キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 第六章、開始。




―アイングラウンド 06―
01:闘技場の青眼獣人 ―番人との戦い―


         □□□

 

 

「おぉ、気が付いたんだね」

 

 

 ぼんやりとする意識の中で聞こえてきた声は、知らない女のものだった。しかしその声を聞き取れたという事実が、彼女の目を覚まさせた。瞼を開けると、白い光が飛び込んできて眩しく、彼女はすぐに目を閉じてしまった。

 

 そこで彼女は、別に白い光を浴びているわけではない事に気が付き、再度その目を開いた。見えたのは白い光ではなく、風景だった。すべての色を抜き取った後のような白色の空間が、今の彼女の居場所だった。見渡す限りの白色で、地平線の彼方まで白一色だ。空と地がくっついていて、境界が見えない。

 

 ここはどこだろう。彼女はそう思って周りを見回すが、如何せんすべてが白色のせいでどこを見ても風景に変化が起きない。が、そのうち辺りに灰色のラインのようなものが入っている事に気が付いた。地面から延びているラインは空を垂直に上がって、彼女の上部へ伝っている。どうやら立方体の中のようだった。

 

 勿論そのような場所に彼女は覚えがない。いつ、ここに来たというのだろう。ここは本当にどこなのだろうか。確か自分は――。

 

 

「ふむ、意識などにも問題はないみたいだね」

 

 

 もう一度声がした事に彼女は驚き、その方へ向き直る。彼女の丁度背後に当たるところに、白以外の色があった。医者のような白いコートを着ていて、艶のある黒い長髪が印象的だ。そしてその胸は驚くほど豊かな大きさだった。その女は赤茶色の瞳で、彼女を見下ろしていた。彼女の瞳と自身の瞳が合わさると、女は「おや」と言った。

 

 

「おっと、驚かせてしまってすまなかったね。君、調子はどうだい」

 

 

 女の言葉に彼女は首を傾げる。ここはどこなのか説明もしないで調子を聞くの?

 

 

「あぁ、これも今聞く事ではなかったね。如何せん私もこんな事が出来るとは思ってなかったんだ。まさかこんなに上手く行くだなんてさ」

 

 

 女の言う事は何一つ彼女に掴めるものではなかった。彼女は口を開けて言葉を発する。

 

 

「……貴方は、誰。ここはどこなの……」

 

 

 声も言葉も自然に出す事ができた。それらが全て自分のものであるというのを、彼女は認識できていた。女は周囲を軽く見てから、答えてくる。

 

 

「ここは君を閉じ込めていた世界の外の世界だよ」

 

「私を閉じ込めていた世界の外……?」

 

 

 女はもう一度「おや」と言い、彼女に言葉をかけた。

 

 

「君、ここに来る前の事を覚えていないのかい」

 

 

 問われた彼女は思考を巡らせる。頭の中はぼんやりしていて、はっきりとしていない。この白い立方体の壁のような真っ白い霧がかかっているかのようだ。そんな中で考えよう、思い出そうとしても、思い出せるものは何もなかった。察したように女が尋ねてくる。

 

 

「じゃあこれはどうかな。君はソードアート・オンラインというゲームをしていたが、そこはデスゲームであり、クリアするまでログアウトできない世界だった。そして君は運悪くゲームオーバーになり……」

 

 

 ソードアート・オンライン。その名前が彼女の頭の中の白を吹き飛ばした。すさまじい勢いであらゆる情報が、記憶が蘇り、頭の中を埋め尽くしていく。雪崩や洪水のように記憶が流れて広がり、あるべき場所に収まっていく。

 

 

「う、うぁああ……!!」

 

 

 記憶の洪水の苦しさに、たまらず彼女は頭を両手で抑え込んだ。自分の名前、家族、住んでいたところは勿論、思い出せる限り最新の記憶が頭の中に満たされていく。失われていたものが取り戻されていき、最後の一つがあるべきところに嵌め込まれると、苦しみは消え去った。息を荒くして頭から手を離すと、女の顔がすぐそこにあった。いつの間にか女は、その手を彼女の背中に乗せてくれていた。

