キリト・イン・ビーストテイマー   作:クジュラ・レイ

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16:悪魔ノ機械ノ正体

「私こそが君達がハンニバルと呼ぶ者。そして現実世界、VR世界、ネット世界の管理者となる者だ」

 

 

 目の前にいるのは、白と金色を基調としていて、ところどころ紫色のラインの入っている鎧とコートが合体したような衣装に身を包んでいて、顔をハルピュイアのそれと同じ血管のような紫色の紋様の刻まれた仮面で隠し、先端が白銀となっている肩まで届くくらいの長さの金髪が特徴的な男。仮面のせいもあるのか、全く正体を掴む事も出来ないその男の隣には黒ポンチョの男であり、《笑う棺桶》の首領であったPoHの姿もある。

 

 そのPoHからボスと呼ばれ、俺達が追っていた存在である事を男は口にし、俺達全員はその場で凍り付いたように動けなくなる。

 

 

「お前が……ハンニバル……!?」

 

「そうだとも。こうして諸君に出会える時が来る事を私は心待ちにしていた。それは諸君も同じだろう」

 

 

 これまで聞いた事のない声が仮面の奥から聞こえてくる。恐らくあの仮面の奥に描写されている顔というものも、俺達が一切見た事のない人間のそれを模したものとなっているのだろう。それを想像する事はおろか、今自分の身に起きている事を実感する事さえ、俺には全く出来ない。

 

 俺と似たような状態となっている皆の注目を浴びながら、ハンニバルはその両腕を広げる。

 

 

「よくぞここまで来てくれた、()()()()()()()()を超越した者達よ」

 

「あんたの、管理する、世界……!?」

 

 

 リーファが信じられないような顔をする。世界とは恐らくSAO、ソードアート・オンラインの事だ。あの世界はカーディナルシステムによって管理されており、そのカーディナルシステムさえを最終的に管理していたのは他でもない、開発者、創造者であり――リランの父親であるヒースクリフ/茅場晶彦だ。それを口にするよりも先に、ハンニバルは答える。

 

 

「そうだ。元々あの世界は彼の創造者、茅場晶彦によって管理されているモノだった。しかし、私は彼のやり方と管理体制が気に喰わなくてね。更に私自身も、私の方が上手に世界を管理できるという自負があった。だからこそ、私は君達が世界そのものと戦っている裏方で、彼と戦いを繰り広げていた」

 

 

 ハンニバルの発言と共にPoHがフッと笑う。ハンニバルの声は続けられた。

 

 

「そしてその中で、私は君達プレイヤー達のモニタリングと観察を行っていた。そう、君達の中に混ざっているプログラム達の中に混ざる形でね。これにより君達が私を知る以前から、私は君達の事を知っていたのだよ」

 

 

 ユイとストレア、リランとユピテルがぎょっとしたような表情となり、リランに至っては徐々に険しいものへと変わる。

 

 この四人、その開発者であるイリスから聞いた話だけれども、リランとユピテルとクィネラが該当しているMHHP(エムダブルエイチピー)こと《メンタルヘルス・ヒーリングプログラム》、ユイとストレアが該当しているMHCP(エムエイチシーピー)こと《メンタルヘルス・カウンセリングプログラム》にはナーヴギアの特性を利用して特定のプレイヤーの感情、状態の詳細をモニタリングする機能が備わっている。

 

 これを利用して、この五人は感情や精神に問題を抱えているプレイヤーを観察し、必要があれば向かう事が出来るようになっていた。

 

 けれどまさか、そのプレイヤー達の精神や心を癒すための機能までも、他者に利用されているとは思ってもみなかったのだろう、ユイがハンニバルに言った。

 

 

「あなたがプレイヤー達のモニタリングを? どうしてそんな事を……!?」

 

「無論、世界をずっと管理し続けていくという目的のためだ。世界を管理する者にはそれ相応の知識が必要であり、その中にはそこで活動し、暮らす人民への知識も含まれている。その知識を得るために、私は君達プレイヤーが初めてログインをし、デスゲームに囚われたその時から観察を行い、データの採取をした。そしてそのモニタリング対象の中には、君達も含まれていたのだよ。つまり君達は知らず知らずのうちに、私の被観察物となっていたのだ」

 

 

 その一言を受け、俺は背筋に冷や汗が流れていくのを感じた。何という事だろう。俺達の戦いと成長の日々が、心をえぐるような出来事が凝縮され、積み上げられたあの二年間が、全てハンニバルに見られていたものだっただなんて。虫篭の中に入れられた虫のようにされていただなんて。

 

