……KIBTの終わりはあと二年くらい先になりそうです。
□□□
「左方向、来るゾ!」
「リラン、ガトリングで掃射!」
アルゴの呼び声でキリトはリランに指示を送る。《機鋼狼リンドガルム》というビークルオートマタとなっているリランは左肩に背負うガトリング砲の空転を開始させ、三秒付近で発砲を開始した。猛烈な音と共に吐き出される弾丸が、キリトから見て左方向から迫り来ていた機械獣の群れを薙ぎ払った。
三十ミリの巨大弾丸によって機械獣達は一瞬にして銃創に塗れ、弾け飛んでいく。しかしそれでも機械獣の群れは三割減った程度で、まだまだ進行して来ている。数えきれない程ではないが、かなりの数の機械獣の群れがキリト達を包囲している状態だった。
SBCグロッケンの地下には旧文明の遺跡が眠っており、そこは同じく旧文明の生体兵器、戦機達が守る聖域でもあるとアルゴの話にはあった。その話に嘘偽りはなく、入り込んで進んで早々、沢山の戦機達がこちらを出迎えてきた。
戦機達はどれも動物を象ったような姿をしており、大型の
かつては大自然の住民として産み出され、大自然を生きる場所としていた猛獣達を、人間が科学技術によって模倣して作り上げた存在。それがかつての大戦争で多くの人間や動植物を殺戮したであろう戦機達の姿だった。
彼らは人間の都合だけで作り出され、作り出した人間の都合によって敵とされた人間達を殺し、大自然を破壊し、そこを生きる住民達をも殺して廻り、今現在の地球を作り上げたのだ。
大自然から生み出された者達を模倣して作られた、大自然を殺す獣達がこの機械獣達――そんな想像がキリトの頭の中を駆け廻っていた。
「こっちからも来る!」
「気を付けて!」
シノンとフィリアが交互に言い、シノンは《PSG-1》による精密射撃、フィリアは《モシン・ナガン》によるシノンよりも頻度の低い精密射撃を放っていた。彼女らの弾丸は、右方向からやってきている獣達を迎え撃っていた。
その獣達は機械の身体をしておらず、人間と爬虫類が融合したようなずんぐりとした容姿をしている者、蜥蜴とゴリラが合体しているような容姿をしている者など、現実世界に存在する動物達を歪に混ぜ合わせたような姿をしていた。
このGGOの地球で起きた大戦争では、機械獣の他に、様々な動物達の遺伝子や能力を掛け合わせて誕生させた生体兵器も使われ、それらが人間と戦機、自らと同じ生体兵器を殺し合っていたとされる。そういう設定を聞いた。
自分達が住む現実世界の地球上では、既存の動物の遺伝子を掛け合わせて新たな動物を作り出すような行為は禁止されている。その行為自体が生まれ来る生命に対する
しかし地球規模の戦争が起きた時には、そのような禁止事項や
これはあくまでゲームの中の話であり、シナリオデザイナー、シナリオライターの描いた作り話だ。そのはずだが、もしかしたらこの出来事は自分達の生きる地球の未来で起こり得てしまうのではないか――そんな想像が出来てしまうくらい、生体兵器、機械獣達の容姿や設定は異様なまでの
現実感を抱けるというのは、それだけそのゲームがよく出来たゲームであるという証拠だ。このGGOは余程の情熱と費用が注ぎ込まれたうえで作られたゲームなのだろう。
このゲームを作ったのは《ザスカー》というアメリカの会社なのだそうだが、そう言えばアメリカのゲームは昔からこういった現実感や没入感が強い傾向にあった。
それはてっきり旧世代ハードウェアに限定された話だと思っていたが、フルダイブ式ハードウェアが出た今となってもちゃんと生き残っていたようだ。
そのアメリカならではのこだわりと技術が生き生きと姿を見せているのが、このGGOという世界のようだった。そんな事を考えていると、耳元を弾丸が掠めてきて、キリトは我に返った。