 

 

「その様子だと、思い出したみたいだね。自分が何者で、何があったのかを」

 

 

 女の言うとおりだった。彼女は全てを思い出していた。ここに来る直前の事も確認できる。

 

 ソードアート・オンラインに閉じ込められていて、ギルドの仲間であり、友達である人々、そしてたった一人の家族と一緒に攻略に励んでいた。

 

 その途中で、ダンジョンに仕掛けられた罠に嵌まってしまって……。

 

 

「私は……どうしてここに。私はもう……」

 

「ショックを受けないでほしいんだけど、君は死んだよ。君達のゲームオーバーを感知したナーヴギアが流した電磁パルスに脳を焼ききられて、君は死亡した」

 

 

 女はどこまでも冷静に告げた。その内容を彼女は掴む事が出来たが、同時に疑問で頭と胸が溢れ返りそうになった。自分が死んだ事はわかる。女の言っている事が全て真実である事もわかる。だが、それならどうして、自分はここにいるのだろう。死後の世界というものが本当に実在していて、それがここなのだろうか。

 

 

「ん? あぁそうだ、君は死んでない。君はまだ生きてるって言えるよ」

 

「死んでない? 死んでないってどういう事?」

 

 

 女は「ふーむ」と言って気難しい顔をする。何か複雑な事があるかのようだ。

 

 

「存在する事を生きているって言えるんなら、君は生きてる事になる」

 

「どういう事なの。私はナーヴギアに……」

 

「うん。君はナーヴギアに殺されて、ナーヴギアに助けられた」

 

 

 女から出てくる言葉には首を傾げる他ない。本当に何を言われているのかわからない。

 

 

「まぁ要するに、君は肉体的に死亡しているが、意識はまだ生きているって事。言うなれば魂だけになってここにいるって事さね」

 

「魂だけになって生きてる……」

 

 

 肉体を失ってもなお、意識や魂だけが形を持って動き続けている。それは一般的に幽霊やお化けと言われる存在だ。自分は幽霊になってしまっているだって。

 

 

「そういうのを幽霊とか御霊(ミタマ)とか言うんだけど、そういうわけでもないんだよねぇ、君の場合は。君は《新たな命の形態》をとって、ここにいるんだよ。その《新たな命の形態》の名前は……《電脳生命体(エヴォルティアニマ)》でいいかな。それでその形態に行く事を《電脳化(アニマライゼーション)》って名前つけようって思ってるんだけど」

 

「……」

 

「……まぁ、どうでもいい事だね、君にとっては。とにかく君は生きてるよ。身体はなくなったけど、意識と記憶をそのままに生きている。それだけは断言できるよ」

 

 

 死んだはずの自分は生きている――にわかに信じがたい事だ。常軌を逸しているとしか言いようがない。そのはずなのに、否定できる根拠がない。女の言っている事は真実なのだろう。そして自分は女の言うとおりのか達になってしまっているのだろう。

 

 

「他の皆はどうしたの。私の他にも、死んじゃった皆がいて――」

 

 

 女は腕組をし、軽く俯いた。

 

 

「……気の毒だけど、君だけなんだよ、その形になれたのは。君の仲間達はナーヴギアに脳を焼かれて、そのまま死んだ。言っておくけど、君がこうなれる事は私も絶望視してたんだからね」

 

 

 彼女は目を見開き、膝を付いた。仲間達――友人達の顔が脳裏に浮かび上がり、容赦なく彼女の胸を締め付ける。生き残るべきでない自分だけが生き残り、他は全て切り捨てられた。そして女は、自分のこれを絶望視していたと言った。つまりこの女がこの原因だという事になるのか。

 

 

「貴方がこんな事を……どうして。どうして私だけにこんな事を! どうして他の皆を捨てたっていうの!?」

 

