キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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 あけましておめでとうございます。
 2019年も引き続き、本作キリト・イン・ビーストテイマーをよろしくお願いいたします。

 それでは早速2019年最初の更新を、どうぞ。




08:双刃の白猫 ―白の竜剣士との戦い―

          □□□

 

 

 ユウキは仮想空間の部屋から出ていた。見回せば広がっているのは見慣れた木と石で作られた部屋だ。そこには簡素なテーブルとベッドが設置されている。いずれも現実のものではなく、仮想現実のもの。ソードアート・オリジンの中、《はじまりの街》の大宿屋の一室だった。

 

 午前中に居た時には急なログアウトをしてしまったから、どこか別な場所から始まってしまうのではないかと心配していたけれど、ちゃんといつもの場所に降り立つ事が出来た。

 

 確認したユウキはウインドウを開いて、フレンドリストを展開する。仲間達の名前を確認して、更にスリーピング・ナイツの者達の場所を探した。《はじまりの街》の大宿屋。丁度自分のいる階の下、一階のラウンジに集まっているままのようだ。

 

 

「間に合った!」

 

 

 嬉しくなってユウキは独り()ちた。ログインする前のチャットで、スリーピング・ナイツの皆に有名人が合流して、一緒にレベリングに励んだと聞いた。その人はまだ皆と一緒にいる。そう聞いたからこそ、ユウキは急いでログインを果たしたのだ。

 

 一緒にログインすると言っておきながら海夢の事を置いてきてしまったから、きっと海夢は怒っている事だろう。だがそうならばログインしてきた時に謝ればいい。今はその有名人と合流する事が先決だ。

 

 ユウキはウインドウを閉じると、勢いよく部屋のドアを開けて飛び出し、階段を駆け下りた。見慣れた大宿屋のラウンジには沢山のプレイヤーが集まっていた。きっと新たにこのゲームのチケットを入手出来たプレイヤー達が大半だろう。だが、午前中に見た時ほどの数ではない。多くのプレイヤー達は街へ、フィールドへ出払っているのだ。

 

 それが幸運だった。ちょっと見まわしたくらいで、午前中に出会った時と同じように一つの丸テーブルに集まっているスリーピング・ナイツの皆を見つけ出す事が出来た。キリト達よりも付き合いの長い仲間達に駆け寄ると、すぐさま全員がユウキに気付き、声を掛けたり手を振ったりして出迎えてきた。

 

 

「皆ー、お待たせ―!」

 

「ユウキ、早かったな」

 

 

 現実世界のカイム――ほどでもない――くらいに小柄な少年のジュンが声をかけて来る。周りにはテッチ、タルケン、ノリ、シウネーと、いつものメンバーがしっかりと揃っていた。午前中と違うのは、皆テーブルに寄り添ってそれぞれの飲み物や軽食を用意している事だ。ログイン前のチャットの通り、皆フィールドで戦ってきた帰りのようだ。

 

 様子を見てうんうんと頷くユウキに続けて声を掛けたのは、ノリだった。

 

 

「ユウキ、カイムと一緒じゃないんだ」

 

「うん。カイムの事は置いてきちゃった」

 

 

 タルケンが軽く溜息を吐く。またやらかしたよと言わんばかりの顔だった。

 

 

「また怒られますよユウキ。カイムが怒るのはこれで何度目でしょうか」

 

 

 カイムの事は結構怒らせている。ALOでも《SA:O》でも、かなりの回数怒らせてきた。今回もそこに新しい一階を加える事になるだろうが、そんなのはユウキにとってはいつもの事だから、気にするに値しない。カイムよりも会いたい人物がいるのだから。

 

 

「いいんだよ、それは。ところで――!」

 

 

 ユウキはくるりとある方向に向き直る。シウネーとノリの間に挟まれるようにして座っている一人の少女の姿が目の中に入ってきた。

 

 

 全身を白いコート状の軽装に身を包み、デフォルメされた猫の顔の刺繍の入った、大きな猫耳付きの帽子を被っている。帽子の下部から長い一対の垂が伸びていて、それをマフラーのように巻いて口元を隠しているけれど、やや緑がかった青の、比較的大きい瞳がわかる、青みがかったセミロングの髪の毛の少女。

 

 

