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「ティアッ!!」
遠くから誰かの声がして、はっとしたと同時にアヌビスが爆発した。アヌビスの放つそれとは性質が全く異なっている、赤い炎の爆発だった。不意打ちを受けたアヌビスは大きく吹っ飛ばされてティアとの距離を開ける。ティアはその場から動き出せなかった。
今一体何が起きたのか。誰もいないはずなのに、どうしてアヌビスが爆発に吹っ飛ばされたのか。
「ティア!」
もう一度聞こえた呼び声にティアは振り向いて、驚いた。目を刺すような赤い光が満ちる建物の奥の方、来た道の方に複数の人影が認められた。大小が異なっている。その中で一際小さい人影に注目すると、すぐに正体が割れた。
自分の双子であり、同じ女神としての役割を持っていた少女、プレミアだった。その近くにいるのはキリト、シノン、リラン。人間達から迫害された自分を受け入れてくれた人々だった。
「あ、あなた達は……」
どうしてここにいるというの。何も言わないで来たのに。巻き込みたくなかったのに、わたしだけで問題を解決させて帰ってこようと思っていたのに。ティアはいつにもなく混乱していた。
そんなティアに向けて四人は駆け寄ってきた。誰もが安心したような顔をしている。自分とは真反対だ。
「ティア、ようやく見つけ――」
駆け寄ってくるプレミアが言ったその時、後方で赤黒い光が瞬いた。次の瞬間にティアの前方の天井が爆発して、大きな瓦礫が降ってきた。随分丈夫に出来ていると思っていた天井だった瓦礫の山が出来上がり、やってくるプレミア達の進路が塞がれてしまった。
戸惑いながら振り向くと、身構えるアヌビスの姿があった。口許で赤黒い電気と煙が燻っている。ブレスを放った後だ。自分の邪魔をする敵が複数やってきたのを確認し、進路を塞ぐ事で邪魔を防ごうと考えたのだろうか。
あんな姿になっていても、アヌビスの賢さは健在なのだろうか。思考を巡らすティアの耳に、もう一度声がした。
「ティア、返事しなさいッ!!」
シノンの声だった。瓦礫から叩くような大きな音が聞こえる。四人は必死になって瓦礫を退かそうとしてくれているようだ。そんな皆に、ティアは思わず問いかけた。
「あなた達、どうしてここに。どうしてわたしを追ってきたの」
「あなたこそ、どうして急にいなくなったりしたんですか。皆心配して、ここまできたんですよ!」
質問を質問で返してきたのはプレミアだった。質問している場合でも、ましてやそれに答えている場合でもない。しかしティアは答えた。
「どうして。ここにあるのはわたしが何とかしなきゃならない問題。あなた達を巻き込んじゃいけない戦いなの。だから皆は待っていれば良かった。わたしはちゃんと帰るから」
「だから、一人でここまで来たっていうのか!?」
キリトの問いかけだった。そうだ。誰も巻き込んではいけない。誰かを巻き込めば、ただ迷惑をかけるだけ。迷惑をかけるような者が人々の輪に加わってはいけない。皆との繋がりを持つには、迷惑を掛けないようになる必要がある。この問題の解決は、それの第一歩であり、証明なのだ。
「そう。だから、皆はもう帰っていい。わたしは皆を巻き込みたくない。あの時のキリトみたいになりたくないの。あなたはマキリと戦った時、わたし達に巻き込んでごめんって言っていた。この問題はキリト、あなたにとってのマキリ。わたしにとってのマキリが、この問題。わたしが一人で片付けなきゃいけないもの」
その一言にキリトは黙った。他の者達も同じように声を出して来なくなる。きっとキリトはマキリの事を言ってほしくはなかっただろう。だが、ティアにはマキリ以外の例えが見つけられなかった。
