キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 彼の者の抱くもの。


 


21:ノーチラス

 

          □□□

 

 

 

 目を醒ますと、そこは薄暗いスタジアムの中だった。まだ意識が覚醒しきっていないのか、ぼんやりする。

 

 いったい何があったのだろうか――そう思ったシノンは身体を起こした。そのタイミングで届いてくる声があった。

 

 

「シノのん!」

 

 

 それはアスナの声だった。呼ばれるまま振り向くと、実際にアスナが居た。彼女だけではなく、リズベット、シリカ、フィリア、レイン、ユウキも、イリスもいて、更にエギル、ディアベル、シュピーゲル、カイムも確認できた。皆でオーグマーの裏機能を使ってダイブする寸前の光景の再現だ。

 

 その時との違いは、皆の意識が戻って来ている事だった。

 

 

「皆……私達、どうなったの」

 

 

 一番の疑問を口にしたシノンに答えたのもまたアスナだった。

 

 

「わからない。確かにヴァン君とエイジ君を倒したはずだったよね」

 

 

 フィリアが続けて説明してくれた。困惑している顔である。

 

 

「それなのにあいつ、最後の最後ですごいのを撃ってきて……気付いたらここに戻って来てたよ」

 

「一体何が起きたっていうのよ。あたし達、どうなったわけ? もしかして強制的にログアウトさせられたとか」

 

 

 リズベットが悔しそうな表情で言う。実際その通りだろう。ここはつい先程までいた、彼らの儀式の間と言えるところではなく、ユナのステージライブが行われていたスタジアムだ。

 

 自分達はあの時エクセリオンと化したヴァンの最後の抵抗に遭い、甚大なダメージを負い、ログアウトさせられたのだろう。そこまで気付いたところで、シノンは上を見上げた。野球等のスポーツでここが使われる際に、スコアボードとして機能する大型モニターには、目のような光の模様が浮かび上がっている。

 

 その中央付近には数字が表示されていて、今のところ六百くらいになっている。如何にも何かを計測しているような様子だ。

 

 そういえばエイジ達によると、もうしばらくするとSAO生還者達のスキャニングが開始され、脳が焼き切られるという話だった。もしかしたら、あれがSAO生還者達の脳をスキャニングするタイミングを示すものだったのかもしれない。

 

 何かしらの条件が揃うとあれが上昇していき、一定数に到達したところで、スキャニングが開始される――そんな算段だったに違いない。それは失敗に終わった。エクセリオンもエイジも最後の最後で攻撃を仕掛けてきたが、結局敗れた。

 

 《英雄の使徒》も皆共倒れし、それまで戦わされていたSAO生還者達は落ち着き払っている。大分疲れている様子ではあるが、皆大丈夫そうだ。

 

 

「……あ!」

 

 

 だが、エクセリオンを倒したというのに、キリトの記憶は戻らなかった。《英雄の使徒》も倒れ、エクセリオンもエイジも負けた。なのにSAO生還者達の記憶は戻って来ていない。戻るべきものが、戻って来ていない。シノンはその事に気が付いた。

 

 

「そうだわ、キリト……生還者の記憶は――」

 

「う、うわああああっ!?」

 

「な、なんだぁ!?」

 

 

 下の方、スタジアム中央方向から声がした。皆で向き直ったところで、シノンは仲間達と一緒に目を見開く。エイジが倒れたままになっているスタジアムの中央の床から、水が溢れ出してきたのだ。スタジアム内の暗さも手伝っているのか、どす黒いタールのような水がどこからともなく溢れて来ている。

 

 

「水……!?」

 

「嘘、なんですかあれ! 新国立競技場って、あんな仕掛け(ギミック)もあったんですか!?」

 

 

 驚くシリカに答えたのはイリスだった。

 

 

「いやいや、そんな機能あるわけないだろ。けど、なんだろう、あれは。ユイ、わかるかい」

 

 