 スリーピング・ナイツの一員ではないが、スリーピング・ナイツの皆の事を助けてくれたという話をチャットで聞いたプレイヤー。《白の竜剣士》というキリトやジェネシスと似た二つ名で呼ばれ、あちこちで引っ張りだこになっている《SA:O》のアイドル。

 

 名をヴェルサというそれの、ネットで見たスクリーンショット写真のものと全く変わらない容姿を目に入れ、ユウキは早速声を掛けた。

 

 

「君があの《白の竜剣士》のヴェルサだよね?」

 

 

 ヴェルサは表情の見えない顔を上げ、頷いた。口元は隠れているけれど、見えている目元には笑みが見えた。

 

 

「そーだよ。《白の竜剣士ヴェルサちゃん》はあたしだよ」

 

「うわぁ、本物だよ! あの《白の竜剣士》がここにいるよ!」

 

 

 思わず大きな声を上げて喜んでしまった。

 

 《白の竜剣士ヴェルサ》は《SA:O》のプレイヤー達の注目の的で、いつも色んなプレイヤー達のパーティに参加して飛び回っているから、遭遇するのも会うのも難しいと言われていた。そんなレアモンスターにも等しいヴェルサに会えたという事だけに喜んでいるわけではないが、それだけでも十分に嬉しい。喜ぶユウキに何か気付いた事があるかのように、ヴェルサが問いかける。

 

 

「君がこのギルドのリーダーのユウキだって、この人達から聞いたけれど……君も含めて初心者のギルドなのかな」

 

「そうそう。ボクがリーダーのユウキだよ。皆今日の午前にログインしたばっかりだったんだ。あ、ボクは違うけどね」

 

 

 ヴェルサは納得したような表情を目元に見せる。

 

 

「やっぱりそうだったんだ。また配布されたクローズドベータテスト参加チケットを手に入れた人達だったんだね」

 

 

 スリーピング・ナイツの皆は頷き、その中のシウネーがユウキに声掛けした。

 

 ユウキとカイムがログアウトした後、スリーピング・ナイツの皆はリューストリア大草原に向かった。《SA:O》はALOと全く違い、飛ぶ事も出来なければ魔法を使う事も出来ない、自分の身体一つで戦い、冒険するゲームだ。その仕様に最初は戸惑ったものの、皆すぐに慣れて、ALOの時と同じように戦えるようになったという。

 

 そこで皆は場所を変えて最新エリアのクルドシージ砂漠へ向かったが、流石にレベル差のある敵には苦戦する一方で、フィールドモンスター一匹を倒す事も出来なかったそうだ。結局全ての敵から逃げて、リューストリア大草原へ皆で帰ろうとしたその時、丁度同じようにクルドシージ砂漠で狩りを行っていたヴェルサに、皆は出会った。

 

 ヴェルサは「レベリングに協力してあげる」と持ち掛けてきた。スリーピング・ナイツの皆は半信半疑だったものの、ヴェルサのレベルとステータスを確認する事で、トッププレイヤーの一人であると確信。ヴェルサと共にクルドシージ砂漠のモンスター達と挑んだ。

 

 そこから状況は一変。ヴェルサの実力はユウキやカイムに匹敵するくらいのもので、挑み来るモンスター達を次から次へと薙ぎ倒し、スリーピング・ナイツの皆に続々と経験値を入れさせた。

 

 スリーピング・ナイツの皆とクルドシージ砂漠のモンスター達はレベル差が二十以上あって、とても倒せるような相手ではなかった。しかしヴェルサが協力してくれたおかげでスリーピング・ナイツの皆でも勝利でき、半日でクルドシージ砂漠のモンスター達に挑んでも苦戦しないくらいのレベルになれたという。

 

 

「ヴェルサ、皆をそこまで手伝ってくれたんだ」

 

 

 ヴェルサは帽子の上から頭を掻いた。目元に苦笑に近しい表情が浮かぶ。

 

 

「うん。あたしは困ってる人をあまり放っておけないって性分っていうか。……というか、こういうギルドの事を放っておけないっていうか」

 

 

 ヴェルサがギルドに所属しているという情報は聞いた事が無い。確かにたくさんのプレイヤー達のパーティに出入りを繰り返しているが、基本ヴェルサは野良プレイヤーのはずだ。疑問に思ったユウキは首を傾げながら尋ねる。

 

 

「ギルドを放っておけない?」

 

