01:銃と鋼の世界
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「これでかなりの経験値を稼げたと思うよ。すごいね、シノン」
黒緑のケープ、緑の迷彩服を纏った青年が声を掛けてきた。髪は見慣れた銀髪で、一本結びにできるくらいの長さがある。腰元には二丁のサブマシンガン――《H&K MP5》が装備されており、そこから吐き出される弾丸が無数の敵を仕留めていくのを、見てきていた。
彼は思った以上のやり手であり、ガンナーだった。そんな彼と一緒に、シノンと呼ばれた彼女はタッグを組み、フィールドに出ていた。
見渡す限り広がっているのは荒野であり、緑などほとんど認められない。空は異様なオレンジ色をした雲に覆われて、さながら黄昏のようになっているが、現在時刻は黄昏時でもない。この世界では空は青いものではなくなっているとの話だったが、それは本当の事だった。
「別に、大した事はないわよ。そういうシュピーゲルこそ、この世界に来た途端随分強くなったじゃない」
シュピーゲルと呼ばれた彼は少しくすぐったそうにしていた。これまで妖精の世界である《アルヴヘイム・オンライン》、剣の世界である《ソードアート・オリジン》での彼を見てきたが、そこでの彼は今の彼と比べてかなり弱かった。しかしこの世界に来た途端、彼は水を得た魚のように実力を発揮して、瞬く間に強くなっていった。
「やっぱり手に馴染むっていうか、僕は元々
シュピーゲルは重度のミリタリーオタクであり、軍隊関係の話になると一気に饒舌になるという話はキリトから聞いていた。銃が基本的な武器とされ、プレイヤーがガンナーとされるこの世界は、まさしくシュピーゲルにとって天国だった。
今もまた銃の話をされたばかりにスイッチが入り、早口
「しかもあるのは銃だけじゃないんだよ。機械、カッコいい戦機! そういうのもいっぱいラインナップされてて、この世界はFPSだけじゃなく、ロボットゲームでもあるんだ!」
「……そう」
シノンはそんな曖昧な答えをするしかない。自分にとってロボットや機械などどうでもよく、銃だけあればいいのだ。それ以外の事は特に気にしていない。確かにシュピーゲルにとっての天国なのだろうが、自分にとってはそこまで天国というわけでもなかった。
そんな場所に身を置く事になったシノンへ、シュピーゲルが何かに気付いたように声掛けしてきた。
「だけどシノン、大丈夫なの。銃はシノンにとって危ないものだったんじゃ?」
「……結局聞いたのね」
「うん、イリス先生が教えてくれたんだ。シノンとは銃の話をしてあげるなって……」
イリス先生――シュピーゲルの口から登場したその人は、シノンの専属医師だった。シノンの持っている忌まわしき病の治療を施してくれているその人の治療を、同じように受けていたのがこのシュピーゲルだ。
シノンとシュピーゲルは、同じ医師に掛かっている患者同士の仲でもあった。それによって互いに親近感のようなものを感じる事ができており、シノンもシュピーゲルをそんなに拒絶しようとは思わなかった。――ミリタリーものの事になるとうるさく感じるけれども。
「だから正直心配なんだよ、こんなに銃だらけの世界にシノンが来てるなんて。《GGO》ってどんなゲームって聞いてきた時も驚いたし、本当にシノンがコンバートしてきたのにも驚いたよ。まぁ、ここまで強い事がわかったのが一番びっくりだったけど」
「……そうでしょうね」
「ねぇシノン。なんでこの《GGO》にコンバートしたっていうの」
シュピーゲルに問われたシノンは彼から離れて、物陰からも出た。
どうして自分がこの世界――ガンゲイル・オンラインと呼ばれるフルダイブ式
その理由はただ一つ。もうイリスの治療を必要としなくなるため。そしてそうなる事で得られる幸せを、大好きな人達との幸せな日々を手に入れるためだ。そこへ辿り着くためには、この《GGO》こそが最適の道であり、この銃と鋼が普及する荒野の世界の果てにそれがあると、シノンは信じた。