 俺達が言葉を発せなくなったのを見計らうように、ハンニバルは続ける。

 

 

「しかし彼の者……茅場晶彦は思ったよりもやる者だった。君達プレイヤー達の観察は出来ても、肝心な世界の管理権限を手に入れる事は早々出来なくてね。そこで私はあらかじめ手を引いていた、彼の力を借りる事にした。そう、君達もよく知っている、彼だ」

 

 

 咄嗟に頭の中に一人の人物が描かれる。金髪で頭に装飾品を付け、豪勢な鎧で着飾っていて、表では俺達血盟騎士団の中の一人となって攻略を続け、裏では俺達プレイヤーの感情の操作や支配を可能とする計画を進めていた男。この日本に突如現れて国内状況を激変させるような事件を連発させた張本人でもあって、俺達にハンニバルの存在を教えた男でもある、アルベリヒ/須郷伸之(すごうのぶゆき)

 

 その須郷の所属する会社のボスが父親であり、須郷と面識のあったアスナと、その須郷によって一度殺される事となったユピテルが、顔を青ざめさせる。

 

 

「まさか、須郷伸之……《()り逃げ男》……!?」

 

 

 ハンニバルは仮面で覆われた顔に掌をあて、如何にも呆れているような仕草を見せる。

 

 

「ふむ……如何にも愚者達が自分の頭の悪さを主張しているかのような、愚劣な名前だ。君達が《壊り逃げ男》などと呼んでいるモノの真の名は、《マハルバル》というんだ」

 

 

 《マハルバル》。史実のハンニバルの配下の一人の名前であり、騎兵隊長であったという男性の事だ。そのハンニバルと同じ名を名乗る者によって須郷は《壊り逃げ男》となり、その指示の下に動いていたのだから、《マハルバル》という名を当てはめるに相応しいだろう。

 

 だが、それは同時にハンニバルがレクトという日本の企業の中でも最大手のところへのコネクトさえも持っていたという事の証明でもある。膨らみ続けるハンニバルの存在感に負けないようにしている中、ハンニバルの話は続けられる。

 

 

「《マハルバル》には実に様々な事を教えたよ。あの世界で生き延びる方法、現実世界を混乱させる方法、支配者層と呼ばれる者達を討つ方法をいくつもね。そうして《マハルバル》となった彼は実によくやってくれた。私を管理者の座に就かせるために現実世界の支配者、愚者達を討伐してくれた。

 おかげで現実世界の様子は私の望む形となった。そして彼が茅場晶彦への対抗心を燃やしていてくれたおかげで、私は茅場晶彦を打ち倒し、封印し、管理権を奪い取れた。彼の力があったからこそ、私を管理者の場に辿り着けたのだ。その報酬として、彼にはマスターアカウントを与えてやったよ」

 

「なん、ですって……!?」

 

 

 アスナの顔が更に青ざめるが、俺の顔もきっと同じだろう。

 

 あいつはマスターアカウントという、管理者用のアカウントを使ってSAOにログインし、何もかも自分の都合のいいように進めていた。そんなものを手に出来たのは、解散したアーガスからSAOの管理権限を引き継いだのがレクトであり、あいつがレクトの重鎮だったからと俺達は予想していたが、まさかそれまでもハンニバルによるものだったという事実に、俺の中のハンニバルのイメージが更に巨大となる。

 

 

「しかしそれからというもの、時間が経つ毎に彼は凶暴化して行った。彼は感情と記憶を操作する技術という素晴らしいものの計画を練り上げていたようだが、それは彼の手に余るモノ、彼が手にすべきものではなかった。

 

 そればかりか、マスターアカウントを手にした彼は私が提示したコンセプトの(もと)に作り上げた組織、《ムネーモシュネー》を私的に利用し始め、私の管理物となった世界を滅茶苦茶に引っ掻き回し始め、私自身の計画の邪魔をするようになってしまった。己を神呼ばわりして世界を混乱させる……まさしく《壊り逃げ男》などという愚劣な名前で呼ばれるに相応しい存在となった」

 

「だから、やってやったんだろ、BOSS?」

 

 

 須郷と同じ部下であるPoHの声掛けに、ハンニバルは頷く。相変わらず仮面で見えないが、ハンニバルの顔に得々とした笑みが浮かんだのが想像出来た。

 

 

「そうだ。あそこまで手塩にかけて育てた結果《壊り逃げ男》となってしまった彼には、ある役割を与えてやった。そう、RPGのラスボスの前座として、君達プレイヤーに討伐されるボスモンスターとしての役割をね。それを彼は立派に全うしてくれたというわけだ。

