キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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04:君の名は《幕開け》

 

「ほら、着いたぜ。お疲れ様」

 

 

 キリト達の現在の居場所は《はじまりの街》の転移門広場となっていた。

 

 つい先程仲間達と別れた後、キリトはシノンとリランを合わせた三人でリューストリア大草原へと向かったが、その時には居なかった者の姿が今ここにある。

 

 紺色がかった黒色の髪を切りそろえたショートヘアにして、泣き黒子のあり、身体を水色のゆったりとした服装で包み込んだ小柄な女の子。

 

 明らかに設定ミスとしか思えないようなステータスが設定されているモンスターから逃げ切った後に辿り着いた湖畔で、木陰から視線を向けて来ていた少女こそが、今キリトの傍に居る四人目のパーティメンバーその人であった。

 

 

「……」

 

 

 街に辿り着くなり、少女は立ち止まって周辺を見回すのを繰り返している。頭上にはプレイヤーではなく、NPCである事を証明する黄色いカーソルが出現していて、更にその上には黄色い《!》マークが姿を見せている。街中やフィールドに姿を現し、遭遇したプレイヤーにクエストを与えるNPCが持つモノだ。

 

 そのようなものを頭上に浮かべつつも、何も言い出さずに周辺を見ている少女の様子を見て、シノンが声をかける。

 

 

「ひとまず街まで戻って来れたけれども、これでよかったの」

 

「あの時頭の上にクエストマークが出ていたから、これでよかったのだろう。どうだお前、ここが目的地だったのだろう」

 

 

 狼竜の形態から人狼の形態へ戻っているリランも声かけするが、少女は答える気を見せようとしない。

 

 ここに来るまでに、いくつかの手順をキリト達は踏んだ。まず、少女はキリト達に遭遇して早々、「途中で人とはぐれて道に迷ってしまったから、街に連れて行ってほしい」とキリト達に頼み込み、頭上にクエスト発生を知らせる《!》マークを出現させた。

 

 唐突な事であったから驚きを隠せなかったけれども、キリト達はひとまずそのクエストを承諾。戦う力を持たなかった少女を三人でモンスターから守りつつ――と言っても大半は狼竜リランが蹴散らしたのだが――来た道を戻った。

 

 その中で、一目散で逃げる事となった初心者殺しの魔獣のイベントがもう一度起こるのではないかとひやひやしたが、意外にもそれは発生せず、比較的すんなりと少女を街へ連れて行く事が出来たのだった。

 

 だが、その最中でキリトは少女の奇妙な点に気が付いている。あの時木陰から出てきたこの少女だが、《HPバー》が存在しているけれども、その上にあるべき《名前》が存在していなかったのだ。

 

 

 このゲームに登場してくるNPCには全て《HPバー》が存在していて、ありふれたものも多いけれど、しっかりとした名前が付けられている。この少女もそんなNPCの中の一人のはずなのだが、他の者達と同じように持っているのは《HPバー》だけで、やはり名前は持っていない。

 

 現時点で確認しても、少女の頭の上に表示されているのは《HPバー》と黄色いカーソルだけで、名前と思わしき単語は見受けられなかった。

 

 それを見たキリトが咄嗟に思い出したのがリランのイベントだ。リランと初めて出会い、《ビーストテイマー》と《使い魔》の関係を結んだその時に、キリトはリランという名前を与えた。

 

 もしかしたらこの少女も、リランの時、もしくはその他の《使い魔》取得イベントのような形式になっているものなのかもしれないし、後々名前が付けられる形式なのかもしれない。いずれにしても何らかのイベントが絡んでいる事は確かだろう。思いながらキリトがもう一度少女に声をかけようとしたその時、商店街エリアへ続く道の方から声が聞こえてきた。

 

 

「あっ、キリト君、シノのん!」

 

「おねえさん!」

 

 

 四人全員で目を向けてみれば、こちらに向かって来る人影が複数。どれも女の子ので、キリトやシノンと認識のある――というよりも、別れて行動していた仲間達の内の女子の一行がその正体だった。

 

 少女達は周りのプレイヤー達の群れを縫うようにしてこちらにやってきて、そのうち先頭に近しい立場にあったアスナが声をかけてくる。

 

 

「キリト君達、フィールドに行ってたの」

 

「あぁ、やっぱりフィールドを見ておこうと思ったんだ。アスナ達は街で買い物か」

 