だからこそシノンは今こうして、
それら事情を高圧縮した言葉を、シノンはシュピーゲルに語り掛けた。
「私はね、強くなりたいのよ」
「強くなりたい?」
シュピーゲルも物陰から出て、シノンの隣に並んだ。不思議そうな顔をしている。
「いやいや、シノンはもう十分に強いと思うよ。シノンは僕と違って《SAO》を戦い抜いたわけだし、《ALO》でも実力者だったわけだし」
「ううん、全然足りないのよ。私は弱いの。それで皆の足を引っ張ってる。シュピーゲルは知らないと思うけれど」
自分の目的、目標としている事柄を正確に言葉で説明しようとしているのに、何故か全く異なったものになってしまって、シノンは内心驚いていた。
いや、言っている事自体は間違っていないだろう。自分は弱いからこそイリスの治療を受け、大切な人の足を引っ張り、大好きな人達に迷惑をかけている。
言った事は事実に違いないと、シノンは改めて認識していた。それを聞いたシュピーゲルは眉毛を八の字にする。
「そんな事ないと思うけどなぁ……僕は少なくともシノンが弱いだなんて思ってないよ」
「君から見ればそうかもしれないけれど、私は現状が気に入らないのよ。だから、君に案内してもらって、この世界に来たのよ」
この《GGO》で戦う事になる切っ掛けとして、このシュピーゲルに《GGO》を進めるうえでの手順やポイントを教えてもらい、現在に至っている。
そう言えばこの時まで、この世界に来た細かい理由を話さずにいた。彼もわけのわからないまま手順やアドバイスを教えさせられて、困惑してしまった事だろう。今更ながらすまなく思ってきた。
だが、それを言葉に出す場合ではなかった。
「《GGO》って《ALO》以上にPvP、プレイヤーキル推奨じゃない?」
「そうだね。FPSだからその辺は仕方ないけど」
「だから私、ここに居る沢山のプレイヤー達を倒してく。ここに居る強い奴らを全部倒して……強くなる」
この世界に居る仲間以外は全てが敵だと思ってもいい。こちらの所持品やレベルに応じた経験値を求め、プレイヤー達は弾丸を飛ばしてくる。その弾幕の中に弾丸を撃ち返し、その身体を撃ち抜く。
それを日常としていけばきっと、最後には強くなった自分がいる。イリスの治療もいらない、大切な人達と何気なく過ごせる日々を得られた自分がいる。
そこへ辿り着くために、プレイヤーもモンスターも機械も撃って撃って撃ちまくり、倒していく。それがシノンにとっての新たな日常だった。
「つまり、《GGO》で一番強いプレイヤーになりたいんだね、シノン」
「そういう事になるかしらね」
「そういう事になるよ。でも、まさかシノンがそんな夢を持ってただなんて、意外だなぁ」
「君こそ、そういう事を思ったりはしてないの。この前だってMMOストリームの《今週の勝ち組さん》に出演してたじゃない。君はどうしてそこまで強くなろうと思ったの?」
シュピーゲルはまたしてもくすぐったそうにした。
今から数えて二週間ほど前に放送されたMMOストリームの、《今週の勝ち組さん》というコーナーにシュピーゲルが《GGO》アバターでの出演を果たした。
なんでもシュピーゲルは《GGO》ではかなりの強者であり、ここ最近ではランキングで一位二位を勝ち取り続けているというのだ。それだけの戦績を作り上げているからという事で、彼は全国放送のVRMMO番組に呼ばれ、皆から視聴される事になったのだった。
だからこそ、シノンはシュピーゲルに《GGO》でのアドバイスやサポートを頼んだわけなのだが、そう言えばシュピーゲルが《GGO》で強く居ようと思う理由を聞いていなかった。自分だけこの《GGO》で強くなろうとしている理由を話してしまった。
これでは不公平というものだ。そんなシノンの考えを
