キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 明けましておめでとうございます。
 今年も本作をよろしくお願いいたします。

 では、2021年最初の更新をどうぞ。




16:侵攻する翼

          □□□

 

 

 故郷が真の力を取り戻し、地上を歩いていた。母なる地球の荒れ果てた大地。かつてはそこに街が存在して、数多の人間が暮らしていたが、今となっては何もないと同じだ。だからどんなに踏み潰しても問題はない。

 

 寧ろ平らに(なら)され、(たがや)されて良いだろう。故郷に備わっている機能はどんな面にでも役に立つ。

 

 何にでも役に立つから、どこにでも行ける。どんな星でもやっていける。それがこの故郷、《SBCフリューゲル》だ。

 

 フリューゲルとは、かつて地球にドイツという国があった頃、その国の言葉で翼を意味する単語だった。宇宙に羽ばたいて別天地を目指し、良さそうなところがあればそこに根を下ろし、新たな故郷とする。だからこそ、この《恒星間移動歩行型要塞都市》には《SBCフリューゲル》という名前が付けられた。

 

 地球が人間の住めない環境へ変わってしまった後、《SBCフリューゲル》は同じ(こころざし)を抱く、多くの民を乗せて、宇宙へ旅立った。

 

 嵐が吹く事もなければ、波が荒れる事もない、どこまでも続く闇の海を、《SBCフリューゲル》は航海した。根を下ろせる場所を、故郷にできそうな惑星を探して、船はどこまでも進んだ。

 

 しかし、どんなに星の海を渡っても、人間が住むに値する環境の惑星には辿り着けなかった。それどころか、このまま宇宙を旅し続けるよりも、いっそ地球に戻ってテラフォーミングし直した方が良いという結論さえ出た。

 

 結果として《SBCフリューゲル》は母なる地球へ帰ったが、そこには先客がいた。

 

 《SBCグロッケン》である。《SBCフリューゲル》がまだ地球で暮らす国の一つだった頃から、こちらの思想に真っ向から反対し、受け入れ難い思想を押し付けてくる国が基となっている宇宙船が、既に地球へ降り立っていたのだ。

 

 よりによって一番出会いたくなかった国の船が先客になっていたという事は、《SBCフリューゲル》の民を激しく落胆させたが、同時に好機を(もたら)した。これまで折り合いが悪くて忌々(いまいま)しかった《SBCグロッケン》がそこにいて、尚且(なおか)つ《SBCフリューゲル》には惑星の先住民を駆逐するだけの力がある。

 

 この機会に《SBCグロッケン》を滅ぼし、自分達が地球の支配者となってしまおう――そう思った《SBCフリューゲル》は、地球に居た頃からの怨敵《SBCグロッケン》と戦争を開始した。

 

 しかし、《SBCフリューゲル》は負けた。《SBCフリューゲル》の《恒星間移動歩行型要塞都市》としての機能は、分離している専用巨大戦機と合体してこそ発揮されるものだった。《SBCグロッケン》はこの専用巨大戦機に細工をし、《SBCフリューゲル》の要塞都市としての戦闘能力を封印してきたのだ。

 

 要塞都市としての力を奪われた《SBCフリューゲル》は容易く墜ちた。そして《SBCフリューゲル》の民はほぼ全滅し、民をサポートしていた戦機達とアファシス達のみが残されて、そのまま放置された。

 

 リエーブルは他のアファシス達同様に眠りに就き、覚醒の時を待つ事になった。自分達を覚醒させ、《SBCフリューゲル》を覚醒させ、あの忌まわしき《SBCグロッケン》に逆襲を成し遂げる時を導く存在を、永い眠りの中で待った。

 

 それからどれだけの月日が経ったのかはわからない。だが、その時は不意に訪れた。黒き鋼の龍を連れた一人のガンナーが、《SBCフリューゲル》の中へ入ってきた。彼は船の中を守る戦機達を残さず退け、リエーブルの許へ辿り着き、彼女を目覚めさせた。

 

