キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:未知の船

 

          □□□

 

 

 鋼鉄の黒龍は口内より炎を放った。

 

 《GGO》に存在する、あらゆる火炎放射機搭載型戦機のそれを上回る出力で放たれる火炎が、未知の船の中へ広がっていった。かつては何が存在していたのかも定かではない部屋の中が劫火(ごうか)に包み込まれる。

 

 部屋の中ではそれなりの数の戦機やヒューマノイドが警備に当たっていた。それらは鋼黒龍とその主であるサトライザーを発見するなり、果敢に挑んできた。

 

 普通のプレイヤーならば、戦機達、ヒューマノイド達を包み込むギラギラとした光沢のある明るい色の装甲を見て驚き、(おのの)く事だろう。

 

 しかし、サトライザーは何も思わなかった。寧ろ鋼黒龍《ジブリル》の放つ火炎に耐えられる者はいるのか、自分の持つ対物(アンチマテリアル)ライフル《バレットM82》に耐えれる者はいるのかと、興味が湧いた。

 

 なのでサトライザーはジブリルに焼き払うよう指示をした。ジブリルは「これを待っていた」と言わんばかりに吼え、両腕両足、両翼を床にしっかり付けて(あぎと)を開き、劫火と言える火炎を放ったのだった。

 

 鋼鉄の黒龍から放たれた劫火は瞬く間に部屋を満たした。これだけの炎を放つのだから、(いにしえ)の惑星戦争では無数の戦機、生体兵器、兵士、民間人、街を焼き消した事だろう。

 

 一番の殺戮(さつりく)戦機の放つ、あらゆる生命を奪い尽くす真っ赤な劫火は、見ていて心地の良いものだった。

 

 ジブリルが劫火を放ち終えると、部屋の床も壁もどす黒く焦げ、遮蔽物もほとんど溶けていた。あのギラギラ装甲の戦機もヒューマノイドの姿は既に見えなくなっている。

 

 ステータスを開いてみれば、経験値が部屋に入ったばかりの時よりも増えていた。どうやらこの部屋のエネミーは今ので全滅したらしい。サトライザーは呆れながら銃を下し、溜息を吐いた。

 

 

「なんだ、この程度で終わりなのか」

 

 

 サトライザーはエネミーを殲滅(せんめつ)して見せたジブリルに向き直る。ジブリルは口内から炎を(くすぶ)らせており、その目は未だに獲物を探していた。

 

 まだまだ壊し足りない。

 

 まだまだ喰い足りない。

 

 まだまだ、戦いたい。

 

 その目は確かにそう訴えていた。

 

 このジブリルをビークルオートマタという従者にした時から見せられるようになった破壊力、殲滅力、破壊衝動の強さには一種の感動を覚えた。

 

 目の前の敵が簡単に壊れていく事に対するものではない。ジブリルの中に宿っている、壊したい、殺したい、喰いたいという欲求だけで動いている魂の純粋さへの感動だった。

 

 人間の魂は複雑だ。だからこそその行動を見ているのには骨が折れる時もある。求めていたとしても、見ていて気持ちが良くない事も多々ある。

 

 しかしジブリルの魂は至って純粋で複雑でもない。破壊と殺戮(さつりく)の衝動だけで動いている。何も飾らず、複雑さもなく、単純である。

 

 あまりに執拗(しつよう)に演出や設定が練り込まれた作品がそんなに面白くなく、逆に単純明快でわかりやすいの作品の方が面白いと思えるように、ジブリルの魂が(もたら)す動きは面白かった。

 

 これは敵にしていた時にはわからない事で、ビークルオートマタにしてから初めてわかるようになった事だった。

 

 だが、実は敵として相まみえていた時から、ジブリルの魂の純粋さは感じられてはいたのだろう。そうでなければ、ビークルオートマタとして入手できるまで叩き潰し続けたりしなかったはずだ。

 

 

「お前の魂は本当にわかりやすい。だからこそ、面白いわけだ」

 

 

 ふと話しかけてみたところ、ジブリルは何も返事をしなかった。黄金の光を放つカメラアイは相変わらず闘争と破壊を求めている。まだまだ壊したい。もっともっと壊させろ。もっともっと殺させろ――ジブリルはこの船に入った時と同じ気持ちを保ち続けていた。