「この問題に皆を巻き込んでしまったら、皆に大きな迷惑をかけてしまう。わたしはアインクラッドを作り出す厄災を引き起こして、皆にひどい迷惑を掛けた。もう、これ以上の迷惑を掛けられない。これ以上の迷惑を掛けたくない。迷惑を掛ければ、もう繋がりを絶たれてしまう。だからわたしは、この問題を一人で解決して、皆のところに帰る!」
「そんなの、違うッ!!!」
瓦礫の向こうからなのに、はっきりと聞こえた声だった。プレミアの声色だ。しかもこれまで聞いてきた中で最も大きい。
「人との繋がりは、そんな簡単に切れてしまうようなモノではありません。あなたとわたし達の繋がりはそんなに弱いモノではありませんし、あなたに何も迷惑など感じていません。ですからわたし達はここに来たんです! あなたを追って来たんです!」
それは先程のティアの問いかけへの答えだった。ティアはアヌビスから視線を逸らさないものの、耳を話す事が出来なくなった。
「……寧ろ迷惑をかけていたのは俺達の方だ。自分達の勝手な言い分と欲望で、君の命を脅かして、居場所を奪ってやろうとしてた。君に寂しい思いをさせてきたのは、俺達だ。君を辛い目に遭わせてきたのは、いつだって俺達人間だった。
俺だってそうだ。君が苦しんでいる事に何も気が付かないで、放っておいてしまった。君に厄災を引き起こさせて、今も苦しめてる。守ってやるって言ってたのに、全然そんな事できてなかった。君に人との繋がりは間違いだと教えてしまった」
キリトの声だった。懺悔しているような音が混ざっているように聞こえる。心の底から伝えている言葉のようだった。直後、ティアの頭の中にフラッシュバックが起こる。
フィールドに出ていた人間達に追いかけられている。どいつもこいつもぎらぎらした眼差しを向けて、追いかけまわしてくる。そして追いつけば武器を振り回し、進んで傷付けてくる。ティアが本来の役目を果たそうとすれば、「使えない」「クソモブ」などと言って傷付けてくる。
挙句、そんな事をしなかった人間であるジェネシスと、友人であるアヌビスにも悪罵をぶつけ、斬りかかった。これだけの悪事をしておきながら、誰一人として謝罪も何もしなかった。だからティアは人間達を信じられなかったし、そんな人間達と繋がりを持とうと思えなくて当然だった。
そんな人間達の中の一人であるキリトは今、謝罪をしてくれていた。
「特異点に触れた君が見た未来の意識……それも結局、人との繋がりを作ってやれなかった俺達人間が作り出したようなものだ。俺達はどこまでも君を苦しめてる。もう、これ以上君を苦しめるなんてごめんだ。そして、君の苦しみを解いてやれるなら、進んで協力する。そのために俺達はここまで来たんだ」
ティアは呆然としてキリトの声を聞き続けていた。間もなくして、シノンの声がした。
「ティア、今のあんたの気持ちを教えて。あんたの願いは何? あんたは、本当はどうしたいの。それだけ、教えて頂戴」
問われて、ティアはそんな事を聞かれた事がない事に気が付いた。わたしの願い――わたしのやりたい事。かつてそれは強くなる事だった。誰にも負けず、誰にも邪魔されないで強く生きていけるようになる。
そして――傍には少なくてもいいから、理解してくれる、一緒に居てくれる存在があって欲しい。そんな事を願っていたという事に、ティアははっとする。
「わたしの、やりたい事……わたしの願い……」
《言ってみろ。我ら全員が聞き届けようぞ》
初老女性の声色になっているリランの《声》に煽られるようにして、ティアは考えた。わたしの願い。わたしが求めていたモノ。わたしが今、拒絶しているモノ――それを遮るようにして頭痛がして、《声》が聞こえてきた。
《わたしは独りぼっち。独りぼっちのまま。誰とも繋がれないままいる。ずっとそのまま。そのまま。独りぼっちのまま。独りぼっちのまま》
