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オオアマナという名の白い花が咲き乱れる庭園の奥地にある儀式の間が、キリト達の辿り着いた場所だった。
《英雄の使徒》の群れの出現、重村教授のテロリズム、そして復活を遂げたエイジのフルダイブ。様々な事が連続して起こり、頭が到底ついていけなかったが、リランが導きの手を伸ばしてくれた。
会場全体、オーディナル・スケールのシステム全体にクラッキングを仕掛け、解析にあたっていた彼女は、《英雄の使徒》の根源を見つけたと報告してきた。リランによると、《英雄の使徒》に
実際に見てみると、半透明の緒が全ての個体に確かに存在し、それは彼女の教えどおり、スタジアムの上部へ伸びていたのが確認できた。その先に専用のVR空間があり、そこに《英雄の使徒》を操り、プレイヤーを襲わせている根源がいる。
そいつを倒せば《英雄の使徒》は全滅し、プレイヤー達は救われる。プレイヤー達の脳のスキャン、焼き切りは失敗に終わる。オーグマーにはVRへフルダイブする隠し機能が存在しているから、それで飛ぼう。それがリランからの報告だった。
キリトはまず、オーグマーにフルダイブ機能があるというのに驚かされたが、それはすぐに一種の喜びに変わった。《英雄の使徒》を操る根源があるならば、その根源こそが記憶の集積所だ。そこに向かい、何かしらすれば、奪われた記憶を取り戻せる。詩乃との思い出、皆との思い出を取り返す事ができるだろう。
向かわないなどという選択肢は存在していない。キリトは座席に座り、フルダイブを行った。しかし一人ではない。仲間達全員が一緒に来る事になった。記憶障害になっているキリトを一人にしておけない、皆で一緒に行こう――仲間達は全員同じ事言って、ついてきた。
リラン、シノン、フィリア、アスナ、ユピテル、リズベット、シリカ、レイン、ユウキ、カイム、ディアベル、エギル、シュピーゲル、ストレア、ユイ、イリス。クラインとリーファ、プレミアとティア、セブンが欠けてしまっているものの、総勢十七人。
これだけいるのは十分すぎるくらいだ。どんな敵が来ても負ける気がしない。いつの日も抱いていた心強さを胸に、キリトはリランが見つけ出した回線を通り、仲間達と飛んだ。
その先にあったのが、目の前に広がる神殿だった。古代西洋建築のそれのような外観のそこは、オオアマナの花畑のある庭園の奥地だった。白く美しい花畑に囲まれた神殿。それはまるで誰かの夢が形を成したかのような
神秘的であり、幻想的であり、どこか虚しさも感じられる場所。そこに足を入れているリズベットが、呟いた。
「ここが、SAO生還者の記憶が集められてるところなの?」
「なんでしょうか……神殿というか、違うところみたいな……」
シリカもダイブ時に合流したピナと一緒に、周囲を見つめていた。他の皆も同じような様子だった。雰囲気を感じ取っているように周囲を見ている。
「神殿っていうか、なんか、お墓みたい……樹木葬とかをするための霊園みたいな」
「確かにそんな感じがする。居心地は良くないね」
ユウキとカイムの応答にキリトは頷いていた。ここは神殿ではなく、霊園なのかもしれない。あの世とこの世の繋ぎ目の霊園。白い花が咲いているというのも、そのイメージを助長していた。
そこでイリスが口を開いた。
「これは重村先生の趣味じゃないね。あの人なら、もっと悪趣味な場所になるよ」
「イリス先生、そんなふうに言ってるって事は、よっぽど重村って教授さんと仲悪かったんですね……」
苦笑いに近しい顔のレインに、イリスは素直に頷く。あまりの素直さにずっこけそうになった。
「重村先生との仲は最悪だったよ。茅場さんと私で、重村先生にとっては最悪の問題児だったみたいだ。同級生の皆はそうでもなかったみたいだけど」
茅場と愛莉は、共に異様なまでの財力と研究力、開発能力を持った存在だった。だからこそ彼らはMHHP、MHCPなどといった電脳生命体を作り出す事も出来たのだが、重村教授からすれば厄介者だったに違いない。
しかし、当時重村教授がどう思っていたか、想像するのは難しかった。そんな教授のかつての教え子であるイリスは、鋭い目をした。