生体兵器や戦機達に対する感慨に耽っている場合ではない。今はゲームの中と言えど戦いの最中であり、強くなるための道の真ん中に居る。気を抜けば全身を穴だらけにされて終わりだ。持ち物だって奪われる。
また手に入れる事は出来るだろうが、そこまでの道のりが割に合わないのは間違いない。ここで落としてしまってはならないものばかりを持ち込んでいるのだから、余計な事を考えずに戦わなければ。
そう思い直したキリトに襲い掛かってきたのは、戦機のうちの一体だった。容姿は豹やチーターなどに似ており、全体的にしなやかだった。そいつは腕に装備されている剣での切り裂きを仕掛けてきていた。そして動きは振り下ろし。既に他の世界で何度も見てきた動きだった。
「当たるかッ!」
豹型戦機の振り降ろしをキリトは再度ステップで回避、お返しとして光剣の切り上げをお見舞いした。白紫の光の刃が豹型戦機の装甲を切り裂き、内部の人工筋線維を引き裂いた。
光剣というエネルギーで構成された刃であるが故に、斬っても手応えはなかった。だがその一撃は確かに豹型戦機のHPを奪い切って、豹型戦機は赤と白のポリゴン片となって消滅した。
一撃で沈められる程防御力が低いわけでもないのは確かだったので、キリトは驚いたが、すぐにシノンやリラン、フィリアとアルゴの銃撃によるダメージを負った個体だとわかった。よく見れば自分達の周りを取り囲んでいる生体兵器、戦機達の大半が既に多くのダメージを負っている。彼女達がいつの間にかチャンスを作ってくれていたのだ。
「キリト、行って!」
そこにシノンの呼びかけが入り、キリトは地面を蹴って走り出した。そのまま一気に戦機と生体兵器の群れへ飛び込み、その多くを一閃していった。
爬虫類と人間が混ざったような生体兵器の爪攻撃を回避しながら光剣を振り下ろして斬り裂き、犀型戦機の突進攻撃をステップで回避してその顔を更に一閃。二体のエネミーがポリゴン片となって爆散した。
続けてキリトは勢いを付けてジャンプ、残っている虎型戦機の背中に飛び乗った。虎型戦機の背中には機関銃が二機装着されており、それによる射撃が飛んで来ていたのを先程から確認していた。虎型戦機の背中にしがみ付きながら、キリトは機関銃を細かく確認する。
それはプレイヤーが持てるものではなく、戦車や装甲車に搭載されているものだった。戦機達はやはり、SFなどによく出てくる歩行戦車の
なんと画期的かつ恐ろしい兵器なのだろうか。
「おぉっ!?」
急な揺れをキリトが襲った。虎型戦機が口許から怒りの声を発しながら身体を一心不乱に揺らし、機関銃をあちこちに乱射し始めていた。背中に敵が乗ってくるという非常事態を受けた事で混乱しているらしい。
その混乱によって起きている出来事のうち、機関銃の乱射がキリトの狙っていたものだった。十発以上浴びれば戦闘不能に追い込まれる威力を持っている機関銃を逆利用すれば、頼もしくないわけがない。
キリトは揺れを見計らって鉄虎の背中を飛び、機関銃にしがみ付いた。
「これでどうだよッ!」
機関銃を両手で抑え込み、強引に銃身を旋回させ、銃口を他戦機と生体兵器へ向けた。乱射は止まらず、戦車が敵戦車に向けて撃つ事を前程にしているであろう大型弾丸が戦機と生体兵器の群れに撃ち込まれていった。
まさか味方から攻撃されるとは思ってもいなかったのだろう、戦機も生体兵器も避ける事なく弾丸を浴び、次々と倒れて爆発四散。大量の経験値となってキリト達の許へ収まっていく。
アイテムのドロップがいくつも確認できたが、その詳細はわからない。流石にそこまで見ている余裕はキリトには無かった。
「わわわわッ!!?」
