キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 ハッピーバースデー、シノン。

 ※あとがきに挿絵有り


09:湖の騎士

           □□□

 

 

「はぁ、一時はどうなるかと思ったわ……」

 

「ほんとだよ……もう駄目かと思った……」

 

 

 《(シャチ)》と呼ばれる者達をキリト達と一緒に退けた後、アルトリウスは街へ戻り、クレハとレイアの三人パーティになって行動していた。ひとまず今日の分のクエストは終わったし、鯱達のおかげかレベルもかなり上げる事ができた。

 

 かなり恐ろしい目には遭ったものの、収穫はあった方だろう。このペースで行けば、《SBCフリューゲル》実装時にはキリト達と肩を並べて戦う事もできるはずだ。刻一刻と、トップランカーであるキリト達に近付けている。確かに強くなれている――そんな実感があった。

 

 直後、クレハがアルトリウスに向き直る。

 

 

「それにしても、あんたも随分とやるようになったわね。あんな連中に囲まれても腰を抜かさなかったなんて。昔は弱虫で、あたしが付いてなきゃ駄目だったくせに」

 

 

 アルトリウスは「う」と声を出してしまった。確かに昔はそんな事もあったが、流石に今はそうではない。

 

 

「戦わなきゃいけなかったんだから、腰なんか抜かさないぞ。なんなら、俺一人であいつらと戦う事もできた」

 

 

 咄嗟の思い付きを口に出すと、クレハが笑い出した。

 

 

「できない事を言うんじゃないわよ。あたしでもあの群れを一人で相手にするのは無理だったから。キリトさん達と一緒だったから勝てたわけで」

 

「いいえクレハ、マスターならできます! マスターは可能性の塊ですから!」

 

 

 レイアのフォローにアルトリウスは苦笑いする。レイアはしょっちゅうこういう事を言ってくれるのだが、的を得ている時と得ていない時を比べると、得ていない時の方が多い。

 

 そして自分も今、無理な事を思い付きで言ってしまった。

 

 

「そう言ってくれると嬉しいけど、やっぱりあの群れを俺一人で相手にするなんて無理だ。変な事を言ってごめんなさい。撤回します」

 

「はいはい。けど、ここまであんたが強くなっていってるのを見てると、《GGO》に誘って良かったって思うわ。何より、楽しんでるみたいだし」

 

「あぁ、《GGO》はすごく楽しいゲームだよ。これは休みも睡眠も忘れてのめり込みそうだ」

 

 

 またしても直感で言ったが、今度はクレハは嬉しそうな顔をしてくれた。

 

 

「でしょでしょ! 《SBCフリューゲル》が実装されればもっと楽しくなるでしょうから、早く強くなって、あたし達に追い付いてよね」

 

 

 今の自分の居る位置がどこら辺なのかは定かではない。だが、このままクレハと、キリト達と一緒に戦い続ければ、いずれ彼女達と同じ領域に辿り着けるのは間違いないはずだ。ならばもっともっと戦っていかなければ。

 

 見えてきた目標に、アルトリウスは胸の高鳴りを覚えていた。

 

 

「それなら、もっとクエスト行ってみるか。一緒に来てくれるか、クレハ」

 

「勿論よ!」

 

 

 クレハはとても嬉しそうな顔をした。《GGO》では、こうして彼女が喜ぶ様子や笑顔を頻繁に見る事ができている気がする。

 

 それに《GGO》を始めた事によって、キリト達とも出会い、仲良くなる事ができた。ここは良い世界だ。これまで経験してきたどのゲームよりも、良いところだ――アルトリウスは改めてそう思っていた。

 

 さぁ、今からもっと、この楽しい世界を楽しみに行こう。そう思った矢先、クレハ同様に喜んでいたはずのレイアの様子が変わった。何かを察知し、警戒しているような素振りを見せていた。

 

 不審に思ったクレハが声掛けをする。

 

 

「あれ、レイちゃん、どうかしたの」

 

「あっちから、嫌な気配を感じます」

 

 

