そんなアイングラウンド編第1章第11話をどうぞ!
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突然街の中から聞こえてきた《黒の竜剣士》という言葉。かつてSAOの中でキリトが手にしていた別名。
その根源を見つけ出してみれば、そこにいたのは店売りを鼻で笑えるほどのレア度と性能を持った両手剣を背負った、ノースリーブの黒い戦闘服に身を包んだ、血のように赤い髪の毛を単発のオールバックにしている長身の男。
キリトと同じ《ビーストテイマー》であり、所謂《ドラゴンテイマー》であり、自分の《使い魔》を傷付けることに何の
「こいつは……!」
思わず呟いた直後に、男は周りのプレイヤー達を見ながら、如何にも面倒くさそうな雰囲気で言った。キリトとアルゴの存在には気付いていないようだった。
「ハァ。いちいち話すのも面倒くせぇな。モンスター一匹ろくに倒せねぇ奴の考えた言い訳なんか聞きたくねえんだよ。要するにお前にはセンスってのがねぇんだよセンスってのが。ゲームから引退しちまえ」
「な、なんだとこいつ! そんな強い《使い魔》を初っ端から使いやがって!」
「オレのは他のゲームからコンバートして来ただけだ。ちゃんとやってりゃ手に入るんだよ、こういうのは。そんなものさえ持ってないなんてよ、他のゲームを怠ってる証拠だな、おい」
「ぐっ……」
当然の怒りを飛ばしてきた男性プレイヤーへ対する男からの嘲笑に、その男性プレイヤーは更に怒りを募らせる。その様子はあの時の自分とこの男のやりとりの再現のようだ。
自分の強さに絶対の自信を持っているのか、あるいはほかのプレイヤー達をどこまでも見下しているのか。いずれにしても
「あいつ……相変わらずあんな事を言ってるのか」
「キー坊、あいつの事を知ってるのカ?」
キリトは人だかりから少し離れ、アルゴにあの時の事を話した。それが終わった頃には、アルゴは苦虫を噛んだような顔をして、人だかりの方に向き直った。
「なるほど。お前もあいつに襲われたクチだったのカ」
「あいつ、《黒の竜剣士》って呼ばれてたみたいだけど、どういう事なんだ」
「あいつの名はジェネシス。見た目も中身も、使ってる《使い魔》も《黒》だから、そう呼ばれてるみたいだナ」
ジェネシス。神話や聖書などで創生を意味する単語として登場する言葉が、彼の者の名前であるというのには、キリトもどこか呆れたような気分になる。
「SAO
「もうそんなふうに呼ばれてるって事は、随分と有名みたいだな、あいつは」
「有名って言っても、あまり褒められたものじゃないけれどナ。MMORPGとしての、当然のマナーも守らず、強引に目立つようなプレイを繰り返してるのがジェネシスなんダ。人のモンスターを横取り、空爆し、相手を蔑むなんて言うのは一度や二度じゃなイ」
このゲーム以前のMMORPGでも、人をからかう事に快感を覚えるプレイヤーは存在し、それによる横取り行為や挑発行為は度々見られた。だが、それは大抵初心者プレイヤーを相手にした悪戯みたいなものであり、経験を積んだプレイヤーを相手にしている場合はほとんどなかった。
「俺達を狙って来たって事は、あいつはトッププレイヤー相手でもそんな事をやってるってわけか」
「そういう事ダ。あいつの強さは並みじゃなくて、そこら辺のプレイヤーで勝てるような奴じゃないんダ。
それにあいつはよく考える奴だヨ。《ザ・シード》規格のゲームで《ビーストテイマー》になっておけば、他のゲームに《使い魔》をコンバート出来る事を知った上で、強い《使い魔》を最初から手に入れてるんダ。《使い魔》の名前は《アヌビス・ザ・ハデスドレイク》……一応リランと同種族だナ」
確かにジェネシスの使っている《使い魔》はドラゴンであり、ジェネシスは所謂《ドラゴンテイマー》だ。しかもそのドラゴンは、リランと同じ《狼竜種》というレアもの、強くないプレイヤーが手に入れられるような代物ではない。
それをあんなふうに使いこなしているのだから、ここに来る以前のゲームでもかなりのプレイヤースキルを持っていたのだろう。ジェネシスはそれだけ実力を持っているからこそ、《黒の竜剣士》の名を手にしているのだ。
だが、ジェネシスの強さの中には装備品も含まれているはずであり、その装備品の正体は、《ビーストテイマー》ならば手に入れてはならない代物であるはずのものだ。
「そんなに強いのか、あいつは。けれど、あいつは……あいつは自分の《使い魔》に……」
「それが一番おかしな話ダ。ジェネシスの使っている武器は、あいつの《使い魔》の尻尾だったものなんだヨ。その装備品による火力も、あいつの強さを後押ししてル」
