キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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11:蘇った者

          □□□

 

 

 

 

「ハンニバル……!?」

 

 

 確かに聞こえたのはその声だった。可能であれば信じたくはなかった。だが、あのミケルセンという黒死病(ペスト)医師の恰好をした男から聞こえてきたのは、確かにそいつの声だった。

 

 かつて現実世界の歴史、特にイタリアの過去の姿であるローマにて残虐な悪魔とまで呼ばれた将軍、ハンニバル・バルカと同じ名前を冠する者。

 

 この日本の社会は勿論の事、そこを起点に世界中に脅威(きょうい)を振り撒いてさえもいるとされる、本物の悪魔にも等しき男。そして《SAO》では《()()(おとこ)》という凶悪なサイバーテロリストを手駒として動かし、《笑う棺桶(ラフィン・コフィン)》という殺人ギルドを作ったPoH(プー)の、そして《笑う棺桶》そのものの影の親玉でもあった。

 

 《SAO》ではどこまでもプレイヤー達を恐怖に(おとしい)れようとしてきたために、ほぼ全てのプレイヤーから真っ当な憎悪と怒りを向けられていた。一方でその正体については誰も探り当てる事ができていないという、どこまでも不気味さを出す事を(おこた)っていないような者。

 

 それが発する特徴的なその声色が、ミケルセンから出ているのが、今現在キリトの目の間で繰り広げられている光景であった。

 

 

「ハンニバル!? こいつが!?」

 

「まさか、ハンニバルが現れたというのですか!?」

 

 

 ティアとプレミアがほぼ同時に言っていた。アルトリウス、ツェリスカ、イツキの三人は怪訝(けげん)な顔をしているだけだが、それ以外の者達は完全に驚ききった顔と反応をしていた。

 

 ありとあらゆる厄災の根源というべき者が目の前に突然姿を見せたのだから、当然の反応だと言えるだろう。実際キリトも冷静さを取り戻そうと思ってはいるものの、実行が難しい状態にあった。

 

 

「ハンニバル……お前が……!?」

 

 

 キリトの問いかけに、黒死病医師は(うなづ)きを持って答えた。

 

 

「そうだとも。久しいね、キリト」

 

 

 その声色は初老のかかった男性のハスキーボイスだ。これこそが今のところわかっているハンニバルの唯一の身体的特徴である。それと全く同じという事は――やはり、このミケルセンはハンニバルだったというのが事実のようだ。

 

 

「私がどうしてあのような声になっていたかは、まぁ、君は既に知っているだろう」

 

「あぁ。そう言えばお前は変声が得意だったな。前は茅場の声で(しゃべ)ってた事もあった」

 

 

 ハンニバルは「ふむふむ」と答えてきた。

 

 

「よく(おぼ)えているじゃあないか。流石は私が見込んだプレイヤーの筆頭なだけある」

 

「お前に見込まれても嬉しくないな」

 

 

 妥当(だとう)と思える返事をしていると、ハンニバルは「おやおやおや」と呟いた。

 

 

「君は随分と気が強くなったように思えるな。ちょっと見ない間に成長したのか」

 

「だったらなんだ。また俺に来てほしいとか言うんじゃないだろうな」

 

「よくわかってくれているね。そうだ。君に来てもらいたいのは確かなのだが、如何(いかん)せん打つ手が思い付かない一方でね。君をどうすれば私のところへ引き込めるものなのか……」

 

 

 なんだか胸の内で(あき)れが強くなってきた。初めてハンニバルと会敵した時から、妙に自分の事を引き込もうとしてきている傾向(けいこう)にあった。そのためにあらゆる手を尽くそうとしているようで、シノンを人質に取ったり、サチを生き返らせたという嘘を吐いて誘い込もうとするなど、キリトからすれば外道としか思えないような事ばかりをしてきた。

 

 その意志は二回以上拒否された今も変わっていないらしく、まだ何かやろうと(たくら)んでいるようだ。

 

 こいつがここまで自分に執着する理由はなんだ?