 イリスが問いかけて数秒後、スタジアムの最下部が黒い水に浸された。水嵩(みずかさ)はどんどん増していっている。

 

 

「お、おいおい! この水、なんなんだよ!」

 

「どんどん増えて来てる……このままじゃ、溺れちまうぞ!?」

 

 

 スタジアム最下部にいるプレイヤー達の膝元まで水嵩は増してきていた。怯えたプレイヤー達は一斉に水から逃げ出し、高いところを目指す。その光景を目にしたエギルとディアベルが焦りつつ声を出した。

 

 

「あの水、どんどん増して来てやがるぞ!?」

 

「なんなんだ。何が起きてるって言うんだよ!?」

 

 

 ディアベルの問いかけによって、ようやくユイからの答えが返ってきた。シノンの眼前に具現化したユイは、かなり焦っていた。

 

 

「皆さん、あれはARによる水です! 本物の水ではありません! 皆さんのオーグマーが見せているものです!」

 

 

 やっぱりそうか――シノンはすかさずそう思っていた。あんなものが現実のものであるわけがない。オーグマーというAR機器が見せている幻の水なのだ。だが、そう報告したユイは焦りを変えない。

 

 

「ですが、あの水で溺れてしまえば、現実でも溺れたようになってしまいます! 脳が溺れを再現してしまうものなんです!」

 

 

 皆が一斉に驚きの声を上げる。あれは現実に存在しない水なのに、溺れれば現実でも溺れさせられてしまう? これではまるでゲームオーバーが死に直結していたSAOと同じではないか。

 

 

「そんな! ん!? いや、大丈夫よ! オーグマーを外せば、何もなくなるんだから!」

 

 

 そう言ってリズベットは自身の左耳付近を触り、何かを掴むような仕草をした。オーグマーを外そうとしているのだ。そこでシノンはもう一度目を見開く事になる。

 

 ――リズベットの左耳付近に、装着されているはずのオーグマーの姿が見えない。リズベットは空を掴んでいて、あるはずのオーグマーはなかった。

 

 それを見ていたレインが声を掛ける。

 

 

「あ、あれ。リズっち、オーグマーどこにやっちゃったの?」

 

「あれ? あたしのオーグマー、どこ? 何もないんだけど?」

 

 

 リズベットと同様に皆も自身のオーグマーを探し始めるが、誰もが空を掴むばかりで、オーグマーを取り外せないようだった。シノンも同じようにオーグマーを探しているが、見つからない。あるはずの場所を触っても、何もない。そんなはずがないのに。

 

 

「ど、どうなってるの? オーグマーがないなんて」

 

 

 シノンは咄嗟にユイに尋ねた。ユイは青ざめた顔をしていた。

 

 

「そんな……皆さんのオーグマーが確認できません!?」

 

「オーグマーが確認できない? どういう事なの」

 

 

 続いてきたのはストレアだった。等身大に戻っている彼女も、ひどく焦っていた。

 

 

「皆のオーグマーが、見る事も触る事もできなくなってるの。アタシ達から見ても、どこにあるのかわからなくなってる!」

 

「えぇっ!? わたし達、オーグマーを付けてるよね? なのにそれが見る事も触る事も出来ないって、どういう事なの!?」

 

 

 アスナの言っている事は尤もだった。確かに付けているはずのオーグマーなのに、触れもしなければ見れもしないなど、どういう事なのか全くわからない。

 

 そんな事を報告してきている娘達に答えたのは、母親であるイリスだった。いつも冷静であると知っているシノンから見ても、今のイリスは焦っていた。

 

 

「要するに感覚を思い切り騙されてるのさ。オーグマーの感覚再現機能がドローンからの給電でブーストされて、現実のそれと何も変わらなくなってる。その現実と変わらないオーグマーの感覚再現機能で、オーグマーそのものを認知できなくしてるんだ。見ても見つからないし、触っていたとしても何も触っていない感覚が返ってくる……そういうふうになってるんだよ」