 彼はリエーブルの特徴をよく知るなり、面白そうに笑った。そしてリエーブルに言った。君は特別な存在だ。特別な力を持ち、特別な役割を成す事のできる、特別な存在。リエーブルはそう言われて嬉しかった。

 

 わたしは特別な存在。《SBCフリューゲル》から零れ落ちた哀れなアファシス達とも、《SBCグロッケン》にいる戦機達とも違い、常にその上を行っている特別なアファシス。それこそがこのわたし、リエーブル。

 

 そう教えてくれたガンナーは、リエーブルのマスターとなり、そして彼女に命令を下した。

 

 この世界で銃撃戦を繰り返しているガンナー達のデータを集めてほしい。そのためには戦争を起こすのが一番いいだろう。ガンナー達は《SBCグロッケン》に居るから、総力を持って攻め込め。データを集めたならば、後は踏み潰しても、()り潰しても構わない――マスターはリエーブルに、《SBCフリューゲル》のアファシス達にそう伝えた。

 

 勿論リエーブルはそれに従った。マスターの言っている事、即ちその望みは《SBCフリューゲル》の民のものと同じだ。《SBCグロッケン》に攻め込んで踏み潰し、連中の持っているテクノロジーやデータを根こそぎ奪い尽くし、新たな地球の支配者である《SBCフリューゲル》のための糧とする。

 

 《SBCフリューゲル》の民の悲願と、マスターの意志は偶然にも一致していたから、リエーブルはとても嬉しく思った。《SBCフリューゲル》が滅びた後にも、かつての《SBCフリューゲル》のそれと同じ意志を持っていた人がいてくれたなんて。リエーブルにとって、マスターの存在は希望の光そのものだった。

 

 その光に導かれるようにして、リエーブルは《SBCフリューゲル》に本来の機能を取り戻させ、地上へ降り立ち、大地を踏み均しながら進んでいた。

 

 時間はかかっている。《SBCフリューゲル》の完全体である移動要塞形態は、その大きさが故に駆動部分や機関部を早く動かす事ができない。四本の脚をゆっくりと動かして侵攻していくしかないというのが《SBCフリューゲル》の唯一の弱点だったが、さほど問題でもない。

 

 何故なら移動要塞となった《SBCフリューゲル》の防御力はまさに神の領域であり、どんな弾丸を喰らってもびくともしないどころか、核爆発を受けても動じないくらいだからだ。この移動要塞となった《SBCフリューゲル》を止める手段は、地上に根を下ろした《SBCグロッケン》には存在しない。

 

 これでグロッケンは終わる。ついに地球の支配者からグロッケンは落ちて滅び、フリューゲルが真の地球の支配者となるだろう。そうなった時、きっとマスターは喜んでくれる。そして、わたしはもっと特別な存在に至れる。

 

 怨敵だったグロッケンを滅ぼして、フリューゲルを地球の主に導いたのが、わたしになるのだから。

 

 

「ですからマスター、わたしが務めを果たせた時には、喜んでくださいね……わたしはもっと、特別になりたいんです」

 

 

 動く故郷の最深部、その核である《マザークラヴィーア》の前で、リエーブルは独り言ちていた。故郷《恒星間移動歩行型要塞都市《SBCフリューゲル》》は、《SBCグロッケン》を滅ぼす使命を果たすために、侵攻を続けていた。

 

 刻一刻と、《SBCグロッケン》が滅ぶ時が迫ってきている事に、リエーブルは胸を躍らせていた。

 

 

 もうじき、マスターの喜ぶ顔が見れる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

「デカいな」

 

《デカいな》

 

 

 キリトの呟きはリランのそれとハモった。

 

 緊急警報が鳴り止まない《SBCグロッケン》を出て南に進み、海岸線が見えてきた辺りでリランに飛行ユニット形態になってもらい、空を飛んでいた。

 

 眼下に広がるは荒廃に荒廃を繰り返し、そのままでは飲む事も使う事もできなくなってしまっている海であり、その沖の方からは大きな白波が海岸へと何度も打ち付けてきている。それは一定の周期で起きている不自然なものだ。

