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「ユウキッ!!」
シノンの悲鳴に近しい声が
ユウキがサトライザーにやられたのは確認できていた。その光景は驚くべきものだ。絶対なる速度の剣――即ち絶剣の異名を持つユウキの
自分の仲間達の中でほぼ最強の立ち位置にいるはずのユウキがあんな簡単にやられてしまうなど、信じられないような光景だ。それだけサトライザーとユウキの戦いは一方的なものだった。いや、
更に彼女だけではない。ユウキにとって大切な人であり、キリトにとっては親友であるカイムもサトライザーの連れている
そのカイムがやられる寸前、キリトは妙なものを見せられた気になっていた。鋼黒龍はカイムの腕に喰らい付き、そのまま喰い千切ったのだが、その時にカイムは身の毛が
《GGO》には部位欠損という状態異常があるため、腕や足が攻撃を受ける事によって損失する事は珍しくない。そしてそうなった場合は《
それがわからない。カイムのあの苦痛の感じ方は一体なんだ。少なくとも嫌な予感しか
その鋼黒龍はカイムを戦えなくしたのを確認すると四つん這いの姿勢になって、そのままとある方向へと走り出した。その先に居るのはリエーブルと、彼女を守ろうとしているアルトリウス、レイア、クレハ、ツェリスカの四人だ。
サトライザーと鋼黒龍は使えない道具となったリエーブルを処分するためにここへやってきた。ユウキとカイムが障害となってくれていたが、その排除に成功したため、鋼黒龍は本来の目的であるリエーブルを狙い始めたのだ。
精鋭であるユウキとカイムをあんなに容易く撃破してみせたのがサトライザーとその従者の鋼黒龍、そんなものに狙われたら彼らでは一溜りもない。キリトは
鋼黒龍の動きの速さもあって一瞬のうちにリランと鋼黒龍の距離は縮まり、リランの
重い鉄がぶつかり合ったような
手応えはほとんどない。リランのタックルはいつもかなりの威力を発揮してくれるものだが、鋼黒龍にとっては
鋼黒龍はオレンジ色のカメラセンサーをこちらに向けてきているが、それはキリトの目と合った。攻撃してきたリランではなく、その搭乗者であるキリトを
つまり狙いは自分の方だ。こいつはビークルオートマタに攻撃されると、その搭乗者を狙うような思考ルーチンをしているのか。キリトはごくりと
それこそ、《SAO》の時に
そんな感情を抱いているかのような鋼黒龍とその主であるサトライザーは、やはり異常だ。あいつらは一体何なのか改めて気になってきたが、そんな事を気にする
砲弾の襲来を瞬時に察知してくれたリランが咄嗟にサイドステップして回避してくれたが、それまでいた空間を砲弾が貫いた直後に爆発が起きる。
できればリランが搭載している超大口径狙撃砲のような狙撃砲、超大口径貫通弾砲であってほしかったが、鋼黒龍はそんなに甘くなかった。放った弾はしっかり爆発する重榴弾。つまり鋼黒龍は肩に二台戦車を搭載しているようなもの。
更に見れば左上腕部にはリランのそれと同じと思われるガトリング砲が、右上腕部にはより強力そうなミサイルランチャーまでもが搭載されている。とりあえず火力のあるものをとりあえず載せまくったような、見方を変えれば頭が悪いとしか言えないような武装の数々。まさに重火器の欲張りセットだ。
なんてこった。最高じゃないか。アレは
そしてあの鋼黒龍の防御力もかなり高いようだ。現にリランの突進を喰らっても鋼黒龍は平気な顔をしているし、《HPバー》も減少している様子がない。
圧倒的な防御力を持っているものと言えばエムのビークルオートマタである《
しかし鋼黒龍は霊亀並みの防御力を持っているにも関わらず、素早い動きを可能としている。つまりは霊亀の上位互換。そして搭載している重火器、近接攻撃の威力は恐らく自分の知っている戦機達の上を行き続けているだろう。
