キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 渡りの凍て地とそこに住まうモンスター達を狩っていたら遅れてしまいました。
 楽しいけど、なんかマスターランクのモンスター達がタフな気がする。


17:特異点 ―可能性との戦い―

 

 

        □□□

 

 

 ティアを迎えたキリト達は、エリオンウォード異相界の最深部にあるとされる特異点へ向かっていた。本来プレイヤーが見る事も触れる事も出来ない、完全に隠されていなければならないはずの存在が表に出てきてしまっている。きっとゲームやITに精通していないものであっても、この事態がどれ程の異常事態であり、危険な状態となっているのかわかるだろう。

 

 現に特異点は様々なバグをエリオンウォード異相界に引き起こしている。地形の欠損、モンスターの異形化、場にふさわしくないモンスターの現出など、本来のゲーム世界にあってはならない出来事が起きてしまっている。

 

 今はエリオンウォード異相界、そしてその近隣にあるノーザスロット氷雪地帯の一部に影響が出ている程度で済んでいるが、いずれこの影響がアインクラッドを脱し、アイングラウンドに広まっていく危険性は拭えない。

 

 アイングラウンドに特異点の影響が出始めれば、きっと生命であるNPC達も異形となり、このゲームはまともに稼働しない状態となるだろう。そうなる前に、特異点を破壊せねばならない。

 

 この特異点の破壊は運営にやらせても別にいい。だが、この特異点にプレミアとティアは繋がってしまっており、甚大な影響を受けている。もし特異点に紐づくモノとして運営に認知されれば、プレミアとティアは消されてしまう。そうなったら終わりだ。なんとしてでも、自分達の手で特異点を破壊せねば――キリトはそう思いつつ、足を進め続けていた。志を共にする仲間達と共に。

 

 しかしメンバーはシノン、リラン、プレミア、ティアの五名と、少ない。仲間達は確かにエリオンウォード異相界へ結集しているのだが、散らばって探索を行っていた。全員が自分達の許へ集まってくれるのは、大分時間がかかるだろう。

 

 待っている事も出来たのだが、それを是としなかったのがティアだった。未来の可能性を、今の自分で塗り潰し返すと決意したティアは、少人数でも進む事を伝えた。ティアがやりたいと思っている事、願い。未来の可能性を掴み取りたいという意志を邪魔するわけにはいかず、キリトは進む事を決めた。

 

 心配はしていなかった。もしこの先に強大な敵が待っていようとも、きっと皆は駆け付けてきてくれる。これまでもそうだったのだから。大きな敵との戦いになった時に、皆が集結出来ればそれでいいのだ。キリトの思っている事はその場の全員に伝わっていたようで、誰もが強気で歩き続けていた。

 

 元々は要塞であったであろう建物を抜けると、随分と広大な空間に出た。前方には石で作られた巨大な龍の頭がある。マップ名を確認したところ、『ウロボロスの門』とあった。どんな舞台背景が存在しているのか気になったが、エリオンウォード異相界のデータはバグってまともに閲覧できる状態ではなくなっている。特異点が消失すれば、きっと見れるだろう。その時の楽しみにとっておこう。

 

 そう思っていると、巨大な龍の口の奥に通路が伸びているのが確認できた。この先に特異点がある――ティアが険しい顔でそう告げる。わたしはかつてこの先で特異点に触れて、今の姿になった。だから全ての元凶はあそこにある。ティアは一同にそう伝えてきた。

 

 確かに並々ならぬ気配やオーラが、龍の口の奥から感じられる。ティアの言っている事に嘘はない。あの奥に特異点があるのだろう。

 

 既にどんなボスとも戦えるようにしてきたキリト達に不備はなかった。このまま飛び込んでいこう――キリトの言葉に皆が頷き、歩み始める。それはかつてのアインクラッドで、第百層の紅玉宮に向かう時の再現だった。

 

 俺達はもう一度アインクラッドを終わらせに行く。どんな敵が居たとしても、倒すだけだ――かつて抱いていた気持ちをもう一度胸に抱き、キリトは皆を連れて、龍の口の奥へ向かった。

 

 辿り着いた場所は、異様な空間だった。ダークブルーの闇が広がっていて、その中央部は水色と白の光に照らされている。地面には水色の光の文様が走る石造りの床があるが、光の文様とはまた別に幾何学的な模様が描かれている。まるで異世界へ続く扉を開ける儀式を執り行うための祭壇のようだ。

 