 

 まるで海底に足がついてしまうほどの巨大な何か――それこそ海を支配する魔獣レヴィアタンのようなモノが丘を目指して侵攻してきているという、現実ではありえない現象が起きているかのようだ。

 

 その不自然な波を起こしている原因を突きとめた時に出たのが、今の独り言だった。話に聞いていた通りのモノが、ゆっくりとその脚を動かして、海上を歩いてきていたのだ。その姿を認めた時には、誰もが同じような感想を言うに違いない。

 

 

「あれが《SBCフリューゲル》の本当の姿か」

 

《馬鹿げているくらいにデカいな。あそこまで巨大なモノはこれまで見た事がないぞ》

 

 

 リランの《声》を頭で聞きながら、キリトは眼前に映る巨大なモノを見つめていた。それは翼の無いドラゴンだった。

 

 全身が銀色の装甲に包み込まれており、戦機によくある人工筋肉と思わしきものは見えない。全て銀色の機械部位で構成されているようだ。装甲には《SBCフリューゲル》のモノ特有のぎらぎらとした光沢があり、黄昏(たそがれ)の陽光を照り返している。

 

 首は一般的なドラゴンと比較すると短い方だが、尻尾はかなり長くて太い。一薙ぎするだけで街は綺麗な更地になりそうだ。四本の脚は身体に似合う太さがあり、背中には《SBCフリューゲル》が埋め込まれるような形で存在していた。

 

 全高と全長は実際に測らないとわからなそうだが、聞いた話だと全高は四百メートル、全長は一千八百メートルはあるという。

 

 全長が二キロメートル付近に到達している戦機など聞いた事がないし、これまでやってきたゲームにも、それほどの大きさを持っているモンスターやクリーチャーの(たぐい)はいなかった。

 

 これまで配信されてきた数多(あまた)のVRMMOの中に登場する移動可能建造物として最も巨大なものこそが、アレであろう。今頃ギネス世界記録に載るかどうか検討されている頃かもしれない。

 

 そんな連想もできてしまいそうなくらいの常軌(じょうき)(いっ)した大きさを持ち、背負う形で《SBCフリューゲル》と合体し、海上を歩いている超々巨大羽無し機械龍。

 

 かつて地球を脱し、新たなる惑星を見つけたらテラフォーミングし、そこを故郷にするという目的のために作ったという、《恒星間移動歩行型要塞都市》――それが《SBCグロッケン》に進行する大いなる敵であり、これから向かう新天地であった。

 

 その姿を認め続け、キリトは(つぶや)く。

 

 

「あんなものが上陸したら、それだけでヤバい事になりそうだな。元々は他の惑星を平らに均して、自分達のものに変えるためのものなんだっけか」

 

 

 頭の中にリランの《声》が響いてくる。最早(もはや)便利な通話機能であった。

 

 

《そうだ。地球に住めなくなったから他の惑星に行って、そこが居心地の良いところであったならば、そこに原住民がいてもいなくても降り立って自分達の領域を作り、やがて惑星全体を自分達のものにする事を目的にしていたという設定だ》

 

 

 つまり《SBCフリューゲル》はとりあえず住めそうな星々に侵略を仕掛ける考えを持っていて、そのためにあの《恒星間移動歩行型要塞都市》を構築したという事だろう。

 

 他の星を勝手に訪れて、先住民が居れば有無を言わさず踏み潰し、大地を住みやすいように均して耕して、先住民の文明を自分達の文明で上書きし、やがて惑星そのものの支配者になり替わる。

 

 なんてこった。これではよくあるSF作品に出てくるような傲慢で暴力的な異星人(エイリアン)じゃあないか。《SBCフリューゲル》の人々は地球出身でありながら、暴力的で凶悪な異星人のそれの行動をやっていたという事だ。

 