「可能であるならば私も君の仲間も全員こうしたさ。というか現にやった。けれど上手くいったのは君一人だけなんだよ。君は奇跡的にこうなれたって言ったじゃないか。君が助かったのは奇跡なんだ。わかってくれたまえ」

 

 

 そう伝える女からは悪意を感じなかった。だが疑問は残っていた。

 

 

「……どうしてこんな事をしたっていうの。何のためにこんな事を」

 

「学術的興味のため。本当にこんな事をしたら上手く行くのかなっていうのを調べたかったからだ」

 

 

 彼女は驚きながら女を睨み付けた。まさかそんな身勝手な理由のために、こんなおかしな事を――言おうとしたそこで、女はすんと笑った。

 

 

「――なーんちゃって。そんな事は一切思ってないから、安心したまえ」

 

 彼女はずっこけそうになる。久しぶりに抱いた胸の中の怒りは必要のないものだった。

 

 

「じゃあ、なんで……」

 

 

 女は今度こそ大きな溜め息を吐き、声を出した、

 

 

「……君達がソードアート・オンラインに殺された後、君達が必要になる事態が起きてしまってね。特に君はどうしても必要になってしまったんだ」

 

「私が、必要……?」

 

「君は随分と自身を非力だと思っていたようだが、それは違うよ。君には力がある。人を助けられる力がね」

 

 

 自分は非力であり、誰よりも弱く、皆の足を引っ張ってしまっている。それは彼女がいつも思い続けていた事だった。その事は女にも知られてしまっていたが、そうなって当然だ。自分からは常に弱者の気配や雰囲気が出ていたはずなのだから。しかし女にそれを否定されているのは、気になる事だった。女は察したように顔を上げ、彼女と目を合わせた。

 

 

「今一度思い出してみてくれないか。君を愛し、君の愛する人達の事を」

 

 

 そう言われると、彼女を再び記憶の洪水が襲った。強さは先程よりも激しくなかったが、それでも頭を片手で押さえなければならないくらいだった。風景が、声が、全てが蘇る。ここに女のいう《エヴォルティアニマ》になって復活する直前の事。

 

 自分にまだ肉体があったその時に知り合い、守ってくれると言ってくれた人。なにもできず、非力なだけだった自分が――愛し合っていたと自負する人。

 

 

 黒い髪と黒いコートが特徴的な剣士と、たった一人の家族である黒い服の女の子。その名前を、彼女は叫んでいた。

 

 

 

「――――キリトッ!! ――ッ!!」

 

 

 

 

 

         □□□

 

 

 

「――キリト、避けろッ!」

 

 

 耳に届いてきた声に言われるまでもなく、キリトは右方向に軽やかにステップした。それまでキリトの立っていた空間を巨大な剣が縦方向に一閃して降り、轟音と共に地面の石床へ衝突した。

 

 砕かれた石床は捲れ上がり、飛び道具のように飛散してきたが、それが届くより前にキリトは床を蹴って前進し、剣の持ち主の許へ向かった。力を込めすぎたのだろう、地面に刺さった剣を引き抜こうと夢中になっていて、懐はがら空きだった。それでも一般プレイヤーからすればごく短時間と言えるだろうが、キリトにとっては十分すぎる隙のある時間だった。

 

 持ち主が剣を引き抜くと同時に、キリトは両手の剣に水色の光を宿らせ、振るった。

 

 

「だぁぁッ!!」

 

 

 咆吼と一緒に縦斬りを連続して繰り出すと、剣先がバチバチと音をたててスパークする。視認できるほどの猛烈な静電気を帯びた剣が敵に食い込み、そのHPバーの残量は悉く奪われた。

 

 

 二刀流ソードスキル《ボルティッシュ・アサルト》。

 

 