「うん。色々あった《はじまりの街》だけど、やっぱり懐かしいところだから、皆で廻ってたんだよ。出来ればキリト君達も一緒したかったんだけど、その時には行っちゃってたから」

 

 

 そう言うアスナの周りにいるのはキリト、シノン、リランの友人達であり、苦難を乗り切ってきた女の子達だ。《SAO》で出会い、共に力を合わせて戦った頼れる仲間でもある少女達が集まっている光景は《SAO》では勿論、《ALO》でも現実世界でも見る事が出来、それ自体が平和の象徴のようなものと言える。

 

 だが、今の少女達の中には現実世界では集まれないユイ、ストレア、ユピテルの姿もあり、大多数の顔に買うものが買えたかのように満足げな表情が浮かんでいた。

 

 

「フィールドも環境設定と気象設定が良かったみたいで、探索しやすかったよ。……すごい化け物を相手にする事になったけれどな」

 

「そんなのが出て来たの。けれど、おにいちゃんにはリランが居るから、倒せたんでしょ?」

 

 

 アスナの右に並ぶリーファが言うが、即座にキリトの《使い魔》となる少女が呆れたような顔をし、そのまま首を横に振って見せた。

 

 

「我でも勝てるような相手ではなかった。やはりクローズドベータテストだ、色々なところが調整不足のようになっておる」

 

「リランでも勝てそうにない相手が出てくるなんて、何だかすごい事になってるね……」

 

 

 苦笑いするフィリアからの言葉にはキリトも頷くしかない。

 

 《SAO》の時といい《ALO》の時といい、実際にリランの力を解放させればどんなモンスターでも退ける事が出来たし、それで乗り越えられた苦難だっていくつもある。

 

 だが、あのレベル九十六の魔獣を倒せと言われたら無理だとしか言いようがないし、そもそもそのようなものがあの場所にいる事自体間違っている気がしてならない。

 

 ベータテストの初日とはいえ、調整不足が目立っているというリランの主張が間違っていない事を改めて思い知ると、キリトは服の裾を引っ張られる感覚を抱いた。

 

 後方に振り向いてみれば、魔獣から逃げ切った場所で出会った見知らぬ少女がキリトのコートをちょいちょいと引っ張っているのがわかった。

 

 

「ん、どうしたんだ、君」

 

「ここまで帰らせてくれたお礼に、これを」

 

 

 少女が両手を差し出した次の瞬間、キリトの目の前に一枚のウインドウが出現する。クエストを無事にクリアし、報酬を受け取ったという報告。《SAO》、《ALO》の時にも見てきたその中身をチェックしたそこで、キリトは思わず目を点にする。

 

 

「え。報酬は……一コル?」

 

 

 自分で思ったよりも大きな声だったのだろう、周りの皆が一斉に反応を示し、キリトの傍に寄って来て、「何々」とそれぞれ別なタイミングで声を発してきた。その中で一人、リズベットがキリトの目の前のウインドウを横から覗き見ようとする。

 

 

「キリト、あんたクエストやってたの」

 

「あぁ、そのはずなんだけど……ちょっとこれを見てくれ」

 

 

 そう言ってウインドウを操作し、周りの皆にも見えるようにすると、少女達は次々と反応を示した。どれも驚いたり、戸惑ったり、首を傾げたりするようなもの、まさしくウインドウの中身を初めて見た時のキリトの反応そのものだった。

 

 

「えっ、報酬はたったの一コルですか?」

 

「何これ。《SAO》でも《ALO》でも、こんなクエストはなかったよ」

 

「なんか、すごく割に合わないよ。なんていうか、普通じゃない」

 

 

 シリカ、ユウキ、カイムの順でコメントを聞き、キリトは顎もとに手を添える。

 

 恐らく自分達が受けたのはこのNPCの少女を目的地まで護衛するクエストだ。護衛対象をモンスターから護り、目的地に到達するという形式のクエストは比較的一般的なものであり、《SAO》、《ALO》にも存在していた。

 

 だが、これらのクエストは、護衛対象が《HPバー》や装備が弱いなどといった弱点を抱えている事も多い事から、その他のクエストと比べると難易度が高く、そう簡単にクリア出来る代物でもない。

 

 そういう事もあってか、NPCを護衛するクエストをクリアした際の報酬は、店売りより強めの装備品や特殊なアイテム、多額の金など、仕事の割に合うものが用意されている事がほとんどであった。

 