 昭和後半の時代に作られて、平成になっても作られ続け、令和現在でもシリーズが続いている特撮番組に登場する異星出身の巨人のように、ひとまずは穏便な話し合いや交渉をするという考えには思い至らなかったのだろうか。

 

 

「良さそうな場所があったら、そこは今日から自分達のモノ。文句言う奴らや逆らう奴らは(みなごろし)か……」

 

《実に不快になる傲慢な考え方だが……それが一番良いやり方なのが心苦しいところだ》

 

 

 リランの言った事は真実だった。キリトもリランに言われる前に、頭の中でその真実に辿り着いていた。

 

 《SBCフリューゲル》は元々、人間が住める環境でなくなった地球を出て新天地を掴むために、宇宙を旅していた。どこまで行っても終わりが来ない宇宙という闇の海の航海にかかる時間は、地球での航海とは比べ物にならないくらいなのは容易に想像できる。

 

 そんな旅をしていれば、食糧不足や資源不足はすぐにやってくる事だろう。都市の内部に食物生産プラント、家畜飼育プラントなどが設けられていれば食糧問題は深刻化せずに済むだろうが、だからといって本当に余裕を持つ事などできるかどうかは怪しい。現にそういったプラント施設があったとしても、生産できる食料はそんなに多くなかった可能性が高い。食料や資材を生産するには広大な土地が必要なのだ。

 

 そういった問題を未然に防ぐために、《SBCフリューゲル》は住めそうな星があったらすぐに降り立ち、侵略し、植民地や食料生産地にするという方法を取っていたのだろう。これは生きて行くには仕方のない事だ。

 

 先住民と移住に関しての話し合いをするにしても、そもそも地球人同士であろうとも、言語が違えば会話が通じず、コミュニケーションが全く取れなくなる有様である。これが惑星を(へだ)てての規模になれば、言葉もコミュニケーションも一切通じないも同然になるだろう。

 

 もし本気で対話をするとなると、異星人の文化と言葉を学習し、理解できるようにならないといけないが、その前に食料や資材が枯渇してタイムアップになるか、そもそも先住民に対話をする気になってもらえず、全員殺されるのがオチだ。

 

 結局余計な事にしかならないので、食料や資材の確保のために、異星へ勝手な侵略をするのは、理に適ったやり方だった。

 

 

「《SBCフリューゲル》の人々が生き残るためには、結局そうするしかなかったって事か」

 

《そういう事だ。だが、だからといって《SBCグロッケン》との戦いに敗れた時の仕返しをする名目で、攻め込んでくるのを黙って見ているわけにはいくまい》

 

 

 リランの《声》にキリトは頷く。

 

 そうだ。あの移動要塞は《SBCグロッケン》を踏み潰し、地球の支配者になるつもりでいる。本当に《SBCフリューゲル》が地球の支配者になった時の事まで作られているかは未知数だが、いずれにしても《SBCグロッケン》が滅べば、《GGO》にいるプレイヤーは全員宿無し、安全地帯無しの状態になり、《GGO》は過酷極まりない修羅の世界となる。

 

 それを防ぐために、《GGO》のほぼ全てのプレイヤー達が集まって、《SBCフリューゲル》を食い止めようとしている。普段は争い、競い合うしかできないプレイヤー達がプライドや思想を一旦置き、手を取り合って、一つの目的に向かって動いている。彼らの意志を、行動を、勇気を無駄にするわけにはいかないのだ。

 

 そのためにキリトはリランに乗り、ここまで飛んできた。そう思い出していると、通信装置が音と振動を発した。咄嗟にウインドウを開くと、シノンからの通話だとわかった。

 

 通信装置を操作して、キリトは通話に応じた。

 

 

《キリト、リラン、着いた?》

 

 

 《GGO》には自分よりも長くいるが、このようなイベントは見た事がないというシノン。その声にキリトは答える。

 

 

「ひとまず目の前までは来れたぞ。今から突入口を探すところだ」

 

 

 そう言ってから、キリトは目の前の《恒星間移動歩行型要塞都市》を確認する。

 