 いずれにしてもエリオンウォード異相界、アインクラッド、アイングラウンドに存在している事が異様であるとしか思えない場所だった。

 

 

「……あれは」

 

 

 円形闘技場にも思える形状の祭壇の中央にキリトは目を向けた。暗黒の空間の丁度中間辺りに、紫と白の光を放つ禍々しい光の球が浮かんでいる。それは大きな卵のようにも感じられた。さぞかし恐ろしい魔物が産まれてくるであろう、あってはならない卵だ。その存在を認めて、ティアが言う。

 

 

「あれが、わたしの可能性を勝手に導き出したもの。ここが、その場所……」

 

「つまりあれが特異点って事ね。ティアを塗り潰そうとしてるっていう」

 

 

 シノンの言葉にティアが頷いた直後、彼女は突然苦しみ出して膝を付いた。プレミアも同じように崩れ落ちて膝を付く。

 

 

「ティア!?」

 

「プレミア!?」

 

 

 リランとシノンと一緒になって呼び、彼女らに近寄る。プレミアもティアも頭を両手で抑え付けて、苦悶の表情を浮かべていた。激しい頭痛に襲われているらしい。

 

 

《人は、信用できない。わたしは一人のまま。ずっと一人のまま……》

 

 

 不意に《声》がした。頭の中に響いてくるようなそれは、リランのものではない。その声色はティアのものと一致していた。

 

 ティアは未来の意識が流れ込んでくる時に《声》がすると言っていた。それはいつの間にかチャンネルを自分達の方にまで広げてきたらしい。それにはリランも驚いたようで、彼女は球体を睨んでいた。

 

 

「これは、ティアの《声》……か!?」

 

《答えが見つからない。ずぅっとこのまま……何も変わらない……》

 

 

 《声》は延々と同じような事を繰り返している。ティアは何も変わらない、ずっとこの先も人との繋がりを持てないまま終わる――そう断言して止まってくれない。それはついこの前のティアの意識と一致していた。

 

 だが、今はそうではない事を証明したのはキリトではなくティアだった。彼女は頭痛と《声》に抗うようにして姿勢を戻し、立ち上がった。

 

 

「何も変わらなくない。もう変わった。わたしは人との繋がりを持てた。持つ事が出来た。わたしには仲間がいる。わたしを大切に思ってくれる仲間が、家族がいてくれている。わたしはもう独りぼっちなどではない!」

 

「そうです。ティアはもう独りぼっちなんかじゃありません。わたし達がティアを独りぼっちになんてさせません!」

 

 

 プレミアも立ち上がり、特異点の光に異を唱えていた。特異点は未来のティアの意識をシミュレーションしているとユイが言っていた。ならばあの光の玉は未来のティアと言う事になるが、その口が出す言葉はどれも人間を信じられなかった過去のものだ。

 

 特異点は未来のティアのように見えて、過去に縛られたティアなのだ。いや、ティアの似姿をした別の何かであろう。それをわかっているように、ティアはぶんと腕で前方を薙いだ。

 

 

「……あなたはわたしじゃない。わたしはあなたなんかじゃない!!」

 

 

 もう、ここにいるティアはかつてのティアではない。人間と、家族と一緒に生きていくという可能性を掴み取り、未来を生きていかんとしているティアだ。言っていなくても、その言葉が胸へ飛び込んでくるような気がして、キリトは思わず口角を少し上げた。

 

 しかし光の玉――未来のティアと思わしき何かはそれを認めようとしていないようだった。ティアの宣言が終わると同時に球体は急激な光を放ったかと思えば、突如として光線を放ってきた。リランの放つ熱レーザー光線ブレスにも似ているそれは球体より複数飛び出し、あちこちを薙ぎ払って焼いてきた。焼かれたオブジェクトは真っ赤に染まった断面を見せながら地面へ落ち、光線が通った地面は赤く染められる。

 

 その破壊光線の一本が迫り来たのを認めたキリトは右方向にステップして回避した。同じ方向に回避したのはシノンであり、リラン、プレミア、ティアの三姉妹は左方向に回避していた。それからすぐに破壊光線の照射は終わり、光の玉は一旦沈黙する。

 

 

「……な!?」

 

 

 その直後の光景にキリトは釘付けになった。光の玉から何かが垂れ下がるように飛び出してきたのだ。それは頭だった。人間の女性のそれと龍のそれが混ざったような歪な頭は長い首の先にある。

 