 

 自分の何がそんなに気に入っているというのだ?

 

 元から不気味な雰囲気を出すのが得意な奴だが、今は黒死病医師の恰好をしているせいで、そこに拍車がかかっているような気がしていた。

 

 

「ボス。キリトと話をするのは、ここに来た目的だったか」

 

 

 死銃に声をかけられて、ハンニバルは「おっと」と言った。

 

 

「すまないね。キリトと再会できたのが嬉しくて、ついつい話し込んでしまいそうになった。そうだったね。ここに来た目的は単にキリト達に出会う事じゃあなかった」

 

「ねえボス。そろそろ種明かししちゃってもいいかな。キリト達に本当の事を教えたいなー」

 

 

 相変わらずテンションの高い声色の黒髑髏《ギフト》がハンニバルに問いかけた。ハンニバルは頷き、両腕を軽く広げた。

 

 

「キリト、君は先程からずっとステルベンとギフトから聞かれていないか。この二人を憶えているかどうかとね」

 

 

 ハンニバルが言うなり、ステルベンとギフトがその横に並んだ。赤い骸骨(がいこつ)マスクとギリースーツに、黒い髑髏(どくろ)マスクと黒戦闘服。この両者はこちらを強く憶えているらしいのだが、一方でこちらは両者の事など知りはしない。記憶をどんなに巡っても、それらしき存在に辿(たど)り着く事はできなかった。

 

 正直なところ、人違いですと言いたいところなのだが、ハンニバルをボスと呼んでいるというたった一つの点から、それはできないと把握できてしまっていた。そして同時に、胸中に嫌な予感が湧き水のように湧いて出ていた。

 

 

「これ以上、言葉だけで思い出させる事は、できないだろう。ならば、見せてやろう」

 

「しょーがない。ねえ、これ見てよ」

 

 

 ステルベンとギフトは交互に言って、包帯と(そで)(おお)われている右手の甲を見せつけてきた。何もない。いや、何もないというのは間違いだ。何の変哲もない右手の甲が存在している。なので何もないとは言えないが――特に変わったところはやはり、ない。

 

 キリトが目を細めた直後だった。二人は左手を右手の甲に当て、包帯と袖を捲って見せた。その時にとあるものが姿を現し――キリトの視線を完全に奪い、その身体を凍り付かせ、湧き上がる熱を奪い始めた。

 

 ステルベンとギフトと呼ばれた二人の青年の右手甲にあったもの。それは一つのエンブレムだ。デフォルメされた白い棺桶(かんおけ)が中心に描かれていて、若干開かれているその蓋にはニタニタと不気味に笑う顔が浮かび上がっていて、そしてその内側からは骸骨の腕が手招きするように伸びているという、悪趣味だと一目でわかるデザイン。

 

 それは紛れもなく、《SAO》で猛威を振るい、プレイヤー達を恐怖のどん底へと陥れようとしていた殺人ギルド、《笑う棺桶》のものだった。《SAO》で最も凶悪なプレイヤーであると言われた男PoHをリーダーとし、今まさに目の前にいるハンニバルをその根源とする者達。それと全く同じエンブレムが、確かにステルベンとギフトの右手の甲に描かれていた。

 

 

「それ……それって!?」

 

「《笑う棺桶》……!?」

 

 

 キリトとシノンの声はほぼ同時に発せられていた。ステルベンとギフトが《笑う棺桶》のエンブレムを使用しているという光景は起こりえないものであるはずだった。《SAO》で猛威を振るった《笑う棺桶》は、最終的にハンニバルの意図から外れて暴走した《()()(おとこ)》である須郷(すごう)伸之(のぶゆき)によって精神状態を滅茶苦茶にされてまともな動きができなくなり、攻略組による討伐戦で暴走したリランによって文字通り殲滅(せんめつ)されたはずだった。

