キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 2019年3月最初の更新にして、決戦。



 


18:Battle Against a My Heroes ―砂漠主との戦い―

 

        □□□

 

 

 カイム達が扉をくぐり抜けた先に広がっていたのは、上の階へ伸びる階段だった。

 

 扉の前にあるはずの階段は扉の先にあったのだ。罠らしきものは見当たらない。ボス戦に挑もうとしているプレイヤーを妨害する仕掛けなど、いくら意地悪な開発でもやらなかった。今回もその例外にはならず、カイム達は何の障害もなく登り切る事が出来た。

 

 階段の向こうに広がっていたのは空だった。澄み切った青色がどこまでも広がる。見渡す限り青一色の空が広がっているそこは、《アデルザネード管制塔》の頂上だった。この階段を上り切った先は《アデルザネード管制塔》の頂上だろうと思っていたのがカイムだったが、その考えは的を得ていた。

 

 クルドシージ砂漠のどこからでも見る事の出来る砂上の塔。その頂上から見える景色はどれほどのものかと期待を膨らませていたが、予想以上だった。上を見ればどこまでも澄み切った青色の空があり、周囲を見ればクルドシージ砂漠特有の砂漠地帯の景色がミニチュアのように広がっている。

 

 流石に手を伸ばしても掴めそうにないが、そのくらいのところに白い雲が浮いている、息を呑むような絶景だった。

 

 タイミングも良かったらしい。クルドシージ砂漠の気象設定には晴天、曇天の他に砂嵐がある。猛烈な風に地表の砂が舞い上がり、辺り一帯を覆い尽くすモノだ。その時は空は勿論の事、五メートル先の前方さえも確認できなくなるくらいの視界不良となる。

 

 そのうえ呼吸がしにくくなる、咳き込みやすくなるなどの症状を起こす状態異常、《砂嵐やられ》にまでなる。現実世界で起こる砂嵐が、クルドシージ砂漠にはリアルに再現されているのだ。

 

 これはいくつか砂漠地帯、荒野地帯のあったSAOにもなかった気象設定であるらしく、SAO生還者であるキリト達は感心していた。

 

 そんな時折砂嵐の吹き荒れる事のあるクルドシージ砂漠を見渡せる《アデルザネード管制塔》の頂上に辿り着いたスリーピング・ナイツ一行は、観光気分ではなかった。

 

 ここに来た理由は、このクルドシージ砂漠の支配者であり、次のフィールドエリアへの鍵を持つエリアボスの討伐だ。この頂上に来る前にあったのはこの先にエリアボスが居る事を示す大きな扉。そこをくぐった先にあったのがこの場所なのだから、ここにエリアボスがいる事は間違いない。

 

 観光しているような気分など微塵もないスリーピング・ナイツの皆と背中を合わせ合い、カイムは周囲の様子を伺った。

 

 

 風がそれなりに強く吹いている。岩や山といった遮るものが何もないため、風はそのままの強さと形でこの場に吹いてきているものだから、音も強い。

 

 その音にカイムは集中する。風の音に混ざって、不審な物音は混ざっていないか。もし混ざっている音があったのだとすれば、それがエリアボスの立てている音となる。

 

 

 風の音を邪魔するモノはいないか――。

 

 

 もう一度耳を澄ませたその時、風の音の中に違う音を見つけた。砂が揺れるような音だ。ここは砂漠の中に建っている塔の頂上だが、風が強く吹いてくるがために砂が残っていない。だから砂の動く音はするはずがない。しかし、砂の音は確かに聞こえていた。

 

 

「!」

 

 

 カイムは音の方へ向き直る。そこで砂が動いていた。

 

 どこからともなく運ばれてきた砂が一か所に集まり――あろう事か上へ昇って行っている。明らかに自然現象ではない。ALOでいう魔法の類で動いているのは確かだ。

 

 砂は集まり、徐々に球体状の塊になっていった。しかもどんどん膨張していき、大きくなる。気付いた時にはカイムやユウキは勿論、この中で最も大きいテッチの身体よりも砂の塊は大きくなり、カイムの目前に存在していた。まるで砂の卵だ。

 

 中に何かがいる。カイムのその予想はもう一度当たる事になった。膨らんだ砂の卵は、中から何かに突き破られるようにして破裂した。集まっていた砂が煙になって襲い来るが、それは一瞬のうちにカイム達を通り過ぎていき――砂の卵の中を露にした。

 

 孵化するように砂の卵の中から現れたのは、巨人だった。しかしそれは具体的な人の姿をしていない。

 

 脚は逆関節となっていて、足の先端が牛の(ひずめ)のようになっている。筋肉隆々であろう身体は紅い光のラインの走る白銀の鎧で包まれ、一対の大きな角を頭から生やしておきながらオレンジの光を放つパーツのあるフルフェイスヘルメットが頭を覆っている。

 

 その手でトーラス達の使っているものを豪勢にしたようなハンマーを持って武装した、全長八メートルほどはあると見える獣人が、そこにいた。

 

 

「出た……!」

 

 

 ここはミノタウロスによく似た獣人、トーラス族の支配する塔だ。その頂上に居るものと言えば、そのトーラス達の王やリーダーである存在だろうと、キリトやディアベルなどと意見交換して予想していた。

 

 その予想は当たる事になった。巨大な武装トーラスの頭上に《HPバー》が出現し、更にその上部に名前が表示される。

 

 

 《Abyss(アビス)_The()_ImperialTaurus(インペリアルトーラス)》。

 

 

 《トーラス皇帝アビス》が、その獣人の王の名前だった。如何にもトーラス達のリーダーや王と言える存在らしい名前だ。しかし、そこよりもその《HPバー》の数にカイムは首を傾げた。

 

 《皇帝アビス》の頭上に浮かんでいる《HPバー》の数は二本しかない。これまでのエリアボスは決まって《HPバー》が三本あったと言うのに、あの皇帝アビスの《HPバー》は二本しかない。