 しかし、たった今達成したと思われるクエストはそれらと同じものであるはずなのに、もらえたのは一コル。……割に合わないどころの話ではない。

 

 

 それに、NPCであるこの少女自身も変だ。《SAO》、《ALO》では様々な種類のクエストNPCが存在しており、尚且つそのクエストの全てにベースとなる話があり、それに合わせた台詞を言うようになっていた。

 

 《SAO》のデータとサーバーを流用しているこの《SA:O》も同じような形式が採用されているはずであり、全てのクエストNPC、及びそのクエストには元になる話があるはずなのだ。

 

 ところが、この少女に至っては突然フィールドに現れ、突然視線を向けて歩いてきて、唐突にクエストを発生させてくるという、元の話も読めないような展開を広げてきた。

 

 一体この少女は何者で、このクエストは何なのか。脳の深くにアクセスするように、キリトは思考を回す。

 

 

(……待てよ?)

 

 

 よくよく考えてみれば、この少女は名前もまだわかっておらず、クエスト自体も突然始まって突然終わり、報酬に一コルを与えてくる妙な形式となっていた。

 

 だが、こういった突拍子もないクエストは、クリアする事によって続きのクエストが出てくるという、所謂続き物という形になっている事がこれまで多かった。

 

 もしかしたら、この少女のクエスト、この少女そのものが続きものクエストの中のそれなのではないだろうか。自分達がクリアしたのはその最初期のモノであり、これから次のクエストが始まっていくのではないか。

 

 

「えぇっ!? こんな事って!?」

 

 

 一人答えを導き出せたような気になっていると、耳元に声が届けられてきて、キリトはふと我に返る。いつの間にか少女の近くに歩み寄っていたユイが声を上げていたのだ。その表情はひどく驚いたものとなっていて、周りの女の子達も同じように驚いた顔をしている。

 

 

「どうした、ユイ」

 

「パパ、今このNPCのスキャニングを行ったんですけれど、正体がわかりました」

 

 

 通常、《この世界》の賑やかしもしくは重要な役割を担う事となるNPCには、町娘や商人の子供等と行った役柄や性格が必ず設定される。役割と設定を施されたNPC達はあたかもそれになり切ったかのように振る舞い、役を忠実に演じ続けるようになっている。

 

 それらNPCの内の一体である以上、この黒髪の少女にも他の者達と同様に設定と役割が施されている――はずなのだが、この少女の設定は全て無を示す《Null》が表示されている、完全な初期状態となっているというのが、ユイからの説明であった。

 

 

「設定がされていない? どういう事なの」

 

 

 シノンの問いかけにユイは首を横に振る。その後に目が異変の少女に向けられた。

 

 

「わかりません。スタッフのミスなのか、それとも不具合なのか……現状ではわたし達でも理由を掴む事は出来ません。とりあえず今言える事は、そのNPCはキャラクターとしての役割を持っていない、未設定クエストNPCであるという事だけです」

 

 

 母親と言うべき制作者の情報分析能力を遺伝しているユイの説明が終わると、聞こえてくるのは辺りにいるその他のプレイヤー達による喧騒だけとなった。

 

 フィールドで突然声をかけてきたこの少女は、自分が誰であり、何のためにあの場に居て、何のために自分が存在しているのかも掴めないままいる。

 

 まるで一人だけ別な場所に取り残されてしまった、出遅れてしまったかのような何もない少女。それは今、ただ虚ろに空を見上げているだけだが、理由も何も理解していないであろう無機質な表情は、不憫さを感じさせた。

 

 

「なぁキリト。この者には名前が無いのだろう」

 

「あぁ。名前さえも設定されてないみたいだからな。不憫な話だ」

 

 

 リランの問いに答えたそこでキリトはふと思い出す。

 

 この世界、《SA:O》の前身となった《SAO》、そこで出会う事となった一匹の狼竜。後にリランという名を手にし、自分の家族となり、今現在に至っては人狼形態までも手に入れている自分の《使い魔》も、元はと言えば名前のない狼竜だった。

 

 その時の事がフラッシュバックすると、名も無き狼竜だった頃のリランとこの少女の姿が重なって見えるようになる。

 

 

「それなら、あたし達で名前を考えてあげればいいじゃない。そうよ、そうしましょうよ!」

 

 

 突然声を張り上げたリズベットに全員で驚き、向き直る。その無茶ぶりとも捉えられる内容にシノンがきょとんとした仕草で言い返す。

 