そして何よりあいつは――そう思った矢先、鋼黒龍は左腕を突き出してきた。間もなく取り付けられているガトリング砲の空転が始まり、大口径弾丸が連射されたが、目の前が赤白色に染め上げられて
まさか自分の方を狙ってくるとは思ってもみなかったキリトはぎょっとしながらも、瞬時に伏せる事で弾幕の中から少しでも外れようと
「ぐッ!?」
その時起きた異変にキリトは呻いた。今、弾丸の飛来を受けた右腕に熱と痛みが走った。いつもの弾丸を浴びた時の不快感ではあるものの、いつもよりもそれが抑えられているというか、本当の痛みと熱に近しい感覚だった。やはりそうだ。嫌な予感が当たってくれた。
どういう理屈なのかわからないが、あの鋼黒龍の攻撃は《
だとすればカイムがやられた時の反応も説明がつくが、それならば
何もさせずに倒すしかなさそうだが、どうすれば良いのか想像もつかない。それだけ鋼黒龍とサトライザーの組み合わせは自分の遥か上にいる存在だと思えた。
「言っておくが、そいつは私が気に入っているものだ。少しの事では壊れないから注意しろ」
鋼黒龍の持ち主サトライザーは注意勧告のように言ってきた。それだけ自分のビークルオートマタに、そして自分自身の戦闘能力というものに自信があるという事の現れである。それが間違っていないうえに、どう
「このっ、調子に乗りやがって……」
《自信はあるだろうな。ユウキをあのようにいなせておるだけでも、それだけ奴には戦闘力があるという事だからな》
リランは冷静にサトライザーの分析をしてくれているようだった。だが、その答えはキリトの欲しいものではなかった。サトライザーと鋼黒龍が持っているスキルについての説明が欲しい。《
それをキリトは問うた。
「リラン、分析してるなら教えてくれないか。あいつらの攻撃を喰らったら、本当に痛かったぞ。あれはどういう仕組みなんだ」
《本当に痛かった?》
「あぁ。《
リランのカメラアイの光が細くなる。サトライザーと鋼黒龍に更なる解析を試みようとしているようだが、すぐに《声》が返ってきた。
《それについてはわからぬ。だが、《GGO》にはそういうスキルが存在していて、あいつらがそれを持っているのは確かのようだな》
「……それ、俺も思った事なんだけど」
《我も考えたらそう思ったのだ。今のところはせいぜいそのくらいしかわからぬ。だがいずれにしても、奴らの攻撃は下手に喰らえないぞ。喰らえば本当の痛みが来るのであれば、プレイヤーそのものの肉体や精神に影響が出る危険性も
アミュスフィアでフルダイブVRMMOを遊んでいるプレイヤーは安全が確保されている。フルダイブVRMMOには原則として《
本当の痛みを感じたりするようであれば、現実の脳にまでその信号が伝わってしまい、身体や精神に異常をきたしたりする危険性がある。
だからこそ《ザ・シード》で作られているゲームには基本的に《
《GGO》にそれがあり、そして奴らはそれを持っている。現状はそうだった。
「そんなもんを使うなんて、とんでもない
《同感だ》
リランの《声》がした直後、鋼黒龍は再びガトリング砲を連射してきた。狙いはやはりキリトに向けられていた。今度はリランは地面を蹴り上げて更にバーニアも吹かす事で速度を上げて回避をしてくれた。しかしそれでも鋼黒龍は
反撃しようにもリランに搭載されている重火器を使おうとすれば、その時には減速が起きてしまうため、一瞬のうちにリラン共々あの弾幕に撃ち抜かれて穴だらけにされるだろう。全く反撃ができない。
恐らくはそれも計算のうちだろう。鋼黒龍は思いの外高い知能を持ったAIを搭載しているタイプのビークルオートマタなのだ。本当に揃ってほしくない要素ばかりが揃い踏みしている。
「キリトさんばかり狙ってんじゃないわよ!」
「こっちにもいるんだぞ!」