「僕の場合はいつの間にかだったんだよ。僕は元々ミリオタで、銃で戦うのが好きだったし。イリス先生が言ってたんだけど、現実だとかなりストレス溜めてるらしくてさ。そんなストレス発散のために、好きな銃で戦う《GGO》で戦ってたら、いつの間にかこんなに強くなってたんだ」
「ストレス発散って、それだけのためにそんなに強くなったの」
「ううーん、ストレスをできる限り発散してすっきりするための一番の近道が、ステータスとか上げて、なるべく強い銃を使ってなるべく沢山の敵を倒していくって事だったんだよね。負けたりすると結局ストレスになるわけだし。現実でも酷いのに《GGO》でもストレス溜まってるのは駄目だよって、イリス先生に細かく教わってさ」
だから快勝できる手段を模索し続けた結果、今の戦闘スタイルに繋がった。皆まで言われなくてもそれがわかった。
シュピーゲルはある意味基本に忠実にしていただけなのだろう。敵にやられないようにするにはどうすればいいのか、強い敵に打ち勝つにはどうすればいいのか――そんな疑問を絶えず投げかけ、それに対する回答となる行動をし続けた結果が、今の彼の姿なのだ。
ならば自分もそうするべきなのだろうか。
どうすれば敵に殺されず、いかにして敵を効率よく殺していくか。それを模索し続けていく事が、自分の思っている理想像への道なのかもしれない。
「なるほどね。なんだか参考になったかも」
「いやいや、そんなに参考になるものじゃないと思うよ。だってシノンは僕より早く強くな――」
シュピーゲルの言葉は最後まで続かなかった。彼は急に後方へダイブしてその場を離れた。驚くシノンの目の前、シュピーゲルとの間を弾丸がいくつも通り過ぎていった。狙われている。
モンスターや機械の気配は感知できない。こちらと敵対しているプレイヤーで間違いないだろう。銃弾の数から考えて、複数人なのも確かだ。シュピーゲルと話をしている間に接近されてしまっていたらしい。
この《GGO》での最大の敵は仲間ではないプレイヤーだ。何をいつ仕掛けてくるかわからないから、常に気を張って移動していなければならないのに、不意打ちを許してしまった。
小さな失敗を悔しく思いながら、シノンは先程まで隠れていた物陰に隠れてライフルを構え直した。
「シュピーゲル!」
「こっちから見て前方向に十人くらい!
この《GGO》でもギルドやチームを組む事ができ、それらの事をスコードロンと呼ぶ。ただでさえ厄介な他プレイヤーが群れを成すと、その危険度は跳ね上がる。なのでチームを組んで迎え撃つのが
《GGO》は自分一人の問題だからだ。仲間達の協力など必要ない。そんな中で唯一の協力者になってくれているシュピーゲルは両手のサブマシンガンを構えて、物陰の先を
その顔色は――拙い物を見ている表情になっていた。
「あいつは、ヤバいかも……」
「君のMP5二丁持ちよりヤバいの?」
「《ベヒモス》だよ! 《バルカン砲》使いだ!」
その一言にシノンはごくりと唾を飲み込んだ。
狙われない程度に顔を覗かせて、できる限り遠くを見る。こちらから見て百メートル程の地点に、シュピーゲルの報告通りの数のプレイヤー達が姿を見せていたが、その中央に居座る人影にシノンは目を奪われた。
大男だ。周りの細身のプレイヤー達に守られるようにして、どしどしと歩んでいる。金髪をオールバックにしている獰猛な獣のような顔つきで、その身体は筋肉隆々で
その身体に支えられるようにして持たれているのは、束ねられた六本の銃身の
「あれは……」
武器にしては明らかに行き過ぎているような気がしてならないそれは《M61 バルカン》、《バルカン砲》と呼ばれる超々重火器の一つだった。
《GGO》で実装されている重火器の中で最大とされているそのバルカン砲は、二十ミリ口径弾を秒間百発吐き出す事を可能とするとされ、現実での異名は《
それはプレイヤーの間でも重火器として一般普及している《ミニガン》もそうだが、あのバルカン砲は一般ミニガンの上位型で、破壊力、殲滅力が遥かに高いレア物の銃――そんな話を、シノンはシュピーゲルからの情報提供で聞いていた。