 

「わ、私達で名前を考えるの」

 

「だって、いつまでも名無しじゃ可哀想(かわいそう)だし、何より呼び辛いじゃない。せめて名前だけでも付けてあげましょうよ」

 

 

 確かに今後この少女に巡り合わない、そのイベントに関わらないという可能性はゼロじゃないし、この()と言ってしまうと誰の事なのかわからなくなってしまう。リズベットの提案は的を得ていたというのがわかったのだろう、全員で何かを考えるような仕草をし始め、「どんな名前がいいだろう」「どうしようか」などの声が上げ始める。

 

 やがてキリトもその中の一人となって、この少女に相応しい名前を思考し始めたが、その中でもう一度、リランと初めて出会った時の事をフラッシュバックさせた。

 

 

 アインクラッド三十五層、迷いの森の中で出会った時、当初名も無き狼竜であったリランは記憶を失い、自分が何であったかなどの全てを忘れてしまっていた。

 

 まるで不具合を起こしてしまったがために強制終了し、その後再起動したような人格の持ち主であったからこそ、名前を付ける事を迫られたキリトは再起動を意味するIT用語、リランの名前を付けた。

 

 この少女も見た感じ当時のリランに似ている。その時と同様に再起動や再始動などを意味する単語の名前を与えるべきだろうか。

 

 再起動や再始動と言ったら、リブート、リスタートといった言葉が出てくるが、この少女に付けるべき名前かと言われたらそうでもないものばかりだ。

 

 これはどうしたものか、どうするべきか――久しぶりに頭をフル回転させて思考したその時、周りの皆と同様に思考を巡らせていたであろうアスナが思い付いたように声を出した。

 

 

「ねぇ、プレミアちゃんなんてどうかな」

 

 

 全員の注目が集まると、すぐ隣にいるユピテルが母であるアスナへ首を傾げる。

 

 

「プレミア?」

 

「そう。プレミアには、幕開けとかそういう意味もあるの。この娘は何も持ってない、何も設定されてないから、幕開けっていう意味のプレミアってつけようと思うんだけど」

 

 

 本来は高価なもの、珍しいもの、初回生産版などの意味としてプレミアという単語が使われるが、その本来の意味は幕開け。この少女は長らく初期設定のまま放置されていたが、自分達が携わった事によって幕開けを迎えた。

 

 そんな少女に付けるべき名前にプレミアと言うのは、相応しいと言えるだろう。納得したように周りの皆が笑みを浮かべ、うんうんと頷いていく。その中の一人、リーファが強く認めたように言った。

 

 

「プレミア……いいじゃないですか、それ! プレミアちゃんで行きましょうよ!」

 

「貴方の名前はこれからプレミアになるんだけど、それでいいかな」

 

 

 フィリアが問うなり、少女は一瞬何が何だかわからないような顔をした。すかさずキリトが付け加える。

 

 

「君の事を俺達はプレミアって呼ぼうって思ってるんだ。プレミアっていうのが君の名前になるんだけれど、それでいいか」

 

「プレミア……わたしの名前は、プレミア」

 

「そうだ。気に入ってくれたか」

 

「……気に入りました」

 

 

 やはりどこか意味の分かっていないような感じではあったが、少女の頷きを見て皆で安堵した次の瞬間、その頭上に異変が起きた。《HPバー》の上、本来ならば名前が入っているべき部分に、一つの単語が姿を現したのだ。

 

 《Premire(プレミア)》。今まさにアスナが提案し、全員で決定した名前がはっきりと少女の頭上に浮かび上がっていた。クエスト開始、クエストクリアと同様に唐突な変化に皆で驚いた直後、ユイが気付いたようにキリトに声掛けした。

 

 

「パパ、この人に変化が起きました。名前がプレミアさんになりました。それにこの人の巡回ルートも、《はじまりの街》全体に変わったようです」

 

「って事は、クエストが一応進行したって事か」

 

「そういう事になります。今パパがクリアしたクエストは一コルしかもらえないようなものでしたが、これからプレミアさんのクエストを受け続ける事によって、何かに繋がる可能性も十分に考えられます」

 

 

 ユイの話を聞きつつ、キリトはプレミアに向き直る。唐突に始まって唐突に終わり、一コルを差し出してくるという意味不明なクエストを持ち出すプレミア。

 