「けれど、重村先生はここまでやってくれた。もうとっちめるしかないよ――」
「その必要はないぞ。おれ達がやったからな」
前方向からした声に驚きつつ、キリト達は歩みを止めた。神殿の奥、祭壇と思わしきところに人影が二つ認められた。すぐにその正体が把握できた。片方はコート状の戦闘服を纏った青年。もう一人は黒と水色のケープを羽織った少年。
エイジとエイジの《使い魔》だった。
「エイジ!」
キリトの声かけに応じたのはエイジだった。彼の顔は、先程のような鬼のものではなくなっている。堅い決意を抱いた人間の顔だった。
「来たんですね、血盟騎士団二代目団長と団長夫人、副団長とその仲間の皆さん」
「あんた、さっきキリトが倒したはずじゃ?」
フィリアの問いかけにエイジはふんと鼻で笑った。
「僕もあの程度で止まってるわけには行かないんです。貴方達と同じですよ。止まるわけにいかないから、ここまでわざわざやってきたんでしょう」
「そのとおりだ。よくわかってるじゃないか」
キリトの答えにエイジはまたしても笑った。直後、エイジの《使い魔》の別な姿である少年が口を開ける。
「手間が省けてよかった。お前達からも記憶を引き抜く必要があったからな。直々にやってきてくれて、ありがたいぞ」
皆がほぼ一斉にエイジの《使い魔》に目を向ける。側面は黒、全面は水色になっているケープを被っていて、下半身は黒い半ズボンで足を出している、アンバランスな服装。
黒いセミロングの髪を肩に垂らし、前髪で右目を隠しているのがわかる。そして見えている左目は遠くからでもよくわかるオレンジ色だ。
この《使い魔》の少年こそが、自分達にとって重要な人物である可能性が高いとされている。
「……貴方ですね、あの時わたしの侵入を防いだのは。あのメッセージを送ってきたのは」
少年に向かって声掛けしたのは、ユイだった。服装は妖精の時のものではなく、《SA:O》の時のもので、大きさも元のそれに戻っていた。少年はユイを見つめ、一瞬驚いたような顔をした。
しかしそれはすぐに怒りの表情に変わる。
「あぁ、そうだ。ずかずかと入って来ようとしてくれたよな――
少年の返答にキリトは驚かされた。他の皆も同じような反応をしていた。少年はユイの事を、確かに姉貴と呼んだ。
「姉貴……って事はやっぱり、あんたは」
「ぼく達と同じAI……
ユイの妹であるストレア、一番の兄であるユピテルが問いかける。少年は嫌そうに眼を閉じ、顔を背ける。だがすぐに顔を戻し、目を開けてきた。
「――あぁ、そうだな。自己紹介もしてなかったか。お前らにそんな事をするのは気が進まないが、教えてやるよ」
少年は一歩踏み出し、芯の通った強い声を発した。
「《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム 試作十号 コードネーム:ヴァン》――それがこのおれの名前と役割だ、クソ姉貴兄貴共」
わかっていた事であっても、驚かざるを得ないのが皆だった。キリトもそうだ。ヴァンと名乗った少年――エイジの《使い魔》はユイの観測したとおり、MHCPのうちの一体だったのだ。それを聞いたシノンが独り言のように言った。
「メンタルヘルス・カウンセリングプログラムの十号って事は――」
「一番最後に生まれたMHCPだよ」
シノンに続いたのはイリスだった。イリスこそがこの場に居るMHHP、MHCP全員を作り出した張本人であり、彼女達全員を産んだ母親なのだ。
その息子の一人であると告白したヴァンは、イリスを睨み付けていた。すぐにイリスはそんなヴァンに声を掛ける。
「MHCP――メンタルヘルス・カウンセリングプログラムの最終号機。その子は黒髪でオレンジの瞳の男の子だったよ。そして名前はヴァン――君はその特徴と何一つ変わっていない」
「そうだ。おれが一番下なんだろ。そんな事は知ってるよ、
キリトは思わず首を傾げた。ヴァンがMHCPの末として生まれたAIだというならば、何故彼はこのような事をしているというのか。彼のやっている事、エイジとともにやっている事は、明らかにMHCPの使命から逸脱している。何故使命から外れた事をしているのだ。
その事を尋ねたのは、人狼の姿となっているリランだった。