 

 

 そういえば、会場内を飛んでいるドローンが、ワイヤレス給電機構でオーグマーを充電しつつ、その出力を大幅に上げているという話を菊岡から聞き、皆にもそれを話した。つまり今この場にあるオーグマーは、これまで以上に現実を拡張できる。

 

 ――あるはずのオーグマーを認知できなくする事も容易なのだろう。

 

 

「まさかこれ、ヴァンが!?」

 

 

 シュピーゲルの焦りにイリスが頷く。こんな事をするのはエイジとヴァン以外考えられない。まんまと彼らの計画に嵌められてしまったようだ。

 

 それがわかった時、シノンは足に違和感を覚えた。黒い水が迫ってきていた。スタジアムの中央はもうすでに黒い水に沈んでいる。どんどん水嵩は増えていっていた。

 

 

「そんな、もうここまで!?」

 

 

 シノンが思わず言うと、プレイヤー達の悲鳴が聞こえてきた。皆、正体不明の黒い水に浸かり、怯えていた。そこでシノンはもう一度上部のモニターを見上げる。減っていたはずの数値が、すごい勢いで増えていっている。先程は六百を下回っていたのに、今はもう五千まで戻っていた。

 

 

「そ、んな……」

 

「皆、高いところへ登るぞ! 低いところだと溺れるぞッ!」

 

 

 ディアベルの号令が渡ると、皆席から立って走り始める。上へ、上へと駆け上がっていった。その中でシノンはある事に気が付く。

 

 そういえばキリトはどこに――? 確か自分の隣に座り、ダイブしていたはず。なのに彼とは話していない。シノンはキリトの居たところへ目を向けて、驚いた。

 

 キリトは椅子に深く腰を掛け、動かないでいた。その足元は黒い水に浸ってしまっている。

 

 

「キリト!」

 

 

 逃げ遅れているキリトへシノンは駆け寄った。声をかけてみるが、応答がない。意識がないようだ。水は既に彼の膝の近くまで来ている。このままでは溺れてしまう。

 

 

「キリト、キリトぉッ!!」

 

 

 身体を揺すっても彼は答えない。どうして、どうして答えてくれないの――焦りと怒りと悲しみが一緒くたに押し寄せてきて、声に出してみても、彼は応じてくれない。水は迫ってくる。

 

 

「シノン!」

 

 

 不意に聞こえた声に振り向くと、イリス、ユウキ、フィリアの三人が戻ってきていた。

 

 

「皆、どうしよう、キリトが動かない!」

 

「動かないって、どうして!?」

 

 

 フィリアが駆け寄ってくるが、キリトからの返事は勿論無い。だが、その数秒後くらいにユウキとイリスが何かに気付いたような反応を示した。

 

 

「キリト、もしかしてまだダイブしてるんじゃ?」

 

「考えられる。現にリランもこの場にいないからね。もしかしたらまだVR空間にいるのかもしれない」

 

 

 シノンはイリスに向き直った。

 

 

「って事は……」

 

「キリト君とリラン、もしかしたら、まだ戦っているのかもしれない。エイジ君と、ヴァンと戦っているんだ。あの子達を止めるために……!」

 

 

 自分達はつい先程までエイジとヴァンの二人と戦うために、彼らの空間にいた。そこにキリトとリランは残された。いや、残れたのかもしれない。エイジとヴァンを止めるために。

 

 この黒い水はヴァンによるものだ。もしキリトとリランが勝てば、この水も引き、SAO生還者達も、自分達も助かる――。

 

 

「キリト……リラン……!」

 

 

 シノンは今この場にいない大切な人へ、声を掛けた。

 

 

 

 

 

          □□□

 

 

 

 

 

 キリトが目を醒ました時、自分が最も遅く目を醒ましたのだとわかった。既にリランが目を醒まし、自分を守るような立ち回りをしていたからだ。

 