ふと声がしたかと思うと、鋼黒龍を火薬の爆発と電気の爆発が襲った。アルトリウスとクレハだ。アルトリウスは《M4》下部に装着されているグレネードランチャーで、クレハは光学弾対応型ロケットランチャーで鋼黒龍を撃った。
(
キリトは口の中で
そして更に拙い事に、鋼黒龍の狙いはアルトリウス達の方に向いてしまった。鋼黒龍は頭をアルトリウス達の方へ向けるなり、またしてもかっと咢を開いて咆吼した。ターゲットがアルトリウス達の方へ向けられてしまったのだ。
鋼黒龍の目線の先に居るのはアルトリウス、クレハ、レイア、ツェリスカの四人。デイジーとイリスがリエーブルを守るために離れてくれているが、鋼黒龍はあの四人を退けた後にリエーブルを含む三人を襲うだろう。
《GGO》で戦っている時間の長かったシノンは一人、誰からも離れて鋼黒龍の死角に入って狙撃銃を構えている。シノンは狙われる心配はないかもしれないが、アルトリウス達は明らかに危険である予感しかしない。
その予感は即座に的中した。鋼黒龍の開かれた口の奥から爆炎が吐き出された。火炎放射攻撃である。鋼黒龍の口のすぐ近くは青く、遠くなるにつれて赤くなっている火炎がアルトリウスとクレハとレイアを薙ぎ払おうとするが、三人はすぐさま反応して回避してくれた。
「熱ッ……!?」
しかし回避が若干遅れていたクレハは火炎を受けてしまい、衣装のデザインの関係上露出している左腕にダメージエフェクトを発生させていた。
クレハは一瞬驚いたような顔をしたかと思うとすぐに
キリトは皆に呼びかける。
「そいつの攻撃には当たるな! 《
「《
一番最初に喰い付いてきたのは意外にもツェリスカだった。彼女は信じられないものを聞いたような顔をしている。
そういえばツェリスカはいつもこんな感じだ。このゲームであまりに大きな出来事や常識外れの現象に遭遇したりすると、決まってこんな反応をする。まるでこのゲームを近くで観察し続けているかのように。
その理由は何故なのか聞いてみたい気もしているのものの、それは彼女のプライベートを
現に鋼黒龍は攻撃を回避したアルトリウスとクレハとレイアに狙いを定めて次の攻撃を繰り出そうとしていた。
ビークルオートマタを持っているプレイヤーと戦っている時、そのビークルオートマタが強すぎて勝ち目がない場合にはどうするべきか。それはビークルオートマタの持ち主を倒す事だ。ビークルオートマタと持ち主は一心同体みたいなものであり、持ち主が戦闘不能になればビークルオートマタも機能停止し、戦闘不能となる。
つまり今やるべきは鋼黒龍とまともにやり合うのではなく、鋼黒龍の持ち主であるサトライザーを撃破する事だ。鋼黒龍は最早レイドボスと何ら変わらないほどの戦闘力を持っているから、少人数での撃破は不可能と考えていい。サトライザーを撃破する以外に、あの鋼鉄の黒き龍を止める方法はないだろう。
ほぼ本末転倒みたいになっているが、鋼鉄の黒き龍という従者を止めるために、あの《闇の皇帝》を倒すのだ。キリトは咄嗟にシノンの方へ向き直った。シノンは狙撃手という立場上、鋼黒龍から離れて、ターゲットの外にいる。
そしてシノンの持っている《ヘカートⅡ》は並みのプレイヤーを一撃で倒せるだけの威力を誇っている。あれでサトライザーを狙い撃てば一撃で終わらせられるはずだ。それを何よりも理解しているであろうシノンはというと、キリトが考えるより先に射撃体勢に入ってくれていた。その銃口はサトライザーを狙っている。後は引き金を絞るだけでサトライザーを撃ち抜けそうだ。
その先に居るサトライザーは足元に戦闘不能になっているユウキを置いたまま腕組をして鋼黒龍を見つめていた。シノンに気付いている様子はないように見える。
まるで鋼黒龍が暴れる様子が楽しくて仕方がないかのようだ。サトライザーはあの鋼黒龍に何か思うところでもあるのだろうか。
いや、まさかサトライザーと鋼黒龍は心を通わせている? 自分とリランのように?