ミニガンよりも大口径で連射速度も勝っている化け物銃。手に入る事さえ稀であり、使いこなすのもまた困難なそんなものを担いで出てくるプレイヤーなど、常軌を逸しているようにも思えた。
「あれが君の言ってたバルカン砲なわけ」
「そうだよ。ミニガンの上位型で、今のところ最強の銃。それをベヒモスが手に入れてたなんて……!」
ベヒモスというプレイヤーの話もシュピーゲルから聞いた事がある。なんでも北大陸を根城にしている筋金入りの脳筋で、ミニガンを使わせれば勝てる者はいない程の実力を持ったベテランプレイヤーの一人であるらしい。
そんな彼の者は数ヶ月前くらいにスコードロンを組むようになって、様々なところを
そんなある意味有名人と出くわしたわけだが、最悪な事に、有名人はバルカン砲を手に入れて進化を遂げ、より凶悪化していた。
「あれ、重量どうなってるのよ。あんなの、重くて使えないでしょ」
「本体と背中のバッテリー内蔵ドラムマガジンで九十六キロある。そこに十分な弾薬を合わせると百二十キロ以上あるよ。ものすごい過重量ペナルティ喰らって移動も
そんなものを持ってフィールド歩いてるんだから、もうあれ、筋肉もりもりマッチョマンの
シュピーゲル、随分
しかし彼の意見は的外れではない。確かに自身に旧約聖書に登場する牛の魔物であるベヒモス――ベヒーモスとも呼ばれる――の名前を付けて、こんなPvP主流の戦場で取り回し最悪のバルカン砲をぶん回しているのだから、彼の者は十分に変態的である。
それをこんな場で愚直に口に出しているのは、まるでイリスの言葉遣いだ。もしこの場にイリスが居たら、シュピーゲルと同じようにベヒモスを「筋肉もりもりマッチョマンの変態」と呼んでいただろう。
イリス
「筋肉もりもり……マッチョマンで変態って……で、なんでそんな変態男がここに来てるわけ? なんで私達を狙ってるの」
「あまり考えたくないけれど、あいつらはランキング上位者を狙う傾向にあるって聞いた事がある。最近僕もランクインして、しかもこの前MMOストリームに出演したから、目を付けられてたかも」
PvP主流ゲームのプレイヤーとしてMMOストリームに出演するという事は、それ以降他のプレイヤー達に狙われやすくなるという事だ。
有名人となったプレイヤーをいち早く倒し、自分が有名人になり替わる下剋上を果たす。《GGO》をプレイするプレイヤー達の中に、そんな考えを抱いている者は少なくない。
あのベヒモスもそのクチなのだろう。そんなバルカン砲使いの大男に目を付けられていたシュピーゲルは、申し訳なさそうな顔を向けてきた。
「あいつは僕を狙ってきたんだ。シノンは何も関係ないのに巻き込んじゃって、ごめん……」
シノンは首を横に振った。シュピーゲルは何も悪くない。
ベヒモス自身もまた有名人の一人であり、彼の者を倒す事ができれば相当な経験値を得る事もできるだろう。
いやそもそも、自分の目的はこの《GGO》に
遅かれ早かれ、ベヒモスとこうして戦う運命だったのだ。
「君は悪くないわ。寧ろ向こうから来てくれて嬉しいくらいよ」
シノンの言葉に、シュピーゲルは目を見開いた。
「ま、まさかベヒモスとやり合おうっていうの!?」
「当然よ。今言ったでしょ、《GGO》にいる奴ら全部倒して強くなるって。ならあのベヒモスとも戦わないといけない。そうじゃないと、強くなれないわ」
そう言ってシノンは狙撃銃のリロードを行った。
狙撃銃の名は装備品ウインドウによれば《PSG-1》。ミリオタのシュピーゲルによれば、彼が持っているMP5と同じH&K社が販売している狙撃銃であり、普通の狙撃銃のようなボルトアクションではなく、サブマシンガンなどのようにセミオートで弾丸を連射できるという優等生だ。