 まぁ、君達にある程度力を貸す事にはなったがね。君達は本当によく戦って、《壊り逃げ男》を討伐してくれた。礼を言うよ」

 

 

 あの時、俺達は確かに《壊り逃げ男》、須郷/アルベリヒと戦った。しかしその時だ。アルベリヒはマスターアカウントの権限を最大悪用し、コピーではあったもののユピテルを改造して戦闘AIに仕立て上げていて、それを組み込む事によって生成された俺達では絶対に倒せないボスモンスターを繰り出して、戦いを挑んで来たのだ。

 

 恐らくカーディナルシステムでも予想されていなかったであろうステータスのボスモンスター。そのあまりに理不尽過ぎるボスに俺達が負けそうになったそこで、茅場晶彦が突然遠隔協力をしてくれるようになった。おかげで、アルベリヒの操るユピテルを基にしたボスは茅場に解体され、俺達はアルベリヒを撃破出来たのだ。

 

 だが、問題はその後だ。アルベリヒ、そして世界を守る機構である《ホロウ・アバター》に取り込まれたリランを倒した後、俺達の目の前に茅場晶彦/ヒースクリフが現れたのだが、その時本人はアルベリヒとの戦いには参加していないなどと言ったのだ。

 

 その時から、俺はあの時の茅場が何者だったのか気になって仕方が無かったが、その答えが今わかり、凍り付いたように動けなくなった。周りを見なくても、あの戦いを乗り越えた者達全員が、俺と同じようになっているのがわかる。

 

 その中の一名であるディアベルが、か細さを感じさせる声で言った。

 

 

「じゃあ何だよ……あの時の茅場晶彦は……まさか……」

 

「ふむ、それは私だ。彼に似た声を作り上げるのは少々苦労したが、何とか君達と《壊り逃げ男》の戦いに間に合わせる事が出来た。あのままでは君達の敗北は確定事項だったからね。それを(くつがえ)させてもらった」

 

「……という事は、ユピテルを解体したのも、あんたなの……!?」

 

 

 信じられないような顔のリズベットからの問いに、ハンニバルは頷く。その視線はMHHPとMHCPの開発者であるイリスに向けられる。

 

 

「MHHPの事だな。確かにあれをやったのも私だ。《壊り逃げ男》もあれも、自分で作ったものを自分で壊すような気分だったが、計画のためには致し方なかった」

 

「……この子達は私だけが見れる密閉機構(ブラックボックス)のはずだ。それを何でお前なんかが……」

 

 

 そこで俺は頭の中に一筋の光と衝撃が走ったのを感じ取った。イリス/芹澤愛莉はSAOを開発して世に売り出したアーガスの元スタッフの一人であり、MHHPとMHCPを開発した張本人だ。そのイリス曰く、そもそもMHHPとMHCP自体がアーガスの社外秘情報そのものであり、そのメンテナンスも改造も、アーガスの中で自分だけが出来るようになっているとの事。

 

 ――そんなものの存在を俺達よりも前から知っていて、尚且つその改造などをイリス以外の人間であるハンニバルが出来ていたという事は、一つの答えにしか辿り着かない。

 

 

「まさか、お前もアーガスの元スタッフの一人……!?」

 

「ふむ、そうだ。私は君の隣にいるその人と同業者だよ。その人だけがアクセス権限を持っているそれらに改造や解体を施せるようになれるのは容易な事ではなかったが、最終的に私の物となった。それを利用させてもらったという事だ。まぁ、MHHPやMHCPなどが密接にシステムと繋がっていたあの世界が終わってしまった以上、もう彼らに手を出す事は出来ないがね」

 

 

 振り向いて見れば、驚きすぎて何がどうなのかわからなくなっているかのような、決してそれまで見せる事のなかった顔をしたイリス。イリスだけが行使できるはずの権限を、目の前にいるハンニバルに奪われてしまっている。こんな事はイリスでも予想できなかったのだ。

 

 そして俺達も、まさかハンニバルまでもがアーガスの元スタッフであり、茅場晶彦の元に居た者だっただなんて事を思い付くなんて出来ず、絶句する事しか出来ない。

 

 そんな同僚を見つめつつ、ハンニバルは引き続き声を出す。

 

 

「だが《壊り逃げ男》……彼の進めていた計画は素晴らしいものだった。VR世界への接続機器、ナーヴギア本来の機能を最大限に利用し、人間の感情と記憶をデータ化し記録する。そして更に応用する事で、人間の感情と記憶を意のままに操る事が出来るようになる……私も思わずこれには興味を持ち、彼には何も教えないで途中参加させてもらった。そして彼が君達に討伐された後、彼が献身的に集めてくれた研究データは私の物とさせてもらったよ」