そんな考えにふと頭を支配されたそこで聞こえた発砲音でキリトは我に返った。シノンの《ヘカートⅡ》の引き金が絞られ、大口径の弾丸が空気を切り裂いて飛翔した。そのまま真っ直ぐサトライザーへ向かっていく。放たれたのは対物ライフルの弾丸。避ける事も耐える事も不可能だ。
これで決まりだ。
「ふっ」
と思われた
「な……」
「え……」
《なん……》
キリト、シノン、リランの順で思わず声を発した。三人揃って
しかもこちらに目を向けていなかったというのに。瞬発力だとか咄嗟の判断力でどうにかなる問題ではない。
「そうだな。ジブリルだけにやらせておくのは
サトライザーはそう言ったかと思うと、床を蹴って走り出した。その速度は
「!」
シノンはぎょっとして逃げ出そうとしていたが、それより先にサトライザーはシノンのところに辿り着こうとしていた。次の瞬間には絞め上げられるシノンの姿がキリトの脳内に浮かび上がる。
「やめろッ!」
キリトは咄嗟にリランからジャンプし、サトライザーへと向かう。しかしシノンの位置がかなり遠い事が裏目に出たようで、すぐさまサトライザーとシノンのところへはいけそうになかった。着地したキリトは全身の力を脚に乗せて走り出す。だが、それでもまだ足りない。
そしてサトライザーはシノンのところに辿り着いた。シノンは咄嗟にサブウェポンとして携行しているマシンピストルを取り出したが、サトライザーはすぐさまシノンの手を叩いて落とさせる。ユウキの時と同じだ。反撃を許さない。
「あっ……!」
走った痛みに驚いたのだろう、シノンの動きが止まってしまった。すかさずと言わんばかりのサトライザーは彼女の
「――かはッ……」
シノンは目をかっと見開いて
それがキリトの中の怒りを燃やした。怒りは口に到達して咆吼となって出る。
「貴様ァァァッ!!」
その怒りを乗せてキリトは光剣でサトライザーを一閃しようとした。しかしその時にサトライザーは回避に入っていた。反撃に入ってくるかと思いきや、サトライザーは回避を繰り返してこちらから距離を取った。
同時にサトライザーのいた空間を次々弾丸を貫いていった。独特の稼働音がする。ミニガンのものだ。キリトはシノンを支え、音の発生源へ視線を向けた。そこにいたのはリエーブルだった。リエーブルはミニガンを構え、サトライザーに銃口を向けている。
狙われたサトライザーは涼しい顔でリエーブルを見つめ、リエーブルは息を荒くしてサトライザーを睨んでいた。
「何のつもりだ、リエーブル。私はお前のマスターだが」
「えぇそうですよ。あなたはわたしのマスターでした。わたしに役目を与えてくれた人でした。あなたに役目を与えてもらえて、わたしは嬉しかった。こんなわたしでも必要としてくれる人がいたんだって思えて、嬉しかったですよ。だからこそ、どんなに無茶な命令でもこなそうと思えました」
リエーブルは首を横に振る。
「でも、それは最初から間違っていました。わたしはそもそもアファシスじゃなかったんですよ。自分で自分をアファシスだと、特別なアファシスだと思い込んでいただけだったんです。無茶な命令に従う必要もなければ……」
言いかけたリエーブルはサトライザーをきっと睨み付ける。明確な怒りがそこに見えていた。
「世界を
サトライザーは「ほぅ」と言った。意外なものを見せつけられているかのようだった。いや、実際そうなのだろう。リエーブルがここまで口答えしてくるのは意外だったのだ。
「お前は自分をアファシスではないと認識しているのか。そんな事ができるAIがこのゲームに実装されているとは……これは予想外だな」
「だから言っているでしょう。リエーブルはアファシスではなかったの。だからあなたの命令にこれ以上従う事もないし、そもそもあなたはリエーブルのマスターですらないの」
