キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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17:離反した関係者

          □□□

 

 

「もう、協力する事はやめてしまったわけか」

 

「あぁ。もう僕は君達と手を組むのはやめたんだ」

 

 

 いつものように飄々(ひょうひょう)とした態度のイツキが、黒死病マスクで顔を、ベルトだらけの黒いコートで身体を包んだハンニバルに突然告げた。

 

 シノンがリランとユピテルの支えのおかげで立ち直り、そしてシュピーゲルが《死銃》の殺人のやり方を解き明かした直後に、四人のすぐ近くで戦闘が起きた。根源は離れ離れになっていた仲間達と、今から相手にする予定だった《死銃》の連中だった。

 

 どちらが先にやってきていたのかはわからない。こちらを見つけ出した《死銃》の者達が先に来たところに丁度仲間達も駆け付けて来てくれたのか、それともその逆か。そんな疑問が脳内を(よぎ)ったが、キリトはすぐにそれを振り払って戦闘態勢に入った。いずれにしても倒すべき敵と、合流したかった仲間達がこの場に集まった。

 

 自分達の目的は《死銃》の討伐。それを成せる状況になった。ならばやるべき事も一つに絞られる。集まってきてくれた仲間と共に《死銃》を倒し、この事件に終止符を打ち、そしてハンニバルに迫るのだ。キリトはその場の全員に呼びかけ、自身の《使い魔》であり、今はビークルオートマタとなっているリランに元に戻ってもらい、その背中に乗って戦場へ向かった。

 

 戦況はどちらの方にも(かたむ)いていなかった。恐らく戦い始めたばかりなのだろう、どちらにも消耗も損害もない状態だった。幸と出たか不幸と出たかは一見するとわからなそうだが、少なくともキリトにとっては幸だ。

 

 《死銃》に損害は出ていないものの、皆の方にも損害が出ていない。消耗していない皆と力を合わせれば、《死銃》が相手でも損害を出させる事はできるし、そのまま倒す事も叶うだろう。

 

 キリトは合流した仲間達に礼を言い、改めて戦うべき敵である《死銃》との戦いを始めた。だが、それから間もなくして、ハンニバルがイツキに呼びかけた瞬間があり、そこから今キリトの目の前で広がる光景が始まっていた。

 

 

「君のいる環境などについては多く手を打ったつもりだったが、何が不服だったのかね」

 

 

 何の事なのかわからないハンニバルの問いかけに、イツキは答える。

 

 

「僕がかつて望んでいたものは、本当に僕が望んでいるものじゃなかったってわかったのさ。それは君達に協力していたところで変わるものじゃない。寧ろ悪化する危険性しかなかった。だから僕は君達のところから抜ける事にした。色々やってもらったりはしたけれども、君達とは終わりにする」

 

 

 キリトは相変わらずイツキの意図が掴めなかった。一体何の話をしているというのか。いや、そもそもイツキとハンニバルは何か関係があったというのか。気になって仕方がなかったキリトが問いかけようとしたその時、先に口を開いたのはハンニバルと同行しているステルベンだった。

 

 

「お前、まさか、ボスを裏切る、のか。あれだけの、恩恵を与えてくれた、ボスを、裏切るというのか」

 

 

 ステルベンの表情はマスクのせいで見えないが、その声には明らかな憤怒(ふんぬ)が込められていた。彼らにとってハンニバルからの離反は裏切りに値するらしく、それは許しがたいもののようだ。増々宗教組織めいてきていて、キリトは胸の中に不気味なものを見た感覚を抱くほかなかった。

 

 そんなステルベンにイツキは何も返さなかった。そこを見計らってキリトは問いかける。

 

 

「イツキ、急に何の話を始めてる。お前、ハンニバルの関係者だったのか」

 

 

 イツキはキリトに振り向いたが、直後に別な方も見た。誘われるようにしてそちらを見てみたところ、そこにはアルトリウスの姿があった。彼もひどく驚いたような顔をしている。イツキがハンニバルの、《死銃》の仲間だったかもしれないという話が出てきているのだから、当然の光景だった。

 

 そんなふうになっているキリトとアルトリウスを見つめ、イツキは溜息の後に話し始めた。

 

