キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 例によって原作から改変要素いっぱい。

 


06:妖毒鳥

          □□□

 

 

 《SBCフリューゲル》という新要素をキリト達と共に攻略するという目的を立てたアルトリウスは、フィールドへ出た。

 

 自分とレイアは《GGO》始めたてであり、フレンド登録をさせてもらったキリト達とはかなりレベルが離れてしまっている。

 

 《SBCフリューゲル》の難易度がどれくらいなのかはまだよくわかっていないが、低レベルでの攻略は困難であり、今のままではキリト達の足を引っ張りかねないのは目に見えていた。

 

 なので、今のうちに強くならなければならないのだ――アルトリウスはいつもよりも気合を入れて、レベリングのためのフィールド探索へ赴いているのだった。

 

 パーティメンバーはレイア、クレハの二人。そしてもう一人、キリトのところに居る事が多いはずのシノンだった。彼女がここに居る理由は、まだまだ初心者である自分の事がある程度心配だからという事だ。

 

 自分にはレイアとクレハもいるから十分だと返したが、「それだと足りない可能性もあるから、加わってあげる」と返され、結局シノンと同行する事になったのだった。

 

 しかしシノンはランキングで何度も名前が載っているトッププレイヤーの一人だし、激レアどころではないくらいの武器、対物(アンチマテリアル)ライフルを持っている。味方としてはこれ以上ないくらいに心強い存在だ。そんな人物の仲間になれて、尚且つパーティを組めている事はとても運の良い事であろう。

 

 アルトリウスはその幸運に感謝し、フィールドを歩いていた。

 

 《GGO》はどこもそんな感じなのだが、あちこちに文明の跡が見受けられ、それ以外では砂地や荒野が広がっているだけだ。

 

 まさしくガンナー達が争うために最適化されたような世界。フィールドに出ていると、そんな感覚がより強くなる傾向にあった。

 

 

「シノン、お聞きしたい事があります!」

 

 

 その中で、レイアが突然シノンに声掛けをした。シノンは少し驚いた様子を見せる。

 

 

「急にどうしたのよ、レイちゃん」

 

「シノンと出会ってまだ数日ですが、その中でシノンは、キリトと居る時間がすごく長いように感じました。まるでわたしとマスターみたいです! どうしてシノンはキリトと長い時間一緒に居るのですか?」

 

 

 シノンは「えぇっ」と大きな声を上げて驚いたが、アルトリウスは気付いた。

 

 そういえばレイアの疑問は自分もクレハも思っていた事だ。キリトと初めて出会った時にも、シノンはキリトとパーティを組んでいたし、その後もキリトと一緒に居るのが何度も見受けられた。今日はキリトと別行動しているけれど、それは彼女にとって珍しい事のようだ。

 

 キリトとシノンが一緒に居る理由とは何だろうか。

 

 

「んーとね……あまり大きな声では言えないし、他の人に喋ってもらったりすると困るんだけど、レイちゃん、他の人には言わないって約束できる?」

 

 

 シノンは少し頬を赤くして、レイアに言っていた。レイアは「勿論ですよ!」と答えて、シノンからの続報を待っているようだったが、アルトリウスは既に答えがわかったような気がした。

 

 それはどうやらクレハも同じだったようで――彼女はシノンに問いかけた。

 

 

「もしかしてシノンさん、キリトさんとはその……恋人同士、とか」

 

 

 シノンはびっくりしたようにクレハへ向き直った。どうやら図星だったらしいが、クレハの言った指摘は彼らを見ていればすぐにわかるようなものだった。

 

 しかしそれはAIであるレイアには理解しずらい事だったのか、彼女は驚いたような様子を見せる。

 

 

「えぇー! シノンとキリトは付き合っている、のですか!?」

 

「ちょっと、声大きい!」

 

 

 フィールドだから、聞き耳を立てているプレイヤーはいないだろうが、それでも大きな音はエネミーを引き付けてしまう原因になりかねない。それに何よりシノンにとっては大きな声を出して言ってもらいたくない事なのは間違いないので、その反応は当然だった。

 

 アルトリウスがレイアに「静かに話をしてくれ」と頼み込むと、レイアは一瞬両手で口を押えた後に、音量を下げた声で喋り始めた。

 

 

「そうだったのですか。シノンはキリトと、お付き合いを……」

 