 居場所は先程までの円形闘技場と変わりなかったが、その外壁は全て吹き飛び、基礎部分だけが残されていた。ヴァンの最後の抵抗と思わしき攻撃が、壁をすべて吹き飛ばしたのだろう。

 

 その攻撃に皆も巻き込まれていたというのもわかった。見回しても、自分とリラン以外の者の姿が確認できない。自分とリランだけが取り残されてしまったようだ。

 

 しかし、そこはキリトとリランだけの場所ではなかった。目の前にもう一つ人影が、大きな影があった。その正体はすぐさま判明する。エイジとヴァンだった。彼らはこちらを見ていたが、その服装を見てキリトは驚く。

 

 エイジの纏っているのは、白いマントを伴う、白と赤を基調とした鎧。血盟騎士団の団員専用である装備だった。エイジ/ノーチラスが血盟騎士団の団員だったという証拠に他ならないその姿を見るのは、キリトは初めてだった。

 

 そしてヴァンの姿はエクセリオンではなく、一番最初に見た時と同じ、リランに近しい体型をした狼竜だった。

 

 

「エイジ……」

 

 

 キリトの声に、エイジは首を横に振って答えた。

 

 

「この姿をしてるんです、今の僕はエイジではありません。ノーチラスです。血盟騎士団の幽霊団員の、ね」

 

 

 スタジアムの地下駐車場で、そう呼ばれて激昂する彼をキリトは陰から見ていた。今もその瞬間の事は思い出せる。エイジはノーチラスと呼ばれるのを何よりも嫌がっているようだった。

 

 だが、今の彼からはそんな気は感じられない。ノーチラスである事を受け入れていたかのようだ。

 

 

「ノーチラス、何をしたんだ。皆をどうした」

 

「退場してもらっただけです。SAO生還者の人達にはスタジアムへ、他の人達はそれぞれのところに」

 

 

 ノーチラスは淡々としていた。それは吹っ切れたようにも思える。そんなノーチラスへ《声》を飛ばしたのはリランだった。

 

 

《お前、まだ終わっておらぬな。スタジアムでのお前達の計画は続いているだろう》

 

 

 頭の中に違う《声》が響いてきた。ヴァンの《声》だが、声色は少年ではなく、成人男性のものになっている。

 

 

《よくわかったな姉貴。そのとおりだ。おれ達の計画は最終段階に入っている》

 

「モニタリングできなくて申し訳ないんですが、今スタジアムにヴァンの力による水が注がれています。偽物の水ですけれど、誰もそれが偽物だとは判断できません。オーグマーによる疑似体験なのに、現実としか思えなくて、溺れるんです」

 

 

 冷静なノーチラスにキリトは目を見開く。スタジアムには皆が――シノンが居る。彼女達がヴァンの力で出来た水に沈もうとしているという事は、死が迫っているという事か。

 

 

《勿論オーグマーは外させない。給電ドローンがオーグマーの機能をブーストしてくれてたんでな。感覚再現を最大まで弄らせてもらって、オーグマーそのものを認知できないようにさせてもらった。おかげであいつらの恐怖の値はすごい勢いで増えてくれている》

 

 

 そういえば菊岡がそんな事を言っていた。会場内のオーグマー全部にワイヤレス給電がされて、その全てがブーストしている、スキャンをすればナーヴギア並みになって、脳を焼き切られると。それは感覚再現機能もまたナーヴギアに等しいものになっているという事だったのだ。

 

 

「恐怖の値……なるほど、それがお前達があのスタジアムで集めてたものだったんだな。《英雄の使徒》に皆を襲わせたのも、皆の恐怖を煽るためだったのか」

 

「察しが良いですね。そのとおりです。SAO生還者達の恐怖の値が一万を超えた時、スキャニングを開始するようになっています。《英雄の使徒》だけでもそれは出来たんですけど……最初から今のをやればよかったかもしれませんね」

 