 

 これまでのボスよりも基本体力が少ないというのは、一体どういう事なのか。

 

 

「マジか、もう一体いるなんて!」

 

 

 皇帝アビスの出現の直後に、ジュンが叫んだ。何事かと彼らの方に目を向けて、カイムは驚く事になる。ジュン達の目の前に、もう一匹巨大な獣人が姿を現していたのだ。

 

 腰のあたりに半円形の大きな装飾がある、水色のラインの走る白銀の鎧に身を包んでいて、頭は皇帝アビスと同じくフルフェイスヘルムに包んでいるが、額に当たる部分が水色に光っている。角の長さは皇帝アビスよりも短いが、十分に長いと思えるくらいだ。皇帝アビスとお揃いのハンマーを手に持っている獣人が、ずっしりと身構えていた。頭上には皇帝アビスと同じように二本の《HPバー》があったが、その名前は異なっていた。

 

 

 《Grand(グラン)_The()_AdminralTaurus(アドミラルトーラス)》。

 

 

 《トーラス将軍グラン》が、その獣人の名前だ。

 

 将軍グランの姿と皇帝アビス。二匹の巨大獣人の出現に、スリーピング・ナイツの皆に戸惑いと焦りの色が浮かび上がった。だが、そうならなかったカイムは目の前の獣人二匹の名と姿を見て、このボス戦の設定を察せた気がした。

 

 皇帝アビスと将軍グランの《HPバー》は二本しかない。そして二匹が同時にこの場に出現している。これは即ち、皇帝アビスと将軍グランはタッグを組んで戦いを挑んでくるエリアボスである事、二匹は二匹で一体の扱いがされているモンスターである事を意味しているのだろう。

 

 ただでさえ対処が厄介なステータスを持っている傾向のあるエリアボスモンスターが二匹いて、それが一度に襲ってくるのだから、このエリアボス戦の難易度がどれ程高いか、戦いが始まる前から把握できた。

 

 カイムは咄嗟に皆の事を見る。

 

 

「……!」

 

 

 スリーピング・ナイツは自分を合わせて七人。本来この戦いに挑むには、五倍くらいの人数が必要になったのだろう。それこそ自分達スリーピング・ナイツだけではなく、キリト達の手も借りなければならなかったかもしれない。なのにこの場に居るのは七人だ。

 

 自分達は知らないうちに、ただでさえ高難易度なエリアボス戦に、僅か七人で挑むという高難易度プレイをするつもりで来てしまっていたらしい。

 

 

「拙いね、流石に二匹で襲ってくるエリアボスだったなんて、予想もしてなかったよ」

 

 

 強気さは健在であるものの、声色に焦りが混じっているノリ。彼女だけではなく、スリーピング・ナイツほぼ全員が同じように焦っているような様子だった。

 

 こんな状況に自分達だけで立ち向かい、そして勝利を収める事など出来るのか。

 

 やられて街まで戻されるのが落ちではないのか。

 

 誰もがそんな事を考えていそうだった。だが、その中でそうなっていなかった者が居た。

 

 

「――最高だよ!」

 

 

 カイムはびっくりしながら声のした方へ顔を向けた。

 

 菖蒲色の美しい長髪を風になびかせている、片手直剣を握った少女。今日の主役であるユウキだった。倒さねばならないエリアボスである皇帝アビスと将軍グランを交互に見るなり、ユウキは強気でありながらも楽しそうに笑っていた。

 

 

「まさかエリアボスが二匹で来るなんてね。こんなのをボク達だけで倒せたら、ボク達は有名人だよ! 皆で戦って勝って、有名人になる……そんなの、最高の思い出になるに決まってるじゃないか!!」

 

 

 風に乗ってクルドシージ砂漠のどこにでも届いていきそうな声でユウキは言った。その表情はまさに周囲に広がる青空のような曇りのない笑顔で、声色は歓喜で震えている。

 

 ユウキは心の底から、この状況を、このボス戦に挑めた事に歓喜していたようだった。

 

 

「だからさ、カイム!」

 

 

 ユウキはカイムに向き直り、呼んだ。皆まで言わなかったが、その一言で、カイムはユウキの思いを掴めた。ユウキはこの戦いに挑めた時点で嬉しいが、欲しいものがある。この戦いに勝利する事、スリーピング・ナイツ全員でこのエリアボスを制覇する事だ。

 

 

 ――勝利をボクにプレゼントして――

 

 

 ユウキの声無き頼みごとを受け入れ、カイムは頷いた。それはカイムだけではなくスリーピング・ナイツ全員にも届いたらしく、先程まで焦り、戸惑っていたのが嘘のように、強い眼差しと表情でそれぞれの武器を構えていた。

 

 そうだ。自分達はここに来た。ユウキに最高の思い出を作るために、《SA:O》にスリーピング・ナイツの名前を刻み込んでやるために、ここまでやってきたのだ。仲間達の協力も得たうえでここに来たのだから、怖気づいている場合ではない。

 

 自分達七人はALOで様々なボス達を倒してきたし、《SA:O》でも僅かな期間で最前線であるここまできた。今回もこれまでのように、勝てる。

 

 

 ――いや、勝つ!