 

 

 俺は思わず歯を食い縛った。本当に、本当にあの須郷はこのハンニバルという男の掌の上で踊らされていた愚かな神様気取りであり、使い捨ての部品のようなものだったのだ。あいつ自身も許せない男だったけれども、その根源はこの男。人間を部品のようにしか考えていないこの男ほど、許せない存在はない。

 

 燃えるような怒りが心の奥から込み上げてくるのを感じるが、ひとまずハンニバルを見る事、話しを聞く事だけに集中する。そんな俺を横目に見ているようにしながら、ハンニバルは部下である黒ポンチョの男へ近付いた。

 

 

「だが、例え《壊り逃げ男》、《マハルバル》を失う事となっても、本当に重要な人材というものを喪わずに済んだのが僥倖(ぎょうこう)だった」

 

「ははっ、本当にオレを信用してくれてんだなぁ」

 

「それは君も同じだろう」

 

 

 黒ポンチョの殺人者の顔に笑みが浮かぶ。それは信頼する上司から高い評価を受けている部下の構図に酷似していた。しかし、この男ほどの者がハンニバルを信頼するに至った理由とは何なのか。純粋な探究心に駆られた俺はその男――PoHに話しかけた。

 

 

「PoH……お前は何でハンニバルに従っているんだ。お前とハンニバルは、いつから……」

 

「いつからだって? そんなの()()()()だよ。オレはオマエと最初に出会った時から、もう既にBOSSの命令と指示で動いていたんだぜ」

 

 

 その一言に俺達全員で目を見開く。死神とも恐れられた男の口は流暢(りゅうちょう)な動きを見せていった。

 

 

「オレはあの世界に来て早々BOSSに出会ったんだ。BOSSはオレにあの世界の生き方やら仕組みやらを全部教えてくれてな。それに加えてオレの目的までもサポートしてくれたし、命令をこなせばリアルの口座に金を大量にぶち込んでくれたんだ。いやぁ、本当に助かったぜ。おかげでオレは目的を達成できたんだ。だから、そのままBOSSのところについたってところだ。こういうのをHeadHuntingっていうんだぜ」

 

「PoHは実に優秀だ。私の命令も指示も難なくこなせ、ありとあらゆる戦闘から生き延びるスペシャリストだ。そんなPoHが私の元へ来てくれた事もまた、幸運の一つ。いや、巨大な幸運というべきだな」

 

 

 あまりに途方もない話のように聞こえて、意味を咄嗟に理解する事が出来なかった。だが、どのタイミングなのかは知らないけれども、ハンニバルはPoHがログインして早々に接触しているのだ。

 

 そしてPoHの持っていた目的とやらを聞き出し、成功させる事でPoHから信頼を得て、PoHに命令を下すようになり、その命令をPoHが成功させる度に大きな報酬を支払うのを続け……今にまで至っている。だが、PoHはそもそも――その疑問をぶつけようとしたその時に、ハンニバルは俺に向き直った。

 

 

「だが一番驚くべき事だったのは、PoHが私の提示した殺人ギルドのコンセプトを実現させた事だ」

 

 

 それを聞いた瞬間、場の空気が一斉に凍り付いた、もしくは停止してしまったような雰囲気に包み込まれた。殺人ギルドと言えば一つしかないし、それこそがPoHが首領を務めていたものであり、俺達攻略組が最終的に一斉攻撃を仕掛ける事となった存在だ。

 

 そのコンセプトをハンニバルが提示し、PoHが実現させたという事実。そんな耳を疑うべき情報の詳細を教えるように、ハンニバルの声が届けられてきた。

 

 

「確かにあの世界では一万人ものプレイヤーがいて、沢山の感情や記憶のデータを手に入れる事が出来た。だが、その中でも手に入らないものがあってだね。そう、《笑う棺桶》の殺人者達が持ち合わせていた殺意、悪意、狂気、犯罪羨望といった特殊な感情だ」

 

「BOSSのためにそれを作れる場所を作ろうと思ってさ、オレは《笑う棺桶》を作ったってわけだ。っていうか、元々アンタの命令だったじゃねえか」

 

「そうだ。彼らを作り出した目的は特殊な感情と記憶の採取だが、諸君ら攻略組の進行を遅延、頓挫(とんざ)させるという目的もあった。彼らは実によく働き、私に特殊な感情と記憶のデータを与えてくれて、《あるモノ》の存在をも気付かせてくれた。

 