「そうそう。あたし、昔はギルドを作ってたりもしたんだ。今はとてもそんな気はないけど、その時の楽しさは今でも思い出せるの。パーティプレイってすごく楽しいから……だから、思わず今日、この人達に声掛けしちゃって……」

 

 

 ヴェルサの言い分は全てわかるものだ。実際自分もスリーピング・ナイツの皆と組んだり、キリト達とパーティを組んでクエストをしたり、戦闘をしたりするのが好きで、可能であれば毎回パーティプレイをしたいとさえ思っている。ヴェルサも同じ気持ちを抱くプレイヤーだとわかると、親近感が湧いてきた。

 

 あの《SA:O》のアイドルであるヴェルサも、結局は周りのプレイヤー達と同様に一途にゲームを楽しんでいる一プレイヤーでしかないのだ。

 

 だが、ヴェルサが周りのプレイヤー達と決定的に違うのは、《白の竜剣士》と呼ばれ、最新エリアに居るモンスター達と戦っても全然苦戦しないで倒せてしまうような実力を持っている強者であるという事だ。

 

 これまでユウキはそんなプレイヤーを見ると、思わずデュエルを仕掛けたくなって、実際何度もデュエルをさせてもらってきた。その時の気持ちが今、ユウキの胸の中で高鳴っている。

 

 

 ヴェルサと、デュエルがしたい。

 

 

 思いに駆られたユウキはヴェルサに一歩踏み出し、顔を近付けた。

 

 

「決めた! ヴェルサ、お近付きの印にボクとデュエルして!」

 

 

 当然のように周りの皆が驚いて声を上げ、ヴェルサはきょとんとした。いつもならばここでカイムが制止に入ってくるところだけれど、カイムはまだログインしていないから、何も言われない。突拍子もない事を言い出したユウキと目を合わせ、ヴェルサは返答する。

 

 

「デュエルって、なんで? なんであたしと君が戦わないといけないの」

 

「いやね、ボクって強いプレイヤーを見るとデュエルしたくなるんだ。戦い方が見たくなるっていうか、なんていうか」

 

 

 そこでジュンが呆れたように言う。何度も見てきた光景を見ているような表情だった。

 

 

「始まったよ、ユウキの癖が」

 

「待ちなよユウキ。確かにヴェルサは強いから、あんたが戦いたくなってもおかしくはないだろうけれど、ヴェルサはアタシ達を助けてくれたんだ。デュエルを仕掛けるのはいくら何でも悪いよ」

 

 

 いつもはカイムのやる事を、ノリがやってきた。

 

 ノリの言う通りだ。ヴェルサはまだ《SA:O》の初心者であるスリーピング・ナイツの皆のレベリングを助けてくれた恩人だ。そのヴェルサにデュエルを仕掛けるのはあまりよくない事だろう。しかしそれでも、《SA:O》のでアイドルであり、《白の竜剣士》と呼ばれるヴェルサの強さを見ずにはいられない。

 

 

「そうだけど……それでもボクは《SA:O》の有名人である――」

 

「ねぇ」

 

 

 ユウキの言葉を遮ったのは、ヴェルサだった。ヴェルサはその瞳でじっとユウキの事を見つめていた。緑がかった青色という、見た事の無い色合いの瞳に自分の姿が映し出され、ユウキは思わずきょとんとする。

 

 

「……そういえば君って確か、キリトと一緒に居たよね」

 

「え? キリト?」

 

「……うん。ユウキはキリトの仲間だよね」

 

 

 自分とカイムが普段はキリト達とパーティを組んでいるという話は、ヴェルサには教えていない。なのにヴェルサが知っているという事は、彼女が独自にこの情報を掴んだのだろう。個人情報でも何でもないので、その話はしてもいい。

 

 

「そうだよ。ボクはキリトとは仲間同士だよ。キリトとパーティ組む事もあるけれど……」

 

「キリトの仲間……キリトの……なか……ま……」

 

 

 ヴェルサはどんどん小声になっていき、俯いた。ただでさえマフラーのような垂と帽子で隠されているせいで見えない顔が尚更見えなくなる。

 

 

 何か気に障るような事を言ってしまったか。

 

 それともやはり皆の言う通り、いきなりデュエルの申請をしたのは拙かっただろうか。

 

 

 今更になって小さな罪悪感が胸に募る。これは謝らなければならなそうだ。ユウキは恐る恐るヴェルサに再度声掛けした。

 

 