 

「キリト君、アーサー君。ずっと隠していてごめん。その通りだ。僕はあいつ……前まではミケルセンって名乗っていて、今はハンニバルっていう本当の名前を出しているあいつと組んでいたんだ」

 

 

 改めて言われて、キリトは目を見開いた。やはり信じられない。イツキがあのハンニバル――《SAO》の時から社会全体を混乱へ(おとしい)れ、自分達プレイヤーを実験台にし、狂気の実験を行ってきていたハンニバルの仲間がイツキだったなんて。思わず身構えそうになるキリトに向け、イツキは続ける。

 

 

「まぁ、そうなるだろうね。どうやらハンニバルはキリト君にとっては因縁の相手だったみたいだし、敵意を向けられて当然だ。だけどこれだけは断言できる。もう僕はあいつと組むのはやめた。今は君達の味方だよ」

 

「いや、イツキ、お前は――」

 

「色々細かい事を聞きたいだろ? でもねキリト君、そんな事をやっている場合じゃないよ。目の前を見てごらん」

 

 

 疑問の投げかけを制止してきたイツキの言う、目の前の光景をキリトは改めて見た。ハンニバル、ヘカテー、ステルベン、ギフトの四人がおり、そのうちのステルベンとギフトがそれぞれカメレオン型戦機、豹型戦機と共に強く身構えている。

 

 その構え方によって、胸の内から燃えるような怒りを(たぎ)らせているのがわかった。彼らは尋常じゃないくらいの怒りを抱いているらしい。

 

 

「貴様……許されると、思うな」

 

「ボス、あいつの事は殺してもいいよね。オレ達さ、ボスにすごいってレベルじゃないくらいに助けられてるからさ、あぁいうふうに裏切る奴が出てくると殺したくてたまらなくなってくるんだよね」

 

 

 どうやら《笑う棺桶》の幹部二人組はやる気になってしまったらしい。裏切り者、離脱者には容赦しない――それは恐らく《笑う棺桶》の時からそうだったに違いない。《電脳生命体》になっているとしても、あいつらのモットーは変わっていないようだ。(ある)いはそういうふうにハンニバルに教え込まれているのか。いずれにしても戦う気と殺す気で爆発しそうになっている二人に、ハンニバルは答えた。

 

 

「それだけ君達が私を想ってくれているという事だから、嬉しいと言えば嬉しいのだが、彼らから死者を出してもらわれると困る。誰も殺さないようにしてほしい」

 

「ちぇっ……でもボスがそう思ってるなら、従うしかないなぁ。ボスの言ってる事を破っちゃうと、結局ボスが悲しむだけになるし」

 

 

 キリトはバレないように驚いていた。ギフト/ジョニー・ブラックはあっさりとハンニバルの言う事を聞いた。まるで親の言う事を良い意味でよく聞く子供のようだ。

 

 《笑う棺桶》はハンニバルの部下であったPoHを中心とし、ハンニバルを神として崇めるカルト宗教組織のようなものだと思っていたが、彼らにとってのハンニバルは神ではなく親なのだろうか。

 

 《笑う棺桶》の構成員はその全員が家族のようなものであり、ハンニバルの子供達。《笑う棺桶》の者達のどれほどがハンニバルの存在を知っていたのかは(さだ)かではないが、奴らにとってハンニバルはとても良い親だった。恐怖で支配してくるわけでもなく、力で屈服させてくるわけでもなく、親が子供に接する時の愛情を本当にそのまま与えてきてくれる。

 

 だからこそ、ステルベン/ザザとギフト/ジョニー・ブラックは真実を告げられたとしてもハンニバルに従う事、その傍に居る事を選んでいる。自分達を殺人者の道に落としてきたのはハンニバルだけれども、そのハンニバルは自分達にとって、本当に心の底から親愛の気持ちを持てる、とても良い親だから。自分達はその良い親の子供なのだから。

 

 奴らの根底にはそんな思いが存在しており、それが行動の原動力になっている――何故だかそんな想像ができてきてしまった。しかしそんな彼らとヘカテーは違っていたようだった。ヘカテーはこちらをキッと睨み付けるなり、その口を開いた。

 

 