アファシスを愛しているというツェリスカが強い口調でサトライザーに告げる。それはつい先程も言っていた事だったが、それを無視したのがサトライザーだった。そのサトライザーに向けてリエーブルは言い放つ。
「あなたはさっき、わたしを処分しに来たと言ってましたよね。ならわたしは、あなたのその目的を全力で拒否します。アファシスとしてではなく、わたし一個人として、あなたのやろうとしている事を拒否させていただきます。それでですね、あなたが今襲っているこの人達の中には、わたしの家族もいるみたいなんですよ。なので、家族に手を出しているというあなたの行為は許しがたいものなんです」
「リエーブル……!」
そこで驚いていたのがイリスだった。リエーブルは今明確に家族という言葉を使い、サトライザーに銃を向けている。リエーブルには家族の記憶がないうえに、家族を認識できないという話だったが、それは外れているという証明だった。
リエーブルには家族という概念を認識でき、誰かが族なのか、誰が大切な人なのかをしっかり理解できるのだ。リエーブルはサトライザーを見つめつつ下唇を噛んでから、再度口を開けた。
「わたしにとってあなたはマスターであり、大切な人でした。しかしそれも本日この時を
その言葉を皮切りにしてリエーブルはもう一度ミニガンでサトライザーを撃った。サトライザーは連続ステップで回避していく。あまりに軽やかな動きは現実でもそのような動きができると判断できるものだった。こいつはただならない運動をするような生活を送っているらしい。
リエーブルからの射撃が止むと、サトライザーは不敵な笑みを浮かべた。
「まさかお前が私に牙を剥いてくるとは、面白い事もあるものだ。いいだろう。ならばお前の大切な家族を全部奪ってやろうじゃないか!」
その声に合わせて鋼黒龍が再び咆吼するや否や、サトライザーはジャンプして鋼黒龍の背中に飛び乗った。キリトがリランに《SAO》の時からやっている《人竜一体》を成し遂げると、その一対の
その様子はまるで西洋の
現にサトライザーと鋼黒龍を中心にして恐るべき悪意が渦を巻いている。倒すべきものは徹底的に倒して叩き潰して、跡形もなく消し去る――そのような思想が現れている禍々しい悪意が空間を満たそうとしていた。サトライザーはこの悪意を持って自分達を消し去るつもりでいるのだろう。
「キリト……!」
キリトははっとして顔を向けた。サトライザーに一撃入れられて動けなくなっていたシノンが顔を上げてこちらを見ていた。
「シノン!?」
「リランのところに戻って……悔しいけどあいつにはあなたとリランが揃ってないと太刀打ちできないわ。私の事は良いから、早くリランのところに」
頼み込んできているシノンだが、どうにも顔色は優れているとは言い
強い痛みを伴う一撃を受けた後のシノンがもう一度それを喰らったならば、それこそ本当に現実の身体に影響が出かねないだろう。しかしリランのところに戻れという彼女の頼みを放っておく気にもならない。
ならばどうすれば良いか。その答えをキリトは即座に出して、シノンに応じた。
「あぁ、リランのところに戻る。ただし、君を置いてはいかないよ」
「え?」
キリトは地面に落ちているシノンの銃器を拾い上げてシノンに持たせると、その身体をお姫様抱っこの要領で抱き上げた。マシンピストルと対物ライフルというだけあって、いつもよりかなり重く感じたが、それでも構わずキリトはシノンをしっかりと抱えてジャンプし、リランの背中に飛び乗った。
ずしんという重い音がして、リランの身体が一瞬だけ下方向にずれ、《声》が頭に響く。
《し、シノンも一緒なのか!?》
「シノンは重傷だから放っておくわけにいかないだろ。だからシノンも一緒だよ。シノン、俺にしっかり掴まってくれ」