機関銃の発砲音に混ざって軽い悲鳴が聞こえた。フィリアの声色だった。彼女もまた光剣を手にして戦機と生体兵器に斬りかかっていたが、びっくりしたように立ったまま
フィリアは
「ちょっとキリト、こっちにまで飛ばして来ないでよ! もうちょっとでわたしにも当たるところだったよ!」
「ごめんごめん! ちょっと射線空けてくれ!」
遠回しに後退の指示を出すと、フィリアはバックステップして後退してくれた。残された戦機と生体兵器目掛けてキリトは機関銃の銃口を動かす。リロード無しに吐き出され続ける弾丸が戦機と生体兵器を破砕していく。
機関銃の威力もあるのだろうが、フィリアの剣撃――そしてシノンとアルゴとリランの銃撃――が戦機と生体兵器達の体力をある程度まで削ってくれていたようだ。彼女達の奮闘のおかげで、残りの戦機と生体兵器の数はあと八体程度になっている。
次で終わらせられる。
「どおぉらあッ!!」
腹の底から声を出して、ぐんと銃身を振り回すように力を籠めると、機関銃はキリトごと回転した。回転する銃口から絶えず弾丸が放たれ続け、散らばっていた戦機と生体兵器の残りを薙ぎ払った。
キリトが足でブレーキをかけて回転を止めたのと、戦機と生体兵器の群れが一匹残らず爆散したのは同時だった。残りはこの虎型戦機一体だけだ。キリトは光剣とUSPを引き抜き、立ち上がった。
「――ご苦労さん」
少し恰好を付けた台詞を出してキリトは虎型戦機の背中から飛び、その首元を斬り裂いた。光剣を使っている故に手応えはなかったが、虎型戦機の首は根元から斬り落とされた。
だが流石機械の獣というべきか、首を斬り落とされてもまだ機能していた。HPも残っている。本来ならば潰されれば絶命するはずの部分を潰されても機能出来るのがこの戦機達だ。
キリトは歯を食い縛り、虎型戦機の首根っこ断面にUSPを突っ込み、引き金を引いて連射した。弾丸と接射による
他のエネミーの気配は感知できない。ここら一帯のエネミーの排除に成功したようだ。キリトは戦闘態勢を一旦解除し、仲間達の許へ向かう。仲間――と言っても全員女の子達――もまた、一旦戦闘態勢を解除していた。
キリトがその傍まで行くと、アルゴが声を掛けてきた。
「キー坊、面白い事するじゃないカ。戦機の機関銃をぶん回して他のエネミーを撃つなんてサ」
「なんか使えそうな気がしたから、やってみたんだ。思いの外うまくいったよ」
つい先程敢行した、虎型戦機の機関銃で他のエネミーを撃つというやり方は、実は即席で思い付いたものだった。
このSBCグロッケンの地下遺跡は、アルゴの情報にあったとおりの高難易度ダンジョンであり、エネミーのステータスも自分達を遥かに上回っているものだった。並大抵のプレイヤーならば瞬殺されて街に
しかしそれでも、持っている銃火器による攻撃は火力不足が否めず、どんなに上手く戦ったとしても長期戦を強いられた。だからこそ、敵の持っている火力による攻撃を閃いたようなものだった。
「この戦い方はいけるゾ。情報として取り扱っておくゼ。提供ありがとうナ」
アルゴは嬉々としてメモ帳に記入を行っていた。しかし、今のやり方はかなり無茶のある戦い方でもあった。他のプレイヤーが真似したしても上手く行くかどうかは全く不明瞭だ。それを売ろうとしているアルゴのやり方に、キリトは苦笑いせざるを得なかった。
直後、シノンがキリトの許へ寄って来た。ウインドウを開き、目を点にしている。
「キリト、経験値がすごい事になってる……私、こんなの初めて見るわ……」
キリトは首を傾げた後にウインドウを開き、ステータスウインドウを表示させた。そして経験値の部分に目を向けて、シノン同様に目を点にしてしまった。次のレベルまで必要な経験値は《五千一百二十》とあるのだが、手に入っている経験値は《四万一千九百九十九》となっていた。
