キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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12:ペスト医師 ―銃使いとの戦い―

          □□□

 

 

 バザルト・ジョーが突拍子もなく仲間になった後、キリト達とアルトリウス達は別行動を開始した。

 

 レベリングのためというのもあるが、なんでも、《SBCフリューゲル》へ行くための鍵となるアファシスのパーツがこのフィールド、《オールドサウス》にあるというのだ。

 

 これがあれば《SBCフリューゲル》に一番乗りできる事間違いなしだと踏んでるゾ――事前にアルゴからそんな情報をもらったキリトは彼女を信頼し、オールドサウスの地下に広がっている《地下鉄道施設跡》に潜り込んだ。

 

 パーティメンバーはキリト、シノン、リラン――はビークルオートマタなのでプレイヤーとしてカウントしない――、アスナ、ユピテルの四人。残りのアルトリウス、クレハ、レイア、シュピーゲル、バザルト・ジョーの五人はオールドサウスの廃墟地帯の探索に当たっており、二手に分かれての攻略となっていた。

 

 オールドサウス自体が、かつては華やかで賑わう街だったとわかる相貌の都市だった。あらゆる商業施設、居住施設、住宅が所狭しと並んでおり、まるで現実世界の東京の未来の姿を思い描かせた。

 

 そして大戦に巻き込まれて廃墟と化し、人ではなく、人型戦機と生体兵器が跋扈(ばっこ)する場所となってしまった、遺された場所。

 

 その地下に広がる地下鉄同施設跡は、沢山の人々に使われたであろう地下街、地下鉄駅が融合したような内装となっており、線路は勿論、打ち捨てられた車両なども見る事ができた。

 

 本当に文明が終わってしまった後の世界。科学や文明を極めた人類の行き着く先は、こんな光景なのだろうか。《GGO》というただのゲームの世界のはずなのに、キリトは未来の文明の姿がこれなのではないかという気を感じてしまっていた。それだけ、《GGO》のフィールドマップは良くできていた。

 

 そんな廃墟地下鉄のどこかに、アファシスのパーツがあるかもしれないという話だが、如何せんこの地下鉄道跡は広大だ。宝箱みたいな小さな箱に入っているのであれば、間違いなく見つけるのに苦労するだろう。

 

 可能であればレイアがアルトリウスと出会った時に入っていたようなカプセルの中にあって欲しい。そんな事を考えながら、キリトは仲間達と一緒に進み続けていた。

 

 探索開始から二分も経たないうちに、リランの《声》による呟きがあった。

 

 

《レイアのパーツねぇ。あいつのどこにそんなものを()め込むスペースがあるのか》

 

「ちょ、ちょっとリラン!? 何言い出すの!?」

 

 

 意外にもアスナが驚いていたが、その息子であるユピテルは母親に首を傾げていた。そしてリランの疑問はキリトも思っていた事である。

 

 リランのようなビークルオートマタならば追加パーツを填め込むためのスペースが結構あるが、完全人型のアファシスであるレイアとなると、どこにパーツを追加できるのだろうか。言われてみると、確かに気になる事だ。

 

 間もなくしてユピテルが母に答える。

 

 

「かあさん、それはぼくも思っていた事です。レイちゃんのパーツと言いますけれども、それらしきスペースは見受けられません。どこかが開くというわけでもありませんし、何かを差し込めるような箇所もありません」

 

《では、レイアのどこにパーツを使うというのだ?》

 

 

 AI家系長女リラン、長男ユピテルからの問いかけにアスナが焦るが、上手い具合に答えを出せそうな様子はなかった。

 

 恐らくだが、彼女はレイアの身体のどこか――それこそ人間に例えるととても大切なところにパーツを使うのではないかという想像をしているのだろう。

 

 それならば脳や心臓に該当する箇所と想像する事もできるだろうが……よりによって、アレなものを想像してしまっているのかもしれない。そうでないならばあんな反応はしないだろう。

 