 その炸裂を受けたのを原因として、キリトの敵は悲鳴を上げてよろけた。剣の重さも祟ったようで、バランスを崩して地面に膝を付く。立ち上がってその剣を振り回せたときには、キリトはソードスキル使用後の硬直から解かれ、攻撃範囲から離脱できていた。

 

 

「ボーッとしているように見えたが、心配するまでもなかったか」

 

 

 間もなく金色の長髪と白金色の狼耳、尻尾が特徴的で、両手剣を持った少女が近寄ってきた。キリトは少女に答えつつ、目の前の敵を見る。

 

 

「あぁ、あいつの動きは見切りやすい。SAOの時に戦った事あるからかな」

 

「だろうな。我らにとってどうという事のない奴だ」

 

「リランがそう言うって事は、よっぽどって事か」

 

 

 リランと呼んだ少女と一緒にキリトは目の前の敵を見る。眼前にいるのは黒紫の獣人だ。

 

 山羊のような輪郭だが禍々しい面構えで、それなりに筋肉のある五メートルを超える長身を黒紫の毛で包んでいる。悪魔のそれと言って違いない角を生やし、尻尾は蛇になっているという、青い眼の巨獣人。その手にはシンプルながらも禍々しい形状の大剣が持たされているそれは、《ザ・グリームアイズ》という名前のボスモンスターだった。

 

 その青眼の獣人の塒であると思われる、闘技場のようなところで、キリトとリランは対峙しているというのが現状だった。

 

 

「あいつと前に会ったのは……いつだっけか」

 

「確かアインクラッドの七十層のボス戦だったな。その時は皆もそれなりに苦戦したものだが、結局我とキリトの手に掛かればどうという事なかったな」

 

 

 キリトとリランが青眼の獣人に会うのは二回目だった。まだSAOに閉じ込められ、アインクラッドを登り続ける冒険をしていた途中。七十層と七十一層を繋ぐ部屋の守りをしているボスが、あの青眼の獣人であった。その強さはそれまでのボスらを上回るものであり、得物である両手剣から放たれる高火力ソードスキルに手を焼いたものだ。

 

 だがそれでも攻略組から死者は出ず、最終的にキリトとリランの人竜一体で討伐されたのだった。

 

 そのSAOのコピーサーバーを使っているのがこの《SA:O》であるため、青眼の獣人もまたここに存在しているのだ。だが、かつては七十層と七十一層を繋ぐ通路を守っていた青眼の獣人も、今やただのボスモンスターのうちの一匹に過ぎない。あの時のような大層な役目などとうに失われている。そんな事も影響していたのか、キリトとリランはかつて戦った時は比べ物にならないくらいの優勢で青眼の獣人を追い詰める事が出来ていた。

 

 《HPバー》の残量は既に黄色になるまで減っている。流石にソードスキルなどで削り切れるほどの量ではないが、削り切る方法はキリトにはあった。自身の《HPバー》などが並んでいる場所の最下部に存在する青いゲージが最大になっている。リランとの人竜一体が可能になっているのだ。人竜一体を成し遂げれば、一気に青眼の獣人を追い詰める事が出来るのは目に見えていた。

 

 

「あの時、最後はお前と俺の人竜一体で倒したんだったな」

 

「そう言うという事は、その時の再現が可能であると解釈してよいという事なのだな」

 

「そういう事。相棒、準備は良いか」

 

 

 リランは得意げに笑んだ。いつでも準備良しというのが言われないでもわかる。リランはSAOの時と比べて遥かに頼もしくなっているというのは、これまで《SA:O》を攻略する事で十分に理解している。その力を振るう瞬間が、キリトは気に入っていてしょうがない。

 

 

「準備は良い。頼むぞキリト」

 

「わかった。あてにさせてもらうぜ」

 

 

 そう言ってキリトは腹に力を込めて息を吸い――

 

 

「リラン――――ッ!!」

 

 

 吸い込んだ空気を地面に叩き付けるように咆吼した。直後、キリトの前方にリランが躍り出て、爆発のような白い光を放った。何度も見てきた光が晴れると、リランの姿は変わっていた。