 あの巨大な移動要塞は、突如として南の海に出現した。そこを出身地としているリエーブルによると、あれで《SBCグロッケン》を滅ぼすつもりであるという。

 

 そんな話を去り際の本人から聞いた後、ユイとユピテルが即座に状況を解析した。

 

 移動要塞都市となった《SBCフリューゲル》は、真っ直ぐ《SBCグロッケン》に向けて侵攻してきているダンジョンそのものであり、この超大規模イベントの目玉、ラストダンジョンと言えるものであるという。

 

 あの移動要塞都市には外部からの攻撃は一切通用せず、なんとかして内部に突入した後、最奥部まで攻略しきる事で侵攻を食い止められて、このイベントはクリアとなる手筈(てはず)であるそうだ。もしも移動要塞都市を攻略しきれなかった場合は、《GGO》は環境激変を余儀なくされるという。

 

 それだけではない。移動要塞都市となった《SBCフリューゲル》が侵攻する都合上、制限時間が設定されており、それがゼロになるよりも前に《SBCフリューゲル》を攻略し、移動要塞都市の侵攻を止めるための専用イベントを起こさなければならないそうだ。

 

 制限時間は視界に常に表示されており、残り三十六時間となっている。割とたっぷり残されているように思えるが、新たなる高難易度ダンジョンを攻略しきるための猶予としては、一日と半日は少ない。すぐにでもそこへ向かい、攻略を開始し、クリアしないと、あっという間にタイムアップだ。

 

 だからこそキリトはリランに乗り、ここまで最速で飛んできたのだった。

 

 

《突入できそうなのか。他のプレイヤー達は、突入口を見つけられなくて手を焼いてるみたいだぞ》

 

 

 通信相手の声が変わった。シノン達と一緒に居るアルトリウスだ。彼の声が聞こえた直後に、移動要塞都市周辺の空中で爆発が起きる。一度ではなく、何度も連続で起きていく。まるで毎年夏に開催される花火大会の再現だが、そんな平和的なモノではない。

 

 高難易度イベントとして設定していたためなのか、最初から転送装置で移動要塞都市内部へ向かう事はできないようになっている。

 

 《SBCグロッケン》の転送装置から行けるようにするためには、飛行型ビークルオートマタを使って移動要塞都市に直接接近し、突入口を見つけて入り込み、内部にある転送装置をアクティベートするしかないというのを、ユイとユピテルが突き止めた。

 

 更に彼女達によると、運営はこれに合わせ、総督府の方で飛行型ビークルオートマタ、人員運用ヘリといった飛行ビークルのレンタルを開始して、突入口を探すよう呼びかけているという。そしてもし内部の転送装置を使えるようにしても、それを使用できるのはそのプレイヤーが所属しているスコードロンのメンバーが中心となるようにもなっている。

 

 なので多くのスコードロンが、一時的に新規メンバーの受け入れをするようになり、普段はソロに徹している者達がそこへ入るようになっている。

 

 一時的な関係ではあるものの、仲間達への活路を開くために、多くのプレイヤー達が公式から飛行型ビークルオートマタを借りて、あの移動要塞都市へ飛んできていた。そのプレイヤー達が、今まさに移動要塞都市の防衛砲台や飛行ドローン型戦機と戦っている。

 

 先程から起きている爆発は、移動要塞都市を守る飛行ドローン型戦機が撃墜されたり、プレイヤー達のビークルオートマタや飛行ビークルが撃墜された際のものだった。

 

 アルトリウスの言葉通り、プレイヤー達は苦戦を強いられている。

 

 

「……だろうな。アレを守ってるエネミーも落とされて行ってるけど、逆にプレイヤーの皆が操縦してる航空機も落とされて行ってる」

 

《皆、飛行型ビークルオートマタの扱いになれておらぬのだ。何せ運営から唐突にレンタルできるようになった代物だからな。事前にトレーニングをやっておこうにも、クエストの制限時間のせいでやっている暇がない。如何(いか)にこのイベントが準備不足の段階で発動してしまったのか、よくわかるな》