 

 

「行こう、皆!!」

 

 

 カイムは深呼吸した後に、高らかに号令した。その瞬間より、戦いが始まった。

 

 全員の耳に号令が届いたその直後だ。迫ってきていた皇帝アビスと将軍グランがハンマーを高々と振りかぶっていた。振り下ろし攻撃を仕掛ける前兆動作だった。そしてその攻撃範囲の中に、円陣を組んで固まっているカイム達は全員入っていた。

 

 カイムやユウキが指示を出すより前に、全員がそれぞれ放射線を描くように散開。素早く二匹の大きな獣人の攻撃範囲から離脱した。

 

 間もなく皇帝アビスと将軍グランはハンマーを振り下ろし、カイム達がそれまでいた場所を破砕した。轟音と衝撃が地面に走り、砂漠の塔の頂上の床が捲り上げられる。その際多大な砂塵と礫のようになった床の欠片が飛び散ったが、全て砂漠を流れる風に乗って瞬く間に消えた。

 

 攻撃終了を見計らい、カイムは皇帝アビスと将軍グランに向き直る。現実ならば今の一撃で床が抜けてしまいそうだが、ここは《SA:O》というゲームの中であるため、どんなに強く叩かれても床が抜けたり、塔が崩壊してしまうような事は無いらしい。どんなに叩かれようがこの塔は大丈夫だろう。

 

 

「すごいね……」

 

 

 だが、問題はそこではない。あれだけ地面を捲り上げるような一撃を、自分達が喰らってしまえば一溜りもない。いや、耐えられるだろうけれども、それでも《HPバー》が危険息に突入する事は間違いないだろう。皇帝アビスと将軍グランの攻撃力はかなりの値になっているのは確かだった。

 

 

「けど……!」

 

 

 カイムは刀を強く握って眼中に二匹のトーラスを入れる。この二匹には最初から見える弱点が存在している。《HPバー》の少なさだ。

 

 皇帝アビスと将軍グランは、タッグを組んで戦うモンスターだ。最初から二匹同時に相手する事が決められているから、その分二匹とも《HPバー》の数が他のエリアボスと比べて少なく設定されている。

 

 見てくれは二本だが、もしかしたら二本目の残量は一本目の半分くらいしか入っていないかもしれない。二匹で一匹という扱いになっているのだから。

 

 つまり皇帝アビスと将軍グランは猛攻を仕掛けられれば、簡単にやられてしまうくらいの《HPバー》しか持っていない。STRに馬鹿みたいに値を振り、その他を完全に疎かにしたようなステータス構成をしているに違いないだろう。それこそが皇帝アビスと将軍グランの弱点だ。

 

 皇帝アビスと将軍グランが出せるような火力と同じ火力とぶつければ、皇帝アビスと将軍グランは瞬く間に倒れる。勝ち目はこれだ。

 

 

「ユウキ、ジュン、テッチはアビスの方を! ノリ、タルケンはぼくとグランを! シウネーは後衛で回復支援をお願い!」

 

 

 いつになく早口で指示を出してしまったが、それは問題なく通じた。頼もしき仲間達はカイムの言った陣形を作り、各々がそれぞれ相手取るトーラスの許へ向かった。タッグを組んでいた二匹は別々の方向へ歩き出し、距離を作った。二匹は見事に分断される。

 

 次の指示で二匹を分断させよう――と声掛けするつもりだったが、皆は言われる前からこの二匹の対処方法が分断である事に気付いてくれたらしい。

 

 流石は皆だ――カイムは胸の高鳴りを抱きながら、将軍グランの方へ向かった。

 

 そこで既にノリとタルケンのデコボココンビが既に戦闘を開始していた。二人を相手取る将軍グランはハンマーを振り回して、二人に攻撃を仕掛けていたが、ALOから身のこなしの良さに定評のあった二人には一発たりとも当たらない。

 

 振り下ろし、薙ぎ払い、かち上げが飛んできているものの、二人はジャンプやステップを繰り返して全てを回避していた。その身軽な動きにはカイムの驚嘆してしまう。全く被弾する様子がなかった。

 

 だが、いつまでもあんなふうにさせてはおけない。モンスターの攻撃の回避だってシステムが自動でやってくれるものではない。やるのはプレイヤー本人だ。一発たりとも喰らえない攻撃に対し回避行動を続けるのは、精神力と集中力を酷使して、疲労を招く。

 

 もし人数が大勢いたら前衛と後衛の交代なんて事が出来ただろうが、スリーピング・ナイツは七人なのでそんな事は出来ない。皇帝アビスと戦っている者が将軍グランと戦っている者と交代しても、結局戦い続ける羽目になるだけだ。この戦いを長期戦にしてしまったら、ジリ貧になって終わりだ。

 

 そうなる前に、皇帝アビスと将軍グランを倒す――カイムは足に力を込めて床を蹴り上げて走った。一気に将軍グランとの距離が縮まり、足元に辿り着いた。丁度将軍グランはノリとタルケンを狙って振り下ろし攻撃を終えたばかりで、隙を作っていた。

 

 チャンスだ――カイムは両手で刀を握り締めて構え、刀身に翡翠色の光を宿らせて振るった。

 

 

「はぁッ!!」

 

 

 掛け声と共に水平斬りを放つと、達人のそれさえ超える速度の居合斬りが放たれ、将軍グランの膝元が抉られた。いつの間にか取得していた事がわかり、一応仲間達全員に存在を教えておいたモノによって放たれるソードスキル。

 

 

 エクストラスキル《飛閃一刀》、単発水平方向範囲攻撃刀ソードスキル《蓮花》。

 

 

 その一撃は将軍グランの両方の膝を直撃していた。距離的に片膝にしか当たらないと思っていたが、《蓮花》による攻撃の範囲はカイムの予想より水平方向に広かった。両膝に刀の抉りを受けた将軍グランは悲鳴を上げて、《HPバー》を減らした。その減少量は――今まで戦ったボスの時よりも多いように感じる。

 

 将軍グランの防御力はそんなに高くないという事の証明だ。きっと皇帝アビスも同じなのだろう。この戦いにはしっかりとした勝ち目がある――カイムがそう思った直後、将軍グランは雄叫びに近しい声を上げながら、ハンマーで救い上げるようなかち上げ攻撃を仕掛けてきた。

 

 

「あっ!」

 

 