 

 先端がエネルギーになっている白い翼を背中と腰から生やし、頭部には金色の長い鬣をなびかせている。狼の輪郭を持ち、額から聖剣のような角、耳の付近に豪勢な金色の角を生やしている。ほぼ全身を白金色の鎧と毛に包み込んだ気高い狼竜。《守剣龍ウプウアウト》という正式名称を持ち、SAOの時からずっと狼竜という姿を持ち続けているキリトの相棒が、本来の姿を取り戻して青眼の獣人に対峙する形となった。

 

 狼竜の姿を取り戻したリランの背から項の付近にキリトは飛び乗って跨り、その剛毛をしっかりと手で掴んだ。目の高さが一気に上がり、青眼の獣人とほとんど同じになった。彼の青眼は驚きと怒りの色に燃えているように見えた。突然こんな狼竜が敵として現れてきたのだから、当然の反応と言えるだろう。

 

 

「リラン、思い切り暴れてやれ!」

 

《勿論そのつもりだ。お前こそ振り落とされるではないぞ!》

 

 

 頭の中に《声》が響く。SAOの時からずっと聞いている初老の女性の声色だ。狼竜となったリラン特有のコミュニケーションを聞いたキリトがその毛を掴み直すと、青眼の獣人が大ジャンプし、猛々しい獣の声と共に大剣を振り下ろしてきた。SAOで戦った際にも見受けられた攻撃の再来だったが、勿論そんなものを喰らうわけがない。

 

 キリトが指示を出すより前にリランはバックステップして大剣の攻撃範囲から離脱。間もなく何もない空間に青眼の獣人が体重を乗せた落下攻撃を放った。地面がまた捲り上がり、土煙エフェクトが発生すると、リランはその中へ飛び込んだ。

 

 キリトの目に青眼の獣人の顔が映り込むや否や、リランは渾身のパンチを青眼の獣人にぶちかました。轟音が耳に襲い掛かり、衝撃と振動がリランの全身を伝ってキリトを襲う。こんな事は慣れたものだが、それでもリランの攻撃の際の衝撃と振動に無反応で居られるようにはなれない。力を込めて耐えないと振り落とされてしまう。

 

 そんなキリトもおかまいなしに、リランは拳の叩き付け、爪による切り裂きを放ち、青眼の獣人を追い詰めていく。何も着ていない青眼の獣人は生身でリランの攻撃を受ける事となり、《HPバー》は瞬く間に赤色に変色する程の量となった。鎧や戦闘服を着ていればまだましだったかもしれない。青眼の獣人は攻撃に全振りし、防御は捨てているのだろう。その考えはキリトの考えに近しくもあった。

 

 しかしそんな青眼の獣人もやられる一方ではなく、途中で激怒したように咆吼し、大剣でリランに斬りかかった。その時キリトはハッとする。青眼の獣人の刃が向かう先はリランの項――キリトの居るところだったからだ。リランの項と背中に乗っている以上、ボスモンスターの攻撃が飛んでくる事はよくある事だが、その時咄嗟に身動きがとれるかと言われると、そうではない。

 

 

「拙ッ……」

 

《させぬッ!》

 

 

 キリトが思わず呟いた次の瞬間、リランは一気に首を(もた)げた。すぐさま金属同士が衝突したような鋭い音が鳴り、赤い火花がキリトの顔を照らしてきた。リランの大剣のような角が青眼の獣人の大剣をパリングしていたのだ。他の《使い魔》とは比べ物にならない、比べてはいけない知能を持つリランならではのやり方に助けられるのも、これで何度目だっただろうか。

 

 だがその正確さは回数を重ねる毎に増していっている――キリトはそう感じていた。

 

 