 そう言ってレイアはアルトリウスから見て北の方を指差した。数名のプレイヤーが集まっているような光景が見て取れるが、特に怪しいと思えるものはない。アルトリウスは首を傾げた。

 

 

「何もないように見えるぞ。強いて言えばプレイヤーがいるくらいだが、そんなのどこも同じだろ」

 

「いいえマスター、ただならない嫌な出来事が起きてます。これは放っておけません。見に行ってみましょう」

 

 

 先程レイアがピトフーイのゴグマゴグの接近を感知してくれたおかげで、自分達は不意打ちを受けずに済んだ。そのレイアが嫌なものを感じ取っているならば、確認する価値はあるだろう。

 

アルトリウスはレイアに従い、彼女の指差す方角へ向かった。

 

 

「おいおいおい、どうしてくれんだよ」

 

 

 歩き始めてから一分足らずで声が聞こえてくるようになり、三人は足を止めた。非常にガラの悪い、横暴な男の声色だった。発生源を見てみると、四人のプレイヤーが一箇所に集まっているとわかったが、三人のプレイヤーが一人を取り囲んでいる状況であるともわかった。

 

 その三人はどいつもこいつもガラの悪い凶暴な外観をしている、近付き難い雰囲気が共通していた。取り囲まれているプレイヤーは、自分達と同じような雰囲気だが、姿勢は弱々しく見えた。

 

 

「お前がヘマしたおかげで、クエスト失敗で大赤字。どうしてくれんだよコラ」

 

 

 派手で――正直ダサいと思えるモヒカン頭の男が、弱々しい男に掴みかかった。

 

 

「GCがかかってたんだぞ、GCが! それがお前のせいで全部パーになっちまったわけだ」

 

「それだけじゃねえぞ。WCだって沢山稼げたんだ。なのに全部台無しになっちまったんだぞ。どうしてくれんだよ、本当によぉ」

 

 

 どうやらクエスト帰りのようだが、結果は失敗に終わっているらしい。横暴な雰囲気の男達に、弱々しいプレイヤーは反論を試みる。

 

 

「け、けど、今のは……皆が勝手に突っ込んでいって、返り討ちに遭っただけじゃないか……」

 

「おいおいおい、オレ達が欲しいのは言い訳じゃねえ、謝罪金だ。オレ達に申し訳ない事をしたって、謝罪するためのWCを出せよ。ざっと三千万WCくらいさぁ」

 

 

 アルトリウスは口の中で歯を食いしばっていた。明らかに恐喝である。しかも自分達全員の失敗を一人に擦り付けようとしたうえでやっていると来た。

 

 あのプレイヤーが逆らえない性格である事に漬け込んでいるようだ。横暴な男達の要求に、弱々しいプレイヤーは首を横に振る。

 

 

「そ、そんなの払えるわけないよ……」

 

「はぁ? 払えねえだ? じゃあどうすっかなぁ?」

 

「そうだ、脱げよ」

 

 

 アルトリウス達とプレイヤーの「え?」が重なった。横暴な男は続ける、

 

 

「全裸になって変顔で踊りやがれ。撮って流してやるぜ。そうすりゃお前は一躍有名人だぜ、《GGO》の変態としてなぁ! どうせアバターなんだし、恥ずかしくもなんともねえだろ!?」

 

「金が払えねえなら、せめてもの謝罪で、オレ達を楽しませやがれってんだよ!」

 

 

 横暴な男達は「ぎゃははははは」と嫌な笑い声を上げた。その様子を見ていたクレハが、ついにアルトリウスに声掛けをしてくる。

 

 

「うっわ、最低ね。どう見たってあれ、弱い者いじめじゃないの」

 

「全くだ。こんな場所であんな事をやる奴らがいるなんて」

 

 

 アルトリウスは胸の奥から怒りが湧いてくるのを感じていた。

 

 この《GGO》は最高に楽しい世界だ。誰もが心から楽しい事をできる場所だ。あの弱々しいプレイヤーだって、そのつもりでここに来ているに違いない。

 