 カイムは動けなかった。飛閃一刀というエクストラスキルを装備する事で使えるソードスキルは、威力がかなり高い代償に硬直時間が長く設定されている。普通の刀ソードスキルを使っていたならば、迫る攻撃を避ける事が出来たかもしれないが、そうはできなかった。

 

 

「このッ!!」

 

「てえッ!!」

 

 

 間もなくハンマーがカイムに直撃しようとしたその時だ。カイムとハンマーの前にノリとタルケンが割り込み、防御態勢を作った。二人で防御の壁を作って攻撃を受け止め、カイムを守ろうと思ったのだろう。

 

 しかしその防御の壁は容易く破られ、ハンマーはノリとタルケンを巻き込んでカイムを襲った。凄まじい衝撃が来た次の瞬間に、三人はものの見事にかち上げられて宙を舞い、そのまま真っ逆さまに床へ落ちる。床に激しく打ち付けられ、息苦しさに似た不快感が仮初の肺と身体を包んだ。

 

 それでもすぐに体勢を立て直し、カイムは将軍グランに注意を向ける。その時ノリとタルケンも立ち上がって身構えていたが、全員の《HPバー》が半分くらいになってしまっていた。

 

 たった一撃でこの有様か。将軍グランの攻撃力は高いだろうなと思っていたが、予想よりも高い方に入るかもしれない。一発喰らってこれだけ《HPバー》が減るのだから、二発喰らえば達まち《HPバー》が空になって戦闘不能になる。

 

 こいつとはまともにやり合わず、出来れば魔法攻撃などで遠距離攻撃を仕掛けて倒したいところだが、生憎《SA:O》にはALOのような便利な魔法攻撃はない。それどころかSAOでシノンが使っていたという、弓を使って戦う《射撃》すらないという話だ。近距離攻撃一つでやり合うしかない。

 

 

 これはどうするべきか――そう思ったそこで、カイム達の足元に緑色の光が生じた。目を向けてみれば、緑色の光で構成された魔法陣が展開されているのが確認できた。魔法陣より溢れる光はカイム達の身体に吸い込まれていき、将軍グランによって減らされた《HPバー》は全量を全開付近にまで取り戻した。

 

 今のは回復スキル――それも上位の、超広範囲を回復するモノだ。主にアスナが得意としているスキルだが、今それを使ったのはアスナではなく、シウネーだ。

 

 彼女もヒーラースキルを鍛えているという話だったが、もう歴戦のヒーラーであるアスナ並みに使いこなしているらしい。流石ALOでヒーラーをやり続けていただけある。これならば回復は問題ない。

 

 

「くっそー、なんで長棍がないんだよ。アタシのメイン武器だっていうのに!」

 

「ワタクシの槍も随分短いです……」

 

「タルケン、なんでそんな短い槍使ってるんだよ。もっと長い槍はどうした!?」

 

「これが一番長い槍なんです! これ以上長いのはないんですよ!」

 

 

 ノリとタルケンが口論を始める。とても今やってもらいたいものではないが、カイムはそれをすぐに否定する事はできなかった。二人とも武器が違う事に不満があるようだ。

 

 それもそのはず。ノリはALOでは長棍で戦っていたが、ここでは存在していないために、槍を使う羽目になっている。

 

 タルケンもALOでは超が付くほど長い槍で戦うスタンスを取っていたが、現在彼の握っている槍はその時よりも遥かに短い。勝手が違うので戸惑って当然だ。

 

 自分が使えていたお気に入りの武器が使えないのだ、不満が出てきても仕方がない。だが、それを今口論という形で出されても困る。

 

 二人が言い争っている間にも、将軍グランは動きを止めてくれていなかった。のしのしと足音を立てながら歩み寄ってきている。気付いたカイムは二人に声かけした。

 

 

「二人とも、口喧嘩するなら後にして! 武器は正式サービスが開始されれば実装されるはずだから!」

 

 

 ノリとタルケンはひとまず口論をやめ、カイムの隣に並ぶ陣形を作り直した。思う事はあるだろうけれども、今は困難なボス戦。ちょっとでも体勢を崩すような事があれば、たちまちボス戦攻略失敗となるような場面だ。二人が不満をぶつけ合うような状況が短時間で終了してくれた事にカイムは安堵する。

 

 その間にも将軍グランはカイム達のもとへ進撃してきて、攻撃可能範囲の中に三人を捉えるなり、またハンマーを振りかざしてきた。戦闘開始時にも繰り出してきた振り下ろし攻撃だ。

 

 その初動を見ただけで次に何が来るかわかり、三人は一斉に散開して攻撃範囲から離脱する。間もなく将軍グランのハンマーが三人のいた場所に降ったが、それは塔の頂上の床を勢いよく砕いただけで終わった。

 

 将軍グランの一撃の重さは尋常ではないが、やはりその分スピードに欠けるうえに、予備動作そのものも大きい。いや、初動から攻撃までかなり時間がかかっているように見える。それこそ力を溜めて渾身の一撃を放っているかのようだ。

 

 恐らくだが、将軍グランの放ってくる攻撃はチャージ攻撃なのだろう。一撃が重いのはそのためで、ノリとタルケンの防御が簡単に破られたのもそれが理由だろう。

 

 攻撃を放つ際にいちいちチャージを行う必要があるという事は、将軍グランは思いの外スピードに引っ掻き回される事を苦手とするモンスターであるという事だ。

 

 こちらは将軍グランの何倍ものスピードを出せるから有利ではあるが、攻撃したら即座に将軍グランのチャージ攻撃の攻撃範囲から離脱しなければならない。ソードスキルは硬直で隙が出来るから使えない。いや、使えなくはないがチャージ攻撃をまともに受ける事になるから、リスクがあまりに大きすぎる選択となる。

 

 ソードスキルが使えずに、低威力の攻撃を仕掛け、さらに回避を何度も繰り返さなければならないかもしれない。そんなものは長期戦になるときつくなるのは目に見えている。

 