 

 あまりにも単純だからこそ、笑いたくなってくる。その気持ちを僅かに出して、サトライザーは口角を少し上げた。

 

 

「あぁそうだな。無駄話をしている場合じゃない。もっと壊しに行こうじゃないか」

 

 

 そう言ってやると、ジブリルは咆吼した。更なる闘争への歓喜に震えているように見えて、ジブリルにまたしても笑いかけてやりたくなった。

 

 ならばこいつのマスターとして、もっと喜ばせてやろうか。いつ以来かわからないような感情に駆られ、サトライザーは焼け焦げた部屋の中を進んだ。

 

 次の部屋への回廊にもエネミーはいた。ギラギラとした光沢のある装甲に身を包んだ戦機達である。どちらかと言えばヒューマノイド型が多い。

 

 彼の者達は実弾銃と光学銃で武装しており、来訪者であるサトライザーとジブリルを見つけるなり、すぐさま発砲してきた。そのうちの何百発がサトライザーへ飛んできたが、間にジブリルが躍り出て自ら盾となった。

 

 ジブリルの装甲は《SBCグロッケン》周辺にいる戦機達よりも何倍も硬く、ちょっとやそっとの被弾ではダメージを負う事さえない。

 

 流石に対ビークルオートマタ弾を連続で撃ち込まれれば大きなダメージを負うが、こいつらはそんなものを持ち合わせていないようだ。

 

 弱い。

 

 サトライザーは《バレットM82》を引き抜いて、出来る限り連射した。放たれた12.7x99mm NATO弾は真っ直ぐ突き進み、遠くにいるヒューマノイド達の上半身を吹き飛ばした。

 

 対物ライフルなので、被弾したヒューマノイド型なんかは上半身が吹き飛ぶのは勿論、真っ二つになったり、本当に粉微塵(こなみじん)になったりする。

 

 あまりに過剰な威力だと思えるが、だからこそ使っていて心地よい。サトライザーは口角を上げて引き金を絞り、ついに後衛最後のヒューマノイド型戦機を弾丸で真っ二つにした。

 

 残された前衛のヒューマノイド達にジブリルが次々喰らい付き、噛み千切り、炎を浴びせていった。

 

 《SBCフリューゲル》の戦機達はそのすべてが特別性であり、《SBCグロッケン》の周辺に出現する者達と比べて遥かに強いという話だったが、どうやら《SBCグロッケン》周辺の戦機の中で一番の殺戮者であるジブリルは、《SBCフリューゲル》の戦機達を凌駕する存在だったようだ。

 

 その牙と炎は、あっという間に戦機達を殲滅した。大型アップデートの目玉だというのに、全く歯応えがない。まさかこの先ずっとこの調子なのか。

 

 少しは歯応えのある奴を用意したらどうなんだ――そう呟きたくなる気持ちを抑え、サトライザーは回廊の先へ向かう。

 

 扉を開けると、そこは大部屋だった。エネミーの気配、反応はない。どうやら敵のいない場所に足を入れたらしい。そして全体的に雰囲気が異なっているように感じる。

 

 ここは特別な場所か?

 

 

「ん……?」

 

 

 サトライザーは正面にあるオブジェクトに気付いた。大規模な装置がある。中央にカプセルのようなものがある、大がかりなモノだ。

 

 この他の映画やゲームだと、実験生物や生体兵器、もしくは凶悪なエイリアンなどが入っている事が多い試験管や培養槽(ばいようそう)のように見える。

 

 しかし試験管や培養槽ではなく、重要な何かを格納しておくための専用装置であるようだ。中には薄っすらと人影が確認できる。

 

 何かのトラップの可能性も捨てきれない。一応ジブリルと合わせてクリアリングしながら、サトライザーはカプセルへ近付いた。中を覗き込んでみる。

 

 

「……ほぅ」

 

 

 カプセルに格納されていたのは少女だった。

 

 瞳は閉じられているのでわからないが、髪色は銀色で、輪の形にまとめたツインテールをしている。身体は肩と脚を露出した黒と水色のスーツに包まれていて、肌は日焼けしたようにやや褐色がかっていた。