 そんな人を狙ってあのような事をしている連中は、この場所を穢そうとやってきた薄汚い侵略者も同然だ。

 

 

「あんな事をしてはいけません! 注意してきます!」

 

 

 そう言って歩き始めてしまったレイアを、アルトリウスはびっくりしながら取り押さえた。

 

 

「レイア、待つんだ。行っちゃ駄目だ!」

 

「何故ですかマスター! いけない事をしているんですよ、あの人達は!」

 

 

 アルトリウスにはレイアを否定する気はない。だが、連中がどんなに許せない行動をしていたとしても、それを咎められる程の力や実力がこちらにあるわけではない。

 

 それくらいでしかない自分とレイアが向かったところで、ターゲットをこちらに移されるだけだ。悔しい事に、あの侵略者同然の者達を追い出せるほどの力はないのだ。

 

 

「レイちゃん落ち着いて。あんな奴らに立ち向かったところで、それこそ返り討ちにされるだけだし、あいつら絶対レイちゃんに酷い事するわ。だから向かっちゃ駄目よ」

 

 

 クレハに言われても、レイアは「むむー!」と言って抗議してくる。それはレイアの正義感の強さの現れでもあった。

 

 

「ではどうすればいいんですか! マスターはあの人達を酷いとは思わないんですか!」

 

「酷い事をしてるよ、あいつらは。だから俺だってあのプレイヤーを助けたい。あのプレイヤーを見過ごす事なんかできないよ」

 

 

 直後、クレハが一瞬驚いたような顔をして、すぐに笑みを浮かべた。

 

 

「あ、あんたもそんな事言うの。でもまぁ、あんたならそうするよね。アーサーは昔っからお人好しだったわけだし」

 

 

 アルトリウスがきょとんとすると、クレハは首を横に振った。

 

 

「けど、アレに手を出すのは駄目よ。こっちに力が無さすぎるわ。ここはひとまず――」

 

「クレハ君の言うとおりだよ。正義……いや、自分の主張を貫き通すには、それ相応の力が必要なんだ」

 

 

 突然背後から聞こえてきた声に、三人で振り向いて驚いた。そこに居たのは、この前の大会で出会ったイツキと、その仲間であるパイソンだった。

 

 更にイツキの後ろには巨大な白い機械の(からす)の姿もある。これはキリトに教えてもらった、イツキのビークルオートマタだ。三つ目で、三本の脚を持つ八咫烏(やたがらす)

 

 

「イツキ! どうしてここに?」

 

 

 アルトリウスの声に、イツキは「やぁ」と答えた。

 

 

神武(ジンム)がずっとこっちを見てたから、何だろうと思って来てみたら、君達が居たんだね。けれど、神武が見つめてるのは君達ではなかったみたいだ」

 

「イツキ、大変なんです! あそこの人達、良くない事をしてます! けれどわたし達じゃどうにもならないんです!」

 

 

 レイアが救難信号のように言うと、イツキは即座に頷いてくれた。

 

 

「なら、ここは僕に任せておいてくれ。神武、一緒に来て」

 

 

 イツキは神武と呼んだ白八咫烏と一緒に歩いていき、やがて問題の集団のすぐ傍まで行った。そこで弱々しいプレイヤーへ声を掛ける。

 

 

「やあ君。久しぶりだね」

 

 

 問題の集団は一斉にガンを飛ばし、弱々しいプレイヤーも視線を向けた。

 

 

「え、俺ですか……?」

 

 

 弱々しいプレイヤーにイツキは頷く。弱腰プレイヤーは思いっきり驚いた。突然イツキという有名人の友達のように接されたのだから、当然の反応と言えるだろう。

 

 

「えぇっ。っていうか貴方はイツキさん!? あのトップランカーの!?」

 

「そうだよ。君の友達のイツキさ。いや、親友と言うべきかな」

 

 

 弱腰、横暴連中共に驚きの声を上げたが、すぐさま横暴なプレイヤーのうちの一人がイツキに噛み付いた。

 

 

