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「――ッ!!」
突き出されてきた剣をキリトはサイドステップで回避した。その光剣の持ち主はキリトの妹であるリーファだ。彼女とのやり取りの中ではまず起こらないであろう対決という状態に、キリトは混乱していた。
「リーファ、いやスグ! どうしたっていうんだよ、なんで攻撃するんだよ!?」
彼女への愛称も含めて尋ねるが、リーファは次から次へと攻撃を仕掛けてくる。気を抜いてしまうと、瞬く間に斬り刻まれてしまいそうだ。
使っているものは光剣だから、鍔迫り合いの要領で受け止めたりはできない。攻撃は全て避けながら問答するしかなかった。しかし、そんなキリトの問いかけにリーファが応える気配はない。言葉がちゃんと通じていないかのようだ。
「スグ、おいスグ!」
リーファからの一閃を回避して、キリトはもう一度問いかけたが、やはり応答はなかった。確かに通じる言葉を話しているはずなのに、通じていかない。一体何が起きているのだろうか。
この《GGO》では、パーティやスコードロンを組まずにいる全てのプレイヤーとは基本的に敵対関係になり、スコードロンやパーティメンバー同士で戦闘を行う場合はデュエル申請が必要になる。
リーファも自分と同じスコードロンに入っているので、デュエル申請をしないで戦闘をする事はできないし、攻撃しても同士討ちにはならない。
そのはずなのに、リーファは勝手に戦闘をふっかけてきて、光剣でこちらを切らんとしてきている。そしてその刃によるダメージは、律儀に入ってくる。
「リズ、シリカ、なんのつもりなのよ!?」
《へカートⅡ》を収納したシノンが駆け回っている。リズベットとシリカの銃撃から逃げるためだ。
リーファだけでなく、リズベットとシリカまでも、突然現れたかと思えば、戦闘を開始した。デュエル申請も勿論来ていないが、彼女らの放つ弾丸のダメージはきちんと入ってくる。
これはつまり、三人は自分達の敵、エネミーとしてここに存在しているという事になるが、どうしてそうなっているのかがわからない。彼女達の目的もだ。
どうして自分達と戦っているというのか。
どうして何も教えてくれないというのだろうか。
何一つわかる事がないので、混乱するしかない。何もわからないから、攻撃されても攻撃をし返す事ができず、回避を続けるしかなかった。リランという超火力の持ち主も近くに居てくれているが、彼女達の目的や状況が読めないため、下手に重火器の発砲はできない。
打開策が全然見えてこない。少なくとも《GGO》開始から、初めてだと思えるくらいの混沌とした状況であった。キリトは歯を喰いしばって呟く。
「なんなんだよ、何が起きてるっていうんだ……!?」
リーファもリズベットもシリカも、全員が自分と仲良くしてくれている仲間だ。その彼女達に何が起きて、こんな事になっているのか。自分は彼女達に何かしたのだろうか。彼女達に敵意を向けられるような事をしてしまっていただろうか。
しかし思い当たる節が全然ないうえ、謝ったところで攻撃が止むとも思えない。彼女達が答えてくれない以上は――。
その時、耳につけているインカムから着信音が鳴った。誰かから通話要請を受けている。
この《GGO》では、スコードロンを組んでいるか、フレンド登録をしているプレイヤーがいるプレイヤーには、インカムのような通信アイテムが自動で配備される。
その対象となるプレイヤーが同じようにゲームにいる場合には、これを使う事で通話ができるのだが、こんな時に誰がかけてきているのか。
相手が表示されるウインドウは無意識のうちに視界の外へ飛ばしてしまったから、誰がかけてきているのか、本当にわからなくなってしまっていた。
出られる状態ではないが、しかし気になりはするので、出たい。
「スグ、許せ」
キリトは迫り来たリーファに申し訳なく思いながらキックを一発入れて、なるべく遠くへ吹っ飛ばした。完全に隙ができたのを認めてから、通話を開始する。
「もしもし、誰だ!? 今それどころじゃ――」
《あ。もしもし、おにいちゃん? 今どの辺りにいるの。これから皆でホームで作戦会議しようって思って集まってるんだけど……》
キリトは目を見開き、耳を疑った。
通信端末から聞こえてきているのはリーファの声だ。
目の前に居て、攻撃を仕掛けてきているはずのリーファが、通話相手になっている。攻撃と通話を同時にやっているのかとも思ったが、目の前のリーファは通話などしていない。
「リーファ!? お前なのか!?」
《なんだと!?》
「えぇッ!?」
リランとシノンが驚く声がした。シノンは伏せるリランの背後に隠れる事で、リズベットとシリカの弾丸から逃れている状況だったので、こちらの声もよく聞こえるのだろう。
驚くキリトの声を聞いたリーファは、きょとんとした声色になっていた。
《え、うん。あたしだけど……それがどうかしたの、おにいちゃん?》
「お前こそ、今どこにいるんだ? どこからかけて来てるんだ」
《どこって、おにいちゃんのホームで、あたし達のチームルームだよ。リズさんやシリカちゃん、アスナさんとユピテル君、ユウキちゃんにカイム君、アーサー君とクレハさんも来てる。あとはおにいちゃんとシノンさんとリランに来てほしくて――》
「は……」
リズベットとシリカもいる。その報告にキリトは一層目を見開いた。リーファとリズベットとシリカ。この三人は確かにここに居て、自分達に攻撃を仕掛けてきている。
だがリーファ本人は自分達のチームルームにいて、そこにはここにいるはずのリズベットとシリカも、そっちにいると来ている。
――三人が分身している?