 

 リーダーであるPoHはボスであるハンニバルの助力により、その場にダミーを送り込む事で一人――意地汚く――助かっていたが、それ以外に助かった《笑う棺桶》構成員などいなかったはずだ。これは攻略組全ての人間が知っている。

 

 

「『どうしてこの二人が生きているのか? あの時確かに死んだはずなのに』。そう思っているのだろう、キリト?」

 

 

 その問いかけにキリトはぎょっとした。相変わらず顔の見えないハンニバルは、こちらの疑問をぴたりと当ててきた。やはりと言うべきか、ハンニバルは心に関連する事象を読み取るのが得意らしい。

 

 それを隠していないかのように、ハンニバルは続けてきた。

 

 

「二人がどうしてこの場に居るのか。その答えならば、君の近くにいる」

 

 

 ハンニバルの仮面の目に該当する部分はとある部分を見据(みす)えていた。そこにいたのはサチとマキリだった。間もなくして、二人が何かを思い付いたような顔になり、やがてそのうちのサチが口を開いた。

 

 

「まさか……その人達も私達と同じ?」

 

「《SAO》で死んだけど、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》になって蘇った!?」

 

 

 マキリの問いに、ギフトが笑った。

 

 

「そのとおりだよ! オレ達は現実世界の身体を無くしちゃったけど、魂はこうしてボスのおかげで助かったんだ」

 

「まぁ、助かったのは俺達だけで、その他の、お前達によって、地獄に落とされた皆は、助からなかった」

 

 

 ギフトは嬉しさが極まりに近いような、ステルベンは強い怒りを抱いているような声色で言った。その言葉に嘘はないのだろう。現にここに居るサチとマキリも《SAO》で死亡したものの、イリスの編み出した技術によって《電脳生命体》として蘇っている。

 

 彼女によれば、ハンニバルもまた《SAO》で使用されたナーヴギアを研究する事によって、同じ技術を編み出すに至っているという話だった。当初はキリトも「そんな馬鹿な」と思っていたが、現実はそうではなかった。

 

 ハンニバルはイリスと同じ境地に辿り着く事によって、自身の生み出した《笑う棺桶》のメンバーを生き返らせるという凶行に走る事さえもできるようになったのだ。そこまで考えたところで、キリトの頭の中で蘇る黒い影があった。

 

 

「お前達は……」

 

 

 それは二つの人影だった。

 

 片方はやはり骸骨を模したマスクを被り、エストックを得物とするプレイヤーで、もう片方は目出し穴の開いた紙袋のようなマスクで頭を覆い、毒ナイフを得意武器としているプレイヤーだ。《笑う棺桶》の構成員の上位存在であり、リーダーであるPoHに近しい立場と実力を持っていた恐怖のプレイヤー達。それぞれの名前が思い出されてくる。

 

 《SAO》に生きる多くのプレイヤーを恐怖のどん底に突き落とそうとした、そいつらの名前は――。

 

 

「ジョニー・ブラックに、ザザ……!!」

 

 

 ギフトとステルベンへ向けてキリトが言うと、ギフトは「ふははっ!」と、ステルベンは「ふっ」と笑った。その反応は肯定(こうてい)。つまりキリトに呼ばれた名前を否定していないという事だった。

 

 このうちのステルベンは《GGO》にてプレイヤーへの殺害行為をしており、《死銃》と呼ばれていた存在だった。驚くべき事に、その正体は過去に死んでいたはずの亡霊であるザザだった。《GGO》で殺されたプレイヤー達は、常軌を逸した方法でこの世に戻ってきた亡者に、あの世へと引きずり込まれていたのだ。

 

 

「やっと、思い出したか、キリト。俺達を……」

 

 

 ステルベン/ザザの独り言のような言葉にキリトは答える。

 

 