「あの、ヴェルサさん。やっぱり急にデュエルしようなんて言って、ごめ――」

 

 

 次の瞬間、ヴェルサはくいっと顔を上げた。

 

 

「しよう、デュエル!」

 

 

 突然の返答にユウキも、周りの皆もきょとんとした。ヴェルサは構わずに続ける。

 

 

「あの黒の竜剣士のキリトの仲間なんだから、ユウキも相当強いんだよね。あたし、ユウキの強さには興味あるなぁ。一階でいいからデュエルしてみたい!」

 

「えっ、やってくれるの、デュエル」

 

 

 相変わらずきょとんとするユウキにヴェルサは快く頷く。どうやら本人はやる気でいるようだ。

 

 

「そうだよ。君とのデュエル、受けて立つよ!」

 

 

 そう言われて、ユウキはぱあと表情を明るくした。周りの皆は若干焦っているような感じだけれど、本人と自分がやる気ならば交渉成立だ。《SA:O》に名を広めていっているアイドルである《白の竜剣士ヴェルサ》と戦える日が来るだなんて。大きな声を出して喜びたいところだが、流石にこの大宿屋のラウンジで大きな声を出すわけにはいかない。

 

 

「よかった! それじゃあヴェルサ、早速――」

 

 

 ぐっとこらえながらヴェルサに向き直ったその時に、ユウキは気付いた事があった。《白の竜剣士ヴェルサ》の名前の由来は、ヴェルサが白い装備を纏っていて、尚且つドラゴンを使役する《ビーストテイマー》である事が由来だ。もしかして自分はヴェルサとヴェルサの《使い魔》と戦う事になるのだろうか。それだとちょっと分が悪い。

 

 

「あ、待ってヴェルサ。ボク、ヴェルサみたいに《使い魔》持ってないけど……」

 

「心配ないよ。あたし一人でちゃんとデュエルするから。《使い魔》はちょっと出払ってるっていうか、別行動させてるから」

 

 

 助かった――ユウキは少しだけそう思った。

 

 そういえば前にキリトから聞いた話の中に、ある一定以上の強さを持つ《使い魔》には単独でフィールドに向かわせて、独自の行動させる事が出来るシステムがあるというのがあった。

 

 《白の竜剣士》の《使い魔》である竜は、その話に該当するくらいの強さを持つ《使い魔》なのは間違いない。そしてヴェルサの竜の目撃例がない事から、いつもヴェルサの竜はどこかを飛んでいて、自分達が見ていない間にだけヴェルサの許に帰還しているのだろう。

 

 その竜とも戦うとなると一対二なんて戦いになってしまうところだったが、そうならずに済んだ。

 

 

「そっかぁ。それならいいね。じゃあ早速フィールドに出てデュエルしようよ!」

 

「おっけー!」

 

 

 ヴェルサは立ち上がり、ユウキの隣に並ぶ。スリーピング・ナイツの皆はそれぞれ呆れたような、焦っているような、戸惑っているような表情を浮かべて二人を見ている。その色とりどりの表情をしている仲間達に、ユウキは呼びかける。

 

 

「皆はどうする? ボク達はこれからリューストリア大草原でデュエルしにいくけど」

 

 

 ジュンがどこか面倒くさそうな表情をして立ち上がる。

 

 

「勿論見に行きますよ。その後はクルドシージ砂漠に飛んでユウキもレベリングに参加でいい?」

 

「いいよ。今日は皆のレベリングに付き合うつもりだったしね!」

 

 

 そう言うと、皆は立ち上がった。結局全員で来てくれるようだ。カイム一人だけが置いてけぼりにされてしまっているが、少なくとも夕方までかかるような用事でもない。夕飯の時に一旦ログアウトして機械に戻り、謝ればいい。その後もう一度二人でログインすれば、それでいいのだ。

 

 

「それじゃあ皆、リューストリア大草原へ行くよ!」

 

 

 かなり早く決まったデュエル。その内容が如何なるものとなるのか、《白の竜剣士ヴェルサ》がどれ程の強さを持ったプレイヤーなのか。すべてが楽しみで仕方がなく、デュエルの地となるリューストリア大草原へ向かう足取りはとても軽かった。

 

 

 

          □□□

 

 

 

 リューストリア大草原《センタリア大丘陵》。

 