「ど、どういう事だよ。どうなってるんだこれ!?」
《え、おにいちゃん、どうしたの。なんか変だよ》
リーファの言葉の最後が全てをまとめ上げていた。キリトはそれをそのまま返す。
「そうだよ、変なんだよ。俺達今、お前とリズとシリカに襲われてるんだ」
キリトがそう言ってやると、リーファからの声が「は?」という反応を最後にして止まった。何を言われたのかわからないでいる、もしくは告げられた内容に呆然としてしまっているのは容易に想像できた。しかし、リーファはキリトの想像より早く、次の言葉を返してきた。
《えっと、おにいちゃん。あたし、ちょっと何言われてるのかわかんなくなってる。あたしとリズさんとシリカちゃんがそっちにいて、おにいちゃん達襲ってるんだっけ》
「そうだ。変だろ」
そう返すしかない。間もなくしてリーファの方から物音がしたかと思うと、声の主が変わっていた。
《もしもしキリト。あたしリズベットだけどさ、からかってんの? あたしとシリカとリーファがそっちに居て、キリト達を襲ってるってどういう事なのよ》
新しい声の主はリズベットだった。声色に混乱が混ざっている。
直後に、またしても声の主が変わった。シリカの声だ。
《キリトさん、嘘ですよね? だってあたし達、今キリトさんのホームにいるんですよ。皆さんで集まってますし、近くにはアスナさんやユウキさん、アーサーさんとクレハさんもいて……》
シリカの声に混ざってリーファ、リズベットは勿論、アスナとアルトリウス、ユウキとカイムの声もしてきている。確かに彼女達は自分のホームにいるのだろう。彼女達の言っている事、彼女達の今の状態こそが真実であるのは間違いない。
「シリカ、教えてくれてありがとう。君達は確かにそっちに居るんだな」
《はい。皆さんで揃ってます……》
そう告げるシリカの声は混乱で震えていた。こちらで起きている状況に理解が追い付かないのだろう。彼女達も混乱しているという事は、やはり彼女達はここにいないというのが真実だ。
だがしかし、そうなると今度はこちらの状況の説明が付かなくなる。
リーファ、リズベット、シリカはホームにいて、そこから動いてもいない。しかしここに彼女達はいて、何故かエネミー判定を受けていて、こちらに攻撃を仕掛けてきている。
《おにいちゃん、一体どうなってるの。なんであたし達がそっちにいるの》
「俺が聞きたいくらいだ……おっと!」
リーファの声がしたと同時に、リーファの光剣による一閃が飛んできた。咄嗟にバックステップして回避するが、リーファはぎゅんと速度を出して追撃してくる。いよいよ、いなすのも難しくなってきた。
いや、通話しているせいでこの場に意識を完全に向ける事ができない。その中でリズベットの声がした。
《キリト、まさかあんた、そのあたし達と戦ってるの》
「いやいや、襲われてるんだから戦ってるに決まってるだろ。でもな、君達が相手になってるせいで、攻撃しても良いのかわからないんだ。どうすればいい?」
一瞬リズベットの声が止まった。すぐに「あんた、何もしないでくれて……」という小さな呟きのような声がしたかと思うと、大きな声がしてきた。
《……キリト、あんたが相手にしてるのはあたしじゃないわ。あたし達は……あたしはここであんたを待ってるから、そいつらの事は倒しちゃって!》
「了解!」
攻撃して倒してもいい――リズベットからの指示でキリトは通話を終了し、塞がっていた左手でホルスターからUSPを抜いて、エネミーリーファへ発砲した。弾丸は敵のリーファの右肩を掠めて飛んでいっただけで、対してダメージを与えられていなかった。
「キリト、リーファ達はなんて?」
いつの間にかリランの背中に乗っているシノンが、かなり慌てた声で尋ねてきていた。それへの答えを即座に返す。
「リーファ達には身に覚えがないそうだ。全員俺のホームに集まってる。ここにはいない!」
「じゃあ、ここにいるリーファ達はなんなの」
「わからない。けど、倒して戻って来いってリズが言ってたぜ!」
キリトはリーファにもう一度蹴りを入れて体勢を崩させると、ダッシュしてリランの背中へジャンプした。少し荒っぽく
「リラン、ぶちかますぞ!」
《了解だ。倒して良いとわかれば、やる事は簡単だからな!》