シノンはきょとんとしっぱなしだったが、やがて頷いてキリトの身体に手を廻してきた。ひとまずはこれでシノンを心配する必要があまりなくなった。後はサトライザーと鋼黒龍のコンビと戦うだけだが、それはとても強大だった。
サトライザーは自身がどれだけ優勢になっているかわかっているようで、不敵な笑みを浮かべたままになっている。
「いいぞ。そうではなくては面白くない。いや、潰し
「はぁ。どうしてこう、僕の友達には変な奴らが絡んでくるんだろうね。おかげで安心している暇が全然ないよ」
サトライザーの言葉の直後、どこからともなく声がしてきた。
「今のは――!」
その一部始終を見ていたアルトリウスが声を上げたその時、鋼黒龍の背後方向から甲高い音が聞こえてきた。非常に身体の大きな鳥が発するような鳴き声。誘われて視線を向けたところで、その正体が割れた。
白い装甲で身体を構成した三つ目と三つ足の巨大鳥だ。日本神話に出てくる
イツキだった。
「「「「イツキ!!」」」」
キリト、アルトリウス、レイア、ツェリスカの声が重なった。まさか現れると思っていなかったイツキは飛ぶ白の鋼鉄八咫烏《
「イツキ、どうしてここに?」
誰もが思って居るであろう疑問をアルトリウスが口にすると、イツキは軽く頭を掻いた。
「ようやくログインする時間が確保できたから、アーサー君達と遊ぼうと思ってね。チームのウインドウを見てみたら、交戦中になったまま変わらなかったから、何かあると思って駆けつけたんだよ。……こんな恐ろしいのが出てきてるなんてね」
そう言えば《ホワイトフロンティア》が実装されたからというもの、イツキの姿を確認する事はできていなかった。きっと
「この炎はナパームか……厄介なものを……」
ごうごうと燃え上がる鋼黒龍の背中から声がした。見ればサトライザーが身体を燃やしながらこちらを睨み付けていた。驚くべき事に、一向に減る気配のなかった《HPバー》が減少していた。しかもかなりの勢いで。
まるで地獄で燃やされる幽鬼のような
「そうさ。僕の神武は君のドラゴンと同じで……いや、君のドラゴンよりも火炎攻撃が得意なんだ」
《炎が得意なのは我もそうなのだが……我が一番遅れておる……》
消え入りそうな音量のリランの呟きが聞こえた。どうやら自分にしかチャンネルを合わせていなかったようで、イツキは何もなかったように続けた。
「どうやら君は炎に弱いみたいだね。それだけ炎の扱いが得意そうなドラゴンを従えてるっていうのに、皮肉だ」
あいつは炎に弱い? キリトは一瞬疑ったが、それが真実だとすぐに分かった。サトライザーの身体を包む炎が一向に消えない。普通ならばあそこまで長く燃えている事はないはずなのだが、サトライザーは燃え続けており、《HPバー》の減少も止まらない。一度火が付くと燃え続けてしまって消えない。それがあいつの装備の弱点なのだろうか。
その装備を
「くそッ……余計な機能だ……だが、だからこそ面白い――」
サトライザーは燃やされながらも戦う気を失っていなかった。そんな、まだやるのか――そう思ったその時、彼の者を乗せる鋼黒龍はミサイルポッドの蓋を開かせて、ミサイルを十数発発射した。それはこちらの前方、自分達とサトライザーの間の空間に降り注ぎ、爆炎と煙を撒き散らしてきた。
「なんだ!?」
思わず腕で顔を覆い、炎と煙を防ぐ。これは目くらましか。だとすれば危ない――キリトは炎と煙が去り切るより先に目を向け直したが、そこで驚く羽目になった。
こちらを完全に叩き潰すつもりであったであろう鋼黒龍とサトライザーの姿はなかった。
「あ、あいつらは……」
《……あの黒龍が、サトライザーを逃がしたのか……?》
驚いているリランの呟きが頭の中に響いた。それまで空間を包んでいた悪意も殺気も、轟音もなくなって静まり返っていた。
――原作との相違点――
・リエーブルがサトライザーに反逆する。