《GGO》を始めて四ヶ月、ずっとこのPSG-1で敵を撃ち抜き続けてきたシノンは、上手い具合に使えているか怪しいのに、狙撃銃使いのベテランになりつつあった。ベヒモスもこのPSG-1に撃ち抜かれて終わるのだ。いや、終わらせてやるのだ。
――そんな事を思うシノンを半年ほど見てきているシュピーゲルの顔色は、良くなっていなかった。
「無理だよ! あいつの持ってるバルカン砲は並大抵の威力じゃないんだ。まともにやり合って勝てる相手じゃない!」
「私の立場を忘れた? 私は
こちらから見て後方にちょっとした建物と高台がある。この世界での旧文明の遺構というものだ。あそこに入り込んで高台へ登り、
バルカン砲と言えどミニガンの上位種でしかない。ミニガンには建物を破壊する程の破壊力はなく、破壊ができるのはロケットランチャーとグレネードランチャーだけであり、ベヒモスのスコードロンにそれらを使っている者達は見えない。
建物も障害物も壊せなくて、隠れられたら打つ手なし。十分に勝てる。シノンは立ち上がってシュピーゲルに号令する。
「あんなの大した事ないわ。私が高台に行くから、その間――」
言いかけた次の瞬間、突然暴風が吹いて、シノンは後方へ吹っ飛ばされた。
見える世界がぐるぐる回り、身体が地面に打ち付けられた。肺が詰まるような不快感が走り、更に鈍い痛みに似た不快感が全身を駆け抜けた。
「ぐぅ……!?」
不快感が収まったタイミングで顔を上げると、それまで遮蔽物になってくれていた物陰――旧文明の遺構の欠片が跡形もなく粉砕されていた。
今何が起きた。
もしかして爆発物を撃ち込まれた?
そう言えばこの《GGO》では重量が許す限り武器を複数持つ事ができる。その中でもアサルトライフルとロケットランチャーといった、連射銃と爆発物の組み合わせがポピュラーだ。
そして爆発物には、多少の障害物や建物ならば数回弾をぶつける事で崩壊させる事ができる特性が付与されている。
もしかして、あの中に何か爆発物を持っていたプレイヤーが混ざっていたのか。
見上げた先にベヒモスのスコードロンが見えたが、その誰もがロケットランチャーもグレネードランチャーも持っていなかった。
そのリーダーであるベヒモスは、バルカン砲で射撃体勢に入っており、その銃身はゆっくりと回転を止めて行っていた。射撃を終えた後のように見えた。
「な……!?」
そこまで見たところで、シノンはようやく気が付いた。
もしかしたらベヒモスの持っているバルカン砲は、障害物やある程度の厚さの壁なら破壊して吹き飛ばす事が可能という、エクストラ効果が付与されているのではないだろうか。それならば、シュピーゲルが顔を真っ青にしていた理由に説明が付く。
バルカン砲は旋回力と移動能力をほとんど奪われる代わりに、爆発物のような破壊力を得られるようになっている武器だったのだ。だからこそあそこまで警告してくれたのだろう。
なのに自分はそれを軽く聞き流し、まともにベヒモスの攻撃を受けてしまった。こんな事になるなど、まるで予想できずに。
「このッ……」
悔しさを胸に抱きながらも、シノンは狙撃銃を持って立ち上がった。
こんな事でやられる私じゃない。
ここで止まっている場合なんかじゃない。
私にはやるべき事がある。
だから負けられない――彼の者達に、そして自分自身に言い聞かせ、瞬時にスコープを覗いた。
更に瞬時にベヒモスの仲間を射線へ入れ、引き金を連続で引く。鋭い発射音が鳴ったかと思えば、ベヒモスの仲間の二人が後方へ吹っ飛ばされ、そのまま動かなくなった。戦闘不能に陥ったようだ。手応えがあったので、丁度急所を撃ち抜く事に成功できたようだ。
まさか反撃されるとは思ってもいなかったのだろう、ベヒモスのスコードロンの者達は慌てていた。
更にそこへ弾丸が無数に撃ち込まれて、注意がそちらへ向けられる。少しだけ離れたところからシュピーゲルがサブマシンガンによる射撃を試みてくれていた。
「こっちだ! お前らの敵は僕だッ!!」
あのなよなよしていた彼と同一人物だと思えないようにシュピーゲルが叫び、MP5二丁による簡易弾幕をベヒモスのスコードロンへ放っていく。