「私にはそんなの関係のない事。私は裁きが下されるまで必要な殺しをする……!」

 

「おい、ヘカテー!」

 

 

 ステルベンの呼びかけを無視し、ヘカテーは腕を上げた。何も起きていないように見えたが、リランが驚いたような反応をする。

 

 

《まただ。ペイルライダーの時と同じだ。あいつの手の上に無数の赤い光の珠が浮遊しておるぞ!》

 

 

 つまりそれはヘカテーが誰かを殺そうとしているという事だ。ハンニバルの意図も、《笑う棺桶》の者達の意見も無視して、自分のやるべき事――裁かれるために罪を重ねるという蛮行に及ぼうとしている。

 

 先程リランとユピテルが言っていた通りだ。ヘカテーは自分でそう考えているように見せかけて、結局は命令を延々と繰り返すしかできない。ハンニバルか、もしくは他の者達によってされた、「アミュスフィアの機構を利用して人を殺せ」という命令をただ繰り返しているだけなのだ。

 

 その程度の事しかできない者が、シノン/詩乃であるはずなどない。詩乃の記憶と顔と身体を持ち、似ているようで似ていない思考回路で動いているヘカテーを完全に滅却し、ヘカテーが詩乃でない事を証明するのがこの戦いの目的の一つだった。

 

 

「リラン、ユピテルっ!」

 

 

 ヘカテーの動作のすぐ後に声を発したのはシノンだった。その呼びかけは真っ直ぐリランとユピテルの許へ届き、ユピテルを答えさせた。彼の目はヘカテーの右腰部に向けられていた。何か狙うべきものがあるかのように。

 

 

「シノンねえちゃん、ヘカテーの右腰部少し上です! そこに《キューブセントリーガン》の制御装置があります! 狙ってください!」

 

 

 ユピテルの大声に皆が驚いていた。その中にはヘカテー達《死銃》も含まれている。まるで大事な隠し事があり、それを突きとめられる事を想定していなかったかのようだ。間もなくしてヘカテーの顔に怒りが浮かぶ。

 

 

「このッ……!」

 

 

 やはり見破られたくない事をまんまと見破られた事に激怒しているらしい。キリトはそれが少し意外に見えた。

 

 キューブセントリーガンは自律兵器であり、プレイヤーが操作しなくても自動でエネミーを攻撃してくれるように設定されている。プレイヤーが確認できないところに隠れているエネミーを発見したり、不意を突いたりするなどのサポートをしてくれる便利アイテムだが、それは全てプレイヤーの持っているキューブセントリーガンの制御装置が(もたら)している。

 

 この制御装置が破壊されたりすると、キューブセントリーガンはたちまちのうちに機能を停止させてしまい、役立たずとなってしまうようになっている――それがキューブセントリーガンの仕組みと仕様だった。この事実は確かに存在しているのだが、キューブセントリーガンそのものが企業が網羅(もうら)する攻略サイトが記事にしない事によって、プレイヤーの間で全く広まっていない。

 

 だからこそキューブセントリーガンを急に出されて動揺するプレイヤー、その対処方法を知らずにやられてしまうプレイヤーは後を絶たない。

 

 ヘカテーはどうやら自分達をその者達と同じだと思っていたようだ。キューブセントリーガンの存在自体も、弱点も知らないと思い込んでいたのだ。まさに与えられた命令をこなすしかできない、自分の命令をこなす姿は何もかもが正しいとしか考えない、冷たくて傲慢な機械の思考回路だった。

 

 

「なら、それより先に殺すッ!」

 

 

 ヘカテーは鋭く言い放って立ち止まった。キューブセントリーガンの制御に集中し、こちらにいる誰かを手早く殺すつもりでいる。これまでやってきたように、ガンマナイフの原理を再現してくも膜下出血を起こさせ、命を奪い取るつもりでいるのだ。それはキューブセントリーガンの仕組みを見破った事に対しての怒りも原動力になっているようだった。いずれにしてもこのままでは仲間の誰かがやられてしまう。

 

 だが、焦るより先にキリトはとある人物に呼びかけていた。レンから比較的近いところを立ちまわっているフカ次郎である。

 

 