 ではどうするべきか、どう攻めていけばいいのか――その時カイムの耳に届く声があった。タルケンの声だった。

 

 

「そういえばこのトーラス、随分と身動きが遅いように感じます」

 

 

 いかにも素朴であるその疑問は、カイムも気が付いていた。

 

 皇帝アビスもそうなのだが、将軍グランは先程から走った事がない。こちらにやって来る時ものしのしと歩くばかりで、決して走らないのだ。それにそもそも、将軍グランの体型は上半身が大きく、下半身があまり大きくないという、少しバランスの悪い体型だ。

 

 いや、あれはミノタウロス型のモンスターならばよくある体型なのだが、それでも下半身はぎりぎり上半身を支えているのは違いない。下半身は上半身を支えるので精一杯で、歩く事はぎりぎり出来る事、走るのは無茶なのだ。

 

 映画やアニメやゲームのようなフィクションの中では軽快に走れるが、実際は脚が最大の弱点で、走れば脚が折れてそのまま死ぬしかなかったという、最強の捕喰者のかっこよさなど欠片もない生態だったというティラノサウルスのようなものだ。

 

 そこでカイムは閃いた。もしかしたら、将軍グランも同じなのかもしれない。現に将軍グランの膝にソードスキルを叩き込んだ時、かなりのリアクションを返してきた。将軍グランは膝を狙われるのを嫌っている。膝に連続でダメージが入れば、上半身を支えられなくなるからだろう。

 

 つまり狙うべきはまず将軍グランの身体ではなく、その膝だ。狙ってみる価値は十分にある。カイムは咄嗟の思い付きを口にした。

 

 

「二人とも、あいつの膝を狙ってみよう」

 

「膝?」

 

 

 ノリもタルケンも首を傾げてきたが、カイムが即座に説明する事で、納得したような様子を見せてくれるようになった。

 

 

「なるほどね、あのずんぐりむっくりの弱点は膝なのか」

 

「足を狙われればダウンする、そういう事ですね!」

 

「そういう事。だから、三人同時にソードスキルを仕掛けてみよう!」

 

 

 カイムの指示を受けた二人は頷いてみせてくれた。同時に、将軍グランは三人の目の前にまで迫り、かち上げチャージ攻撃の構えに入っていた。指物もう一度吹っ飛ばして、塔の場外へ落とすつもりでいるのだろう。先程は隙を晒したために喰らってしまったが、二度も同じ失態を繰り返すつもりはない。

 

 カイムが思いきりバックステップをすると、ノリとタルケンはそれぞれ左右方向にサイドステップした。間もなくチャージを終えた将軍グランがかち上げる動作でハンマーを振るったが、それは思いきり空を裂いて外れた。

 

 そして将軍グランはソードスキルを終えた後のように硬直する。次の動作に入るよりも前に、ノリとタルケンがそれぞれ将軍グランの左右の膝に接近、仕方がなく同じ得物になってしまっている槍に深紅の光を宿らせた。

 

 

「喰らえッ!!」

 

「やああッ!!」

 

 

 掛け声と共に、二人は穂先を叩き付けるような力強い連続攻撃をお見舞いした。攻撃はほぼ同時に四回繰り出され、均一に両膝にダメージを与えた。

 

 

 四連続重攻撃槍ソードスキル《リヴォーブ・アーツ》。

 

 

 その発動を見届けた直後に、カイムは一気に将軍グランへ距離を詰め、両膝に狙いを定めた。刀身に纏われた青く眩しい光を解き放つように、将軍グランの膝の両方を水平に切り裂く。

 

 

「はあああああッ!!」

 

 

 直後、カイムの目の前で鎌鼬のような斬撃の嵐が巻き起こり、将軍グランの両膝を巻き込んで何度も切り裂いた。

 

 

 超広範囲十連続攻撃飛閃一刀ソードスキル《真蒼》。

 

 

 合計して十四回にも及ぶ連続斬撃に見舞われた将軍グランの《HPバー》は驚くほどの速度で減少し、早くも一本目がなくなり、黄色へ変色した。

 

 それだけではない。将軍グランが悲鳴を上げたその直後に、膝を守っていた鎧が破砕音を立ててポリゴン片となって消滅したのだ。間もなく、将軍グランは地に跪いた。

 

 弱点を連続攻撃された事、鎧を破砕された事が重なり、ダウンが入ったのだ。防御に入っている様子はない。三人の硬直が解かれても、跪いたまま将軍グランは動かなかった。予想以上の大ダウンだ。このチャンスを無駄にするわけにはいかない。

 

 そこでカイムは気付いた。ユウキ達に任せておいたもう一匹、皇帝アビスの方も地面に跪いて大ダウンに入っている。膝は将軍グランと同様に剥き出しになっている。

 

 どうやらあの時カイムがノリとタルケンに話した作戦はユウキ達の方にも飛んでいっていたらしく、三人もカイム達と同じ攻撃を実行したようだ。結果、皇帝アビスも将軍グラン同様に大ダウンする事になったらしい。

 

 だが、カイムが気付いたのはそこではない。皇帝アビスと将軍グランは、双方色は違えど光を発する部位を持つ兜を装着しているのだが、今、その部分が眩いくらいの光を放ち、明滅を繰り返していた。まるでここが弱点であるというのを示しているかのようだ。 

 

 

「それか……!」

 

 

 いや、そうに違いない。皇帝アビスと将軍グランの一番の弱点は兜の光が点っている部分だ。

 

 そこは双方の身長のせいで、大ジャンプでもしなければ攻撃する事ができないようになっているが、膝を攻撃してダウンさせる事で、攻撃を届けられるようになる。この二匹はそうやって倒すボスだったのだ。

 

 そして今自分達は、双方の弱点に余裕で攻撃を届ける事が出来る状況下にある。皇帝アビスと将軍グランのHPは思いの外少ない。次一斉攻撃を仕掛ければ――もしかしたらそのまま倒せるかもしれない。

