キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 2020年最後の更新。

 いつもどおりぶっ飛んだ内容。

 


15:恒星間移動歩行型要塞都市

 

 

          □□□

 

 

「やっと見つけたよ、リエーブル。好き放題されてしまったみたいじゃないか」

 

 

 イリスの一言にキリトは目を見開いていた。突然やって来たかと思えば、突然発砲し、突然リエーブルの名前を、教えられる前から口にした。これまでイリスの突拍子のない行動や言動を、キリトはよく見てきたものだが、今回はこれまで以上に突拍子がなかった。

 

 そんなイリスから声を掛けられたリエーブルはというと、首を傾げて両方の掌を広げていた。

 

 

「あれ、わたしの事をご存じなのですか、あなたは。こっちは何も知らないんですけれどね~」

 

「……そうかい」

 

 

 相変わらず挑発の姿勢を崩さないリエーブルを一目見て、イリスは銃を下した。その場に居る全員がイリスとリエーブルを取り巻く事情についていけておらず、少しおどおどしてしまっている。

 

 その中の一人であり、イリスを専属医師としていたシノンがイリスへ言葉をかけた。

 

 

「イリス先生、来てくれたんですか」

 

「あぁ。《GGO》の運営から「すごいイベントがある」って告知を受け取ってね。それだけなら何もしなかったけど、ユイから非常用回線の連絡も来ちゃったものだから、ログインしてきたんだよ。

 そしたらなんだい、ものすごい数の戦機とプレイヤー達が銃撃戦(ドンパチ)してて、プレイヤー達が負けたら《GGO》の環境激変だって? 全く、《GGO》の運営も思い切った事をするもんだよ」

 

 

 イリスは事情を喋った後に、リエーブルを見つめた。

 

 

「……けれど、そんな事はどうでもいい。問題は……はぁ、私とした事が。まさかあんなふうにされてしまうなんて。ゼロにした状態でも、しっかりさせておかないといけなかったのか。いや、ゼロの状態だったからこそ、もっとしっかりさせておかないといけなかったのか……」

 

 

 イリスの言葉は途中から独り言になっていた。しかし、どうやらリエーブルに対して思う事がある、もしくはリエーブルに関して知っている事が多いというのがわかる。

 

 キリトと同じ事を思ったのか、アスナが問いかけた。

 

 

「イリス先生、あのリエーブルって()を知ってるんですか」

 

 

 イリスは深い溜息を吐いて、頷いた。

 

 

 

「知ってるも何も、あのリエーブルは私の子供だよ。ごく最近産まれたばかりのね」

 

 

 

 その証言に全員で大きな声を上げて驚いてしまった。

 

 《GGO》の開発元である《ザスカー》によって作られ、実装されたとばかり思っていたリエーブルが、実はイリスの子供だったなんて、到底(とうてい)予想できる事ではない。

 

 驚いていたクレハがイリスに返答する。

 

 

「り、リエーブルがイリス先生の子供!? って事はイリス先生、《GGO》のスタッフだったんですか!?」

 

 

 《SAO》の開発メンバーの一人だったのがイリスだ。そんな話を聞かされれば、《ザスカー》もイリスを採用しておきたいと考えるだろう。これまでのAI研究開発の常識を覆すほどの実力と能力を持っているのが彼女なのだから、《ザスカー》に呼びかけられ、開発陣に参加していたとしても不思議ではない。現にイリスは《SA:O(オリジン)》の開発にも参加していた時期があったのだから。

 

 キリトはそう思っていたが、果たしてイリスは首を横に振った。

 

 

「いや。私は《ザスカー》とも《GGO》とも完全に無関係だよ。少なくとも《ザスカー》とは何も接点はない」

 

「では、何故リエーブルの事を自分の娘だと言っているのですか」

 

 

 元部下のツェリスカに問われたイリスが答えるより先に、リエーブルの方が声を発してきた。とても不機嫌そうな顔をしている。

 

 

「なんですかさっきから。わたしの教えたくないシークレット情報を知ってるような口振りで色々言われると、腹が立ってくるんですけど」

 

