キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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12:魔女の王 ―敵との戦い―

 

 

 

          □□□

 

 

「《死銃》……ハンニバル……!!」

 

 

 《ヘカートⅡ》のスコープを覗いたシノンは歯を食い縛った後に(つぶや)いた。遠くの獲物を適切な大きさに拡大してくれるスコープの中が映し出しているのは、自分がこのスクワッド・ジャムに参加した理由そのものであり、倒すべき敵だ。

 

 これまで十人近くのプレイヤーの命を奪い、《GGO》で死神と呼ばれてきた存在であり、見方を変えれば最強のプレイヤーと判断する事もできる《死銃(デス・ガン)》の正体は、驚くべき事に、《SAO》で(すで)に死んでいるはずの《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》の幹部だった。

 

 ここだけならばあり得ない現象を目にした事で戸惑い、動けなくなりそうだったが、ハンニバルが根元に居るという要因でそうならずに済んだ。自分のこれ以上ない恩師であるイリス/愛莉(あいり)が、《SAO》で死亡したサチとユナ、《SA:O》で死亡したとマキリを、彼女らの使っていたナーヴギアからデータを引き上げ(サルベージ)する事によって、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》にして(よみがえ)らせるという技術を確立させていたからだ。

 

 《SAO》、それと関連するモノによって死亡したプレイヤーを蘇らせるという、魔法のような技術。イリスが《SAO》というデスゲームを作り出してしまった(つぐな)いとして生み出したものであったが、シノンはこれまでの経緯を見て、それを素直に素晴らしいと思っていた。

 

 死者を蘇らせるなど、大分(だいぶ)無茶苦茶であると思う部分もあるし、倫理的な問題だって山積みになったままであろう。しかし、そうする事によって助かる生命があり、そして救われる人々がいる。法や倫理よりも大事にするべきモノはそっちだ――イリスはそう思って、《電脳生命体》にして死者を蘇らせる技術を確立させたのだろう。

 

 イリス/愛莉は何度も自分を救ってくれた。いや、自分を救ってくれた人は今となっては沢山いるが、一番最初に救いの手を差し伸べてくれたのが愛莉だった。だからこそ、その愛莉がこのような技術を生み出したというのは受け入れられる事象だった。

 

 愛莉ならばそれくらいできる。(むし)ろ心優しい愛莉だからこそそれくらいの事をやる。彼女との交流によって、それがわかっていたからだ。

 

 その救いの技術と、どういうわけか同じような技術を得るに至っているハンニバルは、あろう事か《SAO》で大勢のプレイヤーを殺害した《笑う棺桶》を《電脳生命体》として蘇らせるという暴挙に出た。

 

 恐らく愛莉のそれと手順は同じだろう。彼女ら同様に《SAO》内で死亡していた《笑う棺桶》の幹部であるジョニー・ブラックとザザのナーヴギアを特定してそのデータを引き上げして、《電脳生命体》としての肉体を与えて蘇らせた。

 

 そして、《死銃》事件を引き起こして多くのプレイヤーの命を奪わせていた。「今ある世界を浄化し、清められた未来を手に入れる」とかいうカルト的な目標を与えて、洗脳する事によって。彼らによって知らないうちに恐るべきテロが行われていた。

 

 

(でも、丁度いい)

 

 

 その元凶とぶつかり合っているシノンは胸中で(ひと)()ちた。最初から《死銃》を倒したい、撃ち倒したいためにこのスクワッド・ジャムに参加していた。

 

 《死銃》を倒せば、自分は強くなれる。銃へのトラウマという忌まわしい宿痾(しゅくあ)を滅し、強さを手に入れ、今度こそキリト/和人との、友人達との幸せな日々を得られる。そう信じて、シノンは《死銃》との戦いを望んでいた。

 

 その《死銃》の正体が《笑う棺桶》、根源がハンニバルだとわかったのはシノンにとって吉報以外の何物でもなかった。《笑う棺桶》とハンニバルはどちらも許されざる存在である。《笑う棺桶》は《SAO》で快楽のために――実はカルト的目標のためだったそうだが――多くの罪なきプレイヤーを手にかけ、デスゲームを更に混沌(こんとん)(おとしい)れようとしていた。

 