 リューストリア大草原に降り立ってすぐ着くその場所は、青々とした草木がところどころに生い茂る美しい草原だ。生息するモンスター達の絶対数が少なく設定されているらしく、戦えばすぐに狩り尽くしてしまえる。モンスター達を狩り尽くせば長時間は平穏な草原となるそこは、ピクニックなどに最適な場所だった。

 

 そんな平凡な草原に今、沢山のプレイヤー達が集結して騒いでいる。

 

 

「ヴェルサちゃーん、デュエルするんだってー!?」

 

「頑張ってヴェルサちゃーん!」

 

「ヴェルサちゃんと戦うっていうあの娘も、かなり可愛い娘じゃないか」

 

「あぁ、二人揃っていい線行ってる美少女ちゃんだな」

 

 

 耳を澄まさなくても沢山のプレイヤー達の声が聞こえてくる。男性の方が多いけれども、女性プレイヤーも少なからず存在して、声援を送ってきているのがわかる。そんな周りの人達を見て、ユウキは苦笑いした。

 

 

「あはは、まさかこんなに沢山の人が集まっちゃうなんて」

 

 

 ユウキ達が大宿屋を出たばかりの時は、本当にユウキ達しかリューストリア大草原へ向かおうとする者はいなかった。しかし大宿屋前の広場に差し掛かったところ、《SA:O》のアイドルであるヴェルサを見つけたプレイヤー達が一斉に集まってきて、ヴェルサに声掛けしてきた。プレイヤー達はヴェルサのファンだったのだ。

 

 そうとはその時気付かなかったユウキが、ヴェルサとこれからデュエルする事を告げると、プレイヤー達は揃いに揃って見物に行くと言い出して、ユウキ達に付いてくるようになった。そんなやり取りは転移門広場まで行くまでに二十回ほど繰り返され、転移門からリューストリア大草原へ降り立った時には、ヴェルサのファンの数は二百人近くにまで膨れ上がった大所帯になった。

 

 そしてそのファン達は今、ユウキとヴェルサからかなり距離を取ったところで、二人を囲むようにして見て、声援を送ってきているのだった。

 

 こんなに沢山の人々が集まるのならば、SAOの時にキリトとヒースクリフが戦った時に使われた闘技場(コロセウム)のような場所があればよかったが、今のところ《SA:O》にはそれらしきのところはない。

 

 だが、流石にかなりの戦闘が行われるであろう事はわかっているらしく、プレイヤー達は十分に距離を取ってくれている。乱戦になっても、彼らが巻き込まれる事はないだろう。

 

 

 ユウキはヴェルサを見つめた。これだけのプレイヤーが集まる中でのデュエルだから、ヴェルサもかなり緊張しているのではないかと思った。もしかしたらヴェルサは緊張してしまって、本来の強さを発揮できないのではないか――そう思っていた。

 

 しかし、当のヴェルサは落ち着き払っているようで、戸惑ったり慌てたりする様子もない。ただじっとユウキの事を見ているだけだった。顔は相変わらず隠れているせいで見えないが、帽子とマフラー状の垂から僅かに見えている目で見つめている。緊張の色は見られない。

 

 流石《SA:O》のアイドルだ、沢山の人々に囲まれたり、注目されたりするのは慣れきっているのだろう。思っていた事は既に杞憂に終わっている。

 

 

「さてとヴェルサ、始めちゃうけれど、いいよね」

 

 

 ヴェルサは顔を上げて、頷いた。目に快い笑みが浮かんでいる。

 

 

「いーよ。あたしはいつでも始められる。ユウキは?」

 

「ボクも準備はばっちり。それじゃ、始めるね」

 

 

 ヴェルサの了解を得たユウキはウインドウを開いて操作した。そのままデュエルモードを作るウインドウを操作して、送信する。モードオプションには選択肢が三つ存在しており、それぞれ《初撃決着モード》、《半減決着モード》、《全損決着モード》とあったが、ユウキは迷わず《全損決着モード》を選択してヴェルサに送信していた。

 

 SAOの時はHPがゼロになれば本当の死に繋がっていたため、《全損決着モード》は絶対に使われる事はなかったけれど、ALOや《SA:O》はそんなゲームじゃないから、気にせず《全損決着モード》にしてもいい。

 

 SAOに似た世界であるのが《SA:O》であるが、細部は何もかもが違っている。だからSAOの時には出来なかったような事も出来るのだ。

 