 

 イリスは少しだけ口を開け、歯を食い縛ってる様を見せた。

 

 

「最近、仕事を()って作り進めていた新しいAIの子が、ついに産まれたんだ。その子は顔の形と体型と性別、名前がリエーブルっていうくらいしか設定してない、中身のないゼロの状態だった。それでも私と一度は対面して、私が母親だっていう事は教えてはいたんだけど、それだけだった。

 

 そんな状態だったから、リランやユピテルがそうしたように、ネットの世界に行かせたり、プレミアとティア、クィネラの時みたいに君達のところに連れてきて、感情や人間性が豊かな女の子に育てていこうと思っていた。

 

 けれど、ある時他のAIの子達と一緒に私のパソコンから行方を(くら)ました。どこを探しても見つからなくて本当に心配してたんだけど……」

 

「それが、あのリエーブルだっていうんですか」

 

 

 アルトリウスに言われて、イリスはもう一度頷いた。

 

 

「そうさ。その娘があんなふうになっているのだから、驚いたのなんの」

 

 

 話を聞かされていたリエーブルは増々不機嫌な顔をする。

 

 

「あのぉ、わたしはそんな生まれじゃありませんけど。勝手な設定をわたしに付与するのはやめていただけますかぁ」

 

「違うよ。君のその設定こそが勝手に付与されたものだ。その見た目も服装も性格も、他の誰かが勝手に付与したものだ。でもまぁ、その見た目と喋り方、性格はいいかもしれないね。実にアメリカンでイカしたもの(ファンキー)だ。私の子供の成長結果の一つとして受け入れよう」

 

 

 イリスの返答にリエーブルが腹を立てると、キリトはふと気付いた。

 

 イリスの作るAI――《アニマボックス》という独自機構を搭載する彼女の子供達には、ウイルス感染したりしないように《ワクチンプロテクター》という機能が備わっているが、同時に外部の人間などが手を加えたり、改造したりして、犯罪やテロリズムに利用したりできないようにする、強固なセキュリティプロテクト機能も内蔵されている。

 

 リラン、ユピテル、ユイ、ストレア、プレミア、ティアといった、自分の知っている彼女の子供達は、全てこのセキュリティプロテクトにも守られた状態でおり、そのセキュリティを破るのはどんな天才サイバーテロリストでも不可能であると、イリスが自信満々に言っていた。

 

 その言葉に嘘はなく、現に自分の持てる知識全てを用いて挑んでも、自分よりも技術も知識も(ひい)でているセブンがそれを破ろうとしても、手も足も出なかった。

 

 なので、どんなに悪意を持った人間達、サイバーテロリスト達みたいな存在に遭遇(そうぐう)しても、奪取されたり、悪用されたりする心配は一切ないのだが――話を聞く限り、リエーブルはイリスの子供でありながら、他の誰かによって意図しない形にさせられたかのように思える。

 

 《アニマボックス》の特徴を熟知しているからこその疑問が出てきて、キリトはイリスに尋ねた。

 

 

「リエーブルはイリスさんのところを勝手に抜け出して、そのまま《ザスカー》まで行って、改造された? でも、リエーブルも《アニマボックス》を持ってるんでしょう。誰かが改造したりするのは、できないはずじゃ」

 

「《アニマボックス》の改造はできなかったはずだ。けれど、役割を加えたりする事は他者でもできる。マーテルとユピテルが《MHHP(エムダブルエイチピー)》、ユイとストレアとヴァンが《MHCP(エムエイチシーピー)》、プレミアとティアが《SA:O》のグラウンドクエストを担う専用NPCだったように、特定のゲームのNPCとしての役割を与えて、(まっと)うさせる事はできるんだ。

 

 ましてやリエーブルは産まれたばかりで記憶も曖昧(あいまい)、性格も決まっていない段階だったから、《アファシス Type-Z》としての役割を与えるのは簡単だったろうね」

 

 