《わけのわからない化け物に襲われるより、大容量の黒い水に迫られる方が、人間には効くからな》

 

 

 ヴァンの言っている事は的を得ていた。人間は本来陸上で暮らす昼行性の生き物であるため、暗闇と水に本能的な恐怖心を抱く。海へ潜って深海へ向かおうとする時、暗くなっていく段階でパニックになったりするのはそのためなのだ。

 

 だからこそ潜水士といった、海へ潜らなければならない者達は、何度も何度も訓練し、闇と水への恐怖を克服しなければならない。そうでもしなければ人間は水に適応できないし、闇にも耐えられない。

 

 ヴァンの出している闇の水は、潜水士でもない人間の恐怖心を煽るにはこれ以上ないくらいに最適なモノだった。この計画はどこまでも計算し尽くされていて、尚且つ理に適っている。これを立案したのは重村教授だそうだが、きっとここまで考えられていなかっただろう。ノーチラスとヴァンが即席でここまで考え出したのだ。

 

 これだけの思考能力がヴァンにはあり、それを人に納得させる事も出来る。そこまで出来る事そのものが、イリスの子供である証拠だった。技術的特異点(シンギュラリティ)を迎えて、その他のAI達を置き去りにし、進化し続けてきたヴァンは、まさしく《電脳生命体(エヴォルティ・アニマ)》だった。

 

 そんなヴァンを引き連れるノーチラスへ、キリトは尋ねた。

 

 

「ノーチラス、ヴァン。どうしてだ。お前達はどうしてここまでの事をするんだ。どうしてそこまでして、悠那を生き返らせようとしているんだ」

 

 

 するとノーチラスは首を傾げてみせた。なんでお前がそれを言うと言っているようで、キリトは目を見開いた。

 

 

「……貴方がそれを僕達に聞きますか? なら、そっくりそのままお返しします。貴方こそ、どうしてそこまでしてあのシノンさんにこだわっているんです」

 

「……?」

 

「SAOの時からそうじゃないですか。貴方はずっとシノンさんの傍に居て、シノンさんに付きっ切りだ。それは今も変わってませんし、今まさにシノンさんのために戦おうとしている。記憶を失っても尚、戦っている。そうじゃないですか。それはどうしてなんですか。貴方はどうしてそこまでシノンさんにこだわってるんです」

 

 

 キリトは思わず言葉を詰まらせた。こんな事を聞かれるとは思っていなかった。しかしそれへの答えは用意できている。いつも心に誓っていた事。自分のやるべき事、使命。

 

 いや、やりたい事――欲望だ。それをキリトは言葉に出した。

 

 

「俺がそうしたいと思っているからだ。お前に言ったところでしょうがないかもしれないが、俺はシノンが好きだ。シノンの事を愛してる。シノンを守りたいと心の底から思ってる。シノンとずっと一緒に生きていきたいと思ってる。俺がシノンにこだわる理由はそれだ。俺のやりたい事は、それなんだ」

 

 

 本当はシノンに伝えるべき言葉だ。しかしそれをノーチラスに言わなければ気が済まなかった。そんなキリトの言葉を受けたノーチラスの顔色は変わらなかった。寧ろそこで、キリトはノーチラスの顔の雰囲気が自分に近しいものである事に気が付いた。

 

 

「僕も同じです。僕も悠那を愛している。悠那が好きで、悠那を守りたかったから戦った。悠那とずっと一緒に生きていきたかったから、戦った。

 しかもですよ。悠那は僕を愛してくれたんです。僕を好きだって言ってくれて、一緒に居てくれて、一緒に生きて行こうって言ってくれて、本当に嬉しそうにしてくれて……幸せな日々を、繋がりを僕にくれたんです。僕の一方的な愛情じゃないんですよ、これは。僕達の繋がりは、一方的なモノじゃあないんです。それはシノンさんと貴方も同じでしょう」

 

 