「なぁイツキさんよ。オレ達は今こいつと話してんだが?」

 

「あぁ悪いね。それじゃあ彼を借りていくよ」

 

 

 自分達の主張を無視しているイツキの態度に、横暴なプレイヤー達は一気に怒りを募らせる。頭に血が上りやすいようだ。

 

 

「おい、聞いてんのか! 喧嘩売ってんのかてめぇはよお!?」

 

 

 イツキは飄々とした態度を崩さないまま、横暴なプレイヤー達を見回した。

 

 

「あぁ、喧嘩はいくらでも買う主義だよ。けれどその時は僕は本気でやるよ。勿論この神武も合わせてね」

 

 

 神武はじっと横暴なプレイヤー達を見つめていた。三つのカメラアイに睨み付けられた横暴な男達は、更に怒気を募らせていった。

 

 

「んだよこいつは。オレ達をじろじろ見ていやがってよ」

 

 

 直後、イツキは何かを思い出したような様子を見せた。

 

 

「あぁそうそう。神武……いや、八咫烏型戦機はね、とても目と耳が良くて、すごく遠いところの光景も鮮明に見れて、そこの音もはっきり聞き取れる性能があるんだ。そして、八咫烏型戦機はビークルオートマタになると、見て聞いた映像を常に録画してくれていて、持ち主の指示によって共有してくれたりもするんだ。

 それだけじゃないよ。彼らは街中でもフィールドでも、異変を感じたり、()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()偵察(スカウト)に向いてるよね」

 

「あ? それがどうしたんだよ」

 

 

 喧嘩腰のプレイヤー達は余裕そうに構えている。しかしその姿勢から感じられる余裕は、イツキの方が遥かに上だ。

 

 

 

「神武はさっきから僕と一緒に街を歩いていたんだけど、その間ずっとここを見ていたんだ。音も聞き取っていた。君達の事がよっぽど気になっていたんだと思うよ」

 

 

 

 すると喧嘩腰プレイヤー達の顔から色が抜けた。唖然としたような表情になっていく。イツキは神武に向き直った。

 

 

「ねぇ神武、君は何を見ていたのかな。ちょっと僕に共有()せてもらえる?」

 

 

 神武は頷き、動きを止めた。イツキはウインドウを開き、腕組をする。

 

 

「お、来た来た。流石神武、送信も早いね。どれどれ……」

 

 

 喧嘩腰プレイヤー達の様子が徐々におかしくなり始める。皮肉な事に、弱腰になっていっていた。イツキは続ける。

 

 

「……ふぅん。クエスト失敗の責任をそこの彼に押し付けて、多額のWCを脅し取ろうとした。それができないとわかったら、彼に全裸変顔踊りをさせて、その様子を撮影して流そうとした……これは酷い」

 

 

 表情に変わりはないが、イツキからは強い嫌悪感が出ていた。横暴なプレイヤー達の行為に対する真っ当な嫌悪だ。

 

 間もなくして、横暴だったプレイヤー達はイツキに(すが)り付かんとしてきた。

 

 

「あ、あ、いや、それは、いや、ちょっとした出来心っていうか」

 

「いやいや、それは、オレ達おかしくなってたっていうか」

 

「あぁいや、実はオレ達、こいつとすごく仲良くて、こういう事同意の(もと)でやってたりして。だからお願いします、その動画の拡散とか、その動画を運営に報告するのだけは――」

 

 

 横暴な態度はどこへやら、あたふたしたプレイヤー達は一斉に自己弁護と言い訳を始めた。どう見たって説得力がない。

 

 イツキは全く様子を変えず、応じる。

 

 

「駄目だよ。君達のやった事は弱い者いじめ、れっきとした集団私刑(リンチ)だ。しかも現実でやれば恐喝罪が適用されるような事までしてる。悪いけど止められない。パイソン君、今から送る動画を受け取り次第、速やかに運営にアップしてくれ」

 

 

 イツキはしっかりと告げると、アルトリウス達の近くにいるパイソンに声掛けをした。パイソンは、

 

 