 キリト自身もイメージ力に任せて想像をしてみたが、アスナの考えた事に辿り着きはして、一旦戻って別なイメージに移動していた。やはり誰でもこんな想像はするのか――キリトは思わず苦笑いするしかなかった。

 

 

「まぁまぁ、変なイメージなんてしなくていいと思うよ。実際にパーツを差し込んだりするのはリランみたいなビークルオートマタの場合だけで、レイアみたいなアファシスはただアイテムを使用するだけだと思う」

 

「それこそ、これまでのリランみたいな感じじゃないかしら。ほら、進化触媒のデータを受け取って、取り込んで進化するみたいな」

 

 

 シノンのフォローは上手くいったようで、アスナは首を横に振ってから「そ、そうだよね!」と言った。リランとユピテルも「なるほど」と言って納得してくれた。

 

 リランとユピテルは様々な学習(ラーニング)を終えて、《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》と呼べる段階にまで到達しているが、知らない事や疑問に思った事に関してはこんなふうになる時がある。

 

 その時は気を付けて教えないと、間違った事を知識として取り込んでしまいかねないため、キリトさえ焦る。もしかしたらその危機が今あったのかもしれないが――流石にキリトはそう思わなかった。

 

 直後、今度はシノンが呟くように言った。

 

 

「けれど、レイちゃんにパーツを使うとどうなるのかは気になるかも。性格が変わったりするのかしら」

 

《それはないだろう。レイアは根っからあの性格であろう。パーツ一つ加えたくらいで変わるものか。寧ろあの性格から変わられたら、悲しくなる》

 

 

 リランの《声》にキリトも頷く。

 

 

「確かにな。レイアはあの性格だから良いんだよ。それにアーサーだってレイアがあんな感じだからこそ、マスターやってるみたいだしな。レイアがあぁじゃなくなったら、きっとレイアはレイアじゃなくなる」

 

「わたしもそう思うな。レイちゃん、本当に可愛い()だもん。パーツを加えたら性格が変わるなんて、嫌だよ」

 

 

 アスナも同感のようだ。皆レイアの現状を好きでいるし、だからこそアルトリウスだってレイアのパーツのために探索を行っているのだ。

 

 人の心を動かすAI――それはまるで《MHCP》、《MHHP》のようだが、不思議な事にレイアはそれらには該当しない。だからこそ《MHHP》と《MHCP》の産みの親であるイリスは、レイアに非常に強い興味を示していた。

 

 パーツを集める事で、レイア達《アファシス Type-X》が作られた意図や目的がわかるようになったりするのだろうか。そう考えると、尚更レイアに使うパーツを手に入れた後の結末が楽しみになってきた。

 

 

「いずれにしても、どんなイベントが待ち構えてくれてるんだろうな。なんだか早く進めたくなってきたぜ」

 

「ゲーマー魂に火が()いちゃったのかしら?」

 

 

 シノンからの問いかけにキリトは頷く。

 

 

「そのとおりでございます、マム。なんだか俺の中のゲーマー魂が燃えてきてしまって仕方がない状況です」

 

「なら、早くパーツを見つけ出さないといけないわね。進みましょ」

 

 

 シノンへ皆で頷き、目の前に広がっている地下街へ視線を向けた――そこで驚く事になった。暗くはないものの、ぼろぼろになった文明の跡の中。ここから見て前方に、いつの間にか人影が出現していた。

 

 プレイヤーだ。そしてこちらとは敵対関係にある。話をしている間に接敵されていたらしい。あまりに突然の出来事だったため、キリトは軽く驚かされており、皆も同じように驚いていた。

 

 

「な、何!?」

 

「敵よ!」

 

 

 アスナがアサルトライフル《AR-57》を、シノンが狙撃銃《ヘカートⅡ》を構えて迎撃態勢を取る。ユピテルも体形と不釣り合いな重火器《FIM-92》を構え、リランもいつもの臨戦態勢となる。キリトも続けてUSPと光剣《氷雨》を引き抜いて戦闘態勢になったところで、人影の正体が割れた。

 