このGGOではフィールドとダンジョン内ではレベルアップせず、そこから帰還した際に経験値が適応されてレベルアップするようになっている。なので、フィールドとダンジョンに籠れば籠る程経験値をどこまでも溜め込む事が出来るのだが、あまりに膨大な経験値を溜め込めている場合、街への帰還時にレベルが十くらい一気に上がる事さえある。今のキリト達はまさにそれだ。
本来の適正レベルとステータスを大幅に下回っている状態で高難易度ダンジョンへ潜り、ずば抜けたプレイヤースキルで攻撃を掻い潜り、遥かに強いはずのエネミーを倒している。
結果として得るべきではない膨大な経験値を得る事になって、今現在の数値に至っているのだった。今更になって、キリトは自分達の行いが如何に常識外れなのかを思い知った。
「た、確かにすごい事になってるな。これ、街に帰ったらレベルいくつ上がるかな……」
「多分四から五は上がるんじゃないかしら。ビルドポイントもたっぷりもらえそう」
シノンの言うとおり、帰った時にはステ振りのためのビルドポイントが膨大な量もらえる事だろう。さて、そうなった時には何に割り振ろうか――そんな事を考えようとしたところ、またしても耳元に声が飛び込んできた。
先程同様フィリアの声だったが、強い興奮が混ざった声色だった。
「す、すごい! すごいよッ!!」
四人でそちらに向き直り、キリトはもう一度驚いた。
そこは生体兵器と戦機の群れが居たところだったが、その地面一帯には大量の弾薬と換金アイテム、銃火器が乱雑に落ちていた。生体兵器と戦機の群れからドロップしたアイテムの姿であり、フィリアはそこにしゃがみ込んで大喜びしていた。
まさしくお宝に辿り着いたトレジャーハンターの様子だった。
「見てよキリト! こんなにレアアイテムがあるよ!」
フィリアは何故かキリトを名指ししていた。少し首を傾げた後にキリトは「あぁ」と応答し、彼女の許へ向かう。フィリアと一緒になって落ちているアイテムを確認する。
《AKS-74U》、《FA-MAS》、《H&K XM8》、《FN FAL》といった上位アサルトライフルは勿論、《M63》、《H&K HK21E》といった機関銃、《DSR-1》などの狙撃銃もある。
そしてどれもがレアアイテムの分類に入り、多数の
一説によると
最初こそは彼女達の同行については苦言を漏らしたが、今になってそれが覆される事になり、キリトは若干すまない気持ちになった。やはりフィリアとアルゴに来てもらってよかった。
そんな事を思いながらキリトが落ちているアイテムを見ていると、そのアルゴがフィリアに声掛けをした。
「フィリア、喜んでるところ悪いんだが、落ちてるのは全部キー坊のものだゾ」
フィリアはびっくりしたようにアルゴへ向き直る。すぐさまその顔は不服そうなものになった。
「なんで!? わたし達でエネミーを倒したんだよ? なんでキリトだけが手に入れていい事になってるの」
「そもそもキー坊に付いて来れたのは、ここで手に入るものを全部譲渡するっていう約束があったからなんダ。だからお宝がドロップしたとしても、それは全部キー坊の物で、キー坊の許可なく手に入れちゃ駄目だゾ」
フィリアを諌めようとするアルゴを、キリトは少し意外に思った。何を企んでいるのかよくわからない仲間の筆頭であり、時にこちらを乗せてくるような事もやってくるのがアルゴだ。
そんな彼女の事だから、「この地下遺跡でのドロップ品は自由回収でいいゾ」なんて言い出すとばかり思っていた。ここまで律儀に約束を守ってくれているとは完全に予想外だった。――アルゴには非常に申し訳ないが。
「け、けれど……これ、いい……」