「フカ次郎、電波欺瞞紙手榴弾(チャフグレネード)を使ってくれ!!」

 

 

 急な呼びかけになってもフカ次郎は動揺しなかった。まるでどんな用意もできているかのように冷静に応じてきた。

 

 

「おうよ、これだなッ!」

 

 

 フカ次郎はいつものような不敵な笑みこそ浮かべなかったものの、瞬間的にキリトの声に答えて(ふところ)からいくつもの円柱状手榴弾(グレネード)を取り出してピンを外し、空に向かって投げつけた。手榴弾は彼女の手から離れた二秒後くらいに破裂し、ぱんっという音ともに無数の金属紙片を空中にばらまいた。

 

 周囲が電波妨害状態エリアと化し、通信機器が――今は不必要だが――使えなくなる。

 

 

「あっ……!」

 

 

 その時不意を衝かれたようにヘカテーが声を出した。直後にリランが《声》を飛ばす。

 

 

《キューブセントリーガンの動きが止まったぞ!》

 

 

 ヘカテーのキューブセントリーガンは厄介な事に《電脳生命体》にしかその存在を認める事ができない。その筆頭でもあるリランの言葉はいつだって真実を告げている。つまりキューブセントリーガンの動きが止まっているという報告は事実だ。そして急にそんな状況に追い込まれて、ヘカテーが隙を晒しているという事も。

 

 

「シノン!」

 

 

 キリトは自身の愛する人の名を口にした。それは真っ直ぐその人の許へ行き――間もなくしてその現在地から真っ直ぐ赤い光の線が伸びた。先端はヘカテーの身体を(とら)えている。次の瞬間、一際大きな《声》が頭の中に響いた。

 

 

《《弾道予測線》が制御装置と重なった! 今だ!!》

 

 

 聞き慣れたリランの《声》の直後、ヘカテーに伸びる《弾道予測線》の動きが止まった。そしてその直後――

 

 

 

発射(ファイア)ッ!!」

 

 

 

 いつもよりずっと力の(こも)ったシノンの声がした刹那(せつな)、大きな破裂音が(とどろ)いた。その瞬間から三フレーム程度経過したところで、ヘカテーの身体が横方向に吹っ飛ばされていった。

 

 被弾によってヘカテーの《HPバー》の残量が削られたが、その減り方は普通よりも(はる)かに少なかった。まるで何かが間に挟まってダメージを肩代わりしたかのようだ。そしてその時に、金属製の何かが割れるような音がしたのをキリトは聞き逃さなかった。

 

 直後、その光景を見ていたプレミアとティアが叫ぶように言う。

 

 

「ヘカテーの周りにあった赤い光の珠が、地面に落ちたまま動かなくなりました!」

 

「あれがプレイヤー達を殺していたの? なら、これでもう誰も殺せない……!」

 

 

 ティアの言うとおりだ。シュピーゲルの導き出した答えが正しかったならば、ヘカテー達《死銃》の連中はキューブセントリーガンを凶器にしてプレイヤー達に死を運んでいた。制御装置を潰されてキューブセントリーガンが使用不可になったならば、他のキューブセントリーガンを使わない限りは誰も殺せなくなる。そしてそんなものを持ち出してこれるような仕様はこのスクワッド・ジャムにはない。

 

 それこそがキリトがあの場の三人で話し合って編み出した作戦だった。その成功が確認できたのとほぼ同時に、ヘカテーが起き上がる。

 

 

「あぁもう!」

 

 

 如何にも苛立ちを隠せていない声を上げてヘカテーが腕をぶんと振ると、その身体の、シノンの弾丸が着弾した箇所(かしょ)からぱちぱちとスパークが起き、やがて円形をした赤い光のシルエットが現れた。かと思えば、それはポリゴン片を撒き散らしながら消滅する。

 

 更に時を合わせて、ヘカテーの周囲でも赤い光の球体の群れが姿を現し、同じようにポリゴン片となって消える。今消滅したものこそ、隠されていた小型キューブセントリーガンだったのだろう。

 

 それを見たギフトが動揺を見せ始めた。

 

 

「は? キューブセントリーガンを潰された!? ちょっと、それ以外に殺す方法はまだ作れてないんだけど!?」

 