 直後、リランは大剣を弾かれて姿勢を崩した青眼の獣人の胸に向かって、リランは大剣の角の一刺しをお見舞いした。再び衝撃がキリトを襲ったが、更なる衝撃を襲っていたのが青眼の獣人だ。山羊の怪物とも言える青眼の獣人はその青い眼をかっと開いて、絞り出すように息を吐いた。

 

 もしこのゲームがもっとリアリティのある描写を搭載していたならば、キリトとリランは青眼の獣人の吐血を浴びていただろう。しかしこのゲームはそんなショッキングなものではないので、キリトにもリランにも何も飛んでこなかった。そんな事を頭の片隅で考えながら、キリトは立ち上がる。

 

 青眼の獣人はリランの角に串刺しされ、身動きが取れないでいた。数秒後に復帰してくるだろうが、その前に更なる攻撃を浴びせる事はキリトにとって容易だ。咄嗟に青眼の獣人の上半身の動きを認め、それが鈍くなった瞬間を狙ってキリトはリランの背中からジャンプし、青眼の獣人と一気に距離を詰めた。キリトがすぐ目の前に到達したその時、青眼の獣人の動きはほぼ停止に等しい状態となる。

 

 やはりこのタイミングで停止した――憶測通りになってくれた事に口角を上げながら、キリトは両手の剣に光を宿らせ、システムのアシストを受けつつ空中で剣舞を踊った。システムのおかげで空中浮遊状態となり、普通では出せない速度で剣が踊り狂い、青眼の獣人の顔から胸にかけてが斬り刻まれる。

 

 

「はああああああああああッ!!」

 

 

 斬撃を放った回数が十五回に達したそこで、キリトは最後の一撃、両手の剣による渾身の突きを青眼の獣人にお見舞いし、剣舞を終えた。SAOの時から存在し、その都度キリトを救い、立ちはだかる強大な敵の全てを切り倒してきた剣技。奥義よりも下に存在しているくせに、威力は奥義以上となっているソードスキル。

 

 

 十六連撃二刀流ソードスキル《スターバースト・ストリーム》。

 

 

 その最後の突きが青眼の獣人を吹っ飛ばし、リランの角から解放させた。ソードスキル発動後の硬直を受けているキリトをリランは再度背中で受け止め、キリトはリランの背中に跨り直す。青眼の獣人の《HPバー》は既にあと僅かになっている。次で止めだ。

 

 

「リラン、ぶちかませッ!!」

 

 

 高らかな《ビーストテイマー》の指示を受けた《使い魔》はその場に力を込めて身構える。リランの全身から高熱が発生し、周りの大気が一気に過熱されて渦を巻き、リランの翼の先端は赤橙色に染まりゆく。高熱そのものの竜巻の中心がキリトの居る場所となり、青眼の獣人や闘技場の風景が揺らめいて見えるようになる。リランと自分を中心にして陽炎が起こっているのだ。陽炎を作り出す熱はやがてリランの口内へ流れを作り、リランの身体の奥からごうごうという燃え盛る炎の音がしている。

 

 そしてリランが頭を擡げてもう一度大きく息を吸い、振り下ろした次の瞬間、リランの中で凝縮されていた炎と熱が極太のビームとなって照射された。SAO、ALOの時から見てきているリランの必殺技。どのゲームでも最終的にとてつもない威力を誇るようになる炎のブレスの究極系が、青眼の獣人の全身を一瞬で呑み込んだ。

 

 SAOで初めて見た際には絶句してしばらく動けなくなるほど驚かされた超高熱ビームは、青眼の獣人の大剣を、四肢を、断末魔も《HPバー》も焼き切り、消し飛ばした。

 

 《守剣龍ウプウアウト》の原型とされる戦神ウプウアウトが登場するエジプト神話、そのエジプトの現在の言葉であるアラビア語にて、『女神の炎』を意味する名前。

 

 

 《イラハ・シャラーラ》。

 

 