そう言ってフィリアはキリトの許へ向かってきた。
その腕と胸で抱えられているのは一丁の狙撃銃だった。銃身が少し太くて全体的に丸いのが特徴的で、拳銃やアサルトライフルの先端部に装着するサプレッサーに似ている。銃身そのものがサプレッサーとなっている、一風変わった狙撃銃のようだ。
それをフィリアは物欲しそうな仕草で抱いていて、近くにウインドウを表示させていた。名前は《VSS》。サプレッサーを銃身そのものに組み込む機構により高い消音効果を持ち、亜音速弾を発射できる狙撃銃であると書かれている。
それより詳しい性能や歴史などはシュピーゲルに聞いてみればわからなかったが、今現在フィリアの持っている狙撃銃よりも数段強いものであるとわかった。そんなVSSを抱えたフィリアは今、上目遣いでキリトを見つめて来ていた。
その瞳がどこか愛らしく感じられてしまい、キリトは思わずどきりとした。すかさずフィリアが声をかけてくる。
「キリト、その、約束したとおりだけど、その、これ……せめてこれだけは……」
これだけは手放したくない。どうかわたしにこれを頂戴――全部言われなくても、キリトはその意図がわかった。VSSをオークションに売り出せば、かなりの額のWCとGCになる事だろう。
しかしそれをフィリアが得物とすれば、今現在とこれからの火力上昇が見込める。どちらを優先するべきかは既にわかりきっている。キリトはその答えを出すように声を出した。
「いいよ。それはフィリアがもらっていってくれ」
「えっ、いいの!?」
「あぁ。なんだかんだ言って俺はフィリアに助けられてるし、ここまで君の協力のおかげで来れたんだからな。流石に何もお礼なしなんて出来ないよ。だから、それは持っていってくれ」
フィリアはぱぁと表情を明るくして、やがて笑みを浮かべて頷いた。
「ありがとうキリト! これがあればもっと戦えると思う! キリトの力にだってなれるよ!」
「あぁ、期待してるよ。トレジャーハンターの腕前をもっと見せてくれ」
「それじゃあ頑張らないとだね! この先ももっともっと戦って、お宝も沢山見つけないとね!」
フィリアはご機嫌な様子を見せつつ、手に入れたVSSを眺めていた。VSSのステータスは相当高いように見えたので、今ここからフィリアの火力は大きく上がる事だろう。
そこまで考えたところでキリトはある事を思いついた。フィリアの得たVSSのような高火力狙撃銃がドロップしているならば、もしかしたらシノンの使える狙撃銃もあるのではないだろうか。シノンの求めているような強い狙撃銃がこの中に落ちているかもしれない――思い立ったキリトはドロップアイテムの群れを見た。
「シノン、ちょっと来てくれ」
「…………何?」
後ろからシノンの声がしたが、それはどこか機嫌の悪そうな、少し苛立っているような声色だった。しかしすぐにシノンが隣にやってきたので、キリトは特に気にせずに続けた。
「ここに落ちてる武器の中に、シノンの使ってるのより強い狙撃銃があったりしないかな」
キリトがしゃがみ込むと同時にシノンもしゃがみ、落ちている武器の数々を品定めするように眺め始めた。落ちている銃火器は本当に選り取り見取りだ。狙撃銃も十丁程度確認できている。
名前も性能も見ていないが、シノンの使っているものより強そうに見えるものもある。きっとシノンが気に入る狙撃銃があるはずだ。
ちょっとした期待をしつつ横を見て――キリトは拙さを感じた。
「げ……」
「……」
ウインドウを開いて、狙撃銃を一つ一つ確認しているシノンの目は半開きになっており、その喉からは低い音がしている。如何にも気に入らないものを見ているかのような様子だ。いや、実際そうなのだろう。