 自分とは異なる、いくつものベルトが巻かれているデザインの黒いコート状装束に、鳥の頭を模した形状のマスクで顔を覆い、短いシルクハットを被っているという、非常に特徴的で奇怪極まりない容姿。

 

 黒い烏がそのまま人の形をとっているかのようなそれは、かつてのヨーロッパにて黒死病(ペスト)が流行した際に、自ら治療に名乗り出た者達、《ペスト医師》を彷彿(ほうふつ)とさせた。ここは旧時代の遺構の中だが、まさかペスト医師なんてものまで出現するようになっているのか。

 

 思わず目を凝らすキリトだったが、その集中は聞こえてきた声で破られた。

 

 

「おやおやおや……随分と仲睦(なかむつ)まじい連中と出会ったもんだ」

 

 

 ペスト医師からの声だった。結構老いた方に入る男の声色だ。当然聞き覚えもない。そんなペスト医師に応じたのはシノンだった。

 

 

「随分と変な趣味の服を着てるのね。《GGO》でも珍しい恰好してるわよ」

 

 

 ペスト医師は呆れたように溜息を吐いた――と思える音が聞こえた。

 

 

「おいおい、最初に見るところは服か。お前は誰だとか聞かないのか?」

 

「ではお聞きします。貴方は一体」

 

 

 ユピテルが警戒を解かないまま問いかけるなり、ペスト医師は答えた。

 

 

「俺はミケルセン。憶えておくと良い」

 

 

 《ミケルセン》。聞いた事も見た事もない名前だ。少なくともトップランカーや、《GGO》で名の知れたプレイヤーというわけではないだろう。

 

 ならばこいつとの接触は自然なものだったかもしれない。《GGO》では街にいる時以外は過半数を優に超える数のプレイヤーが敵となるのだから。誰かに会うのも自然な事だし、交戦する事もまた自然な事だ。

 

 

(……いや)

 

 

 そこで改めて考えてみると、ミケルセンは異様だとわかった。普通のプレイヤー達ならば、他プレイヤーを見つけ次第先制攻撃を仕掛けるのだが、ミケルセンは出会った際に攻撃せず、話しかけてきた。

 

 何故攻撃をしないのだ。

 

 

「わざわざ名乗るなんて、変わってるな。普通は初手先制攻撃だろ?」

 

 

 挑発するように言ってみたところ、ミケルセンは頷いた。

 

 

「普通はそうするな。俺もこれまではそうしてきた。だけどお前らみたいな変わった連中を見たのは初めてだったんでな。興味深くなってつい、初手攻撃をせずに終わっちまった」

 

「わたし達が変わってる?」

 

 

 アスナが警戒を解かないまま首を傾げると、ミケルセンは手を広げた。

 

 

「あぁ、変わってるぜ。この《GGO》は、誰もが敵同士になり、誰もが互いに銃で撃ち合い、殺し合うシンプルな世界だ。なのにお前らはさも当たり前のように徒党を組んで歩いてる。とても仲良さそうにな。スコードロン同士だとしても、仲良さすぎやしねえかって思ったんだよ。そんなのに興味を示さない俺じゃなかった」

 

「変わったものが好きだって事か? なら、お前も変わってるな」

 

「そうだな。この社会にのさばってるのは、変わりものをやたら嫌悪し、流行りものにすぐ飛び付くのが好きな人間の群れだ。流行りものがあればすぐに喰い付いて、面白いくらいに釣られまくるし、罠にも掛かりまくる。そんな奴らで人間はいっぱいになってるのが社会だ。そうだろ?」

 

 

 急な問いかけにキリトは目を細めた。こちらを変わり者扱いしてきたかと思えば、大衆や社会を批判し始めた。

 

 俺達が変わり者? いや、一番の変わり者はお前だぞ――キリトはそう思う他なかった。変わり者ミケルセンは続ける。

 

 

「けれどお前らはそうじゃない。だから興味を持ったんだが……対応は他の奴らと同じだ。銃や武器をすぐに向けてくる」

 

「それがこの《GGO》での普通だからね。出会って早々銃を向けてこなかったのは、あんたくらいよ」

 