ティアは首を横に振った。いつもより強く、強く振った。
「わたしは、わたしの願い、はぁ……」
《わたしは未来もずっと、この先ずっと、独りぼっち――》
《声》をかき消すように、ティアは叫んだ。
「独りぼっちなんてもういやだ!! 人との繋がりを持ちたい!! あなた達とずっと、ずっと一緒でありたい!! 皆とずっと一緒に居たいッ!!!」
胸の内に燻っていた思いの
「この問題も、きっとわたし一人じゃどうにもならない。だからお願い、助けてッ!!!」
渾身の力を込めて叫んだ次の瞬間に、背後が爆発した。瓦礫が粉微塵になって吹き飛んでいく。振り返れば、求めた者達の姿がすぐそこにあった。彼らは呆然としているティアに寄り添って来る。そこで、《声》が聞こえた。
《……やっと本当の気持ちを教えてくれたな、ティア。長かったではないか》
リランの声色だった。頭痛は収まり、未来の自分の《声》は聞こえなくなっていた。同じように頭痛に襲われていたのだろう、冷や汗を掻いていた跡が顔にあるプレミアが微笑みかけてきた。
「わかりました。ティア、一緒に行きましょう。一緒に……未来の可能性を塗り潰しにいきましょう!」
「あんたを塗り潰そうとしてる未来の可能性を、私達で塗り潰し返してやろうじゃないの!」
シノンは勢いよく言った。今の自分は未来の自分の意識に塗りつぶされそうになっているが、それを逆に塗り潰し返してやる。その発想にティアは至れず、驚いてしまった。
「皆……」
思わず呟いたティアに、差し伸べられてきた手があった。キリトの手だった。かつてジェネシスと敵対し、打ち勝った黒の竜剣士の表情は、暖かい微笑みが浮かべられているものだった。
「これまで守ってやれなくて、一緒にいてやれなくてごめんな、ティア。今度こそ俺達が君を守る。君と一緒に進んでいこう」
一度は拒絶した手。はね除けてしまった手。それにティアは自らの手を差し出し、握った。すぐさまキリトは握り返してきてくれて、心地よい温もりが手より流れてくるようになった。ようやく人とのちゃんとした繋がりを持つ事ができた――そんな気がして、胸の中がこれまで感じた事がないくらいに暖かくなった。
しかしすぐに大きな音が耳に飛び込んできた。異形な獣の咆哮。それは崩壊した身体のアヌビスの怒りの声だった。分断したはずの邪魔者が参上してきた事に怒り狂っているらしい。
その容姿を認めて、キリトもシノンも驚いていた。
「こいつは、アヌビス……!?」
「ジェネシスがいなくなったっていうのに、アヌビスはいるわけ!?」
やはり二人にとっても驚くべき事のようだ。ジェネシスを無くしているはずのアヌビスがここに現れている。ティアにとっても信じがたい現象だったが、同じように目の当たりにしているはずのリランとプレミアは冷静だった。やがてリランの声がした。
《落ち着け。こいつはジェネシスのアヌビスではない。ただの同じ種類のモンスターだ》
「あの時のアヌビスのような感じはありません。先程相手にしたドラゴンと同じようなものです」
そう言われて、ティアははっとする。目の前にいるアヌビスの身体は至るところが欠損しているが、尻尾は欠損せずに済んでいる。その先端にあるのは黒い大剣。
自分の友人だったアヌビスは尻尾が切断されて先端がなくなっていた。あのアヌビスにはそれがある。つまりあのアヌビスは自分の友人であったアヌビスではなかった。同じ種類であるという事に惑わされていただけだったのだ。そんな事実にティアは思わず安堵した。
「そうなれば、後は簡単。倒してしまえばいいだけ。皆で力を合わせて!」
そう言い放って大剣を構え直すと、皆も同じように武器を構えた。これまで誰もいなかった隣に、今はキリトが、シノンが、リランが、そしてプレミアがいてくれている。それがどこまでも心地よくて、嬉しくて、どこまでも頼もしかった。