(かしこ)まりました。迅速に処理を行いましょう」

 

 

 と手を振って答えた。間もなくして横暴だったプレイヤー達は「そんなあああ!」と落胆の声を上げた。やった事がやった事なので、当然の報いだ。……本人達にそうなる事の自覚が全くなかったというのが、呆れるしかない点だった。

 

 直後、イツキはそれまで私刑されていたプレイヤーを招き寄せ、こちらへ戻って来た。神武も――落胆する横暴な者達に一()えすると、イツキの(もと)へ戻った。

 

 

「ほら、悪い奴らは片付いたよ」

 

 

 弱腰のプレイヤーは安堵したように答える。相当怖い思いをしていたと見えた。

 

 

「ありがとうございます、イツキさん。見ず知らずの俺なんかを助けてくれて……」

 

「いやいや、僕は違反行為をしてる奴を単に許せないだけなんだ。数日したらゲームに戻って来てごらん。あぁいう奴らは掃除されてるはずだから」

 

 

 弱腰のプレイヤーはもう一度頭を下げてお礼を言い、街中へと去っていった。すぐさま、落胆していた横暴なプレイヤー達も、彼とは全く違う方向へ走り去っていった。それまで乱暴な事をしていたとは思えないほど、情けない姿勢だった。

 

 その様子を見てから、アルトリウスはイツキとパイソンに向き直った。イツキはともかく、パイソンは酷いものを見ている顔になっていた。

 

 

「これは酷いですね。ここまでですと、厳重注意では済まされず、アカウント剥奪(バン)の可能性が高そうです」

 

「だろうね。それにあいつら、これが一回目じゃないかもしれないよ。余罪が掘り当てられれば、アカウント剥奪は確実だ。まぁゴミ掃除になって良いんだけど」

 

 

 ゴミ掃除――確かにその通りだと、アルトリウスは思った。

 

 あいつらはこの楽しい世界を汚そうとし、そこの人達へ略奪をしようとしていた侵略者としか思えないし、現実世界でやれば犯罪行為になる事をやっていた。イツキにこんなふうに言われたとしても、否定する権利はないだろう。

 

 納得するアルトリウスの隣にいるレイアが、イツキに頭を下げた。

 

 

「イツキ、ありがとうございました。おかげで助かりました!」

 

 

 イツキはレイアに向き直り、首を横に振った。

 

 

「いやいや、僕は単純にやりたい事をやっただけで、君達が礼を言う必要はないよ」

 

「けれど、俺達も今の人を助けたいと思ってたんだ。だからイツキが来てくれて、本当に良かった」

 

 

 レイアに続けて言うと、イツキは頭を軽く掻いた。少々困っているようにも見える。

 

 

「だから、お礼を言われるほどでもないんだけどね。それより君達、これから時間ないかな。君達を僕のホームに招待したいって思ってたんだけど」

 

「イツキさんのホームって……《アルファルド》のチームルームですか!?」

 

 

 クレハがびっくりしたように言うが、アルトリウスにはその意味はわからなかった。アルファルドとはなんだ。首を傾げるアルトリウスを置いて、イツキは続ける。

 

 

「そうだよ。君達とはこうして何回か会えてるし、話もできてるから、僕のホームを教えておいてもいいかなって。そうすればもっと気軽に話をしたりできるかもしれないって思ったんだけど、どうかな」

 

 

 確かにイツキとは敵対関係というわけではないし、寧ろ向こうはこちらと友好的な態度と話を持ち掛けて来てくれている。それに、イツキの話も聞いてみたいと思っていたところはあったから、この誘いは丁度良いどころではない。

 

 アルトリウスはイツキへ返答をした。

 

 

「行ってみたい。イツキのホームはどこにあるんだ?」

 

「OK。案内するから、付いて来てくれ」

 

 

 そう告げたイツキは、パイソンと神武を連れて歩き出した。三人もその後を追って歩いていく。その途中でクレハがアルファルドの詳細を話してくれた。

 