 そんな事を軽く考えていると、デュエルウインドウが消滅し、カウントダウンが開始されていた。いよいよ戦いが始まる――ユウキは左の腰に掛けている鞘から剣を引き抜いた。

 

 しゃりーんという鋭い音と共に抜かれたのは黒曜石のような黒い輝きを持つ刀身の、細めの片手両刃直剣だ。リズベットとレインに作ってもらったプレイヤーメイドの片手剣で、レジェンダリーウェポンなどといったレアものほどの威力はない。しかし店売りのものよりも強く、扱いやすさにも長けているから、ずっと使っているつもりだ。今回もこの剣に活躍してもらう事になるだろう。

 

 対するヴェルサも、背中にかけている鞘から二本の剣を引き抜いて構えていた。キリトの持っている剣、自分の持っている剣とは異なるデザインの片手両刃直剣だ。あまり豪勢な装飾が見受けられない事から、自分の使っている剣と同じくらいのステータスしかないのだろう。そんな剣を両手に構えている。キリトのように二本とも別々のものではなく、一対になるようにしているらしい。

 

 

 片手直剣一本と二刀流。戦闘スタイルは全く異なるが、一刀流が二刀流に劣るなどという事は一切ない。キリト、レインという二刀流使いを見てきているが、ヴェルサはどうなのか。

 

 

 大きく息を吸って吐き出したところで、カウントダウンがゼロになった。【DUEL】という文字が光って弾けたのを見計らって、ユウキは地面を思い切り蹴り上げて飛び出した。

 

 SAO、ALOの時に見たシノンの放つ矢になったように、一気にヴェルサに突進する。そのまま突きを放とうとするが、ユウキはヴェルサの動きにハッとしてブレーキ、ヴェルサの側面へ回り込んだ。

 

 それとほぼ同時に、ヴェルサが目の前を水平に薙ぎ払う。ヴェルサはユウキの突進を見越してカウンターを仕掛けていたのだ。

 

 ヴェルサの刃はユウキの丁度喉元、現実ならば頸動脈付近にわずかに達さずに空を切り裂いていた。もう少しブレーキが遅かったらものの見事に喉元を斬られていたところだった。

 

 喉元を斬られようものならば、激甚なダメージを受けてしまうのがこの《SA:O》でのルールだ。喉元だけじゃなく、額や心臓のある位置などを狙っても、大ダメージが入るようになっている。

 

 だからこそ、デュエル時にはこういった急所をいかに攻撃されないかを思って戦う必要があるのだが、そんなに気を張る必要はなかった。そういう設定にされていても、相手の他人の喉元を切り裂くなどといった、人間の元来の急所を狙う事に抵抗を抱かないプレイヤーはいない。

 

 仮想現実であろうとも、そんな相手を積極的に殺すかのような動きは出来ないのだ。そんな事もあってデュエルの時も、急所を狙って攻撃してくるプレイヤーは居なかった。

 

 ――だが、ヴェルサは明らかに急所を狙って攻撃してきていた。いや、もしかしたら偶然ヴェルサの初撃がユウキの急所を掠めただけだったかもしれないが。

 

 脳裏に様々な事を思いながら、ユウキはヴェルサの側面から上段斬りを仕掛ける。ソードスキルは使わないつもりだ。ソードスキルは確かに強力だが、使用後には隙が出来てしまう。レイド戦ならば仲間とスイッチして隙を打ち消す事も出来るけれど、今は完全なソロ状態で、しかもデュエル中だ。ソードスキルを使うのは、相手に決定的な隙を与えるだけにしかならない。自分の持ちうる剣術だけで、ヴェルサと戦うのだ。

 

 そのヴェルサに剣が振り下ろされたその時、がきんっという鋭い金属音が鳴り、視界が一瞬赤橙色に染まった。ヴェルサが姿勢を変えないまま右手の剣を突き出し、ユウキの剣を弾いていた。

 

 自分の剣は仲間達曰く、目では全く追う事が出来ない速度を叩き出しているという話だった。それは自分でも理解している事で、キリト達の中で最も攻撃速度が速いのは自分であると自負していた。

 

 その剣がパリングされたというのには驚いてしまったが、すぐさまユウキをヴェルサの左手の剣の横なぎが襲う。ユウキは即座に反応してバックステップし、ヴェルサの攻撃を空振りで終わらせた。おおっという歓声が周りのプレイヤー達の間で起こり、空へ響いていく。

