。
 名前の由来はドイツ語で透明を意味するKlarheit(クラールハイト)

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