ベヒモスは射撃せず、その仲間達がアサルトライフルや軽機関銃で応戦に掛かると、弾幕と弾幕の撃ち合いになった。
流石MMOストリームに招待されるほどの実力者というべきか、シュピーゲルの放つ弾丸は次々ベヒモスの仲間達を捉え、撃ち抜いていった。
だが、サブマシンガンという拳銃を少しだけ強化した位の威力しかない銃であるためか、あるいはベヒモスのスコードロンは防御力が意味をなさないと言われるこの環境であえて防御力を上げているのか、倒れていかない。
対するシュピーゲルの身体を弾が
シュピーゲルは
もし敏捷性に極振りしているようなステータスだったならば、この程度の弾幕をかわす事など容易かっただろうが、そうはいかないのだ。
「シュピーゲルッ……!!」
呼びかけたのと同時に、前方が赤白く染まった。《
このゲームで銃口を向けられた際に、それと弾が飛んでくる事を知らせてくれるのがこのシステムだ。その大きさや太さは持たされている銃の口径、種類によって大きく上下するのだが、今のシノンに当てられている予測線は、頭の先から胸元くらいにまで及んでいた。
そんな馬鹿げた大きさの予測線を飛ばしているのは、当然ながらベヒモスのバルカン砲だった。ベヒモスは獰猛な獣の表情をして、バルカン砲のトリガーを引いていた。
銃身が回転を始め、弾を吐き出す準備に取り掛かっている。今に火を噴こうとしているのだ。
反撃する事は可能かもしれないが、やったところで当たらないのは目に見えていた。あれだけ速度や旋回を犠牲にするバルカン砲を背負っているのだ、きっと防御力も相当上げているに違いない。撃ったところで致命傷を与えるのは難しいだろう。
弾の吐き出しを僅かに遅らせる事ができた程度で、結局あのバルカン砲にばらばらにされる。それで終わりだ。
シュピーゲルが囮を買ってくれたというのに、結局無駄にしてしまった。
私は強くなれないの。
私は強くなる事なんか、できやしないの。
こんな敵に負ける事しか、できないの。
「――ッ……!!」
バルカン砲のエンジン音が大きくなった。もう終わりだ。
悔しさと悲しさが胸に湧いて出てきたシノンは歯を思い切り食い縛って、目を瞑った。
しかし、次の瞬間に音が止まった。いつまで経ってもこちらを吹き飛ばすバルカン砲の弾が飛んでこない。
「……え?」
ふと目を開けたところで、シノンはきょとんとした。ベヒモスが射撃体勢を止めて、きょろきょろとしている。
明らかに隙だらけになっている、《GGO》では絶対に回避しなければならない状態なのだが、それを止めないでいる。まるで何か不審なモノを感じ取っているかのようだ。
やがて、ベヒモスがようやく口を開けて言葉を発した。
「なんだ、なんなんだ、このアラート音……それに《
続けてベヒモスのスコードロンの一人が返す。
「ミサイル!? 最近アップデートで追加された
「まずい、ロックオンされてるぞ! ミサイルが来てる! それも、かなりの数!? どこの馬鹿がそんな――」
もう一人が叫んだ瞬間、ベヒモス達の上空が光った。かと思えば、彼らの周辺目掛けて何かが連続で降り注いできて地面に激突。連鎖爆発を引き起こした。
猛烈な爆風が起こり、舞い上がった砂煙でベヒモス達の姿が隠れてしまった。砂塵を防ぐべくシノンも目を腕で覆い、爆風が止んだタイミングで目を向け直すが、連中は砂煙に塗れて見えなくなっていた。しかし気配の数が大幅に減っている。今の爆発で過半数が戦闘不能に陥ったようだ。
だが、何が起きたというのだろうか。一体何が彼らの身に起きたからこそ、こんな状況になったというのだろう。
ロックオンされているとベヒモスのスコードロンが言っていたのを思い出す。そういえば最近アップデートでミサイルランチャーが武器として追加されてきたが、それを使っている者が現れたのだろうか。だとしたらそれは一体――。