 

 至って健康的な肌と身体と言えるだろう。

 

 他の男達が見れば鼻息が荒くなりそうな見た目と言えるだろうが、サトライザーは何も感じない。それ以前に、この少女が何なのかが気になっていた。

 

 ――そういえば、最近の大型アップデートにて《アファシス》というサポートAIが実装されている話を聞いたが、それが手に入る時には、このようなカプセルの中にいるという情報も聞いた。

 

 今、この場の状況と、聞いた情報は一致している。つまりこの褐色肌の少女の招待は《アファシス》という事なのだろう。

 

 しかし妙だ。仮にこの少女がアファシスだったとしたら、外観が非常に特徴的である。アファシスとはここまで特徴的な外観をしている存在だっただろうか。少なくともサトライザーは、このような特徴的なアファシスを見た事はない。

 

 

「この娘は……」

 

 

 アファシスの中でも特別性という事だろうか。だとすれば面白い。特別性のアファシスとはどのようなものなのか、見てみようじゃないか。サトライザーは好奇心のままカプセルに近付いた。

 

 カプセルに光が走った。そのまま装置の方まで光のラインが走るようになる。こちらの動きを感じ取り、稼働を開始したのかもしれない。始まったぞ――サトライザーが目を細めると、カプセルが開いた。

 

 冷気のような白い霧を発しながら開かれたカプセルの中から、アファシスと思わしき少女の身体がゆっくりと開放されてきた。

 

 

「……!」

 

 

 その時サトライザーは思わず目を見開いた。魂を感じる。いや、そんなはずはない。ここにあるのは全てAIであり、本当の魂を持っているのは自分だけだ。

 

 それなのにジブリルから魂の存在を感じた時のように、サトライザーは目の前の少女から魂の存在を感じていた。

 

 機械のくせに、プログラムのくせに魂を持っているように感じる少女は、ゆらりとサトライザーの前に降りた。何も言わずに少女と顔を合わせる。

 

 プレイヤーにしてもエネミーにしても、とりあえず他者には咆吼か攻撃を放つジブリルも、珍しく沈黙したまま、少女を見つめていた。

 

 これは珍しい事だ。この少女は余程特別なものを持っているらしい。サトライザーは純粋な興味の眼差しを少女へ向けていた。

 

 

 そこで、少女の瞳は開かれた。

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

「もっしもーし! 《SBCグロッケン》から参った者ですー! どなたかいらっしゃいませんかぁー!?」

 

 

 大きな声が未知の船の中へ木霊していった。声を発したのはとても小柄な金髪の少女、フカ次郎だった。まるで配達員や客になったつもりで叫んだものだから、相方であるレンがびっくりしたような反応をした。

 

 

「フカぁ! そんな大声出したらエネミーが集まってきちゃうよ!」

 

「いいんだよ、どうせエネミーは全部ぶっ飛ばして進むんだからよ! 《SBCフリューゲル》産のエネミーの皆さーん、どうかお姿をお見せやがれー!!」

 

「お見せやがれってなに――!?」

 

 

 まるで漫才コンビのやり取りに、キリトは思わず笑ってしまっていた。

 

 《SBCフリューゲル》が実装されて、そのゲートが開かれると、通行許可を持つアルトリウスを中心にしたスコードロン、エクスカリバーが組まれた。そのメンバーへキリト達は全員加入したのだが、そこではレン、フカ次郎、ピトフーイ、エムの姿はなかった。

 

 彼女達もスコードロンを組んできたわけではないので、入るかどうかは定かではなかった。だが、話を振ってみたところ、その全員がすんなりとエクスカリバーのメンバーになった。

 

 理由としては、やはり《SBCフリューゲル》にいち早く入れるようになるのが嬉しかったからだそうだが、これには割と深刻な事情があった。

 

 なんでも、ピトフーイは自分とゴグマゴグの力でゲートキーパーをねじ伏せたくてたまらなかったらしく、レンとフカ次郎とエムと組んで、弱体化されていないゲートキーパーに一度挑んだそうなのだが、その際マゴグが著しく破損させられて稼働不可能状態になり、更にゴグも完全損壊寸前まで行ってしまった。