 きっと誰もがやって後悔する、今後絶対にやろうとは考えないであろうこの少女のクエストには、プレミア自身には何かある。プレミアは間違いなく続き物クエストを抱えたNPC。

 

 辿り着ける日がいつになるのかはわからないが、当初とは比べ物にならないほどのクエストに到達する事になるかもしれない可能性を持っているだろう。

 

 プレミアやそのクエストについては深く調べるべきだろうし、観察していくべきだ。そう深々と心の中で思ったその時には、周りの少女達は和気藹々(わきあいあい)としてプレミアに接し始めていた。

 

 

 まるでクラスに新入生や転校生がやってきたような雰囲気。誰もが新しい友達を得られたような喜びに満ちた気持ちを抱いているように見える光景を眺めていると、一人そうではない者をキリトは見つける。

 

 自分共にフィールドに出て、プレミアのクエストに事実上巻き添えにされる事となったシノン。彼女は喜ぶ少女達の中に混ざり込んでいるものの、プレミアの事を懐疑的、もしくは(いぶか)しむような目で見ているだけだ。あるいは既視感を覚えているようなものに見える。

 

 キリトは静かにシノンの元へ歩み寄り、声をかけた。

 

 

「シノン、どうしたんだ」

 

「ねぇキリト、プレミアだけど……何か、見た事無い?」

 

「え?」

 

「私、どうもプレミアの事をどこかで見た事があるような気がするのよ。どこで見たのかは上手く思い出せないんだけれど、とにかく見た事がある気がして」

 

 

 これまで《SAO》、《ALO》を経てきたキリトは、実に様々なNPC達と出会って来て、そのクエストを受注してはこなしてきた。その中でプレミアのような娘は見た事がないし、そのクエストをやった記憶もない。

 

 《SA:O》は《SAO》のサーバデータをコピー、流用しているから、《SAO》の中にプレミアが居たとしても不思議ではなかったはずなのに、それに該当する記憶がないという事は、やはりプレミアはこの《SA:O》でのみ確認されたNPCであると言えるだろう。

 

 きっとシノンは、何か記憶違いを起こしているだけだ――。

 

 

(……待てよ?)

 

 

 いや、違う。見た事がある。マリンブルーと白色を基調にしてゆったりとしたデザインとなっている軽装に身を包み、紺色がかった髪の毛を切りそろえたショートヘアにしているプレミアの容姿は自体は見た事がないが、その目元には見覚えのあるものがある。

 

 プレミアの右目元には泣き黒子があり、それはこの場にいる全ての女の子達に見受けられないものだ。だが、シノンがそれに注目して既視感を覚えたわけではないと言うのは、キリトもすぐに理解できた。

 

 目だ。服とはまた違う水色となっているプレミアの瞳と、どこか無機質な雰囲気だけれども感情がしかと存在するようなその目つきは、どこかで見た覚えがある。《SA:O》ではなく、それ以前で絶対にプレミアの目つきに似た人物と遭遇し、共に時間を過ごした事もあるような気がしてならない。きっとシノンが既視感を覚えているのもこれだろう。

 

 だが、その肝心な人物を思い出す事が出来ない。どんなに頭の深くまで潜り込んでも、その人物を特定する事が出来ないので、一旦考えるのをやめて、キリトはその場で出せた結論をシノンへ出した。

 

 

「もしかして、プレミアの目つきか」

 

「えぇ。あなたもわかった?」

 

「あぁ。確かにプレミアの目つきは見た事があるかもしれない。けれど、どこでだっけ。見ている事だけは確かのはずなんだけれど……」

 

「そう、なんだか思い出せないのよ。何かあれば思い出せそうな気がするんだけれど……」

 

 

 歯痒さに耐えかねて思考を回してみても、無数のNPCやらプレイヤー達に顔を合わせてきているせいか、プレミアに酷似した目つきの人物を見つける事は出来なかった。

 

 しかし、その人物に似たプレミアが重要なNPCであり、彼女の持つクエストの最初期段階をこなせたのは確かだ。プレミアの持っているクエストは続き物であり、最初期こそ意味不明な感じがあるものの、きっと最後には大きなものが待っているに違いない。

 

 《SAO》、《ALO》、それ以前のMMORPGで培ってきた自身の経験の声に耳を傾けながら、キリトはプレミアの事をじっと見つめていた。

 

 相変わらず無機質な表情で女の子達の話を聞いてるような様子だが、先程と比べて少しだけ楽しそうにしているのがわかった。

 


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