 つまりリエーブルはイリスに守られていない状態にあった。その状態でネットの海に行ったところ、《GGO》を開発している《ザスカー》の誰かに捕まった。専門家さえお手上げの構造をしている《アニマボックス》は放置されたのだろうが、プレミアとティアのように、NPCとしての役割を植え付けられて、今の姿に変えられてしまった。

 

 それがリエーブルがあぁなった経緯で間違いなさそうだ。話を聞いたツェリスカが、鋭い目でリエーブルを見つめる。

 

 

「だからリエーブルはあんなに口が回ったり、賢い事ができるのですね。道理で《Type-X》とは全然違うわけです。……ようやく納得できましたわ」

 

 

 リエーブルは相変わらず不機嫌そうだ。そこでツェリスカに並ぶイリスがすんと鼻を鳴らした。

 

 

「レイちゃん達《Type-X》もよくできてるとは思うよ。あれを作った人には素直に敬意を払う。

 

 けれどリエーブルは、私が作った自慢の《アニマボックス》を搭載した超特殊型超高度AIだ。イベントで用意された道具やエネミーなんかを、《GGO》の開発や運営が予想したやり方よりも上手いやり方で使えるし、それらを利用して、どうすれば倒すべき敵を確実に討ち滅ぼせるかどうか自分で考えて、《GGO》の運営が用意した展開や計画を超えたやり方や結論を導き出せる。

 

 多分このイベント展開は、リエーブルが《GGO》に用意されている要素やエネミーを自分で考えて使う事で作られたものだろう……《GGO》のスタッフもさぞかし焦って、この招集メールと緊急クエストを立ち上げたのかもね」

 

 

 イリスの言葉は自慢のそれだったが、一方その表情は自慢ではなく、拙い事態を目の当たりにした時のものだった。

 

 リエーブルは《アニマボックス》を搭載した超高性能AIであり、《ザスカー》のスタッフの作ったアファシス、その最上位であった《Type-X》をも超える処理、学習、知的能力を持ち合わせている。これまで作られてきた並大抵のAIなんかでは全く勝ち目がなく、AIを管理している管理者達、プログラマー達さえも手に負えない。

 

 だからこそ、彼ら彼女らに人間と敵対する設定のNPCとしての役割を植え付けてしまうのは最も不適格なやり方であり、避けるべき事態だ。彼ら彼女らが人間の敵としての役割を背負ってしまったが最後、並大抵の力では勝ち目のない力で好き放題に暴れる、最強最悪の敵性存在となって誰の手にも負えなくなり、総力戦並みの規模がないと鎮圧が難しい状態に突入する。

 

 そういった特性を持っているので、本来はリランやユピテル、ユイ達のように人間と親交を深めさせていくべき存在であるのが、《アニマボックス》を搭載したAIである《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》だ。

 

 その事に関して全く無知であった《ザスカー》の者達が、リエーブルに《《SBCフリューゲル》からの侵略兵器、それらをまとめ上げる存在》という役割を与えてしまった結果、リエーブルは《ザスカー》が想定した作戦とは異なる作戦を独自で練り上げ、この《GGO》という世界そのものの状態を激変させようとしている。それが現状だ。

 

 《電脳生命体》が、自分の娘が、人間を好んで襲うAIとなってしまったのは、イリスとしても焦るべき事態なのだろう。そこまで聞いたところで、アスナがイリスに言う。

 

 

「って事は、このイベントは本来、ここまでのものじゃなかったけれど、リエーブルが改変を加えた事でこうなったものなんですか」

 

 

 イリスは上から見ると菱形のヘルメットに手を入れ、頭を掻いた。

 

 

「さっきユイから聞いたんだけど、このイベントは本来もっと後の方で発生するはずのイベントであったけれど、そのスイッチとなるリエーブルを予想以上に早く目覚めさせてしまったプレイヤーがいたせいで、こんなに早く発生する事になったって話だよね。だから、イベント自体は《GGO》の運営と開発が最初から用意していたモノなんだと思うよ。

 

 けれどリエーブルは、そのイベントに用意されてるエネミーだとかオブジェクトだとかの配置変更、エネミーのステータス変更とかを加えて、イベントそのものをもっと難しくしてるようだ」