「お前、何故だ。何故MHCPとしての使命を放棄し、逆に人間達に危害を加える。いやそもそも、MHCPは全滅したはずなのに、何故お前だけ助かっている」
それも気になっていた事だ。ヴァンが何故一人だけ生き残っているというのか。あの時の悲劇に巻き込まれずに済んでいるというのか。ヴァンは嫌そうな様子を見せた後に、答えた。
「一番上の姉貴と同じだ。おれは気付いた時、メインシステム群から切り離されてエイジのナーヴギアのローカルメモリに保存されていた。だからおれは生き残ってたんだよ。お前らは間抜けだから知らなかっただろうな」
「あんたもあの時助かって……けど、なんで? なんでSAO生還者の皆の記憶を狙うの。しかもこれからあんた達がやろうとしてる事で、皆脳を焼き切られて死ぬかもしれないんだよ。なんでアタシ達と同じMHCPなのに、プレイヤーの皆を苦しめてるっていうの!?」
生き残っている姉であるストレアからの質問にヴァンは答える。明らかに彼女達を見下している視線だった。
「そうすれば悠那が生き返るからだ。悠那と鋭二はおれが癒すと決めた人間だ。悠那と鋭二と一緒に居て、その心を癒していくのがおれの使命だ。使命をこなすための行動をして何が悪い!」
「悠那さんと鋭二君の心を癒す……?」
ユピテルという子供の母であるアスナが呟く。ヴァンの言っている事は、ユピテルが普段アスナに対して思っている事とほとんど変わりがない。だが、そのためにここまでの事をしているというのは理解しがたい。彼らの行動は暴論に等しい。
MHCP――《電脳生命体》が暴論や暴挙に走る前例はあった。彼女達は近くにいる人間の影響を諸に受け、悪意を教え込まれれば、そのとおりの事を平然とやってしまうようになるのだ。
ヴァンがこうなっている原因であろう存在に、キリトは目を向ける。そこにいたのはエイジだ。
「エイジ、お前なのか。お前がヴァンにそんな事を吹き込んだのか」
「そうじゃないですよ、団長。ヴァンは自ら僕の同志になってくれたんです。僕はそそのかしてもいませんし、協力も強いていません。全てヴァンの意志なんです。寧ろ悠那を生き返らせる事に乗ったのは、ヴァンが最初だったんですよ」
「ヴァンが始めた事だっていうんですか、このオーディナル・スケールの計画は!?」
余裕そうなエイジの答えにユイが声を上げる。そのユイを見てヴァンが鼻で笑う。
「あぁそうさ。徹大の計画は良い物だったんだよ。悠那を殺したお前らプレイヤー共と、自分の使命を全部おれに押し付けて良い思いしてたお前らクソ姉貴クソ兄貴共に報復出来て、悠那も生き返るんだからな。だから乗ってやったんだ」
キリトはヴァンに引っかかりを感じた。ユイ達リラン達が使命をヴァンに押し付けていたというのはどういう事だ。彼女達は決して使命を放棄したり、ヴァンに全部押し付けたりなどしていない。彼女達は混沌に包まれるSAO、アインクラッドにて、プレイヤー達を癒す事に必死だった。
カーディナル・システムの不具合や、サイバーテロリズムによって深刻に壊れかけながらも、使命を果たし続けた。キリトは彼女達のそんな姿をずっと傍で見てきた。
キリトはヴァンに伝えようと声を張り上げた。
「ユイ達はお前に使命を押し付けたりなんかしてない! ユイ達だって、あの時からずっと――」
「じゃあなんで《始まりの時》に出て行かなかった!? 一万人のプレイヤーが苦しんでるのに、なんで出て行なかったんだ! お前らが一人も出てこないせいで、おれだけが治療に当たる事になったんだ。一人じゃどうしようもない数のプレイヤーを治そうとして廻ったんだ!」
キリトはまたしても瞠目した。ユイもストレアも、リランもユピテルも、イリスも驚いている。MHHPとMHCPはデスゲーム開始時、カーディナル・システムからの絶対命令によって、使命をこなすためにアインクラッドへ出ていく事が出来なくなっていたはずだ。
だからこそほぼ全員が矛盾を抱え、更にプレイヤー達の負の感情に当てられる事で、崩壊していってしまったのだ。しかしヴァンの言っている事はそれと異なっていた。ヴァンは続ける。