考えるより先にシノンは後方を見た。轟音がする。何か大きな機械が動いているようなエンジンと鉄の音だ。その元凶をシノンはすぐに見つけ出した。こちらに向かって走ってくる大きな影があった。
「……え?」
それは狼だった。普通の狼ではなく、全身を人工筋肉と鋼鉄の鎧で武装した、巨大な機械の狼だ。
背中には戦車のように武器を搭載しているのが見える。この《GGO》で敵として登場する機械獣の一種類だった。
未来の機械技術によって誕生させられた霊獣や神獣のように思えるそんな狼が、こちらに向かって走ってきている。どんどん近付いてくる。
「な、何……」
思わず呟いた次の瞬間、またしても轟音がした。ブオオオという暴風のようなそれはバルカン砲の発砲音だった。ベヒモスだ。砂煙に巻かれたベヒモスが半狂乱になってバルカン砲を乱射していた。
弾丸は全て明後日の方向へ飛んでいき、シノンには当たらないが、近くの地面には当たっているので、当たるのは時間の問題だ。今のうちに脱出しなければ――。
「ぐう……きゃあッ!?」
シノンは思わず悲鳴を上げた。急に何かに背中の辺りを掴まれて、身体が持ち上げられた。
そのままぐんと引っ張られて、次の瞬間にシノンは何かに跨っているような状態になっていた。その感覚は、これまでの世界で感じたものだった。しかしこの世界では存在していないはずだ。
「これ……は……」
「全く、
《バルカン砲などという代物を人間の身で背負って撃ちまくっているとは。そういう事ができるのだとしても、野蛮なゴリラめ》
風の音に混ざって声がした。聞き覚えがあるとかそういうレベルではなく、毎日聞いている、とても聞き心地の良い声。その源を辿って目を向けて、シノンは思わず言葉を詰まらせた。
自分のすぐ前に、一人の男性がいた。
いや、少年だ。少し長めの黒髪で、黒いコート状のコンバットスーツに身を包んでいる少年。
その人がこちらに背中を向けつつ、わずかに顔を見せてくれていた。
その横顔を見た途端に、詰まっていた言葉が口から出てくれた。
「――キリト……?」
「……待たせたな、シノン」
彼は、そう返してくれた。
――原作との相違点――
①ベヒモスの『ミニガン』が一般普及中(原作のフェイタルバレットでは普通に使えるシリーズであるため)。
②ベヒモスのミニガンがバルカン砲に進化。
③ミサイル武器が実装されている。
④シノンの武器が今のところPSG-1。しかし……?
⑤シュピーゲルがAGI型ではなくバランス型。武器はダブルサブマシンガンとダブルショットガン。今週の勝ち組さんに出れるくらい強く、まとも精神。
――今回登場武器解説――
・
実在する狙撃銃。H&K社から出ており、よくある狙撃銃のようにボルトアクションで弾を込める必要がなく、やろうと思えばサブマシンガンのように連射できる優れもの。
・H&K MP5
実在するサブマシンガン。PSG-1同様H&K社から出ており、命中精度の高さが売り。対テロ戦などの標準装備であり、各国の警察機関でも採用されている。
・FIM-92 スティンガー
実在するミサイルランチャー。赤外線シーカーと熱源探知によって標的を追尾する力を持つ頼もしい地対空ミサイル。人に向けて撃つものではない。
・FGM-148 ジャベリン
実在するミサイルランチャー。対象を直接狙うダイレクトアタックモード、対象を上部から攻撃するトップアタックモードの切り替えが可能で、臨機応変に使える万能ミサイルランチャー。人に向けて撃つものではない。
・M61 バルカン(バルカン砲)
実在する二十mmガトリング砲。戦闘機や戦車に搭載される対戦闘車両兵器であり、生身の人間が使えるものではないが、GGOではミニガンの上位種として登場。ミニガンと違い、建物や障害物を崩壊させて敵を穿つ事が可能。
・M134 ミニガン
実在する七.六二mm機関砲。主にヘリのドア等に搭載される機関銃であり、別名《無痛銃》。GGOでは一般普及されている。