 

 

 つまりリエーブルの居るところへ異常な速さで辿り着いたプレイヤーが、本来やるべきではない時期にリエーブルを起こしてイベントを発生させたうえに、そのリエーブル自身がイリスの産んだ《電脳生命体》であり、《ザスカー》の人間達の想像を超える動きをして、イベントそのものを更に高難易度化させているという、悪夢のような連鎖が起きている。

 

 そこまでわかり、キリトは深い溜息を()いた。

 

 

「……最悪の要素が見事に連続してるな。なんだか《GGO》の運営が可哀想(かわいそう)になってきた」

 

 

 そう(つぶや)くキリトに、リランが《声》を送ってきた。怒りを含んだ声色だ。

 

 

《可哀想なものか。リエーブルは曲がりなりにも我らの妹で、あのような役割を与えるべきではない存在だった。それをよく理解しないまま勝手に改造し、あんな役割を与え、あのようなものに変えてしまったのが《ザスカー》だ》

 

「確かにそうだが……ん、待てよ」

 

 

 そういえば、《アニマボックス》を持つ者はそこから独自の信号を出しており、自分以外の《電脳生命体》にその存在を伝えているというが、リエーブルから《アニマボックス》信号を検知できているという話はリラン、ユピテル、ユイからは聞けていない。これはどういう事なのだろうか。

 

 キリトはリランに尋ねる。

 

 

「あいつにも《アニマボックス》があるなら、なんでお前達はそれを検知できなかったんだ?」

 

《恐らくだが、プレミアとティアがそうだったように、あいつには《アファシス Type-Z》という役割と、それをこなすための能力が与えられているのだろう。それがジャミングとなって、《アニマボックス》信号を妨害し続けているのかもしれぬな。そしてあいつは――》

 

 

 リランの《声》を、リエーブルが割り込んで遮った。

 

 

「もしもーし。ですからわたしに勝手な設定を付与して遊ぶのはやめていただけますかー。わたしは《SBCフリューゲル》の超優秀な《アファシス Type-Z》でありましてー、そんな設定はありませんよー」

 

《……我らが家族である事を認識する事はないようだ》

 

 

 その言葉にキリトを含めたほぼ全員で驚いた。

 

 リエーブルは《アニマボックス》を搭載した《電脳生命体》であり、イリスの娘の一人。なのでリラン、ユピテル、ユイ、ストレア、プレミア、ティアの妹という事になるのだが、その事を彼女が理解する事はない。

 

 《SA:O》のNPCとして実装されたプレミアとティアですら、自分の前に生まれた《電脳生命体》、家族の事を認識できたというのに、リエーブルはそうはいかないだと。

 

 その話を信じられないでいるキリトの前方で、イリスが頷いた。

 

 

「リエーブルは《アファシス Type-Z》として作り込まれ過ぎているのさ。

 

 同じような役割を持たされていたプレミアとティアは《ゼロの状態》で実装されて、あの娘達を取り巻くプレイヤーやその流れに任せ、《百の状態》まで成長させるようにしていたから、余計な情報や設定を詰め込まれたりはしなかった。だからプレミアとティアは私が産みの親である事を、リラン達が姉兄達だって事を呑み込む事ができたんだ。

 

 けど、リエーブルの場合は《ザスカー》の手で情報や設定をしっかり詰め込まれて《百》に達している。既に《百》として成熟しきっているから、私が産んだ事を、リラン達が姉兄達だって事を把握し、受け入れるだけの余裕がないのさ。

 

 もしそういう話を受け入れられるのであれば、《アファシス Type-Z》としては役立たずになってしまうし、それでは《GGO》のイベントも上手く進まないからね」

 

 

 彼女にとっての家族は他の《アファシス Type-Z》達であり、産みの親も育ての親も《ザスカー》にいるプログラマーのいずれか。本当の親や家族に興味を(いだ)く事はない。その事実を聞かされて悲しそうな顔をしたのが、アスナとツェリスカだった。

 

 