「けど、もしあいつが自分の《使い魔》に手を出していたなら、あいつはとっくにブルーカーソルになってるはずだろ。なのに、なんであいつはそうなってないんだ」
「オレッちもそれを調査中だが、中々答えが見つからなくて困ってるヨ。本人に
アルゴにはキリトも同意見だ。いくら自分達と同じプレイヤーであり、尚且つ自分と同じ《ビーストテイマー》であろうとも、あそこまで他のプレイヤー達を嘲笑し、得物を横取りし、尚且つ《使い魔》に手を下しているような
「なぁ、こんな奴の事は放っておいて、あの娘のところに行こうぜ。今頃クエストから帰って来てる頃だろうしさ」
「マジか!? あの《
「あぁ! こんなものを見ちまった口直しに、行こうぜ!」
ジェネシスを取り囲んでいた男性プレイヤー達の数人は、口々に言うなり、ジェネシスの元から別方向へと歩いていく。そのプレイヤー達の話の内容を、キリトもアルゴも聞き逃してはいなかった。
《黒の竜剣士》というのは、黒い装束を纏い、剣を背負い、尚且つ竜を操っている《ビーストテイマー》に付けられる通称だ。その条件を満たしていたために、キリトはSAOでそう呼ばれていたが、今のプレイヤー達はそれの真逆とも言える、《
気になったキリトはアルゴに話しかけた。
「おいアルゴ。今《白の竜剣士》って言われなかったか」
「言ってたナ。今回はそれまで出てくるカ」
「《白の竜剣士》……聞いた事もないぞ、そんなのは」
「当たり前ダ。《白の竜剣士》は《SA:O》で初めて誕生したものだからナ。見に行ってみるカ」
「あぁ」
未だに周囲のプレイヤーを嘲笑、挑発し続けるジェネシスを横目にしながら、キリトはアルゴと共に男性プレイヤー数人を追跡を開始した。相変わらず賑わっている《はじまりの街》、商店街エリアを抜けた先にあったのは転移門広場。その中央付近に、ジェネシスの時と同様の人だかりが出来ているのが認められた。よく見てみれば、先程の男性プレイヤーの数人の後姿もある。
「また人だかりがあるな。あそこに《白の竜剣士》が居るのか」
「そうみたいだゾ。聞いて見ろよ、ジェネシスの時とは全然違う声が聞こえて来ル」
アルゴに言われるままに耳を澄ましてみれば、周囲の喧騒に混ざって人だかりの方からの声が聞こえてくる。
「今日はありがとうな、ヴェルサちゃん! ヴェルサちゃんのおかげで、すごく助かったよ!」
「本当にヴェルサちゃんは頼りになるなぁ。また俺達に手を貸してくれよ!」
内容は全て喜びや楽しみのそれであり、雰囲気もジェネシスのような刺々しい感じではない。まるでALOのスヴァルトアールヴヘイムを攻略していた頃に出くわした、セブンのクラスタやファン達が織り成す騒ぎのようだ。
そして誰もが、《ヴェルサ》という聞き慣れない名前を口にしている。この《ヴェルサ》というのが、《白の竜剣士》の名前なのだろうか。気になったキリトはゆっくりと人だかりに近付きつつも入らず、プレイヤー達の間を縫うようにして中央付近に目を向ける。
その時だ、その中央付近から聞き慣れない少女の声がしてきた。
「こんなのはあたしにかかれば朝飯前! だからあたし、もっと皆に協力しちゃうよ!」
少女の声色による言葉に喜ぶように、周りの男性プレイヤー達は歓声を上げる。その直後に、キリトはこの人だかりを作っている根源である、《白の竜剣士》の容姿を認める事が出来た。
純白を基調とした、身体の側面を露出したコート状の軽装に身を包み、デフォルメされたデザインの猫の帽子を被っていて、そこから延びている非常に長い
その少女の事を、周りのプレイヤー達は「《白の竜剣士》ちゃん」、「ヴェルサちゃん」と呼んでいた。
「《白の竜剣士》、ヴェルサ……?」
思わず呟いたその時に、周りの男性プレイヤー達が動き、キリトの視界を塞いだ。更に他の男性プレイヤー達は横方向へ動き、キリトを押し出さんとしてくる。悪意は全くないという事はわかっていたが、もっと見たい物を隠されたキリトは喉から不満げな声を出して、一旦人だかりから下がった。
同刻、離れて見ていたアルゴが傍に寄ってくる。
「すごい集まり方だ。セブンのクラスタみたいだよ」
「そうだロ。お前と真逆の色の《白の竜剣士》は、この世界のアイドルみたいなものダ。やってくればたちまちこんな事になるんだヨ」
アルゴによると、周りの人だかりが言っているように、あの娘こそが《白の竜剣士》の異名を持っている、ヴェルサというプレイヤーであるという。
ヴェルサは《SA:O》のクローズドベータテスト開始時から来ているとされ、その時よりキリトと同じように《二刀流》を使って戦っているそうだが、その戦闘力は目を見張るものがある。
それに加えて、ヴェルサはとあるドラゴンを《使い魔》としている《ビーストテイマー》であり、そのドラゴンもとても強い《使い魔》であるという、キリトとジェネシスとの共通点を持っている。