 しかし、彼らもまた肥大化していくのと同時に《壊り逃げ男》同様、凶暴化しすぎて手に負えなくなってしまってね。PoHに私の保護下に戻ってもらったうえで、私の計画の産物を試してやり……そこにいる君の《使い魔》に全て始末してもらった」

 

 

 そこでいよいよ、俺は抑えきれないくらいの怒りが湧きあがってくるのをまざまざと感じる事となった。殺人ギルド《笑う棺桶》。その者達による犯罪行為、殺人の犠牲者の数は百人単位となっており、最終的にリランに殺される事になった《笑う棺桶》の構成員自身を含めれば犠牲者の数は五百人近くに及ぶ。

 

 その長がPoHで、それを作るように命令を下したのがハンニバルならば、このハンニバルのせいで罪のない五百人もの人間の命が、失われたのだ。

 

 《笑う棺桶》による惨劇の全ては……こいつのせいだ!

 

 

「ハンニバル……貴様ァァァァァァァァァッ!!!」

 

 

 背中の剣を引き抜き、斬りかかろうとしたその瞬間に、俺の目の前にすらりとした手が伸ばされる。怒りのまま視線を向けてみれば、それは俺よりも背の高い黒髪のインプの女性。ハンニバルが解析に成功したというプログラム達の作り主であり、同業者であるイリスだった。

 

 

「イリスさんッ!!」

 

「キリト君、落ち着きなさい。まだ重要な事を聞き出せていないよ。あいつから聞き出さなきゃいけない事はまだある」

 

「そんな必要はない! あいつは俺達を、あの世界をッ!!」

 

「落ち着きなさいッ!!」

 

 

 いつにもなく大きくて凛としたその声に、俺は思わず背筋を伸ばす。心の中から燃え上って来ていた怒りは徐々に下火になっていき、頭の中が冷静になっていく。

 

 そうだ、ここで斬りかかれば、あいつはもう何も話さなくなる。そしてまだ、俺達にはあいつから聞き出さなければならない事がある。イリスの言葉を腑に落とした俺は、一旦背中の剣から手を離す。俺の様子の始終を見てから、イリスはハンニバルに向き直る。

 

 

「ねぇ、あんたは一体何を見つけたんだ。《笑う棺桶》を通じて、あんたは何を見つけたっていうんだ」

 

「ふむ、同業者とあの世界の生存者達である君達には教えていいな。それはナーヴギアに込められた真の機能……あの茅場晶彦が使用し、社会に公表される事のなかった機能だ。あの機能の発覚のおかげで、私は君達に疑似体験をさせる事が出来たのだよ。いや、疑似体験を見せる技術を作り出す事が出来たのだ」

 

「な、んだって……!?」

 

 

 ナーヴギア。それは茅場晶彦とアーガスの者達が開発し、世に売り出したフルダイブVRハードウェア。人を仮想世界へ誘う革命機。だが、それには人間の脳を焼き切れるほどの出力のマイクロ波発生機能が込められており、SAOの中でゲームオーバーとなればその機能が発動して、そのプレイヤーを殺害する仕組みだった。

 

 その結果、何千人ものプレイヤー達が命を落とす事となってしまい、悪魔の機械と呼ばれるようになって、SAOクリア後には俺のような例を除いて、国によって回収される運びとなり、この世界から姿を消した。

 

 

 そんなナーヴギアの開発者であり、SAO事件の首謀者である茅場晶彦が使用した、ナーヴギアの隠されし機能。それは恐らく、自らの脳そのものに大規模なスキャニングをかけて、VR世界――電脳世界というべきか――に精神、記憶、意識といった自身の全てを移したとされる機能の事だ。

 

 だけどあれは、茅場がナーヴギアを改造したからこそできたものであり、市販のナーヴギアでは出来ないようになっていたもののはず。尚更ハンニバルの言っている事がわからなくなりそうになると、当の本人が言った。

 

 

「君達は知らなくて当然だが、そもそもナーヴギアは人間の脳の最深部にまで接続し、その意識や感覚をVR世界へと飛ばす物。そんな事を可能とするには、常に装着者の脳をスキャンして認識し、データ化し続ける必要がある……茅場晶彦が行ったナーヴギアによる脳のスキャニングとは、ナーヴギアが本来持っていた機能なのだよ。

 私はそのナーヴギアがプレイヤーの脳をスキャンし続ける事で得た()()()()()()()()()にアクセスし、取り込む事に成功してね。そのおかげで私は君達の記憶や意識、精神の在り方などを把握し、その人物に適応した疑似体験というものを見せる事が出来たというわけだ」

 


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