 《アルファルド》とは、イツキがリーダーを務めるスコードロンの一つであり、集団戦では《GGO》でトップ5に入るくらいの実力者集団であるという。そのため、非常に人気のスコードロンであり、入団希望者も多いそうなのだが、相当な実力者でないと入る事は叶わないとされている――というのがクレハからの話だったが、途中でパイソンからの訂正が入った。

 

 アルファルドには《相当な実力者でないと入団を許可しない》などというルールはなく、イツキが気に入ればとりあえず入団する事が可能になっているのだそうだ。そんな感じの雰囲気で営まれているアルファルドのまとめ役を買っているのは、実はこのパイソンの方で、イツキはふらふら遊んでいるために、アルファルドをまとめるような事はほとんどしていないという。

 

 それがイツキからの話だったが、パイソンはそれを否定。アルファルドの者達は皆、イツキを(した)ってやって来た者ばかりであり、イツキがリーダーだからこそアルファルドは成り立っているのだ――と、パイソンはしっかりと告げた。

 

 そんな話をしていると、イツキのガレージに辿り着いた。エレベーターに乗って下へ向かうと、神武の格納庫に到着。鳥籠にも思えるような専用のスペースに神武は自ら入っていき、ゆっくりと羽を休め始めた。

 

 本当に生き物のような神武の仕草に三人で感心した後に、イツキの案内を受けて、ついにアルファルドのチームルームに辿り着いた。

 

 部屋の中は会議室のようになっていた。テーブルと椅子が規則正しく並んでいて、そこに構成員達が座っていたり、話をしていたりした。

 

 が、イツキが入って来るや否や、彼らはほぼ一斉に立ち上がり、イツキに「お帰りなさい」と口々に挨拶をしてきた。

 

 その様子はまるで、どこかの軍の部隊員のようにも見え、それらに頭を下げられるイツキの姿は、部隊の上官や司令官を思い起こさせた。

 

 

「皆イツキの事を信頼してるんだな。イツキの事を見てると、こうなるのもわかる気がする」

 

 

 構成員達から少し離れた、奥の席に座ったアルトリウスが言うと、対面しているイツキではなく、その隣のパイソンが答えた。

 

 

「アーサーさん、貴方は人を見る目がありますね。全くそのとおりです。イツキさんは頭も切れて、実力もすごい。イツキさんにそれだけのモノがあるからこそ、アルファルドは今の形に落ち着けているのです」

 

 

 イツキの表情が曇る。如何にも困った事を言われているような顔だった。

 

 

「人望ねぇ。なんか胡散臭(うさんくさ)いなぁ。僕はただ皆の夢や話を聞いてあげただけなんだけど」

 

「夢、ですか?」

 

 

 レイアが首を傾げると、イツキは腕組をした。

 

 

「皆に認められたい。かっこよくなりたい。銃を撃ちたい。戦場を味わってみたい。ロボットを操ってみたい。

 ――何より、強くなりたい。強くなって、強者として頂点を目指し、そこから全てを見下ろしたい……とかね。皆、結構そういう事を思ったり、夢として目指していたりするんだ。僕はそんな夢や話を沢山聞いてきたよ」

 

 

 イツキの言った《夢》は、確かに誰もが抱いていそうなモノだ。そのいくつかは、自分の中にもある。やはり皆が考える事、目指す事は同じなのかもしれない。

 

 

「――強くなりたい……か。強くなって……あたしは…………と…………ううん………に…………」

 

 

 その時、クレハの方から何か聞こえたような気がしたが、すぐにイツキの言葉が届いてきた。

 

 

「けれど、仮想空間だからそういうのが実現できるとでも思ってるのかな」

 

 

 アルトリウスはびっくりした。散々夢を聞いておきながら、イツキはそれを真っ向から否定してきた。流れを予想できなかったのはクレハもそうだったようで、イツキに反論した。

 

 

「お、おかしいですか。そういう夢を持ったりするのって、ごく普通の事だと思うんですけど」

 

「《普通》か。その定義がなんなのかによるけど、VRMMORPGのプレイヤーの多くがそうだから……うん。《GGO》において、こういった願望を持つのは普通の事だと思えるね」