だが、ヴェルサの場合はそれだけじゃない。ヴェルサはジェネシスのように他のプレイヤー達の妨害をするような事はなく、寧ろ苦戦しているプレイヤー達の元へ率先して現れては、ドラゴンと
更に、ヴェルサは帽子で顔を隠しているけれども、その素顔はとても可憐であり、プレイヤー達への振る舞いも今のように明るく、元気で、優しげなものという、アイドルでさえも兼ね揃えていないものを持っている。
これら全ての点から、男性プレイヤー達は瞬く間にヴェルサをアイドルのように慕うようになり、白い衣装を纏い、白さを感じさせる行いをしてくれるという事で、ヴェルサを《白の竜剣士》と呼ぶようになったというのだ。
ジェネシスの一件もあってか、そう言ったプレイヤーは男性なのではないかと、キリトは勝手に想像していたものだから、あのような少女が《白の竜剣士》という異名を獲得しているというのは素直に驚きだった。
「そんな娘がいるなんて、全然わからなかったな」
「どうだキー坊。ヴェルサを試しにエリアボス戦へ連れて行ってみないカ。乗ってくれるはずだゾ」
是非ともパーティに引き込み、その実力を、そして《使い魔》を見せてもらいたいという気持ちはキリトには既にあった。
だが、あれだけのプレイヤー達に囲まれているのだから、誘うのは簡単じゃなさそうだし、もしヴェルサが誘いに乗ってくれたならば、その時点で他のプレイヤー達から因縁を付けられ、ジェネシス同様の扱いを受ける事になっても不思議ではない。
そんなものはお断りだ――そう思ったキリトは首を横に振る。
「いや、彼女を誘うのはやめておこう。あんなに沢山のプレイヤー達に囲まれてるんだから、誘いに乗ってくれたらどうなるか……」
「まず、周りのプレイヤー達から白い目で見られるだろうナ。その判断は賢明だと思うゾ」
「俺達は俺達でプレミアのクエストも進める。そのために力を貸してくれ、アルゴ」
「いいゾ。今回は一緒に戦ってやル。後で他のプレイヤー達にエリアボスの情報を高値で売ってやらなきゃだナ」
如何にもSAOの時のような事を言っているアルゴに苦笑いしながら、キリトは振り返り、商店街エリアへと歩き出した。
セブンの時はかなり離れないといつまでも喧騒が聞こえて来るくらいだったが、ヴェルサを取り囲むそれはそんなに多くなかったようで、ある程度離れれば何も聞こえなくなった。
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随分前にやってきた場所。今となっては存在しなかったはずの街。
その中心とも言える転移門広場に、《彼女》は居た。だが、そこは黒鉄宮という名の大きな建物の、すぐ傍にある大きな柱の影。隠れるようにして、《彼女》は転移門広場を
《彼女》はずっとこの柱の陰に隠れて、転移門広場の様子を見ていた。何も言わず、ただただある者が現れるのを待っていたのだ。柱の陰に隠れて、こそこそと広場を見ている。明らかに怪しげな様子だから、何事かと目を向けるプレイヤーは居たが、誰も深刻に気にしたりはしていないようで、見ては視線を逸らし、それぞれの場所へ向かっていくだけだ。
怪しまれながら、ずっと待ち続けていたその時、《彼女》の探す者――《彼》は姿を現した。《彼》はそのまま中央付近まで歩いて、《彼女》のすぐ近くにまでやってきた。
《彼》が目的の者だ。だが、《彼》に見つかってはならない。最初からそう思ってここに隠れていた《彼女》はどきっとして、更に柱の影の方へと動いた。
《彼》の反応速度と隠れた者を見つけ出す力は高い。もしかしたら《彼》に見つかってしまうのではないのか。じゃあ見つかったらどうしよう。考えているうちに身体の震えが収まらなくなり、《彼女》は柱の陰で
どうか見つけないで。見つからないで終わって。見つけないで、この場を去って。胸の中で何度も何度も願い、《彼女》は震え続けた。
それを始めて何分くらい経った頃だろうか、《彼》の特有の気配というか、それが感じられなくなった。あれと思って身体を起こし、再度中央広場に目をやった時、《彼》はこちらに背を向け、この場を去っていこうとしていた。こちらには気付いていないようで、商店街へと続く街路へ消えていく。
それがわかった時、《彼女》は柱に背中を付け、そのままゆっくりと腰を落として、座り込んだ。そのまま大きな溜息を吐き、安堵する。
最悪の出来事は起きていなかった。自分の予想は外れていた。
《彼》は、
それを心の中にしっかりと落とした《彼女》は、静かに笑んだ。
《黒の竜剣士》ジェネシスと《白の竜剣士》ヴェルサ。
《白の竜剣士》ヴェルサの実力や実態、そして《彼女》とは。
乞うご期待。
――くだらない事――
イメージCV
ヴェルサ → 喜多村英梨さん