 ハンニバルに至っては何も言う必要がない。ありとあらゆる厄災(やくさい)の根本であり、この社会のあり様をめちゃめちゃにした張本人であり、《笑う棺桶》を生み出して《SAO》で無数のプレイヤーの命を(おびや)かしていた元凶。討つ事を和人と共にある種の悲願にしていた存在だ。

 

 それだけの者を討てば、強くならないわけがない。《死銃》は《GGO》のプレイヤーを殺害する手段を持っており、自分を含めた皆がその危険性に(さら)されているが、その前に狩ればいいだけだ。

 

 

《俺がお前を強くしてやる。俺を乗り越えてみせろ、シノン》

 

 

 不意に頭の中にミケルセン/ハンニバルの言葉が蘇った。何を企んでいるかは(さだ)かではないが、あいつは自分を強くしたいと思っているらしい。ならばそれを現実にしてやろう。ハンニバルを討つ事によって、強さを手に入れ、これから起こりうるであろう厄災を断ち切ろうではないか。

 

 

(お前を倒してやる……!)

 

 

 シノンはスコープの中に写る敵をもう一度見た。写っていたのは敵だけではなく、キリトもだった。キリトは今、《死銃》となっている骸骨(がいこつ)仮面の剣士ザザと戦っていた。更にその背後で轟音が鳴る。白い装甲の狼型戦機の姿が見えた。

 

 リランだ。キリトを背中から降ろしたリランは、ザザのビークルオートマタであるカメレオン型戦機と戦っている。非常に強い力を持っているビークルオートマタの注意を引き受ける事で、ザザを単体にしてくれているのだ。リランだけではなく、プレミア、ティアとシュピーゲルも加勢し、カメレオン型戦機の相手をしてくれていた。

 

 そのザザの相棒であるというジョニー・ブラックを背中に乗せた(ヒョウ)型戦機が、イツキの操る八咫烏(ヤタガラス)型戦機《神武(ジンム)》と戦っている。

 

 イツキだけではなく、ツェリスカ、サチ、マキリも豹型戦機を狙って戦ってくれていた。イツキ達は《笑う棺桶》の事など知らないから、単に《GGO》で出会った強敵と戦っているだけの感覚であろう。自分達のように気負いしないから、そこはいいかもしれない。

 

 ジョニー・ブラックの相手はイツキ達に任せ、ザザの相手はキリトにやってもらう。そして自分は誰の相手をするか。最初はハンニバルを狙おうと思ったが、途中でシノンは改めた。ハンニバルの相手は一番最後、キリト達と力を合わせてでいい。今狙うべきは――。

 

 

「!」

 

 

 思ったところで足元が小さな爆発を起こした。狙撃弾が飛んできたのだ。その方向にシノンは向き直る。それなりに遠くに見える黒い影。ヘカテーと呼ばれる少女の姿をした狙撃手(スナイパー)が、今の弾丸を撃った張本人であり、シノンの狙いでもあった。

 

 ヘカテーの前情報は一切ない。キリト達から聞いた《死銃》の情報の中に、ヘカテーなどというプレイヤーは存在していなかった。《死銃》がかつての《笑う棺桶》であった事、ビークルオートマタを使用しているという事、そもそも一人ではなく複数人であった事、根元に居たのがハンニバルであったという事と同様に隠されていたものだった。

 

 《死銃》との会敵をしてからというものの、予想していなかった事がいくつも起きている。だからこそなのか、シノンの胸の中にはざわめきと怒りと嫌悪感が渦を巻きそうになっていた。《死銃》という乗り越えるべき敵は、思っていたよりも強大な壁だった。そう易々(やすやす)と乗り越えさせてはくれない高さだろうと予想自体はしていたが、その高さは偽りだった。

 

 乗り越えられそうにないように見せかけて、乗り越えられそうな高さになっているかと思いきや、実はもっと高いという、不条理な壁。それが《死銃》だった。その不条理の中の一つがヘカテーの存在である。《死銃》として一般世間に認識されているザザを倒しても終わらない。残りの三人も倒さなければ《死銃》を倒した事にはならないのだ。

 

 そんな《死銃》のうちの一人であるヘカテーには、嫌でも注意が向いた。ヘカテーは自分がかつて使っていた狙撃銃である《PSG-1》を使い、自分と同じ狙撃手の立場にいる。

 

 狙撃手は自分だけの立場というわけではないのは当然わかっているのだが、それでも《死銃》という殺人者、カルト的目標を持つテロリストが同類になっているというのがシノンにとっては許しがたい事柄だった。

 

 

(お前からやってやるわ……!)