「……付き合ってるとか恋人とか、そういうのはわかるのね、レイちゃんは。そうよ。私とキリトは付き合ってるって事になるわ」

 

「付き合ってる……恋人同士……」

 

 

 クレハがぼそりと呟いたのを聞き取り、アルトリウスは向き直った。クレハは少し下を向いていたが、やがて顔を上げてシノンに話しかける。

 

 

「言われてみればそうですよね。お二人を見てると、友達以上の何かを感じられてました。それってお二人が恋人同士だったからだったんですね」

 

「え、そんなの出てるの?」

 

「はい、お二人から滅茶苦茶感じられてます」

 

 

 シノンはまたしてもびっくりしたような顔をしていた。

 

 クレハの言うとおり、キリトとシノンの連携はフレンドやパーティメンバー同士以上の精密さと強力さを見せつけてくるし、そんな二人の間には目に見えない繋がりを感じられる事がある。それは互いに抱いている恋愛感情によるものだったのだ。

 

 そこへ更にクレハが続ける。

 

 

「っていう事はシノンさんは、キリトさんとは幼馴染とかだったりするんですか。幼い頃から出会ってたとか」

 

「ううん、私の場合は結構最近。お互い全然違うところに住んでたし、偶然出会ったようなものだったのよ。けれどね、キリトは私のために全力になってくれて、戦ってくれる人だったの。だから恋人同士になったっていうか、気付いた時には既になってたっていうか……」

 

 

 明らかに自慢話や惚気話(のろけばなし)のように聞こえるが、しかしシノンからそのような感じはない。事実を素直に話しているだけなのだ。シノンとキリトは恋人同士であり、幼馴染ではないが、互いを思い合っている――それが事実であると教えてくれている。ただそれだけだ。

 

 そんな話を聞いて、レイアは嬉しそうにした。

 

 

「なるほどです! キリトとシノンはとても良好なお付き合いをしているのですね! とても良い事だと思います! 続けるべきです!」

 

 

 そこでようやくシノンは笑った。静かで穏やかな笑いだ。

 

 

「……ありがと、レイちゃん。続けさせてもらうわよ、勿論」

 

 

 レイアは「それがいいです!」と続けた。

 

 レイアの言っている通り、キリトとシノンの恋人関係はとても良好だとわかる。恋人同士になっても別れてしまう、破局してしまうなんていう話もよく聞くけれども、この二人ほどそれから縁の遠い繋がりの持ち主はいないだろう。

 

 そんな気がしたそこで、アルトリウスはクレハに気付いた。クレハはまた(うつむ)いていたのだ。

 

 

「……何……キリトさんとシノンさんは幼馴染でも何でもないのに、こんなに仲良くて…………のに、あたしは……と……」

 

 

 何かを呟いているのはわかるが、ところどころ聞き取れない。思わず首を傾げたその時に、クレハの俯き加減の視線とアルトリウスの視線が交差し、彼女は驚いたような反応をした。

 

 

「わぁッ!? な、何よアーサー」

 

「いやいや、そっちこそ何だよ。急に大きな声上げて」

 

「あんたがこっちを見て来てたからよ。何、あたしの顔に何かついてる?」

 

「いや、特に何もないけど……」

 

 

 クレハは「そっ」と言って前を向いた。まるでやる気スイッチが入ったかのようだ。

 

 

「さぁさぁ、話をするのはこのくらいにして先に進みましょ。どんどん強くなって稼いで、《SBCフリューゲル》実装に間に合わせないと!」

 

「確かに、そうした方が良さそうね。急ぎましょうか」

 

 

 クレハに続いてシノンが歩み始める。

 

 ここに来たのは新要素である《SBCフリューゲル》に間に合わせるためだったから、そのための行動をしないと来た意味がない。レイアも話を聞けて満足したようで、進む気を見せている。この勢いに乗って先へ進み、経験値を溜めていくとしよう――アルトリウスはそう思い、歩み出した二人に付いていくように歩き出した。

 

 だが、それから数分もしないうちに異変が起きた。レイアが突然立ち止まった。アルトリウス達は思わず驚いて同じように立ち止まり、レイアへ向き直る。

 

 

「どうした、レイア」

 

 

 アルトリウスの問いかけを受けたレイアは、目を閉じた。

 

 

「マスター、何か聞こえます」

 

 

 クレハが首を傾げてレイアに応じる。

 

 

「聞こえる? 聞こえるって、何が」

 