わたしはもう独りぼっちなんかじゃない。ティアは思い直して、アヌビスを眼中に捉えた。
すぐさま反撃に出てきたのはアヌビスの方だった。怒りに任せて赤黒い雷弾ブレスを連射してくる。防御よりも回避した方がいい――皆もわかっていたようで、アヌビスのブレス発射に合わせて横方向に跳躍する。雷弾は遥か後方まで飛んでいって爆発した。
一瞬の隙を作ったアヌビスの懐にキリトとシノンの二人が飛び込んでいき、双方の武器に光が宿る。直後、キリトは水色と金色の光を纏う双剣で叩きつけるように連続でアヌビスを斬り、シノンは渾身の突きをお見舞いする。双剣と槍のソードスキルに対する知識はないので、何を放ったのかはわからないが、それは確かなダメージをアヌビスに与えた。《HPバー》が減少し、黄色に差し掛かる。
そういえばアヌビスは敵の攻撃を受け止めるのを得意としてはいなかった。あまり防御力が高くないのだろう。高い火力をぶつければ、瞬く間に倒す事もできるはず。あれこれ思考していると、アヌビスは唐突にショルダータックルの構えを作って放ってきた。
キリトとシノンは見通しているように後方にステップして回避して見せたが、間一髪の回避だった。地面が抉り取られた事で飛んだ礫を浴びていたが、そんなにダメージにはならなかった。
キリトとシノン、そして仲間達。彼らは本当に強い――ティアはそう思っていた。かつて厄災を引き起こした自分とジェネシスに勝利した者達。その強さはいったいどこから来ているのか気になってはいたが、その答えが出た気がした。彼らはきっとここ以上の修羅場を生き抜いてきた。それが故に強いのだろう。
いや、それだけじゃない。もしかしたら彼らの強さは繋がりによるものかもしれない。彼らには互いの信頼と繋がりが確かにある。自分とジェネシスにはなかったもの。それがあるからこそ、この者達は強いのかもしれない。
そんな人々の輪に加わり、仲間の一人として生きていっていいと言われたのがさっき。これからこの人々と一緒に生きていくと決まったのが今。ティアは怖いくらいの嬉しさを胸に抱いていた。
その時に、アヌビスの後方に光るものを認めた。それはリランだったが、狼竜の姿から、金色の長い髪の毛、狼の耳と尻尾が特徴の少女に姿が変わっていた。
そういえば自身の家系の長女に当たるリランには狼竜と人狼の姿があり、自由に変えられるという話を本人から聞かされた。彼女は一瞬でそれを行い、大剣を持つ少女に変わったのだ。そして、アヌビスの背後をとった。
狙っているのは――アヌビスの尻尾だった。
「ジェネシスと同じような事をするのは不本意だが、これが必要だ。許せよッ!」
そう言ってリランは地面を蹴って空中へ飛び、光を纏う大剣を縦一文字を描いて振り下ろした。大きな刃はアヌビスの尻尾の中間を両断し、先端の大剣を切り離した。切り落とされた大剣は宙に投げ出され、やがて鋭い刃先を下にして地面に突き刺さった。
リランの一撃が効いたのか、アヌビスは苦しみの声を上げてよろけた。即座に攻撃を仕掛けられる姿勢ではなくなっている。隙だらけだ。
「ティア、仕掛けましょうッ!!」
「わかった、これで決めるッ!!」
プレミアの呼び声に応じて地を蹴ると、それはプレミアと同時になった。二人揃って肩を並べて走り、一気にアヌビスとの距離を詰める。するとアヌビスは姿勢を取り戻して上体を上げて、右手に渾身の力を込めて振り降ろしてきた。しかしそんなものにティアもプレミアも当たるわけがなかった。
プレミアはそうでもないようだが、ティアはずっとアヌビスの攻撃方法を隣で見てきたのだ。アヌビスがどんな攻撃を繰り出す事が出来るのか、どの攻撃を出した時、どこに隙が生まれるのか。