 

 

 困難に思われた勝利を、掴める。

 

 

「今だ! 全員、一斉攻撃――」

 

「――! カイムッ!!」

 

 

 不意に呼ばれてカイムはその方を向いた。ユウキが自分から見て背後方向へ顔を向け、焦ったような顔をしている。あれを見てと言っているかのようだ。それがなんなのかを確認するより前に、カイムは異変に気付く。

 

 戦っていたせいで気付かなかったが、風が音を失っている。正確に言えば、風の音が唸り声のような強烈な音に塗り潰されてしまっていた。まるでとてつもなく巨大な魔物が吼えているような轟音。そしてユウキが指し示す背後方向。一体それは何か――ようやくカイムが振り向いたその時。

 

 

 ぼふんという鈍い音が一瞬だけした直後に、目の前がオレンジ一色に染まった。

 

 

 

「うわッ!?」

 

 

 思わず声を上げたが、すぐさま掻き消された。口の中がじゃりじゃりとした違和感でいっぱいになり、目を開けているのも困難になる。目は開けていられないわけではないが、じりじりとした不快感がひどい。現実ならばずきずきした痛みだろう。息をすると咳をしたい衝動に駆られ、実際乾いた咳が出る。

 

 そして先程まで晴れ渡る空の下で、砂漠の風景を見る事さえできた周囲は、黒橙色の闇の中に沈んでいた。不快感に襲われているせいもあるが、五メートル先も見えなくなっている。まるで日が暮れて夜が来たかのようだ。

 

 

「しまッ……」

 

 

 時刻はまだ午前中。日が暮れるにはあまりに早い。なのに周囲は夜のように暗く、口の中はじゃりじゃりし、目許はずきずきし、咳が出る。

 

 

 来てほしくないと思っていた砂嵐だ。

 

 

 クルドシージ砂漠にて見事に再現されているリアリティたっぷりの砂嵐がやってきて、この戦場を包んだらしい。しかも、よりによってこの塔の天辺まで余裕で包み込める程巨大で、中を夜のように暗くする程濃厚なモノのようだ。

 

 ユウキがあの時焦っていたのは、すぐそこにこの砂嵐による砂の壁が迫っていたのが見えていたからだったらしい。

 

 

「くっそぉ!」

 

 

 迂闊だった。眼中の左上に表示されているステータスバーの名前の横に状態異常になっている事を報告するアイコンが表示されている。砂嵐の中に入った場合に発生し、口と目と胸の不快感が起こる専用の状態異常、《砂嵐やられ》だった。

 

 スカーフやフード付きローブ、ゴーグルを装備する事で軽減できるが、エリアボスにだけ望むつもりだった自分達の装備品の中に、そんなものを持ち込まれていない。《砂嵐やられ》に対抗する術が何もない中で、砂嵐に放り込まれてしまった。

 

 

「ノリ、タルケン、ユウキ――ッ!!」

 

 

 砂塵が容赦なく入ってくる口のまま、カイムは叫んだ。五メートルどころか二メートル先さえも見えないうえに、ごうごうという唸るような音が常時聞こえてきて、耳を塞がれてしまっている。大切な仲間達の返事も聞こえてこない。

 

 最悪な事に、これまで経験した中でもっとも濃い砂嵐に直面しているようだ。

 

 倒すべきの姿は隠されてしまっていた。勿論ともに敵に挑んでいた仲間の姿さえも視認できない。何が起きているのか、どうなっているのか、誰にもわからなくなってしまった。

 

 

「……!」

 

 

 この砂嵐による害はそれにとどまらない。敵が見えないだけではなく、地形さえもわからないのだ。

 

 ここは塔の天辺だが、その縁に見えない壁があり、滑落の危険がないという親切な設計になっているとは思えない。滑落すればそのまま地上へ真っ逆さま、即戦闘不能で黒鉄宮からのリスポーン確実だろう。

 

 この砂嵐のせいでどこまでが床で、どこからが崖なのかわからなくなっている。迂闊に動き回れば、滑落する危険性があるのだ。そのせいで動く事さえままならない。

 

 状況は一気に不利へと逆転してしまった。

 

 

「どこだ、どこなんだよ!?」

 

 

 カイムは不快感に包まれる目で周囲を見回す。当然何も見えない。だが、幸いな事にステータスバーに並ぶ仲間達の《HPバー》は視認できた。仲間達の《HPバー》はひとまずは全快で、ダメージを負っていない。シウネーの回復スキルがよく効いてくれたのだろう。

 

 だが、確認できるのはそれだけで、どこにいるかまではわからない。索敵スキルを展開しようにも、これ程までに強い砂嵐の中では効果がない。もっと強さを上げていれば使い物になってくれたかもしれないが、今は役立たなかった。

 

 

「……いや」

 

 

 使ってみる価値がないわけではない事をカイムは思う。確かに遠くまで飛んでいってはくれないだろうが、近くに何があるか、誰がいるかくらいはわかるはずだ。

 

 ユウキを探した時にも役立ってくれたのが索敵スキル、近くに仲間がいるかどうかは理解させてくれるだろう。

 

 意を決したカイムは目を細めながら、索敵スキルを展開した。カイムを中心に、カイムだけが視認できる水色の光の波紋が広がっていった。間もなく手応えが返ってきた。今自分の立っている方向から見て右前方にプレイヤーの気配を察知できた。

 

 だがそれだけだ。波はカイムが予想したよりも遠くまで飛ばずに消えてしまった。掴めたのは、プレイヤーが近くにいる事。距離的にノリ、タルケンのどちらかだ。

 

 この砂嵐だから、迂闊に身動きを取るのは危険だと判断して、その場に留まる事を選択してくれていたようだ。

 