 

 

 シノンは嫌悪を向けるべきヘカテーに振り向き、彼の者と同じ名を冠している《ヘカートⅡ》で狙った。そう言えばヘカテーの名前はこの《ヘカートⅡ》の由来となっているギリシャ神話の女神、ヘカテーと同じである。冥界の守護神とも、死の女神とも、魔女達の女王とも呼ばれるそれは、そういった後ろ暗いモノを司る存在だ。

 

 今現在の《死銃》との戦いにも参加してくれているシュピーゲル曰く、「ヘカテーは遠くから弓矢で敵を射抜く力にも秀でており、だからこそ《ヘカートⅡ》にはヘカテーの名前を元にした(めい)が与えられている」という。

 

 《ヘカートⅡ》は遠くから対象を撃ち抜く事を何よりも得意としている対物狙撃銃(アンチマテリアルライフル)であるというのは、誰よりも理解していると自負できるくらいに知っている。それもあるのか、ヘカテーという名前を冠するあの敵に対して強い怒りを抱かずにはいられなかった。

 

 ヘカテーの名前はお前に相応しいものではない。お前のようなテロリストの一人が使っていい名前ではないのだ。それを教えてやる。シノンは力を(みなぎ)らせてスコープを(のぞ)き見て、ヘカテーを狙った。間もなくヘカテーの方も《PSG-1》を構え直して《弾道予測線(バレット・ライン)》を飛ばしてくる。

 

 同じように《弾道予測線》をヘカテーへ飛ばしたが、シノンは瞬間的に舌打ちした。これまで相手にしてきたプレイヤー達は、《ヘカートⅡ》の銃口に狙われているとわかった時には(おび)えた表情を見せてきたものだが、ヘカテーの顔は猫の面で隠されているので、表情を確認する事はできなかった。

 

 表情が見えないプレイヤーも確かにかなり居た。だが、そいつらは全身の動きで怯えや恐れが見えた。大型狙撃銃を向けられれば、ほとんどのプレイヤーはそうなるものだ。それは本能的なモノなのだろう。逃れられない恐怖を与える銃火器である《ヘカートⅡ》――それを向けられているというのに、ヘカテーは一切の怯えや恐れを微塵(みじん)も見せていなかった。

 

 その肝の()わり方はなんだ。自分の方が強いとでも言いたいのか。自分の方が強い狙撃手であると主張しているのか。シノンは胸の内の怒りを更に燃やして、引き金を(しぼ)る原動力にした。

 

 強い破裂音と共に《ヘカートⅡ》の銃口から大口径狙撃弾が放たれて、真っ直ぐヘカテーへ向けて突進していく――かと思っていたが、果たして狙撃弾はヘカテーを撃ち抜く事はなく、ヘカテーの左横の空間を通り抜けていっただけだった。

 

 外れた? いや、狙いが()れてしまった。ヘカテーが小さい身体をしているのも関係しているのか、狙いが上手く定まらなかった。

 

 いや、違う。シノンは咄嗟(とっさ)にこの《GGO》の仕様を思い出した。《GGO》では狙いを定めても真っ直ぐ弾が飛んでいかない時がある。対象を狙う自分自身の精神状態が大きく影響するようになっているからだ。

 

 動揺していたり、(あせ)っていたりすると、それがブレとして現れ、弾が真っ直ぐ飛んでいかなくなる、もしくは思い通りのところに飛んでいかなくなってしまう時がある。

 

 今、ヘカテーに弾丸が当たらなかったのは、動揺してしまっているから?

 

 あいつのどこに動揺する必要がある?

 

 どうして私はあいつに動揺している? あいつを倒さない事には先に進めないし、強くもなれないのに。

 

 

「――このぉぉッ!!」

 

 

 シノンは怒号を発しながらヘカテーを撃った。しかしその弾丸はヘカテーの横の空間を通り過ぎていっただけだった。やはり当たらない。ヘカテーを撃ち抜くべき弾丸は一向にヘカテーを捉える事なく飛んでいって虚空に消える。こんな事は普段あり得ないはずなのに、当てる事ができない。

 

 そこでシノンは銃が震えている事に気が付いた。いや、自分の身体が震えている。身体の震えがそのまま銃にまで伝わり、最終的に銃そのものを震えさせてしまっていた。いつもと違う。いつもの獲物を狙っている時のように狙えなくなってしまっている。