 

 

 リランの《声》が現状を言っていた。

 

 移動要塞都市攻略のために飛行ビークル、飛行型ビークルオートマタのレンタルが開始されているのだが、これまでフィールドで飛行ビークルに巡り合える事はほとんどなく、飛行型ビークルオートマタもまた希少だった。

 

 なので、《GGO》のプレイヤーのほとんどが、飛行ビークルや飛行型ビークルオートマタの操縦は未経験であり、ぶっつけ本番の状態になっている。そんな操縦に慣れないモノに乗って、対空砲台満載の移動要塞都市に挑んでいるのだから、次々撃墜されていくのは当たり前だ。

 

 ……まぁ、あれらは全てレンタル品であるため、どんなに壊そうが、派手に落ちようが爆散しようが、修理費や弾薬費を支払う必要がないというのも、被撃墜数の増加に繋がっているのだろうが。

 

 だが、プレイヤー達の入れ替わりが発生しているのは、ある意味では僥倖(ぎょうこう)である。ユイとユピテルの情報によると、移動要塞都市での大規模混戦を防ぐために、あの場に行ける飛行ビークルと飛行型ビークルオートマタの数は最大二十機までに設定されていて、移動要塞都市周辺の飛行ビークル、飛行型ビークルオートマタの数が二十以上になると、それ以降は見えない壁に阻まれて進めないようになるという。

 

 なので、一人ビークルオートマタを借りたプレイヤー達で、あの移動要塞都市の周囲が混雑するような事はないが、袋叩きにしたりする事もできない。そして撃墜されて街まで転送されるのはペナルティではない。一人が撃墜されれば、後続プレイヤーが交代してあの場に向かえる。この仕様のおかげで、ある意味《スイッチ》ができているというわけだ。

 

 しかし、あの場に少数のプレイヤーしか行けないというわけではない。ビークルの数をなるべく減らしつつ、人員輸送を行う手段は用意されていた。輸送ヘリである。

 

 今通信を飛ばして来ているアルトリウス達、シノン達も総督府から飛行ビークルのレンタルを利用し、輸送ヘリである《UH-1Y》を借り、この場所へ向かってきている。

 

 しかし、人員輸送用にしか使えないようになっている《UH-1Y》では最低限の速度しか出ず、どんなに飛ばしても百五十キロしか出せない。恐らく旧式輸送ヘリという設定が付与されているのもあるからだろう。

 

 対するリランの該当するリンドガルムの飛行ユニット形態時の最高速度は二千五百七十五キロ――ただしゲームの表現上そこまでの速度は出ていないらしく、現にキリトが速度に耐えられず気絶したりしない――。普通の速度でも一千キロを超えているくらいなので、飛び始めて五秒足らずで、仲間達を載せた輸送ヘリが遥か後方に見えるくらいになった。

 

 そして彼らを載せる輸送ヘリは攻撃能力を持たず、移動要塞都市の砲台からの攻撃にも弱い。なので、キリトはリランと共に砲台の制圧をし、突入口を見つけて、皆をそこへ向かわせるべく、こうして早くに移動要塞都市の前へ飛んできた。

 

 

「そっちはどうだ。上手(うま)い具合に操縦できてるか」

 

 

 キリトの問いかけにはシノンが応じた。

 

 

《私達が居るヘリはクラインが操縦してくれてるけど、中々(なかなか)いい線行ってる方じゃないかしら。急に揺れたりしなくて快適よ。けど、やっぱりそんな早く動けないから、対空ミサイルとか飛んできたら終わりかも》

 

 

 ヘリは二機あり、一機目はクライン、二機目はディアベルが操縦している。現実でも乗用車の運転をしているという経験が役立っているらしく、安定した駆動音が聞こえてくる。

 

 だがシノンの言った通り、ヘリはあくまで輸送ヘリであって戦闘ヘリではない。対空ミサイルや飛行ドローン型戦機の突撃を受けようものならば、その場で撃墜されて終わりだ。

 