 

 シノンの答えにミケルセンはけらけらと笑った。明らかにこちらを嘲笑っている。

 

 

「そうか、そうか。じゃあ俺もこの《GGO》のプレイヤーらしい対応っていうのをしようか」

 

 

 ミケルセンがそう言った次の瞬間、その左手にアサルトライフルが、右手に長剣が姿を見せていた。そこから一秒も置かずにミケルセンはアサルトライフルの銃口をこちらに向けてきた。初撃であるため《弾道予測線(バレット・ライン)》が出ない。だがどちらに弾が飛んでくるかはわかる。

 

 アサルトライフルの形状は見たところ、ピトフーイの持っている《AK-47》のようだ。ならば対処は簡単だ。アサルトライフルの弾速ならば、光剣で斬る事ができる。

 

 キリトは咄嗟に前に出ようとした。同時にミケルセンの《AK-47》の引き金が絞られた。

 

 銃口より弾が発射されたが――それは広く拡散して飛んできた。

 

 

「なッ!?」

 

 

 アサルトライフルから散弾が出た――? 予想できていなかったキリトは防御もできないまま散弾を浴びた。既にある程度弾が拡散していたため、ダメージは思いの他小さく済んだが、それでもかなり削られてしまった。

 

 散弾特有の吹っ飛ばし効果によってキリトは後方に飛ばされる。だがそこでリランが急発進して、その背中で受け止めてくれた。彼女の上手い調整によって座席部位に転がり落ち、キリトは身体を起こした。

 

 

《キリト、大丈夫か》

 

「多分な。なんだよあれ、アサルトライフルから散弾が出たぞ。完全に不意打ちされた」

 

 

 《AK-47》にしか見えないのに、散弾が出た――ではあの銃は《AK-47》と同じアサルトライフルではないという事になる。

 

 その正体はシュピーゲルがいればすぐに判明しただろうが、今シュピーゲルは別行動中だ。なんとも悪いタイミングでミケルセンと交戦してしまった。

 

 初撃成功を収めたミケルセンは挑発するように腕を広げる。

 

 

「おいおい、トップランカーはその程度なのか?」

 

「そっちこそ一人でこの数を相手にしようっていうの。随分楽観視してるわねッ!」

 

 

 シノンが挑発返しと言わんばかりにヘカートⅡの超大型ライフル弾を発射する。何物も貫くライフル弾は真っ直ぐミケルセンへと突進したが――信じがたい事に、ミケルセンはヘカートⅡの発砲と同時に射線から外れていた。結果シノンのライフル弾はミケルセンの隣を通り抜け、壁を砕いた。

 

 まさか回避されるとは思っていなかったのだろう、シノンは信じられないようなものを見た顔をした。

 

 

「なッ……ヘカートⅡを避けた!?」

 

「その銃は確かに強い。だが、発砲とほぼ同時に弾丸が着弾するなら、最初から射線を脱していればいい。そんな事もわからないで、その銃を使ってたのか」

 

 

 ミケルセンは煽ってきていた。先程からずっとミケルセンはこちらを煽ってきているが、それだけ敵を煽るのが好きだという事なのだろうか。ならばミケルセンという煽り好きのプレイヤーとして有名になりそうなものだが、《GGO》ではそんな話を聞いた事がない。やはりミケルセンは異様だ。

 

 

「なら、これでどうッ!」

 

 

 シノンのフォローに入ったアスナが《AR-57》を連射し、ミケルセンを狙う。既に《弾道予測線》の見えているミケルセンは、冷静な動きでそれらを回避していった。

 

 だが、これはあくまで陽動に過ぎない。アスナの後方へ下がっていたユピテルが《FIM-92》でロックオンを続けているのだ。

 

 ユピテルの使っている《FIM-92》は、少し前の《GGO》の大型アップデートで実装されたミサイルランチャーであり、相手の位置を特定してロックオン、追尾ミサイルを発射する事のできる重火器である。

 