「そんな……ここにリランとユピテルっていうおねえさんとおにいさんが、イリス先生っていうおかあさんがいるのに、リエーブルはそれがわからないなんて……悲しいよ」

 

「そんな事がこのイベントの裏で、いいえ、開発の裏で起きていたなんて、全く把握してませんでしたわ……まさかチーフの子供を勝手に招き入れて改造して、アファシスの最新型として実装してしまってるなんて、セキュリティ面でも論理面でも大問題じゃない……なんて事をしてしまったのかしら……」

 

 

 キリトはぴくりと反応した。ツェリスカの話は、まるで彼女がこのイベント、アファシスの開発に携わっているかのように感じられる。それこそ、彼女がこのゲームの開発関係者でなければできそうにない話だと思えた。

 

 

(まさか、な……)

 

 

 そう思って声を掛けようとしたその時、通信端末が音を発した。誰かから通信が入ってきているようだ。キリトはスイッチを押して応じる。聞き覚えのある青年の声が聞こえてきた。

 

 

《キリト、聞こえるか! そっちはどうなってる!?》

 

「ディアベルか! 来てくれたんだな」

 

 

 声の主はSAOからの仲間であり、他世界では気分的に騎士(ナイト)をやっているディアベルだった。先程まではログインしていない彼も、《GGO》の運営からのメールを受け取って、やってきてくれたらしい。

 

 

《あぁ、ユイちゃんから言われたからな。クラインとリーファとリズベットとシリカとストレアも一緒だ。それと他のプレイヤー達も大勢来てるぜ。今、俺達は第四陸橋で戦機の群れを食い止めてるが、そっちはどんな感じになってるんだ》

 

《キリト、聞こえる!? そっちは大丈夫なの!?》

 

 

 ディアベルに続いて、身体が小さそうな少女の声が割り込んできた。レンだ。全身ピンクづくめで、とても素早い事が売りの彼女も来てくれているらしい。

 

 

「レン、君達もいるのか」

 

《勿論だよ! プレミアちゃんと、フカとエムさんとピトさんとも一緒! あと、沢山のプレイヤーの皆とも一緒になって、第五陸橋で戦ってるよ。エムさんの霊亀と、ピトさんのところのゴグとマゴグが良い感じに戦ってくれてるから、割と何とかなりそう!》

 

 

 レンと共にいるエムのビークルオートマタである霊亀(レイキ)、ピトフーイのビークルオートマタであるゴグマゴグは非常に強い。《SBCフリューゲル》の戦機が複数襲い掛かってきても押し返せるほどの攻撃力と能力を持っているから、その辺の心配はいらなそうだ。

 

 安心していると、レンの方の遠くから声がした。ゴグとマゴグの主である狂戦士、ピトフーイの声だった。

 

 

《レンちゃーん、ゴグとマゴグにもっと指示してくれないー!? やっぱこいつらの(しつけ)ちょっとミスってたみたいだわ! 私の指示も聞くけど、レンちゃんの指示の方をもっとよく聞きやがるわー!》

 

《えぇッ、やっぱりピトさんよりわたしの言う事を聞いちゃってるの!? じゃ、じゃあゴグとマゴグ、Go a Head(ゴー ア ヘッド) Go a Head(ゴー ア ヘッド) Go a Head(ゴー ア ヘッド)!》

 

 レンが言うなり、ゴグとマゴグが出していると思わしき駆動音と、打撃音が強く聞こえてくるようになった。同時にピトフーイの高笑いもする。いずれにしても彼女達も無事そうだ。

 

 

《キリト、そっちはどうなってる!? リエーブルとか来てるの!?》

 

 

 更に割り込んできたのは少年の声。カイムだ。先程まで同行していた彼は、ユウキとイツキと一緒に第二陸橋へ向かっていっていた。

 

 

「カイム、こっちよりもそっちだ。戦況報告詳しく!」

 