「……お前達が生き返って来たっていうのは、とりあえずわかった。サチとマキもこうして生き返ってきてるっていう事実があるからな。飲み込むよ。お前達は生き返ったんだな」

 

「へぇ、キリトも強くなったもんだねぇ。アインクラッドにいた時はもっとビビりだったのになぁ」

 

 

 ギフト/ジョニー・ブラックが挑発するように言ってきた。仮面のせいで表情が読めないのは彼の言うアインクラッドの時と変わらないが、今ならばその中で浮かび上がっている顔がわかる。今、こいつはさぞかし禍々(まがまが)しい笑みを浮かべているだろう。

 

 そんなイメージが容易にできるジョニー・ブラックに、キリトは疑問が一つ浮かんでいた。こいつらはどうしてハンニバルに従っているというのだろうか。リランに殺されて地獄に落ちたはずの亡者であるあの二人は、確かに《笑う棺桶》の幹部をやるくらいの凶悪極まりない殺人者プレイヤーであったが、最初からそうであったわけではないはずだ。

 

 彼らがあぁなってしまったのは、ハンニバルの仕向けたPoHにそそのかされたせいである。詳しく聞いていなくてもそこは知っていた。《笑う棺桶》は元々、PoHがプレイヤー達をそそのかして仲間に入れ続ける事によって、その大きさを拡大していた勢力だったのだから。

 

 もし彼らがハンニバルとPoHに接触したり、そそのかされたりしなかったならば、あのような残虐行為に走る犯罪者、テロリストにも等しいような者になる事もなかっただろうし、今も平穏に暮らす事ができていたはずだ。

 

 彼らの平和な未来を全部ぶち壊したのは、PoHを部下にして動かしていたハンニバルに他ならない。彼らは元を辿ればハンニバルによって人格や性格、そして人生そのものを狂わされた者なのだ。

 

 そしてハンニバルに従い続けて、《笑う棺桶》を続けていたせいで、須郷伸之の仕掛けた悪魔的な計画に組み込まれ、幻影を見せられ続け、殺された。ハンニバルのせいで彼らは殺人者にさせられて、ハンニバルのせいで殺される事になったのだと、彼らだって少し考えればわかるはずだ。

 

 その事をキリトは二人に問いかけた。

 

 

「だがどうしてだ。どうしてお前達はハンニバルに従う? お前達はPoHを動かしていたハンニバルのせいで今みたいな事になってるんだぞ。殺人をさせられて、殺されて、身体を失って、本来あるべき姿じゃない《電脳生命体》にさせられた。お前達を殺人者にしたのはハンニバルなんだぞ」

 

 

 ギフト/ジョニー・ブラックは首を傾げた。

 

 

「つまりキリトは、オレ達がボスのせいで狂ったって言いたいわけ? もしヘッドやボスに会わなかったら、オレ達がこうなる事もなかったって」

 

「……」

 

 

 キリトはひとまず沈黙する。肯定(こうてい)の沈黙だ。それを見たステルベンが答えた。

 

 

「違うな。俺達は、狂わされたんじゃない。救われた」

 

「救い……?」

 

 

 話を聞いている一方だったツェリスカが問いかけると、ステルベンは更に続ける。

 

 

「ボスは、俺達を、救ってくれた。誰にも、救われる事のなかった、俺達を、救ってくれたんだ。《笑う棺桶》への勧誘は、俺達にとって、救いだった」

 

 

 そんなわけがあるか。殺人者への誘惑、(おとしい)れのどこが救いなのだ。咄嗟(とっさ)にキリトはそう思ったが、ステルベンは反論の隙を与えてはくれなかった。

 

 

「もし、ボスに救われる事が、なかったならば、俺は今でも、何も手にできなかった。未来を潰され、腐らされるだけだった」

 

「オレだってそうだよ。いや、オレとステルベンだけじゃない、《笑う棺桶》の皆がそうさ。皆ボスのおかげで救われていたんだ。かつて、オレ達は何もできない連中だった。誰かに手を差し伸べてもらう事もできなければ、誰かを頼る事だって許されなくて、虐げられていたんだ。