 動かれても相手を追尾してくれるミサイルを撃てるというのは、それまでの《GGO》の環境に新しい風を吹かせた。

 

 しかし相手を追尾できる代わり、相手を完全にロックオンするまで時間がかかるという弱点も存在している。すぐにロックオンして発砲するという事はできないのだ。

 

 なのでその間、誰かがサポートをしてやる必要がある。今それを受け持っているのはアスナと自分、そしてリランだ。

 

 

「ミサイルランチャーを使うか。中々面白い武装を持ってるもんだ」

 

 

 そう言ってミケルセンはアスナの展開する弾幕を走って回避し続け、距離を詰めてきた。ミケルセンの右手にあるのは長剣――自分のものとは違う、鋼鉄の長剣だ。

 

 ファンタジー系ゲームによくあるような金銀の装飾は一切なく、刀身と柄だけのシンプルなデザイン。この銃弾が飛び交う戦場がメインの《GGO》に、あんな物理長剣を持ってきているなど、本当にミケルセンは変わり者だとしか思えない。

 

 しかし、あんなもので斬られれば、相当なダメージを受けるのは間違いないだろう。下手すれば光剣よりも威力が出ている可能性がある。キリトはリランの背中からジャンプして、ミケルセンとアスナの間に割って入った。

 

 

「ッと!」

 

 

 ミケルセンはダッシュの勢いを乗せて長剣を水平に振るってきた。これまで何回も見てきた金属の剣の動き。水平に飛んでくる刃、速度。そのすべてを見慣れているキリトはバックステップで刀身を回避、そのまま飛び出してミケルセンへ垂直に光剣を振り下ろす。

 

 

「そんなもんかッ!?」

 

 

 直後ミケルセンは左手のショットガンを発射してきた。ショットガンは散弾を放つ特性上、近距離武器にカテゴライズされる。ショットガンを左手、長剣を右手に装備しているという事は、ミケルセンは近距離戦を仕掛ける傾向にあるという事。

 

 つまり自分と似たようなものだが――こいつと一括りにされるのは極めて腹の立つ事だった。

 

 そんなミケルセンの散弾を、キリトは咄嗟のサイドステップで回避し、お返しにUSPを連射する。ミケルセンもキリトと同じような身のこなしで弾丸を回避して、長剣で斬りかかってくる。

 

 近接戦闘はどうすればいいかを理解している動きだ。遠距離武器戦闘主体の《GGO》だけでは習得できない技術。ミケルセンはどうやら《GGO》が初めてのフルダイブ型VRMMOというわけではないようだ。

 

 同じようなゲームをしていたであろうミケルセンの攻撃を、キリトは咄嗟に受け止めようとするが、そこで失敗に気が付いた。同時にミケルセンの刃がキリトの光剣の刀身を突き抜け、キリトの身体を一閃する。

 

 痛みにも似た不快感と一緒に、損傷個所が激しく揺さぶられるような感覚が走った。

 

 

「おいおいおい、光剣で高周波刀剣を受け止められるわけねえだろ。お前さては、この他のゲームをやりすぎてるな?」

 

 

 ミケルセンの煽りがまた来る。ペストマスクのせいでどんな顔で煽ってきているのかわからないのが尚更頭に来た。キリトはぎりっと歯を食いしばって、

 

 

「……うるせえよ!」

 

 

 と返しつつ光剣で一閃しようとした。しかしミケルセンの方が反応が早かったようで、キリトの光剣は何もいないところを切り抜けただけだった。

 

 

《キリト、避けろ!》

 

「キリトにいちゃん、退避してください!」

 

 

 間もなくリランとユピテルの声がした。二人のミサイルランチャーのロックオンが完了したのだろう。キリトは不快感の走る身体に力を入れて、後方へ退こうとしたが、同時に動きを見せたのがミケルセンだった。

 

 彼の者は懐からグレネードを取り出すと、あろう事か自分の足元へ勢いよく投げつけた。キリトがはっとして一秒も経たないうちに、ミケルセンの足元のグレネードが破裂すると、無数の何かが空気中に舞い上がった。ひらひらとした金属片のようなものが雪のように落ちてくる。