 

 どうしてだ。やっている事はいつもと同じなのに、どうしていつものように撃ち抜けない。どうしてヘカテーの眉間――いや、身体のどこでもいい――を撃てないのだ。確かに最適な距離を保っていて、相手も素早く動いていないというのに、どうして当てる事ができない。

 

 

「当てられないでしょ」

 

 

 敵の猫仮面の下から声が聞こえてきた。こちらの状況を当ててきているその声は、ヘカテーのものだった。

 

 

「いつもどおり狙っているのに、全然当たらない。何故か知らないけれど動揺して、銃が震えてしまってる。そうでしょう」

 

 

 シノンは胸の内が冷たくなるのを感じた。直前のもそうだったが、ヘカテーはこちらに起きている状況を的確に言い当てきていた。こちらを見透かしており、こちらは見透かされてしまっている。《GGO》では致命的に不利な状況に追い込まれてしまっていた。相手に出方や考え方を見抜かれてしまうという、もう敗北が確定しているような状況に。

 

 いつもはそんな事などないはずなのに。ヘカテーの声が続く。

 

 

「結局それがあなたの今の真実だからよ。あなたは向き合うべきものに向き合わず、逃げていて、追ってくれば追い払おうとする。追い払おうとするだけの弾丸しか撃てないから、私に当てる事ができないの。これまでの連中は赤の他人だったからそうならずに済んでいたけど、私は違うよ」

 

 

 やはりというべきか、何を言われているのか全くわからない。無言を貫こうと思っていたが、シノンは気持ちを少しだけ切り替え、ヘカテーに応答した。

 

 

「何よそれ……お前は何を知ってるのよ」

 

「私はあなたの事を誰よりも知ってるの。そう、あなたの事は誰よりもよく理解してるの」

 

 

 意味がわからない。シノンは即座にそう思った。ヘカテーは自分の事を誰よりもよく理解している? ストーカーでもしていたというのか。だとすればいつからだろうか。いつからあんなおかしな服装のプレイヤーのストーキングを許してしまっていた?

 

 疑問で頭が満たされていきそうになっているシノンへ向けたヘカテーの言葉は続いた。

 

 

「あなたがどう思っているか、こういう時どう思うとか、全部わかるの。()()()()()()()()()()()よりも、()()()()()()()()()()()()()よりも、()()()()()()()()()()()()()()よりも、ずっと」

 

 

 シノンは胸の内を掴まれたような気持ちになって、ぎょっとしてしまっていた。ヘカテーの口から飛び出してきたのは、自分にとって大切な人達の名前だけではなく、その関係性もだった。こいつは関係性まで把握できるくらいにまで自分の事を付け(まわ)していたというのか。

 

 ここまで把握できるくらいにまで自分の事を見ていて、自分はそれを知らない間に許してしまっていたというのか。ヘカテーの中に渦を巻いているであろう、どす黒い闇の情熱が垣間(かいま)見えた気がして、シノンは身震いしていた。興奮だとか好奇心から来るものではなく、純粋な恐怖を感じた際に出る震えだった。

 

 

「何なのよ……何なのよお前は!?」

 

 

 胸に湧いた真っ当な疑問をシノンはヘカテーに投げかけた。正体不明の少女の姿をしたプレイヤーは答えた。

 

 

「私はあなたの事を誰よりも知ってる。当たり前よ。だって私は……」

 

 

 その時シノンはある事に気が付いた。ヘカテーの声だが、どこかで聞いた事があるような気がする。それもごくごく最近、これ以上ないくらいに近しい場所で聞いた事があるような気がしてならない。

 

 しかしその声の持ち主が誰であったかは思い出せそうになかった。思い出せばその時沼に(はま)る。ヘカテーの仕掛けた罠である沼に沈み込んだまま抜け出せなくなってしまう。そんな気がしてならず、シノンはそれ以上思い出そうとはしなかった。

 

 だからこそなのか、シノンは引き金を絞って弾丸を放っていた。外れるかと思われていた弾は、外れはしたもののヘカテーのすぐ近くの地面に当たって軽い爆発を起こした。対物ライフルである《ヘカートⅡ》の弾丸はその大きさ故に着弾地点付近に小規模な爆発を起こせるくらいの威力があるのだ。

 