ここまで一緒に居て、見てきているからわかる。彼女はとても苛立っている。
「えぇっと、シノンさん……」
「何もないわね。全部回収してオークションにでも売り込むといいわ」
そう言ってシノンは立ち上がり、離れていった。声色は苛立ちを隠せていないモノから変わっていない。キリトは言われるまま落ちている銃火器やアイテムの数々を回収し、ストレージに仕舞い込みながら考える。
シノンはどうして苛立っているのか。目ぼしいものがなかった事に対して苛立っているわけではないのは確かだ。そして何故だか知らないが、原因は恐らく自分にあるような気がしてならない。
少なくともこの地下遺跡に入り込んで、生体兵器と戦機の群れと戦い始めた時には苛立ってなかった気がする。自分のやった事の何がシノンを苛立たせてしまったのか。思考を回してみても答えに辿り着けそうにない。
キリトは咄嗟にリランに尋ねてみた。リランはずっとこちらを見ていたので、わかるはずだ。
「……リラン、シノンがなんか怒ってるみたいなんだが」
《うむ、怒っているであろうな》
「なんで? 俺何もしてないはずなんだけど」
リランは《声》で溜息を吐いてきた。鋼鉄で構成された顔をしているくせに、内部に呆れている表情が見えた気がした。
《お前、わからぬのか。シノンの伴侶のくせに》
そうだ、俺はシノンの伴侶だ。だけど俺にだってシノンの事を細部まで理解できているわけじゃあない。本当はそうありたいけれど、わからない事だってあるんだよ――キリトは徐々に焦り始めていた。
「いや、俺だってシノンの事、なんでも理解できてるってわけじゃあ――」
「ここに留まってても時間が無駄になるだけよ。早く進みましょう」
言いかけたところをシノンに遮られた。シノンはいつの間にか自分達の誰よりも前に出ており、先に進もうとしていた。かなりの距離が出来てしまっている。
ここいらのエネミー達は全滅させられたが、いつリポップしてくるかも定かではないし、ちょっと進めば新たなエネミー達が襲い掛かってくるかもしれない。あまりに距離を空けてしまっていては、エネミーの群れに袋叩きにされる危険性もある。
キリトは早歩きでシノンの許へ向かった。
「おいおい、待ってくれって。エネミーだっていつ襲って来るかわかったもんじゃないんだしさ。そんなに焦って進まない方がいいぞ」
シノンは何も言わずにぷいと前を向いてしまった。完全に機嫌を損ねている。どうしてそんなに怒ってるんだ。せめて俺が何をしたのか教えてくれ――そう思いつつキリトはシノンを追いかけて行った。
その途中でシノンは歩行の速度を緩めて、顔をこちらに向けてきた。非常に機嫌の悪い顔をしていた。
「キリトは気を抜き過ぎてるの。いつもならもっと早く進んで――」
シノンがそう言いかけたその時だった。
ぐいんっという音が聞こえたかと思うと、シノンの姿が下方向にずれた。シノンの立っている床が抜けていた。いや、正確にはシノンの居る位置を中心にして、三メートルくらいの穴が開いていた。
――罠だ。
「――えっ?」
「しッ――」
キリトが驚いたのと同時に、シノンの姿は穴の中に吸い込まれた。その直前の彼女が、何が起きたのかわからないような顔をしていたのをキリトは見逃さなかった。
「シノン!?」
思わず叫んだその次の瞬間、穴がかなりの速度で塞がり始めた。穴の両端から床がスライドして来ている。
穴の直径から考えて、一度に数人のプレイヤーを嵌めるタイプの罠であったようだ。恐らくその先に待ち構えているのは、数人のプレイヤーならば対処できるかもしれない、更なる罠だろう。
そこにシノンが一人で向かってしまう。確実に危険な出来事がこの先に待ち構えているだろう。そんな場所にシノンを一人で向かわせるわけにはいかない。