 

「……!」

 

 ユウキはごくりと唾を呑み込んだ。ヴェルサは《絶剣》と呼ばれる自分の剣が見えているのかもしれない。竜を操っているだけが取り柄じゃなく、竜がいない時でも十分すぎるくらいの戦闘力を発揮できる実力がもとより備わっている。《白の竜剣士ヴェルサ》という知名度に、偽りはないのだ。改めてその事がわかり、ユウキは胸に高鳴るものを感じた。

 

 次の瞬間にヴェルサが地面を蹴り、ユウキに接敵。そのまま勢いを乗せて両手の剣を振り降ろしてきたが、ユウキは側面に回避して横薙ぎを仕掛けた。手応えがあった。ユウキの剣の切っ先がヴェルサの方付近をわずかに切り裂いていた。初撃は取れた。

 

 

 ALOでデュエルをやりまくっていた時、自分は沢山のプレイヤーに勝った。多くのプレイヤーは初撃を与える事も出来ずに、ユウキの剣捌きに翻弄され、圧倒されていく一方だった。

 

 

 だがある時現れた、後に闇の皇帝と呼ばれるようになったサトライザーというプレイヤーはそうではなかった。あのサトライザーという男は意外にもナイフのような短剣を使うプレイヤーだったが、ほとんど格闘術だけで戦うという異様な戦闘スタイルをしていた。

 

 しかし驚くべきはその戦闘能力のけた違いさで、数々の猛者プレイヤーを薙ぎ倒してきたユウキも、サトライザーには初撃を決める事すらできず、一方的にたたき伏せられて終わった。

 

 もしかしたらヴェルサはサトライザーのように、初撃を決める事さえ出来ないくらいに強いプレイヤーなのではないかと思っていた。だが、そうじゃなかった。ヴェルサは初撃を決める事くらいは出来る。ここからの戦いはどうなるかわからないが、自分が勝てない相手ではないはずだ。

 

 ユウキの刃を受けてHPを減らしたヴェルサは一瞬、舌打ちのような声を出して一気にバックステップした。予想通りの動きだった。ユウキは距離を取るヴェルサを追いかけてジャンプし、一気に距離を詰める。

 

 再度振り下ろし――を仕掛けるように一瞬だけ見せかけるフェイントをかけてから、突きを放った。

 

 

 その次の瞬間に、ユウキの剣が鋭い金属音と共に止まった。ユウキも突きを放った姿勢のまま硬直する。

 

 

 何事かと驚いて剣を見てみると、再度そこで驚かされた。ヴェルサはユウキのやや側面付近に陣取り、二本の剣を挟みように使ってユウキの剣を挟み込んで止めていたのだ。キリトでもレインでも見せなかった防御方法に、思わずはっと驚いていたその時。

 

 

「キリトの……仲間……あのキリトの仲間……の……ギルド……」

 

 

 小さな声が耳元に届いてきた。それは紛れもなくヴェルサの声だった。二本の剣でユウキの剣を器用に受け止めながら、何かを呟いている。

 

 

「え?」

 

 

 思わず聞き返したその時にヴェルサは一際大きな声を出した。

 

 

「あのキリトの……仲間ッ!!」

 

 

 そう言うなり、ヴェルサは一気に両手の剣を持ち上げた。挟み込まれていたユウキの剣まで持ち上げられ、柄を握っていたユウキの身体まで持ち上げられる。そんな動きをするとは予想できていなかったユウキが驚いたその直後に、腹部に強い衝撃が加わった。ヴェルサの蹴りが深々と腹に突き刺さっていた。

 

 ユウキは軽い悲鳴を上げそうになったが、なんとか堪える。しかし衝撃まで打ち消す事は出来ず、後方に向けて吹っ飛ばされた。自前の身軽さを生かして空中で受け身を取り、目の前に向き直ったそこで、ユウキは絶句する。

 

 ヴェルサは一気にこちらに向かってきていた。だが、あまりに勢いのある動きをしたせいなのか、ヴェルサの被る帽子から延びる垂がヴェルサの口元から外れていた。

 

 その解けたマフラーの内側に隠されていた、ヴェルサの素顔。それは一般的に見ても美少女のものだったが――そこには笑みが浮かんでいた。

 

 

 異様なまでに口角が上がっている、笑みだった。

 

 


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