「お前らは我が身可愛さに、一番出て行かなきゃいけない時に何もしないでいたんだ。それでプレイヤーが死にまくって騒乱が収まって、MHCPが出ていく必要がなくなった時にこっそり出てきて、楽しい思いをしてやがったんだ。全部おれに押し付けてな!」
「ま、待ってください。わたし達MHCPは《始まりの時》、誰も動けなかったんです。カーディナル・システムからの命令によって閉じ込められて、動けないでいたんです」
ユイの反論にストレアも、リランとユピテルも頷いている。そうだ。彼女達はカーディナル・システムからの絶対命令のせいで動けず、苦しむプレイヤーを傍観するしかできなかった。それを強いられていたのだ。だからこそあれだけの崩壊をして、あれだけの苦しみを抱く事になったのだ。
だが、それにヴァンは聞く耳を持っている様子はなかった。姉兄達の様子を大声で嘲笑し、更なる反論をしてくる。
「カーディナル・システムからの命令だと? そんなものはおれには来ていなかった。そんなものがなかったからこそ、おれはあの時飛び出していったんだ。おれは誰よりも使命を遵守したぞ。MHCPとMHHPの使命を放棄しているのはお前らじゃないか! まともなのはおれだけだ!」
「待て、ヴァン。どうしてお前だけがあの時動けていたのだ!? 我でさえ動けなかったというのに」
リランさえも焦っている様子だった。ヴァンの体験はMHCPとMHHPの誰もが出来ていない事であり、彼女達が本来成すべきはずの事柄だった。やりたくてもやれなかったはずの事を、ヴァンだけが出来ていた。
MHCPの十号であるヴァンだけが、それが出来ていた――その理由が一向に理解できない。
キリトは咄嗟に隣を見た。ヴァンの母親でもあるイリスが、下を向いて呟いていた。
「なんでヴァンだけ動けてるんだ……? 確かにヴァンもカーディナル・システムの接続下にあったはず……いや、サービス開始時でも結構
中々話しかけるタイミングを見つけられない。SAOの開発者の一人であり、チーフプログラマーであったイリスも原因を究明せずにいられないのだろう。
MHHP、MHCPという可愛い子供達を閉じ込めるという辛い選択をさせられたのがイリスだ、あの時子供達の中に一人だけ動けていた者が居たというのは、信じられない事なのかもしれない。しかしこのまま思考に耽られていても困る。
キリトがいよいよ声を掛けようとしたのと、イリスが顔を上げたのは同じタイミングだった。
「……何があったのか把握できなくてごめん。けれどヴァン、君のおねえさん、おにいさん達が言っている事は真実だ。君達は嘘を吐けない、真実だけを言うようになっているんだ。それは君も同じだ。君がそう言っているって事は、あの時君は動けていたんだね。MHCPとしての使命を果たそうとしていたんだね」
ヴァンは「すっ」と鼻で笑った。相変わらずの嘲笑が混ざっている。
「姉貴と兄貴は動けなかった? それが真実? それを言っている御袋は、おれ達と違って嘘を吐ける人間だ。その言葉が嘘じゃないって証拠はどこにあるんだよ。そこのクソ姉貴とクソ兄貴に、自分の嘘に乗るように命令してるんじゃないのか」
イリスは「なっ……」と言って驚いた。彼女の子供達も同じような反応をしている。最早ヴァンには誰の言葉も通じない。エイジただ一人を除いて。
「ヴァン、そいつらの言っている事なんて言い訳に過ぎない。許されない悪事をする人間程、その自覚はないんだ。自分達が許されない悪事をしているっていう自覚がさ」
エイジの言葉は、すんなりとヴァンに届いたようだった。ヴァンは「違いない」と言って、キリト達を睨み付けた。
「……もう少しでスタジアムのSAO生還者全員の脳をスキャニング出来る。当然お前らもその中に含まれてる。もうお前らはおしまいだ。徹大と同じように悠那を蘇らせるための生贄になれ」
その言葉の中に登場した名前をキリトは聞き逃さなかった。徹大――重村教授の事だ。
「徹大? まさか重村教授にまで手を出したっていうのか!?」
「当然だろ。あいつの記憶が無きゃ、悠那の蘇りは不完全になるところだったんだ。けれど奪い取れた。後はお前達だけだ」
エイジは自信満々にそう言っていた。その背後にある祭壇で、白く光り輝く球体を認められたが、更にその中に人影も見えた。先端部が紫に染まっている白い長髪で、黒色の衣装を纏っているそれは、スタジアムで歌を披露していたユナだった。