《割と押し返せてる方。イツキの神武(ジンム)が居てくれてるのが効いてるんだ。橋の方はレインとフィリアとアルゴを中心に沢山のプレイヤーが集まって、守ってくれてる。あとイツキの事を心配してくれたアルファルドの人達も来て戦ってくれてるんだ。橋に防壁ができてるみたいだよ。だからユウキとぼくは平原まで行って、エネミーと戦ってるところ》

 

 

 やはりイツキが居てくれているのが大きいようだ。一度、《エクスカリバー》への加入によってアルファルドの者達といざこざがあったそうだが、その時はイツキの説得によって丸く収まったという話だった。

 

 それはどこまで本当なのか、本当になんとかなっていたのかと疑ってもいたが、どうやら懸念(けねん)(いだ)くほどの問題ではなかったらしい。その証拠として、アルファルドの者達はイツキの(もと)へ駆けつけ、第二陸橋を守ってくれているようだ。

 

 

「こっちは向こうの総大将が来てるぜ。ただ、こっちへの攻撃はまだしてこない――」

 

《キリト、そっちは大丈夫なの》

 

 

 カイムではなく、少女の声が聞こえてきた。プレミアの声色とよく似ているが、喋り方と低さが異なっている。ティアの声だ。

 

 プレミアと一緒に居るかと思いきや、それぞれ別のところで戦闘をしているらしい。そういえばレンの話にプレミアは出てきたが、ティアは出てこなかった。

 

 

「ティア、そっちはどこだ。第四陸橋か」

 

《えぇ、第四陸橋。沢山のプレイヤーの皆と一緒に戦ってる。エギルとシュピーゲルとバザルト・ジョーもいてくれているし、水着みたいな恰好をした女性と、黒いマントとスーツを着ててゴーグルをつけた男性、テンガロンハットを被った男性もいる。彼女達は強い。だから、安定はしていると思うのだけれど……》

 

 

 水着みたいな恰好の女性は銃士X(マスケティアイクス)、黒いマントとゴーグルの男性は闇風、テンガロンハットはダインだろう。ツェリスカの友達であり、《BoB》の常連である彼らも一緒に居てくれているとは、実に頼もしい状況ではないか。

 

 しかし、それを話すティアの声の大きさが途中で下がっていた。何か気になる事でもあるのだろうか。

 

 

「ティア、何かあるのか」

 

《……シュピーゲルがすごく怒って、凶暴化してる。聞こえてこない?》

 

「は……」

 

 

 キリトは思わず耳を澄ませた。銃声と戦機の駆動音に混ざって、聞き覚えのある声色による怒号がした。

 

 

《僕の《MP5》を返せえええええええええええええッ!!!》

 

 

 キリトは思わず苦笑いした。怒号はシュピーゲルによるものであった。間もなくサブマシンガンを超連射する音も聞こえてきた。

 

 そういえばシュピーゲルは先程、単独行動中にキリトのエネミーアファシスからの不意打ちを受け、戦闘不能にさせられてしまって、相棒であるサブマシンガン《MP5》をドロップしてしまったという話を小耳に挟んでいた。

 

 「これ以上使える武器はないよ」と言うくらいに気に入っていた武器を、理不尽なステータスを持つエネミーの不意打ちで失わされ、しかもそれの回収に行けなくなっているというのだから、彼の怒りは相当なモノであろう。

 

 普段怒らない人が本気で怒った時は恐ろしい事が起きるというが、それにシュピーゲルも該当していたようだ。

 

 

「シュピーゲル、荒れてんな……でも武器を無くしてるんだろ。今は何で戦ってるんだ」

 

《エネミーがドロップしたサブマシンガンを使ってる。なんか、《スコーピオンVz61》って言っていたような気がする》

 

 

 ティアからの報告に出てきたサブマシンガンは、知らない名前だった。ミリオタのシュピーゲルならば名前どころか歴史もわかる。詳細情報を掴めているサブマシンガンで、とりあえず戦機の群れと応戦しているというのが、怒り狂うシュピーゲルの現状のようだ。

 

 とりあえず、なんとかなりはしている。これで《SBCグロッケン》を中心にして五芒星の形に広がっている五つの橋の全てに仲間達、非常に多くのプレイヤー達が集まり、防衛線が築き上げられた。