 

 レイアは地に膝を降ろし、そのまま両手と耳を地面へ当てた。急な行動に三人で戸惑ったが、それが地面を這ってくる音を聞き取ろうとしている行為であるという事にアルトリウスはすぐに気が付いた。

 

 そういえばレイアはアファシスというAIなので、いくつかの感覚器官がプレイヤーよりも優れているという情報を、キリトの仲間であるアルゴからつい先日教えてもらった。レイアは聴覚がプレイヤーよりも優れているからこそ、自分達が聞き取れないような音を聞き取り、それを改めて確認しようとしているのだろう。

 

 その音の発生源がどのようなものであるかは――嫌な予感しか抱けない。レイアは地面に耳を付けたまま、報告をしてきた。

 

 

「この位置から十時の方向……がしゃんがしゃんという音が非常に連続して聞こえてきます。恐らくはエネミーです! (およ)そ二体くらいが来ています!」

 

 

 がしゃんがしゃんという音は、エネミーの中でも戦機がたてる音だ。それが連続しているという事は、リランのような獣型戦機の特徴に当てはまる。

 

 ここに獣型戦機が二体ほど向かってきている。警戒したアルトリウスが手持ちのアサルトライフル《M4カービン》を十時方向に構えるより前に、シノンが《ヘカートⅡ》を構えていた。流石トップランカーの一人、反応速度も違っていた。

 

 直後、レイアは地面から耳を離し、アルトリウスのサブウェポンであるものと同じソーコムを構えた。

 

 

「もう、すぐそこまで来ています!」

 

「ふぅん、迎撃してやろうじゃないのよ!」

 

 

 クレハがサブマシンガン《UZI》を構えてアルトリウスの隣へ並んだ。丁度二人で集中攻撃ができる立ち回りだった。アルトリウスは心強さを感じてM4をしっかり持ったが、直後にシノンが声を上げた。

 

 

「見えたわ! えっ……あれは……リラン……!?」

 

 

 シノンはスコープを覗いていた。そしてその口から出た言葉はスコープで見えたモノのためのものなのだろうが、十分に衝撃的だった。キリトのビークルオートマタであるはずのリランがこっちに来ている?

 

 アルトリウスは目を細めてシノンの視線の先を見た。廃墟が入り混じる荒野地帯の奥の方に揺らぐ、大きな影が認められた。その大きさと形は確かにリランによく似ているが、色が黒いように見える。

 

 

「リランが来てるのか」

 

 

 アルトリウスが思わず問うたが、シノンはすぐに首を横に振った。

 

 

「いいえ、違うわ。狼型の戦機が二機、こっちに向けて走って来てる。どう考えても敵ねッ」

 

 

 次の瞬間、シノンは引き金を絞った。M4カービンでも、そこら辺の狙撃銃でも出せないような強大な発砲音がすると同時に弾丸が射出され、シノンの見つめる先へ真っ直ぐに飛んでいった。それは黒い二匹の狼と思わしき影を貫くかと思われたが、二匹の狼の影は驚くべき瞬発力でステップして回避してみせた。

 

 普通の獣ならばできそうにない動きを物の見事に発揮する様は、まさしく戦機だ。しかしこれまで相手にしてきた戦機の中で、シノンの対物ライフル弾を回避した戦機は確認できていない。そんな動きを成し遂げたあの戦機は、これまで出会った戦機の内のどれよりも強い危険性が非常に高い。

 

 咄嗟に把握したような気になったアルトリウスはM4カービンを構える腕に力を入れた。間もなくして黒い狼と思わしき影は大きくなった。全高はおよそ五メートル前後。リランとほぼ同サイズだ。

 

 しかしリランはそれだけのサイズで《GGO》最強の火力を誇っているから、リランと同じサイズというだけで十分に警戒するに足りる。そこに積載されている火器は――。

 

 

「ほほぉ! 対物ライフルじゃ――ん!」

 

 

 確認しようとするアルトリウスの耳に声が届いた。女の声。かなりハイテンションで、良く聞こえる声量だ。ここまでのテンションの声を出す女性をアルトリウスは一人も知らないものだから、思い切り驚いてしまった。しかしもっと驚くべきは、その声が近付いてくる鉄の狼から聞こえてきたという事だ。

 