 カイムは掴めた気配の方へ向かおうとしたが――その時に気付いた。気配が近付いてきている。こちらは一歩も歩いていない。気配の正体がこちらへ向かってきているのだ。

 

 

「え?」

 

 

 カイムは()()()()()()()()()()()。こんな見通しの悪すぎる、滑落の危険のある塔の頂上で、歩き回っているのは誰だ。スリーピング・ナイツのうちの誰かである事はわかるが、誰なのか見当も付かない。

 

 

「カイム!」

 

 

 辺りを黒く染める砂塵の唸りの中、そうでない音がはっきり聞こえた。声だ。聞き覚えがあるどころではない声色がカイムを呼んでいた。カイムがはっとしたその時――砂塵の闇の中から人影が出てきた。

 

 近くにいけばはっきりとわかる菖蒲色の長髪に赤いリボン、紫色の軽装に、赤紫色の瞳――は半開きになっている――の少女。ユウキだった。その長髪は砂嵐のせいで四方八方に暴れている。

 

 

「ユウキ!?」

 

「やっぱりカイムだった! 動かなかったんだね!」

 

 

 カイムは思わず驚いていた。ユウキはカイム達から離れて、皇帝アビスと戦っていた。砂嵐に巻き込まれた時点でそれなりに距離が開いていたはずだが、そのユウキがまさかここまでやってくるとは。カイムには予想のつかない事だった。

 

 

「ユウキ、なんで!?」

 

「カイム、索敵スキル使ったでしょ。それとおんなじに、ボクも索敵スキル使って皆を探してたんだ。そしたら近くにカイムが居て」

 

「もしかして、ぼくが動かない事をわかってたとか」

 

「そうだよ! カイムならそうすると思ってた」

 

 

 砂嵐の中、ユウキは口を開けながらにかっと笑ってみせたが、すぐに「べっ、べっ」と近くに何かを吐き出すような仕草をした。口を開ければすぐに砂が入ってくるから、喋るのも少しきついのだろう。目を開けているのもきついのだが。

 

 ひとまずユウキが近くにいる事に安堵した直後、どしんという衝撃が地面に走り、足元を掬わんとしてきた。その衝撃は二段階で、一回目に重い何かが叩き付けられたような大きな震動が、二回目には重いものが軽く跳ねて地面に着地したような、一回目よりも小さな震動だった。

 

 二人は踏みとどまって耐えきったが、すぐさま二人して驚く事になる。眼中に表示されている仲間達のステータスバーの、ジュンとタルケンのHPが赤に変色するまで急に減った。どうやら皇帝アビス、将軍グランのどちらかが振り下ろし攻撃を仕掛け、ジュンとタルケンの二人が巻き込まれたようだ。

 

 

「うっそ、あいつらこっちが見えてるの!?」

 

 

 ユウキは驚きながらも悔しそうな顔をしていた。皇帝アビスと将軍グランの二匹はトーラス族の支配者だ。トーラス族自体が砂嵐の中で生きてきたようなものだから、二匹が砂嵐やられになるような事は無いのだろう。

 

 こちらが砂嵐による目潰しがされているのに、あの二匹はそうではないというのは不公平であるというユウキの言い分はわからないでもない。だが、そう思ったところであの二匹が砂嵐やられになってくれるわけではなかった。

 

 しかし、その二匹のいずれかが攻撃を繰り出してくれたおかげでわかった事がある。二匹は既に大ダウンから回復している。そして二匹は自分達から離れたところにいる。それで。ジュンとタルケンは少なくとも二匹の近くにいる。

 

 ジュンはテッチと一緒に皇帝アビスと、タルケンはノリと一緒に将軍グランと戦っていたから、少なくともこの四人はそれぞれ皇帝アビスと将軍グランの近くにいるのだ。

 

 

「もしかして!」

 

 

 カイムは更に閃く。先程の衝撃だが、一度目と二度目で大きさが異なっていた。もしかしたら一度目が皇帝アビスと将軍グランのどちらかの攻撃によるもので、二度目がどちらかがステップか何かをした事によるものだったのかもしれない。

 

 カイムはつい先程まで将軍グランの近くにいたはずだが、索敵スキルを使った時には将軍グランのものと思わしき気配は察知できなかった。将軍グランはカイムから離れているが、ノリとタルケンは果敢にもそれを追いかけたのだ。ジュンとテッチも同じだ。

 

 四人が皇帝アビスと将軍グランの傍に居て、戦闘を継続しているのであれば――先程話した通り、また二匹の膝を狙っているはず。二匹の膝は剥き出しになっているから、先程よりも攻撃を吸いやすく、尚且つ跪きやすくなっているはずだ。

 

 そして二匹が跪けば、弱点である頭を狙え――今度こそ倒せるはず。砂嵐に呑み込まれて状況が悪化しているが、二匹を追い詰めている事に違いはない。問題は四人と二匹がどこに居て、どこで戦闘を繰り広げているかだ。索敵スキルは近くに来ていたユウキを把握するくらいしか役立たないうえに、周囲は砂塵で真っ黒だ。何も見えないし、どこへ向かえばいいかもわからない。

 

 おおよそ前方に居るのだろうが、どれくらい前方なのか、どこで曲がるのか、やはりわからない。

 

 

「ん!?」

 

 

 その時だ。目を細めていたユウキが何かに気付いたような声を出した。カイムはずきずきと不快感の走る目で、ユウキの視線の先を見て――驚いた。砂塵が作り出す黒の中に、ぼんやりと光が見えた。

 

 

「あれは……!」

 

 

 弱々しいが、しっかりと光っている水色の光。それは将軍グランをダウンさせた時に見た、兜の放つ光と同じものだった。それが丁度ジャンプすれば届きそうな高さで、存在を主張している。その右隣には、金色の光の明滅も見えた。あれは皇帝アビスが装備する兜が出す光と同じだ。

 

 

「まさか、これって!」

 