リランの《声》がすると、後部のミサイルポッドの蓋が開き、中から《ヘルファイア》が数本飛び出して行った。更に右肩に搭載されているガトリング砲《アヴェンジャー》の空転が始まり、すぐさま猛烈な勢いで弾丸が発射されるようになった。
《ヘルファイア》は後衛付近にいたエネミーシリカに着弾して爆発、《アヴェンジャー》の弾丸は最前衛のエネミーリーファを吹き飛ばした。
「私の親友と同じ顔してるんじゃないわよッ!!」
そして残ったエネミーリズベットへ、シノンがヘカートⅡで発砲。対物ライフル弾はエネミーリズベットを貫き、吹っ飛ばした。
全員がその場に倒れると、その頭上付近に《DEAD》と書かれたウインドウが出現し、間もなく全員が赤い光を纏う白いポリゴン片となって消えた。
□□□
「これが最初じゃなかったのか?」
「うん。ボクとカイムも同じような事になったんだ」
リーファとリズベットとシリカと思わしきエネミーと戦闘した後、キリト達はそれ以上先へ進まず、皆が待っている《SBCグロッケン》のホームへ帰還した。部屋に着くと、先程リーファ達から聞いた通りのメンバーが集まっており、その中にリズベットとシリカの姿もしっかりあった。それに加えて、ツェリスカとデイジー、アルトリウスとレイアとクレハも居た。
全員、あの時の通信でこちらが出くわした現象について聞いているためか、不可思議なものを見たような顔になっていた。実際その通りとしか言えない現象が起きているものだから、キリトもその顔をしたいところだった。
だが、その時の詳細情報を皆に話した後、キリトは驚くべき報告をユウキとカイムから受ける事になった。ユウキとカイムも、フィールドで敵対判定になっている《仲間》に襲われたというのだ。
「ユウキとカイムも、誰かに襲われてたのか」
キリトの問いかけに応じたのはカイムだった。
「ぼくとユウキは、リーファが君に連絡する直前までフィールドに出てたんだよ。丁度キリト達が行ってた《忘却の森》の、《SBCフリューゲル》の近くにね。そしたら、そこにレインとフィリアが居たんだ。けど二人に近付いたら敵対判定になってて、銃で撃ってきて。流石にフィリアとレインの事は撃てなかったから、結局逃げてきたんだよ」
ユウキがカイムから話を引き継ぐ。
「そしたら端末でリーファに呼びかけられたから、ここに戻って来たんだけど、そこでだよ。キリト達がここにいるはずのリーファ達に襲われてるって聞いたのは」
「そっちでも、本当に似たような事が起きてたのね……一体どうなってるっていうの」
腕組しながらのシノンの言葉には頷くしかない。情報が何もないというのもあるが、何が起きてこんな事になっているのか、全然掴めてこなかった。
その時、リランが思い出したようにユウキとカイムを見つめた。
「そういえばユウキにカイム、お前達は何故《忘却の森》へ行ったのだ? 行き先が我らと同じならば、同行してもよかっただろうに」
ユウキが答えようとするが、その前に視線がある方へと向けられる。その先に居たのはレイアだった。
「レイちゃんが教えてくれたんだよ。ボクとカイムで《SBCグロッケン》を歩いてたら、レイちゃんが来て、忘却の森に隠しダンジョンがあるから、探してきてくださいって言ってくれたんだ。そこはボク達もまだ知らない場所だったから、すごくラッキーだと思って……そしたらさっき言った、レインとフィリアが居て、襲われたんだよ」
キリトは驚いた。シノンとリランも同じ反応をしている。ユウキとカイムが言っているのは、自分達とほとんど同じシチュエーションだ。
街でレイアに会い、隠しダンジョン――というよりも《SBCフリューゲル》の開かずの扉を開けるためのアイテムを入手できる場所――の話を教えてもらい、《忘却の森》へ向かうと、実際にまだ行った事のないダンジョンがあって、そこでリーファ達に襲われたのが自分達の体験した出来事だ。
そしてユウキとカイムの場合もまた、レイアから始まって《忘却の森》に向かい、仲間に襲われるという出来事に
そんな状況を招いた元凶とも言えるアファシス、レイアのマスターであるアルトリウスが、自らのアファシスに向き直った。
「レイア、俺がログインする前にキリト達と会ってたのか。いつもは俺のルームにずっといるのに、珍しいな」
別にアルトリウスは
「え、え、えっと……」
「あれ、レイちゃん?」