 更に光の玉の上部より大きな翼が飛び出し、伴って上半身が出てきて更に下半身も光の玉から抜け落ちる。まるで空中の卵から龍が孵化するようなシーケンスで登場してきたそれは地面に落ち、どぉんと大きな音と震動を起こした。

 

 驚くべき容姿だった。頭部は人間の女性と龍が混ざった形で、上半身もまた人間の女性に近しい形をしている。下半身は龍のそれであり、体色は闇のように黒いが、透き通っているようで、身体の真ん中に赤黒い光の球体が(うごめ)いていた。そして背中からは猛禽類のそれのような翼が一対生えている。

 

 

「こいつが、特異点……!?」

 

 

 槍を構えつつも驚きを隠せないでいるシノンが呟いた時、キリトは彼の龍の頭部に《HPバー》が三本並び、その上部に単語が表示されているのを認めた。

 

 《Neftis(ネフティス)》――そこにはただそう書かれていた。ネフティスとはエジプト神話に登場する女神のうちの一体で、葬祭を司る黄泉の神。そしてジェネシスの《使い魔》であったアヌビスの原典となっているアヌビス神の母親である。

 

 アヌビスを友としていたティアを取り込まんとしている存在はネフティス。アヌビスの母親である神の名を冠しているのは、一体どういう偶然なのだろう。気になっても気にしている場合ではないのは確かだった。

 

 

「これがティアを苦しめている原因……これを倒す事ができれば、全て解決のはずです!」

 

「そうね……ここまでモンスターらしい姿をしてるなら、逆にやりやすいくらいだわ」

 

 

 プレミアが細剣、シノンが槍を構えつつ言い放つ。この存在が現れた事により特異点の光の球体は消え去っている。恐らく特異点が姿を変えてきたのだろう。だから目の前にいるネフティスが特異点であり、倒すべき敵である。

 

 特異点がそのままの形をしていたらどう攻めればいいかわからなかっただろうが、ここまではっきりとした姿をしてくれているのだからありがたい事この上ない。これまでそうしてきたように皆と力を合わせて戦い、勝つだけ。やるべき事はシンプルで簡単だ。

 

 

「行こうッ! 特異点からティアとプレミアを切り離すぞ!!」

 

 

 双剣を抜き払い、キリトは叫んだ。

 

 その指示はすぐさま全員に届き、それぞれがばらばらに散開して立ち回った。現段階でここにいるのは自分を合わせて五人であり、戦力的には小さくて少ない方に入る。しかもリランに至っては狼竜形態ではなく、人狼形態となっている。ボス戦のルールが適用されていて、大きな力を出す事を制限されているようだ。

 

 視界の左上、HPバー等が並んでいるところの最下層には空っぽになっているバーが一本。リランを元に戻すには攻撃を仕掛け、バーを最大値まで溜める必要がある、この世界の強い使い魔を持つビーストテイマーへの制限が今更になって課せられていた。

 

 ジェネシスとの戦いの時、マキリとの戦いの時は公式に用意されているボス戦ではなかったためえにこの制限をなしにして戦う事ができたが、このネフティスとの戦いは公式で用意されたボス戦という事になっているらしい。

 

 ここは特異点の影響でバグっていて、運営が用意したルールなど崩壊しているはずだが、ボス戦部分だけは崩壊せずに残り、まともに機能している。なんて相手にだけ都合の良いバグり方なのだろう――キリトは思わず歯を食い縛った。

 

 

《わたしの未来は決まっている。受け入れなさい。未来を受け入れなさい》

 

 

 ネフティスが吼えると同時に《声》はした。未来のティアを騙る特異点の囁きだ。これまではティアとプレミアにだけ聞こえていたそれは、誰にでも聞こえるようになっている。それはようやく全員で反論できるようになったという事だ。

 

 

「お前はティアじゃない。ティアは可能性を掴めない娘じゃない!」

 

 

 双剣を握り締めてキリトはネフティスへ走る。ネフティスは身体を回して尻尾による薙ぎ払いを仕掛けてきたが、地面を蹴り上げてジャンプする事で容易に回避できた。

 

 特異点と言えど、ティアやプレミア、ましてやリラン達のような賢さは持ち合わせていない。異形の姿、圧倒的存在感を出していたとしても、結局ただのボスモンスターと代わりがない。ならば勝てない相手ではない。

 

 

「だああッ!!」

 

 