 彼女達が到着するよりも前に、移動要塞都市からの対空攻撃を潰しておく必要がありそうだ。いや、そうするべきだろう。突入口を見つけるのと同時に、対空砲台を潰し、飛行ドローン型戦機の数を減らすのを優先しよう。頭の中でまとめて、キリトはシノンへ応答した。

 

 

「シノン達が来るより前に、対空砲台を俺達で潰しておくよ。皆さんには快適な空の旅をお届けいたします」

 

 

 ちょっと冗談交じりに言ってみると、シノンが小さく笑う声がした。

 

 

《気を付けてね、キリト、リラン」

 

《任せておけ。空は我らの領域だ》

 

 

 リランの《声》が頭に響いた直後、リランの腹部にあるモニターが警告音を発し、赤い文字で《Warning》と表示した。対空砲に狙いを付けられているようだ。間もなくして大きな発砲音が鳴り、巨大な砲弾がこちらに向かって飛んできたのが見えた。合わせてリランがジェットを吹かせて加速、射線から外れてくれた。

 

 《移動要塞都市SBCフリューゲル》に搭載されている武装だが、今のところ対空ミサイル砲台と対空実弾砲、対空レーザー砲、飛行ドローン型戦機発進口が確認されている。この中で最も威力が高いのは対空実弾砲と対空レーザー砲だ。現に先程から、この二種からの砲撃を受けたプレイヤー達が次々落ちていっている。

 

 なので、先に潰しておきたいのはこれらなのだが、追尾ミサイルを発射してくる対空ミサイル砲も厄介だ。どれから潰していくべきか、迷ってしまっているのが現状だった。そんな状態だったので、キリトはリランに相談を持ち掛けた。

 

 

「どれから壊していけば良さそうかな」

 

《目に付くもの全てで良いだろう。緊急事態セールで弾薬費も修理費も無料だぞ?》

 

 

 リランの上ずった《声》の言う通り、今《SBCグロッケン》は緊急事態にあり、普段は超高額なビークルオートマタの修理や弾薬の購入を無料で行えるようになっている。つまりどんなに弾を撃っても、どんなに派手に壊されても、高額請求はこない。何も心配せずに戦えるのだ。

 

 

 そう、()()()()()()()()()()()()()()

 

 

 その事を思い出したキリトははっとして――口角を上げた。

 

 

「……お前の言うとおりだ。ミサイルカーニバルってのをやっちまってもいいわけだ!」

 

《やる気になったようだな。さぁ、日頃の憂さ晴らしの時間ぞ!》

 

 

 リランの笑い声に合わせて、モニター内のロックオンシーカーが動き、移動要塞都市の脚にある対空実弾砲で止まり、やがて点滅して動かなくなった。ロックオンを伝える音が聞こえる。

 

 

「いっけぇッ!!」

 

 

 掛け声に合わせて操縦桿のボタンを押すと、対地ミサイル《ヘルファイア》を搭載したポッドが開き、中からいつも使う分の二倍くらいの数のミサイルが次々飛び出して行った。

 

 ミサイルは空を裂き、プレイヤーと戦機が作る花火の間を縫って飛び、移動要塞都市の砲台搭載部に着弾した。瞬く間にそこは火の海となり――砲弾が飛んでこなくなった。

 

 




――原作との相違点――

・SBCフリューゲル攻略戦が空中戦。


――今回登場兵器紹介――

UH-1Y ヴェノム
 実在する軍用ヘリコプター。アメリカのベル・ヘリコプターが作っている、中型軍用ヘリコプターであり、主に人員輸送に使われる。元々《UH-1N ツインヒューイ》という機体を新調できないかと考えて、改造に改造を繰り返した結果、この機体が誕生したという。

 しかし人員輸送するにも最大十人くらいしか乗れないため、災害時の救助活動をメインの仕事にしている自衛隊にはそんなに配備されていないようで、その立場は主に《V-22 オスプレイ》等に譲っている。本機はあくまで小規模隊を送り込むためのヘリ。

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