 もう一度確認しようとしたそこで、二匹の鉄狼は二手に分かれてアルトリウス達の左右を通り抜けて背後に廻った。導かれるようにそちらへ身体ごと向き直ると、鉄狼達の正体が割れた。

 

 リランとはまた異なったデザインの、全体的にごつい黒の鋼鉄甲冑で全身を覆い、赤いカメラアイをしている。しかし奇妙な事に、こちらから見て右側に居るのは身体の右側の、左側に居るのは身体の左側の、それも後部にだけ短機関銃らしき武装が確認できており、反対側には何もない。

 

 更に言えば、武装のない側の前足は大きくなっていて形もごつくなっている。リランの身体は左右対称(シンメトリー)だったが、あの二体の鉄狼は左右非対称(アシンメトリー)だ。全く以て見た事のない戦機である。

 

 

「何、こいつらは!?」

 

 

 クレハが驚いたように声を上げると、応答があった。

 

 

「え? 見てわかんない? この子らは私のペットだよ。餌代ヤバい事になってる最高のペット!」

 

 

 先程の女の声と同じものが、右側に居る鉄狼からした。その背中に人影があった事を認められたが、それはすぐに狼から降りてきた。

 

 その姿を目にして、アルトリウスは息を呑んだ。声の主であるそれは勿論女だ。身長は一七五センチ程度の長身であり、黒髪を高い位置でポニーテールにしている。服装は身体にぴっちりと貼り付いている濃紺のコンバットスーツで、贅肉や豊満さが全く無い、しなやかな筋肉だけの身体だ。

 

 磨き上げられた宝石や美術品のように、思わず見とれてしまうような外観だが、頬元に刻まれた幾何学(きかがく)模様の煉瓦色タトゥーと、猛禽類(もうきんるい)を連想させる鋭い目つきが背筋に奇妙な悪寒を招いてくる。

 

 美しくもあるが禍々しくもある狩人、もしくは美しさと凶悪さを兼ね揃えた肉食動物というイメージがぴったりの女性プレイヤーだった。

 

 その手に持たれているのは《AK-47》。シュピーゲルによると、反動によるブレが激しいが攻撃力が高いのが特徴で、現実世界では《世界で最も人間を殺した小さな大量殺戮兵器》という異名を持っているという話だ。

 

 そんなモノを手にして黒き鉄狼から降りてきた狩人は、凶悪であるという他ない。そしてその狩人こそが、最初に口を開いてきた張本人だった。

 

 

「やぁやぁ諸君。撃つのはちょっと待って。こっちも撃たないからさー」

 

 

 女はそう言って《AK-47》を下ろした。戦闘意思がひとまずないという主張だが、油断ならない。

 

 

「まさかこの子達に狙撃を仕掛けるなんてねぇ。スコープでこの子達を見た奴らはみんなビビッて逃げちゃうっていうのにさぁ」

 

「……」

 

「この子達を狙撃したのは初めてだよ、シノンちゃんが。さっすがぁ」

 

 

 アルトリウスは思わず驚いた。こいつはシノンの事を知っているうえでアプローチをかけてきているのか。しかしシノンの方は名前を当てられたのに冷静さを保っている。こいつがやって来るのは想定済みだったのか、或いは名前を当てられる事に慣れているのか。

 

 そのシノンは目の前の女に向けて、口を開けた。

 

 

「そう言うあんた、《ピトフーイ》でしょ」

 

「おぉぉぉぉぉ! まさか名前を知られてるっていう! 有名人に名前憶えてもらってるっていう!」

 

 

 《ピトフーイ》と呼ばれた女はさらにハイテンションになった。シノンは彼女の事を知っているようだが、アルトリウスの中にはその名前は存在しない。《ピトフーイ》は何者なのだろうか。そう思った矢先に反応したのがクレハだった。

 

 

「ピトフーイって、あのピトフーイさん!? トップランカーの一人の!?」

 

 

 アルトリウスはレイアと一緒に驚いた。このピトフーイはランキングに名を載せている人物である。つまり《GGO》で猛者に入るという事だ。

 

 キリトといい、シノンといい、とんでもない人物と連続で出会ってしまっている。これも幸運というべきなのだろうか。そんな事を考えるアルトリウスを他所に、ピトフーイはクレハとシノンを交互に見た。

 

 

「そのとおり。けど、私はやりたい事思いっきりやってたら、いつの間にかトップランカーになっちゃってただけだよ。この子達もその副産物みたいな(もん)

 