アヌビスが上体起こしからの右手振り降ろしを放つ時、決まってアヌビスから見て左方向、自分達から見て右方向に隙間が出来る。だからプレイヤーを相手取った時、アヌビスの攻撃を回避して右方向に回避してきた者を迎撃する戦法を取ったものだ。
しかしこのアヌビスはこの場に一体だけで、フォローしている者もいない。結果としてアヌビスの左側面はがら空きだ。ティアが右方向にステップした時、プレミアもまた同じように右方向にステップしてきていた。
誰もいない空間にアヌビスは右手を振り下ろし、何もない地面を砕いた。あまりに力を入れ過ぎたために地面に手が突き刺さり、抜けなくなる。完全に動きが止まったところにしっかり狙いを付けて、ティアは両手剣に光を宿らせる。
「だあああああああッ!!」
「はあああああああッ!!」」
紫の光を宿らせた両手剣で、ティアはアヌビスをあらゆる方向から斬り裂いた。いつもよりも力を載せて、思い切り斬って斬って斬りまくる。多大な隙を作る事を嫌っていたジェネシスは繰り出す事のなかった、両手剣の奥義とも言えるソードスキル。
そしてプレミアは、
六連続攻撃両手剣ソードスキル奥義《カラミティ・ディザスター》、五連続攻撃細剣ソードスキル奥義《フラッシング・ペネトレイター》。
放たれた二つの奥義をその身に受けたアヌビスは悲鳴を上げて、《HPバー》を空にした。そのまま硬直するや否や、欠損だらけのアヌビスの身体は水色の光のシルエットとなり、やがて大量のガラス片のようになって爆散した。
欠損しながらも動き回っている不死者のようになっていたため、もしかしたら殺しても死なないのではないかとも恐れたが、そんな事はなかったらしい。ひとまず安堵して、ティアは大剣を背負い直した。間もなくして仲間達が駆けつけてきた。
「皆……わたしは……」
「やったなティア。ナイスファイトだったよ」
そう言ってくれたのがキリトだった。彼は微笑んでいた。仲間に向ける微笑みが、ティアに向けられていた。思わずティアも微笑みを返す。
「……キリト達が来てくれたおかげで、わたしは道を開く事が出来た。きっとわたし一人ではどうにもならなかったと思う」
「そうよ。今みたいに自分一人じゃどうにもならない事も、人との繋がりを持っていれば、乗り越える事も出来るし、倒れそうになった時に支えてもらう事も出来るわ」
そう言ったシノンも笑んでいた。彼女の言葉には強い説得力を感じた。イリスから、このシノンもまた自分のように人との繋がりを拒絶し、人を信頼できないところにいた事があると聞いた。だからこその説得力と、こちらをわかってくれているような表情なのだろう。
「人との繋がりは、大事」
「そうです。人との繋がりは大事ですし、とても暖かいものです。それをティアは手にしたんですよ」
自分よりも遥かに早くそれを手に出来ていたプレミアは、穏やかな表情をしていた。もしかしたら自分の表情も彼女と同じものになっているのかもしれない。もしくは、彼女が鏡となって、自分の顔を見ているのかもしれない。自分とプレミアは双子の姉妹なのだから――ティアはそう思っていた。
「わたしもやっと、人と繋がれて……ちゃんとした可能性を掴めた気がする」
「そうだ。だからこそ、それを証明しに行かなければならないな」
姉であるリランはそう言いつつ、ティアに何かを差し出してきた。ティアはそれを見て軽く驚く。リランの手に持たれていたのは、大剣だ。闇のような黒い刀身に金色の文字のような光が浮かび上がっている、如何にも普通ではない外観。その剣は、ジェネシスが持っていたアヌビスの尻尾の先端に酷似していた。
「リラン、それは」
「アヌビスの尻尾だ。我の場合は加工に出さなければならなかったのだが、アヌビスのは斬ればそのまま使えるものらしい」
「それをわたしに使えと」