 勢いをつけて下降し、ネフティスの顔面へ距離を詰める。道中で剣に光を宿らせつつ、そのまま渾身の突きを放った。SAOの時からよく使ってきたソードスキルである《ダブル・サーキュラー》が炸裂し、ネフティスに金色の光を纏う刃が突き立てられる。

 

 手応えは――ありはするものの甘い。その証拠にネフティスのHPがあまり減っていない事が認められた。どうやらネフティスはかなりの体力を持っているらしい。やはりというべきか、一筋縄ではいかないという事なのだろう。

 

 

「キリト、スイッチ!」

 

「我らに任せろ!」

 

 

 背後からシノンとリランが駆け付けてきたところで、キリトの硬直は解かれた。合わせてバックステップすると、二人と一瞬すれ違った。二人は既にソードスキル発動体勢となっており、ネフティスに接敵するや否や即座に放った。

 

 リランは両手剣ソードスキルの一つである縦斬りを放つ《アバランシュ》、シノンは一突きの後に光の槍で突き刺す《フェイタル・スラスト》をネフティスの顔にお見舞いした。それでもネフティスは怯む事なく動き続け、お返しと言わんばかりに口を開いてブレスを放った。

 

 闇の雷と言うべき黒い稲妻の煌めくエネルギー弾。アヌビスが赤黒い電撃を放つモンスターであったから、その母親であるネフティスも同じエネルギーを使うという性質を持っているらしい。もしくはアヌビスの戦う様をずっと見てきたティアの意識と記憶からアヌビスの情報を引っ張り出して自分に適応しているのか。いずれにしてもネフティスはアヌビスと同じ力を使えるらしかった。

 

 放たれた黒雷の弾はネフティスの顔から少し離れた程度の位置で炸裂し、爆発を引き起こした。もっと遠くまで飛んでいくとばかり思っていたのだろうか、リランもシノンも回避できず、まともに雷の爆発を受けてしまった。

 

 

「ぐあっ!」

 

「きゃあっ!」

 

 

 二人は大きく後方に吹っ飛ばされて、地面に激突した。HPの減り具合は黄色になる寸前になっている。すぐさまプレミアが駆け付けて回復スキル《ヒーリング・サークル》を使用して緑色の光の円陣を展開、陣内の二人の傷を癒やしにかかる。プレミア自身のスキルの高さも相まって、二人のHPは全快になった。

 

 だが、ここまで進み続けてきて、レベルも上げてきているリランとシノンの両名でさえ、一撃であそこまでHPを削られてしまう有様だ。ネフティスの攻撃力はかなりのものとなっているのだろう。いや、この場のボスになるには悪い意味で釣り合わないステータスを持っているのだろう。

 

 ここは特異点の影響で様々なものが派手にバグっている。本来適応されるべきではないボスが適応されているような状況であっても不思議ではないのだ。世界のあらゆる事柄が敵になっている。それはかつてのジェネシス戦の再現だった。特異点は世界のあらゆる物事を味方にできているのだから、余裕綽々なのだろう。

 

 ネフティスの顔にそんなものは出ていないが、傲っているような表情が想像できて、怒りがこみ上げてきた。

 

 

「わたしは可能性を手に入れたんだ。お前なんかに負けるものか!!」

 

 

 その時ティアが駆け出し、ネフティスへ飛び込んだ。ネフティスはその巨大な右手を振り上げた後に叩き付ける攻撃に出るが、ティアは左方向にダイブして回避。ネフティスの右手が地面に突き刺さって動かなくなった隙を見計らってソードスキルを仕掛ける。

 

 

「やああああああッ!!」

 

 

 咆吼に載せたティアは大剣で連撃を放った。水平斬り、右上からの切り下ろしからの左上からの切り下ろし連斬、そのまま勢いを載せての叩き付けが見事にネフティスの胸部に炸裂し、悲鳴が上がる。

 

 見たところソードスキルのような動きだったが、大剣に光は宿っていなかった。もしソードスキルだったとしても、見た事のない動きだ。今のは一体何かーー偶然か否か、気にするキリトのところにティアがバックステップしてきた。咄嗟にキリトはティアに声掛けする。

 

 

「ティア、今の攻撃は?」

 

「ジェネシスが作ろうとしていたソードスキルの再現。確か名前は《ジェノサイダー・メサイア》って言ったかもしれない」

 

 

 デジタルドラッグを使う事で尋常ならざる速度と攻撃力を出していたジェネシスだが、あいつはオリジナルソードスキルまで作り出そうとしていたのか。もしそれが実現していたならば、本当に手に負えなくなっていただろう。ティアからの事実に、キリトは思わず戦慄した。