 そんなオレ達を、ボスは救ってくれたんだ。ボスはオレ達を唯一助けてくれた人なんだよ。それでボスは、虐げられてばかりで何も手にできなかったオレ達に仲間と家族をくれた。目的と役割をくれた。今ある世界を、その先に待ってる未来を(けが)す事しかできないどうしようもない連中を殺して、皆の生きる世界を、皆で手にする未来を綺麗に浄化するっていう目的を、それを一緒にやる仲間をね」

 

 

 ギフトの話が終わったと同時に、キリトは目を細めた。

 

 これまで《笑う棺桶》は、許されざる犯罪行為をする事で快楽を得る事を目的にして、ただそれを繰り返しているだけの連中だと思っていた。

 

 だが、それはあくまで副次的なものであって、本来の目的は未来を穢す連中を殺しまくり、今ある世界と、その先に広がる未来を浄化する事だったって? 明らかに詭弁(きべん)である。殺しを正当化しようとする凶悪犯罪者の言い訳だ。

 

 そしてそれを語るギフトの姿は、まるで思想が危険域にまで到達してテロリストと何ら変わらなくなってしまった宗教の信者のようだ。いや、実際そうなのかもしれない。

 

 《笑う棺桶》は過激化を極めた宗教組織だ。目には見えないし、言葉も聞こえない、ほぼ空想上の神ではなく、実際に目で見る事が、言葉を聞く事ができるハンニバルを神として(あが)める過激派宗教組織だったのだ。

 

 

「これまで、俺達が殺したのは、未来を壊すと、判断するしかないような連中だった。俺達は、未来を救うため、世界を浄化するためにやっていただけだ」

 

 

 ギフトから引き継ぐようにステルベンが言ったが、そこでキリトの中ではっきりした事があった。

 

 こいつらは一切悪びれていない。

 

 「自分達がやっているのは絶対に正しい事」という、傲慢極まりない思想の(もと)で動いている。自分達のやっている事が犯罪であるという認識もなさそうだ。そう、何よりも厄介なタイプである。

 

 矯正させる手段もなければ、止める手段も原則殺害する以外にないという、対処方法が嫌なやり方に固定されてしまう、とてつもなく厄介な連中。それが《笑う棺桶》だった。

 

 前から《笑う棺桶》は矯正の手段の存在しない、倒すか殺すをするしかない厄介な者達だという認識でいたが、それは残念な事に間違っていなかった。

 

 

「世界を浄化するため? 未来を浄化するため? そんな独善的な理由であんな事をしていたの」

 

 

 そこまで黙っていたシノンがついに口を開いて問いかける。内容は今まさにキリトが思っていた事だ。事実上二人の問いかけに、答えたのはハンニバルだった。

 

 

「独善的、か。それならば――」

 

「……あなたも何も変わらない」

 

 

 途中でハンニバルに割り込む声があった。それはシノンと同じように黙っていた猫仮面を付けた――少女と思わしき見た目の――狙撃手ヘカテーだった。どこかで聞いた事のある声色に呼びかけられて、シノンが反応すると、ヘカテーは続けた。

 

 

「独善的なのはあなたも変わらない。(むし)ろあなたが一番独善的。誰よりも独善的で、偽善的……」

 

 

 シノンがぎょっとしたような様子を見せた横で、キリトは軽く歯を食い縛った。シノンが独善的で偽善的だと? そんな事が何故言えるというのだ。少なくとも自分らの思想が絶対に正しいと信じて人殺しをしている連中が言える台詞ではない。

 

 それを言ってくれたのは、意外にもリランだった。頭の中に彼女の《声》が響く。

 

 