「皆……!」

 

 カイムは闇の中の光を目にして、確信を抱いた。今皇帝アビスと将軍グランは再びダウンしている。前線に貼り付き続けていたスリーピング・ナイツの皆が両者の膝に攻撃を仕掛け、ダメージを受けながら、大ダウンを取ったのだ。こんなにひどい砂嵐の中だというのに、カイムの指示も飛んでいないのに。

 

 そして今、カイムはスリーピング・ナイツの皆が伝えている事を掴んだ。

 

 

 ――止めを刺してやれ――

 

 

 カイムは見えない事をすまなく思いつつも、力強く頷いて刀を構えた。そのまま今にも走り出していける姿勢を作る。皆の思いはユウキにも伝わっていたらしく、彼女もまた、今にも駆け出していける姿勢を作って身構えていた。

 

 

「カイム、どっち行く?」

 

「あの金色の方を狙おうかな」

 

「それじゃあボクは水色の方に行くよ。それで――」

 

 

 カイムは思わず口角を上げた。ユウキはいつもカイムとの競争をする娘だった。そしてその姿勢はこんな状況下であっても変わりがない。

 

 

「どっちが早く倒せるか、競争でしょ」

 

「流石カイム、わかってるね! それじゃあ、位置について――」

 

 

 ユウキは綺麗にカイムと並び、足に力を込めていた。カイムも同じように足に力を込めて、走り出しを狙う。

 

 

「「よーい……どんッ!!!」」

 

 

 二人で息を合わせて声を掛け合い、一気に砂塵の闇の中へ駆け出した。すぐさまユウキの足音が聞こえなくなり、目に砂塵が飛び込んでくる。しかし闇の中に灯る黄金の光はどんどん迫ってきた。

 

 黄金の光が一段と強く見えたその時、巨大な影が闇の中から現れる。長い角のトーラス、皇帝アビスだった。皇帝アビスは跪き、(こうべ)を垂らしていた。よく見ればジャンプしないでも、兜の黄金に光る部分を狙える事が分かった。

 

 砂嵐のせいでユウキが剣を振るう音が聞こえない。先に辿り着いたのはどっちだ。先にソードスキルを放ったのはどっちだ。カイムはどこからともなくやってきた無邪気な気持ちを胸に、力を込めて刀を握る。次の瞬間、刀身が深紅の光を帯びた。

 

 

「はああああああああああああああああああッ!!!」

 

 

 これ以上ないくらいの声を上げて、カイムは刀を振るった。そこからシステムがカイムの身体へのアシストを開始し、カイム自身の目にも止まらないくらいの斬撃を放たせた。

 

 水平斬り、斜め斬り、斬り抜き、縦斬り。ありとあらゆる方向から超高速で繰り出される斬撃の暴風が、皇帝アビスの弱点を八つ裂きを通り越し微塵切りにする。

 

 

「終わりッ!!」

 

 

 カイムがもう一度掛け声を出しながら渾身の縦斬りをお見舞いしたところで、システムによるアシストはカイムの身体を開放し――皇帝アビスの《HPバー》は空になった。

 

 

 三十九連続攻撃飛閃一刀ソードスキル《緋吹雪》。

 

 

 刀スキルの最終奥義ともいえる技を受けた皇帝アビスの頭はダメージエフェクトで真っ赤になっていた。皇帝アビスは悲鳴も上げる事なく、大ダウン時の不自然な姿勢のまま硬直していた。

 

 

 次の瞬間、皇帝アビスの全身が水色の光に包み込まれ、シルエットと化し――爆発音にも似た破砕音を立てながら、皇帝アビスの身体は無数のガラス片となって砕け散った。

 

 

 それと時を合わせるように、周囲を覆っていた闇が晴れた。砂嵐が過ぎ去っていき、空に青色が、眩しい日差しが取り戻された。砂嵐やられが解除され、目と口と咳の不快感が消え去ると、全てが見えた。

 

 カイムのすぐ近くにジュンとテッチがさぞかし疲れた様子で立っており、後ろにきょとんとした様子のシウネーが立っている。そしてカイムから見て右方向の少し遠くに、武器を杖代わりにして立っているノリとタルケンがおり――その前方にユウキがいた。

 

 ユウキが狙っていた将軍グランの姿は無い。砂嵐の中で皇帝アビスと同じように消滅したのだ。ユウキのソードスキルによって、倒されたのだ。

 

 勝った。スリーピング・ナイツは、二匹のモンスターを相手にするエリアボス戦を乗り越えた。しかし、それよりもカイムは気になっている事があった。

 

 

 先にボスを倒したのはぼくとユウキのどちらだ?

 

 ぼくはユウキとの競争に勝ったのか、負けたのか――。

 

 

 その判定がどちらなのかを聞こうと、声を掛けようとしたその時だ。ユウキは右手の直剣を鞘に勢いよく仕舞い込むと、カイムに向き直り、微笑み――やがて満面の笑みを浮かべて、そのまま走ってきた。そしてカイムとの距離がある程度縮まったところで大きく手を広げて、勢いを殺さないままカイムの胸に激突。渾身の突進をお見舞いしてきた。

 

 

「げふッ!?」

 

 

 ユウキの勢いはこれまた想像以上で、カイムはユウキと共々床に倒れた。勢いが止まったところで、ユウキは赤紫の瞳をカイムの藍色の瞳と合わせた。

 

 

「カイム……ボクの勝ちだよ!!」

 

「……だろうね。勝ったけど、競争には負けたね」

 

 

 カイムに結果を告げるなり、ユウキは大笑いを始める。釣られるように、カイムもまた大きな声で笑った。

 

 




 次回、ついに運命の決着。






















――元ネタ――

・Battle Against a My Heroes⇒ボクの英雄たちの戦いの意味。

 元ネタはUnderTaleの楽曲、『Battle Against a True Hero』

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