 

 だが恐れている場合ではなく、そんなものを繰り出せているティアに疑問を抱く場合だった。

 

 

「どうして君がそんな事を」

 

「……わからない。もしかしたらアヌビスが思い出させてくれたのかもしれない。アヌビスの剣はずっとジェネシスに使われていたから」

 

 

 そう言ってティアは手元を見る。ヒエログリフを思い起こさせる金色の光の文様が浮かび上がっている黒き大剣は、ジェネシスが握っていた物と同じだ。ジェネシスの剣は彼と一緒に消滅したはずだが、それを覆して世界に残り、今はティアに握られている。キリトは信じられなくもそう思っていた。

 

 

「やっぱりアヌビスは君の近くに居てくれてるのかもな」

 

 

 ティアは首を横に振った。まさかの動作にキリトはきょとんとする。

 

 

「アヌビスだけじゃない。あなたが、シノンが、リランとプレミアが一緒に居てくれてる。だからわたしは独りぼっちなんかじゃない。そうでしょう?」

 

 

 微笑みながらのティアの言葉に、キリトは笑みを返した。かつて人を信じられなかったティアはもう、ここにはいない。明確な人との繋がりを掴み、共に歩んでいく可能性を掴み取ったティアがここにいる。そのティアを蝕もうとしているのが特異点ならば、倒す他ない。どんなに強大であっても、だ。

 

 

「そのとおりだ。なんとしてでもあいつを倒してやるぞ、ティア!」

 

 

 ティアは頷き、大剣を再び構え直した。その次の瞬間、ネフティスは視線をティアの方へ向けてきた。どうやらティアが敵視(ヘイト)を取ったらしい。すかさずネフティスはその巨体で地面を蹴り上げながら突進攻撃を仕掛けてくる。キリトは咄嗟に横方向にステップして攻撃範囲から離れたが、ティアはそれが出来なかった。

 

 キリトはAGIが比較的高めになっているために身軽な動きをする事も出来るのだが、ティアはそうではなく、防御力と攻撃力に重点を置いたステータスになっている。身軽な動きをするのは苦手なのだ。だから避けるべき攻撃でも、防ぐしかない。

 

 

「ティア!」

 

 

 咄嗟にティアの前方へ躍り出ようとしたその時――。

 

 

「でああああッ!!」

 

「どおああああッ!!」

 

「はあああああッ!!」

 

「やああああッ!!」

 

 

 四つの掛け声と共にネフティスの頭が引っ張り上げられるように持ち上がり、その身体が後退させられた。何か大きなものに突進を防がれたような動きだった。今何が起きた――そう思ってキリトはティアの前方、ネフティスと彼女の間に目を向ける。

 

 

「間に合ってよかったぜ」

 

「とんでもねぇのが出てきやがったな」

 

 

 ティアの前に居たのは、鎧服を着て盾と片手剣で装備を固めた、騎士のような風貌の青髪の青年、両手斧を手にした黒い肌のスキンヘッドの男。別動隊として行動していたディアベルとエギルだった。

 

 

「ティア、あんた無事!?」

 

「とりあえず間に合ってよかったぁ!」

 

「到着しましたよ!」

 

 

 そう言ってティアに駆け寄ったのは、片手棍と盾で武装した桃色髪の少女と、両手剣を持った白紫髪で胸の大きな少女、肩に水色の竜を連れて短剣を装備した茶髪ツインテールの小柄な少女の三人。リズベットとストレア、シリカである。

 

 ディアベルとエギルとでパーティを組んで探索に出ていた三人の少女も、ここに合流できたようだ。キリトはディアベルとエギルに話しかける。

 

 

「二人とも、よくここがわかったな」

 

 

 答えたのはディアベルだった。

 

 

「ストレアを頼りにさせてもらったんだ。ストレアがティアのアニマボックス信号を拾って、ここまで連れてきてくれたんだよ」

 

 

 皆にティアの事を教えたはいいが、どうやってこの場所に来てもらおうか――キリトは進みながらも気がかりだった。もしかしたら皆がここに揃う事は出来ないかもしれないとも思っていたが、杞憂に終わった。

 

 そして同時に更に安堵する。今の四人と同じように別行動していたアスナ、ユウキ、カイム、シュピーゲル、アルゴの五人にはユピテルが、リーファ、フィリア、レイン、クラインの四人にはユイが付いている。彼らもティアとプレミア、そしてリランとストレアのアニマボックス信号を拾って、ここまで来ているはずだ。