 

 電波欺瞞紙(チャフ)だ。

 

 内蔵した無数の金属片をその場に散布する事によって、レーダーや通信装置を妨害する効果を持つグレネードである。

 

 

「あ、ああぁッ!」

 

《お、のれ!》

 

 

 ユピテルから焦る声が、リランの《声》が途切れ途切れに聞こえた。彼らが放つはずだったミサイルも発射されない。電波欺瞞紙が散布されているフィールドでは、ミサイルの誘導も効かなくなる。

 

 そしてこの《GGO》では、ミサイルランチャーはロックオンをしていないと使う事ができない。つまり発砲自体ができなくなる。

 

 ミケルセンはこちらがミサイルを持っている事を最初から理解していたのだろうか。或いは敵がミサイルを持っている事を前提にして、電波欺瞞紙グレネードを持っていたのか。完全に動きを読み取られたような、嫌な気がして、キリトはミケルセンを見た。

 

 ミケルセンはもう一度何かを取り出したかと思うと、それを地面に向かって投げつける。電波欺瞞紙の時と同じグレネードだったが、破裂と同時に濃い煙を放ってきた。

 

 今度は煙幕(スモーク)グレネードだ。しかも複数個一斉に起爆させたらしく、一メートル先さえ見えなくなった。間もなくして煙の中から声がした。

 

 

「狙撃手に遊撃手二人、ミサイル使い、ビークルオートマタ。良いパーティだ。伝え忘れていたが、《GGO》トップランカーのキリトとその仲間の諸君。お前らとは楽しく遊んでいけそうだ。今度は俺の仲間達と一緒にやり合うとしよう」

 

 

 まるで捨て台詞だ。キリトはミケルセンの居た方角目指して煙の中を走り、煙を抜けた。そこに広がっていたのは地下街だが――そこにミケルセンの気配はなかった。

 

 遭遇した時と同じようにして、ミケルセンは去っていた。

 

 

 




――今回登場武器解説――


AR-57
 実在するアサルトライフル。アメリカのラインラントアームズ社という企業が作っている。AR-15ライフルを民間でも使えるようにと設計しなおした結果誕生した。5.56mm弾を発射する事ができるが、威力やカスタムパーツは軍用アサルトライフルに劣る方。 

 名前がAR-57である事から、ARファイブセブンとも呼ばれる。


FIM-92
 実在するミサイルランチャー。アメリカのジェネラル・ダイナミクス社という企業が作っている、個人携行型対空ミサイルランチャー。一般名称は『スティンガーミサイル』。

 高性能な赤外線と紫外線シーカーで対象を追尾する事ができ、その追尾性能の高さから、『携帯型地対空ミサイルの中で最も命中率が良い優等生ミサイル』という事で、ギネスブックにも載っている。

 ただし、目視で対象を捉えられない場合は使えない。


イズマッシュ・サイガ12
 《AK-47》にしか見えないのに、散弾が出た銃の事。実在するショットガン。ロシアのイズマッシュ社という企業が開発した、ボックスマガジンタイプのショットガン。AK-47と全く同じ外観をしていながら、散弾をセミオートで放つ事ができるという変わり者の銃。

 しかし意外な事に軍用ではなく、民間や警備会社用のもの。アサルトライフルかと思いきや散弾が飛び出してくるのだから、不意打ちどころではない。


電波欺瞞紙(チャフ)グレネード
 実在しない手榴弾。爆発すると金属片がひらひらと舞い上がり、通信装置や誘導装置を無力化できる。現実ではこのような事は起こせないため、フィクションの中だけの存在。


煙幕(スモーク)グレネード
 実在する手榴弾。セーフティが外された数秒後に分厚い煙を吹き出し、煙幕を作り上げる。

 相手の視界を奪う事は勿論、煙に催涙成分を含ませた催涙弾タイプならば、相手の動きを止めて無力化する事もできる。対テロ、対暴徒装備として優秀。


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