「それで、トップランカーの一人のピトフーイが、私に何の用?」

 

 

 シノンが鋭い眼差しでピトフーイを睨み付けている。あんな目で睨まれたら震え上がってしまいそうだが、ピトフーイは同じくらい鋭い目付きでシノンを睨み返している。口角は上がったままだが、目は非常に鋭くて攻撃的だ。

 

 

「別にシノンを追いかけてたってわけじゃないよ。ただ、仲良い友達と後で合流する約束してフィールドを駆けてたら、シノン達に出会っただけ。ストーカーしてたわけじゃないから、そこら辺は安心して」

 

「けれど、何かを求めてるような感じね」

 

「御名答。早速だけどシノン、その対物ライフルを私に恵んでくれる?」

 

 

 突然の要求にアルトリウスは「は!?」と声を上げた。出会って数分でその銃を寄越せなんて言って来るプレイヤーを見たのは初めてだ。《GGO》にはこんな変な事を考えるプレイヤーまでいるのか。そう思うとピトフーイが変なモノに見え始めた。そのピトフーイへの答えを、シノンは返した。

 

 

「……ねぇ、私がそれに応じると思って言ってきてるの?」

 

「できればそうしてもらいたかったけど、そんなわけないよねぇ。シノンさぁ、それすごく大事にしてるでしょ」

 

「見ただけじゃわからないかしら」

 

「いや、よくわかるから言ってる。多分だけどシノンは目的を持ってトップランカーになってるよね。私みたいにやりたい事やりまくってたら、いつの間にかトップランカーになってたわけじゃない」

 

 

 シノンは沈黙した。否定しないという意思表示が見える。ピトフーイが続けた。

 

 

「それでさ、きっとシノンの事をトップランカーに持って行ってるのは、その銃なんだと思うよね。シノンはその銃があって、その銃を使えるからこそ、トップランカーになってる。そうじゃない?」

 

 

 確かに、シノンは手に入れる事さえ難しいとされる《ヘカートⅡ》を手に入れ、尚且つそれが要求してくるステータスを上回り、取り扱う事ができている。

 

 だからこそ彼女はランキングに名が乗っているようなものなのだろうが、逆に考えれば、シノンはヘカートⅡがあるからこそトップランカーで居られるという事だ。

 

 ヘカートⅡこそがシノンをトップランカーの座へ導いている――ピトフーイはそう主張しているらしい。その主張を伝えられたシノンは、雰囲気を変えずに続ける。

 

 

「もしそうだとしたら、何?」

 

「そんなの欲しくなるに決まってるじゃない! 敵なし狙撃手(スナイパー)の所有物なんて! それがあればこの世界を、このゲームを、この殺し合いをもっともっと楽しめて、もっともっと気持ちよくなれる。そうじゃない?」

 

「「こ、殺し合いって……」」

 

 

 ドン引きするクレハとレイア。アルトリウスも同感だが、わからないわけではない。この《GGO》はDM(デスマッチ)TDM(チームデスマッチ)が基本中の基本であり、それは言うなれば殺し合いだ。

 

 ピトフーイの言っている殺し合いという表現は決して間違っているものではないし、そもそも銃火器は全て殺し合いのための道具だ。強い銃火器は殺し合いをもっともっと効率的に、楽しくするためのもの。

 

 強い銃火器を見つけたら欲しいと思わないガンナーなど、この世界には存在しない。だからピトフーイは間違っていない。寧ろ《GGO》内では最も健全な意見と思考を持つプレイヤーと言えるだろう。アルトリウスは二人のやり取りでそう思っていた。

 

 

「そんな事だと思ったわ。けれど、この世界で欲しいものがあって、それを他のプレイヤーが持っていたなら、その時はどうするべきだったかしら。あんたなら嫌というほどわかってるんじゃない?」

 

 

 シノンの問いかけに、ピトフーイは「にやり」と口角を上げて答えた。

 

 

「殺してでも奪い取る。というわけで、これにて一時休戦は終了!」

 

 

 ピトフーイは驚くようなジャンプで、鉄狼の背中へ戻っていった。本来ならばこの瞬間で発砲しても良かったのだろうが、そこまで思考が追い付けなかった。

 

 

「トップランカーのシノンが相手じゃ、ちょっとやさっとじゃ勝てないよね。というわけで全力で行かせてもらうよ。ゴグとマゴグ、くっ付いて!」

 