「どうかしたのぉ?」
アスナとツェリスカが首を傾げると、レイアは急に声を張り上げた。
「キリトにユウキ、はっきり申し上げます! わたしはマスターがログインしてくるまで、ずっとマスターのホームに居ました! キリト達にはお会いしていません!」
その報告に全員で大声を出して驚いてしまった。すぐさまシノンが返答する。
「ど、どういう事なの。私達、確かにレイちゃんに会ってたわよ? それでレイちゃんから《忘却の森》のダンジョンの事を聞いて、行ったのよ?」
レイアは今度はしょんぼりしたような顔になる。
「そのお話自体がわからないのです……《忘却の森》に隠しダンジョンがあるという話自体、たった今初めて知りました……」
あの話をしたのはレイアなのに、レイア自身には全く身に覚えがない。その人に会って話を聞いているはずなのに、肝心な本人は何も知らない――レイアまでもが、自分達と同じ状態になっているというのには、キリトも目を丸くするしかなかった。
「どうなってるの。レイちゃんがもう一人いるって事なのかな」
リーファの呟きに続いたのはクレハだった。
「レイちゃんって、アファシスのType-Xよね。って事は、レイちゃんそっくりのType-Xがいるって事なのかしら」
クレハはそのままツェリスカに目を向ける。
「ツェリスカさん、何か知りませんか。ツェリスカさん、アファシスマニアで、Type-Xを特によく知ってるって言ってましたよね?」
ツェリスカは苦笑いした。クレハの言っている事の中に、心外な事でもあったようだ。
「マニアかどうかって言われたら微妙なところだけれど、確かにType-Xの情報にはいつも気を配ってるつもりよぉ。でもそんなType-Xの話は聞いた事はないわぁ。もしわたしの知らないType-Xが存在してるっていうならぁ……かなり悔しいわね」
最後の部分にキリトは思わずびびった。ツェリスカの声色が明らかに変化していた。どうやら彼女は余程Type-Xを気にかけているらしく、Type-Xについて知らない事があるのが許せないらしい。
自分の得意分野の中で知らない事があるのが許せないというのは、彼女の元上司であるイリスにも見られる部分だ。ツェリスカとイリスは部下と上司の関係だったが、意外と根っからの似た者同士というのもあったのかもしれない。
ツェリスカの言葉の直後、続いたのはシリカだった。
「あ、そういえばアルゴさんとフィリアさんから聞いた話があります。なんでも最近、Type-Xじゃないアファシスがエネミーとしてフィールドに現れてきて、襲ってくるようになったそうなんです」
皆が首を傾げ、ツェリスカが答える。
「そんなイベント聞いてな……あぁいえ、それは変な情報が来たものねぇ」
「アファシスって、サポートAIでしょ。あたし達の味方じゃなかったの?」
リズベットが言った疑問はキリトも思っていた事だ。
アファシスについての公式からの発表は、アファシスは手に入れたプレイヤーをマスターと認め、そのプレイサポートを行うという事だ。それ以外の役割は存在していないというはずだったので、シリカから話は意外どころではなかった。
「いえ、別に不自然な話というわけではありません」
そこで挙手するように言ったのはユピテルだった。アスナとツェリスカ、二人の育ての親が真っ先に反応をする。
「ユピテル、何か知ってるの」
「あらあらユピテル君、何か掴めたのかしらぁ」
ユピテルは頷き、掴んでいる情報を話してくれた。
今現在《GGO》に実装されているアファシス達は、元々は《SBCフリューゲル》の技術で作られたアンドロイドとガイノイド達だ。《SBCフリューゲル》のクエストを進めるためにアファシスの協力が必要になる事が多いのは、そのためだ。
更に世界観設定を見ていくと、かつて《SBCフリューゲル》と《SBCグロッケン》は過去に敵対関係になっていたため、《SBCフリューゲル》のアファシス達が《SBCグロッケン》を利用している者、もしくはそこに住まう者達に敵意を持っていても不思議な事はない。
《SBCグロッケン》と《SBCフリューゲル》は、どちらも移民船であり、地球での惑星戦争が終結した時に戻ってきたが、どちらも元々違う国の船同士であったために折り合いの悪かった。そんなふうに悪い関係にあった二隻の船は地球に戻ってくるなりいがみ合い、戦争を開始してしまった。