 

 そうなっても(なお)ピトフーイはやる気だったそうだが、「このままじゃゴグとマゴグが死んじゃう!」とレンが決死の訴えをしたので、撤退。

 

 街に運び込まれたゴグとマゴグの兄弟は無事に修理――費用は高く付いたが、ピトフーイが並大抵じゃないWCを持っていたので問題なく完了――されるという結果に終わった。

 

 ピトフーイをそのまま挑ませたら今度こそゴグとマゴグが死ぬから、そうならないために《SBCフリューゲル》への入場権限を頂戴――というレンの強い要望によって、彼女達はエクスカリバーへ加入し、《SBCフリューゲル》へ入れるようになった。

 

 ピトフーイはだいぶ欲求不満そうにしていたが、「《SBCフリューゲル》の中に入ったら好きなだけ暴れていい」とレンと一緒に言ったらハイテンションに戻った。エムはそんなピトフーイに従って動くと言っていたので、問題なしと断定。

 

 いよいよ《SBCフリューゲル》へ突入すると決め、キリトはパーティを組んで突入したのだった。そのパーティメンバーになっているのがレンとフカ次郎、シノンとリランだった。

 

 《SBCフリューゲル》という船の中に入るという事もあって、リランでは通れない場所もあるのではないか、そもそもリランは入れないのではないかと懸念があったが、《SBCフリューゲル》の内部は十分すぎるほど広く、リランでもすいすいと動き回れるくらいだった。

 

 これならば戦えるとリランに言ってもらえるくらいだったから、キリトは安心して攻略に入れていた。その矢先の出来事だったのが、フカ次郎による絶叫と挑発だった。

 

 その様子を呆れた表情で見ていたのがシノンだ。

 

 

「二人揃ってそんな大きな声出してどうするのよ。本当に敵視(ヘイト)が向いてくるわよ」

 

「だから大丈夫だって。なんて言ったって、ここには《黒の竜剣士キリト》様とその《使い魔》であるリラン様がいらっしゃるのですから!」

 

 

 フカ次郎はいつものペースを崩さずに言ってきたが、その内容に少し驚いた。《黒の竜剣士キリト》は自分の呼び名の一つだが、その名を《GGO》で聞いたのはこれが初めてだ。《GGO》で《黒の竜剣士》なんて異名を持つプレイヤーの事を知っている者など皆無だったからだ。

 

 その最初の人物となったフカ次郎に、キリトは目を丸くして尋ねる。

 

 

「フカ次郎、俺のそのあだ名知ってるのか」

 

 

 フカ次郎は深々と頷いた。

 

 

「あぁ、知ってるよ。キリトはALOで最強の《ドラゴンテイマー》の一人だったじゃんか。それでリランはその《使い魔》だっただろ。私もALOやってたからわかるんだ。

 見てたぜぇ、お前さんが全国放送で演説するところと、その後で悪質プレイヤーだった《ゼクシード》をぶっ潰すところ」

 

 

 フカ次郎の目は途中でからかうような、いじくるようなものになっていた。そこから出てきた話には、キリトは思わず恥ずかしさを覚える。

 

 ALOのとあるクエストでリランを進化させたところ、それはまだ誰もクリアできていなかった超高難度クエストで、尚且つ進化したリランと同種を手に入れられた者もいないという事がわかり、キリトはあっという間に有名人になり、MMOストリームに呼ばれた。

 

 そこで当時悪質な行為を繰り返して、様々なプレイヤー達を惑わしていた《ゼクシード》というプレイヤーとデュエルする事になり――その実力の真実を知って、ぶちのめした。

 

 その事を一通り思い出したところで、レンが感心したような表情になった。

 

 

「へぇー! キリトってそんな事やってたんだ」

 

「そんなまるで良からぬ事をしたような言い方はやめてくれ……」

 

「ごめん。でもキリトって有名人だったんだね。全然知らなかったよ」

 

 