 

 リエーブルはプレイヤー達が徒党を組む事などないと言っていたが、その予想は外れた。この、荒野と鋼鉄で織りなされた、奪い合いが常識の世界であっても、皆が手を取り合って、一つの目標のために戦う事はできるのだ。

 

 リエーブルはゼロから百まで作り込まれた超高性能AIであるが、この予想ができないような浅いプログラミングがされていたようだ。その証と言わんばかりに、リエーブルは戸惑いの表情を見せていた。

 

 

「そんな、全部の橋にプレイヤー達が集まって、わたし達の進軍を食い止めてる……!? こんな事があり得るっていうの……どいつもこいつも、争い合う事しかしないような連中のはずなのに……」

 

 

 同じアファシスであるレイアが、リエーブルへ呼びかける。

 

 

「この世界の皆さんは、わたしのマスター達は、このように団結して戦えるんです。争い合う、奪い合うしかできないのではないのです。リエーブル、あなたの好きにはさせません!」

 

 

 リエーブルはプレイヤー達が集まってこない、都市を防衛しないと思い込んでいた。そのため、容易く《SBCグロッケン》を陥落させられると楽観視していたに違いない。その目論見(もくろみ)は崩れないと信じてもいたようで、リエーブルは(うつむ)いていた。

 

 

「これじゃあ、このベヒーモス君だって危ない……沢山のプレイヤー達が相手じゃ……どうにも……」

 

「そうだリエーブル。お前達の方に勝ち目なんて――」

 

 アルトリウスが言いかけたその時に、リエーブルはかっと顔を上げた。

 

 そのままぐいっと口角を上げたかと思うと、

 

 

「ぶっ、あっははははははははははははッ!!」

 

 

 盛大に笑い始めた。俯いたかと思えば急に笑い出したものだから、全員で驚き、一斉に視線を向ける。アイドルのように視線を集めたリエーブルは、笑いながら言う。

 

 

「こんなの勝てない、想定してなかった――とでも言うと思いましたか。わたしがこの状況を読めてないとでも思いましたか? こんなの想定の範囲内過ぎて笑えるくらいですよ!」

 

「えっ!?」

 

 

 シノンが声を出すなり、リエーブルは踊るようにその場でくるりと回る。

 

 

「いいえ、(むし)ろ最高の状況ですよ。目障りな《SBCグロッケン》のガンナー達が全員この場に集まって、《SBCグロッケン》は間抜けにも地上に根を下ろしてしまっているのですから!」

 

「地上に、根を下ろす……?」

 

 

 ユピテルによるリエーブルの言葉の繰り返しによってキリトは気が付く。リエーブルの口振り、表現の仕方はイリスにどことなく似ている。リエーブルは家族や母親の事は認識できないくらい作り込まれているが、イリスの特徴の遺伝はしっかりとしているらしい。

 

 そのリエーブルは両手を広げて、更に声を出す。

 

 

「ねぇ皆さん、《SBCフリューゲル》が《SBCグロッケン》との戦争に負けた理由が何なのか、わかりますか。それは《SBCグロッケン》の強さが《SBCフリューゲル》を上回っていたからではありません。あの時の環境や状況によって、《SBCフリューゲル》が完全な姿になれなかったからなんですよ。

 

 《SBCグロッケン》は卑怯にも、《SBCフリューゲル》が不完全なところを突いてきて、そのまま《SBCフリューゲル》を撃墜したんです。完全体であればそんな事はなかったのですから、もう腹が立って仕方がなかったですよ」

 

 

 リエーブルは長々と《SBCフリューゲル》の歴史について語ったが、その内容のいくつかの点はアルトリウスから聞いていた。《SBCフリューゲル》には完全体があり、その完全体ではなかったからこそ《SBCグロッケン》に撃墜されたのだと、リエーブルは言っていたという話だ。

 

 そこまでキリトが思い出したところで、反応を示したのはツェリスカだった。顔色が徐々に青くなっていっている。

 

 