その際、総合的な力自体は《SBCフリューゲル》が優勢であったそうなのだが、《SBCグロッケン》の抵抗と、《SBCフリューゲル》が全ての力を出し切れない状態であったため、結果的に《SBCフリューゲル》は敗北。忘却の森に墜落して、今この時まで隠れていたという。
こういった経緯もあって、《SBCフリューゲル》産のアファシスは本来《SBCグロッケン》と敵対関係にあるので、エネミーとして出現したとしても、特に矛盾点は存在しない。
しかし、その《SBCフリューゲル》が見つかった事により、《SBCフリューゲル》の高いアンドロイド&ガイノイド開発運用技術もまた発見され、調整された友好的なアファシスが《SBCグロッケン》の周囲で登場するようになり、今こうしてレイアとデイジーがここに居るに至っている――というのがユピテルからの説明であった。
その話を最後まで聞いたキリトは、これまでの経緯について納得した。
「なるほどな。アファシスがエネミーとして出てくるのは、別に不自然な事でもなかったのか」
だが、すぐさまリランがユピテルに向けて反応を示した。
「しかしユピテル、それだと妙な事にならないか。アファシスが実装されたという情報は確かに入っているが、アファシスがエネミーとして出没するという情報は公式から何もアナウンスされていないぞ」
「それなんですよ、ねえさん。ぼくもそれが気になっているんです。これだけの要素が追加されているのであれば、公式からアナウンスがあってもいいはずなのですが、それらしきものが確認できないんです」
確かに、アファシスのエネミー化といい、仲間のプレイヤーがエネミーとしてフィールドに現れるなどのイベントは、公式から普通にアナウンスされないといけないくらいの規模のものである。それにこの二つの事象は、無関係であるようには思えない。《SBCフリューゲル》のメインクエストの伏線なのだろうか。
ふと思考を巡らせようとしたその時に、リズベットが言った。
「なんかよくわからないけど……運営から発表されてないイベントが起きてて、それにあたし達が巻き込まれてるっていう事みたいね。仲間のプレイヤーがエネミーとして出てきて襲ってくるっていう話も、あたし達が最初に見つけたんじゃないかしら」
確かにリズベットの言う通り、これまで《SBCフリューゲル》の付近、もしくはそれ以外の場所で仲間達がエネミーとして出現し、襲ってくるなんていう情報は聞いた事がなかった。もしこれが何かしらのイベントであるならば、自分達は一番最初にこのイベントに触れたプレイヤー達という事になるだろう。
つまり他プレイヤー達のだいぶ先を行けている。《SBCフリューゲル》の攻略と同様に、一番乗りになれていると考えていいはずだ。そこまでキリトが考えたところで、アルトリウスが皆に呼びかけた。
「それに、キリト達が行ってたダンジョンも、まだ見つかってないところだったんだろ。もしかしたらそこに《SBCフリューゲル》の扉を開ける鍵があるとか、そういう感じじゃないのか」
「それをレイアみたいなアファシスに教えてもらったんだよ。本当に鍵があるかどうかはわからないけど、あそこの奥に行けば、今起きてるイベントについてわかる事があるかもしれないな」
なので、この後のやるべき事は決まっている。キリトは皆を見回し、声をかけた。
「皆でもう一度《忘却の神殿》に行ってみよう。一番乗りはキープできてるから、なるべく急ぎ足で!」
皆は了解と言わんばかりに頷いてくれた。しかし直後、今度はツェリスカが挙手するように言った。
「その前に、ちょっと助っ人を呼んでおいてもいいかしらぁ。ダンジョンで合流するって約束にするけれど、どうかしらぁ」
「それならいいぜ。今はなるべくメンバーが多い方が良いかもしれないからな」
キリトの返事にツェリスカは「ありがとう」と言い、連絡を取り始めた。あの神殿の中に何が潜んでいるのか、全く予想が付かなくなっている。何が来てもいいようにしておかなければ――キリトはそう思って気を引き締めていた。
――原作との相違点――
・エネミーとしてプレイヤーが出てくるイベントに、リーファ、リズベット、シリカ、フィリア、レインの五人が採用されている。原作ではこうならない。