《それだけはお前達に言われたくないな。綺麗な未来はどんなものなのだ。それが本当に皆が望む未来の在り方なのか。結局はお前達が勝手に決めた事であろう。自分達で未来の在り方を勝手に決め、そのための方法だと勝手に決めつけたやり方を強引に進めるお前達に、シノンを非難する資格などないわ》

 

「ほぅ、あくまでその()は潔白だと言い張るのかい?」

 

 

 ハンニバルが鼻で笑いながら反論してくる。そう言えばこのスクワッド・ジャムにシノンを誘ったのは、ハンニバル/ミケルセンだった。彼女から聞いた話によると、ハンニバルは「お前を強くしてやるから、スクワッド・ジャムに参加しろ」と言っていたそうだ。

 

 その時ミケルセンの正体がハンニバルだとは全く予想していなかったが、今だからこそわかる事がある。あれは罠だった。ハンニバルはミケルセンとして正体を隠し、自分達を罠に()めてきた。ハンニバルの仕掛けた罠にだけはかかってはいけないと思っていたのに、まんまと嵌ってしまった。

 

 そこに気付きながら、キリトはひとまずハンニバルに言う。問いかけには答えず。

 

 

「……そう言えばシノンをここに誘ったのはお前だって話だったな。一体何のつもりだ。シノンに何をするつもりなんだ」

 

 

 かつてハンニバルがシノンにやった酷い行いを思い出しながら、キリトは身構えた。どうせろくでもない事しか企んでいない元凶は、「ふふっ」と笑い声を出してから答えた。

 

 

「キリト、君も既に聞いているはずだ。私がシノンに何をしてやろうとしているかを」

 

「強くしてやる、か」

 

「その宣言通りの事をしようと思っているよ。そう、彼女の強さを引き上げさせてあげようってね。君と同じように、私もシノンに強さを手に入れてもらいたいんだ。()()()()()というモノをね。同時に()()というモノもわからせてやりたい」

 

 

 キリトは眉を寄せる。()()()()()()()? 相変わらず何を言っているのか全く掴む事ができない。こいつの口から出てくる言葉はほとんど雲や霧に等しい。人間ではどうやっても掴む事のできないモノが、こいつの言葉と思想なのだ。

 

 もしそれを掴んで理解できたならば、その時はハンニバルの思想に染まってしまって、ハンニバルが(もたら)そうとしてくれているのが慈悲や救済であると思い込み始める。ハンニバルの考えている事、その思想ほど理解してはいけないものはないだろう。

 

 普段は言葉の内容や意味を掴もうとするキリトは、それを振り払った。間もなくして言葉を続けてきたのは、ヘカテーの方だった。

 

 

「……私が本当の事を教えてあげる……本当の事……()()の真実を」

 

 

 ヘカテーはそう言ったかと思うと、手元の《PSG-1》を構えた。《弾道予測線(バレット・ライン)》がびゅんと伸び――その先端部はシノンを捉える。狙いはシノンであるとわかったのと同刻でヘカテーは引き金を絞って弾丸を放った。

 

 放たれた銃弾は真っ直ぐシノンの許へ向かう。一方でシノンは急なヘカテーの動きについていけなかったようで、動かずにいた。だからこそキリトは足に力を込めて地面を蹴り上げ、弾丸とシノンの間に割って入り、光剣を振るった。

 

 ぶぉんという独特な音の鳴る刀身に吸い込まれるように弾丸は飛び、真っ二つに両断された。シノンの被弾を防げたのを確認すると同時にキリトはヘカテーを睨み付けた。その姿勢は変わらない。こちらに銃口を向け続けている。

 

 

「あなたにも本当の事を教えるね、キリト」

 

「皆、来るぞ! 構えろ! アーサーはクレハを頼む!」

 

 

 キリトの号令と同時に、ステルベンがエストックらしき剣を、ギフトが毒を纏っているであろう短剣を、ハンニバルが長剣を引き抜いた。

 

 本作戦の標的である《死銃》、その黒幕であったハンニバルとの戦いが始まった。

 


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