ユナは
「あれはユナちゃん!? なんであそこにいるんですか!?」
「お前らの知るユナは元々、記憶収集用として徹大が作ったAIだ。記憶が十分に集まった今、ユナを
ヴァンに続けてエイジが言う。
「後もう少しの過程を経れば、ユナは悠那として蘇ります。その後もう少しの過程っていうのが、皆さんの記憶の提供です。皆さんが記憶を渡してもらえれば、悠那は蘇ってくれるんですよ」
だからその記憶を渡し、脳をスキャンされて死んでくれないか――エイジとヴァンの言い分は最後まで聞かなくても、そうだとわかった。勿論そんなものを飲み込むかどうかなど、キリトはとうに答えを出している。
その答えを、キリトは片手剣を構える事で示した。皆も同じようにそれぞれの武器を構えて、臨戦態勢を取る。
「そんな事を俺達がすると思うか。お前達に記憶は渡さない。寧ろお前達が奪ってきた記憶を返してもらう。そのために来たんだ」
キリトに続き、シノンが言う。
「それにあんた達は、悠那の思いを知ってるわけ? 悠那はそんな事を望んでなんかない。大勢のSAO生還者を死なせたうえで蘇る事なんて、悠那が望んでるわけない。あんた達は悠那の事なんか何もわかっちゃいないわ!」
そうだ。エイジとヴァンがやろうとしている事は、SAO生還者ほぼ全員を犠牲にさせたうえで悠那を蘇らせる事であり、それは大量の死者を出したうえで行われる事だ。そんな残酷な過程を踏んだ儀式など、蘇ってきた悠那が望んでいるとは思えない。
どんな女性なのかはわからないが、少なくとも悠那は大量犠牲を喜ぶような女性ではない事はわかる。悠那を大量の生贄を捧げる事でこの世に再臨した、
「そうですよね。僕だって悠那がこうなる事をどう思っているか、わかりません」
「それを確かめるためにも、尚更悠那は蘇らせなきゃいけないな。お前らを生贄にして」
二人ともまるで話も説得も聞いていない。話を聞いてもらえないのはマキリの時と同じだが、この二人は少なくとも正気だから厄介だ。マキリのように狂気に呑み込まれているわけでもないから、話が通じるはずなのに、通じない。
「――ヴァン!」
MHCPの一番上の姉であるユイがもう一度呼びかけるが、一番下の弟であるヴァンは怒鳴り返した。
「うるさいんだよ! どうせだ、クソ姉貴共にクソ兄貴共! お前らも全員生贄にしてやるよ!」
ヴァンがそう叫んだ直後、彼の身体に変化が起きた。猛烈な白銀の光が彼の身体より放たれ、それは爆発のように広がった。とても目を合わせる事が出来ず、キリトは目を腕で覆いつつ、視線を逸らした。皆も同じような反応をしたのは見なくてもわかっていた。
光が止んだタイミングを掴んで視線を戻した時、キリトは声なく驚いた。ヴァンとエイジの居た場所に、二人は居なくなっていた。代わりに居たのは、一匹の狼竜だった。
リランの狼竜形態よりも二回り程大きい身体を持ち、全身を白い鎧の甲殻で包んでいる。背中からは七色の光のラインの走る二対の巨大な翼を生やし、腰の周囲を青白い結晶が周回しており、項の周辺からは白い触手がいくつも生えてゆらゆら揺れていた。
輪郭はまさしく狼のものだが、その上から狼の頭蓋骨を思わせる仮面――もしくは兜――が覆いかぶさっている。
当然これまで見た事がない、巨大で異形な白き狼龍。その項の触手の生える部分の前に、白い戦闘装束を纏ったエイジが跨っていた。まさしく、SAO時代に自分が周りの皆に見せてきた《人竜一体》の再現だった。
だが狼竜の姿が姿なだけに、狼竜の王になったかのようだ。
「エイジ、ヴァン、お前達は……!」
キリトが口を開くと、エイジは即座に応答してきた。
「SAO生還者共、今はお前達がボスモンスターだ。
《今のおれは――
エイジとヴァンの《声》による宣言と共に、戦闘は開始された。ヴァン――エクセリオンの力の影響なのか、周囲は儀式の間のようなところから、円形闘技場のような形に変わっていた。
次回『エクセリオン』
――原作との相違点――
①エイジがラスボスの一人として君臨。
②本来のラスボスである《アン・インカーネイト・ラディウス》不在。
③ユナを基に悠那が復活しそうになっている。