 

 この場の仲間達は勢揃いし、共に特異点を討つ事になるだろう。その時こそこの異変を終わらせる時だ。いや、彼らの到着を待つまでもない。彼らの到着よりも早く特異点の討伐を終わらせるつもりでいてもいいのだ。

 

 久しぶりの高揚感に胸を躍らせたその時に、キリトはティアを見た。

 

 かつて人間を信じられなくなっていた少女は今、人間達に笑んでいた。

 

 

「皆、来てくれてありがとう」

 

「当然じゃないの。さぁ、特異点だっけ。それをとっとと壊すわよ」

 

 

 リズベットに言い返されたティアは頷き、仲間達と共にネフティスへ向き直った。ネフティスは相変わらず《声》を繰り返していた。

 

 

《わたしの可能性は変わらない。わたしの未来には絶望しかない。早く受け入れて。来るべき未来を受け入れて。独りぼっちの未来を受け入れて》

 

 

 直後、シリカが反論を試みた。やはりネフティスの《声》は全員に聞こえているようだ。

 

 

「そんな事ありません! ティアちゃんはもう独りぼっちなんかじゃない!」

 

「ティアの未来は明るいわ。それを無理矢理暗くしようとしてんじゃないわよ!」

 

 

 続けてリズベットが反論すると、ネフティスは右手を振り上げて叩き付けをしてきた。しかしそれはティア達の遥か前方に繰り出されて空振りする。わざと外したようにしか見えない攻撃に戸惑ったその時に、ティアが急にはっとした。

 

 

「皆、防御して! 下から攻撃が来る!」

 

 

 エギル、ディアベル、リズベット、ストレアのタンクメンバーは、同じタンクであるティアに言われたまま防御態勢に、シリカは軽やかなステップでその場から離脱した。間もなくネフティスの右手直線上の地面が黒く光り、大爆発を引き起こした。五人のタンクが作る防御壁が爆発に晒されたが、流石ここまで切り抜けてきた防御力のおかげで僅かに後退させられた程度で済んでいた。

 

 

「地面が爆発しやがったぞ。どういう事だ」

 

 

 エギルの質問にティアが答える。爆発を受けておきながらも冷静だった。

 

 

「あいつが地面にエネルギーを送り込んで爆発させた。そういう技も使って来る」

 

「攻撃を外したように見せかけて、しっかりやってたって事だね。それにしてもエネルギーをそんなふうに使えるなんて、強いボスじゃない」

 

 

 ストレアの言葉に遠くのキリトも頷く。

 

 ネフティスは狼竜形態リラン、《使い魔形態ユピテル》と同じように強いエネルギーを攻撃に転用する事が出来る。ここまでの芸当が出来るボスモンスターはアイングラウンドにはあまり確認できなかった。居たとしてもそれはそのフィールドに居る事自体が間違っているような規格外ステータスを持っている《邪神(エピソードエネミー)》くらいだ。

 

 あのネフティスはアイングラウンドの各地を闊歩する規格外エネミーである《邪神(エピソードエネミー)》に匹敵するくらいのステータスと能力を持っているのだろう。これまで相手にしてきたモンスターのどれよりも強いのは確かだ。

 

 そんなものの眼前にいるティアが、不意に呟く。

 

 

「けれど、わたしはあいつを倒せるって信じてる」

 

「え?」

 

 

 仲間達の注目を集めるや否や、ティアはまた笑んだ。これまで見た事がないくらいに、彼女はよく笑んでいた。

 

 

「皆がわたしと一緒に居てくれているから。だからわたし達は勝てる」

 

 

 かつて人間を拒絶していたとは思えないような言葉が出てきた事に、周りの仲間達はきょとんとしていたが、やがてその笑みが感染(うつ)ったように笑んだ。自分と同じように笑んでくれる人々の存在を認めた彼女は、大剣を構え直した。

 

 

「お願い皆、どうか力を貸して――」

 

 

 その願いに皆は「任せろ」、「やってやるわ!」などと言って答え、ネフティスに向き直った。人々との繋がりをティアは得られた。そのティアが絶望ばかりのネフティスに負けるわけがない――キリトはそんな思いを胸に、ネフティスへ立ち向かった。

 

 

「皆、特異点を倒すぞ!!」

 

 

 













 ――アイスボーンを進めて――

 アリシゼーションリコリス……地蹄龍アン・イシュワルダ……使えるかも。

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