「シノンッ!!」
「キリト!!?」
キリトが地面を蹴って穴へ飛び込んだのと、後ろの仲間達から声がしたのは同刻の出来事だった。穴は閉じられ、帰り道もまた閉ざされた。
穴の中は当然真っ暗だったが、随分と縦に長かった。落ちているのに底が見えてこない。既に落ちているはずのシノンの姿も確認できないが、シノンの気配が穴の奥から感じられた。
落ちる速度を上げられる事を願って体重を入れると、闇の奥に水色が見えた。人影だ。やがて闇と風に目が慣れると、その形がはっきりした。シノンだった。
「シノン!」
咄嗟の呼びかけは通じた。彼女は落ちながらこちらに顔を向けて、驚きの表情を見せてきた。キリトまで落ちているとは思っていなかったようだ。
「キリト!?」
「ッ!」
もう少しだけ、もう少しだけ早く落ちろ――そう思って更に体重を込めると、シノンとの距離が近付いていき、ついに目の前にまで来た。
「キリト、あなた――むぐうッ!?」
手が届くところまで行けたところで、キリトは両腕を目一杯伸ばしてシノンの身体を掴み、そのまま抱き寄せた。シノンの頭を両手でしっかりと抱え込んで下を見ると――そこは水面だった。
逃れる手段は最早ない。シノンを守りつつ身体を垂直にして、キリトは水面へ突っ込んだ。大きな水飛沫の音と共に、目の前が真っ暗になった。
――今回登場武器解説――
・《AKS-74U》
実在するアサルトライフル。《AK-47》の後継銃であり、非常に取り回しが良く、各国の軍隊にも配備されている。ただし悪名も多い。
・《FA-MAS》
実在するアサルトライフル。フランスのサン=テチエンヌ造兵廠というところが製造しているアサルトライフルであり、主にフランス軍が使っている。構造から軍用ラッパ、トランペットなどと呼ばれる事も。精度が低いのが弱点。
・《H&K XM8》
実在するアサルトライフル。ドイツのヘッケラー&コッホが作っていたもので、アメリカ陸軍が採用を予定していたユニークな形状のアサルトライフル。
まさしく未来のアサルトライフルといった外観だが、威力や取り回し、銃そのものの性能に問題があり、結局軍で採用される事なく、お蔵入りになってしまった。
・《FN FAL》
実在する機関銃。アサルトライフルに似通った見た目をしているが、放つ弾はNATO弾であり、バトルライフルと呼ばれる。かつてはアメリカ軍などでも採用されていたが、現在ではヨーロッパ諸国の軍の小規模部隊などで採用されている程度。
・《M63》
実在する機関銃。パーツの取り換えを行う事により、軽めのアサルトライフルにする事も出来れば、高威力の重機関銃にする事も出来る。非常に便利な機構をしているが、現在では使用されていない。
・《H&K HK21E》
実在する機関銃。ヘッケラー&コッホで作られており、マガジンを付けて撃つ事も出来れば、弾丸を直接ベルトにしたベルトリンクを差し込んで撃つ事も出来る。ベルトリンクを接続されたこの機関銃の姿は海外映画でよく出てくる。
・《DSR-1》
実在する狙撃銃。ドイツで主に配備されている、ボルトアクション式狙撃銃。ボルトアクション故に取り回しが良いかと言われると、微妙。
・《VSS》
実在する狙撃銃。主にロシアで使われている狙撃銃であり、銃身そのものがサプレッサーとなっているのが特徴。発砲音から使用者を守り、静かに対象を貫く。
・《モシン・ナガン》
実在する狙撃銃。ソビエト連邦――現在のロシアで使われていたボルトアクション式狙撃銃。勿論その他の国でも使われていた。
ソ連軍兵士を超遠距離から次々と仕留め、その進軍を一切許さなかったとされる、『フィンランドの白い死神』と畏れられた狙撃手が使っていた銃として非常に有名。