 まさに神の放つ焔を思い起こさせる超高熱ビーム光線の照射は、開始されてから凡そ十秒後に終了し、そのタイミングでリランは狼竜形態から人狼形態へ戻った。

 

 《使い魔》に突然縮まられたキリトは空中に放り出されて落下したが、地面に着くのと同時にちゃんと受け身を取って衝撃を受け流し、無傷でやり過ごした。その際に武器を構え直す事はしなかった。決着はついていたからだ。

 

 戦いがキリトとリランの勝利に終わった事を告げるファンファーレが鳴り、青眼の獣人の居たところに《Congratulations!!》の文字が出現していた。SAOの時から見てきている演出を目に、キリトは溜息を吐いたが、それはリランのものと重なった。《ビーストテイマー》と《使い魔》の二人が揃って同じ事をしたわけだが、キリトは特に気にしなかった。

 

 間もなくキリトの眼前に一枚のウインドウが展開され、イベントとクエストがクリアされた事、報酬アイテムを手に入れられた事が報告されてきた。入手したアイテムはステータスをかなり底上げするアクセサリーアイテムだった。アイングラウンドの方では見受けられていないものだ。この闘技場を含んでいるエリア、《スタルバトス遺跡群》同様にアインクラッド誕生に巻き込まれる事で強制的に解放された、ベータテスト未登場アイテムであろう。

 

 まだ手に入れる事の出来ないアイテムを入手できたという、ゲーマーならば歓喜せざるを得ない状況に出くわしたが――キリトもリランも、そんなに喜ぶ事はせず、ウインドウを閉じた。キリトは鼻でもう一度溜息を吐く。

 

 

「こっちに手がかりはなしか」

 

「《スタルバトス遺跡群》も奥まったところまで攻略したが、結局未実装イベントが少しあった程度だったな」

 

「ここまで探して痕跡や手掛かりなしとなると、他のエリアだったかもしれないな。もしくは移動されたか……」

 

 

 キリトの言葉を受け、リランが腕組をする。考え事の姿勢だった。

 

 

「移動された可能性が高そうだ。意外と自由奔放なプレミアの双子だからな、あちこち廻っているのかもしれぬ。《アニマボックス》信号を拾えるはずだが、何故また拾えなくなっているのか……」

 

 

 この闘技場を含めて歩き回った《スタルバトス遺跡群》だが、ここにプレイヤー達から教えてもらったそれは見つけられなかった。しかし散開して調査と探索を行っている皆はどうなのか、確認していない。まずはそれを確認すべきだろう。そのためには一旦皆と集合すべきだ。

 

 

「ひとまず、他の皆が情報を拾っていないか教えてもらおう。もしかしたら見つけられてるかもしれないしな。ティアや《仮面のNPC》の情報がさ」

 

 

 キリトはメッセージウインドウを起動してホロキーボードを叩いた。こちらの調査が終わった事、集合場所を指定する旨を書いて、送信をクリックしてウインドウを閉じると、リランに声掛けして闘技場を後にした。

 

 




――原作との相違点――

・グリームアイズが七十層ボスになっている。原作では七十四層ボス。

・スタルバトス遺跡群クリア報酬がただのアイテム。原作では新技。


――補足解説――

・《イラハ・シャラーラ》
 リランの放つ超高熱ビーム光線。連発出来ないが、ボスモンスターのHPをあっさり削れるほどのダメージを叩き出せる超必殺。イラハ・シャラーラとはアラビア語で『女神の炎』。


――アンケート結果――

 アンケートを一日前に締め切りました。結果はフィリアが一位でした。この結果をこの作品のいずれかの形で採用したいと思います。

 アンケートにご協力してくださった皆様に感謝申し上げます。
 
 本当に、本当にありがとうございました。








――副題的なもの――

『キリト・イン・ビーストテイマー アイングラウンド06 ―報復ノ黒猫―』

ここからが本当のキリト・イン・ビーストテイマー』。ここまで読んでくださった皆様ならば、この意味が分かるはずです。

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