リランはちらとティアの背中を見た。誘われるように目を向けてみたところで、持ち前の大剣の刃はぼろぼろになっている事に気が付いた。もう少し敵を斬れば、そのまま折れてしまいそうになっている。
「いずれにしてもその大剣ではもう戦えまい。持ち替えは必要だぞ。威力も十分だ」
しかしリランはそこで苦虫を噛んだような顔になる。
「……だが、これはあのジェネシスの《使い魔》、お前の友達の尻尾と同じだ。それを使うのに気が進まないのもわかる。なんならこれは我が使って、お前には我の大剣をやろう。それで良いか?」
ティアはリランの両手に持たれている大剣を見つめた。
ジェネシスが消えた事によってどこへ行ってしまったのか、死んでしまったかもわからないアヌビス。自分に心を許してくれた狼竜――その心が、この黒き大剣に宿っている気がする。全く違う者から出てきた代物であるこの大剣だが、握ればきっとあのアヌビスが一緒に戦ってくれる。そんな気がしてならないティアは、首を横に振った。
「この剣はわたしが使いたい。例え違うのから出てきたとしても、この剣はアヌビスの心が宿ってると思うから……」
その言葉に皆が少し驚いたようだった。きっと自分はおかしな事を言っているのだろう。理解されない事を言ってしまったのだろう。だが、それを取り下げたりするつもりはティアには無かった――それを見通していたように、リランは改めるように大剣の柄を差し出してきた。
「そうだろうな。お前が使ってくれるのであれば、お前の友達も喜ぶはずだ。遠慮なく使ってやるのだぞ」
頷き、ティアは姉の手から大剣を受け取り、元々持っていた物をストレージに仕舞い込んだ。かなり重く感じられる黒き大剣は、とても手に馴染むような気がした。まるでこの剣は自分がやってくるのを待ってくれていたように感じられた。これならば、もっと上手く戦えて、強くなれる。
受け入れてくれたこの人達のために強くなれる――そんな暖かい気持ちが
「皆には集合メッセージを出しておいたけど、先に行っておくか?」
ティアは開かれた前方に目を向ける。この先にあるのは特異点。自分が未来の自分に触れた場所であり、閉ざさなければならない場所だ。未来の自分はずっと『わたしは独りぼっち』と繰り返している。そのまま自分の意識を塗り潰してしまおうとしている。
だけど、もう自分はもう独りぼっちなどではない。本当に心を許せる人々に、仲間達に出会えた。それを一刻も早く証明しに行く。塗り潰そうとしてくる未来の意識を、今の自分の意識で塗り潰し返しに行くのだ。
「そうしたい。この先にあるのが、わたしの未来の意識がある場所。それに時間もそんなに残されてないような気がする」
「確かに、ティアの意識の流れ込みが強くなってきている気がします。ただ特異点に近付いているからというのが原因ではないのかもしれません」
あの時自分の未来の意識を受けていたプレミアの表情は険しくなっていた。彼女もまた、元凶の地に向かう気でいるようだ。だが、それは自分自身のためではない――そう思えた。
「恐らく特異点の塗り潰しも最終段階に入ろうとしているのかもしれぬ。それに運営が特異点の修正に取り掛かるのもいつになるかわからぬ」
「残された時間は少ないって事。それなら、早いところ向かうべきね」
リランとシノンに頷くとその場の全員が同じ方向に向き直った。この建物の奥底、特異点の
「行こう、皆。どうかわたしに力を貸して!」
ティアの宣言にも近しい頼みに、仲間達は深い頷きを返してくれた。この先に何が待ち構えていようとも、皆が一緒ならば乗り越えられる。そう思える事も人との繋がりなのだと、ティアは改めて知った。
――アイスボーンベータをやってみて――
氷の古龍、冰龍イヴェルカーナ……氷の狙撃手、シノン……閃いた!