 言い訳できなかった。いや、する必要がなかった。シノン/詩乃が、自分の告白を受け入れてくれた時の、その嬉しそうな表情と暖かい涙は忘れられない。

 

 彼らの計画で記憶を引き抜かれても、そこだけは深く刺さっているように、抜けていなかったのがわかった。

 

 ここまで自分の日々があったのは、彼女と一緒に居られたのは、シノンが自分を受け入れ、繋がりを持ってくれたからに他ならない。こちらからの愛情に、彼女も愛情で返してくれて、繋がりにしてくれた。

 

 この繋がりこそが俺の原動力だ――キリトは改めてそう思っていた。

 

 

「……そのとおりだ。シノンも俺を愛してくれてるよ。俺と繋がりを持ってくれてる」

 

「そうなんでしょうね。でも悠那は死んでしまった。悠那はどこからも居なくなってしまった。けれど彼女が死んだ後も、僕の中にある気持ちは変わってくれなかったんです。僕は悠那への愛情を失えないんです。今も彼女への愛情が尽きないんです。だから、失われてしまった悠那を取り戻せるって聞いた時、飛び付いて、それを現実にしたいと思うしかありませんでした」

 

《それで今に至ってるっていうわけだ》

 

 

 ヴァンが補足するように《声》を飛ばしてきた。ヴァンもまた、ノーチラスと同じ雰囲気の顔になっていた。ノーチラスは更に続ける。

 

 

「だから、僕はこの計画を成し遂げるしかないんです。僕は止められそうにないんです、胸の中の気持ちを。大切な人への思いを、愛情を……繋がりを」

 

 

 ノーチラスは背中の鞘から剣を引き抜いた。白い直剣。何の飾り気もない、魔剣でも聖剣でもないただの剣だ。だが、そこには確かにノーチラスの決意と思いが流れ込んでいた。更にノーチラスの左手には白い盾も装備されている。

 

 左手に盾、右手に直剣、白いマント――それは先代の血盟騎士団の団長であり、元凶であり、リランを愛し、リランから愛される父親である茅場晶彦/ヒースクリフの装備を思わせた。彼はヒースクリフではないし、そこまで強かったわけでもないのは間違いない。

 

 だが、彼から感じられる決意は力となり、ヒースクリフと錯覚させるくらいになっていた。

 

 

「お前の気持ちはよくわかった。止まる気はないんだな」

 

「それはそちらも同じでしょう。僕を止めるのを、止める気はないんでしょう」

 

 

 ノーチラスへ頷き、キリトは背中の鞘より剣を引き抜き払った。折られたが再生を果たした《エリュシデータ》と復元された《ダークリパルサー》。それらを得物としているのに、自身の纏っているのはヒースクリフに止めを刺した時の、黒く染まったコートを伴う鎧。剣だけ遅れているような感じだが、キリトは気にしなかった。

 

 寧ろこの二本であってくれて良かったとさえ思う。これ以上なく手に馴染み、如何なる敵も討ち滅ぼしてくれる。そんな気がした。

 

 

「もうどっちかですよ。貴方が僕を倒してシノンさんを取り返すか、僕が貴方を倒して悠那を取り返すか。ただそれだけです」

 

《どちらかが死に、どちらかが生きる。生きるのは……悠那だ》

 

 

 ヴァンの《声》も決意に満ちていた。全身から決意を感じる。それに臆しないのはキリトもリランも同じだった。

 

 

「……取り返させてもらうぞ、ノーチラス。俺の記憶を、シノンを」

 

《勝手に生きる方を決めるな。決めるのは、我らとお前達、最後に残ったどちらかだ》

 

 

 ノーチラスが身構えた。キリトも身構える。

 

 ヴァンが身構えた。リランも身構える。

 

 

 

「「いくぞッ!!」」

 

 

 

 四人は一斉に地を蹴った。

 

 









 次回『決意の剣士達』














――

 次々回で多分OS編終わりです。もう少しお付き合いしてくりゃれ。

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