 

 右側の狼に乗るピトフーイが号令すると、二匹の鉄狼は咆哮した。そして次の瞬間から繰り広げられた光景に、アルトリウスは絶句した。

 

 二匹の鉄の狼が互いに近付いたかと思うと、その身体が変形を開始した。互いのごつい前足が伸びながら横方向に回転して肩と合着し、右側に居るのは左側、左側に居るのは右側の後ろ脚が、本来尻尾にあるべき位置に移動して合着、一本の大きな尻尾となる。

 

 そしてそのまま――あろう事か空白になった身体の側面同士を合わせ、合体。細かった身体同士の機械狼は二つ合わさる事でどっしりとした身体を手に入れ、肩から一対の腕を生やした。そして頭だけはそのままだが、双頭になっている。

 

 如何にも男の子が好きそうなシーケンスで誕生した双頭の巨狼の背中に、ピトフーイが得意げに跨っている。まるで地獄の猛獣使いだ。そしてそんな事ができるという事は、あれはピトフーイのビークルオートマタであるというのを意味している。

 

 

「いいでしょ? なんかこいつ、本当は《オルトロス》とかいうらしいんだけど、気に入らなかったから《ゴグマゴグ》って名前にしてるんだよねぇ。あ、右に居るのがゴグで、左に居るのがマゴグね」

 

 

 わざわざ説明してくれているピトフーイの解説も、上手く頭に入って来ない。相手にしてはいけない存在を相手にしてしまったような気がして、身体が震える。それでもM4カービンを構えるのは止めないが、震えのひどさは変わらない。

 

 

「いけない、こいつにはあんた達じゃ敵わないわ!」

 

 

 シノンが焦って伝えて来たが、言われる前からわかっていた。しかしピトフーイは完全に狩りをする気だった。

 

 

「いやいや、《GGO》ってそんなもんだよ。というわけでゴグマゴグ、Go(ゴー)!!」

 

 

 双頭の鉄狼は機械音の混ざる声で吼え、走り出そうとした。こんな奴の攻撃に耐えられるわけがない。一発喰らってお仕舞だ――そう思った瞬間、ピトフーイの方から大きな声が聞こえてきた。

 

 

《ピトさん聞いてる!? フィールドでシノンさんって人と会ってるなら戦うの止めて! ゴグとマゴグ、Stay(ステイ)Stay(ステイ)Stay(ステイ)Sit(スィット)Sit(スィット)Sit(スィット)――!!》

 

 

 突然の待て(Stay)お座り(Sit)の命令が聞こえたのか、ゴグマゴグと呼ばれた機械狼は急停止。本当にその場にお座りした。

 

 

「えっ、ちょ、ちょちょ――」

 

 

 双頭の機械狼の縦方向になった背中に乗っていたピトフーイが、間もなく転がり落ちた。

 

 




――今回登場武器解説――

AK-47
 実在するアサルトライフル。まだロシアがソビエト連邦と呼ばれていた頃に開発された銃であり、劣悪な環境でも生産できるような仕組みを目的に作られた。

 おかげで他銃器を遥かに上回る取り回しと耐久性、そして威力が生まれ、世界中に拡散されていった。そのため『世界で最も多く使われた軍用銃』としてギネスに登録されている。

 が、その記録の中の使用者には「テロリストや犯罪者」も含まれており、犯罪やテロリズムにも容易に使用されて、多くの犠牲者を出している。そのため、『世界最強最悪の殺人マシン』という不名誉な異名まで付けられる事になった。


UZI
 実在するサブマシンガン。イスラエルのIWI社という会社が開発、製造している、古い歴史を持つサブマシンガン。取って付けたような急ピッチの環境でも作れるようにというコンセプトで作られており、1956年の第二次中東戦争などで活躍した。

 現在はMP5に役目を渡しているが、MP5は高級品な方に入っているため、中小国では現役。


M4カービン
 実在するアサルトライフル。皆大好きM4。アサルトライフルと言ったらこれ。
 コルト・ファイヤーアームズ社が製造し、アメリカ軍や自衛隊が採用しているアサルトライフルであり、取り回しは最高の領域。

 更にカスタムパーツも色々付ける事ができ、グリップ、スコープは勿論、銃身下部に取り付けられるグレネードランチャーやショットガンもある。特にグレネードランチャーを取り付けたM4の姿はカッコいいの一言。

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