 

 

 そういえばキリトのところに居る、チビサイズの似合わない女性――イリスもイツキの言っているような事を口にする傾向にあった。イツキもイリスと同じタイプの人なのだろうか。アルトリウスはふと考えていた。

 

 そのイツキに、クレハが答える。

 

 

「そ、そうですよ! 他にも銃を使ってみたかったりだとか、友達が欲しいとか、そういう理由もあるんでしょうけれど」

 

「それじゃあクレハ君とアーサー君、君達が《GGO》に来た理由は何かな」

 

 

 イツキはかなり急に問いかけてきたが、それに対する答えがないわけではなかったのがクレハだった。

 

 

「あたしはもとからゲームが好きで、ガンゲーにも興味がありましたから、《GGO》に来ました。それで、やるからには勿論トップを目指そうと思って、撃ち込んでるんです!」

 

「なるほど。じゃあアーサー君は」

 

「……クレハが誘ったから、来たかな」

 

 

 アルトリウスの答えが余程意外だったのか、イツキは軽く驚いた様子を見せた。

 

 

「へぇ、君達はリアルで知り合いなのか。って事は、《GGO》に来てるのはただの付き合いかな」

 

「いや、そういうわけじゃない。このゲームはすごく楽しいんだ。だから続けてる」

 

 

 イツキは納得したような素振りになる。

 

 

「そっか。確かにそうかもね。純粋に楽しいからゲームをする。退屈だから楽しい事を探してゲームをする。君は僕と同じだ。僕も退屈しのぎのためにこのゲームをしているわけだからね」

 

「イツキも割と単純な理由でやってたんだな」

 

「そうだよ。そして僕の勘だけど君は……いや、君とクレハ君は将来とんでもなく大きな事を成し遂げるんじゃないかって思うんだ。その過程を見てみたい。だからアーサー君とクレハ君、うちのスコードロンに入らないかい」

 

 

 急な誘いに二人でびっくりする。《GGO》のトップ5のアルファルドに自分達が加入して良いだって? 恐らくそれは前代未聞の出来事だろう。現にイツキの隣のパイソンが、少し戸惑ったような顔をした。

 

 

「あの、イツキさん。初心者のスコードロン入りはいかがなものでしょうか。他の構成員達の士気にも、強く関わります」

 

「僕はこのスコードロンに初心者は入っちゃいけないとは決めてないよ。勿論無理強いをする気はないけれども、どうかな、アーサー君」

 

 

 アルトリウスは一旦口を閉ざし、顔を下げた。確かにイツキとはもっと話をしてみたいし、高レベルのプレイヤー集団であるアルファルドにだって興味はある。

 

 だけど、自分にはキリト達が既にいるし、半ばキリト達のチームの一人としてプレイしていくと決めている。

 

 《GGO》にいる誰もが喰い付きたくなる誘いだろうが、自分はそうは思えない。

 

 イツキには申し訳ないが、アルファルドへ入るつもりはないのだ。――アルトリウスは自らの答えをイツキに示した。

 

 

「ごめんイツキ。アルファルドに入るっていうのは断りたい。もう既に、俺もクレハもスコードロンに入ってるようなものだから」

 

 

 クレハが軽く驚いたが、イツキはうんうんと頷いた。決して嫌そうな様子はない。

 

 

「わかったよ。だけどさ、君の友達になるっていうのはありだろう? フレンド登録をしようじゃないか」

 

「あぁ、それならお願いするよ」

 

 

 イツキは快くもう一度頷いた。

 

 

「ありがとう。パーティメンバーとして、この《湖の騎士》の僕をよろしく頼むよ、アーサー君。しばらくは退屈しなさそうだ」

 

「へ?」

 

 

 自らを《湖の騎士》と言ったイツキは、いつの間にかパーティーに加入していた。

 

 クレハはその状況を見て、

 

 

「うっそ……」

 

 

 と漏らしていた。

 




























――ツイッターで公開していたシノンのイラスト――


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