 有名人――確かにそうだろう。現に自分の本名こそ載っていないが、《SAO事件記録全集》には《SAO》を終わらせた英雄として、キリトの名前が載っている。《SAO事件記録全集》に手を伸ばす者は少ない方なのだそうだが、読者は全員キリトの名前を強く記憶しているのは間違いない。

 

 しかし、その中に普通に居るであろうVRMMOプレイヤーに声を掛けられたり、連絡を持ちかけられた事は、これまで一度もない。

 

 VRMMOでは基本的に誰でも自由にアバターネームを持つ事ができるから、英雄と同じ《キリト》という名前を使う事もできる。

 

 現にこの《GGO》にも――まだ出会った事も、見た事もないが――相当な数の《キリト》がいるのだろう。その中に本物の英雄であるキリトがいるなど、誰が信じるというのだろうか。少なくとも誰も信じないだろうし、想像さえしないだろう。

 

 こういった事情もあってか、キリトを英雄キリトと呼んで近付いてくる者などいなかった。キリトのMMOストリームへの出演に繋げたALOでの出来事も、《SAO事件記録全集》が発売される前だったし、発売された後も、あの時MMOストリームに出演していたキリトが英雄キリトと同一人物であると信じた者は居ないようだった。

 

 だからこそキリトは、何にも絡まれる事なくゲームを楽しめていた。

 

 

「まぁ、そんな感じだな。けれど、言うほど大きな事はしてないよ」

 

「えぇっ。MMOストリームに出演する事って、そんなに普通な事なの?」

 

 

 キリトはまたしても目を丸くした。MMOストリームに出演できるプレイヤーがそんなほいほいと居てたまるか。いや、そもそもなんだか話がちぐはぐな方向に行っている気がする。これはなんだ――そう思ったキリトに苦笑いしたのはフカ次郎だった。

 

 

「あ~キリト、レンはあんまVRMMOの事とか詳しくないんだわ。なんたって《GGO》が初めてまともに熱中できてるネトゲだからな。だからMMOストリームの話を持ち掛けられてもわからないんだ」

 

 

 レンは困ったような顔をしたが、否定はしていないようだった。自分がVRMMOの事に関して疎い事への自覚があるようだ。だが、それがキリトを驚かせた。

 

 レンはもう歴戦の猛者と言っていいほどの実力があるが、しかし彼女はこれが初めてのVRMMO。初めてでこれだけの実力を出せるという事は、彼女にはそれだけの潜在能力があるという事に他ならない。すごい人も居たものだ――キリトはそう思って目を丸くするしかなかった。

 

 

「そうなのか。なら、困った事があったら言ってくれ」

 

《ここにいる《黒の竜剣士》は、極度のゲーム中毒者なのでな》

 

 

 リランの付け加えに思わず「おい!」とびっくりすると、皆笑った。しかし、すぐにレンが何かに気付いたような表情を見せた。

 

 

「あれ、そういえばキリトの名前、ピトさんから聞いた事あるかも」

 

「え、ピトフーイが?」

 

「うん。なんかピトさん、以前やってたゲームに居たキリトって人がすごく気になってるみたいなんだ。なんだろう、すごく気に入ってたって言うか、憧れてたみたいな。キリトは狼竜使いだったから、自分もそうなりたいって言って……それでゴグとマゴグを手に入れたとかで……」

 

 

 キリトはそこでごくりと息を呑んだ。ピトフーイの話に出てきている自分の名前。それはもしかして英雄の模倣者ではなく、英雄キリトそのものなのではないだろうか。

 

 ならばピトフーイはその英雄キリト、つまり自分を気に入っているという事になるのだが――何故だか嫌な予感しかしない。自分が英雄キリトですなんて言った時には何が起こるのか、不思議な事に、イメージしたくない。

 

 

「えっと、キリト……」

 

 

 シノンが同じような拙い想像をした顔をして、囁いてきた。キリトは顔を変えずに頷き、同じように囁いた。

 

 

「……俺達がSAO生還者だって事、レン達には知らせないようにしよう。特にピトフーイに知られたら、ヤバい事になりそうな気がするから、絶対に知らせないようにするぞ」

 

《了解だ。嫌な予感しかせぬ》

 

 

 リランさえも、鋼鉄の顔の奥で冷や汗をかいていた。

 


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