「おい、ジョニー、それを喋って、どうする。キリト達に、全部、聞かれたぞ」

 

 

 ステルベンの指摘を受けたギフトが「げっ」と言って肩をびくりと言わせる。《SAO》の時から見えていた部分であったが、ギフト/ジョニー・ブラックは口が軽い方らしい。大事な事を隠したままにしておくのは難しいようだ。いや、予想外の出来事を目の当たりにしてつい本音が出たようなものだろうか。

 

 いずれにしても良い事を聞いた。ヘカテーはもう誰も殺せなくなった。死傷者が出る事に怯えなくてもよくなったというわけだ。

 

 

「おやおやおや、そこに気付いて潰してくるとは。実に見事だ。やはり君達は素晴らしい」

 

 

 その中でハンニバルは一人拍手を送ってきていた。凶器を完全に潰されて殺人ができなくなったのだ、普通はギフトのように動揺するはずの状況であるはずなのに、ハンニバルからは動揺も焦りも感じられなかった。まるで試練を乗り越えてみせた挑戦者を(たた)えているかのようだ。これさえもハンニバルにとっては計算済みの出来事だったというのか。

 

 そんな事を脳裏に(よぎ)らせるキリトを横目に、ギフトがハンニバルに近付いた。

 

 

「感心してる場合じゃないでしょ、ボス! オレ達、これでもう誰も殺せなくなったよ!? オレ達、ボスが教えてくれたキューブセントリーガンのやり方しか知らないよ。それ以外に方法なんてあったの!?」

 

「ないよ。アミュスフィアは安全性が実によくできている代物でね、私もキューブセントリーガンと《弾道予測線》しか暗殺の方法を見つけられていない。だからキューブセントリーガンの制御装置もステルスにする機能を付けたわけだが、まさか見破られるとは思わなんだ」

 

 

 ギフトが「ええー!」と驚いたように言ったが、同じような反応をキリトもしそうになっていた。あのありとあらゆる事象を見透かしているかのように、こちらの裏を掻いてくるハンニバルが、まさかあれで万策尽きるとは。まだ何か手を持っているかとばかり思っていたので、拍子抜けもいいところだった。

 

 それを聞いたイツキが苦笑いしながら答えるように言う。

 

 

「キューブセントリーガンの制御装置にまでステルス機能搭載か。それはきっとパイソン君の仕業だね。彼、色々弄繰(いじく)り回せる権限持っちゃってるわけだし」

 

「パイソン? パイソンって確か……!」

 

 

 アルトリウスの問いにイツキは頷く。同時にキリトも思い出した。確かイツキが前にリーダーをやっていた《アルファルド》というスコードロンで、イツキの補佐をやっていた男の名前がパイソンだった。そいつまでもがハンニバルに手を貸していたという事なのか。しかも色々弄繰り回せる権限を持っていただって?

 

 

「そうさ、アーサー君。君も知っているパイソン君。彼もハンニバルに協力をしていたんだ。今考えると、彼こそが最悪の協力者だったんじゃないかって思うよ。彼の手によってこの《GGO》も形を変えた部分が結構あるからね」

 

 

 キリトは目を見開いた。つまりそれはパイソンがこの《GGO》の運営か開発にいる人物だという事になる。運営もしくは開発がハンニバルに手を貸していたなどというのは、間違いなく一番恐ろしいと言える話だろう。

 

 知らない間にそんな事が起きていたという事実にキリトが背筋を凍り付かせそうになっていると、ツェリスカがイツキに声を掛けた。銃口をハンニバルの方に向けながら。

 

 

「イツキ、どうやらあなたには、わたし達に話さなければならない事が沢山あるみたいね。特にハンニバルとかいう《死銃》の元凶に、このゲームの運営か開発陣にいるパイソンが協力して、このゲームの形をめちゃめちゃにしていたっていうの、聞き捨てならないわ」

 

 

 ツェリスカの声色はいつにもなく険しくなっていた。知らなければならない事、知らずにはいられない話を聞かされたかのような反応だ。実際キリトも同じ気持ちである。イツキがハンニバルと関係があった事、その詳しい経緯(いきさつ)は聞き出さなければならない。

 