「ま、まさか、イベントを……あれがもう動き出すっていうの!? まだ完成していないはずじゃ……!?」

 

 

 一人焦るツェリスカをそっちのけて、リエーブルは高らかに腕を広げた。

 

 

「《SBCフリューゲル》の本当の姿。それは外部戦機と融合する事で完成する、恒星間移動歩行型要塞都市。他の惑星へ四本の脚で降り立ち、フリューゲルの民を脅かす存在が居たならば踏み潰し、平らに(なら)し、その惑星を新たなる故郷(ふるさと)にテラフォーミングする……それが《SBCフリューゲル》の本当の目的であり、あの船の用途なのです」

 

 

 リエーブルの宣言の直後、キリト達を地面からの突き上げが襲った。陸橋の上にいるという状況を無視しているかのような激しい縦揺れが来て、キリト達はその場に膝を付く。その中でクレハが悲鳴を上げるように言う。

 

 

「きゃあっ、な、何よ!?」

 

「地震!? 《GGO》って地震もあったの!?」

 

 

 シノンが続いて言うが、キリトははっとした。

 

 確かに地震のような激しい揺れだが、完全なる自然物である地震と違って、一定の感覚を置いてまた揺れるという、不自然な揺れ方をしている。まるで常軌を逸した大きさの身体を持つ生物が目覚め、歩き出したかのようだ。

 

 とてつもなく巨大な何かが、この《GGO》のどこかで動き出している。それだけは直感でわかった。そして、こうなる時を待ちわびていたかのように、リエーブルは大声を上げた。

 

 

「さあ、地上に降りてしまった《SBCグロッケン》の間抜けなガンナーの皆さん。今日が皆さんの命日です。完全なる姿を取り戻した《SBCフリューゲル》の足の裏にこびり付いてくださいねえ」

 

 

 その宣言の直後、リエーブルと、彼女を肩に載せていた《魔獣型戦機ベヒーモス》は光に包み込まれて消えた。またしても激しい縦揺れが一度起こって止む。

 

 

「なんなんだ。何が起ころうとしてるんだよ!?」

 

 

 自分が言いたかった事と全く同じ事をアルトリウスが言ったその時、耳元の通信端末が音を発した。すぐさま声が届けられてくる。ユイの声だ。

 

 

《パパ、ママ、大変です! 《SBCグロッケン》の遥か南の海域から、とてつもなく巨大なドラゴンが……翼の無いドラゴン型戦機が現れました!》

 

 

 その報告にキリトは絶句しそうになる。そこに登場した戦機を繰り返すので限界だった。

 

 

「翼の無いドラゴン型戦機……!?」

 

《しかも《SBCフリューゲル》が忘却の森から移動、そのドラゴン型戦機の背中と合体しています……いいえ、これは新しいダンジョン……!?》

 

 

 その声はシノンの端末にも届いていた。シノンはユイへと聞き返す。

 

 

「ユイ、どうなってるの。《GGO》に何が起きているっていうの!?」

 

《南の海域に現れた超々巨大ドラゴン型戦機は、新しいダンジョンです。それが今ゆっくりと、《SBCグロッケン》に向けて進行して来ています!》

 

 

 キリトははっと南の方を見た。《SBCグロッケン》から東側に位置する第三陸橋からでは、南の海を見る事は叶わなかったが、大いなる気配が動いているのを感じられた。

 




――原作との相違点――

・リエーブルがイリス製。

・SBCフリューゲルが移動要塞都市。

・ベヒーモスが違う物になっている。


――今回登場武器紹介――

スコーピオン Vz61
 実在するサブマシンガン。チェコスロバキアにある、チェスカー・ズブロヨフカ国営会社というところが作ったもの。まだ冷戦時代で兵士が気が抜けなかった頃に護身用の武器が必要になり、その結果作られて支給されたサブマシンガン。
 使用弾薬は.32ACP弾で、威力は少々心もとないが、護身用としては十分だった。現在ではアメリカの警察にも普及しているらしい。
 アクセサリーとしてレーザーサイトを装備可能。

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