 その仕様がシノンを救った。足元で爆発が起きるとは思っていなかったのであろう、ヘカテーはよろけて姿勢を崩した。反撃できる余裕もなくなっているようだ。シノンは咄嗟に《ヘカートⅡ》を抱えて立ち上がって走った。

 

 ひとまずはヘカテーの視界から外れ、流れを変える。あいつの近くにいるから、あいつは声を飛ばして来て、動揺を誘ってきているのだ。このままあいつの声を聞き続けたら、いずれ隙を作らされて、撃ち抜かれて終わるだろう。あいつの声が聞こえないくらいに遠くに逃げ、そしてそこからあいつを撃ち抜く。いつもと同じ戦法を取って、確実に仕留めよう。

 

 シノンは瞬時に頭の中で理想の流れを描き、走った。

 

 

「――逃げないでよ」

 

 

 その時再びヘカテーの声が聞こえた。ほぼ同刻に破裂音が鳴り、シノンの右足を強い衝撃が襲った。間もなくして痛みにも熱さにも似た不快感がそこに起こり、シノンは棒倒しのようにうつ伏せになって倒れてしまった。結構な速度を出して倒れてしまったために肺が圧迫されるような不快感が走り、一瞬だけ息が詰まりそうになった。

 

 苦しさと痛みに似た不快感に足と胸を襲われながらも、シノンは身を(よじ)って仰向けの姿勢になる。身体は動くので、電磁スタン弾を撃ち込まれたわけではないというのがわかった。視界の端に表示されている《HPバー》の残量が減っている。被弾したのは間違いない。そしてその犯人はヘカテーであるというのが、すぐにわかった。ヘカテーが《PSG-1》を構えてこちらに向き直っていた。

 

 先程はヘカテーが弾丸による爆発を受けて姿勢を崩したと思っていたが、それは不十分だった。ヘカテーは全く怯まないでいたようだ。いや、もしくは自分がこうやってくる事を読んでいたのか。まるで何もかもを見透かしてきているようで、気持ちが悪い事この上ない。

 

 シノンはすぐに立ち上がろうとしたが、脚に力が入ってくれない。狙撃弾を足に受けてしまったために、機能不全に陥っているようだ。《GGO》では腕や足に弾を受けたりすると、現実でそうなった時のようにその部位がいう事を聞かなくなる仕様がある。一定時間経過すれば回復するようにはなっているが、それでも敵に追い込まれた時などになってしまうと最悪の一言だ。

 

 その最悪の事態がシノンを襲っていた。身動きを上手く取る事ができず、ヘカテーの接近を許してしまっていた。彼の者はじりじりと迫ってくる。周りにいる仲間達はヘカテーの仲間と戦うのに精一杯になっていて、こちらを助けてくれそうな気配はない。本当に自分とヘカテーの一騎打ち状態になっていた。

 

 その相手にシノンは呼び掛ける。

 

 

「本当に、何なのよ、お前は……お前は何だっていうのよ!? どうして私の事を……?」

 

 

 ヘカテーは立ち止まった。狙撃銃を向けてくる気配もなくなっている。シノンに言われた事が余程引っ掛かったかのようだった。一瞬その光景にシノンが戸惑ったそこで、ヘカテーから声がした。

 

 

「私はね、あなたの本当の事を全部知ってるの。それは当然の事。だって私は……ううん、あなたは――」

 

 

 ヘカテーはそう言いかけると、自らの顔を覆う仮面の端を右手の指で()まんだ。更に手持ちの狙撃銃をベルトで肩から吊り下げると、残った左手で頭を隠している帽子を掴み、どちらも勢いよく外した。

 

 仮面と帽子に隠されていたヘカテーの素顔がその場にいる全員の目に映るようになり、そして《死銃》側を除く全員の言葉を奪い取った。

 

 

「――――――――え」

 

 

 ついに判明したヘカテーの顔を見て、シノンはか細い声を出すしかなくなっていた。黒いゴシック調のコートに包まれたヘカテーの身体で、唯一露出した部位である顔と頭。

 

 見えた髪はやや茶色がかった黒色であり、瞳の色も同じだ。そして顔つきは、見覚えがあるなどという次元を遥かに通り越している。見れば確実に言葉を失い、全身の熱を奪い尽くされ、身動きを取れなくさせられるその顔は――。

 

 

 

「あなたは私で、私はあなたなのだから」

 

 

 

 紛れもなく、それはシノン/詩乃の顔だった。

 

 

 


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