 できれば今すぐここで聞き出したいが、そんな事ができる状況ではないのは先程イツキ本人に言われたばかりだ。その証拠にハンニバルがギフトに更に言葉を掛けた。

 

 

「確かにパイソンが提供してくれたキューブセントリーガンは無力化されてしまった。しかし何もできなくなったわけではないよ」

 

 

 急なハンニバルの問いかけにギフトは「え?」と言う。直後にヘカテーが答える。

 

 

「私は殺せなくなってなんかいない。身体を壊せなくなったなら、心を壊して、身体も一緒に崩壊させるまでよ……!!」

 

 

 ヘカテーはそう言うと、急にダッシュしてとある場所へ向かった。そこはステルベンのビークルオートマタであるカメレオン型戦機の近くだった。一目散に向かうなり、ヘカテーはジャンプしてその背中に飛び乗った。

 

 

「おい、ヘカテー」

 

 

 つい先程も発した呼び声をステルベンが出すと、ヘカテーが答えた。

 

 

「ステルベン、動かして。あなたにもここでやりたい事があるでしょう」

 

 

 ステルベンは数秒何も言わずにヘカテーを見てから、仮面の内側で溜息を吐いたような音を出した。

 

 

「ボスの指示に、従わないで、おきながら……だが、そうだ、俺も、やりたい事がある……」

 

 

 そう呟いたかと思えば、ステルベンはキリトに振り返った。赤い光を放つ骸骨の仮面の目の奥に、激しい憤怒に囚われそうになっているかのような眼光に包まれた瞳が見えたような気がした。

 

 

「……キリト、お前は、仲間の仇。俺の仲間を、お前は全て、奪い尽くした。今度は、俺の番だ」

 

 

 言いかけてステルベンは勢いよくジャンプし、カメレオン型戦機の背中に(またが)った。キリトがリランにする時と同じように操縦桿(そうじゅうかん)を握りしめるのが見える。

 

 

「お前の全てを、お前の仲間の全ても、奪い尽くす。お前との決着を、果たし……ボスへの、捧げものとする……!!」

 

 

 ステルベンが最後まで言い放つと、カメレオン型戦機は身構えながら強く咆吼(ほうこう)した。やる気になったらしい。

 

 確認した直後、背後から呼ぶ声がした。振り返ってみると、そこにはシノンがいた。決意を固めた表情が顔に浮かんでいる。

 

 

「キリト、私もリランに乗せて。あなたと一緒に戦わせて!」

 

「勿論だ。一緒に行って――」

 

もう一人の私(ヘカテー)を倒す!」

 

 

 シノンの返事にキリトは頷き、その手を掴んでジャンプした。着地先はリランの背中。二人同時に跨ると、キリトは一対の操縦桿を握りしめ、リランに呼びかける。

 

 

「リラン、行くぞ!」

 

 

 しかしリランは何も言ってこなかった。キリトはもう一度呼びかける。

 

 

「リラン、どうした」

 

《……今更だとは思うが、もとはと言えば我が《笑う棺桶》を皆殺しにして、《死銃》を誕生させたようなものだ。あいつらが産まれてしまったのは、我のせいだ》

 

 

 キリトは少しだけ目を見開いた。確かに《SAO》の時に《笑う棺桶》の者達を全員殺したのはリランだった。だが、それはリラン本人の意思によるものではなかったとわかり切っている。

 

 そして、何よりそれは――。

 

 

「そう仕向けたのはハンニバルだ。全部あいつが悪い。あいつが《笑う棺桶》を生み出して、あいつらを外道にならせて、あの惨劇を引き起こさせて、最終的に《死銃》を作り出したんだ。お前は何も悪くないよ」

 

《……》

 

「それに、お前があいつらを《死銃》にした切っ掛けだっていうなら、お前はどうするべきだ。あんなふうになったあいつらをどうするべきなんだ?」

 

 

 そう問いかけたそこでリランの動きが一瞬止まった。間もなくして、頭に返事が飛んできた。

 

 

《止めるべきだな》

 

「そういう事だ。あいつらを止めるぞ、リラン!」

 

 

 キリトの再度の呼びかけに、リランは敵への咆吼で答えた。

 


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